ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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楽しんで思いつくままにやってみたら後半が変なことに…
勢いとノリで書いているのでキャラの会話で変な矛盾が出ないか心配です

今更改めて書きますがキャラ崩壊注意です。
…2次創作の時点で原作と違うのは当たり前かもしれませんが


ブルックの町にて

 

 

 

 遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。おそらく門番の詰所だろう。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。

 

 そろそろ、町の方からもハジメ達を視認できそうなので、魔力駆動二輪を“宝物庫”にしまい、徒歩に切り替えるハジメ達。流石に、漆黒のバイクで乗り付けては大騒ぎになるだろう。町に近づいていく、それなりに、充実した買い物が出来そうだとハジメは頬を緩めた。

 

「……機嫌がいいのなら、いい加減、この首輪取ってくれませんか?」

 

街の方を見て微笑むハジメに、シアが憮然とした様子で頼み込む。

 

シアの首にはめられている黒を基調とした首輪は、小さな水晶のようなものも目立たないが付けられている、かなりしっかりした作りのもので、シアの失言の罰としてハジメが無理やり取り付けたものだ。何故か外れないため、シアが外してくれるよう頼んでいるので、コウスケがハジメの代わり答えることにした。

 

「あ~テレ屋なハジメの代わりにこの俺が答えよう!シア、その首輪は俺たちの奴隷の証となっているんだ。」

 

「え!私は奴隷扱いなんですか!?」

 

「阿呆、俺たちがシアを奴隷扱いするわけないだろが。考えてみろ、愛玩用としての人気の高い兎人族が普通に町を歩けるわけがない、ましてやシアは白髪でおまけにスタイルも抜群なパーフェクト美少女なんだ。普通に考えて滅茶苦茶目立つだろ。俺たちの奴隷としてその首輪がなかったら…まぁ町の男たちに全員に目をつけられるな、確実に。というか、首輪があろうがなかろうが同じことか…ま、それの予防として外さないんだよ。…って、何くねくねしてんの?俺の話聞いてる?」

 

これから起こるであろうことを考え、シアに説明するコウスケだがシアは話の途中からくねくねしだし、顔を赤らめ嬉しそうにしている。

 

「もう~そんなに褒めなくてもいいじゃないですか~照れちゃいますよ~コウスケさ~ん。ハジメさんも私が心配だからって首輪を無理矢理つけるなんて~照れ屋さんなんだっあべし」

 

奇怪な悲鳴を上げ額を抑えるシア。言ってる最中にハジメから凸ピンを食らったのだ。溜息を吐きコウスケの話の続きを話す。

 

「さっきから誰が照れ屋なんだって…はぁその首輪、念話石と特定石が組み込んであるから、必要なら使って。直接魔力を注いでやれば使えるから」

 

「念話石と特定石ですか?」

 

 念話石とは、文字通り念話ができる鉱物のことだ。生成魔法により“念話”を鉱石に付与しており、込めた魔力量に比例して遠方と念話が可能になる。もっとも、現段階では特定の念話石のみと通話ということはできないので、範囲内にいる所持者全員が受信してしまい内緒話には向かない。

 

 特定石は、生成魔法により“気配感知[+特定感知]”を付与したものだ。特定感知を使うと、多くの気配の中から特定の気配だけ色濃く捉えて他の気配と識別しやすくなる。それを利用して、魔力を流し込むことでビーコンのような役割を果たすことが出来るようにしたのだ。ビーコンの強さは注ぎ込まれた魔力量に比例する。

 

「これで何かあってもフォローできると思うし…まぁ一人ではいない方が良いってこと。できる限り僕かコウスケのそばにいてね。さっきから楽しそうにしているユエも同じことだよ」

 

「…私?」

 

「そうだよ、ユエも世の中の女性がかすむほどに綺麗なんだ、だから、シアと同様に面倒ごとが向こうから寄ってくるだろうし…ってユエも嬉しそうにニンマリしないで…」

 

ユエも精巧なビスクドールと見紛う程の美少女だ。シアと同様、念のため男である自分かコウスケのそばにいるよう注意したが…ユエは嬉しそうにニンマリしているため注意を聞いているかわからない。

