ロクでなし魔術講師と異能兄妹   作:宮枝嘉助

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すいません、遅くなってしまいました。

プリコネRe:Dive楽しい(殴)


第5章 愚者と妹の秘密

 ヴァルドとソフィアは、恐ろしく冷静な判断力を持った難敵と遭遇したが、全くの偶然で発生した相手の隙をついて逃走する事が出来た。しかしそれは、相手がこちらを追跡して来なかったからに他ならず、追って仕留めなければならない敵と見なされなかったからでもあった。

 あの男が追って来ていない事を確認した後。

 

「それにしてもあいつ、一体何に驚いてたんだ?」

「……多分、グレンお兄ちゃんかな? 今、システィさんの所に居る」

「え? そっちは確か連射男が──」

「何か変な縛り方で縛られてるよ。どうやってか分からないけど、グレンお兄ちゃんが勝ったみたい」

「……つー事は何か? オレ達を相手にしながらあいつ、グレンさんの方の様子も見てたってのか?」

 

 ヴァルドの予想は正解で、男は片目で遠見の魔術を使いながらもう片目でヴァルド達の相手をしていたのだった。それであれ程正確な状況判断……ヴァルドは改めて、男の化け物っぷりに戦慄した。

 

「え……何、これ……!」

「どうした、ソフィア?」

「ボーン・ゴーレムがあんなに沢山……って、私達の方にも来てる!」

「なっ……くそったれ! 何だこの数は……これでグレンさんの方にもって本当に化け物かあいつは!?」

「数は20ぐらい居るよ! グレンお兄ちゃんの方は50ぐらい召喚されたみたい!」

「あいつ、グレンさんを重点的に狙ってやがるな……。オレ達だけじゃ勝てなかったけど、連射男に勝ったグレンさんと協力出来ればもしかしたら……何とかして合流するぞ!」

「うん! まずはこのボーン・ゴーレム達をどうにかしなきゃね。《氷狼の爪牙よ》!」

 

 方針も決まった所で、ソフィアが一節詠唱で【アイス・ブリザード】を放つ。氷弾が吹雪のように乱れ飛ぶという、そんじょそこらのボーン・ゴーレムが相手ならこの1発だけで全滅せしめる威力の軍用攻性呪文(アサルトスペル)だが……

 

「え? ……全然効いてない!?」

「なっ……こいつ、竜の牙製じゃねーか!? 基本三属の魔術はほとんど効かねーとかとんだチートゴーレムだぞ!? 物理的にぶっ壊すか、まだ多少は効く風の魔術でやるしかないか!?」

「兄さんの異能で何とかならないかな?」

「いや、多分ダメだ。オレの異能は【ディスペル・フォース】みたいな使い方は出来ない。お前の制服に付呪(エンチャント)されてる【エア・コンディショニング】を打ち消したりは出来ないからな。素材から錬金や召喚されるのを阻止するなら出来るが……わざわざ【ディスペル・フォース】を掛けてまでそんな事をするぐらいならぶっ壊した方が手っ取り早い」

 

 『魔術無効化能力』といえど、魔術で作ったモノを消し去れる訳ではない。錬金や召喚『している』モノを中断させる事なら可能だが、錬金や召喚『された』モノを元に戻したりする事は出来ないのだ。

 付呪(エンチャント)に対しては少し特殊で、それがヴァルド自身に作用するモノであればその効果を打ち消す働きをする。例えば防犯の為に【ショック・ボルト】が付呪(エンチャント)された金庫があったとしよう。鍵が開いてない状態で触ると【ショック・ボルト】が襲い掛かるが、ヴァルドにはその発動した【ショック・ボルト】は効かない。しかし付呪(エンチャント)そのものが打ち消される訳ではないので、その後でまた誰かが触ったら【ショック・ボルト】が再度襲い掛かるのだ。

 ちなみにややこしい話だが、制服に付呪(エンチャント)された【エア・コンディショニング】はヴァルドにも効く。これは【エア・コンディショニング】そのものがヴァルド本人に作用している魔術ではなく、周囲の空間に作用している魔術だからだ。

