ではではどうぞ~
「へぇ氷竜のショートカットなんて気が利いているじゃないか」
「やっぱ竜はカッコいいよな」
準備を整え氷雪洞窟から脱出をするハジメ達の前に現れたのは、氷でできた竜だった。ショートカット用の魔法陣に乗った所泉が凍り付き半透明の光沢を持った竜が出現した。どうやらこの氷竜がこの氷雪洞窟のショートカットらしい。
「忘れ物は…ないね」
仲間たちを見渡し、全員のチェックをするハジメ。皆がそれぞれ頷く中、一人だけ反応が芳しくないものが居た。澱んだ目に生気のない顔。普段の明快さが無くなってしまっているコウスケだった。氷雪洞窟の攻略の証、中にヴァンドル・シュネーの紋章が彫られた垂れるような水滴を模したペンダントをぼんやりと見つめている。
『どう?大丈夫そうかな』
『全然だめです。一度落ち込むとここまでおかしくなるとは流石マスターですね』
ノインに確認をとるが全然駄目だという。話しかければ答えるので、調子が悪いだけだと見えるかもしれないが、付き合いの長いハジメだからこそあんまり芳しくないことがよく分かる。他の仲間たちも気づいてはいる物の触れないでいるのはノインが時間が立ったら治ると事前に話をしていたからだ。
すっかり爆発物のような扱いになってしまったコウスケをつれ、氷竜の背に乗りつかの間の遊覧飛行を楽しむ。
そして、雪原の境界まで運んでくれた氷竜に礼を言い、視界を閉ざす吹雪の向こう側へと出て、周囲を敵に囲まれてしまった。
「やはりここに出て来たか。私のときと同じだな。……それで、全員攻略したのか?」
二回りは大きくなった白竜とその上に騎乗するフリード、灰竜を主とした数多の魔物、白い法衣を靡かせ見下ろすイシュタル、そして、数百体はいるであろう、おびただしい数の、銀翼を生やした同じ顔の女“真の神の使徒”ノインを成長させたような女たちが待ち構えていた。
「見て分からないの?随分と節穴だね。いっそ目玉をくりぬいて変えてみたら?」
フリードの確認するような物言いに不遜な言葉と態度を表すハジメ。フリードの眉がピクリと上がるのを視界に移しながら、周囲に殺気を振りまく。
視界を覆うほどの魔物と神の使徒の数だったが、負ける気は微塵もない。仲間たちに一瞬の目配せを行い先手必勝を仕掛けようとしたが、イシュタルの声によって気勢をそがされてしまった。
「ほほぅ。流石ですな錬成師殿。まぁそう逸らないでいただきたい。実は貴方方を魔王城に招待するために待っていたのですよ。我らが神の眷属神魔王アルヴ様があなた方に興味を抱きましてな」
「へぇ 無能とはぐれ物で構成されている僕達を誘いにねぇ?オマケに魔王城だって?なに?魔王様が直々に持て成してくれるのかな。案外暇人なんだね」
肩をすくめ呆れと見下すような発言をすれば周囲が殺気に満ち溢れる。ピりつく様な空気の中、敵側がどんな思惑なのかそれとなく確認するハジメ。
(魔物はどうでも良いとして、同じ顔ばっかのモブは色めき立ってるね。馬鹿だなー。それよりもイシュタルは…読めないコイツさっきから笑ってばっかりだ。フリードは、んん?