 

「…コウスケ、改めて思うけど、絶対面倒ごとが起こるよね…」

 

「だな、ユエもシアもとびっきり可愛いからなー。力任せに自分のものにしようとする奴が出てくるだろうなぁ…可愛い女の子と旅ができるのは嬉しいけど厄介ごとが起きそうとは…因果なものだ」

 

「「はぁ~」」

 

容姿をほめられて嬉しそうにする美少女2人に仕方がないとはいえ溜息が出てしまう男2人だった。

 

 

 

遂に町の門近くまで来たハジメたち。ハジメがステータスプレートの提示についてどうしようか言い訳を考えているとコウスケがボソッと耳打ちしてきた。

 

「南雲、ステータスプレートの提示なんだがお前のだけで通したいんだが、いいか?」

 

「?別にかまわないけど、なんで」

 

「俺のステータスプレートには勇者って書かれているからな。見つかったら面倒ごとに発展しそうじゃないか」

 

(最もほかにも試してみたいことがあるんだけどな)

 

コウスケのステータスプレートはバグりまくっているとはいえ天職の欄には依然として勇者と書かれている。見つかってしまったら王国に連絡が行き面倒ごとがわらわらとやってくるに違いない。自分から勇者になったわけでもないのにあーだこーだとなるのは面倒でしょうがないのだ。

 

 

コウスケの説明にハジメは快く了承し、遂に町の門までたどり着いた。門の脇の小屋は門番の詰所だったらしく、武装した男が出てきた。格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者に見える。その冒険者風の男がハジメ達を呼び止めた。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。ハジメは、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

 

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

 ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男がハジメのステータスプレートをチェックする。そして、目を瞬かせた。ちょっと遠くにかざしてみたり、自分の目を揉みほぐしたりしている。その門番の様子をみて、ハジメは「あっ、ヤバ、隠蔽するの忘れてた」と内心冷や汗を流した。その時、コウスケがすっと門番の前に立ち話し始める。

 

「ああ、すいません。実は、先日魔物と交戦中に彼のステータスプレートに魔法が当たっちゃって壊れたみたいなんですよ」

 

さらりと嘘を吐きながら門番の目を見るコウスケ。

 

「そんな表示、普通に考えて出るわけないでしょう?ほんと困りましたよー。こんな風になってしまったら誤解されると2人で困っていたんです」

 

「ふむ、壊れてしまったのか…それは大変だったな、君のは?」

 

「自分のですか?それが戦っているうちに失くしてしまって…ああ後ろの、彼女の物もです。ほんと、どこに行ったんだろう?」

 

困ったような顔をしてさらりと嘘をつくコウスケ。

 

「本当に災難だな…後ろの娘もってうお!」

 

門番はユエとシアを見て固まる。ハジメたちの予想していた通り門番の顔が赤くなっていく。ユエもシアも凄まじい美少女だ。そんな門番の反応もコウスケに分かってしまう。ちなみに、話題に出ているユエ、シア、ついでにハジメも門番と話をしているコウスケを変な物を見るかのように見ている。ひしひしと背中から感じる3人の視線をスルーしコウスケは会話を続ける。

 

「どうしました?大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ、失礼した。うむ通っていいぞ」

 

「ありがとうございます。あ、素材の換金場所って何処にあります?」

 

「ん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

 

「何から何まで、ありがとうございます。ほら行くよ3人とも」

 

町の中へ入っていくコウスケ、そのあとを慌てて追い門をくぐり離れてからコウスケに尋ねる3人。

 

「コウスケ、今のなに?物凄く変だ」

 

「……コウスケ…変なものでも食べた?」

 

「コウスケさん何か気味が悪かったですぅ」

 

「お前ら…何言ってんだ…流石に傷つくぞ…」

 

3人の言葉にがっくり肩を落とす。人に対して敬語が使えるのは普通なことなのにどうやら3人にとってはかなり奇妙に見えたらしい。少しいじけてしまう。そんなコウスケにハジメは慌てて話題を変える。

 

「じょ、冗談だよコウスケ。でもそれにしてもかなりスムーズ行けたね?」

 

