ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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後日談?エピローグ?ともかく前編です。



それぞれの道

 

 

 

「ひゃっほうぅううーーーー!!速いですぅーーー!!」

 

「んんんーーーーー!!」

 

『…二人とも叫ぶのは良いが油断していると落ちるのじゃぞ?』

 

 遥か大空の中、少女たちの声が響き渡る。一人は満喫するかのように体中を伸ばして風を浴びている。もう一人は気持ちよさそうに目を閉じ微笑んでいた。そんな二人に呆れるのは少女たちを乗せる黒い二メートルほどの龍だった。

 

 

「いいじゃないですかぁ~ティオさん背中っての乗り心地良くて気持ちいんですから」

 

「ん。大きくて安定感抜群」

 

『はぁ… 褒められておるのにどうにも喜ぶことが出来んのぅ」

 

 黒い龍の正体はティオで背中に乗っているのはユエとシアだった。何も遮る事のない大空を飛んでいくのはティオの故郷竜人族の里へ行くためだった。

 

『もうよい。はしゃぐのは止めぬからせめて荷物だけは落とさぬようにな』

 

「んっふっふ~ もちろんですよぉ 宝物庫亡き今はこれが無いと死活問題ですからねぇ」

 

「むぅ 今更になって気づく空間収納の良さ。私もいつかは出来る様に…」

 

 能天気に笑うシアは自分の荷物をバンバンと叩き、対して大きめの鞄をひしっと抱きしめるユエは唸る様に口を歪ませる。ハジメの作った錬成品やアーティファクトは世界から完全に消失した。便利ではあったが決して世界に必要では無かったのだ。

  

 そんな二人に対してティオは飛行しながらもフっと微笑んでいた。ユエとシアがハジメ達との別れにちゃんと折り合いを付けれていたからだった

 

 

 コウスケとの別れから一週間後にクリスタルキーを錬成したハジメ達もまた日本へと帰って行った。

 

 ハジメや香織、清水とも別れる時もまたユエとシアは悲しそうにしていた。別れはいつか起こるものだと理解はしていてもやはり辛い物は辛いのだ。しっかりと別れの言葉を告げ泣きながらもハジメ達を見送った二人。泣き笑いだったもののコウスケの時とは違ってちゃんと別れたのだ。

 

 王都でやるべき事をやったので、一度ハウリア族の元へ身を寄せた三人。そこで数瞬間滞在していたのだが、竜人族の里へ行こうとティオが提案したのだ。実にコウスケとの別れから一か月後の話だった。

 

『気分転換って奴じゃな』

 

「?何か言いましたかティオさん」

 

『いや、なに。妾の里の温泉を思い出してな。アレは良い物じゃ、お主たちが気に入るだろうなと考えておったのじゃ」

 

「温泉… 楽しみ」

 

 楽しみを声から漏らすユエにティオも嬉しくなる。何だかんだと思いつつも故郷には一度連れて行きたかったのだ。本当ならハジメ達も一緒にとは考えていたがこればかりは仕方なかった。だからユエとシアが喜んでくれるのならティオにとっては喜ぶべき事であった。

 

 

「温泉ですか… ハジメさんたちと一緒に行きたかったですけどねぇ」

 

「混浴?シアって結構大胆」

 

「違いますよ!一緒に旅行がしたかったって話です!それにハジメさんと混浴なんかしてしまったら香織さんが大激怒してしまいますぅ!」

 

「一理…百理ある。きっと顔は何でもない風を装って嫉妬の炎ををバリバリと燃やすに違いない」

 

「ですよねー ほんっと香織さんはハジメさんの事が好きなんですよねぇ」

 

 ティオの背ではやたらとのんびりとした会話が続いている。その声には寂しさが含まれていたが悲しさは無かった。ティオが思っている以上に折り合いが取れている様子だった。

 

「…思い出して来たらリリアーナさんの事を思い出しました。上手く立ち直ればいいのですが…」

 

「リリィの事? ん、問題ない。私が何とかする」

 

『あの娘の事なら大丈夫じゃろ。何、妾も手を貸すからな』

 

「私も協力はしますけどね。…まったくあんな良い子を放っておくなんてコウスケさんってば本当に馬鹿なんですから」

 

 コウスケとの別れの時ひとしきり泣いたシアはそう言うとパシッと自分の拳を手のひらに打ち付ける。

 

