ロクでなし魔術講師と異能兄妹   作:宮枝嘉助

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原作と同じ所で章を区切る感じでやってますが、段々長くなっていく未来を幻視しました_(:3」z)_


第2章 子猫と子犬と子狸

 有り体に言ってしまえば、グレンという非常勤講師はとことんやる気が無かった。

 どの教科であろうと分け隔て無く投げやりに行われ、理由は不明だが逆に全力でそうしている節さえ見られた。

 そんな態度で授業をしていれば必然的に生徒達との軋轢が生まれ、特にシスティーナは事ある毎に小言をぶつけていたが、全く効果は無く。むしろまるで意固地になっているかのように悪化の一途を辿って行った。

 初日こそ授業に見えなくもない事をしていたが、次第に教科書の丸写しをし始め、次に教科書のページをちぎって貼り付けだし、しまいには教科書をそのまま黒板に釘で打ち付け始めた段階まで到達した時、システィーナの怒りが爆発した。

 グレンが非常勤講師に着任して7日目の5限目の事である。

 

「いい加減にして下さいッ!」

 

 システィーナは机を乱暴に叩きながら立ち上がった。

 

「む? だからお望み通りいい加減にやってるだろ?」

「そうそう、いい授業じゃないか。おかげさまで夜の営みが捗るぜ」

 

 グレンとヴァルドは抜け抜けとそんな事を言い放ち、グレンは日曜大工さながらに釘を口にくわえながら金槌を肩に担いで教科書を黒板に打ち付ける作業を続け、ヴァルドはそのまま机に突っ伏して睡眠の続きを取ろうとする。

 

「子どもみたいな屁理屈こねないで! ってヴァルド! アンタは寝てるだけでしょうが!」

 

 システィーナは律儀にヴァルドにもツッコミを入れつつ教壇に立つグレンに歩み寄って行く。“夜の営み”という言葉も気になったが、言うとやぶ蛇になる予感がしたのか触れなかった。

 

「まぁ、そうカッカすんなよ? 白髪増えるぞ?」

「だ、誰が怒らせていると思っているんですか!?」

「ほら、そんなに怒るからその歳でもう白髪だらけじゃないか……可哀想に」

「……ハッ!? そうか、だからシ()ティーナって言うのか!?」

「違うわよ! ヴァルド、アンタ張っ倒すわよ!? 私はシ()ティーナ! それからこれは白髪じゃなくて銀髪です! 先生も、本当に哀れむような目で私を見ないで! ああ、もう! こんな事あまり言いたくありませんけど、先生が授業に対する態度を改める気が無いというなら、こちらにも考えがありますからね!?」

「ほう、どんなだ?」

「授業をボイコットするのか?」

「んな事しないわよ!? ……私はこの学院にそれなりの影響力を持つ魔術の名門フィーベル家の娘です。私がお父様に進言すれば、貴方の進退を決する事も出来るでしょう」

「え……マジで?」

「マジです! 本当はこんな手段に訴えたくありません! ですが、貴方がこれ以上、授業に対する態度を改めないというのならば──」

「お父様に期待してますと、よろしくお伝え下さい!」

 

 グレンは紳士の微笑を満面に浮かべていた。

 

「──な」

 

 このグレンの反応に、システィーナは言葉を失うしかない。

 

「いやー、よかったよかった! これで1ヶ月待たずに辞められる! 白髪のお嬢さん、俺の為に本当にありがとう!」

「貴方っていう人は──ッ!」

 

 もうシスティーナの忍耐も限界だった。

 逆にヴァルドは納得の行った表情をしていた。今までの態度は全て、授業態度が何らかの形で学院長に伝わる事でクビにされる事を期待しての行動だったのだと。

 しかし、この場の誰も知る由も無い。そういう話は既に学院長に届いていて、大陸屈指の第7階梯(セプテンデ)であるセリカ=アルフォネア教授が全責任を取る、という形でそういう話を黙らせていたという事を。

