帰ってくる答えは三者三様。
最後にインタビューした川内から、信じられない言葉を聞いた野分は舞風のもとへと駆けつける。
そこで野分が見たものとは。
ガンスリンガー・コミュニケーション、第五話。
心が躍る、温かい吉夢。
かつて舞風と共に、仲良く大洋を航行した記憶。
ざわざわと騒ぐ潮。ごうごうと低く唸る海鳴り。
海の匂い、鉄の匂い、炸薬の匂い、重油の匂い。。
晴れの日。雨の日。時化の日。凪の日。
二百三十九人の乗組員と共に、南洋を転戦した記憶。
砲撃の音。魚雷の発射音。爆雷の射出音。
艦隊の乗組員たちが揃って酌み交わす、勝利の美酒と、喝采。
心を握り潰す、冷たい悪夢。
爆弾を腹に抱えた飛行機が、ぴゅうぴゅうと鳴らす急降下の風切り音。
ばりばりと耳をつんざく機銃掃射の音。
戦艦と重巡洋艦が放つ、重々しい砲撃音。
乗組員の移譲を求める無電。
助けに行きたい。だがあの弾幕の向こう側へ行くことは不可能だ。
歯噛みする。軍艦だった頃の野分に、口も歯もありはしないのに。
すべて、無意味な記憶だ。
艦娘は、かつての大戦を戦った軍艦からその名を借りている。そして多くの艦娘は、大戦時の記憶を持ち、性格や特徴を模倣する。
例えば、川内モデルは夜戦で活躍することを望む。
例えば、雪風モデルは統計的にあり得ない被弾率を誇る。
例えば、加賀モデルは舞風モデルをしばしば忌み嫌う。
だが、それら艦娘の記憶は、艦娘の疑似脳に人格を目覚めさせるための技術によって植えつけられたものだ。艦娘は、赤ん坊の姿からは生まれない。成長の記憶を持たない疑似脳は、嘘の記憶を与えない限り、決して目覚めない。
ゆえに、かつての大戦の記憶は、
■
私は最初から野分が大嫌いで、最初から野分が大好きだった。
だから本当の戦友になりたかった。あの弾幕を越えて。
野分を、ヒトリジメにしたい。
■
鹿児島の朝は遅い。赤煉瓦のある横須賀とは、最大で四十五分もの時差がある。
マルゴーマルマル、横須賀鎮守府内之浦分所の夜はまだ明けていなかった。ただ、水平線がうっすら白ばんでいた。
夜はうるさい駆逐寮も、朝ともなれば静まりかえる。
駆逐寮はひとつの教室を半分に間仕切りし、引き戸から入って右手と左手にそれぞれロッカー、ベッド、学習机が
複数の偵察機が上空を飛びまわっているような、奇妙な気配を悟り、野分は目覚めた。
「う……ん?」
身を起こしてまなこをこすり、起きあがった。
様々な色の双眸が、その奥に好奇心の火を灯して野分を覗きこんでいた。
響の灰、雷の茶、電の茶、時雨の黒、夕立の赤、雪風の茶、黒潮の黒、不知火の青。舞風を除く、内之浦分所に所属するすべての駆逐艦が勢揃いしていた。パジャマ姿で。
野分は掛け布団を引き寄せ、ベッドの上で後じさった。
「な……なんですか……」
群がる好奇心の後ろ側に立っていた三日月が頬を掻き、苦笑した。
「皆さん、野分さんが舞風さんに勝ったって聞いて、興味津々みたいで……」
「いえ、あれは別に……勝ったというわけでは……」
夕立がベッドの縁に手を掛け、身を乗り出した。
「でもでも、舞風ちゃんが大破して動けなくなるなんてありえないっぽい。夕立、そんな舞風ちゃん見たことないっぽい! ぽい!」
なぜか夕立は嬉しそうだった。ぴょんぴょんと飛びはね、犬の耳めいた横髪がひょこひょこと上下した。
「夕立。ひどい目に遭わされたからって、舞風の不幸を喜ぶのは良くないと思うよ」
と時雨がたしなめた。
「だってえ。深海棲艦を飼ってるとか頭おかしいっぽい。夕立、なーんにも悪くないのに、あとちょっとで殺されるところだったっぽい!」
野分は夕立の言葉に面食らった。
「え……深海棲艦を……?」
そんなことより、と言って黒潮が夕立を押しのけた。
「なあ野分はん、実際のところ、どないして舞風はん倒したん? ここの舞風はんゆーたら、派遣業界じゃ名が知れとったんやあ。邪魔する奴は敵味方の区別なくしばきたおすもんやから、狂犬、なんて言われとったんよ。犬ぅ、ゆーよりありゃ熊やけど」
「不知火も、戦闘中にうっかり彼女の進路を塞いでしまったがために、邪魔だと言われて、あの
「そ、そうなんですか……」
「野分はんがうちに来てからこっち、ぜんぜん戦闘に出えへんようになったけどな。うちの司令はんも難儀しとるで。言うことは聞かんわ、気に入らんことあるとすぐ司令はんの爪ぇ剥ぐわでな」
三日月がため息をついた。
「おかげで私の仕事がしょっちゅう増えるんです。ペンを持てなくなるので」
「司令はんが仕事せえへんのはいつものことやろ」
そう言って黒潮はケラケラと笑った。
「えっと雪風は……雪風は特になにもされてないです!」
雪風がそう言うと、生ぬるい雰囲気が駆逐艦たちを包んだ。「あれ?」と呟いて首を傾げる雪風の肩に、雷がそっと手を置いた。
「いいのよ。雪風ちゃんはこれ以上ひどい目に遭わなくてもいいの」
「なのです。さすがの舞風ちゃんも雪風ちゃんのことは眼中にないのです。安心していいのです」
「電、フォローになっていないよ」
野分は、暁型の三隻を見やった。響は事情を知っているはずだ。なにか説明があってもよさそうなものだが、と野分は期待した。
