ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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お待たせしました。
ちと読み辛いかもしれませんが楽しん頂けたら幸いです




嘆きは遠くに

「……ばーか」

 

「どうしたの?」

 

 大海原を疾走するスカイボードの上でコウスケがぼそりと何かを呟いたのをハジメは聞き洩らさなかった。何かあったのかと思い問いかけるが苦笑いをするだけで答えてはくれなかった。

 

「何でもない、それより後どれくらい進めばいいのかね?」

 

 どこか寂しそうなその表情からして何と無く察したハジメだが口にするのはやめておいた。聞いてほしくないと雰囲気で出しているからだ。話題を変える様に羅針盤を取り出しそろそろ終着点が近いことを報告する。

 

「あと、次か、その次ってところかな」

 

「そっか。…ああ、そうだ…そう言えば海だったな」

 

 どこか上の空で聞いていたコウスケは眼下に広がる海を見て何やら納得がいった顔を見せる。なんとなく気まずい雰囲気が広がりそうになるのをシアが元気よく喋り始めた。

 

「ならもうすぐですね! ここまで良い所を一つも見せれなかった私が大暴れをして見せますよ!」

「ん。腕が、違った。私の魔法が唸りを上げる」

「…うむ。そろそろ妾も活躍する所を見せねばのぅ」

 

 合わせるようにユエとティオも続く。現在ハジメ達には消耗と言った消耗がまるでみられなかった。向かってくる魔物や使徒はすべてコウスケが文字通り消し飛ばしてきたからだ。 

 

『…頼っておるつもりではないが、ちとマズいのぅ』

 

『同じく。…嫌な予感』

 

『予感どころかマズいってレベルじゃありませんね。正直圧が一層増しています』 

 

 念話を使いひそひそと話をする女性陣。内容はコウスケの魔物の排除だった。最初は頼もしく楽であった。次に感じたのはやり過ぎではないかと言う違和感だった。そして今は止めさせたいという思いだった。

 

 清水と離れたあたりから最初は手を使い遊ぶように魔物を刻んでいたが今となっては一瞥するだけだった。たったそれだけで命を散らしていく魔物たち。同情をするつもりはない。だがやり過ぎであり、無言で行っているあたり一層達が悪かった。

 八つ当たりや遊んでいるのなら止めることが出来たのだが今やほぼ作業の様になっており、清水を心配して可笑しくなっているのかもしれないというのが女性陣達の認識だった。

 

『大体魔物を殺すたびにこっちが感じるプレッシャーが大きくなっているんですよ!?辛いですぅ!』

『牙を研いでおるともいうのかもしれぬが…ちと怖いのぅ』

『どうしてハジメは止めないの?…むぅ、これだから男って…仕方ない私が一肌脱ぐべきか』

 

 今も目の前で全長三百メートルはあろうかというほどの海龍が出てきた途端三枚の開きになっているのだから笑うに笑えない。

 

「コウスケ。清水はきっと平気。心配しなくてもきっと駆けつけてくる」

 

「知ってるよ。…知ってるさ、アイツがどういう奴かぐらい」

 

 会話が妙にかみ合わない。心ここにあらず、そんな感触が伝わってきてユエは溜息を吐く。どうにも精神状態が不安定だ、浮き沈みが激しい、好調であれば不調でもある。苦言を漏らせばほんの少し目の色を取り戻した。

 

「なら、変な顔をしない。今のコウスケ様子が変」

 

「…そうか? そうかもな。すまん色々考える事があって」

 

「ならしゃんとする。油断も慢心も禁物」

 

「…うん」

 

 ようやく話を聞いたコウスケにやれやれと肩をすくめるユエ。これから相対するのは邪神エヒトなのだ。しっかりしないと足元をすくわれてしまう。そう忠告する様に視線で訴えればコウスケは自身の頬をパンパンとはたいた。

 

 

 そうこうして居る内に大海原の世界を超えいくつもの巨大な島が浮遊している天空の世界に飛び出した

 

 直径が数十メートル程度の島もあれば、数キロ規模の島もある。どういう原理か、浮遊島から途切れることのない川の水が流れ落ち続けている。高さ故に、途中で滝からただの霧に変わって、白い霧が周囲を漂っている光景は中々に幻想的だ。

 

 浮遊島の上は、どこも緑に溢れているようで、草原もあれば、森林もある。ただの岩の塊といった様子の浮島は一つもなかった。

 