 まあそれはヴァルドにとっては高価な制服を台無しにする心配が無く、貴重な魔術触媒の素材を台無しにする事もないという事でヴァルドにとっては非常に助かっているのだが。

 

「だったら──」

「どうする気だ?」

「私が時間を稼ぐから、兄さんはアレを準備して!」

「アレか……はぁ、確かにそれしかねぇか」

 

 ソフィアの言葉に従い、ヴァルドがチョークを取り出して床に様々な幾何学的模様を描き始めた。ヴァルドは確かに錬金術や法陣の成績が悪いが、それは異能の所為で全く起動出来ない為に成績が悪いだけであって、法陣を描く事は全く問題無く出来る。

 

「今のソフィアでは、ただ撃つだけじゃダメだ。あの数の竜の牙を破壊するならもっと硬く──もっと鋭く──もっと多く──」

「《大いなる風よ》! ──《駆けよ》、《打て》、《打て》!」

「──この威力を出す為には今のソフィアの残りの魔力では足りない──魔力の増幅を──」

 

 ヴァルドが成績の悪さを感じさせない程の精密かつ迅速な動きで法陣を描き上げるまでの間、ソフィアが【ゲイル・ブロウ】を連続起動(ラピッドファイア)させてボーン・ゴーレムを近寄らせない。

 ──そして。

 

「──よし、出来たぞソフィア! 後は頼む!」

「うん、分かった! 代わるね!」

 

 五重にも及ぶ複雑な法陣が完成。しかしヴァルドでは異能の所為で法陣を起動する事が出来ないのでソフィアを呼び寄せる。そしてソフィアと入れ替わるようにヴァルドは魔力を集中させながらボーン・ゴーレムの群れへと駆ける。

 吹き飛ばしても吹き飛ばしても向かって来るボーン・ゴーレムの群れに対し、ヴァルドは風の軍用魔術を発動させる。

 

「《集え暴風・戦槌となりて・撃ち据えよ》!」

 

 空気を集束させて圧縮し、迫る不可視の壁。風の破城槌とまで形容される【ブラスト・ブロウ】の暴力的なまでの風がボーン・ゴーレムを20体まとめて廊下の奥まで撃ち飛ばした。

 それで充分な距離を稼げたと判断したヴァルドはソフィアが居る法陣の方に駆け寄り、法陣よりも奥へと走る。

 

「行けるか、ソフィア?」

「うん、行くよ……! ──《森羅万象に(こいねが)う・其は万物を創造せし者・土は鉄に鉄は鋼に・幾千の鋼鎗(こうそう)となりて・(ことごと)くを撃ち貫け》!」

 

 ソフィアの詠唱が終わると、その法陣が淡く輝き、一瞬にして無数の鋼の鎗が地面から突き出し、ボーン・ゴーレムの群れを刺し貫いた。その一撃でヴァルド達に襲い掛かって来ていたボーン・ゴーレムは破壊され、塵芥へと還る。そしてその直後、地面から突き出した鎗も砕け、目の前は瓦礫の山と化した。

 ──錬金改【サウザンド・スピアーズ】。今のソフィアではヴァルドに五重の複雑な法陣を描いてもらって補助を受けた上で五節にも及ぶ詠唱を必要とするという、現段階では実戦に全く向いていない魔術だ。しかし、彼等の父親の宮廷魔導士団“公務分室”室長のジョージ=リオフェドルはこれを実戦レベルで使いこなし、B級軍用攻性呪文(アサルトスペル)として軍に認めさせている。

 

「何とか、なったな……魔力は大丈夫か、ソフィア?」

「はぁ、はぁ、……うん、何とか。私達のパパってやっぱり凄いんだね」

「ああ、そうだな。これを法陣無しで三節で使えて、しかも連発出来るってんだから……ソフィア、危ないッ!」

「え──」

 