 システィーナにはグレンの言動が本気なのか、それともシスティーナを侮ってのモノなのかの判断がつかなかったが、別の決断は下す事が出来た。左手に嵌めている手袋を外し、グレンに投げつける。

 

「痛ぇ!?」

「貴方にそれが受けられますか?」

 

 一瞬、教室から全ての音が消えた。だがそれはあくまで一瞬の事で、すぐにこれまでとは違う意味でざわめき始める。

 

「お前……マジか?」

 

 グレンは、生徒達にとっては始めてといってもいい程の真剣な表情で床に落ちた手袋を注視する。

 

「私は本気です」

「シ、システィ! だめ! 早くグレン先生に謝って、手袋を拾って!」

「グレンお兄ちゃんも、拾わなくていいから離れて!」

 

 見るに見かねてルミアとソフィアが駆け寄るが、システィーナは頑として動かずに烈火のような視線でグレンを射貫き続ける。その視線を受け、グレンは静かに問う。

 

「……お前、何が望みだ?」

「その野放図な態度を改め、真面目に授業をやって下さい」

「……辞表を書け、じゃないのか?」

「もし、貴方が本当に講師を辞めたいのなら、そんな要求に意味はありません」

「あっそ、そりゃ残念。だが、お前が俺に要求する以上、俺だって何でもお前に要求していいって事、失念してねーか?」

「承知の上です」

「はぁ……お前、馬鹿だろ。嫁入り前の生娘が何言ってんだ? 親御さんが泣くぞ?」

「それでも、私は魔術の名門フィーベル家の次期当主として、貴方のような魔術を貶める輩を看過する事は出来ません!」

「あ、熱い……熱過ぎるよ、お前……だめだ……溶ける」

 

 グレンはうんざりしたように頭を押さえてよろめいた。

 頭を抱えながらシスティーナを見遣ると、強気な言葉とは裏腹に彼女の身体は緊張で強張っていた。それはそうだろう。この後の結果如何では何を要求されても文句を言えないのだから。

 それでも、システィーナはグレンに立ち向かったのだ。その気概だけはグレンですら馬鹿にする事は出来なかった。

 

「やーれやれ。こんなカビの生えた古臭い儀礼を吹っ掛けて来る骨董品が未だに生き残ってるなんてな……いいぜ? その決闘、受けてやるよ」

 

 グレンは不敵な笑みを浮かべながら床に落ちた手袋を拾い、頭上に投げて横に薙ぎながら掴み取ろうとするが、失敗。グレンは気まずそうに拾い直す。

 続いて、グレンは決闘のルールを【ショック・ボルト】のみと定め、システィーナはそれを了承。そしてグレン側の要求だが──

 

「で、だ。俺がお前に勝ったら……そうだな? よく見たらお前、かなりの上玉だし、俺が勝ったらお前、俺の女に──」

「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・──》」

「いやちょっと待てソフィア!? お前それ軍用攻性呪文(アサルトスペル)じゃねーか! 学生のお前が何でそれを覚えてんだ!?」

「え? やだなぁ~呪文を知ってるだけだよ、グレンお兄ちゃん? そんな凄い呪文が私に使える訳無いじゃない」

「いや、そんな危ねーの冗談でも唱えるなよ!? 心臓に悪いわ!」

 

 流石にその要求は悪ノリが過ぎると思ったのだろうか、満面の笑みを浮かべながら全く全然これっぽっちも目が笑ってないソフィアが【ライトニング・ピアス】を使うふりをしてグレンの言動を咎めた。

 しかし、グレンは半ば確信していた。ソフィアは恐らく()()()()()()と。照準がズレていたのがその証拠。もし本当に撃てないなら照準をわざわざズラす必要が無いからだ。

 

「──はぁ……わぁーったよ、さっきのは冗談だ。ガキにゃ興味ねーよ。俺の要求は、俺に対する説教禁止、だ。安心したろ?」

「…………っ! ば、馬鹿にして!?」

 

