ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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お待たせしました、これにて完結です!

それでは最後まで都合のいいお話の始まり始まり~

一応説明です。ハジメ達が召喚されたのは当小説では高校二年生の5月ぐらいを想定して書いています。一応ご注意を~


ありふれた勇者の物語

 

 

 

 

 

 キーンコーンカンコーン~キンコーンカンコーン

 

 チャイムが鳴り、生徒たちのざわめきが教室内を騒がせる。明日から学生待望の夏休みとなるのだ。学校が午前中で終わり気が早い者は友人たちと何処へ遊びに行こうかと言う話題で盛り上がっているという学生特有の活気が教室を包み込んでいる。

 

 その中で天之河光輝は今日こそ南雲ハジメと話をしようと席を立った。つかつかと歩み寄り清水幸利と何やら話をしているハジメに近寄る。

 

「南雲、ちょっといいだろうか」

 

「天之河君。 …何か用かな?」

 

 清水との会話を中断し真っ直ぐと光輝に振り向くハジメの雰囲気はやはり光輝が知ってる以前のハジメとは比べ物にならないほどに変わっていた。

 

 

 

 今から大体二か月ほど前、昼休みの教室をまばゆい光が埋め尽くしたのだ。何事かと腕で光を遮って光が収まるのを感じ目を開いた時…そこにあったのはいつもの教室だった。弁当やら教科書、水筒などが散乱している以外は光った時と全く変わらない状況だったのだ。

 

 いったい何があったのかと動揺している光輝の前でハジメと愛子先生、他数名だけは何やら落ち着いて掃除を始めていたのが光輝にはとても異質な光景に見えたのだった。

 

 そこから教室内の雰囲気は変わった。何が変わったのか光輝には全く持って理解できなかったが、南雲ハジメがほかのクラスメイトと普通に会話をし、談笑しているのをよく見かけるようになったのだ。特に仲がいいのはほとんど光輝の記憶にはない清水幸利とよく話す様になった。

 

 他にも愛子先生や谷口鈴と会話をしているのを度々見かけた。クラスの行事や授業を真面目に執り行っていた。不思議な光景だった、いつも遅刻ギリギリに登校し、授業にいつも寝て自分は何も興味ないから後は他の人がやってくれと言わんばかりの自分本位の行動が無くなったのだ。

 

 光輝はそれを喜ばしい事だと思った。何時もやる気が無いハジメが何が切っ掛けかは知らないが良い方向に変わったのだ。時折自分の顔を見て遠くを見るような目をするのが不思議だったがとにかくクラスメイトの学生態度が変わったのは喜ばしい事だと本気で思ったのだ。

 

 ただ一つ光輝は気に入らないことがあった。

 

「それで、話って何かな?」

 

 人気のない廊下でハジメと向き合う光輝。やはり対面して改めてハジメは変わったと感じた、以前の愛想笑いで場をやり過ごそうという態度は無く、自然体で光輝と向き合っていた。

 

 だから光輝は自分自身気付かないうちにイラついた口調でハジメを詰問した。

 

「南雲…君、香織と付き合っているんだって?」

 

 白崎香織は天之河光輝にとって幼馴染だ。優しく面倒見が良く人のいい香織が度々遅刻常習魔のハジメに話しかけ世話を焼いているのを見たことがあった。あのまばゆい光が教室を覆った日もそうやって面倒を見て弁当を分けようとした様に光輝は香織の優しさハジメが甘えているように見えたのだった。

 

 そのハジメが香織と付き合っているという噂が立っていたのだ。そんな事あり得ないと思った光輝。現に学校内ではハジメと香織が仲良く会話をしているところは見たことなかった。だが学校外ではよく合っているという話を耳にしたのだ。

 

 どうせまた、香織が世話を焼いているのだろう、香織に甘えているのだろう。そう考えた光輝は香織に頼るのをやめる様に今日直にハジメに言いに来たのだ。自分が気付いてさえいない醜い嫉妬心を露わにしながら。 

 

「どうせまた、香織に甘えているんだろう。そんな事では君の為にならないし香織にだって迷惑だ。だk」

 

「うん、付き合っているよ」

 

「……は?」

 

 あっけらかんと答えるハジメに光輝は口をあんぐりと開けてしまった。そんな光輝にハジメは特に気にした風でもなく淡々と、しかしどこか気恥ずかしそうに頬を仄かに赤くさせ光輝が無意識にだが最も聞きたくなかった事を話し始めた。

 

「僕が告白したんだ、付き合ってくださいって。そしたらOKをもらえたんだ。いやぁあの時は本当に恥ずかしかったよ」

 

 照れ臭そうにしかし嘘をついてるようには全く感じさせない声音でハジメは香織との交際関係を認めた。それがまた光輝には気に食わない。

 

「嘘を言うな!香織がそんな事を言う訳…どうせ南雲が」

 

「はい、ストップ」

 

 溢れる衝動のまま口汚く罵ろうとした時だった。ハジメが人差し指を口元にやりシーッと声を潜める様に光輝を促したのだ。余りの突然な行動で口を止めざるをえない光輝。そんな驚いているクラスメイトにハジメは小さな子供を諭す様に穏やかに笑いながら話し始めた。

 

「駄目だよ天之河君。悪口を言うと君の格が落ちちゃう。…君が否定するのも仕方ないかもしれないけど事実なんだ」

 

 穏やかな声話すその様子は本心で言ってるようだった。でもどうしてと光輝が口を開く前にハジメはどこか悲しそうな目をした。その目が余りにも深刻そうでうっと息を飲む光輝。 

 

「勿論、君が否定したくなるように僕と白崎さんが釣り合っている様には見えないだろうし色々迷惑を掛けていたのも事実だけど…これでもちゃんと白崎さんと

釣り合うように頑張っているんだ」

 

 確かにハジメはクラスの行事には積極的に参加しているし、授業態度も改善されている。だからと言って光輝が納得するのかは別問題だった。

 

「それでも俺は認めることが出来ない、香織が南雲と付き合っているなんて」

 

「そう、…その顔で言われるとなんだか悲しくなるね」

 

 小さな声で何事かを呟くとそのまま踵を返しハジメは光輝の前から立ち去ろうとする。興味を失くしたと言うよりこの場にいるのが嫌だと言わんばかりのハジメの背に光輝は手を伸ばす。

 

「待て南雲!話はまだ終わっていないぞ!」

 

 まだ話は終わっていないとハジメの肩を掴もうとするがその前にハジメが振り返った。少しだけ労わるかのような目だった。

 

「そう言えば、中村さんは大丈夫なの?白崎さんから聞いたけど…具合はどう?」

 

 唐突な話題の変化。話を逸らそうとしているが、同時に友人である中村絵里の事を思い出す光輝。あの奇妙な出来事の次の日から学校に登校しなくなったのだ。急な出来事だったため光輝は事情を把握することが出来ず、恵理はそのまま休学となった。

 

