ひっそり投稿します
活動報告を更新しておきます
隠れオタクである清水幸利にとって、異世界召喚とは、まさに憧れであり夢であった。ありえないと分かっていながら、その手の本、Web小説を読んでは夢想する毎日。夢の中で、何度世界を救い、ヒロインの女の子達とハッピーエンドを迎えたかわからない。元々性格的に控えめでおとなしい清水は中学時代にイジメにあい自室に引きこもり毎日本やゲームなど創作物の類に手を出していた。その影響か親は心配をしていたが兄弟は煩わしかったようで露骨に言葉や態度で表し清水にとっての居場所はなくなっていった。そんな時だった。まさしく夢でしかなかった異世界に呼ばれたのは。まさしく自分の人生の転機になるものだった。清水の頭の中はチートの能力で無双をし美少女たちと爛れたハーレム生活をできると信じていた。
しかし現実は甘くはなかった。自分が勇者となり女の子が寄ってくるものばかりと考えていたが、実際は自分の天職が”闇術師”であり自分はその他大勢の一人に過ぎないという事を知ったのだ。これでは、日本にいた時と何も変わらない。念願が叶ったにもかかわらず、望んだ通りではない。その苦い現実に清水は、かなりの不満を募らせていった。
そんなある日、王国の人間が召喚された者たちを歓迎するという立食式のパーティーがあった。
(どうせ、勇者である天之河を歓迎するものなんだろ!)
と内心では不満たっぷりであったが周りに流されるままパーティーに出ることになった清水。出てくる異世界の料理は美味かったが、やたらときれいな女性に囲まれる光輝が気になり清水は途中でパーティ―から抜け出すことにした。
近くの人気のないところまで移動し一息をつく清水。元々内向的な性格であり、華やかなパーティーは苦手で早々に離れたかったのだ。そのまま壁にもたれかかり先ほどまでの光景を思い出す。
(クソッ、天之河の奴あんなに大勢の女に囲まれて…なんで俺じゃないんだ!俺が勇者だったら…皆俺のことを…クソッ)
「俺が勇者だったら…」
なぜ、自分が勇者ではないのか。なぜ、光輝ばかりが女に囲まれていい思いをするのか。なぜ、自分ではなく光輝ばかり特別扱いするのか。自分が勇者ならもっと上手くやるのに。自分に言い寄るなら全員受け入れてやるのに……そんな事を考えているとつい自分の望みが口から出てしまった。ハッとして誰かに聞かれていたらまずいと思い慌てて回りを伺うがそもそもここは人気もなく周りからは死角となっている中庭なのだ。その事を思い出してホッとしていると
「だったらやってみるか?勇者という名の道化役を」
「!?」
口から心臓が飛び出るほど驚き、声のした方へ振り向く。そこにいたのはさっきまで自分が嫉妬していた勇者天之河光輝が不敵な笑みを浮かべ立っていたのだ。
「…い、いいいったいなんのこと?」
慌てて声を出しとぼけてみるが小さくどもった声になってしまった。
「別にとぼけなくてもいいんだけど…まぁいいか。別にどうでもいいし、それより隣に座ってもいいか?」
光輝は清水の態度に気にした様子もなくそばに近寄ってきた。こうなると清水としては断ることができなくなり無言で頷き少し移動することにした。さっさとあっちに行けよ、なんでここにくるんだよ、と内心ではここに来た光輝を罵っているのだが光輝はその事に気付かずに当然のように清水の隣にどかりと座った。
「サンキュー、いやぁ悪いなーあのパーティ―飯はうまいんだが楽に食えなくてさー」
「…う、うん」
「おっ清水もわかってくれるか。だよなぁやっぱ飯は誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃあ駄目なんだ…」