 眼下の広がる雲海。目線の高さに棚引き、あるいは上空を漂う綿菓子のような雲。今にも甘い香りが漂ってきそうだ。太陽はないのに燦々と光が降り注ぎ、雲の隙間を縫って光の柱――俗に言う〝天使の梯子〟がいくつも出来ている。

 

 数多の浮遊島と溢れる白雲、そして降り注ぐ光芒。とても荘厳で神秘的。何も知らず、ここが天上の世界だと言われれば無条件に信じてしまいそうである。ハジメ達は、ほんの少しの間、その光景に目を奪われた後、頭を振って先へと進んだ。目的地は、数ある浮遊島の中でも一際大きな浮遊島。羅針盤はそこを指し示している。

 

「ラ○ュタは本当にあったんだ…」

「城じゃないけどね。でも一度浮遊する城なんてもの見たかったなぁ」

 

 スカイボードを飛ばしながら雑談をしていると強烈な気配をとらえた。全員が警戒に入る中、その人物は現れた。

 

「来たか。神に反逆する者達よ」

 

 魔人族――フリード・バグアーだった。

 

 

 

 

 

 

「ここから先は神の従僕であるこのフリード・バグアーが相手をしよう」

 

「ようフリード。こうやって話すのは王都以来か?まぁいいやお前そんなところで何やってんだ?そっちについていると破滅するぞ?」

 

「黙るがいい神に歯向かう者よ。それ以上は我が主の侮辱とみなす」

 

 向けられる視線は空虚なもので言葉は酷い棒読みだった。会話が跳ねのけられたにもかかわらずそんな事を考えてしまうのはフリードの浮かべる能面のような表情をどこかで見たことがあるからだろうか。どこか懐かしくなり考えるコウスケに変わってハジメが言葉を続ける。

 

「それで、その神の下僕になった男が門番を務めるの?別に構わないけど…死ぬよ?」

 

 別に相手をするのは構わないがその場合容赦をするつもりはない。一応ハジメもフリードの手紙を読んだのだ、敵になるわけではないのなら危害を加えるつもりは無かった

 

「…確かに私は門番だ。まぬかれない客は排除するが、通してよいと言われた者には何もしない。イレギュラーお前は通るが良い。エヒト様がお待ちだ」

 

 フリードは僅かに顔を歪ませたがすぐに表情を戻すとハジメに向かって指をさす。エヒトから指名が掛かっていることに対してハジメは薄く笑う。全てはやはりコウスケの読み通りだったのだ。

 

「ふぅん…そういう事なら、って皆はどうする?」

 

「なら私たちは力づくで突破する」

 

「頼もしい、という事で運んでくれるんだろフリード?エヒトの所に、南雲をさ」

 

 楽でいい。そのコウスケの問いに先ほどまで無表情だったフリードの顔に感情が現れだした。無表情だった端正なその顔は醜く歪んでいく。それはまるで今にも感情が爆発しそうで住んでのところで押さえつけられている、そう思わせるような顔だった。 

 

「貴様…私は……私は、命乞いをし無様に落ちぶれるところが見たいのだ」

 

「…?」

 

「みっともなく喚き散らし、自らの愚かさを理解しそれでもなお命乞いをし哀れで滑稽で…そうやって死ぬところを私は見たいのだ」

 

 コウスケに向けられたその言葉。怒りと憎悪を感じるその言葉を受け…コウスケはクスリと笑った。ようやくフリードの本音が聞こえたような気がしたのだ。

自分に向けられるその感情こそが魔人族の長だった男が抱いている願いだと。

 

「っは。悪いがお前は見らねぇさ。そんな無様な所なんて、とてもとても」

 

 あざ笑うかのようにしてみればそれでフリードは興味を失かったかのようにコウスケから視線を外した。その直後フリードの背後にゲートの空間が出てくる。その奥は真っ白な空間で先には何があるのか何も見えなかった。恐らくこの先にコウスケの身体を奪ったエヒトルジェが待ち構えているのだろう。

 

「それじゃ皆 行ってくるね」

 

 一度仲間たちの顔を見てハジメはきっぱりと宣言した。この場を任せたと女性陣に目で語れば頼れる三人はしっかりと頷き、ニヤニヤと笑っているコウスケを無視してハジメはゲートの奥へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートが音もなく閉じたと同時にフリードの背後に光が現れ其処から無数の魔物と神の使徒達が湧いて出てくる。視界を負うほどの魔物の数はざっと二千体といった所だろうか。

