三日月の自己嫌悪。
由良さんは、料理が好きです。
艦娘は重油を飲めば稼働できるので、ヒトの食べ物は嗜好品です。だいたいの艦娘は甘味ばかり好むので料理をしませんが、由良さんは和洋中なんでも作ることができます。おかげで司令官は生きていられます。あの人は、放っておくと白米と漬け物だけしか食べませんから。
由良さんは、五十鈴さんと同じくらい潜水艦狩りが得意です。鹿児島の周辺海域は潮流が複雑なので、感圧式ではなく時限式の対潜爆雷を採用しています。五十鈴さんや由良さんは、まるで海の底まで見通しているかのように、潜水艦を追い立て、撃沈します。
「通商破壊をされると、そのうち食材が手に入らなくなるから」
由良さんは料理をするために潜水艦を狩っていると言います。
今日も由良さんは厨房に立って、薩摩汁を作っています。根菜や椎茸と一緒に鶏肉を煮て、麦味噌を溶いたものです。
私は元々大湊にいたので、初めてこの分所に来たとき、麦味噌にも、それに砂糖が入っていることにも驚きました。鹿児島の味つけはなんでもかんでも甘いのです。
「はい。味見してくれる?」
由良さんが薩摩汁を小さめの椀によそってくれました。
汁をすすると、鶏肉の濃厚な旨みと麦味噌の優しい甘さとが舌の根と顎の奥に染みました。香りも深くて、いくらでも食べられそうでした。
「とても美味しいです」
私が感想を伝えると、由良さんははにかみました。
「そう。よかった」
これからもう少し煮こむのだそうです。
由良さんは鍋に蓋をして、コンロの火をとろ火にしました。割烹着を脱いで丁寧に畳むと、手近な椅子に座りました。火の番をするようです。
私も折りたたみ式の椅子を開いて、由良さんの隣に座ることにしました。
夕刻で、その日の仕事も済んでしまい、暇だったからです。
「由良さんは、どうして料理が好きなんですか?」
由良さんはぼんやりとした顔で、ちらちらと揺れるとろ火を見ながら言いました。
「戦いを忘れていられるから、かな」
「戦い、嫌いなんですか?」
「うん。みんなには内緒よ」
私は由良さんに親近感を覚えました。
私、三日月も、戦いが嫌いです。嫌いというよりは、怖いです。
沈むことも怖いですし、艦娘や深海棲艦がぐずぐずの肉と鉄になる姿を見ると、吐き気を抑えられなくなります。
ですから、戦闘に出ても役に立たず臆病者となじられて、戦闘に出なくなってからは卑怯者とそしられて、大湊を追われました。南へ南へと流れるうちに、雷さん、電さんと出会い、この分所に来ました。
ここは好きです。戦闘を強要されることがありません。それに、司令官は私に事務仕事をほとんど任せてくれます。決済印まで渡されています。あの人が面倒くさがりだから、ということもありますが、私はこの仕事を嬉しくこなしています。
けれど、私の艦霊は、戦えと言っています。
艦霊にせっつかれるたび、私は罪悪感にさいなまれます。
他の三日月モデルは負けん気が強くて、勇敢だそうです。そのこともまた、罪悪感に拍車をかけます。
だから、戦いが嫌いだという由良さんの存在が、心強く思えました。
「由良さん。よろしければ、由良さんが戦いを嫌う理由、教えてもらえますか?」
「うん……飛行機がね、怖いの。自分で飛ばす哨戒機は平気なんだけど、敵の飛行機を見ると、古い記憶が勝手に湧きでてくるから。艦霊の記憶って、自分ではどうしようもないから……」
敵機を見ると身がすくむのは、私も同じです。
私の命名元である軍艦・三日月も、由良さんと同じく航空攻撃によって沈んでいます。
その記憶が私をすくませます。乗組員が無残に死んでいく記憶もまた、否応なしに湧出してきます。そうすると、私はもう吐き気が押さえられなくて、げろげろと吐いてしまいます。
転換炉で変質した重油だったものは、苦くて、すっぱくて、嫌な臭いがします。重油がなくなると艦娘は動けなくなるので、私はますます役立たずになります。
ヒトはどうして、私を造ったんでしょう。
死を怖れない、勇猛な武勲艦だけを造ればよかったのに。
例えば、夕立さんとか、時雨さんとか、綾波さんとか、雪風さんとか。
けれど、生まれてしまったからには、死にたくはありません。沈みたくはありません。
私はやっぱり、臆病者で、卑怯者です。
クラス:艦級(例 駆逐艦)
タイプ:艦型(例 睦月型)
モデル:艦名(例 三日月)