「今度会ったらギッタンバッタンのコテンパンにしてやるですぅ!」

 

「私も協力する。情けない顔を晒すまで血を吸い続ける。遠慮はしない」

 

『…お主ら本当にまた会えると思うのか?』

 

 余りにもはっきりと再会を果たすような声で言うものだからついティオは聞いてしまった。世界が違うのだとそう聞いたが二人はそろって首を振った。

 

「会えますよ。いつかまた、どこかの未来で」

 

「会える。私たちが生きて旅をし続ける限り可能性はゼロじゃない」

 

 そう、可能性はゼロではないのだ。里での小旅行が終わったらユエ達三人は世界を旅することになっていた。誰が決めたことでもなかった。ただ、お互いそうしようと思ったのだ。

 

 旅が続けばいつかはめぐり合うかもしれない。どこかで再会するかもしれない。どれもこれももしもの話ではあったが不可能と言う話ではないのだ。

 

『そう…じゃな。この空がある限り、いつかまたどこかで出会うのじゃろうな』

 

「そういう事です!さぁティオさん思いっ切りスピードを上げてください!一気に空を駆け抜けていきましょう!」

 

「ティオ、あの空の向こうへ、世界の果てまで行こう!」

 

 見渡せば青い空が途方もなく広がる。竜人族の里まであとどれくらいか、はしゃぐ二人にティオもつられて叫ぶ。

 

『うむ!振り落とされぬように捕まっておれよ二人とも!妾の全力は一味違うからなぁ!』

 

「うっひゃあでっすぅぅううう!!!」

 

「んんんーーーー!!!!」

 

 空に響くは少女たちの笑い声。その楽しそうな声はどこまでも青空に響いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけで、どうだウィル?悪い話ではないと思うんだが…」

 

 とある町のギルド酒場にてウィル・クデタは以前からの知り合いで会った先輩冒険者であるガリティマから誘いを受けていた。ガリティマの誘いとは、自身が抱える護衛団入らないかと言う勧誘だった。決戦で見かけたウィルをどうにかして誘えないかと以前から話を持ちかけていたのだ

 

「…ありがたい話ですが、すいません」

 

 その誘いをウィルは断った。理由として色々浮かぶがどうしても自分の目的とは合致しないのだ。先輩であるガリティマの誘いを断った罪悪感はあるウィルにも譲れない思いはある。そんなウィルを見てガリティマは一つだけ溜息をつくと苦笑した。

 

「そっか。悪かった。お前にはお前で冒険者をやり続ける理由があるもんだからな」

 

「すいません。どうしても、自分の好奇心を止められなくて」

 

「いいんだ。それじゃ振られちまった男はさっさと退散するとしますかね」

 

 気さくな笑みを浮かべウィルから離れていくガリティマ。その背を見送るとフッとウィルは息を吐いた。

 

 

 エヒトとの決戦でありコウスケとの別れから二か月。ウィルは未だにどこかの冒険者とパーティーを組むことなく1人で行動していたのだ。

 

(…組んだ方のメリットが多いのは理解しているんですが)

 

 一人酒場の机に突っ伏しながらも考えるウィル。それもこれもウィルにとっては冒険者となったのは名誉や金のためではないからだ。

 

 ウィルは自身の冒険心が満たせばそれでよく、そのために貧困になっても収益が赤字になっても仕方ないと割り切れるのだ。だが出会う冒険者たちにとってはやはりと言うか当然とでもいうべきか実益を求める人が多かった。 

 

(うーん 自分が異端だとは理解しているのですが…)

 

 幼かった時に憧れた夢は今かなえられている。その事に不満は無い、だがやはり誰かと組んだ方がまた新たな発見があるかもしれないと考えるとどうにも燻る物がある。

 

「お前が、ウィル・クデタか?」

 

 机に突っ伏し考えに耽るウィルにその時、声がかけられる。顔を上げればそこにいたのは酒場のマスターだった。ギルドの統括者でもある為顔を覚えていたのだが…訝しむウィルに対してマスターは淡々と話しを続ける。

 

「依頼が入ってきた。相手はお前をご指名の様だ」

 

「私を…ですか?」

 

 珍しい事もある物だと首を傾げるウィル。依頼は大体掲示板に張るものだがわざわざ人物を指定するのは珍しい事だからだ。

 

 受けるか受けないかは別として依頼内容を聞くと、なんとも奇妙なものだった。

 

