お楽しみいただければ幸いです
『アイツらが羨ましい…』
「…んん?」
『…ずっとずっと羨ましかったんだ』
「…そうなのか?俺はてっきり妬んでいる物だとばっかり思ってたよ」
頭に響く声に答えながらコウスケは通路を歩いていた。響く声は聞きなれない筈だがどこか懐かしさを感じるもの。妙な高揚感を得ながらコウスケは氷柱がある部屋に入っていく。
「さて、いよいよご対面っと」
鏡の様に磨かれた氷柱に近づくとそこに人影が写っていた。鏡に映っていた物。それは、いつも朝起きて目にする整った顔立ちの少年の顔ではなく…
『…よう、待ってたぞ』
輪郭が丸く頭髪が薄くなって、脂肪と肉によって細い目をさらに細めてニチャリと笑う、生まれてから二十数年間付き合ってきた醜い自分の顔だった。
多大に募るストレスを食べることによって発散したその体はブクブクと膨れ上がっており、特に腹の贅肉は酷い物だった。
先ほどから何が可笑しいのか笑っているのだが、笑うたびに体が揺れ腹の贅肉がゆさゆさ揺れる。身長は小さく、頭髪も年の割には少なくなっておりもう少しでバーコード頭になるのは目に見えていた。
特に醜いのは顔だった。肉が付いたことによってただでさえ細い目。その肉の奥に開けられたその目は生気が感じられずドロドロと澱み濁っりきっていた。見るものが見れば不快さと悍ましさを感じるその本来の自分自身の姿。
あまりにも久しぶりの顔とと嫌な懐かしさを感じてジロジロと見て見れば虚像は氷柱からもたもたと鏡の世界から足を踏み出す。そのあまりにも緩慢な動きは戦えるような人間の動きではない。寧ろ今まで運動と言う運動をしてこなかった動きだった。
身構えるコウスケを特に気にすることもなく、どこからかいつの間にか出てきた氷のベンチに腰掛ける虚像
『どうした?ほら、お前もこっちに来てさっさと座れ』
座っている自身の隣をバンバンと叩き座れと促す虚像。流石にここまでくると困惑が強くなってきたコウスケ。ここの試練は自分自身の負の部分に打ち勝つための試練だったはず。戦おうともせず、我が物顔で座っているその顔からは戦意も悪意も敵意さえ感じ取れなかった
「座れって…んなこと言っても試練はどうするんだ?戦わないのか?」
『あ?我ながら阿保だな。試練も何も、もうお前、
「…それは」
『自分の汚い所、腐って醜い所、何もかも自覚しているお前に突きつけて戦ってどうするんだ?お前を乗っ取れってか?冗談じゃねぇそこまで解放者たちに好きにさせて堪るか。そんなどうでも良い事より答え合わせだ』
「答え合わせ?」
『仲間に対しての羨望と嫉妬。この世界に対しての憧れと軽蔑。そしてリリアーナに対する感情。お前が抱えているものすべてを吐き出して再認識しろ、自分がどんな人間なのか』
不快な声と顔だがその言葉は存外に労わるかの様に優しかった。その考えが顔に出てたのか隣からはゆさゆさと肉が上下する気配を感じた。どうやら笑っているらしい
『何で自分に対して優しいのかって?
