ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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エヒトルジュエ

 

 

 まっすぐ伸びる白い通路意外全てが黒に染まった世界でハジメは一人歩いていた。周囲は深淵の様な闇で覗き込めば吸い込まれそうなほど黒く、足元の白亜の通路が伸びる先は上へつながる階段となっていた。

 

(この先にエヒトが…罠はなさそうだし、ちょっと考えながら進もうかな)

 

 まさか、招待をして置きながら罠を使うとは考えられず、またコウスケから聞いたエヒトの性格や過去などから推測して少しばかり考え事をしながら歩き始めるハジメ。エヒトを相手にするにはどういうやり方が効果的か、大体の見当はついていた。

 

(さて、準備は色々としてきたけど、どこまで上手く行くのかな?)

 

 エヒトとの決戦という事でコウスケと清水とで考えた秘密作戦がどこまでエヒトに通じるのか終わった後はどうするのか実はコウスケに任せっきりになっており上手く行くかどうか未知数だったのだ。

 

 一応、コウスケ自身の身体を取り戻すまでは自分自身も頑張る予定だが、その後が妙に心配になってしまう。ぶっつけ本番の事が多すぎるのだ。

 

(まぁ、ここまで来たんだから問題は無い、かな)

 

 考えてもやるべきことはしたのだ。後はどうにでもなれと言う気持ちとさっさと面倒事を終わらせたい気持ちを半々に抱えながら階段に足を掛けるハジメ。

 

 

 

 『魂魄魔法――発動』 

 

 

 

 白の世界。

 

 階段を登り切った場所は上下左右、周囲見渡す限りの白い空間が広がる世界だった。地面の感触は確かにあるのだがともすれば上下の間隔を失ってしまいそうだった。

 

「ようこそ、我が領域、その最奥へ」

 

 よく聞きなれた声なのに言い方が実に気に入らない言葉は奥から聞こえてきた。ハジメが目を向けるとそこで玉座に座っていたエヒトの姿に絶句した

 

「どうかね、この肉体を掌握した我の姿は?あの男にはもったいないこの肉体、我が『うわ、だっさ!』…」

 

 エヒトが凄まじいドヤ顔で話している最中に思わず突っ込んでしまったハジメ。いきなり話を遮られてしまったことでかエヒトの眉がピクリと上がるがハジメ全く気にしなかった。

 

「フッ どうやら友の身体を奪った我「センス悪っ!え、それマジでかっこいいって思ってんの?本気で?うわぁ~」

  

 ハジメがドン引きしながら突っ込んだそのエヒトの姿は金色を意識して作られた鎧姿だった。キラキラと著しく主張する豪華絢爛さをモチーフにしたその姿は日本人である天之河光輝の顔であまりのも台無しだった。悪趣味の権化である金色の鎧と言う時点でカッコ悪いのだがそれはあくまでも鎧が悪い訳では無かった。着ている本人のセンスと顔が著しく駄目だった。

 

 天之河光輝はイケメンである。腹立つことだがそこはハジメも頷く事だった。日本にいたころはいつも学校で女子生徒達から黄色い歓声をあげさせまた、男の目から見ても嫌になるほど整った顔立ちだった。だがそれはあくまでも日本での制服での話であり、鎧姿…詰まる所、東洋人の顔形で西洋をモチーフにした鎧姿になるのは着られている感があまりも強いのだ。

 

 現にまたもやハジメに言葉を遮られて青筋を立てているエヒトは鎧に着られている感が強すぎた。折角のラスボス戦だというのにこれでは余りも興ざめ著しい。ハジメの大きなため息が白い世界に響き渡る。

 

「あのさぁ コスプレにしてももうちょっと弁えてくれない?正直恥ずかしくて仕方がないんだけど、誰か止めてくれる人いなかったの?あ、そうかボッチだったね」

 

「…減らず口を。エヒトルジュエが命ずる――〝平伏せ〟」

 

 青筋を無理矢理引っ込めると引き攣った笑顔を貼り付けスっと口を開いた。が

 