 さっきグレンが何と言いかけてたのかが分からない程システィーナは鈍くない。ソフィアが遮ってくれて助かったが、正直にいって決闘を申し込んだ事を少し後悔しそうになる程の恐怖感が胸を過ったが、子ども扱いされた事による怒りで顔を真っ赤にして食ってかかる事でその感情を誤魔化した。

 そして同じように察していたルミアと、グレンの言葉を遮った張本人であるソフィアも、その言葉に胸を撫で下ろし、ほっと一息をつく。その様子を見たヴァルドも安堵の溜め息を吐いたが、何に対して安心したのかはヴァルド自身も判然としなかった。

 

「ほら、さっさと中庭に行くぞ?」

「ま、待ちなさいよッ! もう、貴方だけは絶対に許さないんだから!」

 

 そそくさと教室を出て行くグレンの背中を、システィーナは肩を怒らせて追いかけて行った。その後を教室の生徒達が野次馬根性丸出しで追って行く。ヴァルドは行かずに寝ようかと思ったが、ルミアとソフィアから何かを強く訴えるように見つめられ、行く事になった。

 

 

 

 

 結果からいうと、決闘は一方的な展開になった。

 黒魔【ショック・ボルト】のみの勝負で、一節詠唱が出来るシスティーナと三節詠唱しか出来ないグレンでは勝負にすらならなかった。グレンが何のかのと理由を付けて勝負の回数を増やしたが、全く寄せ付けずにシスティーナの24連勝が決まった時。

 グレンは屁理屈をこれでもかとこねまくり、決闘を引き分けと決めつけて当初の要求も飲まずに逃げていった。

 

「何なんだよ、あの馬鹿」

「まさか【ショック・ボルト】みたいな初等呪文すら一節詠唱出来ないようなのが()()()()()なんてな」

 

 ギイブル、という眼鏡を掛けた男子生徒がヴァルドの方を見ながら呆れたように呟く。その言葉はヴァルドの耳に届いていたが、今までも散々言われ続けて来た事だ。今更気に病む事も無い。それに自分の場合、出来ない原因は恐らく()()の所為だ。むしろ三節詠唱だったら発動出来るという事そのものが奇跡と言ってもいい。

 だがそれ以上言うと、右手で左手の手袋を弄んでいるソフィアが何をしでかすか分からないので誰も何も言わなかった。

 その代わりに、先程のグレンの行動に対して辛辣な言葉が飛び交う。

 

「ふん、見苦しい人ですわね……」

「魔術師同士の決め事を反故にするなんて最低……」

 

 そんな中、ルミアは心配そうにシスティーナの隣に歩み寄る。

 

「大丈夫? システィ、怪我は無い?」

「私は大丈夫、だけど……心底、見損なったわ」

 

 システィーナはグレンが走り去った方向を険しい表情で見つめながら、まるで親の敵であるかのように呻く。

 こう見えて、システィーナはグレンに一応の敬意を払っていた。講師としてのやる気は無いようだが、それでも先達の魔術師ではあるのだから何か学べるモノがあるハズだと思っていた。

 だが、もうだめだ。魔術を侮辱しているあの男だけは許せなくなった。あの男が学院に居る限り、自分とあの男は不倶戴天の敵だ。

 

「グレン先生……」

 

 ルミアは激しく憤る親友を前に、途方に暮れるしかなかった。

 

 

 

 

 グレンの学院内における評判を地に落とした決闘騒動から3日が経った。グレンの授業のやる気の無さは相変わらずで、生徒達からの評判はすこぶる悪い。

 しかし、当のグレンは全く意に介していない様子でのんべんだらりと日々を過ごしている。

 そんなグレンに反発してか、生徒達はグレンの授業を無視して自習するようになった。それでもグレンは全く気にしていない様子で授業のようなモノを進めて行く。

 

「はーい、授業始めまーす」

 

