翠屋閉店後、なのはちゃんとイリヤに手を引かれ、俺は高町家へ訪れた。裏に道場があるんだよ!と話すなのはちゃん。道場と喫茶店の両立なんて凄いなと感じたのだが、詳しく話を聞いてみたところ、武道を教えているわけではなく、父、士郎さん、長男、恭也さん、長女、美由希さんたちの鍛錬用との事。トパーズを使用しないと訓練場所すら確保できない俺には、少しばかり羨ましい話である。
「なのはの事はお前と母さんに頼んだ。俺は俺のやるべきことをやる!」
「やるべきことって何よ!復讐が何よりも優先してやるべきことなの!?」
「父さんの無念を晴らすのが俺のやるべきことだ!」
うん。現実から逃避して高町家について仕入れたばかりの情報に想いを馳せてみたが、夕食後、恭也さんが帰宅してから勃発した兄妹喧嘩は続いている。頼みの綱である桃子さんは病院へ、士郎さんの様子見がてら、今日のことを報告するそうだ。おかげで状況は収まるどころか、互いにどんどんヒートアップし、酷くなる一方だ。
「お父さんが負けた相手に、恭ちゃんがちょっと修行したぐらいで勝てるわけないでしょ!」
「俺は父さんの代わりに家族を守らなきゃいけないんだ!」
「家族を守るなら、なのはの気持ちも考えて!」
俺に言わせりゃどちらも配慮が足らん。美由希さんのなのはちゃんへの想いが本物だというのは理解できるのだけれど、本人に丸聞こえな時点でどっちもどっちだっての。なのはちゃん涙目だし。
「わたし、なのはちゃんのお兄ちゃん怒ってくる」
「あほ。軽々しく行くなって。どっちも家族のことを思ってのことだ。イリヤはなのはちゃんの傍にいてやれよ」
腕まくりをし、恭也さんと美由希さんの間に乱入しようと動き出したイリヤの額をコツンと小突く。イリヤは一瞬不満げな表情を浮かべるも、なのはちゃんと兄妹喧嘩に乱入という天秤はなのはちゃんに傾いてくれた様で、なのはちゃんの傍に寄り、彼女を後ろから優しく抱きしめた。母性溢れる行動ではあるのだが、同い年な上に、イリヤの方が若干小さい為、姉に抱っこを強請る妹に見えなくもないが、言わぬが花だろう。
「どっちかというと恭也さんが間違えてるとは思うんだが、あの様子じゃ美由希さんがどんなに正しいことを言っても聞き入れないだろうしな。下手したら桃子さんが帰ってくるまで続くか、恭也さんが出ていくかだな」
「お兄ちゃん、なのはのせいで出て行っちゃうの?」
今にも大泣きしそうななのはちゃん。そんななのはちゃんに感化されたのか、イリヤ瞳に薄らと涙を浮かべている。
「いや。違うって。あれは恭也さん自身の問題でもあると思う」
「なのは。わかんないよ」
さすがに五歳じゃ理解するのは難しいか。俺の予想を聞いたなのはちゃんは左右に頭を振る。
「お兄ちゃん。……なんとかしてよ」
そんななのはちゃんの様子が心配なのだろう。縋る様に、何かを期待する様に上目遣いで俺を見上げるイリヤ。二人の言い争いを止める方法なんてそれこそ手段を択ばなければ幾らかある。知り合ってから一日もたっていないが、なのはちゃんは友達だ。それに大事な義妹であるイリヤの期待にも答えてやりたい。
「ああ、任せとけ」
二人の末っ子に見送られ、俺は行動を開始した。
「圭くんどうしたの?悪いんだけど今大事な話の途中なんだ。向こうでなのは達と遊んでてくれるかな?」
予想外だったのだろう。美由希さんは一瞬、しまったという表情を浮かべるも、すぐに笑顔へと切り替えた。
「すみません美由希さん。どうしてもなのはちゃんのお兄さんにご挨拶をしたくて。こんばんは。初めまして恭也さん。なのはちゃんの友達の衛宮圭です」
「……高町恭弥だ」
今の恭弥さんの状態を一言で表すなら、抜き身の刀。
なんか手を伸ばした瞬間に、払われそうな気がしないでもないが、やるしかないんだよな。状況を変えるためには。ああ、気が重い。
「よろしくお願いします。お兄さん」