「内容は依頼人の探し物の補助、拘束期間は恐らく長期になる。そして報酬は…心強いパートナーと満たされる冒険心?」

 

 何とも変な依頼だった。とてもではないが依頼してきた人物はギルドを活用したことが無いのだろう、そんな風に思いつつもウィルは結局依頼を受ける事にした。何だかんだで面白そうだと思ったのだ、報酬はあえて考えないで置くことにした。

 

 

 依頼人との待ち合わせ場所でのんびりと待つことにするウィル。その間に一応武器の手入れを行なって置く。

 

(…相変わらず頑丈と言うか、刃こぼれしませんね)

 

 異世界の友人から渡された『風伯』の手入れを行ないながらも改めて渡された業物に感激のため息をこぼす。刃こぼれはせず切れ味は鈍らず、使えば使うほど手に馴染んでいく錯覚さえ覚えさせもはや魔剣かと思わせる自分には過ぎた武器。この業物にふさわしくなるにはあとどれぐらいの年月が必要になるだろうか。

 

(まぁなって見せますけどね。…あの人の約束ですから)

 

 今はもう会えない異世界の友人の事を思い出していると足音が聞こえ顔を上げたウィル。その依頼人の姿を見て驚くのだった 

 

「お久しぶりですね。ウィル・クデタ様」

 

「あなたは…ノインさん」

 

 黒いローブを纏い涼やかな笑みを見せ現れたのは以前、使徒との戦いで共に戦ったコウスケの従者ノインだった…

 

 

 

「ここが目的地…ですか」

 

「ええ、ここが私の目的のものがある一番の可能性のある場所。という事で、依頼内容の詳細を説明させてもらいます」

 

 ウィルををつれ目的の場所へたどり着いたノイン。そこで改めて依頼の内容の詳細を説明する。連れてきたウィルは場所にただただ驚くばかりだった。

 

 それもその筈ノインが連れてきたのは神域にある無数の本棚が乱立する図書館のような場所だったからだ。

 

「探す物は、エヒトルジュエが書いたとされる資料で異世界からの召喚と使徒の創造に関するものです」

 

「ふむ。理由を聞いても?」

 

「ずっと違和感があるんです。私のマスターが呼ばれた事と私自身に関してどうしても疑問に思うのです」

 

 ノインにはミレディから事の真相を聞いた時から違和感があったのだ。ノインにはコウスケから直接知識を得た。だからこそ、解放者が本当にコウスケを呼び出したのかが気になってしまうのだ。

 

「本来ならマスターは別の世界と言っても次元が離れているんです。なのにこの世界で最も力がある解放者七人が()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なるほど…コウスケさんはハジメさんたちとは違いもっと違うところから来たという話でしたからね。エヒトルジュエが呼び出したのとは話が違うという事ですか」

 

 ノインの資料探しに協力しながら相槌を打つウィル。膨大な本の中から異世界召喚に関する資料探しを協力をしてくれるのはノインにとって大変有り難かった。また、話を第三者に話せば自身の情報の整理にもなるので事情を知っているウィルに話すのはためらいが無かった。

 

「では、もう一つのノインさんに関する事とは」

 

「…南雲様と戦う以前の記憶が完全に消失しているんです。まるで不要なものと言わんばかりに」

 

 自身の記憶を探っても始まりとして覚えているのがハジメと敵対していた時の記憶しかなかったのだ。それ以前の『ノイント』として行動していたはずの記憶が無くなっているのだ。

 

「使徒の中で私だけが異常でした。マスターといたときはさほど気にしなかったのですが今になって思うのです。もしかして私はエヒトルジュエに生み出されたのではなく()()()()()()()()()()()()()()()()のでは無いかと」

 

「つまり、元々はエヒトの使徒ではなく、コウスケさんたちが王都に現れたときに初めてノインさんが生まれてきたと?考えすぎでは…無さそうですね」

 

「盤上の駒ではあるつもりでしたが、ここまでくるとまさしく誰かの介入を感じてしまうのです」

 

 マスターであるコウスケには相談できなかった事だった。コウスケは本当に解放者が召喚し呼び出されたと信じていた。

 自分自身はエヒトルジュエが作り出した使徒の一体だと思っていた。

 

 だが本当は違うのではないか。根本的に間違えているのではないか。本当はもっと力のある別の存在にコウスケは呼ばれ自身は作り出されたのではないか。

 

