第1話
高畑・T・タカミチ。
目元まで伸びた鈍い銀の髪を靡かせ、彼は歩いていた。
辺り一面を埋め尽くす雪景色、その中を分厚いコートを羽織って歩く。
その後を一人の少女が追い掛ける。左右の異なる色の瞳を持つ、何処か人形のような少女であった。降り積もる雪が珍しいのか、タカミチに走りより。
「ねぇ……雪だよ」
降り注ぐ雪を手のひらにのせる様にし、口元を少し綻ばせ少女は言った。
普段の感情味の薄い少女を知るタカミチは珍しいと思った。
だが、悪くない事だ。そうも思った。
「ええ、降ってきましたね」
少女が横に並び、歩く。
「…………これからどうするの?」
「英国へ行きます」
「英国…………? それで…………どうするの?」
「昔馴染みを頼ろうかと。────幸せに暮らすのです、お姫様。全てを忘れて……ね」
右手の五指全てに嵌められた銀のリングを撫で、タカミチはそう言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「寒い……」
ベットから出て思ったのはそれであった。時間としては正午。とんだ起床時間だが、学校に行っていない身としてはどうでもいいこと。
窓から見える白い雪空を見て一人のごちる。
十年。十年がたった。月日としては長くとも、一瞬の様であった。
魔法少女とはもう呼べない年齢になったことを悲しめばいいのか、それとも昔日の黒歴史を卒業できる年齢になったことを喜ぶべきか。迷うところではあるものの、未だに冴えない脳では考えるだけ無駄だろう。
「うー……。こーひー、こーひー」
寝惚けて上手くまわらない舌を目覚めさせる為にも、コーヒーメーカーにカップをセットしてボタンを押す。
コーヒーが抽出されてくのを尻目に、羽織ったカーディガンから杖を取り出す。
材質はイチイの木の赤い短杖。
呪術的な意味で言うのならばケルトの魔女として、オークあるいはヤドリギでも使うべきなのだろうが、杖の材質など個人の好みの所が大きいので気にはしない。
「んー、あー。
杖を振るい、呪文を唱える。
学んだルーンでもケルトの秘術でも無いが、魔術としては基本とも言える魔術。問題なく発動する。
魔力が杖を伝い、杖に刻まれた土を示す黄色の塗料で塗装されたルーンがその意味を発揮し魔力を増大させる。
火を扱うならば赤い塗料の方がいいのだが、ケルト魔術の根幹ヤドリギたる自然と繋がる土のが適切なのは事実。それに、別に赤であろうと無かろうとこの程度の魔術行使には問題ない。
増幅された魔力は呪文に従い暖炉の薪に火をつける。
「ん……よし」
それに一つ頷き、コーヒーの入ったカップを手に取る。ここで砂糖やミルクを淹れても眠気がぶり返すだけなので、眠気覚ましの為にもブラックで飲む。
コーヒーを軽く一口飲み、カップを持ったまま新聞を取りに玄関に出て、
「やぁ、久し振りだね」
昔馴染みがそこにいた。
あとなんか幼女もいた。
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視界を埋め尽くす雪をかぶったオークの森を抜けたタカミチの視界に入ってきたのは、木で出来た小屋であった。
いや、大きさ的にもログハウスと呼ぶべきか。
「ここ……?」
「ええ、その筈です」
時刻は昼。ならきっと目的の人物もいる筈。
呼び鈴を鳴らそうと。玄関前の階段を登ろうとし、
ドアが開いた。
出てきたのは、淹れたばかりなのか湯気の立つコーヒーカップを片手に持った少女であった。
腰まで伸びた綺麗な黒の髪に同じ色を放つ切れ目の瞳。出るところは出ていながらも括れた腰、同年代の女の子の平均を越えたスタイルであった。
八年前と変わらない、気だるげな退廃的な顔に驚愕を浮かべこちらを見た。
綺麗になったなぁ。
昔馴染みの変貌ぶりに驚きながらも、笑顔を返す。
「やぁ、久し振りだね」
驚きからか固まった少女はぎこちなくとも確かに動きだし。
「タカミチ…………か?」
「あぁ、そうだとも。八年振りかな?」
「あ、あぁ」
ある程度落ち着いたのか瞬きを繰り返し、タカミチの隣の少女に目を向けた。
「こっちの、いや──こちらの方は…………」
視線は何処か懐かしいものを見るようなものだった。
「あぁ。アスナ姫だ。姫様、こちらが僕の友人のクレア・ティアーヌです」
「ん? おい待てタカミチ、それはどういう──」
「はじめまして。私、アスナ…………アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフォシア」
それを聞いた少女の反応は劇的であった。
表情が変わった。
先程までの気の抜けた様子では無く、より引き締まったものへと。
「これは……一体…………」
返事も返さず思案に耽るクレアに対して、少女が首を傾げるも反応すら返さない。
そして、ある程度独り言を呟いた後。こちらを向き、
「はじめましてお嬢さん。私は先にもこの男が言ったようにクレア・ティアーヌと言う。気軽にクレアと読んでくれたまえ、その方が楽だろう? それにこんな可愛いお嬢さんに名字呼びやフルネーム呼びされるのは心にくるからね」
「うん、わかった」
なら、よし。と笑顔で言いクレアはタカミチの方を向いた。
昔馴染みの男前な台詞を懐かしく思いながら聞いていた思考を引き締める。
そしてクレアは、笑顔を消し瞳に剣呑ささえ乗せ、口を開いた。
「何があった。────タカミチ」
物語の幕が、再び上がった。
第1章プロローグだー!