剣呑な空気には気づかないふり。無邪気な子供を装い、恭弥さんとの距離を縮め、握手を求め手を伸ばす。
二メートル程だった距離を五十センチまで縮めることに成功。しかし、まだ遠い。無理に握手である必要はないが、触れることが出来ないとどうしようもない。
「あの」
不安気な表情を浮かべ、俺はさらに手を伸ばす。伸ばした手を慎重に動かし、ズボン越しに恭也さんに触れることに成功した。
悪く思わないでくださいね。口には出さず心の中で謝罪する。自己満足でしかないが、しないよりはいいだろう。
「
「恭ちゃん!?」
糸の切れたマリオネットの如く体勢を崩した恭也さんの体を目にし、悲鳴をあげる美由希さん。床に激突しないように俺は恭也さんの体を受け止められたのに、危うく恭也さんを落とすとこだった。びっくりさせないで欲しい。身体強化を使用しているので恭也さんの体を支えることは出来ているが、身長に差があるため、恭也さんに無理な体制を強いてしまっているが、床に激突しなかっただけマシだろう。
「慌てないでください。寝ているだけみたいです。こんな格好ですし、疲れてたんじゃないですかね。美由希さん。恭也さんを部屋まで運びましょう。手伝ってもらえますか?」
「あ、うん」
どこか釈然としない表情で恭也さんの体を支える美由希さん。そんな表情をされても美由希さんに魔術を使用して寝かせただけです。なんて説明するわけにもいかないので、今の理由でとりあえず納得して欲しい。
「どうしたの!?何があったの!?」
「お姉ちゃん!!」
美由希さんの大きな声を聞きつけたイリヤとなのはちゃんが、玄関に駆けつける。当然といえば当然か。予想外に大きかった美由希さんの声に俺自身驚いて恭也さんの体を落としそうになったしな。声だけ聞いたイリヤとなのはちゃんが何があったんだと気になり駆けついてしまうのも頷ける。
「いや、俺が恭弥さんに挨拶してたら疲れてたのか眠っちゃったんだよ。ですよね?美由希さん」
「え、ええ」
なのはちゃんを心配させまいとしてか、話を合わせてくれる美由希さん。空気が読めない人ではないらしい。なんでなのはちゃんに聞こえる形で恭也さんと言い合いをしてしまったかを一時間くらい問いただしたい気持ちに駆られるが、魔術のことを説明していない負い目もある為、ツッコムのは止めておこう。美由希さんに話術があるとは思えないが追求されたら敵わんし。いい言い訳が咄嗟に思いつくほど俺の脳は優れてはいないのだ。なんにせよ状況を変えることには成功した。桃子さんがいつ帰宅するかは不明だが、恭也さんが起きる頃には帰宅しているだろう。
桃子さんへ丸投げする方向で考えを纏めていると、高町家のインターフォンが来客を知らせた。
「なのは。悪いんだけど出てくれる?私は恭ちゃんを部屋に連れていかなきゃいけないから」
「うん。任せてなの」
「美由希さん。俺も手伝います」
時間的に訪れたのはセラかリズだろう。寝かせた手前、美由希さんだけに恭也さんを運ぶのを任せるのは心苦しい。身長に開きがあるため、どこまで役に立てるかわからないけれど、やらないよりはマシだ。
「ありがとう。圭くん」
「いえ」
重い上半身を持ってくれた美由希さんに感謝しつつ、恭也さんの下半身を持ち階段を上った。
美由希さんと共に殺風景な恭弥さんの部屋へと行き、ベッドに恭弥さんを寝かせリビングに戻ってくると、楽しそうな様子のなのはちゃんとイリヤと話す見慣れた後姿が目に入った。
「リズさんが迎えに来るなんて珍しいね」
「わたしもセラが行くと思ってたんだけどね。予想外」
「この人は?」
リズさんを見て疑問の声を上げる美由希さん。リズさんの胸と自分の胸を見比べ肩を落とす美由希さんに、リズさんのことをどう説明するか考える。セラさんならメイドと自信を持ち言い切れるんだけど、リズさんはなんだろう。一応メイドの筈なんだけど、メイドらしいことをしている姿はあまりみない。けれど、全くしてないわけでもないんだよな。