 どれもこれも、最低でも…奈落の最下層レベルの力を感じる。今まで見たことのある魔物もいるが、そのどれもが、見た目からして進化していた。

 

 が、その魔物より目立つのは空を覆うは灰竜の群れとその乗り手達だった。灰竜は、一体一体が、【グリューエン大火山】で相対したときの白竜と同等レベルの力を保有しているようだ。

 そしてその灰竜の乗り手はもとは魔人族だったであろう兵士たちが目を剥きがらこちらを睨んでいた。元は褐色だったその肌は全員が透けるような白を通り越して死人と同様なほどの青白さだった。髪の色は全員銀髪で目は銀色に輝いていた。その異様さは褐色肌のフリードが1人浮いて見えるほどだった。

 

「話し合う事は…出来ぬかの?」

 

 臨戦状態に入っているフリード以外の敵に対してあくまで話し合いができないかとティオは問いかけてみたがフリードは虚無的な目線を変えず寧ろほかの魔人族たちが唾を飛ばしながら激昂し始めた

 

「我ラガ神ニ歯向カウ愚カ者ガ!万死ニ値スル!」

「断罪ヲ受ケヨ! 愚者共!」

 

 その言葉と共に放たれる魔法の数々。放たれる魔法を回避しフリードの方に目を向ければそこには無数の魔物と魔人族そして神の使徒がフリードの号令を待たずして一斉に襲い掛かってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお~二輪車よりかは速さが足りませんがこれも良いですね~ あ、ティオさん右から炎が左から氷が時間差で来ます。ユエさんは上空から魔法の迎撃お願いします」

「分かった。 んー、ティオはおっきいから乗り心地抜群。…速さが足りないけど」

『お主ら…もうちょっとこう、緊張感と言う物ををじゃな』

 

 呑気な会話をするのはシアとユエ。そんな二人に呆れてモノが言えないながらも指示通りに時間差で襲いかかってきた魔法を回避するティオ。

 

 意図せずして始まった戦いは、ティオ達の逃亡と言う形で幕を開けたのだ。ティオが変身して黒龍となりその背にシアとユエが騎乗、シアは迫りくる魔法を未来視で観測し、ティオは指示通りに回避をしてユエは迎撃と言うスタンスで収まったのだ。

 

「失礼な!これでも緊張感Maxですよ?ただちょっとお喋りがしたいわけで」

「女子会はいつでもどこでもどんな状況でも。…ティオは嫌?」

『別にお主らと話すのが嫌な訳では無くて… はぁ勝手に消えるコウスケといいお主らといい、皆どうしてこう』

 

 本来ならエヒトにまぬかれて居ない筈のコウスケは共に戦う筈だった。だが

 

『んじゃ、後は頑張ってね~ あ、終わったら念のため清水を回収してトータスに戻ってね~エヒトの事は俺たちに任せてね~ …フリじゃないよ?本当に追っかけてこないでね?』

 

 と言うなり、姿を消してしまったのだ。おそらく空間魔法の一種だが魔力の波長を感じさせず一瞬で消えてしまったあたり異質さが際立っている。

 

「…あれコウスケさん。絶対に確信犯ですよね」

「ん。こうなる事を分かって言った」

『待ち伏せかの?確かに余裕そうじゃったのぅ』

「それもありますけど、この期の及んで『先に帰ってくれ』って幾らなんでも可笑しくありません?」

 

 シアの言葉にふむと考えるティオ。依然として周りからは攻撃が繰り出されているがユエが会話の片手間に迎撃をしているのでティオに掛かる負担は少なかったのだ。

 

『エヒトが危険じゃから下がっていて欲しい…は、違うの』

「ですぅ。もしそうなら私達を舐めすぎですぅ」

「ん。そこまでコウスケは馬鹿じゃない。もっと他に理由がある」

 

 エヒトが危険だから。その理由は満場一致で却下となった。そもそもそれで下がっていて欲しいというのならば今までの旅路は何だったのか信頼関係は何だったのかと言う話になる。

 

「そもそも危険なのはエヒトじゃなくてタガが外れてしまったコウスケさんなんですよねぇ」

「同感。私の目から見ても人の範疇を超えてしまった感がある」

『じゃのう。あのような力は妾達でも無理じゃな。…そう言えば要塞で何やら魔法陣を描いておったの。アレは一体何なのじゃろう』

 

 要塞で何やら魔法陣を描いていたがその効果は何なのかはティオですらわからなかった。おそらくユエでもわからないであろう魔法陣。ううむと考えれば襲ってくる魔法にあと少しで当たりそうになる。気が付けばかなりの数の魔物の接近を許してしまっていた。