「…お前、本当に俺なんだな」
『そう言うこった。さぁ聞かせてくれよ。お前の醜い感情を。ここには俺しかいないしほかの誰かが入ってくることはない。此処だけ特別性だ』
ぐふふと気色悪い笑顔の自分自身はやはりどこまでも甘い男だった。
「…本当はさ、『原作のキャラクター』達が羨ましかったんだ」
宝物庫からコーヒーを取り出しちびりちびりと飲みながら話し始めるコウスケ。隣にいる虚像も同じようにコウスケから受け取ったお茶を飲んでいる。
『なんせ頭が蛆湧いてるぐらい馬鹿ばっかりだからな。魔王様なんて極まっている。自分自身の言葉は何より正しく強い意思(笑)をもつ人間こそが偉いっていう考え方。調子こいてイキって美少女を手に入れて絶対な暴力を手に入れた主人公様、憧れないなんて嘘だ』
「そこまで考えて…いや、確かに本心はそう考えていたかもな」
隣の本心が言う言葉は間違いが無かった。大きく溜息を吐き今までの旅路で溜まりに溜まりきった自身のよどみを吐き出す。
「醜悪で気色悪いと考えながらも憧れはあった。だって何もしなくても女が惚れこんで股を広げようとするんだ。そこまで惚れるのか?何で好きになるんだ?そう考えながらも女が寄ってくるのは羨ましかった。暴力的な所なんて痺れた、後先を考えないで行動して、相手を叩きのめす。たとえそれが非難されようとも間違っていないと言い、女たちが賛同してくれる。最高だね。やっぱ俺ツエーはこうでなくっちゃ」
『まぁそんなこんな言いつつそうやって好き勝手やってる魔王様を見下して批判して
「まぁな。…ともかく羨ましかった。それだけは間違いなくて…それは南雲達にも言える事だった」
『ほぅそれはまた、なんでだい?』
『原作』に思いを馳せつつ、思い浮かぶのは仲間たち。この世界に来て実際に触れ合い交流し、今を生きる彼等。
「あいつらは…俺と違って未来があるから、誰もが社会人ではないから、社会の現実を知らないから」
『社会の歯車だった俺とは違いこれからがある南雲達。異世界人であるから日本人の苦労を知ることのない異世界組。なるほど確かに羨ましいな。何も知らないから』
彼らと交流し燻っていたのは、羨望だった。コウスケは社会人であり、ストレスを溜め続ける日々に翻弄されていた。だが彼らにはそれが無かったのだ
「学生である南雲達は俺と違って選べる事ができる。まだ選択の余地があり、何より
『その通り。だからこれ以上さらに社会で楽になってほしくなくて普通に生活してほしいと願った。誘拐事件の被害者で戦争に巻き込まれただなんて社会に適応できない言い分が立つからな。ふん、我ながら糞みたいな考え方だ。まぁいい話がそれたな。そして異世界組はそもそも立場が特殊な人間ばかり。亡国王女に族長の娘、一族の姫様。ノインは…まぁいいや。兎も角あいつらは労働とは無縁だ。…立場があるだけ苦労や責任感があるかもしれないが』
「どっちにしろ俺と違って気楽なもんだ。…考えれば考えるほど嫉妬や怨みも出てくる。俺が盾をする価値があるのかとか肉壁もいい加減疲れたとか…駄目だなこんなこと考えれば顔を見合わせづらくなってしまう。 …ああー俺も魔王様の様に未来の事なんて考えない男になりたい」
『そして女とヤリたいってか?この際だから聞かせろよ。どうだった、美少女たちは?手を出そうとは思わなかったのか』
隣から聞こえる堕落への誘い。横を見れば嫌らしく笑っている自分が居た。呆れるような溜息を吐き、本当の事を話す。何せここには自分しかいないのだ
「そりゃ当然思ったさ。
『はっははは。だよなぁ。原作でさんざん頭がチョロイとこを強調されていたんだ。だったら俺が貰ってやってもいいだろ?ってな。何せ南雲はハーレムを作ろうだなんて考えない良い奴だしな。どうせだったら少しちょろまかしてもいいだろうって』
「でも、彼女たちは生きている人間だ。小説とは違ってチョロインじゃなかった。話をして触れ合って笑いあって、ヤリたいとは思えなくなっていった」
『…南雲がハーレムを作り出してたら、どうしてたんだ』
「その時は…そうだなお別れだな。保護下の少年が美少女に複数から惚れられていたら、嫉妬に狂って何もかも滅茶苦茶にしてただろうな」