 今はカウンセリングを受けており、恵理の親友である谷口鈴と畑山愛子先生が頻繁に香織が偶に様子を見ているようだった。

 

「あ、ああ 恵理は…平気だ」

 

 嘘だ。恵理に声を掛けようとした時に見たあの肉植獣を思わせる肉欲の目と今の周囲を怖がるように怯える目線の動きは普通ではない。何故そんな目をするのか、何を怖がっているのか、光輝には理解できない。ただ分かるのは以前見た控えめで温和な女の子に戻るのはかなりの年月が必要だと感じたぐらいだ。

 

「君の事を慕う女の子だ。……()()()()()()()()()()()()ってのだけは止めときなよ」

 

 忠告と助言と無関心が混ざり合った声を出すと光輝に振りむくこともなくハジメはそのまま立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 教室に帰ったハジメを迎えたのはつまらなそうに頬杖をついている清水幸利只一人だけだった。ほかの皆は始まった夏休みを少しでも伸ばそうとするために帰ったのだろうか。頬杖をついていた清水はだるそうにハジメに向かって鞄を放り投げ自分もさっさと帰り支度をする。

 

「ん」

 

「ありがとう」

 

 難なく自分の鞄をキャッチしたハジメ。そのまま清水と連れ立って教室からでる。廊下には人影が見当たらない、明日から夏休みなのだ。皆思い思いに帰宅したり遊びに出かけたりと長い休日を満喫するのだろう

 

 

「で、天之河なんだって」

 

「特に何も。いつも通りの子供の嫉妬だよ」

 

 光輝との会話内容に端的に返せば清水は納得をしたようだった。面倒そうに顔を顰めると溜息をついた。そしてハジメに向かってニヤリと笑う。

 

「やっかみを食らって大変だな リア充さんよぉ」

 

「特にどうって事は無いよ。…天之河以外からの嫉妬は無くなったんだからそれでいい」

 

「そうだよなぁ、みんなちゃんと知ってるもんなー  …あれから二か月か」  

 

 小さな懐かしむ声はハジメの耳に届いていた。

 

 

 異世界トータスから帰還してハジメ達は二か月となる。クリスタルキーはいつの間にか出来てありコウスケが作ったものだとノインが言った。使えば時間と空間を越え、あの召喚された直前に戻って来れるというなんともご都合主義な代物だとノインは珍しく苦笑した顔で言っていたのが印象的だった。

 

 トータスでの出来事を明確に覚えている物はハジメと清水と香織。後は畑山愛子と谷口鈴、それから檜山大介だけだった。

 

「谷口鈴は中村絵里の事を考えて。畑山先生はもし万が一生徒たちが記憶をフラッシュバックさせたときの保険と事情を知る理解者となる為…じゃないか」

 

 と言うのが清水の推測だった。結果的に鈴と愛子に話を聞いてみたらコウスケから直々に頼まれていたらしい。つくづく心配性な彼らしいとハジメは苦笑した。

 

 

「異世界に行って結果的にクラスの雰囲気も変わったし、良い事…なのか?」

 

「さて、僕にはわからないよ 檜山も中村も居なくなったのが果たしてどうなのか」

 

 廊下を歩きながら清水と会話を続ける。話題はトータスに行ってからのこちらの世界の話だ。

 

 檜山大介は高校を自主退学した。コウスケに植え付けられ根付かせられた道徳心と常識は檜山の人格を歪ませ、良識人へと変貌した。そんな檜山は命を奪おうとしたハジメや迷惑を掛けたほかのクラスメイト達と一緒に高校生活をすることに耐えられないと愛子に相談したのだ。

 

 どういう話と相談があったのかはハジメは知らない。だが檜山はハジメの前から姿を消した。最後に一言

 

『すまなかった』

 

 とだけハッキリと言ったのだ。今後もう会う事は無いだろうし、会った所で仲良く会話をすることもないんだろうなとハジメは思った。

 

 

「檜山はともかく中村はどうするんだ?今更だけどアイツは筋金入りのアレだぞ?」

 

「そこは白崎さんが任せてだってさ」

 

「ふーん …ああ、監視か」

 

「多分ね。もしくは保護か。…どっちもが正解かな」

 

 中村絵里は休学中である。谷口鈴と畑山愛子がコウスケから事情を聴いたらしく、家庭内でのどうこうを言ってたような気がしたが香織からは探るのはそこまでにしてほしいと言われた。

 

『ゴメンねハジメ君。後は私がやっておくから、気にしないで欲しいの』

 

 どうやらハジメの負担になってほしくないという事らしい。後は自分がすると言った香織の思惑はクラスメイト達を危険にさらそうとした裏切り者を監視するためか、または友人としての情なのか。どっちでも良かったしどうでも良いと思った。中村絵里がどうなろうとハジメにとっては只のクラスが一緒になっただけの人だ。情も敵意ももう持たない。

 

「…まぁいいけどよ。それより新しく発売したゲーム買わないのか?」

 

「どうだろう。今の所なんかやる気が起きなくて」

 

 燃え尽き症候群という奴だろうか、新しくゲームが発売されても今一買おうとは思えなくなってしまったのだ。持っているゲームもまた一人で遊んでいると急に詰まらなくなってしまう。趣味の合間に人生と謳っていた自分が随分と変わり果てたものだと苦笑いをしてしまう。

 

「どうする?どっか寄っていくか?それとも俺んち寄るか?汚いけど」

 

 日本に帰ってから清水と遊ぶようになった。元々アニメやゲームが趣味の二人だったのだ。すぐに馬が合い話に花を咲かせる様になりお互いの家で遊ぶようになっていった。今では帰り道にゲームショップへ行ったり偶に飲食店に行ったりと気を遣わない気楽な相手となっていた。 

 

「今日は…やめとく。少しのんびりしようかな」

 

「そうか、ならそれでいい」

 

 何となく遊ぶ気分にはなれなかった。異世界の事を思い出してしまったからだろうか、それとも…天之河光輝の顔を直視してしまったからだろうか。

 

 

『あーイケメンになれてサイコーって思うことができたらなー』

 

 

「…っ」

 

 ズキリと心が痛む。消えない傷がまた広がる様な錯覚に陥りそうなのを振り払う。全ては終わったことで、納得したのだ。たとえそれが無理矢理にでも。その動揺が清水にも伝わったのか心配そうに顔を見られてしまった。

 

「…南雲、お前本当は」

 

「言わないで。…そこから先は言わないでくれ清水」

 

 湧いて出てくる感情を押さえつけ、清水に頼み込み口を閉じさせる。あってはいけない感情だった、だから振り払い元の表情へと戻る。そして清水に対して意地の悪い笑みを浮かべる。からかいを入れてふざける様に、動揺を隠す様に。

 

「そう言う君こそどうなんだ清水。気付いていたか分からないけどティオが寂しがっていたんだよ」

 

「ティオさんが?…いやそりゃねぇだろ」

 