「違っていたのならそれでいいんです。でも、もし仮に推測が当たっていたのなら…」

 

 だからノインはコウスケと別れたこの二か月間を神代魔法を習得するための迷宮攻略に時間を費やしたのだ。そして魔人族領や解放者の住居などを調べたのだが何も成果は得られなかったのだ。

 

(考えすぎかもしれませんが…どうにも引っかかります)

 

 ノインがしていることは終わった物語に粗を探すようなものだ。闇雲にあら探しをしかき乱す事ではない。それでもやはり気になってしまったのだ。

 

「ウィル様。貴方が依頼を受けてくれたこと真に感謝します。私一人では手が回りませんでした」

 

「別に構いませんよ。コウスケさんに関することなら私も協力いたします。…にしては報酬がどうかなとは思いますが」

 

 背中越しでウィルが苦笑しているであろう気配が伝わってきた。確かに報酬はどうすればいいのか判断できずノインが考えられる範囲でウィルが受けれるものをと考えたのだ。

 

「この調査に私が納得をしたら、貴方の冒険者活動に協力をしようと考えていたのです。 うん、流石に今考えてももっと別の事でお支払いをすればよかったんですが」

 

 ウィルに協力を持ちかけたのは事情を知っており尚且つコウスケがこのトータスで最も信頼した信用のある人間だったからだ。ユエ達に相談すれば力を貸してくれるかもしれないが、ノインには彼女たち協力を頼むのは憚れた。  

 

(彼女たちはは彼女たちの生き方がある。私の気の迷いに協力を頼むのは…出来ませんね)

 

 ユエ達の旅行と旅に誘ってくれたのはありがたいがノインはユエ達に干渉するつもりは無かった。それぞれにはそれぞれの生き方があり未来があるのだ。

 

「協力、ですか。つまり私と冒険者として組んでくれるのですか?」

 

「嫌でしたか?そろそろソロ活動から脱却をしたい頃なのかと思いましたが」

 

「うっ… その通りです。だから、本当にいいのですか」

 

「構いませんよ。貴方はマスターが選んだ人ですから」

 

 背中越しの会話だが雰囲気はいたって穏やかだった。後ろでワタワタとしている青年の気配がノインにはとても面白い。何となくコウスケが気に入った理由がわかる。この青年は真面目で穏やかな気質の持ち主だからこそコウスケは気に入ったのだろう。

 

「それなら…ノインさん。この依頼が終わった後ですが私と」

 

 バサリッ 背後から本が落ちた音がした。それだけならノインは特に気にしかなった。だが後ろにいたはずのウィルの気配が無くなったと勘づくと話は別だった。

 

「…ウィル様」 

 

 すぐさま短槍を構え背後を振り返る。ウィルの姿は無かった。ウィルが居たであろう場所には落した本が散らばっている。

 

 

「これは…どうやら当たりを引いてしまいましたか」

 

 周りには気配が無く、生きている物は自分しかいない。それなのに本能的に分かってしまう。どうやら自分は不用意に覗いてはいけないものを覗いてしまったのだと。そしてそれが自身をはるかに超える超常的存在であると理解した。

 

 

 

 

「ああ、…そういう事だったんですね」

 

 

 そう呟いたのが最後だった。

 

 

 

 

 

 

 そうしてその神域から  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も居なくなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コウスケは居なくなった。元の世界に帰ったのだと。

 

 目を覚ませばハジメ達からそう説明された。そこには確かにいつも笑っているはずのコウスケは姿はなかった

 

「ううっ…ぐすっ」

 

 事情を説明されリリアーナは泣いてしまった。別れを告げられたこと、好意が重いと言われてしまったこと、コウスケの手を握れなかった事、…本当は好きだと思われていた事。

 

 コウスケとの別れを思い出し涙があふれ、また今までの楽しかった会話を思い出し感情が不安定になる。起きてからずっとリリアーナは涙を止めることが出来なかった。

 

「リリィ…大丈夫」 

 

 そんなリリアーナの傍にいたのはユエだった。泣いて目を赤くするリリアーナに慈母のような笑みを見せ優しく頭を撫でる。

 

「ユエっさん。私は…私はあの人にっ」

 

「大丈夫。大丈夫だから落ち着いて」

 

