ロクでなし魔術講師と異能兄妹   作:宮枝嘉助

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遅くなって申し訳ない。

原作を電子版でしか持ってない為、確認しながら書くのがめっちゃ大変だった、と言い訳してみる。


第3章 ほんの少しのやる気と改心

 騒動があった次の日。

 システィーナはフェジテの上空に浮かぶ『メルガリウスの天空城』を眺めて黄昏ていた。実は毎日こうして眺めて思いを馳せる事を日課にしているぐらいだが、今日は普段と少し様子が違った。

 昨日のやり取りがあった所為だろうか、脳裏に祖父との晩年のやり取りが蘇る。そうだ、魔術が偉大だとか、崇高なものだとか、そういう事じゃない。ただ、祖父の夢を継いで『メルガリウスの天空城』の謎を解く。その結果として、もしかしたら世界の真理を追究する事になるかもしれないが、システィーナの魔術に対する想いの源泉はそこにあったのだった。

 

「おい、白猫」

 

 頭上から突然、ぶっきらぼうな言葉が降ってきた。

 システィーナの背中がびくりと震え、その意識が現実に戻る。

 声の主は見るまでも無い。不倶戴天の敵と定めた憎き非常勤講師だ。

 

「おい、聞いてんのか、白猫。返事しろ」

「し、白猫? 白猫って私の事……? な、何よ、それ!? 人を動物扱いしないで下さい!? 私にはシスティーナっていう名前が──」

「うるさい、話を聞け。昨日の事でお前に一言、言いたい事がある」

「な、何よ!? 昨日の続き!? そこまでして私を論破したいの!? 魔術が下らないモノだって決めつけたいの!? だったら私は──」

 

 システィーナは身構え、敵意に満ちた視線をグレンに送る。

 昨日の1件で、この件についてグレンに口論で勝つ事は出来ないのは身に染みている。だがそれでも、想いの源泉を思い出せた今なら、勝てないまでも徹底抗戦ぐらいは──

 

「……昨日は、すまんかった」

「え?」

 

 そして、最も予想だにしていなかった言葉に、システィーナは身体も思考も硬直する。

 

「まあ、その、なんだ……大事なモノは人それぞれ、だよな? 俺は魔術が大嫌いだが、その……お前の事をどうこう言うのは、筋が違うっつーか、やり過ぎっつーか、大人げねえっつーか、その……まぁ、ええと、結局、なんだ、あれだ……悪かった」

 

 グレンは気まずそうなしかめっ面で、目をそらしながらしどろもどろになりながら謝罪らしき言葉を呟き、僅かに頭を下げた。

 ひょっとして、謝っているつもりなのだろうか?

 

「…………はぁ?」

 

 戸惑い唖然としているシスティーナをよそに、グレンは話は終わったと言わんばかりに彼女に背を向けて離れ、教壇へと向かう。

 

「何だよ……? 何が起きてるんだよ……?」

「なぁ、カイ? ありゃ一体、どういう風の吹き回しなんだ?」

「お、俺が知るかよ……」

 

 クラスの生徒達がざわめく。生徒に謝罪した事自体もそうだが、そもそも今はまだ授業開始時間の前なのだ。こんな早い時間にグレンが教室に居た事は今までに無い。今までとはあまりにも違う光景に、様々な感情の視線がグレンに集中する。

 当のグレンは腕を組んだ姿勢で黒板に背中を預け、目を閉じて静かにしている。視線を気にしている様子は無い。

 システィーナを含めたほとんどの生徒達から送られるのは猜疑の視線だが、ヴァルドとソフィア、そしてルミアだけが何かを期待しているような視線を送っている。ヴァルドとソフィアは普段のグレンを知っている為か、何か面白い事が始まるような予感がしていた。ルミアは、昨日の放課後の話で何かが変わってシスティーナに謝ったのだと察し、もしかしたら授業も何か変わるのかも、という期待だ。