「うちでメイドっぽい何かをしてる人で、リーゼリットさん」
「メイドっぽい何かのリズです。よろ」
悩んだ末、俺個人から見たリズさんのイメージを伝えると、リズさんもそれに乗っかってきた。リズさん自身にもメイドらしくないという自覚はあったらしい。
まあ、アレでメイドですと言い切られても困るけど。
「メイドっぽい何かって何?」
「主な仕事はスナック菓子を食べたり、イリヤと一緒にアニメを見たり」
「えっ、それって仕事?」
どこか誇らしげに自分の仕事内容と思われることを淡々と述べたリズさん。あまりにも淡々と言うもんだから、美由希さんのツッコミが無かったら俺でさえそれが仕事だと思い込んでいたと思う。
「うん。イリヤ、圭。帰ろう。あまり遅いとセラがわたしに対して鬼になる」
「イリヤちゃんも圭くんももう帰っちゃうの?」
「そうね。今日はもう解散しておきましょう」
リズさんが立ち上がると、なのはちゃんが寂しそうな表情を浮かべる。美由希さんはそんななのはちゃんの頭を撫でながら俺に目配せをした。察するに、恭弥さんが目覚めて面倒なことが起きる前に解散しておこうと言ったところか。
「なのはちゃん。残念がってくれるのは嬉しいけど、今日しか会えないって訳じゃないんだ。また直ぐにイリヤをつれて遊びにいくよ」
「うん!お兄ちゃんが止めてもわたしは会いに来るよ!わたし達もう友達だもん」
危ない。イリヤの笑顔にときめいてしまうところだった。
イリヤは妹、イリヤは妹、イリヤは妹。俺はロリじゃない。俺はロリじゃない。俺はロリじゃない。よし。もう大丈夫。落ち着いた。
「わかったの。圭くん、イリヤちゃんまたね!」
「うん。またな」
「またねー!」
なのはちゃんの笑顔に見送られ、俺達は高町家を後にした。
◇◇◇
カチッカチッと時を刻む時計をベッドに横たわり見つめる。時刻は午後十一時五十五分。もう少しで日付が変わる。辺りはすっかり闇に包まれていた。時折車の走る音が聞こえるぐらいで外には昼間のように人影は存在しない。人には言えない行動を起こすには良い時間だ。
ゆっくりと体を起こし、耳を澄ませる。耳に届くのは時計の音のみ。幸いなことに、起きているのは俺だけのようだ。右手に視線をやり頼れる相棒の姿を確認する。
「トパーズ」
「はい。マスター」
俺の問いかけにすぐに返事を返してくれる頼れる相棒。愉快型魔術礼装カレイドブレスレットに宿る人工天然精霊トパーズをそっと撫でる。ルビーみたいな人工天然精霊を制御できる自信なんて一ミクロンも存在しないので、トパーズを相棒として授けてくれた神には本当に感謝している。
「動くぞ」
「承りました。コンパクトフルオープン。境界回廊最大展開。魔術礼装カレイドトパーズ装着完了」
魔術回路を思わせる黄色い線の走る黒いロングコートに、同じく黄色い線の走る黒いズボンと黒いブーツへと服装が変わる。ちなみにサイズは五歳児の俺に丁度良く調整されている。
「良い魔術礼装が浮かばない俺が言うことじゃないけど、この服いい加減どうにかしたいな」
部屋にある鏡で自分の姿を見て軽く凹む。黒髪の平凡な五歳児のする格好ではないのは確かだ。
「お似合いですよ」
「ありがとう。うし。いつまでも落ち込んでてもしょうがない。さっさと目的を達成しちまおう。半径一メートルで反射路形成、境界回廊一部反転」
「了解。鏡面界へアクセスします」
周りの景色が切り替わる。目に映るのは俺の部屋。しかし、生活感なんてものは皆無。窓から外を見ると、空からは星の光は消え、代わりに碁盤のような升目が現れた。
「なのはちゃんに士郎さんがどこの病院に入院していたか聞けたらよかったんだけど、病院を虱潰しに探すしかないか。とりあえず、海鳴大学病院だな」
