ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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深夜のテンションで下書きを出してしまいました。
これが本来のものです
本当にごめんなさい


番外編 白昼夢?

 

「……南雲君…光輝君……」

 

香織の目の前で南雲ハジメと天之河光輝が奈落の底に落ちてから数日たった現在未だに香織は自分の自室から出ることができずにいた。

 

 ハイリヒ王国は世界の希望である勇者が死んだことを秘匿し神山で修業をしているだとか天之河光輝の親友である坂上龍太郎が「光輝の敵討ちだ!」だと奮起しそれに一部の呼応したクラスメイト達のことも、まだ光輝は死んでいないと泣きはらした顔で、訓練している親友の八重樫雫も香織にとっては動くためのきっかけにはならなかった。

 頭の中ではまだ彼らは生きている。助けに行くべきだと心が叫んでいるのだが、一方であの奈落に落ちて生きているはずがない、とどこか達観した考えがあるのだ。そんな事が頭の中を駆け巡りぐちゃぐちゃと考えがまとまらず、何も行動する気力がわいて出てこない。

 

 

「…雫ちゃん……私は…」

 

 ぽつりと出てきた言葉は今この時も訓練をしてあの衝撃の日から前に進もうとしている親友の八重樫雫の名前だった。親友は絶望から立ち上がって前へ進もうとしているのに自分はまだ立ち上がることも、現実も受け止めることもできない。情けない自分に嫌気がさしベットの中で丸くなる。

 

「…全部夢だったら…」

 

全てが夢だったならどんなによかったか。かなわぬ夢を見つつその内香織の意識は深い闇の底へと落ちていった。

 

 

 

 

「…クソッ…これもダメか…」

 

 南雲ハジメは薄暗い闇の中、作業に集中していた。作るのは強力な武器、すなわち銃を作ろうとしているのだ。”纏雷”の技能を身に着けた時の発想をもとに普通の銃ではなくある仕掛けを製作をしているのだがなかなかうまくいかない。

 

 

「発想に間違いはないはず…電磁加速を追加させるって大変だな…」

 

 ハジメの作ろうとしているのはリボルバー拳銃だ。しかし普通のものではなく、超電磁砲の様なものを作りたいと考えているのだ。そのためには何度も失敗と成功を繰り返さなければいけない。コウスケの隣に立つのであるならば強力な武器が必要としての考えだが、何分初めての作業なのでうまくいかない。その事がわずかながらの焦りをハジメは感じていた。

 

「ぃよう、順調に進んでいるか南雲?」

 

「おかえりコウスケ…そうだね。結構難儀しているかな…」

 

 拠点に返ってきたコウスケが意気揚々と話しかけてくる。ハジメが錬成をしている間はコウスケは、錬成の邪魔にならないように拠点の周辺で見回りと魔物の肉の確保をしているのだ。取ってきたウサギと狼の肉を並べながらコウスケは神妙な顔をする。

 

「そりゃ今まで触れたことのない物を作ろうとしてんだからなー難航はするさ。ま、焦ることはないない。時間はたっぷりとあるからな。」

 

「…うん、そうだね…少し休憩をしようかな」

 

「おう、休め休め、ずっと錬成をしてんたんだから腹が空いただろう。今肉を焼いておくからな」

 

 最初の時と比べ随分と手慣れた手つきで肉を解体し焚火の火力を調整しながら肉を焼いていくコウスケ。どこか楽しそうに鼻歌を歌いながら調理するコウスケにハジメの気が安らいでいく。そうこうしているうちに肉が焼けハジメとコウスケは食事をしながら雑談をする。ハジメにとってこの雑談が一番の楽しみである。

 

「むぐっ…相変わらず不味いねコレ…何でこんなに筋張っているんだろう?」

 