 話題を向けられた清水は少し気恥しそうにだがきっぱりと否定の言葉を言った。面倒そうに顔を背けるもその頬は少し赤くなっていた。

 

「大体一般ピーポーの俺がティオさんについて行ってどうするんだっての、あの人にはあの人の未来があるんだ。そりゃ会えないのは寂しいけど、これもまた青春の一ページって奴だ」

 

 異世界の仲間を想い返しているのか、遠い目をする清水は穏やかな表情をする。色々あったが異世界の出来事は清水を大きく成長させたようだった。  

 

 

 ほどなくして玄関へ出た。上履きを吐き替え学校から出て…そこで気が付いた様に清水が口を開いた。

 

「っと。すまん南雲。俺ちょっと用事があるから」

 

「ん? わかったよ」

 

 帰宅する道は途中までは一緒である、だが今日は珍しく清水がここで別れるというのだ。何だろうとは思いつつもそう言う時もあるかとハジメは気にしなかった。

 

「それじゃあ 『()()()()』だな 南雲」

 

「またね 清水」

 

 奇妙なイントネーションをする清水に手を振り別れの挨拶をする。以前では出来なかったこの何でもないやり取りがハジメには心地よい物だった。だからハジメは気付かなかった、清水が少しだけ寂しそうに手を振っていることにハジメは気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ハジ…南雲君!」

 

「白崎さん」 

 

 清水と別れ、まっすぐ家に帰ろうかと考えたときにハジメは後ろから追いかけてきた香織とばったり出会った。急いでいたのか少しだけ汗ばんでいる香織。ハジメが立ち止まり待っていると気付いてからは嬉しそうにほほ笑んだ。

 

「今日は生徒会じゃなかったの?」

 

「早めに切り上げてきたの、いつも私に頼ってばかりじゃ他の人が育たないからね」

 

 そう言うとハジメの横に並び一緒に歩き始める。ハジメの横に並べたのが嬉しいのか先ほどから随分と機嫌が良さそうだった。一応学校にいる間は名前呼びなどを隠してはいるのだが…機嫌が良さそうだったので仕方ないかと思うハジメだった。

 

 トータスから日本に帰ってきてハジメは香織と交際を開始した。と言っても清水や八重樫雫も交えて遊びに出かけたことがあるとか偶に二人で遊びに行くだとか一緒にご飯を食べるだとかで友人の延長線のようなものしかしていなかった。

 

 そんな女性交際経験ゼロのハジメの付き合い方でも香織は不満を言う事もなく嬉しそうに笑っていた。

 

 香織曰く

 

『ある人から言われたの。焦っちゃ駄目だって。だからハジメ君のペースで行くべきだと思う』

 

 との事だった。どこか遠くで聞いた懐かしい助言だった。言った本人が好いてくれる女の子に言うべきだった言葉だった。 

 

 そんなこんなでハジメと香織は交際をしている。ただし学校では只のクラスメイトでいようとハジメは香織と話し合った上で決めたのだ。

 どういう事情があれどハジメは不良生徒だ。遅刻ギリギリで授業中はいつも寝ているなんの為に高校に来ているのか理解できない不純物であるのだ。だからまずはその過去の自分がやらかした過ちを正す為にハジメは学校で頑張ろうとしたのだ。

 

 香織は少しばかり不満そうだったが周りからやっかみを受けるのは当然とハジメに断言されてしまったので大人しくすることとなり学校では話すことは少なくなった。

 そうしてハジメも模範的な行動をするようになって教師から授業態度が劣悪と言われていたのから意外と頑張っているに評価が変わり(愛子がこっそり教えてくれた)生徒間でもまぁ特に可もなく不可もなくといった評価まで上がる事になった。 

 

 

 南雲ハジメは白崎香織と付き合っている。

 

 

 その噂は結局出てきて瞬く間に拡散されたが直ぐに鎮火された。勿論ハジメにやっかみの視線や嫉妬、敵意があったのは紛れもない事実だった。だが、ハジメが香織と釣り合おうと行動していることは直ぐに広がり、男子生徒達からは依然として少数の嫉妬の視線を受けられることも有ったがその視線はだいぶ減り女子生徒からも仕方ないとみられるようになった。

 

(と言っても僕が行動したからと言うより、皆や白崎さんのお陰なんだよね)

 

 結局はクラスメイト達がそれとなくハジメが良い奴だと噂を流してくれたのと香織自身がポツリと言った言葉が直接的な原因だったかもしれない。

 

『私が誰かを好きになったら駄目なのかな…』

 

 こんな言葉を小さくはっきりと聞き耳を立てている人たちに言ったのが広まったのかもしれないとハジメは考えた。

 

 そうして何だかんだで学校で二大女神(香織はこの称号に憤慨している)の片割れと堂々と?付き合うことが出来るようになったのだ。最も学校では依然として隠すようにはしているが。

 

 学校が終わればクラスメイトから彼女彼氏の関係になる。最もハジメにとっては未だに何をすればいいのかどうすれば彼氏らしく振舞えるのか模索中でしかなく、トータスにいた時の様に接することしかできないのが現状なのだが。

 

「南雲君、明日から夏休みだねっ 予定はどうするの?」

 

「うん? えーっと…」

 

 にこやかな顔で夏休みの予定を聞かれてしまう。自分がハジメと一緒に居ることは当たり前だと言わんばかりの聞き方で少しばかり困ってしまう。取りあえずは無難なものを選択するハジメ。

 

「出来ればだけど海とか、夏祭りとか…行けたら良い、かな?」

 

「わぁ~夏って感じだねっ それじゃ準備をしないと」

 

 小さな声で「水着…奮発して 浴衣あったかな?」と呟きながら本当に楽しみと言った感じで機嫌が良さそうな香織。そんな恋人の様子にハジメは苦笑する。ありきたりな所を選んだだけなのだがそれでも香織は喜んでくれたようだった。 

 

「どうする?他の人も呼ぶの?」

 

「…うん?」

 

「海。皆で行くの?って話」

 

 てっきり二人で行くのかと思ていたのだがどうやら自分の考え過ごしだった。慌ててほかのメンバーも呼ぼうと言おうとしたところで、そっと香織がハジメの耳に口元を寄せてきた。

 

「それとも…二人っきりで行く?誰にも邪魔されずに隠れる様に…ホテルを取って、ね」

 

「っ!」

 

 蠱惑的な囁きだった。甘く脳が痺れるような…心臓がドキリと波打って驚いて香織を見ればくすくすと笑っていた。どうやらからかわれてしまったようだった。

 

「もうっ からかわないでよ白崎さん!」

 

「ふふっごめんね南雲君。ちょっとからかってみたかったの」

 

 心底楽しそうにころころと笑う香織に照れてしまう。早鐘を打つ鼓動を無視する様に皆で行くことを提案する事にした。そうでもしなければまたからかわれそうだ。

 

「清水は呼ぶとして、…御免。僕の知り合いじゃ他に呼ぶ人いない」

 

「そんなに悲しそうに言わないでっ 私の方から雫ちゃんと、鈴ちゃんも呼ぼうかな。後は…保護者として愛子先生?」

 

「先生。 見た目からしてどっちが保護者か分かんないだろうなー」

 

「他には、…うーんどうしよう」

 

 メンバーの事を考えるとどうしても同じクラスでトータスへ行ったメンバーとなってしまう。仕方のない事だし、その方が気楽でもあった。ただ、男連中が少ないのが少しばかり気がかりか。

 

(しょうがないよねー 僕には男友達って少ないしクラスの人を誘うのはまだちょっとだしさ。それに白崎さんの水着姿を他の男どもに見せたく……っ!)