 日に日にグレンは遅刻が増えて来ており、この日も大幅に遅刻してやって来た。そして死んだ魚のような目でやる気の無い授業を始める。

 生徒達は溜め息を吐きつつ自習の用意をする。

 最早毎度お馴染みとなりつつある光景だが、こんな授業でもまだグレンから学ぼうとする真面目な生徒が居たらしい。

 

「あ、あの……先生。今の説明に対して質問があるんですけど……」

 

 授業開始から30分程経過した所でおずおずと手を挙げる小柄な女子生徒が居た。初日の授業の時に質問し、あっさりあしらわれてしまった少女──リンだ。

 

「あー、なんだ? 言ってみ?」

「え、えっと、その……今、先生が触れた呪文の訳がよく分からなくて……」

 

 するとグレンは面倒臭そうに溜め息を吐いて、教卓の上にあった本を1冊取り上げた。

 

「これ、ルーン語辞書な」

「……え?」

「3級までのルーン語が音階順に並んでるぞ。ちなみに音階順ってのは……」

 

 グレンがルーン語辞書の引き方を解説し始めた時、グレンに関しては無関心を決め込むつもりだったシスティーナも流石に黙っていられなくなり、立ち上がる。

 

「無駄よ、リン。その男に何を訊いたって無駄だわ」

「あ、システィ」

 

 質問をしたリンは、グレンとシスティーナに挟まれて所在無さげにおろおろする。

 

「いや、今のはティティスさんがダメだろ。一体グレン先生を何だと思ってんだ」

「……は?」

 

 そこに突然、普段はグレンの授業が始まった瞬間に寝ているヴァルドが割り込んだ。しかも、グレンを擁護するかのような言い回しで。

 システィーナは戸惑いを隠せない様子で聞き返す。

 

「は? じゃねーよ。説明そのものが理解出来なくて、その内容の解説を求めるってんなら解る。それが何だ? 呪文の訳が分からない? グレン先生は全自動辞書じゃねーんだぞ? そりゃ先生だって辞書渡すわ。呪文の訳で質問するなら、せめて自分で辞書引いて調べて、その答えで合ってるかどうか訊くようにしろよ」

「あ、アンタね……っ!」

「何だよ? グレン先生寄りの意見でムカついたからってだけじゃないちゃんとした反論があるなら言ってみろよ、フィーベルさんよ」

「ぐっ…………」

 

 ヴァルドの口から出たのは、教室内であちこちから聞こえていた自習で本をめくったりノートにペンを走らせる音が消える程のド正論だった。

 システィーナは文字通りぐうの音も出ない。普段全く授業受ける気の無さそうな態度をしていたヴァルドからそんな言葉が出たからか、グレンですら驚いたように目を見開いている。

 

「大体、こんなクソみてえな授業受ける価値あるのか? ああ、グレン先生の授業がクソって意味じゃねえぞ? こんな、調べる時間さえあれば独学で何とでも出来そうなぐらい中身の無いこの学院の授業そのものが、だ」

「「「「「「なっ……!」」」」」」

「ほう…………」

 

 ヴァルドの横暴とも言える言葉に驚きを隠せない生徒達。しかし彼等はそこにも反論する事が出来ない。

 何故ならヴァルドはその言葉の通り、座学の授業は初期の頃以外はそのほとんどを寝て過ごし、ほぼ独学のみで座学の首席を1年次生から取り続けていたからだ。ちなみに実技は本来なら落第である。

 

「まあ、肝心の実技がてんでダメなオレが言えたもんじゃないが、実技の授業以外全く面白くない。理想を言えば……もっと、こう、1番最初に習い始めた時のような、魔術そのものを突き詰められるようなのがやりたい」

 

 ヴァルドの言葉は、生徒達の心にも少なからず響くモノがあった。

 確かに、最近の授業は知識だけを無理矢理詰め込まれるかのような、息苦しささえ感じるような授業が多かったのだ。

 そしてもう1つ、ヴァルドの授業態度は一応彼なりの主張があっての事だったという事で、彼への誤解が少しだけ解けたのであった。

 