 突然、ヴァルドの顔色が変わり、ソフィアをその場から突き飛ばした。突き飛ばされたソフィアがヴァルドの方を振り返ると、ボーン・ゴーレムが剣を振りかぶり、さっきまでソフィアが立っていた所に振り下ろされる光景が繰り広げられていた。どうやら先程の【サウザンド・スピアーズ】の直撃を免れた個体が居たらしい。

 そしてそのソフィアが立っていた場所には丁度彼女を突き飛ばしたヴァルドが立っており、ボーン・ゴーレムが振り下ろす剣がヴァルドを捉え──

 

「ぐぁぁぁぁああああッ!」

「兄さんッ!? この──《その剣に光在れ》ッ!」

 

 咄嗟に身体を捻ったらしく、剣はヴァルドの脳天に直撃こそしなかったものの、右胸を深く抉った。ソフィアは激痛に喘ぐヴァルドを気遣う素振りを一瞬見せたが、すぐさま思い直して【ウェポン・エンチャント】を起動。ヴァルドを斬って死に体になっているボーン・ゴーレムを思いきり蹴り飛ばした。

 その一撃で最後のボーン・ゴーレムの頭蓋は粉々に砕かれ、この場に居たボーン・ゴーレムの群れは今後こそ全滅したのだった。

 

「大丈夫、兄さん!? すぐに()()から──」

「あぐっ! くっ……ソフィア、待て。まだ治さなくていい」

「えっ、でも……」

「うぐっ……オレが1番酷い怪我とは……限らないだろ?」

 

 ボーン・ゴーレムを倒したソフィアがヴァルドの元に駆け寄り、すぐに治療を開始しようとしたのだが怪我人であるヴァルド自身がそれを止めた。

 言われてソフィアは改めて今の状況について考える。兄の言う通り、今は他にも怪我人が出る可能性は大いにあり得る状況だ。特にグレン達の方は自分達以上に多くのボーン・ゴーレムに襲われている上に、自分達が追われていない事から、先程戦った化け物のような男はグレンの方に向かって行き、それと戦う事になる可能性も高い。となると1番重い怪我をする可能性が高いのは──

 その時、凄まじい轟音が響き渡った。まるで校舎が半壊したかのような音に、ソフィアは思わず窓に駆け寄って様子を見る。

 

「なっ、あれはまさか【イクスティンクション・レイ】!? 対人で撃つとは思えないし、もしかしてグレンさんがボーン・ゴーレムの群れに撃ったの? 凄い……!」

 

 遥か彼方まで伸びる光の残滓を見てソフィアはそう判断し、同時に確認の為に遠見の魔術を起動。見るとシスティーナがグレンに【ライフ・アップ】を掛ける様子が映った。だがそこへ、さっき自分達が戦っていたダークコートの男が現れる。

 

「兄さんまずいよ! さっきの奴がもうグレンお兄ちゃんとシスティさんの所に! グレンお兄ちゃんは【イクスティンクション・レイ】を使った所為か消耗が酷いみたいだし、早く加勢に行かないと!」

「そうだな……そういう事なら、先に行けソフィア。はぁ、はぁ……オレより間違い無くグレンさんの方が酷い怪我をしそうだ。……お前はグレンさんを優先的に治してやれ。ぐっ、……オレはまだ何とか動けるから後から向かう」

「…………分かった。兄さん、無理はしないでね!?」

 

 ヴァルドの言うように、ソフィアもそんな予感が頭を過っていた。

 ソフィアは兄の言葉に頷くと、グレンに加勢する為に駆け出して行った。

 

「くそったれ、情けねえなオレ……この程度の怪我で思うように動けなくなるなんてよ……」

 

 ヴァルド自身は『この程度』と評しているが、ボーン・ゴーレムから受けた傷は決して浅くない。確かに普通の魔術師であれば【ライフ・アップ】で治療すれば数分で動けるようになるぐらいの怪我ではあるが、魔術の無い一般人ならすぐに病院で処置しなければならない程の深手だ。