「筋肉が一杯あるからか?うーむ焼いて駄目なら次は煮てみるか?ん?叩いた方が柔らかくなるんだっけ?というより調味料がないとなー流石にいつも素材100%の味は不味いしなぁ…つーか飽きる。胡椒、せめて塩の一つでもあれば違うと思うけど…」

 

「野菜も食べたいよね…そうだ!なんか錬成で調理器具でも作ってみる?ある程度ならできると思うよ」

 

「お!?そっか南雲の錬成ならある程度は調理方法が増えるのか」

 

 うんうん頷きながら肉を噛り付き水魔法で出した冷水で無理やり喉に流し込むコウスケ。そんな雑談を交えながら食事は進む。

 ふとハジメは何日の間も風呂に入っていないことを思い出した。その瞬間自分の身体の汚れが気になりだした。生粋の日本人であるハジメにとって何日の間も体を洗わないのはとても辛く、また髪がべたついているのも気になってしょうがなかった。

 

「んーどうした南雲?体ををくねくねし始めて…なんかの儀式?」

 

「違うよ、そういえば体を洗って居なかったなーと思って少しかゆくなってきたんだ」

 

「ちょっそんな事言われたら俺もなんだか気になってきたぞ。…あ!」

 

 突然目を見開き大声を上げるコウスケ。いきなりの大声に眉を顰め面になりながら聞き返す。

 

「いきなり大声をあげてどうしたのさ」

 

「思い出した!南雲錬成してほしいもんがあるんだ!」

 

「?良いけど一体何を?」

 

「決まってんだろう!それはな…」

 

 

 

 

「……」

 

 そこでパチリと目が覚めた。しばらくボーと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していたのだが、ここは王宮の自分の自室だ。先ほどまでの夢で見た薄暗い洞窟の中ではない。

 

(…さっきのは夢?)

 

夢の中では落ちたはずの2人の少年が香織の願ったように生きているという物だった。そんな事はないと頭を振る。あの高さから落ちたのだ、生きているはずがない。淡い期待はもろく崩れるものだ。自分が見せた儚い夢に涙を流しながら香織は枕を抱きしめ再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 

「あ~~キンモチィイイイーーーー」

 

「へっへっへだろう?。やっぱ日本人ならこれが必要不可欠だよな」

 

 拠点にてハジメは心の底からの気持ちよさに感激の声をあげていた。先日コウスケがハジメに作ってほしいと願ったものそれは『桶』だ。ただしそれは少しばかり大きく出来てある。

 

「どれどれ温度はっと…うんいい感じだ。どうだ南雲もっと熱くすることもできるがどうする?」

 

「んーこのままでちょうどいいかな~」

 

「そうかい、堪能しているようで何よりだ」

 

 ハジメが現在堪能しているものそれは『足湯』だ。本来なら風呂を作りたかったのだが拠点の狭さと、ダンジョンという危険極まりないところで風呂に入るのはどうかと思い少し大きめの桶を作り、そこにコウスケの火魔法と水魔法の複合魔法『温水』を出し『足湯』を作ったのだ。

 

「本当はドラム缶風呂みたいなのを作りたかったが致し方なし…んー後はタオルがあれば何でもできたかもしれんけどなー」

 

「それは…流石に贅沢が過ぎるよ」

 

「でもなぁまさか上着で体を洗うわけにもいかないし…んん~何かほかの代用方法を考えるべきか、諦めるのはなんだかなぁ~まぁしばらくはこのお湯で体と髪を洗うしかないか…なんかシャンプーとか石鹸の代わりがあれば…」

 

 首をひねりながら考え込むコウスケ。その顔を見ながらハジメは思案する。コウスケは魔法が苦手だ、それなのに複合魔法を諦めず練習してこのお湯を作り出したのだ。魔法を使えないハジメにはわからない苦労があったのだろう。それなのに、いつもコウスケは何かと気遣ってくれている。だからこそ自分も頑張らなくては。このままコウスケに甘えているつもりはない。

 

「焦らずに一歩ずつだね」

 

 

 

 