「…………だから、こんな下らない授業はグレン先生ぐらいのやり方で丁度いい。そんな訳でグレン先生、残り20日ぐらいですけど今の感じでよろしくお願いします」

「おう、任せろ」

「いえ、それとこれとは話が違います! 偉大なる魔術の崇高な深奥に到る為の授業をそんないい加減にやらないで下さい!」

 

 だからといっていい加減に授業をしていい理由にはならないとばかりに2人に噛み付くシスティーナ。

 そこで普段なら聞き流されていつもの授業風景に戻る……と、噛み付いたシスティーナ自身すら思ったのだが。

 

「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」

「ふん。何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まっているでしょう? もっとも、貴方のような人には理解出来ないでしょうけど」

 

 反応が返って来たので、刺々しい物言いで攻撃的に返すシスティーナ。これも普段のグレンなら適当に聞き流して終わるはずだが──

 

「何が偉大でどこが崇高なんだ?」

 

 ──その日は何故か食い下がった。ヴァルドが「魔術そのものを突き詰められるような」授業を受けたいと言った事が多少関係あるのかもしれない。

 

「……え?」

「魔術ってのは何が偉大でどこが崇高なんだ? それを訊いている」

「そ、それは……」

 

 今まさに、魔術とは何なのかを突き詰めていた。答えに詰まるシスティーナ。言われてみれば、深く考えた事は無かったかもしれない。

 だから、一呼吸置いて言葉をまとめ、自信を持って返答する。

 

「ほら。知ってるなら教えてくれ」

「……魔術は、この世界の真理を追究する学問よ」

「……ほう?」

「この世界の起源、この世界の構造、この世界を支配する法則。魔術はそれらを解き明かし、自分と世界が何の為に存在するのかという永遠の疑問に答えを導き出し、そして、人がより高次元の存在へと到る道を探す手段なの。それは、言わば神に近付く行為。だからこそ、魔術は偉大で崇高なものなのよ」

 

 自分では会心の回答だとシスティーナは思っていた。しかし──

 

「それ、意味分かって言ってるのか? フィーベル」

「え?」

「世界の起源や構造や法則。更に自分や世界が何故存在するのかなんていう哲学的な疑問が本当に魔術を学べば全て解けると思ってるのか? 考古学や物理学や天文学を差し置いて、魔術こそが万物の真理に到る唯一の手段だって?」

「そ、それは勿論、魔術はそれらの先を行くものだから……」

 

 ヴァルドからの横槍にしどろもどろになるシスティーナ。そこに更にグレンが不意討ち気味に言葉を発する。

 

「しかも、そうやって世界の秘密を解き明かした所で、何の役に立つんだ?」

「少なくとも、オレの好奇心は満たされるが」

「いやヴァルド、ここでは社会的に、で頼む」

「だ、だから言っているでしょう!? より高次元の存在に近付く為に……」

「より高次元の存在って何なんだよ? 神様か?」

「……それは──」

 

 即答出来ない悔しさにシスティーナは打ち震えていた。

 しかしそこでグレンの追及は終わらない。

 

「そもそも、魔術って人にどんな恩恵をもたらすんだ?」

 

 グレンは医術や冶金技術、農耕技術等を例に挙げて行き、魔術が何の役に立っているのかという疑問を提示する。秘匿性の高い魔術というものはむしろ一般人からは白い目で見られていると言ってもいい。

 なので、確かに大々的に役に立っているかというと残念ながら否定的にならざるを得ないのだった。

 

「魔術は……人の役に立つとか、立たないとかそんな次元の低い話じゃないわ。人と世界の本当の意味を探し求める……」

「でも、何の役にも立たないなら実際、ただの趣味だろ。苦にならない徒労、他者に還元出来ない自己満足。魔術ってのは要するに単なる娯楽の一種って訳だ。違うか?」

「違わないと思いますが、娯楽の一種として見るなら経済的には多少は役に立っていると思います。グレン先生の給料もそれで出てる訳ですし」

「だがそれもごく一部の人に、だろ? それじゃあ一般人にとってのスポーツとそう変わらねーよ」

 