 ヴァルドは魔術師ではあるが、『魔術無効化能力』という異能を持っているのだ。それはヴァルドを傷付ける魔術だけでなく、強化したり、()()()()する魔術も無効化してしまう。

 

「まあ、内臓や骨は大丈夫そうだし、死にゃしねえだろ……ゆっくり行こう……」

 

 ヴァルドはふらつく身体を壁に預けながら、ゆっくりとソフィアの後を追うのであった。

 

 

 

 

 ソフィアがグレン達を目視出来る位置に来た時、ダークコートの男が操る5本の剣がグレンの身体を刺し貫いた。思わず息を飲むソフィア。ここで声を出すのはマズイ。

 その直後、グレンの身体に刺さっている剣が白く輝いた。

 

(あれは【ディスペル・フォース】? ダメ、あれじゃ足りない。私も使えば──)

 

 グレンが自らに刺さった剣に【ディスペル・フォース】を掛けるのを見て、ソフィアは重ね掛けしようと動き出すが、それより早く動き出した人影があった。

 システィーナだ。ダークコートの男の背後の位置からグレンの身体に刺さっている剣に【ディスペル・フォース】を飛ばしていた。その【ディスペル・フォース】でグレンの身体に刺さっている5本の剣から魔術的な輝きが消え失せる。

 

(わざわざ剣を無力化したという事は、あれさえ無ければグレンお兄ちゃんに勝算があるって事? でも、ダメ……あいつは近接戦闘も強い……! 動きを止めなきゃ!)

 

「《《雷精よ》》! ──《《紫電よ》》! ──《《撃ち倒せ》》! ……あれ? どうして?」

 

 グレンの背後の位置に居たソフィアは咄嗟に駆け出しながら、得意の【ショック・ボルト】を二反響唱(ダブルキャスト)連続起動(ラピッドファイア)で放つ。しかし、その【ショック・ボルト】は3連射ではなく最初の2発しか発動しなかった。

 ソフィアは一瞬失敗したのかと思ったが、自分のマナ・バイオリズムがカオスになっている事から自らの失敗ではなく、何らかの原因で魔術の起動を阻害された事を悟る。

 

 

 

 

「ち──《目覚めよ刃──」

「遅ぇッ!」

 

 再び剣に魔力を送って、浮遊剣を再起動しようとする男に先んじて、グレンが愚者のアルカナを引き抜いた。

 グレンの固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】が一瞬早く起動する。

 この場における、全ての魔術起動が封印された。

 

「うぉおおおおおおお──ッ!」

「ち──1度この場を離れ──ぐおっ!?」

 

 グレンが自身の肩に刺さった剣を引き抜いて迫る。

 ダークコートの男はこの状況が不利と見るや瞬時に体術を使った離脱を図る。自分はほぼ無傷で、グレンは重傷。この場を離れられれば態勢を立て直すのは容易かと思われたのだが。

 突然グレンの背後から飛来して来た二条の紫電の閃光がダークコートの男──レイクに直撃した。

 それがグレンの身体で死角になっていた位置に居たソフィアから放たれた【ショック・ボルト】であった事にレイクが気付いた時には、既にグレンが突き出した剣が眼前に迫っており、──そして。

 

「……………………」

 

 静寂。剣はレイクの心臓を完全に捉え、貫通していた。

 

「……ふん、見事だ」

 

 レイクは微動だにしない。直立不動のまま、自分に剣を突き立てた者に称賛を送った。

 不意討ちが卑怯だとかそんな事を言うハズもない。魔術師は騎士じゃない。魔術師の戦いは1対2だろうが1対3だろうが、あらゆる手段と策謀を尽くして相手を陥れ、出し抜き、そして最後に立っていた者こそ正義で強者なのだから。

 

「ち……胸くそ悪いコトさせやがって……」

 

 勝利の余韻や興奮など微塵も無く、グレンは後味悪そうに顔をしかめた。

 

「そうか……愚者、か。なるほどな」

 

 床に落ちた愚者のアルカナを一瞥し、何かを納得したようにレイクは呟いた。

 