 やがて、予鈴が鳴る。どうせ立ったまま寝てるんだろう、なんて考えていた生徒達の予想を裏切り、グレンは目を開いて教壇に立った。

 

「じゃ、授業を始める」

 

 今までに無く緊張感を感じさせる言い方に、逆にどよめいてしまう生徒達。ヴァルドとソフィアとルミアはまだ表情を変えていない。

 

「さて……と。これが呪文学の教科書……だったっけ?」

 

 グレンはおもむろに呪文学の教科書を取り出すとぱらぱらとめくり、めくるにつれて苦い顔になって行く。やがて、溜め息を吐いて教科書を閉じた。

 

「そぉい!」

 

 何事かと構える生徒達の前で、グレンは窓際に目掛けて助走して教科書を外に投げ捨てた。

 なんだ、いつものグレンか。と、奇行に慣れてしまった生徒達は失望の溜め息を吐きながら自習の用意を始める。しかし──

 

「さて、授業を始める前にお前等に一言言っておく事がある」

 

 教壇に戻って来たグレンは一呼吸置いて──

 

「お前等って本当に馬鹿だよな」

 

 何かとんでもない暴言が飛び出した。

 

「昨日までの11日間、お前等の授業態度見てて分かったよ。お前等って魔術の事、なぁ~んにも分かっちゃねーんだな。分かってたら呪文の共通語訳を教えろなんて間抜けな質問出て来る訳無いし、魔術の勉強と称して魔術式の書き取りやるなんていうアホな真似する訳無いもんな」

 

 今まさに羽ペンを片手に教科書に書かれた魔術式の書き取りをしようとしていた生徒が硬直する。

 

「ふん。【ショック・ボルト】程度の一節詠唱も出来ない三流魔術師に言われたくないね……って止めろソフィア!? 今のはヴァルドに言ったんじゃないぞ!? だからその右手を手袋から離せ!」

「おいギイブル貴様何妹を名前で呼び捨てにしてるんだ? あぁ?」

「いや何故君まで手袋投げようとしているんだよヴァルド!?」

「何故って、妹の事を親しげに名前で呼んだから?」

 

 ヴァルドは何を当たり前の事を、と言わんばかりに真顔だった。

 

「リドルだとクラスに2人居るんだから仕方無いじゃないか!?」

「ふっ、妹に話し掛けなければいいのだよ、ギイブル君」

「話し掛けなきゃ手袋投げつけられてたんだよ!?」

「拾わなきゃいいじゃないか」

「年下の女の子からの決闘の申込から逃げろと? そんな情けない真似出来る訳無いじゃないか」

「うわぁ大人げねえこいつ……」

「妹を名前で呼んだからなんて馬鹿な理由で決闘申し込もうとした君にだけは言われたくないね」

「よろしい、ならば決闘だ!」

「止めて兄さん! ってか兄さんは魔術の腕はからっきしなんだから決闘しても勝てないでしょ?」

「うぐっ…………!」

 

 もっとも、本当に戦り合えば()()があるので負ける気はしないが、そんな事でバレる訳にも行かない。

 何だか変な空気になったが、気を取り直してグレンは続ける。

 

「ま、一節詠唱の事を言われると耳が痛いんだが」

 

 グレンはふて腐れたかのようにそっぽを向く。

 

「残念ながら、俺は男に生まれた割に魔力操作の感覚と、略式詠唱のセンスが致命的なまでに無くてね。学生時代は大分苦労したぜ。だがな……誰か知らんが今【ショック・ボルト】『程度』とか言った奴。残念ながらお前やっぱ馬鹿だわ。ははっ、自分で証明してやんの」

 

 教室中に、あっという間に苛立ちが充満して行く。

 

「まぁ、いい。じゃ、今日はその件の【ショック・ボルト】の呪文について話そうか。お前等のレベルならこれで丁度いいだろ」

 

 あまりにも酷い侮辱にクラスが騒然となった。

 