変なことを言いながら懐をゴソゴソと探る光輝。そのセリフに違和感を感じる間もなく清水は光輝が取り出した瓶とその中に入っている液体に目を奪われる。その瓶に入っている液体はトータスの大人が飲んでいたような…
「まさか…それってもしかして酒!?」
確かパーティー会場にも数本ばかりあったはずだ。まさかそれを盗んできたのかと目で問うと光輝はニヤリと不敵に笑った。
「フッフッフ、ばれちゃあしょうがねぇその通り!未成年じゃあまず手に入らない酒よ、いやー案外チョロいもんだったぞ。厨房に行って飲みやすいお酒をくださいと言ったらあっさりと手に入っちまった。勇者の信頼度ってすごい!」
ケラケラと笑いながら酒をラッパ飲みする光輝。清水は開いた口がふさがらず只々唖然とするだけだった。あの天之河が堂々と酒を飲むなんて!というよりなんでそんな事をするんだ!先生やほかの奴にばれたらどうするんだ!様々なことが頭の中を駆け巡るが言葉にできず見ていることしかできない。その視線に何を思ったのか光輝はニンマリと笑い酒を清水に勧めてくる。
「…な~るほど、そんなにこの酒が気になるのか~仕方ないなぁ~ちょっぴり飲んでみるか?」
「ええ!い、いらない!何考えているんだよ!」
「えーもったいない。これ本当に飲みやすいぞ。酒って匂いがきついイメージがあるけどそんなことない、むしろ甘いにおいがするんだ。それに味がいい。辛さはないし苦みもない、女性向けなのかな?甘みが強くてジュースみたいにグイグイ飲めるんだ。」
喋りながらも味わうように酒を飲む光輝についゴクっと喉を鳴らしてしまう清水。
「で、でも先生やほかの奴らにばれたら…」
「そん時は間違えて飲んでしまったと言えばいい、安心しろちゃんと弁護はしてやる」
「う、うう………それなら一口…だけ」
光輝の誘惑に負け瓶を受け取り匂いを嗅いでみる。確かに甘いにおいがする。恐る恐る口をつけグイッと飲む。そういえばこれ男と間接キスじゃないかと思った瞬間何とも言えない甘さが口いっぱいに広がった…が、この味はどこかで飲んだことのある味だった。
「……ん?あれ?…この味は…ってこれあの虹色ジュースじゃないか!酒じゃねえじゃんか!」
「…くっぶっははははは!気づいちまったか!その通りこれはあの虹色の奴だ!酒かと思ったか?残念でしたーただのジュースですよーねぇねぇ今どんな気持ちwどんな気持ちw期待して酒を飲んだと思ったらただのジュースを飲まされたのはどんな気持ちねぇねぇ教えてくださいなwww」
煽るように指を向けゲラゲラと爆笑している光輝。清水は騙されたと思い顔が赤くなり怒りがわいた。だが、光輝の楽しそうな顔を見ているとすぐに怒りが霧散し恥ずかしいが妙に楽しいというどこか懐かしく愉快な気分になり笑いだしてしまった。
「っぷ…くっはは…あっはははは!お前!なんでこんな悪戯してくるんだよ!」
「お!?やっとで笑った。さっきまでつまらなさそうに飯を食っていたからな。ちょっとした俺の気遣いという奴よ、理解したかぁ~」
「なんておせっかいな…」
なんて奴だと思い光輝を呆れた目で見る。そしてようやく気付いた天之河光輝とはこんな奴だったのかと。清水の知っている天之河光輝は無駄な正義感を振りかざす見ているだけで腹の立つ野郎だったのに目の前にいる光輝はただの愉快な変な奴にしか見えないのだ。
「天之河…お前そんな奴だったっけ、なんか性格違いすぎないか?」
「んー色々あるんだよ。そんな俺のことなんかどうでもいいじゃないか、それより清水お前の天職なんだっけ?」
「…まぁいいか闇術師だよ」
「闇術師!良いなそれ!滅茶苦茶かっこいいじゃねーか!」
性格の違う光輝に疑問を持って聞いたがあっさりと流されてしまう。だがその事に清水は文句は言わない。元々偽善者めいた光輝が気に入らないのだ。今の方がずっと話しやすい。それよりも清水の天職を聞き驚きながらも羨ましがる光輝に清水は悪態をついてしまう。煌びやかで物語の主役となる勇者ではなくただのモブの一つである闇術師にどうしてそんなに羨ましがるのか理解できないのだ。