「正論言われて、キレるなんて沸点低いね。自称神様?」

 

 そこにはまるで聞こえていないとばかりにエヒト冷たい視線を送るハジメの姿があった。強い侮蔑と軽蔑の視線は容赦なくエヒトに注がれており、それがまたエヒトの神経を逆なでる。余裕を崩さぬように手を差し出しハジメがぶっきらぼうに持っているドンナ―に対して空間を歪ませるが…特に何も起こらなかった

 

「…貴様、対策をしてきたな」

「まぁね。それよりもさっさと降伏してくれない?」

「…なに?」

 

 エヒトが何をしようが心底どうでも良いと言わんばかりハジメの言葉にエヒトは眉をピクつかせる。よほどハジメから言われた降伏勧告が癪に障ったのだろうが構わずハジメは続けた。どうせ聞き入れないだろうなと大きな溜息を付けてもオマケにして

 

「今ならまだ間に合うからさ、使徒と一緒にこの世界から撤退してなにもせずに引き籠ってくれない?」

 

 その言葉が開戦の合図だった。エヒトは無表情で玉座から立ち上がり莫大なプレッシャーを放ち白濁色の魔力光が白い空間を染め上げていく。

 

「良かろう。そんなに殺されたいのなら、無残に捻りつぶしてやる」

 

「遊んであげるよ。掌で踊るこの茶番劇を、君と一緒にさ」

 

 ほんのりと紅い魔力光がハジメを覆ったのと同時に最終決戦が始まった。

 

 

 

『座標……確認』

 

 

 

 エヒトの背後にある、輪後光から降り注ぐ白銀の光。球体のもあれば刃状、回転するもの様々なレパートリーの光をハジメは難なくと回避していく。タップダンスでも踊るかのような足さばきはどの光もハジメに課することは無かった。

 

「ほぅ、躱すか」

「射手が下手くそなんでね。避けるのはたやすいよ。寧ろグレイスでもして得点稼ぎでもしようかな?」

 

 減らず口を叩きながら難なく避け続けるハジメ。中指を立てエヒトを挑発する余裕っぷりだった。

 

「貴様のその物言い 癪に障るな」

「だから沸点低いってば。もっと貫録を見せてほしいよ。あ、そう言えばボッチなんだったっけ?じゃあ無理だよねゴメンね、毎日人形遊びをしているエヒト君には無理な話だったよね」 

 

 隙あらば挑発をするハジメ。顔は不敵に笑い、疲れも見せない。その事がさらにエヒトを無意識に苛立てさせる。

 

「ならばその人形によって散るが良い」

 

 苛立ちを隠す様に腕を一振りさせると背後の輪後光が燦然と輝きを強め、その直後、ズズズと人型の光が現れた。光そのもので構成された人のシルエットは、その手に二振りの光で出来た大剣を携えていることもあって使徒を彷彿とさせる。

 

「能力は使徒と同程度だ。しかし、この後光が照らす攻勢の中、果たして自律行動で襲いかかる光の使徒まで、対応できるかな?」

 

そんなことを言っている間にも、光の使徒はおびただしい数が生み出されていく。既にエヒトルジュエを中心に、輪後光を背にして並ぶ光の使徒の数は軽く百を超えるだろう。だがその光景を見てハジメはやれやれと肩をすくめる

 

「出来るさ ってかボス戦で現れる雑魚って只の回復ポイントにしかならないんだよね。ゲームをやった事が無いのかな?」

 

 言葉と同時に現れた光の使徒を指でなぞる様にして指し示せば光の使徒は何もすることもなく徐々に溶けていき光の粒となっていく。その光景に驚愕するエヒトを尻目に光の粒はそのまま空間に消えていった。

 

「――――なに?貴様一体何をした」

「ちょっとは考えてみたら?」

 

 おどけたように肩をすくめドンナ―を二発打ち込む。エヒトの防御壁によって弾かれるはずのその弾丸は吸い込まれる様にして防御壁を突破し肩とわき腹に当たった。 

 