「…はぁ、ちょっと闇系魔法を使ったんだ。確か交渉に使えると思ったから試してみたんだが、結果は…どうだろう、使わなくても変わらなかったかな?」

 

闇系魔法は相手の精神や意識に作用する系統の魔法で、実戦などでは基本的に対象にバッドステータスを与える魔法と認識されている。

実戦で使えるとは思っていないが、自分の中の暴力性と今後のことを考えて活用できそうだと試してみたのだが…効果はなかったかもしれない。

 

「…闇魔法は洗脳とかに使える…洗脳したい人がいるの?」

 

「違うってば、今後何かと面倒ごとがあった時に後処理で使えるようにしたいんだ…難しいけどね」

 

「面倒ごとか…」

 

「?ハジメさんなぜ私やユエさんを見るんです?」

 

そんな事を話しながらギルドを目指す4人。コウスケは歩きながら闇魔法について思案する。

 

(さて、南雲達にはああいったが…そもそも俺に扱えるかどうか、かな…ふーむ、なんとなくだがイメージはできる。洗脳は男の夢みたいなものだからな!…だからと言ってうまくいくかどうかは…困ったな、経験が足りないから効果があるのかどうかさっぱりわからん。ユエもそこらへんは苦手そうだし…仕方ないそこら辺のごろつきで実験でもしてみるか)

 

コウスケが物騒なことを考えていると突然話しかけられてきた。

 

「そこのカッコイイ兄ちゃん大丈夫かい?何やら難しい顔をしているけど、何か質問でもあるのかい?」

 

気が付いたらギルドの中まで来ていたようだ。受付の恰幅のいいおばちゃんが心配そうにこちらを見ている。どうやら自分が考え事をしている間に素材の課金やらこの町…ブルックの地図のもらっているなどあらかたギルドでやるべきことはハジメが終わらせてくれたようだ。慌てて返事をしようと思ったがユエが代わりに答えてくれた。

 

「…ん、コウスケはたまにボーっとしている。いつものこと、だから…平気」

 

「そうなのかい。兄ちゃん何を考えていたのかは知らないけどこんな可愛い娘に心配かけさせたらダメじゃないか」

 

「っとすいません。以後気を付けます。ユエ、ありがとう」

 

「…ん」

 

受付のおばちゃんに謝罪しユエに礼を言う。ユエは特に気にした様子でもなく、コウスケの手を引いて入り口で待っているハジメのもとへ向かう。まるで、子ども扱いだと苦笑していると、何故か多くの視線を感じた。周りを見回すとギルドの冒険者たちがこちらを気にしているようだった。ユエは美人だからなーと一人納得していたが、どうやら自分にも視線を向けているらしい。敵意や悪意ではなく何やらねっとりとしたような…

 

「ワリィ、待たせたな」

 

「問題ないよ。それよりコウスケどうしたの?さっきからキョロキョロしているよ」

 

「あー、また後で話すよ」

 

(……こっちを見ている?嫉妬や好奇は分かるとして…何か熱い視線を感じる)

 

首をかしげながら待っていたハジメに謝罪しギルドを出る。そして宿屋についてたときもまた妙な視線を感じていた。ハジメが受付の女の子と会話をしてこちらに話しかけてきたときにその視線の意味が分かった。

 

「あの、お兄さん!お部屋はどうしましょうか!景色のいいお部屋をご紹介しますよ!」

 

言っていることは特に問題はない。が、女の子は頬を赤くし緊張しているのか声が上ずっている。その顔をコウスケは見たことがある。日本でみたイケメンアイドルに声援を送る熱心なファンの女の子の顔だ。理解した瞬間、心がざわめいた。

 

(この娘、俺を見て顔を赤くしているんじゃない、この体の持ち主、天之河光輝の顔を見て顔を赤くしているんだ。あーそうだった。イケメン顔になっているんだ俺は…あっはは、やべぇなんか…辛いな)

 

さっきのギルドもこの宿屋に入ってからの視線も女性達からだった当たり前だ。天之河光輝はかなりのイケメンなのだ。

奈落に落ちてコウスケになったあの日から激動の日々だったため、自分の顔がどうなっているかなどすっかり忘れていたのだ。コウスケにはイケメン顔を喜ぶほど図太さはないも楽観的な思考もない、どうしても気にしてしまう。そのことを思い出してしまい顔が暗くなってしまった。少女は気を悪くしてしまったのかと、慌てて話しかける。