しかし、響は特段の言葉は発さず、他の駆逐艦たちに同調していた。
野分は眉をひそめつつ、首を横に振った。
「ええと……あのときの舞風は、どこか変だったので……それに、野分もよく覚えていないんです。すみません」
「なーんだ……」
誰からともなくため息がつかれた。
内之浦には、なにもない。物資もなければ娯楽もない。だから田舎町の常として、ちょっとしたことでも大ニュースになる。噂話好きの駆逐艦とあればなおさらだ。
かつては、なにもないということはなかった。ロケットの発射基地が稼働していたのだ。だが、それもいまは沈黙している。十数年前、深海棲艦が現れる直前、地球の至近を通過した小惑星が爆発し、それらの破片が降り注ぎ、ケスラーシンドロームが引き起こされ、人類は宇宙への道を閉ざされた。
野分が娯楽の種にならないと判明し、駆逐艦たちはあからさまに落胆していた。野分は困ってしまった。
そんな野分の様子を見かねてか、三日月がポンポンと手を叩いて駆逐艦たちの注意を惹いた。
「みなさん、朝ご飯をそろそろ食べましょう。由良さんが怒ってしまいますよ。それに、せっかくの休日なんですから、部屋の中じゃなくて外に出ましょうよ」
三日月がそう言うと、渋々ながら、駆逐艦たちは部屋から出ていった。
三日月は練度の低い駆逐艦だが、司令に代わって諸々の事務処理を司っているため、分所に所属するすべての艦娘は三日月に逆らわない。事務処理がどれほど煩雑で大変なことか、知っているからだ。
野分はほっとして、三日月に頭を下げた。三日月はひらひらと手を振ってそれに応えた。
■
マルゴーフタマル。
「ぐ、が……っ!」
俺が飛び起きた瞬間、右手の示指と母指に火箸を当てられたような激痛が走った。
逆だ。激痛のために飛び起きたのだ。
俺は下手人の姿を確認もせずに悪態をついた。
「舞風、てめえ……このクソが……!」
こんなことをする奴なぞ舞風しかいない。
上目で用務員室を睨み回すと、執務机の椅子に座る舞風を見つけた。つまらなさそうに、鮮血の滴る二枚の爪をもてあそんでいた。俺の示指と母指の爪だ。
かつて俺の肉体の一部だったそれを確認したとたん、指先が熱を持っていっそう痛み始めた。硬い角質に覆われるべき柔らかな肉はじくじくと腫れあがり、爪の付け根は刃物をねじこんでいるようにびりびりと痛んだ。
俺はベッドから降りると執務机の引き出しを左手で開き、救急箱を取りだした。しゃがみ、片手で難儀しながら床に置いた救急箱を開け、赤チンキとガーゼと包帯を取った。舞風は椅子から動こうとしない。どけよコラ。手当しづらいんだよ。
「ぐ……」
赤チンキを爪に垂らし、ガーゼを当てると、びりっと電撃が走るような痛みが延髄から脳までを焼いた。これを剥がすときのことを考えると、なおさら憂鬱になった。
自慢にもならないが、痛みには慣れている。海軍にいた頃、骨折、切り傷、貫通創とひと通り経験した。だが爪は無理だ。爪剥ぎだけはいくら経験しても慣れることがない。指先には神経が密集しているからだ。
二本の指を包帯できつく巻く。これまた気が遠くなるほど痛い。顔の毛穴から脂汗がブツブツと吹き出る。
下手人の舞風は、俺が爪の手当をする様子を無感情に眺めていた。
クソが。いつかてめえの穴という穴に火掻き棒を突っこんで、指という指を万力で潰してやる。ディスクグラインダで突起をすべて切り落として達磨にして、疑似脳にアンプを接続して、痛覚信号と快楽信号を一秒刻みでブチこんでやる。
俺がそんな、できもしない拷問の数々を想起していたところ、舞風が頭上から声をかけてきた。
「野分を、早く強くして」
「ああ?」
なにをわけのわからんことを。
「野分は強えだろ。お前を除きゃあここで一等だぞ」
「あんなんじゃ全然足りない。もっともっと強くして。もっともっと戦いに出して。沈む寸前までこき使って」
「あのなあ……無茶言うな。あいつ、時雨よりも強えんだぞ……っクソ、痛え……」
指先を軽く動かすだけで、ライターで炙られているような激痛が走る。これではしばらく箸もペンも握れないし、睡眠にも難儀するだろう。まったく理不尽だ。クソが。
「誰より強いとか、誰より弱いとか、そういうことは関係ないの。本当の強さは、そんなものじゃ測れない。本当の強さを持たないと、本物の戦いはできない」
舞風は椅子に背を預け、俺の爪を弾いた。爪は畳部屋の隅にぺたりと落ちた。
「またいつものポエムか。ふざけんな。付き合わされる俺はたまったもんじゃねえんだよ」
「野分が来たのにあんたがあたしに生かされてるのは、野分を強くする役目が残ってるからよ。それもできないようなら――」
舞風の目が冷酷に細められた。
「――殺すから」
害虫を見るような目。
言い捨てて、舞風は用務員室から出ていった。
憎き舞風が座っていた椅子に座る気にはなれず、俺は布団に腰を下ろして何度目かの悪態をついた。
俺が殺されたら、どこぞの馬鹿な提督くずれが拉致されて、またこの内之浦分所に軟禁され、艦娘の派遣業を
こんなクソみたいな場所なぞ、とっとと逃げ出したいところだが、軍人恩給の支給は打ち切られているし、再就職しようにも三十も半ばを過ぎた俺なんぞを雇用してくれる所などない。俺の食い扶持はここにしかない。消極的な生存欲求が俺をここに縛りつけている。
