ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

118 / 126
お待たせしました。
矛盾が合ったら申し訳ないです

ではどうぞ


光と闇の終焉

 

 

「なぁコウスケ」

「ん?」

「今更かもしれないけどさ、あの場でお前が使徒を食い続けたらよかったんじゃないの?」

 

 極彩色で彩られた世界をスカイボード進みながら清水は唐突にコウスケに尋ねたのだ。もしあの空間の前で居座っていたのなら雪崩堕ちてくる使徒や魔物を無尽蔵に喰い続けたのでは無いかと考えたのだ。

 

「それも考えたんだけどなー でもそうすると何でもかんでも俺だよりになるわけで」

 

「だよなぁ。すまん只の妄言だ」

 

 そんな雑談を交わしながら様々な色が入り乱れた空間を進むハジメ達。途中で使徒五十人ほどに襲われたがあっさりとコウスケが魔力を食ってしまったので依然として消耗は一つもなかった。ボトボトとなにもできずに落ちていく使徒を見て何と言えない表情をする仲間達。

 

「チート過ぎる」

「私たちの活躍が省略されていますぅ」

「手間がかからぬというのは喜ばしい事のはずなんじゃがなぁ」

「今更の話ー」

 

 そうして奥の極彩色の壁を通り抜け出てきた場所は、整備された道路に高層建築が乱立する地球の近代都市のような場所だった。ただし、もう人が住まなくなって何百年も、あるいは何千年も経ったかのように、どこもかしこも朽ち果てて荒廃しきっていたが。

 

 今にも崩れ落ちそうなビルもあれば、隣の建物に寄りかかって辛うじて立っているものもある。窓ガラスがはまっていたと思われる場所は全て破損し、その残骸が散らばっていた。地面は、アスファルトのようにざらついた硬質な物質が敷き詰められているのだが、無数に亀裂が入り、隆起している場所や逆に陥没してしまっている場所もある。

 

 建物壁や地面に散乱する看板などに薄らと残る文字が地球のものでないことや道路につきものの信号が一切見当たらないこと、更にビルの材質が鉄筋コンクリートでないことから、辛うじて地球の都市ではないことが分かる。

 

「こういうの何だったっけ?ロストアポカリプス?」

「ポストアポカリプスだよ。大方、昔潰した都市でも丸ごと持って来たんだろうね。潰した記念にとか、建築技術一つにも今のこの世界にはない魔法が使われていた形跡があるし、散々発展させてから、トランプタワーでも崩すみたいに滅ぼしたんだろう」

「…暇人。変態。老害」

「悪趣味じゃのう」

「嫌ですねぇこういう自分の戦果を見せびらかしたい人って」

 

  地球でも、文献も残らない古代の都市は現代技術よりも優れていた、などと言うロマン溢れた話がある。この世界でも、神代には、科学の代わりに魔法を使って現代の地球に近いレベルまで発展した国があったのかもしれない。

 そして、そんな人々が積み上げてきたものを、あのエヒトルジュエは、嗤いながら踏み躙ったに違いない。哄笑を上げるエヒトルジュエの姿が目に浮かんで、全員、凄まじく嫌そうな顔になった。

 

 やがて、羅針盤に従い幾つ目かの交差点を通過した頃、ビルの谷間からロンドンのビッグベンそっくりな時計塔が視界に入った。どうやら、その時計塔に次の空間へ行くための入口があるらしい。

 

 ハジメは、羅針盤を懐に仕舞いながら、巨大な交差点の中央で時計塔に向かって進路を取った。ミサイルでこちらの様子をうかがっている敵に砲撃を浴びせながら

 

「うーん、この」

「先手必勝。物事はさっさと早期に解決するのが上策だよ」

 

 守護を展開し被害がこちらに掛からないようにしながら呆れた顔のコウスケ。最もハジメからしてみれば交戦するつもりもなく面倒事を終わらせたいと考えがあったのだ。荒廃した都市を更地にするがの如く爆撃を繰り返したハジメ。

 

 廃ビルが瞬く間に崩れ落ちる中、不意にミサイルが着弾せずに爆発した。嫌、止められてしまったとでもいうべきか。警戒を露わにするハジメ達の前にそれは出できた。

 

「流石は我が神に歯向かう者達。いささか派手でありますがこの兵器は末恐ろしい物でございますな」

 