 

「気になるんですけど、今は考えている時じゃないですね」

『さっきからそう言っておるのじゃが…』

「ん。それじゃ私とシアが雑魚を蹴散らす。ティオはアイツの相手をお願いしていい?」

 

 ユエが指し示すのは依然として無表情になっているフリードだった。元々ティオはフリードの相手をするつもりであったためその申し出は渡りに船だった。

 

『うむ、あ奴は妾が相手をしよう。…苦労を掛ける』

「全然苦じゃないですぅ。寧ろ全力で大暴れするので巻き込まれないでくださいね」

「ティオ、こっちの事は気にしないで。貴方がするべき事をして」

 

 ユエとシアが頷くとひらりとシアはユエを抱きかかえたままティオの背中から落ちていく。その事に魔物たちが一瞬の動揺をしたのは見逃さず包囲を突っ切ってフリードのもとへ飛翔するティオ。 

 

 

 

 

「行っちゃいましたね」

「ん」

「ティオさんの方は問題ないとして、私たちの相手はざっと…数えきれないですぅ」

 

 小柄のユエを抱いたままシアは辺りを見回し苦笑した。何せ見渡す限り敵しかいないのだ。そんな苦笑するシアにつられてユエも笑う。確かに敵の数は多いがさして問題など一つもないのだ。独りでは厳しくてもこの相方が居ればすべての問題は軽やかに吹っ飛んでいく。

 

「でも私達なら何も問題ない」

「ですね! さぁ思いっきり格の違いを見せつけてあげますよ!」

 

 返事を返したユエを離すとシアはぐっと足に力を籠める。ビキリと太ももが膨張しなにもない筈の空間にしっかりと力を込め蹴りつける。そして飛び上がった瞬間一気に敵の大軍に向かってシアは真っ直ぐ突っ込んだのだ。

 

「コウスケ達とはいっしょに行けない私たちの鬱憤。今此処で晴らす」

 

 重力に従って落ちていくのを重力魔法を使いその場で浮遊する。周囲に展開するのはそれぞれの属性の龍。とぐろを巻くように現れた竜たちを指揮する様にして

指先を魔物たちへと向ける。

 

 二千を超えていく魔物と使徒と魔人族の混合部隊。普通ならば敵わない相手にしたいしてシアとユエは笑みを浮かべながら相手するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリードの所へ向かったティオ。周りの敵はすべてユエ達が引き連れてくれたのかフリードの周りには何もいなかった。

 

「ようやく話ができるのぅ」

 

 黒龍状態を解き人型の状態で部分的に背中に龍の翼をはやすことで空中に浮遊するティオ。変成魔法の応用で体の一部を龍の状態にすることが出来たのだ。しかしフリードはそんなティオの姿にさえ虚無的な視線を送っているだけだった

 

「お主がコウスケに送った手紙を妾も見た。エヒトがどんな奴か理解したお主なら分かっておるじゃ妾達が戦う必要は何もないと」

 

「……竜人族か」

 

 事情を知ってるのならばこの戦いは無意味でありともに並ぶことは出来るのではないか。和解の意味を込めて言った言葉はフリードに届いた、がその顔はティオを確認すると奇妙に歪み始めた。その顔をティオはどこかで見たことがある。嫉妬と憎悪だった。

 

「ククク……賢しらにほざくか竜人族。あの者達の姿が見えないのか」

 

 フリードが示したのは今もなおシアとユエに挑んでいる魔人族たちだった。魔人族の兵士たちは目を向き欠陥を浮かび上がらせエヒトへの賛辞を叫びながら特攻し事もなく命を散らしていく。

 

「あいつらは…私の部下だった、戦友だった、同胞たちの明日のために戦う同志だった。それが今では…エヒトに改造されて

只の人形になってしまった」

 

 元々は故郷のために戦っていたその魔人族達は確かにメルジーネ海底遺跡で見たエヒトの狂信者と同じ顔をしていた。そのもとは仲間だった魔人族たちを悲しげに見ると慟哭するかのようにフリードは力の限り叫んだ。

 

「私がアルブやエヒトの真意に気づいた時にはもう何もかも手遅れだったんだ!私が知っている皆はとうに死んで私だけが無事だった!その虚しさが貴様に分かるのか!私が信じて疑わなかったものが同胞たちを玩具の様に弄んでいたという事が貴様に理解できるのか竜人族!」

 