無表情のフリードだけが妙に変なことに眉を顰めるハジメ。それを否定の意思と受け取ったのか、イシュタルが憐れむ様な声を出す。
「ふぅむ。来ていただけませんか。なら少々彼らに手荒なことをしなければいけませんな」
言葉と同時にイシュタルの横に鏡の様なものが発生して割り込んだ。訝しむハジメ達の前で、それは一瞬ノイズを走らせると、グニャリと歪んで何処かの風景を映し出した。
空間魔法の一つ。“仙鏡”――遠く離れた場所の光景を空間に投影する魔法だ。
仙鏡に映し出されたのは、荘厳な柱が幾本も立ち、床にはレッドカーペットの敷かれた大きな広間だった。そこからカメラが視点を変えるように映像が動き出す。
見え始めたのは、玉座が置かれている祭壇のような場所。やはり映っている場所は王城――それもおそらく魔王城の謁見の間なのだろう。高い天井に細部まで作り込まれた美麗な意匠や調度品の数々が魔王の威容を映像越しにも伝えてくる。映像は更に動き、その視点は玉座の脇へと移っていった。
そうして見え始めたのは、鈍色の金属と輝く赤黒い魔力光で包まれた巨大な檻。当然、中には何かを捕えているわけで……
「みんな!?先生!」
「おいおい、何やってんだアイツら…」
香織が叫び、清水が苦虫を噛み潰したした顔になる。それはユエ達も同じだった。映像の中にとらえられているのはハイリヒ王国の居る筈のクラスメイト達と愛子だったのだ。
愛子は、大抵の生徒が膝を抱えて不安に表情を歪めている中で、力なく横たわっている生徒の幾人かを必死に介抱しているようだった。よく見れば、その倒れている生徒は永山のパーティーメンバーのようだ。他にも、玉井淳等愛ちゃん護衛隊のメンバーも永山達ほどではないが、苦痛に歪んだ表情で蹲っていた。
「…本物、か」
「無論、本物でございます。多少抵抗されましたので少しばかり傷をつけさせていただきましたが、命に別条はありません、どうです?大人しく我らについていただきませんか」
羅針盤にて、クラスメイト達の所在を確認したハジメが苦い顔をすればイシュタルは鷹揚にうなずく。
「そうは言っても、どうせノコノコついて行ったら全員纏めて殺されるのがオチって奴でしょ。なんせ自称神様って奴は僕が惨たらしく死んでいくのをご所望みたいだし…ねぇ?」
イシュタルの余裕のその表情にハジメは不遜な態度と敵意で迎えた。相手側の人質を取っているという優位性にドンナ―をちらつかせ、あくまで
お前らを皆殺しにして助けに行ってもいいと言外に通じるようにプレッシャーを解き放っていく。ハジメの圧倒的な威圧の前に、神の使徒の集団が殺気を放ちフリードに冷や汗が浮かび、イシュタルの笑みが強張る。
「威勢がいいのは結構ですな錬成師殿。しかしてそれは狂人の発想。貴方はそれでよくても勇者殿はどうですかな?勇者殿、貴方はこの者達を見捨てられますかな?」
(あ、まずっ)
優位性は失われていないと笑みを深くしコウスケに話しかけるイシュタルのその表情にハジメは嫌な予感がした。今のコウスケは様子がおかしく端的に言ってかなりやさぐれている、又は落ち込んでいるのだ。不調で機嫌が悪いその時に変に刺激を与えないでおく。その筈だったのによりによってイシュタルが刺激を与えてしまったのだ。
仙鏡に映った映像が別の視点を映し出した。愛子たちが捕らわれている檻の横、そこにもう一つ小さな檻があったのだ。その檻は、傷だらけになりながらも歯を食いしばり辺りを警戒する金髪の少年ランデルと――――
腐臭がした。蛆の沸いた様な腐った臭い。今にも吐き出すその腐臭はカビの様に肺を侵食してきている。
怖気がした。全身の肌が泡付く恐怖。粘着性のある液体に皮膚を舐められているような不快感は一向に止まらない。
酷い虚しさを感じた。今まで築き上げた物を自分で壊すかのような虚無感。すべては無駄だったと諦めるかのような絶望。
その場にいたすべての生命体が絶望を感じ取った。決して埋められない越えられない、只々人が生み出す怖気が敵味方誰彼構わずに一帯を覆ったのだ。
「……俺のを……取るの?」
首をかしげながら絶望を無差別にまき散らしながら声を出したのはコウスケだった。その視線の先は檻の中にいたもう一人の人物…リリアーナをぼんやりと見つめている。
「…っぐ…彼女は」
「……うるさいなぁ」