 

『駄目だ…俺には無理だ!幾ら仲間内だってユエにシア、ティオの水着姿なんて見れねぇ!絶対下半身が暴走するぅ!つーか南雲!お前香織ちゃんの水着姿を見て何にも思わねぇのかよ!?』

 

 ズキリとまた心が痛む。他愛の会話が幻聴のようにハジメの脳内に再生される。懐かしき遠い過去がハジメの心を蝕む。

 

(あれは…ウルの町で、海で遊ぼうとして…■■■■は、照れてしまって…)

 

 陽炎のように親友が居たあの日を思い出す。只の日常の会話がハッキリと耳に残っている、心が忘れる事を拒否しているのだ。頭にかぶりを振り陽炎を消す。全ては終わった事なのだ。

 

「南雲君? 顔が青いよ」

 

「え、っと ちょっと暑かったからかな、大丈夫。すぐに治るよ」

 

 気遣うような香織の声で我に返る。心の痛みは止まって、幻聴は収まった。冷たい汗をかきながら大丈夫だと何でもない風を装う。そうでもしなければ心配をかけてしまう。

 

「…そう」

 

 そう言って香織は納得してくれたようだった。だからハジメは香織の目が鋭くなったことに気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

「風が気持ち良いね~」

 

「この頃日差しが強くなってきたからね」

 

 二人は現在高台にある公園にいた。二人でベンチに座り爽やかな風を浴び少し休憩していたのだ。この時間帯にしては珍しく人気が無い。まだ正午を回ったばかりだからだろうか。ともかく恋人連れのハジメにとっては都合が良かった。

 

「気分はどう?」

 

「大丈夫、本当にありがとう白崎さん」

 

 この公園に来たのは香織が体調が悪くなったように見えたハジメを気遣っての事だった。体調はもう大丈夫ではあるのだが折角の気遣いを断るのも申し訳なく心配してくれるのも嬉しかったので香織の言葉通りに公園にやってきたのだ。

 

「~~♪」

 

 どこか気分よく鼻歌を歌う香織。目を閉じハジメの左横に座っているが体の方は密着していると言ってもよいほど近かった。寧ろ頭をハジメの肩に預けてきた。香織の女の子特有の甘い匂いがハジメの鼻をくすぐる。照れてしまうが離れる気はないようなので好きにさせる事にした。

 

 初夏の日差しと流れる爽やかな風が気持ちが良い。このまま眠ってしまいそうなほどに。 

 

「海に行った後何処に行くの?」

「そうだね…山でキャンプってのもどう?これもだけど皆と一緒に」

「面白そう でも私の家族も予定しているみたい」

「ありゃ 行事がダブっちゃうのはマズいね」

「だから、南雲君も一緒に来る?」

「それは、白崎さんの家族にお邪魔じゃないかな?

「きっとお父さん南雲君の事に気に入ってくれるよ」

「…だったら嬉しいな」

 

 隣の少女との会話を楽しむ。本当に今日はとても機嫌が良い。甘えるようにぐりぐりと頭をこすりつけてくる。

 

「山に行った後は?」

「うーん夏祭りかな?気ままに散策して見るのもいいかも」

「なら浴衣を着ていくね。…ふふっ」

「どうしたの?」

「私が初めて南雲君を見た時を思い出したの」

「あー 恥ずかしいから忘れてほしいんだけど」

「ダーメ。おばあさんと小さい男の子を助けようとする南雲君、恰好良かったよ」

「土下座して一生懸命御免なさいって謝り続けるのはカッコいいのかなぁ」

 

 右手で少女の頭を撫でればふにゃりと微笑み、左腕に愛おしそうに抱き着いてきた。

 

「その後は?」

「流石にその頃になると疲れてくるから…ゲームかな?」

「と言う名の自宅デート?」

「…それを認めるにはちょっと恥ずかしい」

「えへへ、じゃあ一緒にやろう」

「それなら簡単な奴から始めようか」

「初めての私のリードをお願いします」

「うん……うん?」

「ふふふ」

 

 くすくすと笑う少女との会話はまるで蜜月の様。心に染み込むように甘く温かく何より穏やかだった。

 

「一杯遊ぼうね南雲君」

「うん。きっと来年は就職か進学かで大変だからね」

「三年生になるもんね。南雲君はどうするの?」

「僕は…就職の方に行こうかなって思う。白崎さんは?」

「私は大学に行こうかな。…寂しい?」

「寂しいけど、いつでも会えるから大丈夫かな」

「ふふっ もしかして同棲を進められてる?」

「そういう訳ではっ …もしかしてからかってる?」

「ふふふ」

 

 すぅっと左腕から暖かい体温が消えた。香織はハジメの顔を見ている。優しく美しい笑みだった。自分だけが見れる世界でただ一人のこの少女から好かれた男だけが見る事の出来る笑みだった。

 

「夏休み、本当に楽しみだね」

 

「うん。 …本当に楽しみだ」

 

 

  

 隣の少女と歩む未来は明るく希望に満ちている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはどこにでもいる少年のありふれた希望の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘、本当は足りないって思ってるくせに」

 

「……え?」

 

 だがそれは虚構の夢。悲しいくらいに嘘を積み重ねた、偽りの希望だった。

 

 

 隣から優しいくらいに残酷な言葉が聞こえて来る。ほんの一瞬で空気が変わった。取り巻くすべてが変わる。

 

「私と一緒に居るのが嬉しいのは本当。でも楽しみと言うのは嘘。自分に嘘をつくのは止めようよ()()()君」

 

 隣にいた少女はいつの間にか離れ、公園の広場で立っていた。踊る様にくるくると回りながらハジメへ刻むように言葉を続ける。

 

「そんな事…ないよ。僕は本当に」

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()?」

 

「ッ!」

 

 切り裂くように鋭い言葉はハジメの弱い所をついた。それほどまでに香織はハジメの心の内をえぐってきたのだ。

 

「ねぇハジメ君。無理をすることはないんだよ。意地を張る必要はないんだよ。私の前でかっこつけなくてもいいんだよ?」

 

 掛けられる声はどこまでもハジメを労わる声。しかしその実態はハジメが押さえつけようとした感情を溢れさせようとする物。

 

「っ! 知った風な口をするんだね…」

 