「―グゥッ!?」

 

「『銃は人にとって脅威』そんなこと知らないの?まぁいいや ちょっと手加減してあげるから軽い雑談に付き合ってよ」

 

 長年与えられなかった痛みに驚くエヒトをハジメはにこやかに笑うのだった。

 

 

 

 

『空間――把握』

 

 

 

 

「エヒト、君は異世界からこの世界にやってきたらしいね。理に至ったとか何とかよくわかんないけど都合よくこの世界にやってきた馬鹿集団のの一人なんだってね」

 

 光弾の群れを難なくと躱しそっと囁くようにエヒトに語り掛けるハジメ。不思議と声はエヒトにしっかりと届き、いやが応にもエヒトの耳に入ってくる。

 

「何も知らない無知な人々にいろいろ教え込んで神様気取りをしている馬鹿達の中で最後まで生き残った究極の馬鹿。ほんっと馬鹿な奴ら、自分より下を見て自分が上だと思いたがる思春期の子供なのかな?」

 

「―――貴様ッッ!!」

 

 エヒトから放たれた雷の槍はハジメに当たることなく地面に吸い込まれる様にバラバラに拡散していく。苛立ちながら声を出すがそれでも当たらない事実は変われなかった。

 

「教えてあげるよ、世界は広い。お前が見ているのは只の箱庭だ。自分より上なんて一杯いるのにどうしてそれが分からないのかな。不思議だね、全知全能がキャッチコピーのエヒト様なのにやってることは自分より小さな虫を丁寧に潰しているだけ、なんて情けない」

 

 ハジメに襲い掛かる光星と爆発はステップの一つであっさりと躱されてしまう。ほぼノータイムで動くハジメの動きをエヒトは捉えるのがやっとだった。知らずのうちにエヒトは歯噛みをしていた。嫌に響く声を遮るはずの攻撃なのに捉えることが出来ず状況では有利なのに心情では追い詰められている。

 

「他所からやってきて我が物顔で人の庭を荒らし続け、そして庭に住んでいる小さな虫を潰していくことに悦楽を感じているって…神様を謳っているのにそれはどうなの?やってて恥ずかしくないの?自分を客観視できないの?」

 

 距離を取り大げさに肩をすくめ溜息を吐く。普段なら一蹴するはずのその挑発が何故か酷く癇に障るのだ。器の候補であった吸血鬼がなした五体の天竜を作り出す。ユエが作り出した最上級の魔法はエヒトの手によって魔物化が施されとぐろを巻くようにエヒトの周りをまわっていた。

 

 ギロリと赤黒い双眸をハジメに向けた五体の天竜は、直後ハジメのドンナ―で瞬く間に頭を吹き飛ばされた。 

 

「―――は?」

 

「あのさぁ、魔物化するんならちゃんと魔石を隠してよ。弱点モロバレだっての」

 

「貴様…貴様一体その力は何なのだ!?」

 

 渾身の魔法と言う訳では無かった。だが常人が破る事の出来ないものでもある、先ほどからの攻撃をしても掠るか躱されるかのどっちかしなかった。最初は遊んでいたのは事実だが、ここまで何も傷を負わせることが出来ないというのは屈辱だった。そんなエヒトに対してやはりハジメはどうでも良さそうだった。

 

「八人目」

 

「八人目、だと?」

 

「八人目の解放者に授けられた魔法…正確には技能かな。習得条件は異世界トータスを冒険すること、名前は…」

 

 ほんの少し言うのをためらったハジメ。その自覚は一切ないからこそ実は体の方が悲鳴を上げているのだが、これも仕方のない事と割り切った。

 

「技能名は『()()()()()』 効果は八人目が認めた相手に有利なことが次々と起こる事 ま、どうあってもラスボスである君は僕を倒す事が出来ないって話だよ」

 