「……メシ食うか」
枕元に置いてある携帯端末を取り、由良の通信チャンネルを叩いた。
俺のメシは由良が作り、三日月が持ってくる。食材は、俺が海から釣ってきたり、黒潮や不知火が山から獲ってきたり、雷電姉妹が闇市から盗ってきたり、遠征やら対潜哨戒の時やらに漁港へ立ち寄って調達してきたり。まあ、色々だ。
由良はすぐに応答した。コトコトとなにかが煮える音が受話器の向こうから聞こえた。
『はい、司令官。朝ご飯ですね』
「おう。頼む」
そのまま座して待つ。艦娘どもは食堂で重油を飲んでいる頃だ。重油は腹の転換炉で様々な物質に変換され、オイルや人工筋肉となる。ヒトの食事は、艦娘にとっては嗜好品でしかない。
じきに、コン、ココン、と礼儀正しいノックがあった。
「おう。入れ」
お盆を片手に現れたのは、三日月ではなく野分だった。
「失礼します。野分、司令に朝食をお持ちしました」
「なんだお前か。三日月はどうした?」
「はあ。今日からしばらく三日月さんの仕事が増えるから、野分は司令官のお世話をするように、と言われました」
「あの野郎……」
さては三日月の奴、舞風が俺の爪を剥ぐことを知っていやがったな。秘書艦なら俺を護れよ。
いや、無理なのは分かってる。舞風は己の意に沿わない者には容赦しない。三日月ごときが敵う相手じゃない。分かってるんだが、釈然としない。
野分は執務机に食器を起き、俺の右手に巻かれた包帯に気づいた。
「あ……司令官。怪我、しているんですか?」
「どこかの狂った駆逐艦のせいでな」
「そうですか、舞風が……すみません」
「お前が謝ることじゃねえだろ」
「いえ……そうでもない、と思いますので」
なんだそりゃ。
「あ……ええと、朝ご飯は
「ああ、そりゃ良い。まったく行き届いた気配りだ。さすが三日月だ。クソが」
鶏飯は奄美大島の郷土料理だ。炊いた米に、錦糸玉子、椎茸の煮付け、ネギ、陳皮、塩揉みした高菜のみじん切り、蒸し鶏のほぐし身などを乗せ、熱い出汁をかけて食べる。スプーンで食べられるのが、指が不自由ないまの俺にはありがたい。つまり三日月はそれを見越して鶏飯を由良に頼んだということだが。
俺は布団から腰を上げ、執務机の椅子に座った。出汁を鶏飯に回しかけ、スプーンを取って高菜が盛ってある箇所に差し入れた。口に運ぶと、濃厚な出汁と塩揉みされた高菜が顎の付け根に染みた。
うまい。時の天皇も珍しくおかわりをしたという。
次は錦糸玉子に、と思って視線を泳がせたとき、視界の端に制服の裾が映った。
隣を見やると、野分が歩哨のように直立不動で立っていた。
「……ん? なんだ。下がっていいぞ」
「あの……ご相談したいことがありまして。ですが、司令官はいまお食事中ですので、野分、待っています」
「なんだそんなことか。変な気を遣うな。言いたいことがありゃ言え。なんせ俺はフナムシ以下だからな」
「はあ……よく分かりませんが、分かりました。ええと、ですね」
野分はしばらく言葉を探した。その間に俺は椎茸の煮付け、鶏のほぐし身、とスプーンを運んだ。ひととおり具を味わった後は、高菜と鶏肉を混ぜて出汁に浸した。
ここのところ、飯が充実していて良い。物流がまた復活したのだろう。
「あの……舞風は、どうして
「俺はお前が教えてくれるものだとばかり思ってたが」
つまり俺が訊きたい。
野分はうつむいて両の拳を握りしめた。
「……分からなくなってきたんです。舞風は、野分を恨んでいるんだと思ってました。けれど、違うみたいなんです。なんとなく、なんですけれど」
俺は鶏飯を頬ばりつつ、げんなりした。
「俺は確かに舞風との付き合いは長いが、あいつのことはなんも知らんぞ。あいつに拉致されて、こんな辺境に連れてこられて、水雷戦隊の派遣業を
驚いたのか、野分が目を見開いた。
「そう、だったんですか」
「俺ぁ五年前に軍人を辞めてたんだよ。それが、去年の冬のことだ。舞風が急に現れて、
「野分が、出たから?」
「あいつの理屈じゃそうなる」
「舞風は、どうして軍を辞めた司令官のところに?」
「退役軍人名簿の一番上に名前があったのが俺だったからだそうだ」
相生洋一。俺の名前だ。親を恨みたい気分だ。だいたいなんで五十音順なんだ。
「どうして、そこまでして……」
「だから知らんと言うとろーが。あのな。お前はここに来て日が浅いから、俺のことを畏敬すべきマトモな司令官だと思っているかもしれん」
「違うんですか?」
「マトモだったら派遣先の提督に大破進撃させたりしねえよ」
「大破しても進撃!? どうしてそんなことを!」
艦隊の誰かが大破したら護衛しつつ全力で撤退する。提督業の常識だ。艦娘も生得的にそのことを知っている。
「お前が確認されたっていう海域の最奥部が目の前だったからな。派遣先の提督は着任したばかりの新米だった。そこで俺は、瑞鶴は幸運艦だから沈みやしねえよ、そんなことよりあと少しで敵艦隊を撃滅できるぞ、って言ってやったわけだ。まあ案の定、瑞鶴は沈んだわけだが」
「そんな……」