 

「あ、あのすいません!私、何か気に障るようなことしましたか?」

 

「いいや、問題ないよ。2人部屋を2つでお願い」

 

ハジメが部屋を頼みそのまま3階にの部屋へ向かう。男女別に分かれハジメはベッドに腰を下ろす。

 

「ふ―疲れた。…コウスケさっきから難しそうな顔をしている…その体のこと?」

 

「ははっやっぱお前に隠し事は無理そうだな…さっきから女の人達から熱い視線を受けてな!どうやらモテモテみたいなんだ!これがモテ期って奴だな!あっははは!…はぁ」

 

おどけて冗談を言うコウスケだがその顔はさえない。ハジメとしても何を言ったらよいのか…いきなり今まで生きてきた自分の体が別人になるのだ。想像はできても流石に実感したことはない。だから無難なことしか言えない。

 

「…そのうち慣れるよ」

 

「だといいが…あーイケメンになれてサイコーって思うことができたらなー。なってみると実際、違和感がすげぇ…天之河光輝の顔を見るんじゃなくて俺を見てくれよ…」

 

そのまま疲れたのかベッドに入り込みすぐに寝息を立てるコウスケ。慰める言葉も出ずハジメも疲れて眠ってしまった。

 

数時間ほど眠ったのか、夕食の時間になったようでユエに起こされたハジメとコウスケは、ユエとシアを伴って階下の食堂に向かった。何故か、チェックインの時にいた客が全員まだ其処にいた。

 

コウスケは、できるだけ気にしないようにしているのだが食事中にも見られているので、せっかくの楽しみにしていた料理の味がよく分からなくなってしまった。仕方なくさっさと夕食を終わらせ風呂に入り部屋へ戻るコウスケとハジメ。ハジメはやりたいことがあるのか錬成をしているのでコウスケはしばらく眺めていたのだがうつらうつらとそのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シアは一人宿の近くで月を眺めていた。家族と離れ町にいるということが慣れないのか目がさえてしまったのだ。月を眺め、時折吹く風に髪を抑えるその姿は、シアの容姿と合わさって神秘的でまるで幻想の様だった。その空間に近づく影が一つ。

 

「シア…まったく、何をしているの?」

 

「…ハジメさん?ちょっと眠れなくなっちゃって」

 

影はハジメだった。実は、特定石でシアが宿から出たのが分かったのだ。ロクなことにならないだろうなとついてみると案の定宿にいた男連中が隠れてシアを伺っていたのでまとめて威圧で退散させシアに近寄ったのだ。コウスケと一緒に危惧していたことが現実になり、溜息をつく。そんなハジメを知ってか知らずかシアは楽しそうに話しかける。

 

「…町から見る月は森とまた違った感じがしますね…ここは面白い場所ですね。市場があったり、お店があったり森とは全然違うですぅ」

 

「そりゃ違うよ…そんな事より言ったじゃないか一人になるなって、奴隷商やら人さらいが居てもおかしくないんだぞ、この残念兎」

 

「あうっ、うぅぅごめんなさいですぅ」

 

シアに近づき軽めの凸ピンを一発、シアはちょっぴり痛いのか額を抑えながら謝る。そんなシアの近くに座り込むハジメ。お互い一緒に月を見る。沈黙が続くが嫌な空気ではなく静かな穏やかな雰囲気だ。しばらくして月を見ながらシアは気付いたように話し始める。

 

「…そういえば、ハジメさん最初に出会った時とは口調と言うか言い方が違うですぅ。とても柔らかい感じがして…どうしたんですか」

 

「今頃気付いたのか…流石、残念兎…一緒に旅をするんだ。いつまでも他人に使うような言葉遣いじゃダメでしょ」

 

「…気遣いは嬉しいのですが、凄く変な感じが…あうっ」

 

「はぁこの失言兎は…さっさと慣れろ」

 

「ぅぅう…はいですぅ」

 