 主人公補正 詰まる所ラスボスであるエヒトは何があっても主人公であるハジメを殺せないし起こる様々な出来事がハジメに有利な状況を作らせてくれるのだ。だから、エヒトの光弾はハジメに当たらず、ハジメの銃弾は五天龍を一発で倒すことが出来た。

 

(最も、全部が全部優遇されることってもわけじゃないんだけど…)

 

 しかしながらデメリットもある。ハジメ自身が自分の事を主人公ではないと思っているから使えば使うほど体に負担がかかるのだ。現に表情には出さないが体のあちこちで無理な動きをしてしまったせいで軋みの様な悲鳴を肉体が上げている。 

 

「は、はは 何だそれは、よくもまぁそんな妄言を吐けるものだなイレギュラー!」

 

「そうかな?さっきから僕にとって都合が良い事が起きているんだけど、自覚は無いか…」

 

 ぽかんと口を開けたエヒトが揶揄するように口角をあげて批判する中、エヒト自身がその主人公補正によって大きく思考を歪められていることに気付いていないことにハジメは溜息をついた。対峙した時点でエヒトが術中に嵌っているのに本人が気づいていないのだ。時間稼ぎをさせられているという簡単なことにエヒトは全く持って気づいていない。

 

「あっさりと罠にかかるラスボス、他人任せの主人公。茶番劇に振り回されているのは果たして誰なのか。多分全員かな? …もう別に行けどさ」

 

『ルート開通。お疲れ様、後は俺がする』

 

 体内から響いた声をを聞きエヒトの相手をすること止める事にしたハジメ。銃を下ろし腰のホルダーに収める。長かった相棒(ドンナ―)の戦いもこれで終わりだった。ギチギチと身体の肉がきしむ音を聞こえるのを無視してエヒトに最終宣告をする

 

「さて、長々と話をしたけど要はこういう事。分岐点はここだ、さっさと負けを認めろ」

 

「……クククッ 調子に乗るなイレギュラー!!」

 

 激怒の表情をしたエヒトがプレッシャーを放つ。散々コケにされたことで堪忍袋の緒が切れたらしい。それ自体もハジメにとっては煩わらしい。自分の出番は終わったのだ。後は当人たちが納得のいく方法でやってくれるだろう。出来れば穏便に事を運んでほしいが…。

 

「そっか じゃ後は頼んだよ」  

 

「消え去れ!イレギュラァアアーーーー!!」

 

 輪後光が凄まじい光を放ち、直後極太の閃光が放たれる。それは地上世界で使徒たちが放ったものの比ではなく世界が放火うするのではないかと言う光の

爆発だった。視界が白く染まりハジメのいた場所がすべて白く塗りつぶされる。

 

 

「ハハハハ!!どうだイレギュラー!大言壮語を吐く割には呆気なかったでは無いか!口ほどにもない!」

 

 起こる筈もない無い砂煙を見て高らかに勝利を確信したエヒト。忌々しいと感じていた相手が居なくなったのだ、その表情には愉悦と同時にわずかな安堵があった。

 

 だがその顔は砂煙が無くなったと同時にピシリと固まった。

 

「いやぁ~流石はエヒト様。中々すんごいレーザーを発射する様で。でもまぁ俺の守護の方が一枚上手でしたけどねー」

 

 青い光の結界が張られていた、光の防壁には罅一つなく完全に光線を塞がれてしまったのが嫌にはっきりと理解できてしまった。

 

 佇んでいたのはハジメだった。だが表情が違った。先ほどまでは無関心が前面に対して今目の前にいる男は明朗に笑っていた。エヒトを見るその目には憐れみと怒りが備わっていた。

 

「き、さまは…もしや」

 

「対面するのはこれが初めてか?まぁいいや始めまして、かな?エヒトルジュエさん。どーも勇者をやらせてもらっているコウスケでっす」

 

 そこにいたのはハジメの身体でニヤニヤと笑うコウスケだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてだ!どうして我の『神剣』が効かぬ!?」

 

「俺が真剣で『真剣』にやってるからじゃないっすかねぇ~」

 