「ハジメ君が知っている以上に私はハジメ君の事を知っているから」

 

 イラついた声さえ流される。立ち上がり近づくと香織もハジメと向き合うように立ち止まった。澄んだ目だった、とても綺麗で恐ろしいほどのハジメへの愛情があふれていた。

 

「僕は平気だ、…平気なんだ」

 

「ううん 日本に帰ってから、いいえあの人と別れる瞬間からずっと無理をしていた」

 

「そんなことっ」

 

「あの人を泣かせることで無理やり自分の心を押しつぶした。寂しさを悟られないようにした。…心配を掛けない様にした。あの人がちゃんと帰れるように」

 

 香織に言葉があの日のあの瞬間の事を思い出させる。最後まで馬鹿をやった最高で最低な別れ方をしたハジメの親友。

 

「そんな事言ったって僕にどうしろっていうんだっ!ああするしかなかったんだ!じゃないと…」

 

「心配をかけるから?そうかもしれない、それでもちゃんと本当の事を言うべきだった。そうしなければいけなかった」

 

「何で…何でそんな事を言うの」

 

 そっと香織はハジメの頬を触った。慈しむ様に撫でる、すべらかな彼女の手がハジメの頬をなぞる。

 

「貴方がずっと悲しんだままになるから。自分は大丈夫だと偽って嘘をついて日常を過ごすことになってしまうから」 

 

「………」

 

「あの人の願いは貴方が幸せになる事、悪いのは貴方じゃない。それでも消えていくあの人に思いの丈をぶつけるべきだった。貴方が納得して別れることが出来るように」

 

 笑顔でしかし悲しそうに消えていく親友。その最後の瞬間が忘れられない。思い出した瞬間ハジメの目からぽとりと水滴が落ちた。

 

「あれ、僕…」

 

 涙だった。いつの間にかハジメは涙を流していた。拭うように袖でこするが一向に涙は止まらない。そんなハジメを香織は抱きしめる。背中に手を回し、あやす様にどこまでも優しく慈愛の言葉をハジメに届ける。

 

「ハジメ君、貴方の本心を聞かせて」

 

 

「僕……は」

 

 思い出すのは親友との掛け替えのない毎日。くだらなくとも輝いていたありふれた日常。

 

 

 

 

 

 

 

「…本当は、コウスケと別れたくなかったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「別れたくなかったんだ、いつも一緒だった、いつも毎日ふざけて馬鹿をやって…コウスケと一緒に居る毎日は楽しかったんだ」

 

 本音をこぼした瞬間、ハジメの目から涙があふれる。それは親友と別れる直前から我慢していた物だった。涙を見せない様にとずっと我慢して溜めていた物だった。

 

「嫌だった、離れ離れになるのが。辛かったんだ、別れの時が来るのが。でもそれは予想以上に早くて」

 

「うん」

 

 香織はハジメを抱きしめたまま動かない、時折相槌を打つだけだった。それがたまらなくうれしい。

 

「どうしようと思ってもコウスケは仕方ないって顔をして、だから…僕は我慢しないとって思って」

 

 コウスケは全てを納得するようだった。だから自分の本音は隠した、わがままになるから困らせたくなかった。本音を言って心配を掛けさせたくなかった。未練があっても誤魔化す様にした。その方が正しいと思ったから。

 

「今更僕が何を言っても仕方ないって。コウスケにはコウスケの未来がある。だから迷惑を掛けたくなくて…」

 

「うん」

 

「日本に帰ってからは極力トータスのこと考えない様にしていた。…トータスの思い出はコウスケとの思い出だから」

 

 日本に帰ってから学校の事に意識を集中させた、自分の立場を向上させる様に。でもそれはコウスケの事を考えないようにするためだった。トータスでの出来事はずっとコウスケと共にいた、だから思い出さない様にした。

 

「寂しいよ…ゲームをしていても、清水と遊んでいてもふと考えてしまうんだ。ここにコウスケが居たらって」

 

 コウスケが居たら。きっと馬鹿な事を言って自分を困らせるに違いない、清水と一緒になって馬鹿騒ぎを起こして巻き込んでくるかもしれない。そんな日常をふとした瞬間想ってしまうのだ。

 

 涙を流し自分の思いを吐露するハジメに香織は向き合う。涙で顔をくしゃくしゃにしながらも等身大の少年に戻ったハジメ。そんな少年にやはり愛しさしか感じない香織はそっと囁く。

 

「ハジメ君」

 

「…うん」

 

「聞かせてあなたの願い」

 

 ハジメの偽りのない抱え込んでいた本心。ずっと隠して無理をして、痛みをごまかし寂しさを振り払ったたった一つの願い。

 

 

 

「僕はコウスケに会いたい。…ただ会いたいんだ」

 

 

 それはただ、親友に会いたいと言う何処にでもある普通の願いだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつの日だったかな。コウスケ二つ名が付いたらどんなのが合うかなって話をしたことがあるんだ」

 

 ひとしきり香織に抱きしめられながら泣いたハジメは泣き止み落ち着くとベンチに香織と一緒に座りトータスでのコウスケとの何でもない事を話し始めた。

 

「ユエとシアは面白がってヘタレだとか奥手だとか好き勝手付けてて…そんな二つ名は嫌だってコウスケはげんなりしてて…面白かったなあの時は」

 

「ハジメ君はどんな二つ名をつけようとしたの?」

 

「僕は…『ヒーロー』って付けようとしていたんだ」

 

 照れ臭そうにしながらもハジメは告白した。それはハジメがコウスケに名称を付けるのならと思っていた事だった。

 

「ずっと僕を助けて守ってくれた僕のヒーロー。言ったら恥ずかしがるだろうし、僕も気恥ずかしくて言えなかったけど…うん、やっぱりコウスケの二つ名は『ヒーロー』だ」

 

 ずっとそばにいて守って、助けて、救ってくれた勇者。悩みや醜い感情を抱えながらもそれでも最後までハジメと共にあった、等身大の男。ハジメはコウスケの事をずっとヒーローだと思っていた。たとえそれがふさわしくない物だとしてもハジメにとってコウスケはヒーローだったのだ。

 

「と言ってもコウスケだって助けを求めていた時もあったんだけど…」

 

「そうなの?コウスケさんならハジメ君の前でカッコつけてそういう事言わないと思うけど」

 

「出会う前だったからだよ。本当に最初、召喚されてイシュタルに戦争の参加を言ったあの時。僕の方を見て言ってたんだ」

 

 懐かしむのは召喚された直後の時。イシュタルに戦争の参加を決意した天之河光輝の真似をしていたあの時コウスケはハジメの方を見て口を動かしていたのだ。

 

「今だから分かる。あの時コウスケは僕に『助けて』って言ってたんだ」

 

「ハジメ君に?…なんでだろう」

 

「僕が物語の主人公だったから、僕の性格を知っていたから…笑っちゃうよね。あの時の僕は何にもできなかったのに」

 