ハジメが絞り上げるように声を出そうとするが、コウスケは聞こうとしない。寧ろさらに周囲にプレッシャーを振りまいていく。フリードの配下の魔物たちは力なく倒れ込みその命を散らしていき、神の使徒達は苦しそうに顔をゆがめている。それはフリードもイシュタルも例外ではなく、ユエ達は近くにいたので尚更だった。
「俺だけが…していいいのに…俺がやろうと思ったのに…どいつもこいつも」
「ストップですマスター」
声の怒気を強めながら無意識に足元にある地面を黒く染め上げている時だった。コウスケの頬にそっと手を触れたノインがわがままな子供をあやす様に優しく声を掛ける。
「ちゃんとよく見てください。リリアーナ様は怪我をしていませんよ?それに誰も触った形跡がありません。誤解するのは少々気が早すぎます」
汗を流しながら、苦笑するかのような声を掛けられたコウスケは虚ろな目を鏡へと向けた。その先では確かにリリアーナは怪我をしてなかった。ランデルを介抱し警戒しながらも瞳は以前のままだった。何もされていない。その事を認識すると辺り一帯を覆っていた怖気が徐々に収束していく。
「…リリィは…無事?」
「そうです。だから今はまだ何もしないでおきましょう。…余計なことをすると悲惨なことになるかもしれない。マスターがずっと考えていた事ですよね」
虚ろな目線を足元に落とすコウスケ。その動作と同時に周囲に纏わりついていた腐臭と怖気は完全に無くなった。その場にいたほぼ全員がほっと息を吐く。それはハジメも例外ではなかった。
交渉とはお互いが同じ立ち位置によってはじめて成立するもの。その為には舐められるわけにはいかずましてや黙って言う事を聞くつもりはないと考えていたのだ。その考えがまさかコウスケの逆鱗に触れてしまうとは思いつかなかった。
(…僕が上手く宥めることができたらいいんだけど)
今までなら気安く話しかけれた。しかしそれはあくまでもコウスケがハジメに接する態度がそうさせていたため拒絶するようにされてしまっては、
ハジメもどうすればいいのかは分からない。
漫画やゲームだったらお互い深く話し合えばいいのかもしれない、ハジメもそう思っていた。しかし現実の友人との接し方はまだまだ未熟なのだ。嫌われたくない、嫌いたくない、そんな風に接してしまっているため今のコウスケにはどうしても遠慮ができてしまう。
結局今も本能的恐怖に負けてしまいノインに任せてしまった。
(何だかんだで親友に嫌われるのは怖い、か。ままならないなぁ)
わずかの間にそんな事を考えたハジメは、すぐに意識を切り替え魔王城の招待を受けることにした。どうなるにせよクラスメイト達は助けなければいけない。この後に起きる出来事の段取りを考えながら内心重い溜息を吐いたのだった。
開けられたゲートを潜り抜け出てきた場所は巨大なテラスだった。疲労困憊という体の灰竜たちはどこかへ飛び去り使徒達もまたどこかに行ってしまった。残り十数名の使徒と、イシュタルが周りを囲んで待機していた。
フリードが先導し魔王城の中を進んでいく。そうして、石造りの長い廊下を進み、幾度かの曲がり角と渡し廊下を通って辿り着いた場所には魔王城の謁見の間へ繋がる入口というに相応しい威容を湛えた巨大な扉があった。権威を示しているのか太陽に見立てたと思われる球体と、そこから光の柱が幾筋も降り注いでいる意匠が施されている。
扉の前にいる魔人族に、フリードが視線で合図を送る。すると、その魔人族が扉の一部にスっと手をかざし、その直後、重厚そうな音を響かせて扉が左右に開いていった。
扉の奥は、フリードが“仙鏡”で見せた光景が広がっており、レッドカーペットの先には祭壇のような場所と豪奢な玉座が見える。映像通りなら、玉座の脇、巨柱の後ろ側に檻が設置されているはずだ。
空の玉座の傍へと近づいていく。そうして見えた映像通りの光景。
向こうからもハジメ達の姿が見えたのだろう。クラスメイト達が大きく目を見開き、ハジメ達に気がついた愛子と隣の檻にいるランデルとリリアーナも驚いたように大きく息を呑んだ。
「やぁ先生に皆。もうちょっとだけ大人しくしていてくれるかい。すぐに出してあげるからさ」
「南雲君…」
優しげな笑みを浮かべ、クラスメイト達と愛子に声を掛ければ、信じられないという顔でハジメを見つめる数多の目。クラスメイトの顔ぶれを懐かしいなと感じながらさりげなく周囲の状況をチェックした時玉座の背後から声が聞こえた。
「良い言葉だね。不安になってる者たちを安心させようとするその言動は自信と確信に満ちている。自分は失敗しない、負けないという自負を強く感じるよ」