 純白のローブを身にまとい神官としては派手とも取れる装飾を施したイシュタルが空から現れたのだ。先ほどまで都市一つを更地にするかのような爆撃があったにもかかわらず服装には微塵にも汚れが無かった。その汚れのない服装に合わせるかのような余裕の表情を向けてくる。

 

「ですがここまでです。私が来たからにはここから先へ通すわけにはいきません。主の栄光を見ることもなくここで果てなさい」

 

「テンプレ発言ありがとう。でもさ、そう言った奴に決まって止められたことは古今東西一度もないんだよね」

 

 銃を構え面倒を隠さない表情のハジメ。すぐにケリを付け終わらせるつもりだったが前に出てきた清水によって先手を制することは出来なかった。

 

「…どういうつもりかな、清水」

 

「まぁ、なんだ。アイツはオレがやるからお前らは先に行っててくれないか」

 

 ほんの少しだけ困ったように笑った清水はそう言うとほぼ無詠唱で闇の弾丸をイシュタルに向かって放った。放たれた弾丸は光の防壁によって塞がれてしまうがその事を気にすることなく何度も打ち続け廃墟に突っ込ませながら清水は言葉をつづけた。

 

「人には役割って奴がある。南雲、コウスケ。お前たちがエヒトと戦うようにオレにも役割があるんだ。お前らは先に行ってエヒトの糞野郎をぶっ飛ばしてこい」

 

 皆で一斉にボコった方が早いんじゃないのか。その言葉はハジメの口から出てくることは無かった。どこか哀しげな清水のその表情が正論を言わせるのを遮ったのだ。

 コウスケに視線を向けると苦い表情をした後は仕方ないとでもいうように肩をすくめた。ほかの皆は口を出す気は無かった。全員が清水の意思を尊重しようとしていたのだ。それでハジメも説得するのをやめる事にした

 

「分かった。それじゃ僕達は先に行く」

「苦戦するようだったら逃げれば良いんじゃぞ?」

 

「おう、……あ、コレってあれじゃね?『ここは俺に任せて先に行け!』って奴じゃね?」

 

「それ、オタクなら何時かは言ってみたい台詞№2じゃねえか!?」

 

「……『別にアイツを倒してしまっても構わんのだろう?』」

 

「うぉ!?名台詞までもか!?ドヤってるのがさらに腹立たしい!」

 

 ニヤリと笑う清水に笑いながらバンバンと肩を叩くコウスケ、そして笑い終えると淡く光る()()()を気付かれない様にそっと清水の身体に押し付けた。問題なく青い球が入ったのを確認すると一言つげハジメ達と共に去っていった

 

「『またな』…ってか。やれやれ随分と人が良い勇者だ。ほんっとあんなエヒト以上の事をやってのけた奴と同一人物なのかねぇ?」

 

 頬を掻き苦笑する清水。何でもない事のように言ってたコウスケの言葉が随分と難しく感じていた。その証拠に闇の弾丸を何度も受けたはずなのに硝煙から出てきたイシュタルは怪我一つなかったのだ。無論顔に疲弊の表情さえ浮かべていない。どうやらエヒトによってかなりの強化を施されたようだった。

 

「よう、待たせちまって悪いな」

 

「いえいえ、それより仲間たちとの最期のお喋りは終わりましたかな?」

 

「まぁな。最も最後にするつもりはないんだけどな!」

 

 言い切ると同時に影でできた槍を射出する。その槍が放たれたのと同時にたった一人の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――本当は分かっていた

 

 

「そら!デモンズランスってな!」

 

 影で作られた槍を迫りくる傀儡兵に向けて乱雑に発射する。放ったうちの数本は外れてしまったが敵の数が膨大だったので殆どが体を吹き飛ばしながら散っていった。

 

「やったか!?…なんて言う訳ねぇだろ!ゴキブリ見たいにワラワラと!畜生め!」

 

 だが、廃墟からまた無数の兵がわらわらと湧きだしたために清水は逃げる事を選択するしかなかった。独り対多数。その戦況のマズさが身に染みてき始めてきた。

 

 清水がイシュタルと対峙した直後からわき出した人間の兵士。本来なら言葉を話すべきそれらは人形の様に武器を振り回し数に身を任せて清水に襲い掛かってきたのだ。

 

「彼らは皆、エヒト様の御力を授かったのですよ。信仰する神から力を得られるとは彼等も鼻が高いでしょうな」

 