「今さら、【ショック・ボルト】なんて初等呪文を説明されても……」

「やれやれ、僕達は【ショック・ボルト】なんてとっくの昔に究めてるんですが?」

「……………………」

 

 クラス内のあちこちから不平不満が挙がる中、ヴァルドは何か予感めいたモノを感じ、真剣な表情でグレンの言葉に耳を傾ける。

 

「はいはーい、これが、黒魔【ショック・ボルト】の呪文書でーす。ご覧下さい、何か思春期の恥ずかしい詩のような文章や、数式や幾何学図形がルーン語でみっしり書いてありますねー、これ魔術式って言います」

 

 グレンは呪文書を掲げながら話を続ける。

 

「お前等、コイツの一節詠唱が……ああ、出来ない奴も居るんだったか。まぁ、でも、ちゃんと使えるならいい。基礎的な魔力操作や発声術、呼吸法、マナ・バイオリズム調節に精神制御、記憶術……魔術の基本技能は一通り出来ると前提するぞ? 魔力容量(キャパシティ)意識容量(メモリ)も魔術師として問題無い水準にあると仮定する。てな訳で、この術式を完璧に暗記して、そして設定された呪文を唱えれば、あら不思議。魔術が発動しちゃいまーす。これが、あれです。いわゆる『呪文を覚えた』って奴でーす」

 

 そして、グレンは壁を向いて左指を指し、呪文を唱えた。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

 グレンの指先から紫電が迸り、壁を叩いた。そしてそのまま黒板に今唱えた呪文をルーン語で書き表していく。

 

「さて、これが【ショック・ボルト】の基本的な詠唱呪文だ。魔力を操るセンスに長けた奴なら《雷精の紫電よ》の一節でも詠唱可能なのは……まぁ、ご存知の通り。じゃ、問題な」

 

 グレンはチョークで黒板に書いた呪文の節を切った。

 

《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》

 

 すると当然ではあるが、三節の呪文が四節になった。

 

「さて、これを唱えると何が起こる? 当ててみな」

 

 クラス中が沈黙する。

 何が起こるか分からないというより、グレンの問いがちゃんと問題として頭に入って来ていないという困惑の沈黙だ。

 

「詠唱条件は……そうだな。速度24、音程三階半、テンション50、初期マナ・バイオリズムはニュートラル状態……まぁ、最も基本的な唱え方で勘弁してやるか。さ、誰か分かる奴は?」

 

 沈黙が教室を支配していた。答えられる者は誰1人として居ない。

 優等生で知られるシスティーナすら、額に脂汗を浮かべて悔しそうに押し黙っている。

 

「これはひどい。まさか全滅か?」

「そんな事言ったって、そんな所で節を区切った呪文なんてあるはずありませんわ!」

「ぎゃ──はははははッ!? ちょ、お前、マジで言ってんのかははははははっ!」

 

 クラスの生徒の1人、ツインテールの少女──ウェンディが堪らず声を張り上げ、立ち上がるが、返って来たのは下品な嘲笑だった。

 

「その呪文はマトモに起動しませんよ。必ず何らかの形で失敗しますね」

 

 今度はシスティーナに次ぐ成績優秀者のギイブルが立ち上がり、眼鏡を押し上げながら応戦する。

 

「必ず何らかの形で失敗します、だってよ!? ぷぎゃ──はははははははっ!」

「な──」

「あのなぁ、敢えて完成された呪文を違えてるんだから失敗するのは当たり前だろ!? 俺が訊いてんのは、その失敗がどういう形で現れるかって話だよ?」

「何が起きるかなんて分かる訳ありませんわ! 結果はランダムです!」

「ぶっ──!」

 

 あっさり返り討ちに遭ったギイブルに代わって再度ウェンディが吠えたてる。すると、何が可笑しいのか、ヴァルドが吹き出した。

 

「 ラ ン ダ ム!? お、お前、このクソ簡単な術式捕まえて、ここまで詳細な条件を与えられておいて、ランダム!? お前等この術究めたんじゃないの!? 俺の腹の皮をよじり殺す気かぎゃはははははははははっ! 止めて苦しい助けてママ!」