失言をしたシアにさっきより強めの凸ピン放つハジメ。気のせいか、溜息がさらに多くなってきた。まさか自分はこのメンバーの中での苦労人ポジションか!と思い戦慄していると、シアは真剣な顔でハジメを見てきた。

 

「ハジメさん…改めてお礼を言わせてください。私達ハウリア族を助けていただきありがとうございます。返せるものは少ないですけど、このシア・ハウリア一生懸命頑張ります!」

 

「…それはコウスケにいいなよ、僕は助ける気なんて全然なかった。コウスケが最初にシアを助けたからなし崩し的にハウリア族を助けることになったんだ。僕がやったことじゃない」

 

「それでもです!それは、確かにコウスケさんが私を助けてくれなかったらハジメさんも助けてくれなかったかもしれませんが…それでも、なんだかんだでフェアベルゲンで私たちを助けてくれたじゃないですか。それは間違いありません!だからありがとうございます!」

 

「…このお気楽兎……どういたしまして」

 

にっこりと太陽のように笑うシア。そんなシアに苦笑するハジメ。あの時助ける気はなかった。それは間違いない、自分たちの邪魔をするものは排除すると考えていた。その他大勢にも手を貸す気はないとも。しかし、コウスケが助けて、なし崩し的だが自分はシアと約束をしたのだ。家族を助けると。この笑顔を見ていると約束を守ることができてよかったとハジメは思った。

 

「さて、もう夜も遅くなった。そろそろ宿へ帰ろう明日はライセン大迷宮を探すんだ。さっさと眠らないと」

 

「はいですぅ!」

 

シアと一緒に宿へ帰る。その足取りは思いのほか軽く感じた。明日の準備とどういう道筋で行くか簡単にシアと雑談したハジメはシアと別れようと自分の部屋を開け始めたとき

 

「……んっ……ぁ……ぅ…ひぁ…」

 

部屋から漏れてきた喘ぎ声にハジメとシアは硬直し顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少しさかのぼる。

 

コウスケはふと眠りから覚めた。どうやら疲れていたのかすぐに眠っていたらしい。ポリポリと頭をかきながらあたりを見回しハジメを探すが部屋にはいなかった。夜の散歩でもしているのかと思いつき、さて、眠くなるまで日課の”守護”の練習でもしようかと考えていた時だった。控えめなノックの音がした。何かと思い用心して扉を開けると、そこにはユエがいた。

 

「…コウスケ入っていい?」

 

「ユエ?良いよー」

 

扉を開けユエを招き入れる。ユエは寝間着姿なのかラフな薄着姿だった。一瞬ドキッとするコウスケ。一応ユエの裸を不可抗力とはいえ見ているのだがそれでも心臓に悪い。もう少し用心してほしいとは思いつつ信頼されているのかとも思うと苦笑いしか出ない。

 

「あんまりその格好でうろつかないでくれよ、俺たちはそこら辺の奴より強いとはいえ危険なんだから。んで、どったのこんな時間に…眠れない?」

 

「…ん、気を付ける。用件は…吸血しに来た」

 

「あー、そっか今日は俺の番か…」

 

注意を促すコウスケに、素直にうなずくユエ。ユエの吸血はハジメとの日替わりとなっている。最もユエの気分によるのが多いのでハジメとコウスケもろとも吸われる時が多いのだが…やはり快楽付けの吸血はクルものがある。中毒にならないよう気を張りながらユエと向かい合うコウスケ。

 

「(ぅぅぅ…いつものこととはいえ緊張するな…)あーユエさん優しくお願いします」

 

「…ん、善処する」

 

ユエはコウスケの後ろに回り首筋に舌を這わせる。無論、吸血に必要な行為ではない。だが、ユエ曰く、美味しくいただくための挨拶…というものらしい…無論コウスケにはさっぱりわからない。そんなこんなで首にチクリと痛みが走りすぐに頭がしびれるような快感が出てきた。

 

「………っ!」

 

「…コウスケ今日は…我慢しているの?」

 

流石に町の中にある宿で喘ぎ声を出すわけにはいかないし、いつまでも快感に負けたくはないというのもある。迫りくる快感に必死でこらえる。ユエの熱っぽい甘い声が耳元で聞こえ身震いをする。どうやら反応を楽しんでいるようだ。ユエの悪戯顔を想像して苦笑いが出そうだ。そのまま窘めようと口元から声が出そうな瞬間昼間の視線を思い出した。あの視線は天之河光輝の顔を見ている視線だった。

なら今自分の…この体の血を吸っているユエは?