 コウスケがハジメに対して助けを求めるような目をしていたのは、たった一人で物語の世界に入ってしまったからだろう。

どうすればいいのかわからず、体が天之河光輝だったから言うはずセリフを何とか口に出して、それでも不安で主人公に助けを求めたのだろう。コウスケが読者だったから唯一話の分かりそうな主人公に。

 

「…思い返せば、助けられたけどコウスケを助けた回数は僕の方が少ないよね… はぁ本当に助けられてばっかりだ」

 

 苦笑しながらハジメはコウスケとの思い出を振り返る。楽しくて辛く、愉快で、笑いあったあの日々を。そんなハジメの思い出話を聞いていた香織はもう一度だけハジメに確認してきた。  

 

「そっか。ねぇハジメ君」

 

「ん?」

 

「会いたい?コウスケさんに」

 

「会いたいよ。たとえそれが無理でも。 …ほんと未練ばっかりで情けないけどね」

 

 悲し気ながらも仕方ないと笑う少年の本心を聞いた香織はほんの少し寂しげに笑うとポケットからある物を取り出した。

 

「それは……()()()()()()()?」

 

 ハジメにも見覚えのあるそれは日本へ帰った時に役目を使い果たした世界を渡る鍵だった。今はもう魔力を失いただの装飾が派手な鍵でしかなかった。今この瞬間目にするまでには

 

「世界を渡るたった一つの鍵。その役目はもう一度だけ」

 

 輝きを失ったはずのクリスタルキーは香織の手で淡く光っていたのだ。どうしてと香織を見れば悪戯っぽく笑っていた。

 

「何で魔力が…」

 

「ナイショ♪ 女の子には秘密が付きものなんだよ」

 

 日本に帰ってきてからハジメ達の異世界の力はきれいさっぱり無くなっていたのだ。クラスメイト達はコウスケが何かをしたと聞いたが自分たちもまた使えなくなっていた。世界が違うから、コウスケが細工をしたなど清水と話をした覚えがあるが結局日本には必要のない物で話が終わっていたのだ。

 

 そんな魔力なんてないはずの香織が悪戯っぽく光るクリスタルキーを持っている。世界と次元を渡れるたった一つの可能性を秘めた鍵を。

 

「コウスケさんが細工をしたものほど便利な機能はないけど、次元を超える事ならできる。…コウスケさんに会える」

 

「コウスケに…会える」

 

 親友との再会の可能性が目の前にあるのだ、どうしてだとか何故だとかそんな疑問が湧き出るよりも只嬉しさが勝った。でも、とその嬉しさは一瞬止まる。コウスケには会いたい、しかし香織の事はどうするのだ。

 

「…そうしたら白崎さんは?僕と一緒に」

 

「私はいかないよ。折角の再会に邪魔するなんて無粋な真似したくないし。だから安心して。私の方は、好き勝手夏休みを謳歌するよ。雫ちゃんでも巻き込んでさ」

 

 ハジメの後悔を香織は笑って投げ飛ばした。口調は軽やかに、さっぱりと、迷うハジメの背中を香織はドンと押す様に。 

 

「友達に会いに行くのに理由なんてないよ。私もいきなり雫ちゃんに会いに行く事なんてしょっちゅうだよ」

 

 行けと香織は言っている。親友に会いに行って馬鹿をやって来いと。

 

「……」

 

 それでも決心がつかないハジメ。いざ可能性が出てきたら残される香織の事が気にかかってしまう。そんなハジメの心配を香織は笑って唇をぺろりと舐めた。

 

「くすっ ハジメ君私の事が心配?」

 

「う、うん。放っておくようになっちゃうから…むぐっ」

 

 恋人置いて親友に会いに行くのは果たして良いのだろうか。が、その疑念はいきなり拭き取んだ。

 

 香織がハジメの唇を奪ったのだ。

 

「む!?むぅぅ!?!?」

 

 むしろそれでは飽き足らずハジメの口内を蹂躙するかのようにねっとりと生暖かいものがハジメの舌に絡みつく。一体それが何なのかハジメにはすぐに分かった。だから驚愕して引きはがすことも出来ずされるがままになってしまった。

 

「ぷはっ ふふっユエが言った通り好きな人とのキスって甘くてすっごく美味しいんだね」

 

 ハジメとの銀糸の橋を作り出した張本人は顔を真っ赤にしながらも肉欲に満ちた目をしていた。そんな顔をされたらハジメだって顔を真っ赤にしてしまう。

 

「し、白崎さん!?」

 

「これで夏休み期間中は大丈夫。だから私の事は心配しないで」

 

 そういう意味ではないと言いたいが突然の事だったため言葉が上手く出てこない。口をパクパクと動かすが…

 

「もっとしたい?中々積極的だねハジメ君。でもこの続きは…帰ってきてからね」

 

 さらに蠱惑的な表情を見せた香織によってもはや何も言えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「コウスケさんへの思い出が道しるべになるから、後は自力で頑張ってね」

 

「雑ぅ!?」

 

 クリスタルキーで作り出した白いゲートの前で香織はかなり大雑把な説明をしていた。ツッコむハジメだったが香織は聞いていない。寧ろ聞く気が無いのか笑っている。  

 

「帰りは…どうにかなるでしょ。ハジメ君の帰る場所は私の隣だからね。座標が安定している以上問題ないよ」

 

「帰る場所…か」

 

 その言葉に胸が熱くなるハジメ。何だかんだで恋人を置いて親友のいる場所へ行くのにそれでも待っていてくれるというのだ。その心遣いが嬉しく、又そんな自分を見限らず帰る場所だと香織が言ってくれるのが嬉しかった。

 

 自分がいなくなっている間はどうするんだと香織に聞けば後は任せての一点張りだった。親への説明などは香織がするらしい。

 

「婚前旅行です!って言ってお義母さんとお義父さんを納得させるよ!」

 

「いや、気が早いからね!?それにその説明だと白崎さんも居なくならないとマズいよ!?」

 

「なら…私の部屋で同棲しています?」

 

「それもマズいよっ!?うちの親確かに放任主義な所あるけど一応常識人だからね!?」

 

 トンチンカンなやり取りをしているが準備は整った。後はゲートをくぐるだけでコウスケの所へ行けるというのだ。

 

 

 

 

 

「…はぁ それじゃあ行ってきます」

 

「いってらっしゃいハジメ君」

 

 最後に香織を見るハジメ。本当は離れたくないだろうに自分の背中を押してくれた最愛の少女。そんな彼女に見送られゲートをくぐる。

 

 瞬間ゲートは閉じられ白い世界にハジメは一人降り立つ

 

「どっちに行けば…うわっと!?」

 

 呟いた瞬間足元の地面が無くなり白い世界をハジメは落ちていく。それはトータスから日本へ帰った時とは全く違って…次元を超えると言う常識外れの規格外さを感じさせる。

 

 落ちながらも白い光の中目指す場所は決まっている。親友との思い出が目的への場所へ導いてくれる。

 

 

 

 

「コウスケ…会ったらまずは一発ぶん殴ってやる」

 

 少年は光の中を突き進む。不完全な別れ方をした愚者の元へ。

 

「それから、多分お返しに殴られて」

 

 少年は自らが望んだ場所へ進んでいく。異世界を共に渡り歩いた相棒の所へ。

 

「そして仲直りをして、事情を説明をして!」

 

 少年は希望の元へ向かっていく。寂しげに笑った勇者の元へ。

 

 

 

 

「馬鹿をやって、大いに笑おう!一緒にさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 少年は親友の元へ。白い光の中へ飛び込んだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥルルルル! トゥルルルル!