「進撃命令を出したのはあくまで功を焦った新米提督であって、俺に責任は無い。あの新米から仕事は来なくなったが、練度の高い水雷戦隊はどこでも喉から手が出るほど欲しいもんだ。そこと縁が切れたところで俺にとってはどうでもよかった」
あそこで退いていたら俺は舞風に手足の爪をぜんぶ剥がされただろうから、俺は俺の身を守るために進撃しろと囁いたという事情もあるのだが、気が進まなかったので言わなかった。
「……ひどい話です」
「そうだろう。だから俺を相談相手にするのは間違いだ」
残りの鶏飯を一気にかきこんだ。食器を野分に突き返す。
「っぷう……俺はヒトだ。艦娘じゃない。思考の仕組みが違うから、俺に艦娘のことは分からん。特にお前たち陽炎タイプのような、工場で生産された機械の心なんぞ理解できるはずがない」
「そう……ですか……」
「そうだ。艦娘のことなら艦娘に訊け。今日は休みの日だ。適当に探せば見つかるだろ」
「……はい。分かりました。失礼します」
野分は律儀に頭を下げ、静かに出ていった。
俺は缶からピースを取り、マッチ箱を取った。利き腕ではない左手で点けようとしたものだから、随分と難儀した。何度かマッチ棒を取り落として、そのたびに悪態をついた。
ようやくピースに火を点けた。狭い用務員室に煙が充満していく。
煙草の葉は血止めに良いと聞くが、刻んだ煙草の葉はさすがに駄目だろうな、などと益体もないことをあえて考えた。
艦娘について頭を悩ませるのは、もうこりごりだ。
■
野分は、食器を食堂へ運びながら疑似脳の思考回路を活性化させた。
そして、どうやら自分は口下手であるらしい、という認識に至った。
相生司令官には「舞風のことならうちの艦娘に訊け」と言われたが、準備のひとつもしないようでは、誰になにを訊いても有益な答えは得られないだろうと判断した。
食器を三日月に返した後、野分はいったん自室に戻った。
あまり使っていないノートと鉛筆を取り、小一時間ほど悩み、三つの質問を考えた。
質問1:なぜ
質問2:ここの舞風をどう思いますか。
質問3:どうして戦うのですか。
野分自身にも質問の意図をうまく説明できなかったが、野分が知りたいと思うことは、要約するとこの三点に絞られた。
野分はノートとペンを持ち、小学校の校内および周辺地域を歩き回ってインタビューを開始した。
質問対象:三日月
質問場所:駆逐艦寮
備考:三日月さんは書類仕事中だった
――なぜこの鎮守府に来たのか教えてください。
三日月「私は、戦闘と高速修復材が嫌いで、どこの鎮守府に行っても追い出されたんです」
――戦闘と高速修復材が嫌い? そのふたつに関連は?
三日月「はい。その……戦いだと、艦娘や深海棲艦がひどい姿になりますよね。高速修復材の作り方は、たぶん野分さんも知ってますよね。そのことを思うと、吐き気がしてしまうんです」
――それで、この鎮守府に流れ着いた。
三日月「はい。事務仕事は得意でしたから、ここではお役に立てているみたいです」
――話は変わりますが、ここの舞風をどう思いますか。
三日月「怖い方、です。普通の舞風モデルさんはあんなことないんですけれど」
――どうしてあんな性格なのか分かりますか?
三日月「さあ……私は志願して艦娘になったので、陽炎タイプの方のことはよく……」
――そうですか。
三日月「あまりお役に立てなくてすみません」
――最後に、あなたはなぜ戦うのですか。
三日月「私は戦いませんけれど……あえて言うなら、生き残りたいから、です」
――生き残りたい?
三日月「はい。死ぬのは、沈むのは、嫌ですから」
――ここだと生き残れるということですか?
三日月「はい。だから私は、事務仕事でほっとしています。卑怯者、だと思いますけど」
――ありがとうございました。
質問対象:五十鈴、雪風
質問場所:グラウンドの隅
備考:雪風さんが花を摘み、五十鈴さんはそれを見守っていた
――なぜこの鎮守府に来たのか教えてください。
五十鈴「意見が合わない提督ばかりだったの。ものの道理が分かっちゃいないんだから」
雪風「雪風は五十鈴さんについてきました!」
――五十鈴さんと雪風さんは長いのですか?
五十鈴「そうね。ずいぶん長く一緒にいるわ。この子、目が離せないから」
雪風「うー……めんぼくないです……」
――目が離せない、とは?
五十鈴「この子、一万隻に一隻の『不幸艦』なのよ」
――不幸艦?
五十鈴「ユキカゼネットワーク。他の雪風が被るはずだった不運を一身に受けているの」
――そんなものが、本当に?
五十鈴「そうでなければ、雪風モデルがこんな掃き溜めにいるはずないでしょ」
雪風「あっ、でも、雪風、こう見えて将棋は強いんですよ!」
五十鈴「分散コンピューティングっていうらしいわ」
――話が逸れてしまいました。質問を変えます。ここの舞風をどう思いますか。
雪風「強くて格好良いです!」
五十鈴「狂犬。あの子は一隻で独立艦隊の気分なのよ」
――一隻で独立艦隊の気分?
雪風「舞風さんはいっきとうせんなんです!」
五十鈴「敵と味方の区別も付かないってことよ」
――あなたたちは、なぜ戦うのですか。
雪風「艦隊をお守りするためです!」
五十鈴「訳すわね。私たちが潜水艦を狩らないと、内陸の人々が飢えるから、ってことよ」
――誰かのために、戦っている?