 システィーナは歯噛みするしかなかった。どうしてこんな俗物的な意見を切り返す事が出来ないのか。ヴァルドがグレンに近い視点から切り返しているが、それもシスティーナにとっては魔術を貶めているかのようでとても我慢ならない事だった。だが事実として圧倒的といっていい程に言い負かされてしまっている。

 あまりもの悔しさにシスティーナが唇を震わせていると……

 

「悪かった、嘘だよ。魔術は立派に人の役に立っているさ」

「……え?」

 

 グレンの突然の掌返しに、システィーナやクラスの一同は勿論、ヴァルドですら目を丸くする。ここまでの話から、立派な娯楽として役に立っているだとか、そういう意味では無さそうだが……。

 

「魔術は凄ぇ役に立っているさ……人殺しにな」

 

 瞬間、教室内の全員の首筋に等しく冷たい刃物を当てられたかのように一同の背筋が凍りついた。

 その姿は……普段の怠惰なグレンとはまるで別人のようだった。

 

「実際、魔術ほど人殺しに優れた技術は無いんだぜ? 剣術が人を1人殺す間に魔術は何十人も殺せる。戦術で統率された一個師団を魔導士の一個小隊が戦術ごと焼き尽くす。ほら、立派に役に立つだろ?」

「なるほど……大砲や爆弾でも同じ事は出来るが、造る手間を考えれば魔術の方が遥かに効率がいい」

「だろ? 人を殺すなら魔術が1番って訳だ」

「ふざけないでッ! 魔術はそんなんじゃない! 魔術は──」

 

 流石に看過出来なかった。魔術を無価値と断じられるのはまだしも、外道に貶められるのは我慢ならない。しかし──

 何故帝国が魔導大国と言われるのか。

 何故帝国宮廷魔導士団に莫大な予算がつぎ込まれるのか。

 何故魔術師の決闘にルールが出来たのか。

 何故学生が習う魔術は攻性呪文(アサルトスペル)が多いのか。

 グレンの口から次々に提示される問い。システィーナはその問いに何1つ答える事が出来ない。

 

「──それは」

 

 システィーナが考えるのを妨げるかのように、グレンは更に続ける。

 魔術によって200年前の『魔導大戦』や40年前の『奉神戦争』で何が起きたのか。

 近年、外道魔術師が起こす凶悪犯罪の年間発生件数とその内容の凄惨さについて。

 最後まで何1つ答えられずにいると、グレンは嗤いながら続ける。

 

「ほら、見ろ。今も昔も魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だ。何故かって? 他でもない魔術が人を殺す事で進化・発展して来たロクでもない技術だからだ! まったく、俺はお前らの気が知れねーよ。こんな人殺し以外何の役にも立たん術をせこせこ勉強するなんてな。こんな下らん事に人生費やすなら他にもっとマシな──」

 

 ぱぁん、と乾いた音が響いた。

 歩み寄ったシスティーナが、グレンの頬を掌で叩いた音だ。

 

「いっ……てめっ!?」

 

 グレンは非難めいた目でシスティーナを見て、言葉を失った。

 

「違う……もの……魔術は……そんなんじゃ……ない……もの……」

 

 気付けば、システィーナはいつの間にか目元に涙を浮かべ、泣いていた。

 

「なんで……そんなに……ひどい事ばっかり言うの……? 大嫌い、貴方なんか」

 

 そう言い捨てて、システィーナは涙を袖で拭いながら荒々しく教室を飛び出して行く。

 後に残されたのは圧倒的な気まずさと沈黙だった。

 

「──ち」

 

 グレンはガリガリと頭をかきながら舌打ちする。

 

「あー、何かやる気出ねーから、本日の授業は自習にするわ」

 

 溜め息を吐いて、グレンは教室を後にした。

 その日。グレンがその後教室に姿を現す事は無かった。

 

 

 

 

 グレンとシスティーナが教室を出た直後の事。

 教室では先程の“授業”についての議論が展開されていた。

 