 ふと香織はそばに人の気配を感じて目を開けた。あたりは薄暗く今の時間は夜だろうか。ずっと部屋に閉じこもっていたので時間の感覚が分からなかった。

 

「……雫ちゃん?」

 

そばにいたのは八重樫雫だった。どうしてか、その顔は泣き笑いの様な複雑な顔だった。

 

「…雫ちゃんどうかしたの?」

 

「…ううん。なんでもないわ。それより香織こそさっきまでなんだか幸せそうな顔で寝ていたわよ」

 

 天之河光輝と南雲ハジメが奈落に落ちてからは雫にとってまさしく悪夢の日々だった。勇者の死を隠そうとする王国と協会。絶望の表情を浮かべるクラスメイト達。光輝は死んでいないと咆哮をあげ無茶な訓練をし続ける坂上龍太郎。全てから逃げ出したくて何度閉じこもろうとしたか。しかし自分の責任感が逃げることを許さない。

 

 そんな自分に鞭を打つような訓練の後自室に戻ってきた雫は親友の香織が穏やかな顔で寝ているのを見つけたのだ。今までは心あらずといった様子の親友が安らかに眠っているのを見て嬉しくもあり同時に夢の中でしか安らげないことが悲しかった

 

「…うん。あのね 雫ちゃん聞いてくれる?」

 

「ええ。いいわよ」

 

「なんか夢の中でね。南雲君と光輝君が洞窟…あの迷宮の中で生きているの。」

 

「っ!それは…」

 

そんなはずはないと言いそうになるがなんとか堪える。目の前で微睡んでいる親友に向かってそんな残酷なことは言えない本当は言うべきだ。南雲ハジメと天之河光輝は死んだのだと。しかしその勇気が出てこない。知ってから知らずか、香織はそんな雫にかまわず夢の続きを話す

 

「なんか変な夢なの。南雲君が何かを作ろうとしていて、それを光輝君が応援しているの。とっても仲が良よさそうで、なんだか羨ましいの」

 

「そう。なんだか不思議な光景ね」

 

「うん。…良いなぁ…私も…南雲君と…もっと…おしゃべり…したかった…な」

 

 そのまま眠りにつく香織。寝息は穏やかで先日までの悲惨さはない。そのことに安堵の息を吐きいつか現実を知らなければいけないことに悲しくなる雫だった。

 

 

 

 

 

 拠点の中でぼんやりとコウスケはドンナーの点検をするハジメを見ていた。ハジメが試行錯誤し何とか作り上げた。ドンナーは凄まじい火力を持っていた。実際に見るその火力に驚愕と戦慄を感じるコウスケ。錬成師と言う職業…ではなくハジメの発想力に少しながら嫉妬を感じていた。

 

「どうかしたのコウスケ?さっきからボーっとしているよ」

 

「ん?…いろいろ考え事」

 

「ふーん?ああ、そうだ、その大槌どこか変なところはない?」

 

ハジメがコウスケのそばに立てかけてあった。地卿を見る。ハジメが言うにはドンナーよりもずっと整備や修復が楽だという。

 

「問題ないよ。むしろ俺の力任せの攻撃によく耐えてくれている中々の一品だ」

 

「そっか。ならよかった」

 

 そのままドンナーの点検と弾薬の製作に取り掛かるハジメ。ふとコウスケは思い出した。原作のハジメは片腕でドンナーを使っていたが、今のハジメならシュラーク…原作のドンナーと対になるリボルバー拳銃だ…も作って火力をもっと上げることができるのではないだろうか。

 

「なぁ南雲」

 

「ん?」

 

「今のお前なら、りょう……違った2丁拳銃ってできないのか?ほらダンテやグレイブ、オセロットみたいにさ。ガン=カタ?みたいな?」

 

 両腕だからできるんじゃないのかと言うのはなんとなく言ってはいけない感じがしたのでゲームのキャラみたいにと言い直す。だがその言葉にハジメは苦笑する。

 