 子供の様に泣きじゃくるリリアーナにたいしてユエは背中を撫でる。それがまたリリアーナの感情を高ぶらせる。優しさが今は何よりも嬉しく辛かった。

 

 それから時間が暫く立ち背中を撫でられ子供のように泣きじゃくっていたリリアーナはようやく落ち着いて話をすることが出来た

 

「すみません…みっともないところを見せてしまって」

 

「平気。ちゃんと泣ければそれでいい」

 

 幼い外見ながらも微笑みを見せるユエは自分より年上だという事を強く認識させた。だからリリアーナは自分の心情を心置きなく話すことにした。今は話をしたかったのだ。

 

「私…知らなかったんです。コウスケさんから重いと思われていたなんて」

 

 ただ自分の思いを真っ直ぐ伝えていたのだ。まさかそれが逆効果になってしまうなどリリアーナにはわからなかったのだ。話を聞くユエは少しばかり考えて口を開いた。

 

「コウスケは多分この世界に来るまで女の子と触れ合う機会が無かった。寧ろ嫌われていると考えていたフシがある。だから素直に好きだと言っても疑ってしまった」

 

「そう、だったんですか。 …考えてみればコウスケさんは自分の過去を話しませんでした」

 

 ユエの言葉で少し納得したリリアーナ。想い返せばコウスケとの会話は何時もリリアーナの事や今までの冒険が話題の中心となっていたのだ。コウスケは過去についてあまり話したがらなかった。 

 

「好きだと言われて疑って。嬉しい反面どうして自分がと思ったはず。だからリリアーナの事を後回しにしていた。女の子の気持ちが理解できなかった」

 

「私はコウスケさんのその気持ちを理解できず距離を詰めすぎてしまったんですね……それにしてもユエさん、随分とコウスケさんの事を知っている風に話すんですね」

 

「妬いている?」

 

「…少し」

 

 くすくすと笑うユエ。そんな風に笑われるとリリアーナも何とも言えない顔になってしまう。そこへガチャリとドアを開く音が聞こえシアとティオの二人が部屋に入ってきた。

 

「リリアーナさん、大丈夫ですか?」

 

「はい大丈夫です、…心配をおかけしました」

 

「その顔を見ると何とか持ち直したようじゃな」

 

 リリアーナの顔を見るなりほっと息を吐く二人。そんなに酷い顔になっていたのかとリリアーナが疑問に思えばシアが頷いた。

 

「酷いってもんじゃないですよ!なんだか今にも消えてしまいそうで」

 

「絶望とはああいう顔をするんじゃのぅ…本当に平気か?」

 

 心配げに接してくれる二人に笑顔を見せようとして…リリアーナは止めた。どうせ取り繕った所で勘の良い友人たちにはばれてしまうのだ。ならば本当の事を話すことにした。嘘偽りなくあるがまま正直に。

 

「…辛いです。コウスケさんともう会えないことが本当に辛いのです。あれだけ忘れた方が良いなんて言われたのに、それでも私コウスケさんの事が忘れられないんです」

 

 ほんの少し涙が目の端に沸いてくる。それでもリリアーナはこの人のいい友人たちに話すことにした。 

 

「あの人の笑顔が忘れられません。あの人の優しさが、悔やむ顔が、悲しそうに笑顔を見せるところが忘れられなくて…また会いたいって思うんです」

 

 そこまで言ってまた涙がこぼれた。只会いたい、何を言えばいいのかどう接すればいいのか。分からなくてもリリアーナはコウスケにただ会いたかったのだ。そんな笑顔がくしゃくしゃになった恋する女の子にユエは近づき目線を合わせた。

 

「ん。良い顔になった。女の子は恋を知って現実を知ってちゃんと泣いて…それからまた立ち上がる物」

 

「…ユエさん?」

 

 リリアーナがポカンとした顔を見せる中ユエはニヤリと笑う。その様子にシアとティオがこそこそと内緒話をする

 

「…ユエさんなんかドヤ顔で語ってますが恋愛経験ありましたっけ?」

「いやまだ処女だったはずじゃ。…あれじゃろ年上ぶりたいのじゃろ妾にもあんな時期があったのぅ」

「大人の女を演じたいんですねぇ …見かけロリッ娘なのに無茶をしますぅ!?」

 

 後ろから聞こえた声に適当な魔法を撃ち改めてリリアーナに向き合うユエ

 

「リリィ答えて。コウスケの事を諦めきれない?また会いたいって思う?…どんなに拒絶をされても一目会いたい?」

 