「ヴァルド、お前は魔術を何だと思っているんだ?」

「オレか? オレは魔術の事、世界一面白い学問だと思ってるぞ。偉大? 崇高? そんな、宗教じゃあるまいし。少なくともオレとソフィアは今の所そんな事は思ってねーよ。なあ?」

「ええ、私も兄さんと同意見です。偉大で崇高なモノかどうかはもっと魔術を学んで、自分で決めたいと思います」

 

 ヴァルドとソフィアの返答に、教室内では少なくない衝撃が走った。システィーナと同じような事を考えていた生徒が大半だったからだ。

 

「そんな、魔術への冒涜ですわ!」

「たった1年ちょっとの勉強で魔術を語るな、ナーブレス。グレン先生の言い方は無茶苦茶だったけど、何も嘘は言ってなかった。凶暴な面は確かにある」

「それに、私……グレンお兄ちゃんが授業を真面目にやらない理由が何となく分かっちゃったから、グレンお兄ちゃんをあんな風にしちゃった魔術をそんなに神聖なモノだとは思えないよ」

「「「「………………」」」」

 

 生徒達とて、そこまで能天気な馬鹿ではない。あの時のグレンは、間違い無く普段の授業の時よりも根っこの部分を生徒達に見せていた事ぐらいは分かる。

 最初から魔術に対してあんな風に思っていたのなら、少なくとも自分達より上である第3階梯(トレデ)に到る程魔術を学んでいるハズが無いからだ。

 ああして、憎々しげに語る程の何かを経験したのだ。それが、魔術で大切な人を殺されたのか、自分が殺す事になってしまったのか。本人から語らない限り、訊いてはいけない内容ではあるが。

 

「だから、さ。別に1ヶ月ぐらい自習だっていいんじゃないか? ここらで自分達にとって魔術って何なのか、改めて考えてみる時間にしようぜ。言っちゃ悪いが、フィーベルのさっきの意見は流石に気持ち悪いと思う」

「こら、兄さん。それ、システィさん本人には絶対に言っちゃダメだからね?」

「いや、言わねーけどよ。だって、世界の真理を追究するとか、より高次元の存在に到るとか、どこの新興宗教の教祖の台詞かと思っちまったもん」

「あ、あはは……」

 

 確かに、システィーナが言っていた事は高尚過ぎて逆に胡散臭い。

 ルミアは親友であるシスティに悪いと思いながらも、ヴァルドの毒舌に少し同意してしまい乾いた笑みを浮かべる事しか出来なかった。

 ルミアは改めて考えてみる。魔術に人殺しとしての面がある事は()()()()()()()

 あの時に出会った魔術師の苦しそうな顔を思い出すと、今でも胸が締め付けられるような気持ちになる。

 あの魔術師以外にも、あんな風になってしまった魔術師が居るのなら、何とかして救いたいとも思う。

 そういう想いが根本にある為かは定かではないが、白魔術は得意だが、黒魔術は苦手とするルミア。なら、その得意な白魔術で人を救うのが単純だが、もっと根本的に何とかしたい。魔術そのものの在り方を根本から変えるような……そんな何かを。

 

「兄さん、今度の法陣のテスト、どうするの?」

「どうするも何も……オレ、法陣組めないしな。寝る!」

「もう、兄さんったら……」

「あ……」

 

 だが、その前に。ルミアも法陣が組めない事を思い出し、今日の自習は法陣の勉強にしようと、そう思うのであった。




没カット。

「偉大で崇高? バカじゃねーの? フィーベル、お前は魔術教の教祖様か何かですか?」
「な……ッ!?」
「兄さん、私も魔術は凄いモノだと思うんだけど……」
「ソフィア様の仰る通りだ貴様等! 魔術は凄い! 否定する事はこのオレが許さんッ!」
「「「「変わり身早ッ!?」」」」

あまりにもカオスな話になって収拾が着かなくなったのでボツになりましたwww
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