 絶望。その感情でフリードの表情は彩られていた、それもそのはずだ。自身が信じていた物が玩具の様にしか自身たちを見ていなかったのだから。その慟哭にティオが口を開く。

 

「理解できる、とは言わぬ。だが、じゃからこそその過ちを繰り返さぬようにすることは出来る筈じゃ」

 

「生きる屍となった友たちを見捨ててお前たちに下れと?…ククッ出来る筈がない。アイツらは私が殺したも同然だ。私を信じ、慕ってくれた者達だ。…私もアイツらと共に…」

 

 フリードの手を伝って魔力がウラノスに流れていく。今この瞬間全てを投げ捨てて相棒にすべてを託すのだろう。ウラノスの目が開き咆哮がティオの全身に襲い掛かる 

 

「ええい‼話を聞かんか!今お主がしようとしていることはすべてが無駄な事なのじゃぞ!」

 

「そんな事!当に理解している!これは()()()()()()()()!あの化け物を取り入れた貴様に対してのみっともない八つ当たりだ!」

 

 自暴自棄とティオ達に対する嫉妬。その感情に捕らわれたフリードとティオの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「あの化け物に共にいる貴様はさぞ良い気分だろうな!虐げられた同族は偽りの汚名を挽回する場を設けられ、対して労力も払わず国を滅ぼしたエヒトを討てるのだからな!」

 

 ウラノスのレーザーと同時にフリードの憤怒の声が聞こえてくる。そのけにはティオに対しての明確な嫉妬が含まれていた。

 

「滅びたと思われた種族が世界の危機に立ち上がる!まるでおとぎ話、良く練られた陳腐な英雄譚だ!この茶番劇の後お前たち竜人族は称えられるのだろう!我ら道化の魔人族とは違って!はは羨ましい限りだ!」 

 

 フリードは知っている。竜人族がトータスに現れて今なお戦い続けていることに。その事が怒りに火を注ぐ。滅びた種族が世界に危機に駆け付けると言う誰かが作ったとしか思えない茶番劇に。

 

「それに比らべて我らは何だ!?はるかな祖先から続くこの茶番劇に対して何も疑うことなく愚物共を信仰し続けた結果が種の絶滅だと!?はははっ何だそれは!何なんだそれは!!本当に神が居るのだとしたらそいつはとんでもない悪党だ!我らを道化として嘲笑う正真正銘の外道だ!」

 

 フリードの激怒に合わせてウラノスの光弾は密度を上げてくる。拡散していた攻撃が徐々にティオの移動に合わせていくように。

 

「それはエヒトが長年にわたって仕組んだことじゃ!お主に罪は無い!」

 

「だからアイツらが人形になるのは仕方がないのだと!?ふざけるな!皆が今までなんのために戦ってきたと思ってる!魔人族の未来のためだ!それが結果的に破滅に繋がるなど…考えもしなかったのだ。愚直に盲信してその結果がこれなのだ!まるで盤上で踊る道化!つまらない理由で勝手に滅ぶ道化だな私たち魔人族は!!!」

 

 嘲笑をしながら放たれた閃光は遂にティオに当たる。その姿に、傷つく敵対者の姿にフリードは目の端に涙を浮かべながら壊れたような自虐の笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ティオはフリードを殺す気はない。エヒトによって傀儡にされてしまった被害者だと感じており、またその境遇をどこか助けたいと感じてしまったからだ。

 

 竜人族はエヒトと戦い敗れ身を隠す様にして細々と生きていた。魔人族は人と対立し結果破滅の道へ突き進んでいく。

 

 竜人族は世界に聞きに馳せ参じたことで今後世界から称賛と畏敬を受け昔の様に栄光を取り戻していくのだろう。それに比べ魔人族は邪神エヒトに着き従った愚かな種族として今後侮蔑と嘲笑の誹りは免れない物になってしまう。それは仕方のない事かもしれない、取り返しのつかないことになってしまうのは諦めるしかないのかもしれない。

 

(だが…それじゃ余りにも無念ではないか)

 

 同胞の事を考え行動した。今後生きる者たちのためを思って戦争をしていた。よりよい未来の事を考え信じた。それらが全て無駄だったというのはあまりにも哀れだった。現に今シアとユエによってエヒトによって改造されてしまった盲信するだけの魔人族たちは徐々に数を減らしていく 

 

 ティオもまたいつかは竜人族を率いる事になる。長となるときがいずれ来るのだろう。その時の事を考えるとどうしてもフリードの事を無関心だと跳ねのける事ができないのだ。

 