五十鈴「うーん……ヒトは正直どうでもいいわ。私は、この子が沈まないようにはしたいわね」
雪風「雪風は五十鈴さんについていきます!」
――ありがとうございました。
質問対象:時雨、夕立
質問場所:学校の中庭
備考:時雨さんはうずくまって夕立さんの尿を浴びていた
――なぜこの鎮守府に来たのか教えてください。
時雨「僕の生きがいはヒトには理解しがたいみたいでね。どこに行っても追い出されるんだよ」
――生きがいとは?
時雨「おしっこを浴びること」
――(絶句)
時雨「君も分かっていないね。ヒトは愛しあうために生きるけれど、艦娘は違うんだよ」
――艦娘は違う、とは?
時雨「僕たちには遺伝子がない。つまり種の保存を要求されていないんだ。艦娘は自分自身で生きる目的を見つけださなければならないんだよ。それが僕にとってはおしっこなんだ」
――話が逸れました。夕立さんは、なぜここに?
夕立「夕立は夜戦するから追い出されたっぽい」
――時雨さん、すみませんが通訳を。
時雨「夕立は命令を無視して夜戦に突入するから、クビになったんだよ」
――ここでも夜戦はしないようですが?
夕立「だって……川内さんが絶対にやらないって言うから」
時雨「夕立は、提督には逆らえるけど、軽巡のお姉さんには逆らえないんだ。まあ、そもそもここは滅多に戦いをしないけれど」
――ところで、ここの舞風をどう思いますか。
時雨「そうだね……己の欲望に忠実な艦娘、かな。僕は彼女のこと、わりと好きだよ」
夕立「夕立はあんな奴、大嫌いっぽい! やることなすことむちゃくちゃっぽい!」
――欲望、ですか。舞風の欲望とはなんなのでしょうか?
夕立「知らない。頭がおかしいだけっぽい」
時雨「僕にも分からないな。舞風は、まっすぐだけど捻れているから」
――まっすぐだけど捻れている?
時雨「この三つ編みみたいなものさ。まっすぐだけど複雑に編まれている」
――最後の質問です。なぜあなたたちは戦うのですか。
時雨「僕は深海棲艦のおしっこを浴びてみたいから」
夕立「最高に素敵なパーティしたいっぽい。でも川内さんは夜戦嫌いっぽい……ぽい……」
――時雨さんの戦う理由は分かりました。夕立さん、パーティとは?
夕立「夜戦で大暴れすること! 駆逐艦の本領っぽい!」
――戦うことそのものが目的?
夕立「それ以外にある? 夕立は駆逐艦だもん。夜戦が一番活躍できるっぽい」
――なるほど。ご協力ありがとうございました。
時雨「あ、そうだ。よければ野分、君のおしっこを」
――ありがとうございました
質問対象:不知火、黒潮
質問場所:駐車場
備考:猟銃を持って山へ狩りに出かけるところだった
――なぜこの鎮守府に来たのか教えてください。
黒潮「ウチら、ここに来る前は地場のヤクザに雇われっとってん。大松一家ゆーてな」
不知火「黒潮はボディガード、私は運転手でした」
黒潮「だけど跡目争いがあってなあ。仁義もクソもない、ひどいもんやったで」
不知火「組が分裂して、私たちの方が負けたのです」
――それから流れてここに着いた?
不知火「私たちが天文館に潜伏していたとき、雷と電がここを紹介してくれました」
黒潮「適当にやっとりゃええし、気楽なもんや。ええとこやで」
――お二人がここに来たとき、既に舞風がいたと思います。ここの舞風をどう思いますか。
黒潮「おっかない娘っこ、やなあ」
不知火「同感です。まるでアッパー系のドラッグを入れた鉄砲玉です」
――アッパー、系……? 殴るんですか?
不知火「アッパーカットではありませんよ」
黒潮「あっはっは! ちゃうちゃう、なーんも怖いことなくなるお薬や」
不知火「麻薬でもやっているか、あるいは気が狂っているかのどちらか、ということです」
――気が狂っている、ですか。
黒潮「せやなあ。ああいうんがいっちゃんおっかないわ。筋モンの方がまだ話ができるしな」
不知火「最近は一緒に行動することが少なくなりましたから、その点は気楽です」
黒潮「舞風はんが艦隊にいたころはなあ、難儀したもんやで、ホンマ。付かず離れず、舞風はんの邪魔をせず、それでもって作戦は遂行する、なんてな。アホ言うなっちゅうねん」
不知火「もう、舞風一隻で行動させればよいのではないかと不知火は思います」
黒潮「実際そうなっとるやん」
――最後の質問です。あなたたちは、なぜ戦うのですか。
黒潮「せやなあ。雷と電に恩義があるから、かなあ」
不知火「彼女たちが危機に陥ったら、なにを差し置いても黒潮と不知火が助ける。それが渡世の仁義というものです」
――渡世の仁義、ですか。
黒潮「ま、あの二隻が沈むとは思えへんけどな」
不知火「もし深海棲艦が全滅してもずっと稼働していそうですね」
黒潮「まあ、なんや。つまるとこ、あんま考えとらん。なーんとなく、雷電姉妹のために戦っとる」
不知火「不知火もです。恩義のある者に敵がいる。だから倒す。それ以外にはなにも」
黒潮「それで困らんしなあ。生きとるだけでめっけもんや」
――ありがとうございました。
質問対象:響、雷、電
質問場所:図書館
備考:三隻とも絵本を読んでいた
――なぜこの鎮守府に来たのか教えてください。
響「さて、どこから話したものか。私たちは姉を失ってしまってね」
――姉……暁さんですか。
響「そう。彼女は本当の
雷「そうね。ねえ野分。レディの条件って分かる?」
――分かりません。
電「レディたらんとする、それがレディなのです」
響「暁、私たちの姉は、本当の戦いを知っていた。私たちには分からなかった」
――やっぱりよく分かりません。この鎮守府に来た理由は?