 

 ひたすらグレンは人を小馬鹿にしたように大笑いし続ける。

 

「じゃあ、今そいつの事を笑ったヴァルド、答えてみ?」

「いや、答えは正直分からんけどさ、流石にランダムじゃないのは分かるよ。魔術式ってのは先人達が長い間その式を突き詰めていって洗練されて完成されてるモノだと思う。だから、それを少し崩したぐらいで滅茶苦茶な事になる訳がない。そう考えると、この問題では第2節を弄ってるから…………真っ直ぐ飛ばなくなる、とか?」

「おっ、結構いいセンいってるじゃねーか。正解は右に曲がる、だ」

 

 ひとしきり笑い飛ばした後、グレンは四節になった呪文を実際に唱えてみせた。すると宣言通り、迸る紫電が途中で右に曲がった。

 

「更に、こうしたらどうなると思う?」

《雷・精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》

 

 更に区切り、四節が五節になった。ヴァルドは考える。

 

「更に第1節を弄った…………威力が落ちる?」

「残念。正解は、射程が3分の1ぐらいになる」

 

 これも宣言通り。グレンは文句をつけられないように最初に撃った時と同じ場所から同じ方向に撃ち、途中で消えた。

 

《雷精よ・紫電   以て・撃ち倒せ》

「そんで、威力が落ちるのはこれだな」

「え、ちょ、待──」

 

 グレンはいきなりヴァルドに向けて呪文を撃った。

 ヴァルドは()()()()()()()かのように平然としていた。

 一部始終を見ていたソフィアの表情がひどく強張っている。兄を心配してというよりは何かを恐れているかのようだった。

 

「ま、究めたっつーなら、これくらいは出来ねーとな?」

 

 しかし、撃った本人であるグレンも周りの生徒達も、そんなソフィアの様子には誰も気付かなかったように授業は進んで行く。

 

「そもそもさ、お前等、なんでこんな意味不明な本を覚えて、変な言葉を口にしただけで不思議現象が起こるか分かってんの? だって常識で考えておかしいだろ?」

「言われてみれば、確かに……」

「考えた事も無かったなぁ……」

「そ、それは術式が世界の法則に干渉して──」

 

 その言葉を素直に受け止めているヴァルドとソフィアを他所に、ギイブルがぽつりと溢した発言をグレンは即座に拾う。

 

「──とか言うんだろ、分かってる。じゃ、魔術式って何だ? 式ってのは人が理解出来る、人が作った言葉や数式や記号の羅列なんだぜ? 魔術式が仮に世界の法則に干渉するとして、何でそんなものが世界の法則に干渉出来るんだ? おまけに何でそれを覚えないといけないんだ? で、魔術式とは一見何の関係も無い呪文を唱えただけで魔術が起動するのは何でだ? おかしいと思った事はねーのか? ま、ねーんだろうな。これがこの世界の当たり前だからな」

 

 これはまさしくグレンの言う通りで、クラス全員の総意だと言ってしまってもいい。確かに、どの生徒もそういうモノであると疑問すら抱いていなかった。そんな事を考えなくても、術式と呪文を覚えれば魔術を覚える事は出来てしまうからだ。よって、根本的な疑問を持った生徒は居なかったのである。

 

「つー訳で、今日、俺はお前等に【ショック・ボルト】の呪文を教材にした術式構造と呪文のド基礎を教えてやるよ。ま、興味無い奴は寝てな」

 

 しかし、今この教室内において眠気を抱いている者は誰1人として居なかった。

 

 

 

 

 グレンはまず、魔術の二大法則の1つ『等価対応の法則』の復習から始めた。

 大宇宙すなわち世界は、小宇宙すなわち人と等価に対応しているという古典魔術理論である。世界の変化は人に、人の変化は世界に影響を与えるというモノだ。

 では、魔術式とは何か?