 悦に浸る顔を隠そうとせず説明しだしたイシュタルの言葉を解釈すると元は神殿騎士だった者達。それが信仰する神によって人形になってしまうのでは何とも皮肉な話だった。最も清水からしてみればどうでも良い話ではあったのだが。

 

「随分と粘りますな。普通の者ならもう疲弊し倒れきっても可笑しくはないのですが」

 

「はっ!そう簡単にくたばるほど柔じゃないんでなぁ!」

 

 近づかず離れずという距離で空から偵察しているイシュタルに悪態を返す清水。現状イシュタルは攻撃して来なく傀儡兵に任せているのが今の状況だった。舐められているとは思えどそのおかげで現状を保っているのもまた事実でもあった。

 

「いやはや、何一つとして注目するところのなかった只のオマケがここまでだとは驚きの誤算ですな。どうでしょう?我が主のもとに来るというのはいかがでしょうか」

 

「あ?何ほざいてんだお前。信仰のし過ぎで可笑しくなったか?」

 

「これは私からの本心ですよ。その闇魔法の才、今ここで消すには余りにも惜しい。私からエヒト様に掛け合いましょう。そうすれば貴方はその才を存分に生かすことが出来ましょう」

 

 声に偽りを感じない。それが清水の率直な意見だった。前はもっと人を見下した感じのする嫌味な男だったがエヒトに直接触れたことで心に余裕ができたのか随分と寛大になっていた。まるで誰かさんと似ていると内心皮肉に思いながら煙幕を張る。広範囲に夜闇を落とす攻撃力のない魔法だった。

 

 傀儡兵が錯乱している隙にその場から走り出す清水。その耳にイシュタルの声が響いていた。

 

「よく考えなさい。貴方が故郷に戻っても今以上に必要とされることは無いのですよ」

 

 

 

 

 

 

 闇と影の魔法を使い距離を離したところで自身の存在を闇に潜ませる。偶然にも場所が廃墟なので身を隠す場所は無数にあったのだ。

 影に身を隠し一息つける清水。先ほどまで障害物の多い戦場を飛んで跳ねて魔法を使い独りで戦ってきたのだ。目を背けようにも着実に疲労は

溜まっていく。

 

「……分かっていたさ。オレの居場所はどこにもないってさ」

 

 重い息を吐き自身の影を見ながらポツリと吐き出した言葉。それが清水の偽らざる本音だった。

 

 死にかけていたところから救われ補正と名の自我を確立し、何か手助けをできればと考えた。コウスケ達にとって邪魔な存在になる裏切者である中村絵里と檜山大介の存在を排除した。それが生かされた清水幸利の役割であり存在意義だったと清水は考えたのだ。

 

「どんなに訓練したって、努力したって、お前らには追い付かない。…追いつけられ無い」 

 

 仲間としてついて行ったが本当は居なくても問題なかった。その考えがこびりつき拭うことが出来ない。だからイシュタルとの戦いを買って出たのだ。少しでも役に立てれば、少しでも自分がいたという証を残したかった。

 

「…それでイシュタルを倒したところで日本に『オレ』の居場所はどこにもないんだけどな」

 

 自嘲するようにつぶやき溜息を吐く。性格人格、行動何もかもが清水幸利とは違う自分は日本に居場所はない。正確に言うなら清水幸利の居場所を取る気はないとでもいうのだろうか。本人ではあるが本人ではない。

 

 そんな事を考えていてしまったからか周囲に漂う微かな気配に気が付き廃墟から飛び出した時には、四方八方を取り囲まれてしまった。僅かに舌打ちをし、覚悟を決める。そんな清水をからかうように上空からイシュタルが現れる

 

「さて、鬼ごっこは終わりですな。どうでしょう考えていただきましたか?」

 

「返答は断るだ。そもそも勧誘するんだったらこの世界に来た時点でやっておくんだったな。馬鹿な『俺』だったらほいほいついて行ったぞ」

 

「なるほど。では今後はそのようにすると致しましょうか」

 

 タクトを振るかのように降ろされた指の動きに合わせて周囲を囲んでいた傀儡兵が次々と飛びかかってくる。数は百を超えるだろうか、ただ無数に突き出される剣戟を躱すしか清水には行動が残されていなかった。

 

(まるで!まな板の上のっ!鯛って奴だな!違った鰯かっ!?)