響「舞風の噂を聞いてね。本物の戦いを見届けたかったんだ」
電「それまでは闇市で高速修復材を売りさばいたりして生活していたのです」
雷「雷印の高速修復材はよく売れたわ! はい、ひとつあげるわね!」
――怪しい薬物ではありませんよね。
雷「効き目バツグンよ!」
――舞風の噂を聞いて、ということですが、ここの舞風をどう思いますか。
響「その問いに対する答えを私たちは持たない」
雷「私たちがどう思っているかということと、野分ちゃんがどう思っているかということは、きっと別のものよ」
電「
――ええと……つまり?
電「人の評価なんてあてにならないってことなのです」
響「野分。君たちがなぜ戦うのか、それは君たちにしか分からない。君たちにしか価値は決められない」
――では最後に。あなたたちは、なぜ戦うのですか。
響「暁が辿り着いた世界、約束された勝利の海域を、私たちも見てみたいからさ」
――約束された勝利の海域?
雷「そうね。そんなものが本当にあるなら、それはきっと弾幕の向こう側にあるのよ」
――弾幕の、向こう側。
電「舞風さんならそれを私たちにも見せてくれる気がするのです」
――ありがとうございました。
質問対象:川内、由良
質問場所:防波堤
備考:防波堤の突端に並んで腰かけてぼんやりと海を見ていた
――なぜこの鎮守府に来たのか教えてください。
由良「敵の潜水艦を求めて鎮守府を転々としていたら、ここにいたの」
――ああ……南洋に近いですし、長崎鼻と佐多岬の海峡にはしばしば潜水艦が出るとか。
由良「そう。潜水艦は許さないわ」
――どうしてそんなに潜水艦を敵視するのですか?
由良「潜水艦が跋扈するとシーレーンが……食材が……料理ができなくなるから」
――由良さんは潜水艦を沈めるために戦っている?
由良「そういうことになるのかな……?」
――川内さんはどうしてここに?
川内「わたしは舞風ちゃんと一緒にここに来たんだよ」
――舞風と、一緒に?
川内「うん。命の恩人だからね。まあ、あんな司令官を連れてくるとは思わなかったけど」
――命の恩人?
川内「昔、飛行場姫って名前の深海棲艦がいたの。陸の上にいる深海棲艦。わたしはそいつを倒すための作戦に参加してたんだけど、全然歯が立たなかったの。だって陸にいるんだもん」
――それを、舞風が? いったいどうやって?
川内「そだよー。えーとね、爆雷を滑走路に並べて、ハンマーで打ちこんで爆破したんだって」
――そんな馬鹿げた戦い方が。
川内「あるからわたしは生きてるんだよ。ま、そんなわけで、わたしは舞風ちゃんが望むことを叶えてほしいから戦ってるんだ」
――川内さんは、舞風のために戦っている。
川内「ちょっと違うかなあ。わたしはわたしのために戦ってるんだよ。でも、本当の戦いは、もうわたしはできないんだよね。だからわたしは舞風ちゃんを応援してるし、のわっちも応援してるってわけ」
――よく分かりません。
川内「んー……まあとりあえず、のわっちは舞風ちゃんを撃てばいいんだよ。そうすれば分かるから」
――撃ちたいです。野分は舞風を許しません。
川内「いいじゃん。いいよね、そういうの。好きだなあ」
由良「川内って変よね」
川内「あたしが変なんじゃないよ。誰も分かってないだけ」
――お二人は、ここの舞風をどう思いますか。
由良「なんだか……張り詰めているというか、思い詰めている感じよね」
川内「違うってえ。一途なんだよ。一生懸命なの」
――一途? なにに?
川内「そりゃもう……って、これはわたしが言うことじゃないなあ」
由良「ここまで言っておいてそれ?」
川内「大事なことは本人から聞かなきゃ。舞風ちゃんなら国道を南に行った先にいるよ。面白いものが見られるから行ってごらん」
――面白い物?