 

(…この体は天之河光輝のものだ…、それってアイツの血がうまいってことになるのか?そんなはずは…でもこの体はアイツのもので…それをユエは夢中になるということは…)

 

途端に悲しくなってきた。今の自分の血は天之河光輝の血だ。その血をユエは吸っている。すなわち、天之河光輝の血が美味しいといってるのではないか。虚しさと悲しさが襲ってきた。ユエはそれに気づいたのかまたは別の要因かコウスケの首から離れてベッドで吸っていた血を吐いていた。

 

「うぐっ…げほっ…コウスケ?」

 

ユエはコウスケの血が好きだ。しかし、今のコウスケの血はとてもヘドロの様で飲めたものではない、思わず吐き出し、コウスケを見る。その背中は震えているように感じた。何を考えているかはユエにはわからない。しかしそっと背中をなでると一瞬ビクンとした後落ち着いてきたのか静かになった。

 

「……コウスケどうしたの?」

 

ユエはコウスケが何かを悲しんでいると検討をつき吐き出せるように背中をなでる。まるであの時の…オスカー住居の時の夜みたいだとユエは思った。

 

「ねえ、ユエ」

 

「ん」

 

「…俺の血っておいしいの?」

 

「……ん、美味しい」

 

「…そっか、…本当は…この体は俺の物じゃないんだ」

 

「…?」

 

「俺は、天之河光輝っていう男の中に入り込んでいる魂の様な物なんだ。…自分の体じゃない、ユエはそいつの…天之河の血を吸っていたんだ。ユエが俺じゃない奴の血を好んでいると考えたら悲しくなって……昼間の視線から薄々感じていたんだ。女の人が俺を見ているってことになんてことはない、天之河光輝というイケメン野郎の顔を見ていたんだ。俺じゃなくて別の人間を…」

 

吐き出すように言いがっくりと肩を落とすコウスケ。ユエはコウスケの話を聞き、頭の中で理解して…鼻で笑った。

 

「…コウスケは馬鹿」

 

「ユエ?」

 

「…私は、顔と体とかそんなことどうでもいい」

 

「どうでもいいって、これでも結構悩んでいたんだけど…」

 

「…コウスケはコウスケ、それは当たり前のこと。大切なことは、有象無象の評価なんてどうでもよくて今私の目の前で悩んでいるコウスケが私やハジメ、シアが知っているコウスケだという事。天之河光輝という男はどうでもいい」

 

ユエの紅い瞳がじっとコウスケを見つめている。その目が何よりも言っている。”大切なのは体ではなく心そのもの”だと。

 

「…はは、そっか、そうだよな。いないやつのことじゃなくて今の俺は誰か、大切な奴らが知っていればそれでいいのか…」

 

「…んっ」

 

さっきまでの悩んでいた様子はなくかみしめるように今の言葉を繰り返すコウスケにユエは満足した。自分の言葉で自信を持ってくれるのならそれは嬉しいことだ。ふと、血が飲みたくなった。さっき中断したせいか無性に吸いたくなる。

 

「…コウスケ、血を吸ってもいい?」

 

「ん?…そういえば途中だったな。良いよ。悩みを聞いてくれたお礼として満足するまでどうぞ」

 

「…ん」

 

ユエはコウスケの後ろに回り改めて血を吸う事にする。大きく息を吸い思いっきりカプリとコウスケの首筋に歯を突き立て血を啜る。

 

「!?」

 

瞬間ユエはあまりの血の旨味の濃厚さに目を見開いた。さっき吐きたくなるようなものだったが今の血は極上なものだ。これはどういうことか。ユエは瞬時に考察しある仮説を立てた。すなわちコウスケの感情が血の味に深みを出させるのではないか。先ほどまではコウスケが落ち込んでいたから飲めたものではなかった。まるでヘドロの様だった。しかし今のコウスケの血はマズさの中に強い旨味を感じる。恐らくコウスケの嬉しいという感情が味の良さを引き立てているのだろう。後でハジメに吸血させてもらうときに実験しようと考えるユエ。