 

 携帯電話が鳴ったのは自室にいた時だった。椅子に腰かけ着信元が誰かを確認し、ニヤリと笑う。どうやら上手く行ったようだった

 

「よう上手くいt『うわぁぁああん!!!』…あ?」

 

 第一声からの泣き声で困惑してしまう。相手はどうやらかなり感傷が高ぶっているようだった。普段は耳触りの言い声なのに今は金切り声だ。思わず携帯を耳元から遠ざける。 

 

『分かっていたよ!私じゃ埋められないって!でもさ、でもさ!恋人が男に取られるってのはどうしてぇぇ!!』

 

「あードンマイ」

 

 一応答えてはみるが聞いているかは随分と怪しい。寧ろ聞いていないかもしれない。聞く側に回って沈静化するのを待った方が良さそうだった。

 

『普通そこはさ、恋人が優しく慰めて辛い事があったけどそれでも一緒に未来へ歩んでいこうっていう所じゃないの!?なにこれなにこれ!踏み台!?私不遇ヒロインで踏み台ポジションだったわけ!?』

 

 違うと思う、今回が特別だっただけ。そう言葉に出したかったが、聞かないだろうなと口を噤んだ。口を噤んでいる間にも相手の愚痴と絶叫は止まらない

 

『泣き収まったかと思えば今度は惚気だして! 分かってるよ?始まりからずっと一緒に居たんだもん。そりゃ思い出なんていっぱいあるわけだし何よりハジメ君にとっては初めて優しく親身にしてくれる同性だもん。しょうが無いなって思うよ?思うけど聞いていると惚気過ぎじゃないって思う訳!?なに!?ハジメ君そっちもいけるの!? 実は両刀だったの!?』

 

「それはない。優先順位が違ったんじゃないか」

 

『つまり私はコウスケさんに負けたって事!? お、女の子に負ける気はないけど男に負ける私って…』

 

 思わず出てしまった言葉が相手にとってはどうやらショックだったらしい。絶句したような音が聞こえわなわなと震える相手の姿が目に言うかぶ。  

 流石にフォローを入れるべきか、そう考えたが、次に聞こえた言葉で口を閉じてしまった。

 

『…帰って来たら今度こそ押し倒す! もう我慢しない!私は私にしかない物であの人を超える!! 必ずハジメ君をメロメロにしてやるんだからぁあああ!!!』

 

「…さいですか」

 

 未だに絶叫が聞こえる携帯をベットに投げ捨てる。椅子にドカリと座りはぁーと溜息を一つ。部屋の窓から見える青空を眺め清水幸利は友人である白崎香織に深く同情するのだった。

 

 

 

 トータスから帰還して清水幸利は南雲ハジメ達と交友を持つようになった。学校ではハジメと他愛のない雑談をし休日になったら一緒に遊ぶ。時たま香織も混ざって、普通の少年として清水は日々を過ごしてきた。

 

 恋人がいるハジメには多少の嫉妬もしたが香織の性格が結構したたかで嫉妬深いと分かってからは苦笑しながらハジメを冷やかし応援していた。そんなハジメ達との交流で以前とは比べ物にならないほど充実した毎日だった。

 

 だが清水は南雲ハジメが帰還してからずっと寂しそうだと気付いたのだ。何でもない日常で時たま出てきてしまうハジメの遠くを見る目。何を考えているのかなど直ぐに察した。

 

 ハジメは別れてしまったコウスケと会いたいのだろうと。

 

 別れはいつかやってくるものだ。それを知っていてもやはり親友と呼べるものとの別れは辛いものがある。トータスと言う摩訶不思議な時間をずっと共に過ごしてきた仲ならなおさらだ。と言っても清水にできる事など、友人として接することしかできない。さてどうしたものかと考えていたら香織から相談されたのだ。

 

『ハジメ君をコウスケさんと会わせる』と

 

 トータスから帰ってきてからは異世界で得た能力はすべて消えてしまった。それなのにどうしてか香織は魔力のこもったクリスタルキーを持っていたのだ。何故それを持っているのか聞いたがはぐらかされてしまった。結局今になっても教えてくれないが…。

 清水は香織が何らかの理由で再生魔法の力を獲得しクリスタルキーの魔力を戻したのではないかと考えている。そうでも考えなければ都合が良すぎると思ってしまうのだが…真相は聞けずじまいであった。

 

『うぅ~~コウスケさんの馬鹿! ハジメ君を悲しませておきながら私に尻拭いをしろって大人としてどうなのそれ!?ふんっ!いいもんいいもん!急にやってきたハジメ君に対して慌ててみっともない所を見せちゃえばいいの!ザマァ見ろ!』

 

「あーーー そろそろいいか白崎?」

 

 このままずっと愚痴を言い続けるのではないかと言う怒れる女帝にたいしてストップをする清水。流石に電話代やら気分的にやらで気が滅入ってくる。

 

『…あ。 うん大丈夫だよ清水君。私は何時だってオールOKだよっ』

 

「何その今気が付いたっていう反応…」

 

 自分で電話を掛けておきながら忘れるという対応にげんなりとしながらも清水は確認をした。ちゃんとハジメはコウスケの所へ行ったのかと。

 

『行ったよ。ハジメ君なら必ずコウスケさんの元へ行ける。何があっても』

 

 さっきとは打って変わってしっかりと確信に満ちた言葉。その自信はどこから来るのかと気にはなるがとりあえず納得する清水。

 

「…そうか、ならいいんだ。でもまぁ良く白崎は南雲を送り出せたな」

 

 香織の性格なら執着して手放さないのではないかと考えた清水だった。それこそ何をしてでもコウスケの事を諦めさせ自身に依存させる様にも出来たのではないか。そんな風に思いながら聞けばあっけらかんとした答えが返ってきた。

 

『正直に言えば誰にも渡したくないっていう思いはあるよ。依存させて私抜きでは生きていけないほどにしたいってはある。…けど、やっぱりハジメ君には笑っていてほしいから。だから私は送り出したの。ちゃんとハジメ君が心の底から笑えるようにね』

 

「…スゲェ女だな白崎は」

 

『ありがとう清水君。…と言っても何だかんだ理由を付けているけど、結局のところ』

 

「結局のところ?」

 