「つい最近まで帝国宮廷魔導士団に1人、凄腕の魔術師殺しがいたそうだ。いかなる術理を用いたのか与り知らぬが、魔術を封殺する魔術をもって、反社会的な外道魔術師達を一方的に殺して廻った帝国子飼いの暗殺者」

「……」

「活動期間はおよそ3年。その間に始末した達人級の外道魔術師の数は明らかになっているだけでも24人。その誰もが敗れる姿など想像もつかなった凄腕ばかり。裏の魔術師達の誰もが恐れた魔術師殺し、コードネームは──『愚者』」

「何が……言いたい?」

 

 暗く冷え切った目をするグレンの問いに、レイクは口の端を吊り上げ凄絶に笑った。

 

「さぁな?」

 

 最後にそう言い残して。

 レイクは崩れ落ちるように倒れた。もう、息をしていなかった。

 

「さ……て……」

 

 レイクが死んだ事を確認すると、グレンも壁にもたれかかるように崩れ落ちる。

 

「俺も……ここまで……か……」

 

 いよいよ限界らしい。誰がレイクに【ショック・ボルト】を放って動きを止めてくれたのか確認する余裕も全く無い。誰かが駆け寄って来る足音と、誰かが自分の声を呼ぶ声を遠退く意識の中で感じながら──

 

「なんて……つまんねえ……人生……」

 

 グレンの意識は闇の中へと沈んだ──

 

 

 

 

「先生!? しっかりして下さい、先生!?」

 

 倒れたグレンの元に真っ先に駆け寄ったシスティーナがグレンを抱き上げるが、全く反応が無い。非常に危険な状態である。

 

「システィさんはさっきの【ディスペル・フォース】でもう魔力が無いでしょう? 私に任せて」

「あ、貴女は……ソフィア!? 貴女はヴァルドと一緒に先生の家に向かったんじゃ──」

「システィさん、細かい話は後にしましょう? まずはグレンお兄ちゃんを治療しないと──《天使の施しあれ》」

 

 システィーナにわずかに遅れて駆け付けたソフィアがグレンに【ライフ・アップ】の魔術を掛けるが、先程の【ショック・ボルト】と同じように起動しない。

 

「また失敗? いや、これはまだ阻害が……?」

「そんな……まだ先生の固有魔術(オリジナル)の効果が残ってるんだ……これじゃ魔術での治療が出来ない……!」

「……………………」

 

 システィーナの言葉を聞いて、この現象はグレンの固有魔術(オリジナル)によって引き起こされている事を理解したソフィア。

 数秒間逡巡したソフィアは、意を決したように目を見開いた。

 

「……システィさん、これからやる事は、出来れば誰にも話さないでいてもらえますか?」

「ソフィア……貴女一体何をするつもり……?」

 

 怪訝な表情のシスティーナを無視するような形で、ソフィアは目を閉じて精神を集中してグレンに触れた。

 その直後、眩いばかりの光がソフィアの身から発せられ、システィーナは直視出来ずに目を伏せる。そしてその光が次第にグレンに移り、その身を柔らかく包み込む。

 しばらくして光が収まると、そこにはまだ目覚めてはいないが傷1つ残っていないグレンの姿があった。

 

「良かった、これは使えた」

「……え!? あんなに酷かった先生の傷が全く残って無い!? 貴女、一体何をしたの?」

「何って、ただ治しただけですよ、システィさん」

「治したって、先生の固有魔術(オリジナル)の効果で魔術が使えないのに、どうやって……?」

「ちょっと考えたらバレちゃうので言っちゃいますけど。私、実は異能者なんです」

「え──?」

 

 『完全治癒能力』……それが、ソフィアが持って生まれた異能だった。いくつかの制約はあるが、その異能を使うその瞬間に死んでさえいなければ例え生命力が尽きていようとも完治させる破格の異能だ。