「うーん作ることはできるけど…」

 

「?なんか歯切れが悪いな。どったの」

 

「もう一丁ができたからと言ってすぐにうまく使えるかは別問題なんだよ」

 

「あーそっか、そういうことか」

 

 ようやくここでコウスケは2丁拳銃の難しさを理解することができた。そもそも銃を片手で運用するにはまだまだ修練不足なのだ。ハジメは右利きだ、右腕で運用するのは何とかなっても左はそう簡単にうまくいくわけではない、リロードの問題もある。弾を込める間の時間がどうしても一丁の倍かかってしまうのだ。

 

「そういうこと。それに調子に乗っているとコウスケに当たりそうになるからね…」

 

「…確かにそれは勘弁だな。…やっぱそう簡単にはいかないか」

 

「もっと訓練できるような時間と場所があったら試してみようと思うからそれまでは2丁拳銃はお預けだね」

 

 

 

 

 

 

 夢というのはここまで都合よく何度も見るものだろうか。それも自分にとっての都合のいい夢を。隣のベッドでは親友が寝息を立てているのが分かる。どうやら先ほどからあまり時間がたっていないようだ。

 

(夢?でもなんでここまではっきりと?)

 

 夢を見たと言えば、あのオルクス迷宮の前夜に夢の内容をハジメに話したことがある。その内容はハジメに声をかけるが気付かずに歩いていき最後は消えてしまうというものだった。結果的にその夢の内容通りになってしまったが。では、戻ってきてから見続けているこの夢は?

 

(もしかして本当は生きているの?)

 

 迷宮前夜の夢が本当になってしまったのなら、先ほどまでの夢も本当に起きていることかもしれない。希望的な話だ。現実から逃げているかもしれない、でもどこか納得している自分がいる。

 

(朝になったら雫ちゃんと話してみよう)

 

そのまま瞼を閉じる。2人が無事であってほしいと願いながら…

 

 

 

 

 

「せりゃあ!」

 

 地卿を振るいドゴンッ!と音を立てこちらに殴りかかってきたゴリラ型の魔物の腕をへし折る。呻く相手に追い打ちをかけるように地卿を振り下ろし魔物を絶命させる。と同時にタックルしてきた別のゴリラ型の攻撃を転がりながら回避しすぐに体勢を立て直し相手の方に向かって突撃する。

 

「くたばれっ!」

 

 力の入れ具合、地卿を振るう速度、自分でも中々の物だと思う攻撃。しかし魔物は器用に腕を使い地卿を受け止めてしまう。

 

「ぐぐぐぐっ!」

 

 相手との力比べなら自分の方が有利のはずだ。しかし焦ってしまうのか、どうしても地卿を動かすのに難儀してしまう。魔物のニヤリと笑う顔が見えたような気がした。がすぐにその顔は紅い光線と共にはじけ飛ぶ。

 

「コウスケ平気?」

 

「…おう、問題なしだ」

 

「…ん、よかった」

 

 加勢しに来てくれた2人に感謝しあたりを見回すコウスケ。あたりには死屍累々とした光景だった。迷宮を進んでいるときにゴリラ型の魔物と遭遇したのだ。相手の数は大体12から15だっただろうか。遭遇した瞬間ユエが魔法で先制攻撃を仕掛け半分ほど消し飛ばした。そのまま交戦しコウスケは相手に突撃を仕掛けたのだ。が相手は中々の腕力と耐久力の持ち主で、どうしても倒すのに時間がかかってしまう。その間にハジメがドンナーで次々と魔物の顔と心臓部分を狙い数を減らしていき、最後の一体を消し飛ばしたという状況だった。自分の手に視線を落とすコウスケ。いつかは分かる事だった。それがだんだんと近づいてきただけの話だ。

 

(………弱いな、俺)

 

 だから心の底から荒れ狂う感情が今、顔に出ていないかそれが心配だった。

 