玉座の後ろの壁がスライドして開く。そこから出て来たのは金髪に紅眼の美丈夫だった。年の頃は初老といったところ。漆黒に金の刺繍があしらわれた質のいい衣服とマントを着ており、髪型はオールバックにしている。何筋か前に垂れた金髪や僅かに開いた胸元が妙に色気を漂わせていた。
もっとも漂わせているのは色気だけではない。若々しい力強さと老練した重みも感じさせる。見る者を惹きつけて止まないカリスマがあった。十中八九、彼が魔王だろう。そして、神を名乗る“アルヴ様”とやらだ。
穏やかに微笑みながら現れた魔王に、ハジメはスっと目を細める。魔王と呼ばれている男に皮肉をぶつようとして傍らにいる少女に
遮れてしまった。
「…おじ…さま?」
「やぁ、アレーティア……。久しぶりだね。相変わらず、君は小さく可愛らしい」
その男はユエを裏切り奈落の底に封印した張本人だったのだ。
「……どうして…生きて」
「驚いているようだね。無理もない。だが、そんな姿も懐かしく愛らしい。三百年前から変わっていないね」
微笑む魔王。そしてその顔のままおもむろにその手をフリード達にかざした。 次の瞬間、ユエに似た金色の魔力光が閃光手榴弾の如く爆ぜ、一瞬、光で全てを塗り潰した。その光が、逆再生でもしているかのようにディンリードの手に吸い込まれて消えた後には、まるで電源が切れた機械のように崩れ落ちている使徒達やフリード、イシュタルの姿があった。
突然の出来事に唖然とするユエ達の前で魔王は如何にも緊張の瞬間を乗り切ったと言わんばかりに「ふぅ」と息を吐き、次いで、突き出していた手を頭上に掲げるとパチンッと指を鳴らしてなんらかの術を発動させた。
ハジメの魔眼に映るのはドーム状に広がる金色の障壁。但し、その用途は通常の障壁とは些か趣を異にしているようだ。
「盗聴と監視を誤魔化すための結界だよ。私が用意した別の声と光景を見せるというものだ。これで、外にいる使徒達は、ここで起きていることには気がつかないだろう」
「……なんのつもりかな」
まるで使徒と敵対している者であるような言動に、ハジメがスっと目を細めながら問い質した。
「南雲ハジメ君、といったね。君の警戒心はもっともだ。だから、回りくどいのは無しにして、単刀直入に言おう。私、ガーランド魔王国の現魔王にして、元吸血鬼の国アヴァタール王国の宰相――ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールは……神に反逆する者だ」
そこから語るディンリードの言葉は聞くものを驚愕させる言葉だった。
ユエの堰を切るような疑問に対してディンリード曰く
Q・なぜ三百年もの間生きているのか
A・変成魔法を習得していたため寿命を延ばすことが出来た
Q・アルヴという名と、魔王をやってるのは何故だ
A・エヒト神の眷属アルヴは反逆の機会をうかがっていた、が、器となる肉体が無いので探していたところディンリードを見つけた。
そのまま同志となり一つの身体に二つの魂となった。
Q・祖国を裏切り私を封印したのは何故
A・ユエの強さは目立ち過ぎた、だから神に目をつけられた。神から目を隠すため…守るために殺すという名目で封印した。
応答を終えたディンリードはふぅと息を吐くと穏やかな笑みで姪を見つめる。その表情はユエを大いに困惑させた。その表情は何時もユエが見ていた叔父の顔そのもので、どうしようもなく胸をかきむしられるものだった。
「アレーティア。どうか信じて欲しい。私は、今も昔も、君を愛している。再び見まみえるこの日をどれだけ待ち侘びたか。この三百年、君を忘れた日はなかったよ」
「……叔父様」
「そうだ。君のディン叔父様だよ。私の可愛いアレーティア。時は来た。どうか、君の力を貸しておくれ。全てを終わらせるために」
「……力を?」
「共に神を打倒しよう。かつて外敵と背中合わせで戦ったように。エヒト神は既に、この時代を終わらせようとしている。本当に戦わねばならないときまで君を隠しているつもりだったが……僥倖だ。君は昔より遥かに強くなり、そしてこれだけの神代魔法の使い手も揃っている。きっとエヒト神にも届くはずだ」
「……私は……」
ディンリードの言葉に動揺するユエ。そんなユエを包み込もうとでもいうのか、そっと両腕を広げるディンリード。
長年すれ違い離れ離れになっていた姪と叔父との感動の再会。そんな光景が目の前で繰り広げられようとする。だが突然の叔父との再会に揺れるユエの前に立ちはだかる者がいた。