 それは世界に影響を与えるのではなく、人に影響を与えるモノだ。人の深層意識を変革させ、それに対応する世界法則に介入する。それが魔術式の正体だ。

 つまり魔術式とは高度な自己暗示であり、世界の真理を求めるモノではない。人の心理を突き詰めるモノなのだ。

 

「何? たかが言葉ごときに人の深層意識を変える程の力があるのが信じられないって? ……ったく、あー言えばこう言う奴等だな……おい、そこの白猫」

「だから私は猫じゃありません! 私にはシスティーナって名前が──」

「……愛している。実は一目見た時から俺はお前に惚れていた」

「は? ……な、……な、なななな、貴方、何を言って──」

 

 瞬間、システィーナの顔が真っ赤に茹で上がる。

 それはまるで、生まれてこの方1度も異性から告白された事が無いかのように初心な反応であった。

 

「はい、注目ー。白猫の顔が真っ赤になりましたねー? 見事に言葉ごときが意識に影響を与えましたねー?」

「おお、本当だ。可愛い反応するじゃないか、フィーベル」

「え? ……な、か、かかわ、可愛い……っ!?」

「……愛している。実は今惚れた」

(うわぁ……雑過ぎるよ兄さん)

「えぇっ!? ……な、あ、ああ貴方まで何を言って──」

(えぇっ!? システィさん、チョロい……)

 

 未だにグレンの嘘告白の衝撃が意識を揺さぶっているのか、明らかにからかい口調のヴァルドの告白にまで過剰に反応してしまうシスティーナ。

 その様子を見て、ソフィアとルミアの目が妖しく輝いた。

 

「システィさん、兄さんの事をよろしくお願いします」

「ソフィア!? 何を言ってるの!?」

「システィ、1度に2人から告白されるなんてもてもてだね!」

「ちょっと、ルミアまで!?」

 

 流石にこれだけ弄られれば逆に落ち着いて来るのか、システィーナの理性は仕事をし始める。そして落ち着いて来ると、羞恥心から来る怒りで身体をぷるぷると震わせ始めた。

 

「──このように、比較的理性による制御の容易い表層意識ですらこの有り様な訳だから、理性の利かない深層意識なんて──ぐわぁっ!? ちょ、この馬鹿! 教科書投げんなッ!?」

「うわ、痛ぇっ!? オレは嘘は言ってねぇぞ馬鹿!? からかい甲斐のある玩具(おもちゃ)的な意味で愛して──ごふぁっ!?」

「馬鹿はアンタ等よッ! この馬鹿馬鹿馬鹿──ッ!」

 

 一騒動の後、教科書の跡が顔に残ったままグレンは術式と呪文の関係について話し始め、ヴァルドは教科書の跡が顔に残ったまま真面目な表情でグレンの話に耳を傾ける。

 

「核心を先に言っちまえば、やっぱ文法と公式みたいなのがあるんだよ。深層意識を自分が望む形に変革させる為のな」

 

 そして、グレンは呪文とは深層意識に覚え込ませた術式を有効にするキーワードと説明する。このキーワードを唱える事で、術式が深層意識を変革させる。つまりは連想ゲームなのだと。

 

「要するに、呪文と術式に関する魔術則……文法の理解と公式の算出方法こそが魔術師にとって最重要な訳だ。それをお前等と来たら、この部分を平気ですっ飛ばして書き取りだの翻訳だの、覚える事ばっかり優先させやがって。まぁ、教科書も『細かい事はいいんだよ、とにかく覚えろ』と言わんばかりの論調だしな」

 

 生徒達も今度こそ、ぐうの音も出ない。

 

「要するに、だ。呪文や術式を分かりやすく翻訳して覚えやすくする事がお前等の今まで受けてきた『分かりやすい授業』であり、ガリガリ書き取りして覚える事が『お勉強』だったんだろ? もうね、アホかと」

 

 グレンは肩をすくめて、呆れ返ったように鼻を鳴らした。

 