窓から身を乗り出し、空へと思い切り跳ぶ。二階の窓から跳んだ俺の体は重力に逆らい、上昇する。いつか現実の世界の空をこうやって飛んでみたいものだ。
人工的な明かりの存在しない空を海鳴大学病院を目指しまっすぐ飛んでいく。街の上を飛んでいるにも関わらず、今この世界にあるのは静寂のみ。世界には俺一人。そう考えると、なんとも寂しいものだ。
「って、感傷に浸ってる間に、到着っと」
別に大きな音をたてたとしても誰からも苦情なんて着たりしないが、ゆっくりと屋上へと着地した。屋上のドアノブを回してみるも、当然といっちゃ当然なのだが施錠されている。
「まあ、いいけどね」
右手と右足を大きく後ろへ引き重心を後ろへ移す。左手を胸の前に置き、呼吸を一つ。
「ハッ」
気合を込めて右腕を突き出す。俺の行く道を塞いでいた扉は大きな音を立てその場から消えた。一応言っておくが、消失させたわけではない。扉は形を歪めはしたものの、しっかりと存在していたりする。ぶっちゃけ腕力を強化し、力任せに扉を破壊しただけ。扉を開けるなんて魔術は作ってないから仕方ない。ここは境界面だし問題ないだろう。
「マスター。破壊して侵入するのでしたら、正面から入りナースステーションで入院患者のリストを入手した方が早いのでは?」
「……入りなおそうか」
破壊した扉を一瞥し、飛び降りる。少しばかり悲しい気持ちになった。
正面玄関へ周った俺は、閉じられた自動ドアを破壊して中に入る。鏡面界の病院は現実世界にはない不気味さが漂っている。何か出そうな雰囲気満載だ。
「とりあえず、ナースステーション巡りか」
広い病院内を歩くのが少しばかり面倒で飛行魔法を維持したまま、二階、三階、四階とナースステーションを巡り、五階のナースステーションにて目的の名前を発見。他の病院に行かなくて済んでよかった。そのまま目的の病室へと移動し扉を開けて中へと入る。ここまでくれば人に見つかる心配はないだろう。
「トパーズ。反射路形成。境界回廊一部反転。」
「はい。現実空間へ移動します」
現実空間へ回帰すると、無人だったベッドには、黒髪の二十代にしか見えない男性が横たわっていた。若々しく、とても三児の父には見えない。高町家で写真を見てなかったら、間違いなく同姓同名の別人だと思ったな。
「トパーズ、治癒促進の対象者を士郎さんへ切り替えてくれ」
「はい」
トパーズの短い返答後、士郎さんの眠るベッドの下に黒い魔方陣が浮かび上がる。他人に見られたら、確実に生贄にしていると思われるだろう魔方陣の色に軽く凹む。時折、放電しているかのように魔方陣を走る黄色い光が治療をしている俺から見ても、士郎さんから命を吸い取っているようにしか見えないから不思議だ。
「治癒しているか?」
「問題ありません。順調です」
ゲームで見た治癒魔法は明るい色を放つという固定概念が頭の中にあったため、自分の行う治癒魔法の禍々しい光景に我ながら不安になってしまい、トパーズに確認した。今までの付き合いから、トパーズが嘘や冗談をいう性格ではないことは熟知している。トパーズが問題ないというのなら、問題なく治癒できているのだろう。それにしても客観的に見ると、俺の魔方陣の発光色や、魔力光はどうみても悪役だ。
「トパーズ」
「はい。マスター」
「この光って変えられないの?第二魔法とか使ってさ」
「不可能です」
一縷の望みをかけてトパーズに尋ねてみるも、あっさりと否定された。第二魔法の応用で作られた破格の性能を魔術礼装でもどうしようもないとは、打つ手が無いじゃないか。
「マスター」
現実に絶望していた俺に、トパーズが話しかけてきた。気遣いができるトパーズのことだきっと慰めてくれるつもりなのだろう。
「大丈夫さ。心配してくれてありがとな。士郎さんの治癒が終わったら、気晴らしでもするよ」