「はい、会いたいです。諦めきれません」

 

 その言葉を聞いて世界最高峰の魔法を使える吸血姫は恋する少女に向かってニヤリと笑った。

 

 

 

「なら、恋する少女の可能性。それがどんなものか貴方に教えてあげましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん、んん?」

 

 零れ落ちるような日差しの温かさで意識が浮上していく。眠たげに目をこすり体を机から起こしそのまま少しだけぼんやりと周りを見渡す

 

「私、眠っていた?」

 

 机の上には書類が散らばっており自分が昨夜遅くまで政務をしていた事を思い出す。ワーカーホリックの自分に苦笑し体を起こし少しばかり体を伸ばす。ポキペキと小気味の良い音を立てる体を簡単にストレッチしながら小窓のカーテンを開けた。

 

「うん、いい天気」

 

 外から降り注ぐ日差しはとても気持ちが良く気分が現れるようなものだった。先ほど見た夢も相まってリリアーナは何となく今日が良い日になるのではないかと思ったほどだ。 

 

「それにしても随分と懐かしい夢を見ちゃった。 …あれからもう六年もたつのに」

 

 先ほど見た夢の内容を反復しながら一人呟くリリアーナ。コウスケと別れユエから誘われたあの日から実に六年も月日がたっていた。

 

 懐かしさを感じながらもテキパキと身だしなみを整えていく。そうしながら今日の政務の段取りを考えていく。それがいつもにリリアーナの日課だった。

 

 そうして準備を済ませた時だった。部屋のノックの音が鳴る。返事を返せば現れたのはランデルだった。

 

「おや?姉上今日は随分と機嫌が良さそうですね」

 

 そう言って不思議そうな顔をするランデルはあの時から随分と成長し十六歳となっていた。美少年と言う少年特有の可愛らしさは鳴りを潜め、男性として精悍な顔つきへと変わっていった。体つきもしっかりとし、身長は随分と前にリリアーナを越してしまった。

 

 そんな弟にリリアーナは先ほどの夢の事を懐かしみながら話した。

 

「さっき、夢を見たの。随分と懐かしい夢」

 

「懐かしい夢、ですか」

 

「コウスケさんが居たときの夢。…本当に懐かしい」

 

 懐かしむように言えばランデルの顔が一瞬だけ影を差す。そんな事にリリアーナは気付かずに話を続けていた。

 

「コウスケさんたちが召喚されて、色々あって、エヒトとの戦いがあって…そしてコウスケさんと別れるまでのそんな夢を見ていたの」

 

「…そうでしたか」

 

 リリアーナの言葉に思う事があるのか少しばかり考え込むランデル。そんな弟に話題を変える様にリリアーナは部屋に来た要件を聞くことにした。

 

「実は姉上に婚約したいという方々の便りが届きまして」

 

 ランデルが言うにはリリアーナに結婚を申し込みたいという人が大勢いるのだとか。リリアーナ自身そんな気はこれっぽちも持っておらず返事を先送りにしていたのだが、どうやら結構な数がたまってきたらしい

 

「もう、私はそんなことするつもりないのに」

 

「結婚適齢期が来ているって事ですよ姉上。全く自分がどれだけモテているか気づいていないんてやっぱり姉上は姉上ですね」

 

 十四歳だったあの時から六年もの月日が流れ今リリアーナは二十歳となっていた。背は少しばかり伸び少女特有の可憐さを備えたまま女性としての美しさも出てき始めたのだ。それは実の弟の目からしてもリリアーナは綺麗に成長していた。

 

「私の事はいいのっ それよりランデルこそ如何なの?ミュウちゃんとは上手く行ってる?」

 

「おっとこれは耳が痛い。勿論上手く行っていますよ。…内密にですが」

 

 苦笑するランデルはどうやらミュウと上手く行っているようだった。六年前の決戦時に知り合ったらしいが、詳細は恥ずかしいので教えてくれないという事だった。

 揶揄うような姉から逃げるようにしてランデルはフッと溜息をついた。

 

「私の方はそれこそ上手く行っているのでいいんです。それより姉上、結婚は成されないのですか」

 

「私は…ほかにやる事があるから、別にいいかなって」

 

「…行き遅れが身内にいると私の立場が悪くなるのですが」

 

「うっ」

 