 その始まりは奇しくもヴァルドの怪我に起因する。大した怪我ではなかったのだが、魔術での治療が出来ないヴァルドにとっては痛い怪我を、ソフィアが慈しみ労るように触れた瞬間、魔術が効かないヴァルドの怪我が治ったのだ。それで両親はすぐさまソフィアも異能者である事に思い到り、ヴァルドを治す時以外は絶対に使わないように厳命したのだった。

 人が見ている前でヴァルドを治す時には【ライフ・アップ】の詠唱を行って魔術を使ってるふりをしながら異能を使う事で、ヴァルドの異能を隠す役割も担っていたのだが、今回は【ライフ・アップ】の詠唱をして魔術のふりをする意味も希薄だった為、そのまま異能を使用したのであった。

 

「だから……出来るだけ内緒でお願いしますね?」

「え、ええ、それは全然構わないけど、ヴァルドは勿論この事を知ってるのよね?」

「ああ、勿論だフィーベル。……ソフィア、やっぱりグレンさんの方が重い怪我だったか?」

「うん、もうちょっと遅かったら危なかったかも」

「そう……って、ヴァルド!? 貴方も酷い怪我じゃないの!? ソフィア、治してあげないの?」

「私の異能、1度使うと2時間ぐらい使えなくなるの。だから先に怪我をしてた兄さんを敢えて治さずにグレンお兄ちゃんを治すのに使ったんだけど……」

「それならそれで【ライフ・アップ】ぐらい掛けてあげたら?」

「いや、それは──」

 

 システィーナのもっともな疑問にソフィアが答えを言い淀んでいると、システィーナは痺れを切らしたのか首に提げていた結晶のペンダントを握り締めながらヴァルドの元へと駆け寄る。

 

「《慈愛の天使よ・彼の者に安らぎを・救いの御手を》──……?」

 

 システィーナが抱き締められそうな程近くに来た事にどぎまぎしてしまったヴァルドだが、それどころではない。既にシスティーナが自身の魔術が全く効いていない事に怪訝な表情を見せ始めている。

 

「え? どうして効かないの……?」

「もうよせ、フィーベル。無駄だ」

「え、嘘……そんなに普通に喋れてるのに『死神の鎌に捕まった』っていうの!? 嘘でしょ!? 死んじゃダメよヴァルド、しっかりして!?」

「いや、しっかりしてるから! 命にも別状は無いから! ──痛っ!」

「じゃあどうして【ライフ・アップ】が効かないのよ!?」

 

 グレンとレイクの命のやり取りを見た後だからか、取り乱すシスティーナ。その様子を見て、ヴァルドはソフィアに目線を送るが、ソフィアは観念したように目を伏せるだけだ。

 ヴァルドは1つ深い溜め息を吐くと、取り乱すシスティーナの両肩を掴んだ。

 

「いいから落ち着いて聞いてくれ!」

「──っ! ……う、うん」

 

 ヴァルドの一喝で少し平静さを取り戻すシスティーナ。しかし先程まで取り乱していた影響か、両眼の端には涙が零れそうになっている。

 両眼に涙を浮かべて、身長差から自然と上目遣いになる銀髪の美少女と、その両肩を掴んでいるので全く目線をそらせずに正面から見つめ合うという図。

 その図を意識してしまったヴァルドの顔に赤みが差すが、今は本当にそれどころではない。頭を振って、ヴァルドはシスティーナに静かに言い聞かせるように言った。

 

「──オレも異能者なんだ。その異能の所為でオレには一切の魔術が効かない。だからオレの怪我はソフィアの異能でしか治せないんだ」

「え……貴方も、異能者……? という事は、兄妹揃って……?」

「ああ、オレもどんな確率だよ、と言いたい気持ちは常々あるが。事実だ。オレ達兄妹は、2人共異能者だ」

 

 そのヴァルドの言葉に、システィーナはただただ言葉を失うのみであった……。




さて、かなりの難産になりましたが、何とかお届け出来ました。
次回がどのぐらいの長さになるかは、ぶっちゃけ不明ですヽ(・∀・)ノ

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