「そうか、君が俺を治してくれたのか。とても信じ難いが、あれだけの傷をおった体から全く痛みを感じない。ありがとう。この光で治したのかい?」
突如聞こえたトパーズが発することのない男性声。ハッとし、振り返ると横になったまま、自身の手のひらを開いたり握ったりしている男性の姿が目に入った。
「治癒対象が覚醒しました」
「報告が遅いよ」
姿を見られてしまうという予想外の事態に、自分の見通しの甘さを自覚しつつも、トパーズに八つ当たりしてしまう。
「すみません。予想以上に対象の治癒能力が高かったようです」
「いや、すまん。今のは八つ当たりだ。俺の考えが足りなかったのもある」
人工天然精霊とはいえ、トパーズには心がある原作のドリルや赤い悪魔のように見捨てられるようなことは無いとは思うが、素直に謝る。
「一人しか居ないのに、聞こえる声は二人分か」
「士郎さんがいるのを忘れてた」
「そんなに存在感が薄いつもりは無いんだけどな」
苦笑する士郎さんに、引きつった笑みを浮かべてしまうのはしょうがない事だろう。我ながら突発的な事態に弱い。とりあえず、これ以上やらかす前に引き上げるのが得策だな。
「トパーズ。お暇しようか」
「反射路形成、境界回廊一部反転」
「すみません。どうにも予想外の事態には弱いもので。失礼させてもらいますね」
「境界面へ突入しました」
切り替わる景色。窓より見える闇色の空を見て安心したのは初めてだ。目の前にあるベッドは整えられており、士郎さんの士の士も存在していない。
「退院まではしばらく掛かるだろうから、その間に俺の顔を忘れてくれればいいんだけど、その考えは甘いよな。トパーズはどう思う?」
「薄暗い病室。常人なら細部まで顔を確認するのは難しいと思いますが、彼を常人と判断していいのか治癒力をみると判断しかねます。最悪の事態を想定しておいた方がよろしいかと」
最悪の事態か。一番悪い結果は、士郎さんが私利私欲に走り、目的のためなら手段を選ばない人間で、イリヤや俺の家族を人質にとりいう事を聞かせるとか。いや、ないな。あんなに家族に愛されてる人が、そんな極悪非道な手段を使うなんて想像できない。
「どうされますか?」
「とりあえずは様子見でいいだろう。何かあっても俺とトパーズなら家族を護れるだろ」
「わかりました」
チカリと本体の入っている玉を光らせ、了承の意を伝える相棒。
目的も達した事だし、さっさと帰ろう。入口まで引き返すのは面倒だったので、俺は士郎さんの病室の窓を開け、飛行魔術で帰宅した。
◇◇◇
「お兄ちゃん起きて!お兄ちゃんってば!」
イリヤの声により覚醒した俺の体は二重の意味で重かった。一つ目の理由は士郎さんの治療をしたからだ。夜更かしは五歳の体にはきつい。明らかに睡眠時間が足りていない。もう一つは、たぶん中々起きない俺にイリヤが痺れを切らしたのだろう。ワンピースを身につけたイリヤが俺の腹の上に乗っている。白と青のストライプの下着は丸見えだし、普通に重いしさっさと退いて頂きたい。つうか、女の子なんだから少しは慎みを持って欲しい。五歳じゃ無理か。
「起こしてくれてありがとな。もう目は覚めたから降りてくれ」
折角起こしに来てくれた可愛い妹を無碍にする訳にもいかなず、やんわりと退いて欲しいことを伝える。
「大事件だよ、大事件!」
腹の上で騒ぐのはやめて欲しい。騒いでもいいが、せめて腹から降りてくれとは思うが、イリヤのテンションを見るに話を聞かないと腹の上からは降りてくれなさそうな気がする。
「どんな事件が起きたんだ?」
仕方なくそのまま話を聞くことにした。興奮状態だが、少し話せば落ち着くだろう。
「妹ができたー!ほら」
「はっ?」
イリヤの言ってることが咄嗟に理解できず、間抜けな声が口から出てしまった。今、イリヤは何て言った?寝起きなためにあまり自信はないのだが、俺の耳が確かなら、妹が出来たと言っていなかったか?