 

 心の中でアホな事を考えながら突き出される槍に脳天をかすめる剣、身を焦がす炎をや、切り裂いてくる風を躱して行く。詠唱する時間も余裕もない。術師が本職である清水にはユエの様に無詠唱が出来ず、ティオの様に変身するという事すらできないのだ。

 

「ふむ。中々持ちこたえますな。ですが…」

 

 上空から感じる魔力の集まり。何をしようとしているのか一目瞭然だった。イシュタルは周りにいる傀儡兵ごと清水を魔法で攻撃しようとしているのだ。

 

(やべぇな…いや、今更か。どうせ何かを犠牲にしないと勝てない。だったら…掛けてみるか。()()()()に!)

 

「それではこれで終わりにしましょう。私にはほかにするべき事があるのでして」

 

 咄嗟に自分の影に目を向け魂魄魔法を使うのと放たれた言葉と共に純白の光が降り注いだのはほぼ同時だった。当たれば消滅する究極を超えるであろう光系統の魔法。レーザーとなって降り注ぐそれを間一髪清水は闇の障壁を生み出して防ぐ

 

「っっ!?」 

 

 交わるは白と黒の光。純白の光に当てられたものはこの世から強制的に退出され、黒の光によって防いでいる清水は何とか五体を保つ。最もそれも時間の問題だった。黒の障壁が徐々にひび割れていくのだ

 

「クハハッハハ!!やはりエヒト様から多大なる恩恵を受けた私にとって高次元の貴方は塵芥に過ぎなかったという事ですか!」

 

「うぉぉおおおお!!!!」

 

 声を張り上げ持ちこたえようとするが、どんどん押し負けていく。これがコウスケだったのなら問題なく防ぎ逆に押し切ってしまうのだろう。これがハジメだったのならそもそも最初から決着はついていた。友人と呼べるはずの男達を思い出しフっと苦笑いをしてしまう。友人の力になりたいと考えていたが果たして自分は本当に役に立てたのだろうか、対等に並べたのか。そんな考えが頭をよぎった。

 

(…オレは…ここまでか。全く本当に…)

 

 視界の中に映る黒い光が消えていき純白に染まっていく。結局最後まで共に行けなかった事。約束を破るようになってしまった事を内心で仲間たちに謝りながら最後の言葉を吐き出した

 

「……なぁ『俺』…お前は……オレだ……忘れるな…よ」

 

 

 

 

 

 そして『清水幸利』は光の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。多少は手こずりましたが所詮はこんなものですか」

 

 顎髭を触りながら崩壊し砂塵を巻き上げている廃墟群を見て呟くイシュタル。傀儡兵の大半を失ってしまったが、痛手では無かった。どうせまたすぐに作り出せる消耗品だったのだ。それよりも希少な闇魔法の才能の持ち主を失ってしまったのが少しだけ残念だった。

 

「あれほどの男ならば、主の手を煩わせずに矮小なる者達を操ることが…まぁ消え去ってしまったのは仕方ありませんな」

 

 主であるエヒトの手を煩わせずに雑事を増やせる駒がほしかったのだが居なくなったものは仕方ない。そう考え踵を返そうとした時だった。小さな物音がしたのだ。

 

「おや?あの者の魔力反応は途絶えたはずですが…」

 

 魔力探知の技能には何も居ない事が分かっている。その筈だったのだ、しかし砂塵が消えた時イシュタルが自身がどこかで慢心していたのを知るのだった。

 

「…こ、ここは…『俺』は」

 

 そこにいたのは先ほどまで戦っていた清水幸利だった。だがどこか様子がおかしい、辺りをきょろきょろと見回し不安そうに顔を青ざめていたのだ。

先ほどまで戦っていた人間とは思えないほどに

 

「何なんだよコレ…何でこんな所に?…そうだ、思い出した。アイツが俺の身体を使って」

 

 錯乱しているのか自身の頭を抑え込み何やらブツブツと呟き始める清水。敵意もなければ先ほどまでの魔力の強さも感じられない只の少年。それがイシュタルから見た今の清水幸利だった。どうするべきかと考え取りあえず始末しようかと考え近づくとイシュタルに気付いた清水は先ほどとは考えられないほど情けない声を上げた 

 

「ひぃ!?お、お前は!?」

 

「…どうしたのです。そんな怯えて」

 

「や、やめろ!やめてくれ!死にたくない!俺はまだ死にたくないんだ!!」

 