(…まったく誰の影響か…仕方ないのぅここで切り札を出すか)

 

 閃光でボロボロになった姿でほんの少し苦笑する。本当ならエヒトにぶち込みたかった切り札をここで使う事になってしまったことに後悔がない事に少々驚きながら。

 

()()()()()()()()()()とする今のお主には何を言っても聞かんじゃろう。だから少々手荒なことをする…死ぬなよ?」

 

 言葉と共に黒色の魔力光を全身に生き渡せる。それと同時にドグンッと空間に脈立つ音が聞こえた。

 

 脈動の音は徐々に大きく世界に響くように威圧が放たれる。その姿をどこか呆けた様にフリードはただ眺めた。攻撃するチャンスも退避するチャンスも何もかも捨ててただティオを中心にして逆巻く閃光をフリードは何もせずに眺めていたのだった。

 

 

「ふーむ こんなもんかのぅ」

 

 現れたのは黒く輝く巨体。全容がみえないその大きさはまさに圧巻の一言に尽きた。そしてそのプレッシャーはは常識を逸脱した重圧だった。その姿は蛇の様に唸らせる東洋の龍の姿だった。全長百メートル以上、巨体を通り越して只々大きかった。

 

「…はは…なんだそれは」

 

「む?只の変身じゃよ。ちとサイズが大きくなりすぎたがの」

 

 揚々とと話すのは念話によるものかはっきりとティオの声が聞こえる。声は明るくしかしてその姿は重圧そのもので見ただけで戦意を亡くしてしまうほどのものだった。現に先ほどまでは確かにあった魔物たちの姿はティオが変身した瞬間呆気なく消えてしまった。

 

「道理で勝てないわけだ…は…はは 勝てるわけがない道化の私など…」

 

「何を勘違いしておるかは知らぬがこれは只の通過点じゃぞ?」

 

「…何?」

 

 そして始まったのは空気が収縮していく音だった。引っ張られるような風を受け飛び出した光が逆再生するかのようにティオのもとへ集まっていく。長い胴身が光へと変わっていき蛇が脱皮をするかのように徐々に小さくなっていく

 

「本来ならあれでよかったかも知れぬが…」

 

 どんどん小型へと変わっていきながら独白するティオ。以前ハジメと会話をしていた時に自身の変身が役に立たないことを零したのだ。その時に告げられた言葉。

 

『大きくて弱いのなら小さくて強くなればいいんじゃない?』

 

 それがティオの変身の求めた答えだった。ハジメ曰く変身して大きいと負けるフラグだから小さくて強くなる宇宙の帝王プランで行こうと勝手に決められてしまったのだ。そうして試行錯誤して変成魔法と昇華魔法を組み合わせ自分の中ですり合わせを何度もした結果ついに自身の求めていた姿にたどり着いたのだ

 

「さて、これが妾の決戦用の姿。先ほどとはちと方向性が違うが…こんなもんじゃろ」

 

 現れたのはティオの身長を少しだけ伸ばした全長二メートルほどの小さな黒い龍の姿だった。先ほどの百メートルと比べて随分とスケールダウンしている。しかし

 

「…美しい」

 

 その姿は思わずため息が出るほど美しかった。普通の変身と比べ五メートルも縮んだが漆黒の鱗は煌きが淡く輝いており、手足のフォルムは全体的にシャープとなっている。背中の翼を優雅に羽ばたかせ手足の爪は獰猛さよりも力強さを感じる。

 

 先ほどの胴長の状態が神威と威厳を示すのならこの姿は静謐と神秘さを仄めかせるものだった。

 

「では…行くぞ!」

 

 顎門から放たれるティオの全身全霊の黒色の閃光。耐えて見せろと言わんばかりの一撃は真っ直ぐにフリードに向かって一直線に伸びていく。

 

 

 

「キュォォオオオオッッ!!!」

 

 ウラノスの全身全霊の純白の極光はティオの閃光を跳ね除けようと空中で衝突する。フリードも援護しようとウラノスに向かって魔力を注いでいく。

 

(…皆)

 

 魔力の使い過ぎなのか身体が萎びていく感じをどこかで理解しながらフリードはこの結末をどこかで受け入れていた。先ほどティオが放った仲間と共に命を落そうとしている言葉はまさしく正解だった。

 

 元々この戦争がここまで規模が大きくなったのはフリードが変成魔法を手に入れたことが原因だったのだ。 

 