「…ん、コウスケ、血を吸わせて」

 

「えぇ~悪いけどそう簡単にアヘ顔をさらしたくはねぇよ~南雲、頼んだ!」

 

「そうしようか。流石に戦闘が終わってからコウスケのみさくら語は聞きたくないし」

 

「ば、馬鹿言うんじゃねぇよ!あれは言いたくて言ってるわけじゃ…」

 

「…ん、お楽しみは後にしておく、ハジメ」

 

「ハイハイ」

 

 ハジメの所へトコトコと歩くユエとそれを仕方なさそうに、でも優しく向かい入れるハジメに視線を向ける。そのことにホッと息を吐く。今はただこの思いを誰にも知られたくなかった。

 

「嘆く暇なんてないのは分かっているけどよ…あぁ強くなりてぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん。私も強くなりたい」

 

 少しばかり朝というのには遅い時間、昼近くに香織は自分の言葉で夢から覚めることができた。夢というにはあまりにも鮮明な映像と内容。もう自分の都合のいい夢だとは思わない。だから香織は2人が生きていると思うことにした。

 

(こんなところで立ち止まっていられない。私も強くなるんだ)

 

 隣のベッドで寝ていたはずの親友は気を利かせてくれたのか、音を立てずに出かけていたようだった。その優しさに感謝し簡単に身支度を整え遅い朝食を取りに行く。

 

 廊下を歩きながら何度も見てきた夢のことを考える。

 

(南雲君、大きな怪我はしていないみたいだし本当によかった。でもさっきの可愛い女の子は誰だろう?すごく綺麗だったな。お人形さんみたい。うーんなんだか仲がよさそうだったな。私も、もっと南雲君と…)

 

 夢に出た女の子は一体何者だろうか。考えてもわからないので次のことにを考える。

 

(しかし本当に南雲君と天之河君仲がよさそうだったな~学校でもあんな感じだったら…?)

 

 そこでふと足が止まる。何かがおかしい。よく親友に天然だとか鈍感だとか言われている香織だが、さすがに何度も見ていて気付いた。

 

(あれ?光輝君てあんな感じだったかな?もっとなんというか)

 

天之河光輝は正義感が強くて独善的で思い込みが強く人の話を全く聞かず全てが自分にとって都合がいいように考えるそんな人間だった。そんな光輝がハジメをあそこまで気遣い親しみを向けた笑顔を向けるだろうか?自分の強さに歯噛みするだろうか?

 

(もしかして別人?でもそんな事って………あれ?ちょっと待って。何か……変)

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

頭の中の靄が晴れていくような不思議な感じだった。

 

 思えばこのトータスに来てから天之河光輝は変だった。言動はどこかたどたどしく、無理に口調を変えているような…もっと言えば台本のセリフを読んでいるような妙な違和感があった。日本にいたとき香織は光輝といつも一緒にいたわけではない。だから光輝の全てを知っているわけではない。しかし、この世界に来てからの天之河光輝はいくらなんでも日本にいた時とは違いすぎた。

 

(なんで私…ずっと気付けなかったの?)

 

 頭の中は疑問で一杯だ。夢で見た『彼』は優しい人だというのは分かる。しかしなぜ光輝とそっくりの姿をしているのか。誰かにこの違和感を相談したかった。

 

ふと前を見るとふらふらと歩く女子生徒の後ろ姿が見えた。追いかけて話を聞いてみることにする。

 

「ごめんなさい。ちょっと聞きたいことがあるんだけど…恵理ちゃん?」

 

「…香織?」

 

 話しかけた相手は中村絵里だった。眠れていないのだろうかおとなしそうだった顔は隈ができ髪は乱れ、体がやせ細ったような錯覚さえ感じた。まるで幽霊みたいだと場違いなことを考えてしまう香織。

 

「……どうかしたの」

 

「あ、うん、えっと…光輝君についてなんだけど」

 