 途端に悲鳴を上げ尻もちを着きながら後ずさる清水。涙があふれ鼻水をたらし見るものが哀れみを覚えるほどの表情を浮かべる目の前の少年。その真意を探ろうとスッと目を細めるイシュタルその姿に殺されると思ったのか清水は命乞いをし始めた。

 

「頼む!殺さないでくれ!アレは俺がやったんじゃないんだ!だ、だから頼む…そ、そうだ あんたに忠誠を誓う…何でもするから…殺さないでくれ…」

 

 先ほどとは別人のように喚き散らしみっともない無様な姿をさらす清水の言葉にイシュタルはそれが本音で語っていると判断した。本当ならここでさっさと始末するべきだと思ってはいたものの目を逸らさず暗く濁った眼でイシュタルの目を見るその姿は心折れた者の目だったのだ

 

 これは使えるかもしれない。どういう事情があるにせよ先ほどとは違うその人格に嘘は見受けれない。なら使える物は使い潰すそんな気持ちで声を掛ける事にしたのだ。

 

「なるほど、分かりました。なら我が主エヒトに忠誠を誓うというのならその命助けてあげましょう」

 

「本当か!?なら誓う!エヒトに忠誠を誓う!」

 

 自身の主に敬称を使わない清水にイラつきを感じるもののイシュタルは程良い快感に満ちていた。使える駒が手に入った事、労力をそれほど使わなかった事、色々な要因はある物の見下した人間が必死に命乞いするその姿がイシュタルの自尊心を満たして仕方が無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

(そうだ…これでいいんだ。これで俺は生き残れる)

 

 イシュタルの別人ではないかと言う見方は当たっていた。光のレーザーに直撃した時にコウスケによって作られた人格(補正)は消えてしまったのだ。体を覆うような感触で自分の代わりをしていた全く違う自分、その命が消えたときに清水本人が現世に現れたのだ。

 

 いきなりの現実に戸惑うものの白昼夢のような感触である程度の現状は理解できていた清水は、すぐに自身を一度殺したイシュタルに命乞いをした。先ほどまでの戦闘能力はすべて別人が生み出していた物で清水本来の力はウルの町で瀕死になったあの時と変わっていなかったのだ。

 

(あくまでも俺が戦えていたのはアイツが勝手にやっていたから、だから俺が敵う筈がないんだ!)

 

 弱者は強者にへりくだるのが定めだと言わんばかりに無様な命乞いをした清水。その事に気を良くしたイシュタルは愉快そうに顔をゆがめると踵を返した。今後どうなるかはわからないがひとまず命をつないだことでホッとする清水。

 

(こうやって大人しくしていれば、助かる。これは仕方ない事なんだ…生き残る為、だって俺は弱いんだから…生きたいって思う事は悪くない…だから俺は悪くない)

 

 そして始まったのは言い訳の連続だった。脳内で必死に自分の弁護をする、生きるためにやったことだ、自分は弱いから仕方ない、等思いつく限りの中で今の自分の行動の正当化を誰かに訴える様に思いつく限り述べた。

 

 そしてふとなぜ自分が言い訳をしているのか疑問に思い…そして気づいた。

 

(……アイツらに失望されたくない?)

 

 自分とは関わり合いのない男女。他人であるし話すこともなかったクラスメイトでもある。今までの会話なんて自分ではない誰かがやっていたのだ。それなのに彼らを裏切る様な真似をしてしまう事がどうしても清水には引っかかってしまうのだ。

 

(何でこんな時にアイツらの顔が浮かぶんだよ……俺には関係ないじゃないか)

 

 だが、清水のその思いに反して脳内によぎるのは今までの旅のなんでもない日常の風景だった。そこには清水が捻くれ不貞腐れる前にあった穏やかな日常があったのだ。誰もが清水を一人の人間として接していた。美少女である女の子たちは異性として自分を見る事はついぞなかったが、それでも憧れの女の子との会話であり程よい温かさを感じた。

 

 そして、同じ趣味を持ち誰よりも気安く気兼ねなく気楽に接することが出来た男が二人。清水が心の奥底で無意識に求めていた『友達』との会話

 

(……ッ! でも無理だ!無理なんだよ!俺はアイツじゃないんだ!コイツを…イシュタルを倒せるなん…て?)