 リリアーナは二十歳となり王族としてはもう嫁いでいてもおかしくは無かった。それでもことある事にのらりくらりと躱してきたのだ。

 

「ま、その言い訳も別にいいです。姉上今日は改めてお話に着ました」

 

「急に改まってどうしたの?」

 

 急に背筋を伸ばし真剣な顔つきになるランデル。その顔が父親と似ていると場違いな事を考えたリリアーナ。続くランデルの言葉に思考がストップした。

 

 

 

「いい加減、コウスケさんの所へ行ったらどうですか姉上」

 

「えっ…」

 

 動揺するリリアーナにランデルは呆れたように肩をすくめる。全てはお見通しだと言わんばかりに口角を吊り上げた。

 

「私が何も知らないだと思っていらっしゃるのでしたら大間違いです。長期の休暇を使って貴方が誰と出会っているのかちゃんと把握していますよ」

 

「ランデル貴方知ってっ!?」

 

 動揺する姉に対してやはりランデルは大きく溜息をついた。全ては調べがついていたのだ、ランデル抱える騎士団に新たに設立された諜報部隊によって。

 

「ユエさんシアさんティオさんと会ってコウスケさんの所へ行くための魔法の調練をしていた。全く姉上はいじらしい物です。堂々と王城ですればいいのに」

 

 弟の推測の正確さにリリアーナは何も言えなかった。リリアーナはあの日からずっとユエ達から魔法の手ほどきを受けていたのだ。全てはコウスケに会うために。

 

「…知ってて黙っていたの?」

 

「勿論です。大っぴらに応援することは出来ませんでしたが、姉上は姉上の好きなようにすればいいんですよ」

 

 ランデルは美しくなったリリアーナを見る。恋をして失恋し泣いてそれでも惚れた男の為に頑張るいじらしくも誰よりも大切な家族に父親からの伝言を伝える事にした。

 

「姉上、父上からの伝言です。『お前の幸せを誰よりも願っている』と。これは母上と私も同様です。貴方には誰よりも幸せになってほしいんですよ」

 

「…お父様、お母様、ランデル」

 

 驚くように息をのむリリアーナにランデルは微笑む。その笑みは優しかった父親と同じようなものだった。

 

「姉上、この国はもう大丈夫です。もう姉上の手に掛かる事はありません。だから今度は姉上の幸せの為に生きてください」

 

「…本当に何もかもお見通しなのね」

 

「弟ですから」

 

 ユエ達からの調練によってリリアーナは神代魔法を習得し空間を超え世界を超え次元を超えるまでの力を得た。それは教える者の腕が良く、リリアーナ自身諦めが悪く、何よりコウスケに会いたいという気持ちでやって来れたのだ。

 

『恋する乙女の可能性は無限大』

 

 そう言ってくふふと笑っていた師の言葉が頭をよぎる。それでもあと一歩踏み出せれなかったのはこの成長する国にもう少しだけ恩返しをと思っていたからだ。だがそれもランデルは構わないというのだ。

 

「…私は私の幸せを望んでいいのかな」

 

「構いません。寧ろさっさと行ってください。生涯独身を貫く姉なんて見たくありません」

 

「ふふっ 本当に生意気を言うようになったわね、ランデル」

 

 コウスケの座標を確認する様に肌身離さず持っていた白百合のペンダントをそっと手で包み込む。コウスケもまた同じような物をもって消えて行ったのだ。だからこのペンダントこそがコウスケのいる場所の座標となり道しるべとなっていた。

 

「それじゃあ後の事を頼んだわよランデル」

「任せてください。そちらこそもう二度と離さない様にしてください」

 

 

 いつもの様に、それでもどこか寂しそうに会話をする姉弟。そんな時に部屋をノックする音が聞こえた。

 

「リリアーナ様。申し訳ありません、こちらにランデル陛下はいらっしゃいませんか?」

 

 騎士団長アラン・ソミスの声だった。振り返りランデルは自分がいる事を告げる。

 

「私はここにいる。すぐにそちらへ向かう故少し待っててくれ!」

 

「はっ!失礼いたしました」

 

    

 そうして返事を返したランデルは室内へと振り向くと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

「行ったのですね姉上。 …どうかお幸せに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋には暖かな日差しが流れ爽やかな風が入ってくる。名残惜しそうに部屋を眺めながらランデルは姉の幸せを願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次が本当の最後となりますね…
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