「で、その魔術文法と魔術公式なんだが……実は全部理解しようとしたら、寿命が足らん……いや、怒るな。こればっかりはマジだ。いや、本当に」

「「え~じゃあ先生も理解してないんじゃん」」

「うっさいわ、そこの兄妹! だーかーら、ド基礎を教えるっつったろ? これを知らなきゃより上位の文法公式は理解不能、なんていう骨子みたいなもんがやっぱあるんだよ。ま、これから俺が説明する事が理解出来れば……んーと」

 

 少しの間、グレンはこめかみを小突きながら考え込んで。

 

「《まぁ・とにかく・痺れろ》」

 

 三節のルーンで変な呪文をゆっくり唱えた。

 すると、驚く事に【ショック・ボルト】の魔術が起動した。生徒達は目を丸くした。

 

「あら? 思ったより威力が弱いな……まぁいい、こんな風に即興でこの程度の呪文なら改変する事くらいは出来るようになるか? 大抵精度落ちるからお勧めしないが」

 

 ここに来て、ようやくヴァルド達以外の生徒達の見る目も変わって来る。

 

「じゃ、これからいよいよ基礎的な文法と公式を解説すんぞ。ま、興味無い奴は寝てな。正直マジで退屈な話だから」

 

 しかし、今この教室内において眠気を抱いている者は、やはり誰一人として居なかった。

 

 

 

 

 ────。

 ──あっという間に時間が過ぎた。グレンの授業は特に奇抜なモノでも何でもなく、ただ教授する知識に精通し、それを理路整然と解説するだけの授業だ。しかし、生徒達の目は冴え、グレンの一言一句を聞き逃さんと真剣に聞き入っている。まさに本物の授業だ。

 

「……ま、【ショック・ボルト】の術式と呪文に関してはこんな所だ。何か質問は?」

 

 グレンは昨日までの授業内容からは到底信じられない程に小綺麗な文字や記号、図形を描き、それらでびっしりと埋まった黒板をチョークで突いた。

 

「……つまり一節詠唱っていうのは、魔術式の本筋の部分だけを読み取って、それを支える部分を省略し、そこを個人のセンスで半ば強引に起動させてるって事なんですか?」

「まぁ、そんな所だ。三節を一節に切り詰めるっていうのは、本当はかなりの綱渡りで危険極まりないモノだ。略した部分を魔力操作のセンスで何とかしている訳だからな。だから、詠唱事故による暴発の危険性は最低限理解しておけ。軽々しく簡単なんて口にすんな。舐めてると、いつか事故って死ぬぞ」

「──だそうだ。ソフィアよ、気をつけるんだぞ」

「うふふ、ありがと。兄さんも気をつけて……って、兄さんは三節しか出来ないから気をつけなくても大丈夫だね」

「うぉぉぉぉおおおおグレンさぁぁぁあああん! 妹がオレをいじめるよぉぉぉおおお!」

「うおっ!? 気持ちはよーく解るが気持ち悪ぃッ!? 止めろヴァルド、抱きつくな気色悪い!」

「こっ、これは……ッ!? 兄さんが行ってグレンお兄ちゃんが受け……その発想は無かった……!」

「キャァァァアアア──ッ! 止めてッ! オレ達のライフが0になるわ!」

「だぁぁぁあああうるせぇぇぇえええ──ッ!」

 

 滂沱の涙を流しながら近寄るヴァルドを押さえながら、グレンはかつてない程の真剣な表情を生徒達に向けた。

 

「はぁ、はぁ、…………で、最後にここが1番重要なんだが……説明の通り、魔力の消費効率では一節詠唱は三節詠唱に絶対に勝てん。だから無駄の無い魔術行使という観点では三節がやはりベストだ。だから俺はお前等には三節詠唱を強く勧める。別に俺が一節詠唱出来ないから悔しくて言ってるんじゃないぞ。本当だぞ。本当だからな?」