    

 彼らとまた会いたいと思った。でもその資格も障害を打ちのめす力も今の清水には無い。いつの間にか彼らに肩を持つ思考になっている自分に困惑して、でも何もできない現状に歯噛みして唇をかみしめ俯きそこで自身の影を見た。

 

 その影は異様に黒くゆらゆら動いていた。イシュタルの持つ光の力に反するかのように、又は清水の意思を暗く推奨するかの様にゆらゆらと不定形な形を作っている。

 

『オレは お前だ』

 

 不意に誰かの言葉が聞こえたような気がした。その言葉は先ほどまで体を奪っていた者の言った言葉だった。

 

(俺は…アイツ。アイツは…俺。なら俺にも…出来るのか?)

 

 力は無い。行動力も意思も遥かに劣っている。でもその言葉が本当なら自分にだってできる事があるはずだ。暗く濁る己の本性に合わせるように影がより暗くなる。それは以前のような闇夜の静かな暗さではなく人間の醜さを表したかのような濁りを形どった黒い剥き出しの闇だった。

 

(…やってやる。やってやるんだ。アイツにできるのなら俺だって…やるんだ)

 

 イシュタルは何やら言葉を発しているが清水にはもう聞こえない。強者特有の弱者は何も出来まいという慢心と油断があふれ出ていた。だから清水は一歩近づく。この高慢な男に破滅を知らしめるかのように

 

「さぁ、まずは我が主の忠誠の為にあの者達の能力を教えなさい」 

 

「ああ…アイツらか 能力ねぇ…言ってもいいがそう言う問題じゃない。ククッ知ってるか?アイツは正真正銘、俺達とは次元が違う生き物なんだ。」

 

 ユラリともう一歩だけ近づく。射程内の距離に入った。清水の影が大きく形を変え龍の姿へと変わる。イシュタルはまだ気が付かない。今からすることのやり方は知ってる、制御なんてする必要はない。そもそも制御なんてできるほどの技量もない。

 

「次元が違う生き物…ですか?」

 

「ああ、そうだ。アイツにとって俺達は只の盤上で踊る駒なんだよ。どいつもこいつもただアイツを楽しませるためだけの…いいや、もしかしたら()()()()()()()()()()()()()

 

「道化?我らが盤上の駒だと?一体何を考えて…む、貴様その影はっ!?」

 

 イシュタルがほんの一瞬思考に嵌ったそのわずかな隙に清水は魔法を発動させた。詠唱は必要なく言葉はいらなかった。只々心の中で念じたのだ。

 

『全部腐らせろ』と

 

 

 清水の影は一瞬の間に東洋の龍の形を連想させるほどに大きく細長く伸びあがるとイシュタルと清水を見てニチャリと口を広げ…黒の吐息を放ったのだ。その吐息はティオのレーザーとは違い周囲に巻き広がる様に両者を襲い掛かる。

 

「グッ!?『光絶』!」

 

「無駄だ。俺もあんたもこれから逃げられない」

 

 生理的怖気を感じさせるその吐息に対してイシュタルは咄嗟に結界を作ったが…無駄だった。瞬く間に張られた結界を通過しイシュタルは吐息に包まれる。無論それは清水も同様だった。

 

 清水とイシュタルが同時に倒れ伏したのを見て満足したのか黒い龍は辺り一帯に正気をまき散らしその後溶けるようにして消えていった。後に残ったのは倒れ伏した清水とイシュタルだけだった。

 

「グゥっ!? ガハッ…な、何なのだこれはっ!」

 

「ひっ…ひひっ…ひははは!!」

 

 悶え苦しむイシュタルを見て嘲笑する清水。靄の様な闇が晴れたときそこに現れたのは体が徐々に腐敗していく両者の姿だったのだ。

 

 清水の身体はあちこちにイボのような出来物ができておりそれが膨れ上がると弾け飛び腐臭を辺りに待ち散らしているのだ。顔、手足、体、どこにも同じものができており徐々にその数は増えていく。最も数が多いのは顔だった、右顔面がイボで覆われ紫色に変色しており、右目が膨張しているのか今にも飛び出そうだった。

 

 そんな清水の目の先にはイシュタルもまた同じように体が変質しつつあった。だがそれは清水の比ではなくもっと深刻だった。

右足が溶け出し始めてドロドロとした赤黒い肉と白い骨が見え始めてきた。左足は膨張し始め空気でも詰めているのではないかと思わせるほどパンパンに膨れ上がってきた。右手は干からびていた、骨と皮だけのやせ細ったというより只の枯れ枝がくっついているという表現が正しい。左腕は捻じれていた、渦巻くその形はもはや腕としての機能することは出来ない

 