 フリードが命からがらで手に入れた変成魔法。その効果によって魔人族は魔物を戦力として組み込むことが出来た。その結果戦線は魔人族が優位となり結果、一方的な事になるのをつまらなく感じたエヒトが戦争を拮抗させるためハジメ達を召還したのだ。

 

 そしてハジメ達が召喚されたことによって…魔人族の優位が劣勢となり、かくしてアルヴの策によってエヒトが降臨することとなり、結果魔人族の大半はエヒトによって破滅へと向かってしまった。

 

(全ては私が招いたことだ。何もかもすべて)

 

 もし変成魔法を手に入れなければハジメ達が召喚されることもなく、戦争は拮抗してしまうが魔人族たちはエヒトの玩具にならずに順当に生きて死ぬことになっただろう。それがフリードが魔人族の未来を想って死に物狂いで変成魔法を手に入れてしまったことが破滅の道へと進んでしまったのだ

 

 気の置けない友人が居た。慕ってくれる年下の部下が居た。期待を寄せてくれる年配の部下が居た。そのすべてを壊してしまったのは自分でしかない。 

 

 だからフリードはティオの言う通り死ぬ気だった。自暴自棄であり八つ当たりであり…何もできなかった自分への罰でもあった。

 

(私を殺してくれるのなら誰でも良かった)

 

 ウラノスは必死で閃光を放っているが押し負けてしまうだろう。自分の自暴自棄に付き合わせてしまうのはすまないと思ったがウラノスから勝ち目のない戦いへの了承は経ている。

 

(皆…もうすぐそばに行く。この愚かな私を…迎え入れてくれないだろうか)

 

 黒き極光が眼前へと襲ってくる。ウラノスに送り続ける魔力のせいでフリードの身体は死にかけの病人の様にやせ細っている。もう逃げられないのは敢然たる事実だった。来たる緩やかな死を前にしてフリード先に行ってしまった仲間達へと詫びを入れている時ふと浮遊感を感じた。

 

「…ウ、ラ…ノス?」

 

「―――――クルァ」

 

 浮遊感は自身が地面へと落下しているからだった。体を動かせないまま驚きで目を見開くとそこにフリードに視線を向けたウラノスが居た。直後ウラノスの姿は黒色の閃光に飲み込まれ消えていった。その姿をフリードは只々呆然と見ているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてアイツは私を助けたのだろう…」

 

 隣に佇むティオに上の空の様に尋ねた。ウラノスから振り落とされ地面に激突したがフリードは生きていた。竜化状態を解き隣へと降りてきたティオは大きな溜息をついた。

 

「そんなもんお主が大切じゃったからに決まっとろう。そんな事もわからなくなったか」

 

「…私には庇われる資格も意味もない。全てこの私が招いたことなのに…」

 

 ボロボロとなり痩身痩躯となったフリードは目の端に涙を貯めながら相棒であるウラノスの死に嘆いていた。頭が固いといっそ清々しい。そんな考えを持ってしまったティオは口を開く

 

「お主にはまだすべきことがあるじゃろうが。あの白竜は分かっておったのじゃろう残された魔人族たちを導くというお主にしか務まらん大役が」

 

「残された者達… 今更あいつらに会って何をしろと言うのだ。恥をさらせと言うのか」

 

「そうじゃよ。お主の無様な人生を語り継ぐのじゃ それが生き残った者の務めじゃ」

 

 ひっそりと魔人族の領内の片隅で暮らすこととなった生き残り。その者達を導けとティオは言うのだ。フリードにとってはそれは恥辱以上の何物でもなかった。愚物に良い様に操られてしまったものが今更どんな顔をして会いに行けと言うのだ、そう顔に出したがティオに鼻で笑われてしまった。

 

「無様で惨めで愚かなお主がずっと語り継ぐのじゃ、魔人族が辿ってしまった生き様を。そして教訓とするのじゃ、盲信が起こしてしまった悲劇が何を招くかを。変成魔法で寿命を延ばす事はお主ぐらいの才の者ならできるじゃろ。そうしてずっとずっと妾達竜人族の様に語り継ぐのじゃ」

 

「それが…それが私の罰となるのか?償いとなるのか?おめおめと仲間達を見捨てて生き残ってしまった私の罰となりうるのか」

 

「少なくともあの白竜はそう言うじゃろうな」

 

 ふと浮かぶウラノスの最後に見せたあの目。ずっと一緒だった相棒だからこそ分かる。あの目は確かにそんな目をしていたような気がした。居なくなってしまった相棒と戦友たちの姿を思い浮かべた瞬間力が抜けるのと同時に目頭が熱くなった