「はい、分かりました先生! でもオレは悔しいです! 正論なのにオレ達が一節詠唱出来ないばっかりに負け惜しみにしか聞こえないのが悔しいです!」

「止めろヴァルドッ! それ以上言うんじゃあない! 俺達は無駄の無い魔術行使をする優等生なんだ! こいつ等は無駄に魔力を浪費している浪費家共なんだ! 悔しがるのは俺達じゃなくてあいつらなんだよ! ちくしょう!」

(うわぁ……めっちゃ悔しそう……)

 

 その瞬間、ヴァルドを除く生徒達の心中は見事に一致した。

 

「……とにかくだ。今のお前等は単に魔術を使えるだけの『魔術使い』に過ぎん。将来、『魔術師』を名乗りたかったら自分に足らん物は何なのかよく考えておく事だな。まぁ、お勧めはせんよ。こんな、くっだらねー趣味に人生費やすぐらいなら、他によっぽど有意義な人生があるハズだしな……さて」

 

 グレンは懐から懐中時計を取り出し、針が指し示す時刻を見る。

 

「ぐあ、時間過ぎてたのかよ……やれやれ、超過労働分の給料は申請すればもらえるのかねぇ? まぁ、いいや。今日は終わり。じゃーな」

 

 ぶつぶつ愚痴をこぼしながらグレンは教室を退出して行く。

 それを生徒達は茫然自失の体で見送る。ばたんと扉が閉まった瞬間、まるでそれが合図であったかのように生徒達は板書をノートに取り始めた。皆、何かに取り憑かれているかのような勢いだった。

 

「何て事……やられたわ」

 

 システィーナが顔を手で覆って深く溜め息を吐いた。

 

「嘘の告白をされた事?」

「ち、違うわよ!? 授業よ、授業。まさか、あいつにこんな授業が出来るなんて……」

「そうだね……私も驚いちゃった」

 

 隣に座るルミアも目を丸くしていた。

 

「悔しいけど……認めたくないけど……あいつは人間としては最悪だけど、魔術講師としては本当に凄い奴だわ……人間としては最悪だけど」

「あ、あはは、2回も言わなくたって……」

「でも、あいつ……なんで突然、真面目に授業する気になったのかしら? 昨日はあんな事言ってたのに……あれ?」

「? どうしたんですか、システィさん?」

 

 何気無くルミアに目を向けて、システィーナは気付いた。

 

「ルミア……貴女、どうしてそんなに嬉しそうなの? 何か笑みがこぼれてるわよ?」

「ふふ、そうかな?」

「本当だ、すっごい嬉しそう」

「何かかつてない程ごきげんじゃない。何かあったの?」

「えへへ、何でもないよー?」

「嘘よ、絶対何かあったってその顔は」

「えへへへ……」

 

 何度訊いても、のらりくらりとかわして嬉しそうな微笑みを崩さない親友にシスティーナは首を傾げるしかなかった。

 

「システィさんが知らないなら、昨日学院で何かあったのかな? 兄さんはどう思う?」

「さぁ、お前と似たような想像しか出来んな……」

(もう少し突っ込んで想像するなら、あの後法陣の練習か何かで居残って、その時にグレン先生と何か話したって所か……今日のグレン先生の変わり様に繋がるような何かを……)

 

 想像に想いを馳せるヴァルドだったが、考えても埒のあかない事だったので程々にして止めた。

 

 

 

 

 ダメ講師グレンがカリスマ講師グレンになって10日が経過した頃。グレンの授業が他のクラスや講師からも注目を集めるようになっていた。しかし本人はそんな事全く気にも留めていない様子で面倒臭そうに授業を行っていた。

 この日のテーマは『汎用魔術』と『固有魔術(オリジナル)』について。固有魔術(オリジナル)という響きが心地好いのか、生徒達が汎用魔術を蔑ろにするかのような発言をした事を受けて、それを完膚なきまでに論破する。