「ほら、そこにいるよ!」
イリヤがドアの方向を指差した。イリヤの指を追い、視線をドアへと向ける。そこに居たのは幼いながらも悲愴感を漂わせる黒い髪の少女がいた。彼女の姿には覚えがある。俺の記憶が確かなら、異世界にて生まれながらに完成された聖杯であるという重い宿命を背負っている少女だ。
「美遊ちゃんて言うんだよ!今朝ママが連れ来たんだ!名前が漢字だから、名字は衛宮を使うんだって!」
「……わたしはなんでここに連れてこられたの?」
本来なら、美遊・エーデルフェルトとこちらの世界で名乗るはずの少女がそこに居た。いろいろツッコミどころはある。連れて来たとか、名字に衛宮を使うだとか。だが、とりあえず一言だけ言わせて貰おう。
原作仕事しろや。
「母さんは?」
「いるよー」
少なくとも最低限の質問くらいはできそうだな。
「ええっと、とりあえ名字が同じだから美遊って呼ばせて貰うが、イリヤをここから剥がして下に連れてってくれないか?」
「……必要なことなの?」
「ああ、俺にとっては重要だ」
「わかった」
「ちょっと!美遊なにするの!見えちゃう見えちゃう!」
素直に頷いた美遊はイリヤに近づき、両脇に手を入れると問答無用で引きずった。ワンピースの裾が物凄いことになりイリヤが騒いだ。イリヤにも羞恥心はあったようで少しばかりほっとした。母さんに逃げられないようさっさと着替えて下に降りるか。
「けーい!久しぶりねー」
「一週間ぶりだね。おはよう母さん」
「あーずるーい!わたしもー!」
着替えを済ませ、リビングに足を踏み入れるとイリヤを大きくした容姿の女性が飛びついてきた。それと何故か便乗してイリヤも飛びついてきた。
「ほら、美遊もいらっしゃい!」
「いや、進めないでよ。普通に危ないから」
「もう、圭はつれないわねー。妹が二人居ればお母さんはいらないのね」
ぷくーっと頬を脹らませ子供っぽいしぐさを見せる母さん。イリヤをそのまま大きくした容姿をしているだけに、子供っぽいしぐさがよく似合う。
「そうそれ。いきなり妹が出来たって言われても、どこから攫ってきたとしか言えないんだけど?」
「もう、攫ってきたとか人聞きの悪いこと言わないでよ。圭の時と似たようなものよ」
なんでもないことの様に言うけど、俺と同じってことは攫ってきたんじゃなくて、拾ってきたってことなのか?それって普通に考えたら事件だからね。
「根回しは?」
「完璧よ」
なら、少なくとも原作開始までは安心なのかな。でも、美遊がこちら側にくるのが早まったという事は、原作開始も早まったりするのだろうか。まあ、基本方針は戦えるように訓練するでいいな。俺には魔力は合っても、原作のイリヤや美遊のように動けるかと聞かれた答えはノーだ。訓練するに越したことは無い。
「美遊と仲良くしてあげてね。でも構いすぎるとイリヤがいじけちゃうから、イリヤにも構ってあげてね」
「善処はするよ」
これから忙しくなりそうだな。