「…聞いてもいいですか」
「君は?」
「ユエさんの『
立ちはだかった者それはシアだった。鋭い目付きは敵対者に出会った時の物で、全身から警戒と闘志があふれ出ていた。その事が説明の最中檻から解き放たれた人たちや仲間たちを驚愕させる。
「そうか、アレーティアにも友達ができたんだな。昔から政務に取り掛かりっぱなしで同年代の子とは上手く馴染めなかったんだ。君のような子がアレーティアの友達になれて私は嬉し」
「そんな事はどうでも良いんです。…いえ、ユエさんの過去は物凄く気になるんですけどね」
ディンリードの語りを遮り、多少の本音を漏らしながらもシアの目は殺意までもが溢れだしてきたのだ。親友の行動に驚きユエがシアを伺うように顔を覗き込むが、シアは一向にディンリードから目線を外さない。
「さっきから気になってたんですよ」
「ふむ?なにがだねシア君、アレーティアの疑問には全て答えていたのだが…」
「馴れ馴れしく私とユエさんを呼ぶんじゃねーんですよ。私が聞きたいことはただ一つ。どうして姪を見るその視線が
その言葉が響いたとき、仲間たち…特に香織が大慌てでシアの口を閉じようとし男である清水はユエとディンリードを交互に凝視した。
「シア!?一体何言ってるの!?相手はユエの叔父さんだよっ!?」
「は?欲情って…はあ!?近親…うっそだろ!?」
慌てている仲間たちを一瞥することもなくシアはこれまでのディンリードとユエとのやり取りを思い出していた。
シアはディンリードがユエの叔父と言った時から先の会話内容をほとんど覚えていない。それは後で誰かから聞けばいいと考えていた。それよりも違和感があったのだ。
姪と叔父。親と子の関係ではなくてもそこには家族間の溢れんばかりの愛情があるはずだった。だがシアの目からしてみればディンリードはどれほど叔父として親愛の言葉を言ってたとしても目だけがユエを女として…町の男達からいたるところで見られていた欲情した視線と同一の視線を感じ取っていたのだ。
姿形がユエの叔父だというのは間違いないだろう。だがその思惑だけは叔父としての物ではない。それはシアだけが気付いた女の直感でありカムと言う優しさと厳しさと溢れんばかりの父親の愛情を受けて着たシアだけしか気づけない物だった。
そしてその指摘はニチャリと笑う男の表情を見て間違いが無かったのだとシアは確信したのだった。
気怠さと鬱屈さは朝からずっと心にこびりついていた。どれほどその濁りを消そうとしても考えれば考えるほど、深みにはまっていく。
もやもやとした気分のままぼんやりと動いていた。誰かが喋っていたとしてもコウスケにとっては聞く耳を持てなかった。
(…じかん…じかんがたてば、おれは…)
無意識のままふらふらと動いていた。辛い時、嫌な時、事あるごとにコウスケはそうやって意識を外に向けないように過ごしてきた。
それは日本にいたときからの悪癖であり処世術だった。つらい現実から目を背けるため、好きな漫画やゲームを見て遊ぶ時だけは意識を覚醒させ存分に楽しみ、日常に戻るときは意識を閉じ無意識で行動してやり過ごす。
そうしなければ心が保てなかった。安易な考えに走りそうだった。自分が考えるよりも自分の心はとて脆く弱かったのだ。
(じかんがたてばもどるから…それまでそっとしててくれ)
体が自分の物だった時のショックは存外大きく、どうしてと言う疑問も晴れず、動揺が収まるまで誰も何もしてほしくなかった。
だが実際に現実はままならないもので仲間に連れ出されふらふらと氷竜の背に乗り、敵に囲まれてしまった。
(…うるさいなぁ)
敵なんてどうでも良かった。ただ真実が知りたかった。その思いは誰にも言えずふさぎ込むも、周りはガヤガヤと騒音を立てる。
仙鏡にリリアーナが写った時、心がかき乱されるもすぐにどうでも良くなった。只自分の手から離れてしまったと考えてしまったとき悲しみが大きく心を占めた。
(そうやっておれからとりあげるんだ…なんだよそれ、ひどいよおれのものなのに)
泣きたくなった。大きな声で喚き散らしたかった。だがそれもノインによって出来ずに終わった。鬱屈したものは再び心の奥底に閉じ込められることになった。
魔王城に連れられても只々無関心にやり過ごして、魔王が会話しているときも蚊帳の外を決め込んで…
そうして時間がたってようやくコウスケは意識を覚醒させた。
(あれ?)