 曰く、汎用魔術とは先人達の叡智の結晶であり、固有魔術はその叡智の結晶を何らかの形で超えたモノを独力で作らなくてはならない。でなければ作る意味が無い、と。そして、もしそれでも作るつもりなのであれば、超えるべき対象である汎用魔術を究めなければならないのだと。

 そしてあらかた論破した頃、グレンは懐中時計の指す時刻を見る。

 

「……時間だな。じゃ、今日はこれまで。あー、疲れた……」

 

 授業が終わり、弛緩した空気が流れ出す。

 グレンは黒板消しを手に取り、黒板に書かれた術式や解説を消し始めた。

 

「あ、先生待って! まだ消さないで下さい。私、まだ板書取ってないんです!」

 

 その言葉を聞いてグレンの表情が変化する。露骨にニヤリと笑い、腕が分身する勢いで黒板を消し始めた。クラスのあちこちから悲鳴が上がる。

 

「ふはははははははは──ッ! もう半分近く消えたぞぉ!? ザマミロ!?」

「子どもですか!? 貴方はッ!」

 

 システィーナは呆れ果てて机に突っ伏した。

 

「あはは、板書は私が取ってあるから後で見せてあげるね? システィ」

「ありがとう……しかしまぁ、良い授業してくれるのはいいんだけど、ホントあのねじ曲がった性格だけは何とかならないかしら?」

「そう? 私、先生はあれでいいって思うな」

「オレもあれこそがグレンさんって感じがするから好きだぜ」

「私も、グレンお兄ちゃんはああでないとって思うな」

「あれ!? ひょっとして私の感性がおかしいの!?」

「……あ、先生!」

 

 その時、突然ルミアが席を立ち、子犬のようにグレンの元へと駆けていった。

 

「あの、それ運ぶの手伝いましょうか?」

 

 見ればグレンは分厚い本を10冊程抱えて教室を出る所だった。

 

「ん? ルミアか。手伝ってくれるなら助かるが……重いぞ? 大丈夫か?」

「はい、平気です」

「そうか……なら少しだけ頼む。あんがとさん」

「まだ重そうですね……オレも手伝いますよ」

「グレンお兄ちゃん、私も手伝うよ」

「おお、助かる」

 

 するとグレンはルミアとソフィアに1冊ずつ、ヴァルドに2冊渡した。グレンは普段は決して見せないような表情を3人に向けている。その仲睦まじそうな光景がどうにもシスティーナには面白くない。

 

「ま、待ちなさいよ!」

 

 渋々といった表情でシスティーナもグレンに歩み寄る。

 

「ん? お前は……えーと、シス……テリーナ? だっけ?」

「違います先生。ヒスティーナです」

「システィーナよ! システィーナ! 貴方達、絶対わざと言ってるでしょ!?」

「へーいへいへい。そのシス何とかさんがボクに何の御用でしょうか?」

「わ、私も手伝うわよ……ルミアやソフィアにだけ手伝わせる訳には行かないでしょうが……」

「あれ? オレは?」

「……ほう? じゃ、これ持て」

 

 そう言ってグレンは残りの本を全てシスティーナに押し付ける。

 

「きゃあっ!? ちょ、重い!?」

「いやぁ、あはは、手ぶらは楽だわー」

 

 よろめいて倒れそうになるのをすんでの所で堪えていたシスティーナを尻目に、グレンは意気揚々と歩いて行く。

 

「な、何よコレ!? アンタ、ルミアとソフィアとヴァルドと私とでどうしてこんなに扱い違うの!?」

「ルミアとソフィアは可愛い。ヴァルドは同志。お前は生意気。以上」

「この馬鹿講師……お、覚えてなさいよ──ッ!?」

 

 背中に罵声を浴びながらも、グレンの口元は笑みを形作っていた。




さて、次回はようやく例の事件を通して兄妹の異能が明かされる予定です。

妹の異能は全く伏線を張っていないのでともかく、兄の異能は伏線多過ぎてバレバレな気がしなくもありませんが、どうかしばしお待ち下さいませm(_ _)m
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