『ハジメ君は私から逃げられないって事。捕まえた蝶をわざわざ手放す蜘蛛が居ると思う?』

 

 背筋がゾクリとするほど冷えた声だった。同時に電話越しの香織が薄っすら笑う幻視すら見えてしまった。どうやら清水が思っている以上に香織はハジけてしまったらしい。いったい誰のせいか。考えるまでもなかった。

 

「……ははっ!ほんとっ南雲は面倒な女に惚れられちまったな!自分で自分の事を蜘蛛だっていう女初めて見た!」

 

『そんなに褒めたって何も出ないよ~ それより清水君はいいの?』

 

「俺は…」

 

 香織はハジメを送るついでにと清水にも持ちかけたのだ。コウスケの所へ行きたくないのかと。善意で提案されたその話を清水は…

 

「止めとく。俺にはちゃんと思い出がある。託された物がある。だから…いいんだ」

 

『……そう。分かったよ清水君』

 

 清水は行かない事を選択した。会いたいかと聞かれれば会いたいと清水は答える。それでも清水は友人の元へ行かないことを選択したのだ。

 

「これから白崎は如何するんだ」

 

『私は、そうだね。雫ちゃんを誘って自棄食いでもしようかな?お気に入りのケーキ屋さんがあるからそこを襲撃して…うん。ハジメ君の惚気を聞いたら私も雫ちゃんと一緒に馬鹿な事をしたくなってきちゃった』

 

「て、手加減しろよ…」

 

 何気に末恐ろしい事を言いながら暴走しようとする香織に一応のストップをかける清水。意外と健啖な香織の自棄食いなんて付き合わされるケーキ屋と雫が哀れで仕方がない。今度であった時丸くなっていないことを願うばかりである。

 

『勿論運動もするよ!?雫ちゃんの道場で運動して免許皆伝を取って雫ちゃんをお嫁さんにもらうからっ!』

 

「おーいお前もたいがいおかしなこと言ってるぞー」

 

 変な事へ突っ走ろうとする香織にどうしたものか。清水では止められない、さっさと香織を唯一止められるハジメが戻ってきてほしいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 香織との通話を終え、携帯を机の上に戻す清水。

 

「……行かないさ。俺にはやりたいことがあるんでね」

 

 自身の片づけられた部屋を見回しながら一言呟く。日本に帰ったから清水は自分の部屋を掃除した。壁の一面にあったガラス製のラックの中にあったお気に入りの美少女フィギュアは南雲に相談しネットオークションで売りはした金になった。薄い本にエロゲー、積みゲーも纏めて売れるものは売り捨てるものは捨て去った。時には親に相談して、時には自身が変わったことに対して困惑する兄弟を巻き込んで。

 

 異世界で様々な経験したことで成長した清水を両親は戸惑いながらも喜んだ。未だに口数は多く出来ないものの親とは面と向き合った会話をした。部屋をオタクグッズで汚くし、迷惑を掛けてしまった兄弟には謝った。

 

 心境の変化として掃除をし、綺麗になった部屋で清水はある事を決断していた。窓に近づき晴れ晴れとした初夏の青空を見て太陽の光を浴びる。その光を浴びると確かに自分の心が晴れていくのが分かる、気力が満ちるとでもいうのか。チラつくのは朗らかに笑う友人のあの表情。

 

「綺麗な空だ。 …この空、お前も眺めているのかなぁ」

 

 異世界で出会った友人の魔力光とよく似た青空を眺め清水は思い出す。自分とよく似た過去を生きてきたと言ったあの友達を。それから騒がしくも笑いあったあの友人との日々を。

 

「ま、固い事は言わないでくれよ?止めなかったお前らが悪いんだから」

 

 今からする事を友人たちが知ったらどう思うのか。きっと笑い出すに違いない。照れながらギャーギャーと騒ぎだすなんてわかりきったことだ。

 

 机へと戻り引き出しからある手記を取り出す。何冊にも分かれ使い込んだ形跡のある清水にとってとても大事な物。

 

「…有効に活用させてもらうぞ『オレ』」

 

 それは自身のもう一つの人格がハジメ達の旅路を書いた手記だった。仲間達全員に対して旅の事を詳細に聞き出し書き写した物。異世界トータスの日々を綴った希少で確かな証拠品。  

 

 

 パソコンを立ち上げインターネットを繋ぎながらも清水は準備を進める。一応初心者用の説明を見たのだがあくまで清水にとって初めての事だ。

 

「書いてやる。アイツらの旅路、出来事。全部俺が残してやる」

 

 清水がコウスケに会いに行かなかったのは、やりたかったこととは、()()()()()()()()()()()。ハジメ達の旅路を、清水自身の手で残し軌跡としたかったのだ。

 

 清水は残したかった、自身を救ってくれた友人の生き様を。

 

 忘れたくなんてなかった、あの仲間たちの楽しかった日々を。

 

 無かった事になんてしたくなかった、異世界召喚と言う心躍る物語を。

 

 

「えーっと、いきなり投稿なんて無理だから…メモに書けばいいのか?」

 

 試行錯誤でしかない。オタクと言えど清水は今まで読み専だったのだから。でも書こうと思った瞬間、どうにか勉強して初めての事をやろうと思ったのだ。

 幸いにも記憶はしっかり残っているし、もう一人の自分が残した事細かに書かれた手記がある。足りないところはそれとなく清水得意の空想で補えばいいだろう。

 

 

 

「…ん? げっ!一人称と三人称が混ざっちまった…」

 

 パソコンの前でパチパチとキーボードを打つ。慣れない作業ではあるが何故だがとても楽しい。最も今は楽しいだけでいずれ躓くかもしれないがそれもまた経験の一つだ。

 

「…誤字脱字多すぎない? 説明これでいいの? 意外と難しいな…」

 

 パソコンの前で表情をコロコロ変える姿は以前とは変わらないのかもしれない。

 

 それでもその顔はとても楽しそうであった。

 

 

 

 仲間達との旅を想い返すその少年の姿はとても快活に満ちていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、タイトルつけるの忘れた! えーっと…原作って奴をパクろう。

 

 

 

 

 

 

 確か『ありふれ』だったっけ?…うーん

 

 

 

 

 

 

 

 これでいいのか?違うなアイツはそんな御大層な感じじゃなくて…

 

 

 

 

 

 

 

 ぃよしっ決めた! タイトル名は!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ありふれた勇者(ヒーロー)の物語       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて完了です。1年と9か月付き合ってくださり真に感謝です。

ここまで来れたのは読者の皆様、評価してくれた人、感想を書いてくれた人様々な人の応援によるものです。月並みな言葉ですが自分一人ではできませんでした。
全ては皆様のおかげです、本当にありがとうございました!

近日中に活動報告にて裏話多めの後書きをしようと思います。そちらもお付き合い下されば嬉しい限りです。
それでは皆様このありふれた勇者の物語を読んでいただき本当にありがとうございました。

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