まず理解したのは仲間たちが戦っている状況だった。何時の間にやらノインとよく似た集団が周りを囲んでいてその相手をノインとティオがしていた。シアは金髪の男へ飛びかかり香織はクラスメイト達の前へ、清水はイシュタルの魔法の迎撃をし、ハジメはおびただしい数の傀儡兵と魔物、そして使徒に囲まれながらもフリードに向かってドンナ―を向けていた。
次に理解したのは見ている光景の時間がとても遅いという事だった。知覚できるすべての状況がスロー再生の様に穏やかに進んでいた。
(戦ってる…俺も参戦しなきゃ)
しかしその思いとは裏腹に体は妙にゆっくりだった。意識だけが冴えているのかそれとも時間を操れるようになったのか。酷くどうでも良い事を考えながら、体を無理矢理動かす。
ようやく足が動き始めたとき体の横を誰かが吹き飛ばされていった。視界の端にちらりと見えた銀の髪。そして後ろから響く轟音
(ノイン?
まさか量産型に負けたのか、口にこそ出さないが、ノインは強いのだという過信があったのかもしれない。それともコウスケの予想以上に量産型が強かったのか。驚く事も放り捨て咄嗟に攻撃のすべてを自分に向けるように力を使おうとした。
その時だった。
周囲にはいなかったユエが光の柱によって拘束され様としているのをコウスケはハッキリと認識したのだ。
(マズい!)
あの光が何かをコウスケは知っている。知っているのだからこそ自分自身が動かなければいけなかった。先ほどまで無益な時間を浪費した自分を怨みながらもユエに向かって走る。
精神がようやく体に作用してきたのか、周囲がゆっくりとした動きの中ユエの傍までノンストップで走る。体に触れた使徒や魔物を文字通り吹き飛ばしながら一直線に駆けつけ、そして
(間に合った!)
ユエが光の柱によって捕らわれる刹那の瞬間をユエに体当たりをすることによって阻止するコウスケ。思いっきり吹き飛ばされてしまったユエを申し訳なく想いながらもほっと息を吐き…そして今度は自分光の柱によって捕らわれてしまった。
「あっら~ってふざけている場合じゃないな!」
手に触れた光柱の感触は硬質そのもので感覚的にちょっとやそっとでは壊れそうにない。外の時間がようやく元通りになる中、何とか脱出しようと空間魔法を駆使するもコウスケが
「くそっこのままじゃ!」
何度も拳を光の壁に叩きつけるが罅が入るだけで打ち破れない。そんな焦燥感と徐々に頭の中を何かが入り込んでくる不気味さを感じているとき声が聞こえた。酷く耳障りな声だった。
『…ようやくだ』
「ああ!?うるせぇんだよこのハゲ!今忙しんだからあっち逝けこのゴミ!」
『ようやく手に入れたぞ!高次元の…
「だからホモ臭いこと…言って……んじゃ…ねぇ」
体の中にずるりと変な物が入ってくる感触を受け、自分自身という不確かであやふやで何より大切なものが体から排出されるのを感じながら、眼前まで満身創痍になりながら駆け寄ってきた親友にコウスケは謝罪の言葉を残すのだった
「ごめ……迷惑…か、けて」
お次はもう少し早く投稿できるようにします