「何故だ!何故治らない!?神の御力を授かったこの私の魔法が何故通用しないのだ!?」

 

 辛うじて症状が少ない顔は焦燥に駆られながら必死に治癒の魔法を唱えているが、効果は一向に現れない。寧ろ徐々に体の腐敗が進んでいく。

 

「ひっひひ、無駄に決まってんだろ、アイツが仕掛けた取って置きだ、俺が使った魔法だ。そんな簡単に…ガっ!?グボッ!? オェェエエ…」 

 

 イシュタルを嘲る清水だが被害は決して軽度のものではない。嘲笑うその口から嘔吐をしたのだ。出てきたのは黄色い液体と赤黒い肉片。そして白くもぞもぞ動く小さな虫…蛆だった。びちゃびちゃと吐き出される清水の吐しゃ物から出てくる蛆の数は体中が虫の巣窟かと思わせるものだった

 

(……ひひ)

 

 発狂してもおかしくないこの状況の中どこかで清水は笑っていた。清水がやったことは詰まる所只の自爆だった。自分も相手も何もかもを巻き込んでの自爆であり、これしか清水ができる事は無かったのだ。自身の影に自分しかわからない力が込められていたのを知った時清水は決断をした。自分もろともコイツをここで倒すと。

 

「わ、たしは……エヒト…様。どうかお力を…」

 

「ゲホッ…ゲホッ……何やってんだよ…俺もお前も、本来…来るべきだった時が来ているだけだろ」 

 

 体からボトボトと内臓を取りこぼしながらここにはいないエヒトに救いを求めるイシュタルに苦い笑みを向ける清水。

 

 本来ならウルの町で自分は死ぬはずだった。胸に大穴を開けられ、誰も助けようとはせず、誰かの思い出になる事もなくただ惨めに無残に朽ち果てていくはずだった自分。それが奇妙な縁で生き残ったのだ。それはイシュタルも同じでありコウスケから聞いた話ではイシュタルもまた何も出来ず犬死をしていく運命だったのだ。

 

 小さな音を立て右目が破裂したのをどこか遠くで聞こえたように感じながら同じように死ぬべき時に死ねず()()()()()()()()()()()を見る。自身よりも腐敗の進行が早いイシュタルとの差は只闇魔法に耐性があるかどうかの違いでしかない。

 

「……ト……様…」

 

 空に手を伸ばし殉教者の様に祈ろうとするイシュタルの姿はいっそ神々しく見えた。だが体はもはやその命を終えようとしていた。

 右足は溶けて左足は破裂しており右手はぽっきりと取れ左腕は赤黒い肉塊へと変貌していた。体からは内臓が零れ落ちもはや残っているのは何もないのではないかと思わせた。顔は頭髪が抜け落ち顎が零れ落ちようとしている。

 

「……」

 

 最後に何かを言おうとしたのか、その声は音になる事はなく…狂信者イシュタル・ランゴバルトはそのまま肉塊へと変わり崩れ落ちていった。

 

 

 

(…はぁ)

 

 言葉を出す力は無い、腐食の進行を止めるすべも見当たらない。ただその時が来るのを待つのは不思議な気分だった。

 まだ生きたいと願っていたはずなのに、どこか悟ってしまっている自分が居る。出来物は七色に変色し数を増え、ドロドロと腐汁を出し始めている。唯一残った左目で自身の身体を見て見れば蛆が繁殖し始め元気いっぱいに体中を這っていた。

 

 死がもうすぐやってくる。その事実を受け止めるとようやく一滴の涙が出てきた。だがその一雫で最後だった。体を支え切れなくなり仰向けになる清水。頭髪はもう無い、手足は動かない、心臓も役目を終えようとしている。思考もだんだん鈍くなっていく。

 

『おーい、清水ー!』

 

『清水、何してんのさ』

 

 幻聴が聞こえる。それは両親ではなく、兄弟でもなく、おぼろげな記憶の中で自分を呼ぶ少年たちの声だった。返事をしたくても声は出せない。その資格があるのかすら分からない。それでもわずかに残っていた恐怖心がそれで無くなってしまった。

 

 

(……友達……欲しかった……な)

 

  

 出来る限りの力を使い手を空へと伸ばす。現実の空が灰色だったとしても記憶に残っている鮮やかな青空のような光へと手を伸ばし…ぱたりと腕が地面へと落下した 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして清水は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動かなくなった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次も時間がかかりそうです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。