 エヒトが巧みに振り回す神剣をハジメが作った錬成剣で簡単に防いでしまうコウスケ。神剣とは伸縮自在、空間跳躍攻撃可能な魔法剣。透過の能力を持つ最強の剣だったのだ。それをコウスケはハジメがあり合わせで作った只の剣でつばぜり合いを引き起こしてしまった。

 

 剣戟は甲高い音を立て両者に間に火花が散る。しかしてエヒトは焦燥に駆られコウスケは余りにも余裕の表情だった。

 

「にしても、確かに手慰みに剣術を覚えたんだって?残念でした~悪いが棒捌きは俺の方が熟練だったようですな!伊達に右手が恋人だったわけじゃねんだぞこら!」

 

「ぐぬぅ!?」

 

 つばぜり合いを弾き袈裟切りにエヒトを切り付けるコウスケ。右肩から左わき腹に掛けてエヒトに裂傷が入る。そのまま内臓が出てくるかと思えば瞬時に傷は再生された。傷の修復はお手の物だったらしい。最もエヒトの精神(プライド)は確実に切り裂かれているわけだが

 

「つっまんねぇ奴だなエヒト。どうしたそれで終わりか?」

 

「舐めるなぁ!」

 

 輪郷港から放たれる光弾はコウスケの守護によって完全に塞がれており、接近戦は先ほどの様に片手間にあしらわれる。詰みは確実に近づいてきた。さらなる攻撃をとエヒトが手を翳す。

 

「なんつーか お前、ラスボスなのに全く厚みがねぇな」

 

「ガハァッ!?」

 

 が、翳した手が振るわれることはなく接近して来たコウスケによって鳩尾を思いっきり殴られてしまう。吹っ飛ばされたエヒトは体制を整える事も出来ず追いかけてきたコウスケの手によって背負い投げの要領で地面に叩きつけられる。

 

「しからば追撃ィ!」

 

「ぎっ!?」

 

 地面に叩きつけられたエヒトを今度は急速降下で踵落としを頭部に食らわせる。流石は頑丈な自身の身体ともいうべきか頭部は破裂することもなく地面にめり込んだだけだった。

 

「んっん~余裕をこいていた奴が地面にへばりつくのは心が洗われるようですなぁ~ そうは思いません事、南雲君~」

 

 エヒトを煽るようにして、実際調子に乗って体内にいるハジメの魂に語り掛ければ苦言が返ってきた。

 

『やり過ぎ。それは君の身体なんだよ?』

 

「俺の身体だからだよ。ったくいい年こいて神様ごっこをしている奴なんぞに主導権を握られるなんて恥ずかしくて仕方ねぇ」

 

 侮蔑を向けるのは自身の身体に向けて。先ほどの怒りの感情は簡単にエヒトに体を取られてしまった自分への八つ当たりだった。…そして今エヒトを相手に鬱憤を晴らしている自身にも侮蔑を込めて。 

 

「わ、れは…神ぞ。万物がひれ伏す…絶対の」

 

「あ、そう言うのもういいから」

 

 よろよろと立ち上がったエヒトに向けて強烈な蹴りを放つコウスケ。一切の容赦のない蹴りは吸い込まれる様にしてエヒトの股間に直撃した。

 

『うわっ!』

 

「~~~~~~ッッッッ!?!!??!?!!」

 

 体にいるハジメの声がドン引き、エヒトは声にならない声をあげ地面にのたうち回る。足の感触には何か柔らかい物を砕き潰した確かな感触が残っている。その感触に思わずコウスケの口角が上がった

 

『ちょ!何やってんの!流石にそれは駄目でしょ!』

 

「いいのいいの どうせ使うあても無いし …ちょいと親が悲しむぐらいかな。孫を作れなくてゴメンね~」

 

 地面をネズミ花火の様に転げまわるエヒトを何の感慨もなく見つめるコウスケ。たとえそれが天之河の顔だったとしても中身がエヒトだったとしても自身の身体を壊していく感触に暗い感情が湧き上がる。端的に言って楽しいのだ。自分の手で自分を壊していくという自傷行為が楽しく感じ始めてきたのだ。