もし、ハジメがハーレムを作っていたら。もしもの話だがその時は何もかも滅茶苦茶にしていただろう。それこそすべてを壊すほどの嫉妬に駆られて。
『ふぅん。まぁお前なら
「…助けないとって思ってた。年下の友達で、いずれ最強になる主人公で…頼られるのが嬉しくて、こんな俺でも誰かの助けに…って恥ずいな。後は察しろバーカ」
不貞腐れたように言えば隣からくぐもった笑い声が聞こえてきたのだった
『さて、それでは世界の話をしよう。この世界トータスについてだ』
「ぶっちゃけここに住みたい」
『早いなオイ!理由は…あー何となく察した』
苦虫を潰した様な顔で頭をガリガリと掻く虚像。対するコウスケは頭を抱えていた。
「…日本はめんどくさい。治安は良いし飯も美味いけどさ、生きるのに窮屈なんだよな。やれ保険がどうたら、やれ人間関係がどうたら、人を見る目は社会に適応できてるかどうかだし、サブカルチャーに対する目はまだまだ厳しい、このまま先の人生がどうなるかいつも不安で…なんで独身で童貞に対して厳しいんだ?」
グチグチと出てくる先の人生に対する不安を吐露すれば虚像もうんうん頷く。
『その点この世界は魔物と戦ってればほぼ楽に金が手に入る。辛い思いをして心をすり減らしながら日本で生きる俺にとってはこの世界は楽だ』
「住人なんて何故か頭がパーな連中を除けばいたって普通?だし、戦争なんて言ってもぶっちゃけフレーバーなんだし」
『魔人族だろうが、人間族だろうが好きにやってくれって話だし、つーか戦争中なのにどうして帝国は…まぁいいや。馬鹿だが住みやすい世界だ。…エヒトのゴミさえいなければな』
「エヒトかーくっそどうでも良いんだがなーああ面倒くせぇ。俺嫌だよあのゴミと対峙すんの」
『そこは南雲がどうにかしてくれるんじゃね』
「他人任せー」
『ブーメランだぞ』
お互いの顔を見合わせ息を吐く。住みやすいと考えてもどうせ一時の気の迷いだった。
『んで、最後だ。リリアーナの事どう考えてる』
「……言わないと駄目、だよなぁ」
正直な話、この手の話題は言いたくないというのがコウスケの本心だった、だが隣の虚像は嫌らしく笑ってる。
『おいおいそりゃないぜ。なんせ人生で初めてお前の事を好きだった言った女の子だ。色々考えていたんだろ』
「…正直に言えば。滅茶苦茶犯したい」
『ヒュー♪』
隣で下手くそな口笛が聞こえてきた。心底イラッとしたので手に持っていたコーヒーを前方の空間にぶちまける。例え嫌な対応をされようとも自分自身に傷をつけたくは無かった。
「だってどうしてか知らないけど俺の事を好きだって言ったんだぞ!?だったら良いじゃねぇか!原作でも好きだったしこの世界のリリィって滅茶苦茶可愛いし!あの身体に心に思う存分自分の欲望ぶつけたくなるじゃねぇかよ!」
『そうだそうだー金髪碧眼少女を汚してみたい― …ま、絶対に手を出さないけどな!なにせ
虚像の言葉でピタリと止まるコウスケ。先ほどまでの激昂はすぐに収まった。
「……本当にお見通しなんだな」
『自分、お前ですから』
「…そうだ。なんで俺の事が好きになったか分からないんだ。俺に好かれる要素があったのか?一体なんで何だ?理解できない、想像できない。意味が無い。だから気持ち悪い。…とても怖い」
『容姿を知らないから好きだって言ったんじゃないのか?答えても幻滅されるんじゃないのか?俺を理想的な男だと本気で思っているのか?実はカッコつけているだけだって理解していないんじゃないのか。…好きだと言えば言うほど信じられなくなってくる』
「…チラつくのは原作だ。どうしても比べてしまう。偶々俺が南雲のポジションに入ったから俺じゃ無くて本当は南雲が良いじゃないのか。どうして俺を選んだんだ。俺を選んだとしてもその意味は本当に分かってんのか。一時の感情に振り回されているんじゃないのか…信じられない…本当は俺を馬鹿にして揶揄ってんのじゃないのか」
リリアーナの告白は本当に精一杯の気持ちを込めて言ったのだろうとコウスケは思っている。しかしその行為こそがコウスケには理解できなかった。コウスケの自己評価の低さがリリアーナに対しての疑心暗鬼となっていったのだ