「はぁ?ただのモブ職業じゃねぇかよ…」
「うーんそうか?闇属性の魔法を自由自在に使えるってかっこいいだろ?ほら、暗黒闘気とか邪王炎殺黒龍波とか…いいねぇ夢が広がるな!…あ!リアル邪気眼と中二病ができる!…くっこの俺の腕がうずく…逃げろ清水!…俺の闇の力があふれないうちに!」
「お、おう」
勝手なことを言いながら変なポーズを取る光輝に清水は若干引きながら溜息をもらす。そういう問題ではなく勇者としての立場が羨ましいと思っているのだ…が、光輝の声に思考が中断される。
「…なぁ清水。お前は勇者を羨ましがっているけど、そんなにいい物じゃないよ…周りの奴らをみたか?どいつもこいつも俺を見ているんじゃなくて『勇者』の力しか見ていない…ハッくだらねぇ異世界に助けを求めてしまった時点でこの世界は終わっているのに、ここの連中は気付いてすらいないというよりも異世界の若いもん呼び出して置いて自分たちのために命を掛けろってのは無責任じゃないか」
悪態をつき吐き捨てるように言う光輝の姿は、清水が見たこともないほど侮蔑が含まれている表情だった。
「じ、じゃあ何であの時戦争をすることを引き受けたんだ?そんなに嫌なら断っちまえばよかったんじゃ…」
「あ?…あぁあの時のことか、しょうがないだろあの時引き受けなかったら見知らぬ世界で全員が路頭に迷うところだったんだからよ…ライトノベルにもそんな話もあったはずだろ?」
「な、なるほど」
心底嫌そうな顔をする光輝に確かにその通りだと頷く清水。自分が読んでいたライトノベルなどにはそんな話もあった様な気がする。そんな清水をよそに光輝は飲んでいたジュースを懐にしまい清水にどこか残念そうに声をかけてきた。
「っと少し話しすぎたか…やれやれ俺はパーティーに戻るとするよ、この世界の希望である『勇者様』が戻らないとさすがにマズイからな。清水も隙を見て戻って来いよー」
そういうとさっさとその場から離れようとする光輝。その姿の唖然とする清水はとっさにその背中に声を掛ける。
「あ…待ってくれ!」
「ん?どうした?」
不思議そうに振り返る光輝に清水は何も言えなくなってしまった。今自分は何を言おうとしたのか。それは清水自身が一番わからなかった。何も言えない清水に首をひねる光輝は何かを思いついたように顔を明るくさせる。
「ふむ…清水、また時間があったらくだらない話でもしようぜ!」
「…ぁ…ああ!」
そう言って走り去っていく光輝のその言葉に顔を明るくする清水。なぜだかそのやり取り、その気やすい言葉使いが無性に嬉しいのだ。また時間があったら光輝と話をしてみたいと清水は無意識に考えていた。
だが、現実はそう甘くはなかった。その後実地訓練となった迷宮で光輝は無能と呼ばれていた南雲ハジメを助けようとして奈落の底へ落ちていったのである。その光景を見た清水は絶望してしまった。どうして?と、もっと話をしたかったのに…
そんな清水は陰鬱な心で光輝が羨ましがっていた闇魔法にのめり込んでいった。そんな時だった。とある存在に声を掛けられたのだ。
その存在に惹かれるように清水は王宮から姿を消した。清水が光輝と話をしていた時の状態であれば気付くであろう破滅への道を清水は誘われるように進んでいくのだった…
これにて1章終了です長かったー。
本当ならヒロイン候補の娘と話を追加する予定でしたが、思い浮かばず断念しました。無念
念のため補足
Q何故コウスケは清水の前で素を出したのか?
A天之河光輝の演技でストレスが限界突破していたのです
また、清水には親しい友人がいないことを知っているので誰かに話すことはないだろうというちょっとした打算がありました