 

 だが、その感情が表面化する前にストップの声が掛かる。

 

『コウスケ、作戦はもういつだって始められる。だから…これ以上そんな事をする君の姿は見たくないよ』

 

 その声は親友の声だった。自分の身体を壊し弄びそして罪悪感を募らせる自分へ案じているのが魂と言う状態だからかダイレクトに伝わった。

 

「…ムカつくんだ。力を手に入れて調子に乗ってイキっている自分が。この後の事に正当な言い訳を作ろうとしている自分が腹立つんだ。だから俺は、俺を許すことが」

 

『それでも暴力は良くない。…僕が言えた義理でもないけれど』

 

 弱い者いじめをしている自分が嫌になってきて、そのイラつきをよりによって自分の身体を使っているエヒトに向ける。それはまるで自分が嫌いな人間の様で…さらにムカつき暴力を振るい悪循環を繰り返す。今まさにコウスケがしている事だった。

 

『終わらせようコウスケ。僕達にはその義務がある』

 

「それは、主人公だからか?」

 

()()()()()()()()()()』 

 

 その言葉を聞いて大きな息を吐くコウスケ。先ほどまでの悪感情が晴れていくのが分かる。もやもやだった思考がクリアになっていく。確かにその通りだった。あの時奈落で始まった物語を自身のイラつきで不意にするのは確かに失笑ものだった。

 

(現金だよなぁ…一言で気分が晴れるんだもん)

 

 大きな息を吐き…そして穏やかな気持ちで立ち上がろうとしているエヒトを見た。何千年も神として生きてきたプライドがあるのか、はたまた自分が負けるという事が我慢できないのかその顔は折れていなかった。

 

「まだだ…まだ我は負けておらぬ!貴様らなんぞにこの我が!」

 

「そうだな。でもそろそろおしまいの時間だ。始まった以上ちゃんと終わらせないと、な?」

 

 ゆっくりとした歩調でコウスケはエヒトに歩み寄っていく。その声には強い憐憫の感情が含まれていた。ラスボスとなったエヒト、その実態は只の成長をしなかった子供で、主人公に倒されるためだけの踏み台でしかない哀れな舞台装置。この()()()()()()()()を思いそっとエヒトの身体に手を触れるコウスケ。

 

「その体は、俺の物だ。どうしようもなく惨めで愚かで救いようがない奴だけど…(自分)が面倒を見なくちゃいけないんだ」

 

 放たれるのは魔力の奔流。ハジメの身体を通し自身の身体に巣くっているエヒトを無理矢理引きはがす荒療治。今からされることに気付いたのかエヒトが必死の抵抗を始める。

 

「ぐぅぅぅう!!させるか!この体は!」

 

「そうは言ってもそろそろ三十過ぎそうなのにいまだにネットに依存しているブ男だぞ?そんなに蔑まれたいの?」

 

「…は?」

 

 そっと囁いた言葉が嫌に真実味が込められたからだろうか、直後エヒトの魂はコウスケの身体から大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 倒れ掛かる自分の身体を抱きしめ、魂魄魔法で魂をハジメの身体から本来の自身の体へ移っていく。

 

「いよっし これで元通りっっ!?!?」

 

「……ふぅ、ちゃんと戻ってる。 って何やってんの」

 

 元の身体に戻った瞬間体に激痛が走り先ほどのエヒト同様地面をのたうち回るコウスケ。同じように体の主導権を取り戻したハジメはそんなコウスケを座り込み呆れながら眺めていた。

 

「あががっがっが!! い、痛い!体中がとても痛い!特に股間が!俺の息子が!」

 

「そりゃそうでしょ… と言ってもこっちも体中ボロボロなんだけどね」

 