「光輝くん?…彼は死んでいないよ」

 

「え?」

 

気のせいか恵理の目が暗く澱んだ気がする。驚く香織にも気づかず恵理はブツブツと呟いている。

 

「そうだよ光輝くんがこんなところで死ぬわけないじゃないか。彼は勇者なんだ。死ぬはずがないこんな変な世界で死ぬなんて…そうだよあんな無能と一緒に死ぬなんておかしいんだ。誰が想像できるんだ。おかしいよ僕を置いて逝くなんて…」

 

 最後の方は聞こえなかったがどうやら光輝が落ちたショックが想像以上に大きいようだ。流石にこの調子では話が聞けない。オロオロする香織にようやくハッとした様子で恵理が気付いた。

 

「…ごめんね香織ちゃん。ちょっと心の整理がついていなくて…えっと聞きたいことって?」

 

「え、あ…光輝君って何か変なところなんてなかった?」

 

「???変な所って…特になかったよ?」

 

「え」

 

「この世界に来たときはオロオロしていたけど、うん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そ、そうなんだ…ありがとう恵理ちゃん」

 

 そのまま不思議そうな顔をしている恵理を置いて親友を探す香織。いつも冷静で人をよく見ている恵理があんな誰がどう見たっておかしい天之河光輝を変わっていないというのだ。なら小さい頃から知っているはずの雫は?

 

八重樫雫は訓練所で見つけた。武器を構えている姿はどこか精彩を欠いているようだ。香織に気付いた雫が訓練を中断し駆け寄ってくる。その表情は驚きに満ちていた。

 

「香織…貴女もう大丈夫なの?」

 

心配そうな目で見てくる親友に香織は飛びかかるようにして抱きしめる。

 

「わぷっ、香織、貴女何をやって…」

 

「ごめんね雫ちゃん…ずっと心配をかけて…私はもう大丈夫だから」

 

そのまま胸に抱きしめた雫の頭を撫でる。不思議そうな顔をする親友に香織は自分の気持ちを打ち明けた。

 

「私ね、ずっと怖かったの。南雲君…ううん。2人が死んだと思って…その事実を受け止めようとも確かめようともせずにずっと逃げていたの。閉じこもってさえいれば嫌な現実から逃げられると思って…でもそんな事をしていたら駄目だよね。」

 

「香織…貴女」

 

そのまま親友と目を合わせる。自分の気持ちを少しでも相手に伝わるように。

 

「雫ちゃん。私あの2人が死んだなんて思えないの。もちろん分かっているよ。あそこから落ちて生きていると思う方がおかしいって。でもね、死体を確認したわけじゃない。可能性は低くても何もわからずに死んだなんて思いたくないの」

 

「……」

 

「だから私は強くなって自分の目で確かめるよ。たとえ何があっても。」

 

 雫はじっと自分を見つめる香織に目を合わせ見つめ返した。香織の目には狂気や現実逃避の色は見えない。ただ純粋に己が納得するまで諦めないという意志が宿っている。こうなった香織はテコでも動かない。雫どころか香織の家族も手を焼く頑固者になるのだ。

 

「そう…なら私も付き合うわ、あの光輝が死んだなんて思えないから…」

 

そこで香織は思い出した。親友に会いに来た理由を。

 

「ねぇ雫ちゃん。…光輝君ってこの世界に来てからずっとおかしかったよね?」

 

「…光輝?何も変な所なんてなかったわよ。」

 

「…本当に?」

 

「ええ。間違いないわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 やはり、雫も違和感を感じていない。ハジメと一緒にいる彼はいったい何者なのか。

 疑問は尽きないがあのハジメのことを気遣う優しさは本物だ。そのためにも彼らに会うために強くなる事を決意する香織だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後のところを大幅に追加しました。
香織の口調が変かもしれません。…そのうち慣れるといいな
深夜のテンション駄目、絶対。

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