川内「ご禁制の……生き物? とにかく飼っちゃいけないやつ」
(まさか、夕立さんが言っていた……)
野分は砂浜を少し走り、それから隣に海があることを思い出し、海面へと飛び移った。
機関部の缶が黒煙を上げ、踵の主機が唸った。
砂浜が途切れる先は岬になっていて、干潮時には岩礁が顔を現す危険な海域だ。
野分は座礁しないよう、巧みにステップを踏んで水面下の岩礁を避けながら
そこには舞風と、駆逐イ級がいた。
駆逐イ級は体の四箇所に鉄の杭を打たれ、さらに鎖で岩に繋がれていた。
舞風はドラム缶を抱え、駆逐イ級に重油を飲ませていた。駆逐イ級は口の端からボトボトと重油を零しながら、貪欲に重油を飲んでいた。空になったドラム缶を舞風が差し出すと、駆逐イ級はそれをバリバリとかみ砕いて食した。
狭い空間には何本かのドラム缶と、ロープで連結された木箱がいくつか乱雑に置かれていた。
舞風は駆逐イ級の食事の様子を見ながら、野分へ声をかけた。
「今日は、
野分は答えなかった。代わりに尋ねた。
「なに、やってるの……」
「ああ、これ? ピングドラムっていうの」
野分には、舞風が言っていることの意味が分からなかった。
「この深海棲艦の名前。ピングドラム」
舞風はそう補足した。すっかりドラム缶を胃に収めた駆逐イ級が、盛大にげっぷをした。
「どうしてそんなものを飼っているの……」
「そのうち必要になるから。運命を乗り換えるために」
なにもかも、わけが分からなかった。
意にそぐわぬ者は排除し、憎悪もなく野分を撃ち、駆逐イ級を飼っている。
舞風の行動はちぐはぐで、まるで狂気の沙汰だった。
「舞風は……舞風はいったい、なにを考えているの!?」
舞風は足下の木箱を蹴り壊した。
中には12.7mm連装砲が四つ、入っていた。
舞風は二つを手に取り、野分へと放った。
宙に弧を描いた12.7mm連装砲は、野分の手元へするりと収まった。その重量から、連装砲に砲弾が装填されていることを野分は悟った。
同時に疑念が湧いた。なぜこんなものを、舞風はこんなところに置いているのか。囚われの駆逐イ級を殺すには過剰な火力だ。魚雷の炸薬がひとつあれば足りる。
野分の疑念をよそに、舞風は岩礁から飛び降り、徒手空拳のまま野分へと向き直った。
彼我の距離はおよそ十メートル。
「言葉でいくら語っても、意味がないわ。あたしには、こうすることしかできない」
舞風は両の腰に差した二つの匕首をそれぞれの手に握った。右は順手に、左は逆手に。
舞風が背中の機関部から黒煙を吐き出した。その瞬間、野分の脳髄が冷えきり、すべてのことが思考から切り捨てられた。
野分は片方の砲塔を捨て、両手で12.7mm連装砲を把持した。舞風の腹の中央、機関部を撃ち抜ける位置に照準し、間髪を入れず撃った。
舞風は身を伏せていた。砲弾が、宙に残った髪を焼き焦がした。
舞風は水面下の岩礁を避けつつ三歩で野分の左脇ヘ潜りこんだ。右の匕首を一閃し、野分の頸部を切断した。
野分はその様子を目の端で追っていた。動作は間に合わなかった。
頸部を切断される寸前、野分は機関部の副次記憶野に、ある一連の動作命令を叩きこんだ。
機関部と頭部との接続が遮断され、視界が暗転した。
野分の体は自動的に動き、12.7mm連装砲を上空へ放り投げた。
あらかじめ野分より叩きこまれていた動作命令が、すべて同時に行われた。
右手で
左足は、空を切った。機関部のサブシステムが、膝から先の感覚の喪失を検出した。
舞風が匕首で切り落としたのだ。
それでもなお、機関部の副次記憶野は野分に下された命令を忠実に実行した。左手に持った高速修復材のアンプルを、胸の中央めがけて突き刺した。
どくん、とポンプが稼働し、薬剤を全身へ行き渡らせた。
切断された頸部はまたたく間に癒合し、視界が復活した。
野分が背後を振り返ると、舞風は勢いを殺しきれなかったのか、二十メートルほど先の沖合にいた。
案の定、左足は脛から先を切り落とされていた。視界の端で、野分の左足がぷかぷかと浮いていた。
宙に放り投げておいた12.7mm連装砲が落ちてきた。野分は舞風から視線を外さないまま、連装砲を左手で取った。舞風へ照準しつつ身をかがめ、脛の切断部と海面に浮かぶ左足の切断部とを近づけた。
幾本ものチューブが伸びて絡まり合い、磁石のように引き合った。人工筋肉はすぐに癒合した。
舞風はそんな野分の様子を見て、ニッコリと微笑んだ。
『凄い。野分、強くなったね。蹴りも速くて焦っちゃった』
舞風は無電でそう言いつつ、左手に持った匕首を捨てた。頸骨の継ぎ目に振るった右の匕首はともかく、左の匕首はチタン合金の骨格へまともに切りつけたのだ。ぼろぼろに刃こぼれしていた。
『でもそんなんじゃ駄目。あたしが求めてるのは、そんな強さじゃない。嬉しいことも悲しいことも、好きなことも嫌なことも、ぜんぶぜんぶ砲弾に乗せて、あたしに叩きつけて』
『うるさい! あんたの妄想になんて、付き合ってられるもんか!』
野分が叱り飛ばすようにして返電すると、遠くの舞風は、ひどく悲しそうな顔になった。
『……ねえ、野分。いつになったら戦ってくれるの? もう、戦いを忘れちゃったの? 透明になっちゃったの?』
舞風の言葉が、野分の機関部を冷やした。
『あたしはもう、待ちきれないよ。早く野分と一緒に戦いたいよ。野分と、本当の戦いをしたいよ』
野分は舞風に照準したままゆっくりと立ちあがり、奥歯をぎりりと軋ませた。
『野分は、舞風がなにを言ってるのかさっぱり分からない。舞風はなにがしたいの。野分に、なにをしてほしいの』
『だって、野分と一緒に戦えるのは――』
舞風の言葉が唐突に途切れた。
舞風は背後を見やり、太平洋のかなたを凝視した。