 コウスケの方は先ほどまで執拗に攻撃して居たので自業自得だとしてハジメの方も体は結構な疲労感と痛みで動けない状況だった。何せ身体能力が異常に上がっていたエヒトの相手をしていたのだ。元々の身体能力があったとはいえさらにコウスケの力で身体能力をブーストをしていたのだ。そして極めつけに先ほどまでコウスケがエヒトをいたぶるためにさらに体を酷使していたのだ。

 

「もうちょっと優しく扱って欲しかったんですけどー体中痛いんですけどー」   

「良いじゃん若いんだから、どうせすぐに治る。ってか香織ちゃん介護してもらえよこのリア充」

「…そっかそうすればいいんだ。サンキューコウスケ お礼に君の前でリア充っぷりを見せつけてやる」

「クッソ自分で言い出しといてなんかムカつく!俺も甲斐甲斐しく世話されたい!」

「誰に?」

「……ノーコメント」

 

 そんな両者とも動けない体で他愛もない雑談をしていた時だった。

 

 

『我はっ、我は神だぞ!! イレギュラァアアアッ!!!』

 

「うわっ!」

「のわっ!」

 

 その絶叫と共に衝撃波が放たれたのだ。防御する間もなく吹き飛ばされる二人。ゴロゴロと転がり何とか体を起こし見ればそこには光そのもので出来た人型が浮遊していた。

 

「わーお。ご本人様が降臨なされた」

「うーん。最終形態にしては迫力が無いなぁ」

 

 体は動かずそれでも軽愚痴を叩きあう二人。そんな二人にエヒトルジュエは極大の閃光を放つ。

 

「これが最後の仕事だ。持ってくれよ?」

 

 対するコウスケは今まで自分が最も頼りにしていた技能『守護』を展開し青い光の障壁をもって迎え撃つ。エヒトの光の奔流は青い光によって遮られていた。

 

『殺す!殺す!殺す!ここは『神域』!魂魄だけの身となれど、疲弊した貴様等を圧倒するくらいわけのないことだっ!貴様らを消し飛ばしその体を今度こそ奪ってやろう!』

 

「モテモテだねコウスケ」

「何かケツの穴がキュッと締まるんですけど…」

 

 ビキッ、パキッとコウスケの障壁に罅が入る中それでも余裕の態度は崩さない二人。

 

「そんな事よりも聞きたいことがあるんだけど」

「全知全能のエヒト様。どうか哀れな俺達に冥土の土産と言うのをお授け下さいまし」

 

 罅は広がりハジメ達が吹き飛ばされのは時間の問題だった。その事に気を良くしたエヒトは嘲笑混じりの声を上げた

 

『今更命乞いか! 効かぬなぁ!この我をてこずらせた貴様らは』

 

 

 

「「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」」

 

 

 その声は不思議と綺麗にその空間に響き渡った。純粋な質問でありハジメ達の疑問をエヒトは鼻で笑った。神である自身がわざわざ数えているわけがないと、

高らかに宣言してしまった

 

 

『そんなもん知らんなぁ!この世界のどこに我より劣る塵芥を数える馬鹿がいる!』

 

 

 その声を出した瞬間だった。膝に衝撃が走った。チクリとした痛みだった。歯牙にもかけない筈の痛みだったが敵は目の前にしかいなかったはずだ。エヒトはそう考え自身の膝を見て…

 

 

 

 

 そこには小さな子供がいた。青白く頬がこけ目玉が無い空虚なその視線でエヒトをしっかりと見て、無邪気に笑っていた

 

 

「――な、に?」

 

 見ればわさわさと自身の足にうごめく黒い人型の靄が纏わりついていた。 

 

 

 そしてエヒトは気付いた。白いはずの世界が、自分しかいない『神域』の空がひび割れそこから数えきれないほどの無尽蔵の黒い人型が溢れだしてくるのを認識してしまった。

 

 

 

 

 

「知らない、か  お前が今まで間接、直接問わず殺してきた人たち連れてきちゃったけど … 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけの塵芥(被害者)が居るのか俺も分からないなぁ」

 

 

 




次回エヒトの終わりと温めて腐った伏線の回収?

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