 

「ウラ、ノス…皆…すまない、すまない…私は、わたしは……」

 

 目の端に流れる涙をぬぐう事もせず空を眺めながら記憶の中にいる相棒や戦友たちに懺悔をするフリードの嗚咽が小さく漏れていくのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティオさんここに居ましたか」

 

 それから暫く立ってシアが空から降ってきた。その姿は怪我はない物のブラと短パンだけと言う露出が激しいものだった。

 

「あ、これですか?本気を出すと衣服がはじけ飛んでしまって」

 

 恥ずかしそうにしながら宝物庫からいそいそと着替えを取り出し身に着けていくシア。その隣にユエもまた同じように空から降ってくる。

 

「ティオ。…それ」

 

「こやつの事は心配するな。もう妾達の敵にはならぬよ」

 

 ユエの目線の先には座り込んだフリードの姿があった。ボロボロではあったが怪我とかが無いのはティオが再生魔法を使ったからだろう。ユエとシアを一瞥するとすぐに視線を戻した。どうやら慣れあう気は微塵もないらしい。

 

「事のあらましは…必要なさそうじゃの。それよりこれから先どうするかの」

 

 お互い怪我がないのを確認すると次はどうするのか顔を見合わせた。本来ならハジメとコウスケがエヒトと戦っている空間に行くべきなのだろうがどうにもコウスケに止められてことが気になって仕方ないのだ。

 

「ハジメ達の手伝いがしたいのが本音」

 

「でも、コウスケさんの言葉がどうにも引っかかるんですよねぇ」

 

「ふぅむ。エヒトを倒すために進むかそれともコウスケ達を信じて戻るか」

 

 女三人顔を見合わせ唸る。ハジメやコウスケが負けるとは微塵も考えていない、しかしてだからと言って任せてしまッて良い物か。結論が出ないその三人に意外な声が割り込んできた

 

「戻るべきだ」

 

「フリード?」

 

 声の主はフリードだった。視線は依然としてユエ達に向けなかったがその言葉ははっきりとユエ達に向かって投げられたものだった。

 

「今更奴のとこへ向かっても貴様らでは足手まといだろう。ここは戻るべきだ」

 

「足手まといって、お?喧嘩売ってんですかこのブ男は」

 

「まぁまぁ落ち着けシア、しかしフリードその根拠は?」

 

 鼻息荒くするシアを堂々と抑えながらティオが尋ねればフリードは今度こそユエ達に向かって顔を向けた。その顔には強い皮肉と恐れがあった

 

「言葉通りだ。貴様らが私をはるかに超える異常な身体能力に魔力、変身能力を持ってるのは知っている。それらがお前たちの才によるものなのだろう。だがそれだけではないはずだ。…力の一部にはアレの力も混ざっている」

 

「アレ?」

 

「あの化け物の力だ。アイツは勇者などではない。ただの災害だったのだ。…話がそれたな、つまり貴様らが振るっている力はアイツの一部でありそんな事もわからなかった貴様らが言った所でアイツの足手まといにしか…いや」

 

「?フリード」

 

「むしろ()()()()()()()()()。アレの力によって」  

 

 その顔には恐れがあった。畏怖ではなく只の純粋な生命が恐れる死を直面したかのような恐怖がフリードの顔に色濃く出ていたのだ。

 

「何を言ってるか分からんが、だからと言ってあ奴らを置いて行くにはっ!?」

 

 置いて行くわけにはいかないその言葉と同時だった。空間が鳴動を始めたのだ。何事かと周囲を警戒する中でフリードが呟く

 

「ふん 大方エヒトが動揺しているのだろう。あの愚物が追い詰められれば自然とここの空間も不安定となる」

 

「なら、さっさと脱出を」

 

 ユエのその言葉は最後まで出なかった。ユエ達の近くの空間が人一人分無理矢理こじ開けられたのだ。そこから聞こえるのは懐かしさと幾分かの苛立ち差を感じさせる声

 

「やほ~! みぃんな大好き、世界のアイドル、ミレディ・ライセンちゃんだよ☆」

 

「「ミレディ!?」」 

 

 人型ゴーレムである最後の解放者、ミレディ・ライセンだった。

 

 

 

 




フリード生存!
ようやく書きずらかった部分が終わりました。

次からは思いっきり書けます(安堵)
時間がかかると思いますけどね

感想待ってます…

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