「考えれば考えるほど分からない。だから俺は」『ただでさえ自分や仲間の事で手一杯なのにこれ以上苦悩させるのなら』「彼女が俺を惑わせるなら」
「『
同じ言葉を放ち顔を見合わせる。そこには悪戯っぽく笑う同じ表情をした男が居た。
「あーなんでこんな糞めんどくさい野郎に惚れたのかねぇ。絶対後悔すんのに」
『知らんがな。そもそも恋愛経験ゼロだからなー女心の一つでも俺が理解してやれば良かったんだが…無理だな』
「そもそも俺にヒロインってのが無理なんすよ。同性と馬鹿騒ぎすらまともに遅れなかった男が年下美少女の気持ちに答えることができるとでも!?」
『ええやんけ、年下の嫁さん。俺の思いのままやで?10年経っても俺30超えても相手二十代やで?ラッキーやん!』
「欲望只漏れで鬼畜過ぎてドン引きですわ」
『…だからそれブーメラン』
『っと、ここらへんかねぇ』
自分自身との対談。思いのほか盛り上がったそれは、隣の醜悪な自分の姿が薄れてきていることで終わりを告げた。
「お前…消えるのか?」
『こんな時でも変なこと言うのかよ。まぁいいや、最後に聞くけどよ』
「なんだ?」
『別にアイツらと一緒じゃなくてもいいんだぞ?ぶっちゃけお前ならどうにでもなるんだ。最後までアイツらと一緒にいることはない。肉壁だってしなくてもいいんだ。…お前が居なくてもアイツらは平気だ』
それは出会ってからの一番の優しさが含まれた声だった。もう大丈夫だと、傷つく必要はないのだと、そう本心は言ってるのだ。
その誰よりも自分を案じる声にコウスケは、寂しそうに首を振った。
「それはできない。俺はアイツらと最後まで一緒にいるよ」
『なんでだ?もう分かってんだろ。自分は不要だって。戦力としても立場としても離れていてもお前とアイツらの友情は消える事なんてないんだ』
「そうかもな。…でも行くんだ。最後まで、一緒に」
『アイツらの…南雲のためにか?』
本心からの問いにきっぱりと首を振るコウスケ。戦力として要らなくても、支えが必要なくなったとしても、コウスケにはハジメ達について行く理由があったのだ
「南雲の為じゃない。この世界の為じゃない。俺は俺の為に最後までアイツらとに一緒に行くんだ」
『…俺の為に?』
「そうだ。だってこんな面白い旅を途中で放り投げるなんて勿体ないだろ?最後まで
コウスケのあっけらかんとした言葉に虚像は口元を吊り上げ体を揺さぶりながら笑いあげる。
『…は、ははは、はっはははは!!そうだな、どうせなら楽しまなきゃな!つーか途中で放り投げるのは無理だわ俺!やるのなら最後まできっちりと終わらせないとな!』
「そういう事だ。エタ―せず完結まで頑張りますってな」
ゲラゲラと笑い転げる虚像は体が薄く消えていく。試練の合格の証であり自分自身の本心との別れでもある。
「じゃあな。お前の会話は心底楽しくてすっきりした」
『そいつは重畳。あーそうだひとつ言い忘れてた』
「あんだよ」
下半身が消え去り上半身が消えていく。それなのに虚像はにやにやと笑う。コウスケにとっては懐かしさと不愉快さが両立するその顔で虚像は最後の言葉を言う
『俺が言わなかった、お前のその状況についてだ。色々考えを巡らせているが、違うんだ』
「あ?状況…って」
虚像が指さすのはコウスケ自身。それはコウスケの状況、天之河光輝の身体とコウスケの魂というこの世界に来た時から今の今までわからなかった事だった
『
「???そりゃそうだ。俺があのサンドバックな訳ないだろ?」
『クッククその通りだ。ま、どうせ直に解る。じゃ精々悩んで考えて頑張ってみろよ。俺は何時だってお前の味方だ』
心底愉快そうに笑いながら消えていった虚像。後に残されたのは部屋でポツンと一人佇むコウスケだけだった。
「…? やべぇ俺の言葉のはずなのに意味が解らん。まぁいいや。それよりも皆は大丈夫かな」
頭を捻っても分からないので取りあえず部屋を後にするコウスケだったのだ。
前話を消したい衝動に駆られる今日この頃、アニメまで残り一か月。終わらせるのは難しいっす
次の話で6章は最後です。
全体で後三十話以内には終わりそう…です