どうしてだか野分は、舞風の背を、無防備な機関部を撃つ気になれなかった。
舞風の視線を追うようにして、野分も視線を伸ばした。
太平洋のかなたに、陽炎が立ちのぼっていた。
「……なに、あれ……?」
野分は目を凝らした。
なにか、人影のような――
『ごめん。また後で』
舞風からの無電を受け、野分が我を取り戻した瞬間のことだった。舞風が投擲した匕首が野分の頸部を貫通した。
首から下への電気系統がすべて絶たれ、野分は指先ひとつ動かせなくなった。
機関部のサブシステムが野分の姿勢を制御し、かろうじて棒立ちにさせていた。
水平線の陽炎は徐々に黒みを帯び、やがてそれらは幾千万の軍勢であると知れた。
野分は初めて、透明な軍勢をまのあたりにしたのだった。
「裁きの時が来たわ」
と舞風はひとりごちた。
■
裁判艦・響がジャッジ・ガベルを、二度、打ち鳴らした。
「それじゃ、軍法会議を始めよう」
被告艦席には舞風と、川内が立っていた。
響がなにかを言う前に、舞風が要求した。
「野分と戦いたい。透明な軍勢から、野分を護る」
軍規を小脇に抱えた電がため息をついた。
「また、なのですか……」
すかさず雷が手を挙げた。
「好きな娘を護りたいってのは当然だと思うわ!」
電はバシン、とテーブルに軍規を叩きつけた。
「さあ、それはどうなのです?」
「えっ?」
雷がキョトンとして目を丸くした。
「舞風さん。あなたは野分さんを護ると称して、これまで何度も勝手放題に撃ちまくってきたのです」
舞風は小さく首肯し、川内は肩をすくめた。
「そうね」
「ギルティなのです! 正直に答えてください。あなたの望みはなんなのです? 野分さんを護る? それは口実なのです。実のところ、舞風さんは、野分さんを自分一隻の随伴艦にしたいだけなのではないですか?」
電が舞風へ示指を突きつけた。
「異議ありよ!」
雷が手を挙げた。
「電は自分のドSな憶測を述べているわ!」
川内もそれに同調した。
「そうだよ! 舞風ちゃんは野分ちゃんから貰った戦いを返したいだけ。運命の砲弾が欲しいだけだよ!」
ダン、ダン、と響がジャッジ・ガベルを鳴らした。
「静粛に。異議を却下するよ。舞風。電の質問に答えてくれないか」
舞風はひと呼吸の間を置いた。
「そうよ。あたしは、野分をヒトリジメにしたい」
「舞風ちゃん!?」
「あたしはもういちど、野分と一緒に戦いたい。野分と本当の戦いがしたい。そのために弾幕を越えた。川内も巻きこんだ」
「違うよ。あたしは、あたしがそうしたくて――」
舞風は身を乗り出し、被告艦席を囲む柵を両手で握りしめた。
「それでも! あたしは野分を諦めない! 野分のためならなんでもする!」
そしてうつむいた。
「なんだって、する……もう、引き返せない。あたしは大きな罪を犯した」
川内が眉をひそめた。
「舞風ちゃん……? 大きな罪ってなに?」
舞風は被告艦席の柵がひしゃげるほどに力をこめた。
「それは――」
雷が舞風の言葉を遮った。
「あーあーあー! それ以上言わなくていいから、ね? ね?」
「響ちゃん! 被告艦はあの罪を認めているのです! いますぐ舞風さんに有罪、ギルティの判決を!」
響は帽子を取って髪を梳き、しばらく思案した。
それから口を開いた。
「舞風。君の戦いは本物かい?」
舞風は即答した。
「本物よ」
「それが独りよがりの行為/好意だとしても。その傲慢が君を破滅させるとしても?」
舞風は柵を捻った。哀れな柵はぼろぼろに壊れてしまった。
「構わない。あたしは、罪艦だから」
やれやれ、と響はかぶりを振った。
「分かったよ。それでは舞風。君は透明になるかい。それとも、野分を撃つかい?」
「野分を、撃つわ」
舞風の言葉を聞き、川内が動転した。
「えっ、ちょっと待って。まさか、いま――」
響は大儀そうに大きな、響の顔ほどもある大きな判子を持った。
「それでは判決を言い渡そう」
判子を手元の書類に叩きつけた。
「戦闘、承認」
■
信じがたい光景が、野分の眼前で繰り広げられていた。
空間には幾条もの黒い線が、めちゃくちゃに殴り書きされていた。
それらは死線という、砲弾や爆弾が数秒後に通過する軌跡だった。
舞風は踊っていた。海面を疾駆し、波を駆け上がり、空中できりもみ回転し、一八〇度の方向転換をし、張り巡らされた死線のわずかな隙間に身を滑りこませていた。
弾幕の向こう側へ、弾幕の向こう側へ。
(なに……あれ……)
舞風を襲っているのは、幾千万もの、茫洋としたシルエットの艦娘や深海棲艦
しかし舞風は、陽炎のような艦隊を次々と削っていった。砲を撃ち、魚雷を走らせていた。弾薬が尽きれば海面に浮かべた木箱を蹴り砕いて補充し、砲身が過熱すれば海水に
幾千万の軍勢は、またたくまに数十を数えるほどとなった。
そんなときだった。
深海棲艦の見た目をした潜水艦が、突如浮上した。舞風に引き寄せられるように漂った。
しかし、舞風は気にも留めなかった。その潜水艦からは既に、目から光が失われていた。ふつうは青か、赤か、黄色の光を放っているものだ。
つまり死骸だった。
ゆえに舞風はそれを捨て置いた。
間違いだった。その死骸は、生きた魚雷を抱えていたのだ。意図のない攻撃は、死線を描かない。
ただでさえ野分を背にして戦っている舞風に、死骸へ意識を割く余裕などなかった。
魚雷が舞風の磁気を感知し、爆発した。
水中で爆発した魚雷は猛烈なバブルパルスを発生させ、舞風の足下を直撃した。
舞風は両足の
『舞風!』
野分は思わず、無電で舞風へと呼びかけた。
憎いはずの舞風へ。
舞風はその声を聞いていた。しかし、返答することはできなかった。
送信機が壊れてしまっていた。
「のわ……き……」
舞風の意識は真っ赤に染まり、そして途切れた。
世界を、革命する力を!