 

しかし今はこの考察も理由も正直どうでも良かった。今は、この目の前にある血を一滴残らず吸いたい。ユエの中で自重という言葉がはじけ飛び吸血鬼としての本能が出てきた。もっとこの血を味わって吸い尽くしたいと。

 

「!?……くっ…うぁ…あの…ユエさ…長くな…い…」

 

「コウスケは満足するまで吸って言いといった。だから絶対自重しない」

 

「……ひぁ……やば…なぐ……も…たす…け」

 

ユエに血を吸われながらもハジメに助けを求めようとするもコウスケは床に倒れ伏してしまった。快楽に震える体を無理矢理力を籠め這いずりながら扉へ向かうコウスケ。さっきとは比べ物にならない快楽だった。今すぐすべての理性を放り投げて絶叫を上げたい。しかしそれだけはダメだと残っている理性が叫ぶ。ハジメに会えば助かる。その一心で扉へ向かう。しかし、その事を察知したのか背中にいる吸血姫がそっと耳元で悪魔の言葉を囁く。

 

「…今の…コウスケをハジメとシアが見たら……ふふ」

 

その言葉を聞き今の状況を確認する。部屋で倒れている自分。汗がすごく、寝巻用のシャツが体に張り付いている。背中にはユエ。薄着でおそらく蠱惑的な表情を浮かべている。おまけにベッドには少量の血が付いている…非常にまずい…何がマズイかはわからないがとにかくマズイ。快楽に打ち震え頭が真っ白になっていくなか顔を青ざめる。その時扉から視線を感じた…ユエが来たとき扉に鍵を閉めた覚えはない。そのことを思い出し扉に目を向け…良く見慣れた黒い目と綺麗な蒼穹の目がこちらを見ていた。

 

「!?!!!?!?」

 

声にならない悲鳴を上げコウスケの意識は落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハジメとシアは扉から聞こえる喘ぎ声に硬直し顔を見合わせた後すぐに部屋の中を見た。部屋の中には倒れ伏しこちらを見て声にならない悲鳴を上げるコウスケとその首筋にかじりついているユエがいた。ハジメとシアが見ているの中でコウスケは白目をむきドサリと音を立てて床に突っ伏しってしまった。

 

「ハ、ハジメさんコウスケさんが死んじゃいました!」

 

その音でハジメとシアは我に返り慌ててハジメがコウスケをユエから避難させようとシアがユエを引きはがそうとするが余りにも力が強くなかなかうまくいかない。

 

「死んでいない!おそらくあまりの快楽に意識が飛んだんだ!…言ってて馬鹿らしくなってきた…とにかくシアはユエ引きはがして!」

 

「さっきからやっていますぅ!ってユエさん力強っ!?私より力が強いんですけど!?」

 

「…ふふ…勝利の美酒…一滴残らず吸い取ってやる」

 

「ユエ!バグってないで離れろ!ってコウスケの顔が青から白くなってる!?」

 

コウスケにしがみつくユエ。シアの力をもってしても離れないのは執念によるものだろうか。全てを投げ出して寝ていたくなるがこのままだとコウスケは明日の朝日を拝めなくなる。それは不味いので溜息をつきながら加減なしでハジメはユエに”纏雷”をぶち込むことにした。

 

「!? アババババババアバババ」

 

ビクンビクンしながら感電するユエ。そのままトサリと落ちた。力を入れた”纏雷”のおかげで気絶したのだろう。その顔はとっても幸せそうだった。ハジメとシアは座り込み息を吐く。

 

「…流石に疲れたですぅ…もう眠りたいですぅ…」

 

「…お疲れさん…うん、僕もだ…」

 

お互い溜息が出た。今後のことに頭を悩ませながら2人は乱れた部屋の後始末をするのだった。

 

 

 

 




ユエの出番を増やそうと思ったら変なことに
なんだこりゃ

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