ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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ひっそり投稿します


準備をして、いざ大迷宮へ

 

騒動が起きた翌朝、朝食を食べた後ハジメは、シアとユエに金を渡し、旅に必要なものの買い出しを頼んだ。チェックアウトは昼なのでまだ数時間は部屋を使えるから、ユエ達に買出しに行ってもらっている間に、部屋で済ませておきたい用事があったのだ。貧血で倒れていたはずのコウスケは朝起きたら何事もなかったように回復していたので一緒に護衛として同行を頼んだのだが、やりたいことがあるので、できないと申し訳なさそうに断られてしまった。

 

「すまん、南雲、2人とも、本当は一緒に行きたいんだけど…」

 

「コウスケさん大丈夫ですよ。ユエさんと一緒にお買いものを楽しんできますから」

 

「…ん、楽しみ…ハジメは?」

 

「まぁ久しぶりの町だし散策したくなるのは分かるしね…僕はちょっと作っておきたいものがあるんだよ。

構想は出来ているし、数時間もあれば出来るはずだ。ホントは昨夜やろうと思っていたんだけど……疲れて出来なかったんだよ」

 

ジトーとシアとユエを見る、2人はさっと視線をそらしコウスケは不思議そうな顔をする。どうやらユエと会話した後のことは覚えていないらしい。ハジメはユエから事の顛末は聞いているので親友の悩みが解消したというハジメとしても喜ばしい事だった。最も昨日の夜の出来事のせいでユエの吸血に中毒にならないか心配であるが…

 

(記憶が飛ぶほどの快楽とはいったい…うん、次からはユエは僕の血をメインに吸ってもらおう。流石にコウスケのアヘ顔ダブルピースは見たくないし…)

 

ハジメがひっそりと今後のことを決意している中、3人はきゃいきゃいと買い物の話をしていた。

 

「お、そうだシア、悪いけど服と下着類はかなり大目に買ってきてほしいんだけど頼める?」

 

「いいですよ、でも何でですか?」

 

「あー武器の問題でなーどうにも接近しないといけないから魔物の体液を思いっきり浴びるんだ…慣れたとはいえ流石に服は替えたくなるというか、汚れたままは…ねぇ」

 

「…なるほど、確かにそうですよね…私もそうなるのですよねぇ」

 

「…コウスケはもっと魔法の練習をする…」

 

「善処します。…ユエも何か気になるものがあったら買って来たら?お金はあるんだし、どうせこれから嫌でも増え続けるんだ。買い食いするのもいいし、気になるアクセサリーを買ってもよし、量が多くなったら南雲の宝物庫にぶち込めばいいからな」

 

「…無理やりな話題そらし…でもそういわれるとワクワクする…行こうシア、私は露店を見に行きたい」

 

「まずは用事を済ませてからですよユエさん。では行ってきます!」

 

「おーナンパされて断っても力尽くで来る男がいたら遠慮なく玉を潰せばいいからなー遠慮すんなよーグチャっといけグチャっと」

 

「…ん、任せて」

 

きゃいきゃい騒ぐ女性2人が去り男2人がぽつんと部屋に残される。ハジメは呆れ顔でコウスケに話しかける。

 

「玉を潰せって…」

 

「はは、何を今更、無理矢理にでもシアとユエをどうにかしようとするやつがいたらそうするだろ」

 

「まったくもって否定できないね…それよりコウスケ、その体のことはいいの?」

 

コウスケの顔に昨日までの悩みはなさそうだ、しかし念のため聞くことにする。自分ではない別人の身体だ。抱える精神の負担はハジメには測りきれない。

 

「ああ、そりゃ慣れるまでに時間はかかるかもしれないが…ま、南雲やユエ、シアが俺を見てくれているんなら…大切な人たちが俺のことを分かってくれているのならどうだっていいことなんだ。」

 

にこやかに笑うコウスケ。さらりと恥ずかしいことを無意識で言ってる辺りもう大丈夫そうだ。

 

「そっか分かった。じゃあ僕はこれから錬成をするよ。コウスケも今のうちに用事を済ませたら」

 

「あいよーんじゃねー」

 

コウスケが部屋から去っていきハジメは気合を入れて錬成を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は不満を持っていた。上手くいかない冒険者生活。その日だけの生活で精一杯の僅かな所持金。不幸だと嘆き酒におぼれていく日々。何かを変えようとしても何も変えられないもどかしさ。そんな不満を持って街道を歩いていた。

 

(あぁ…何かイイことねぇかな…)

 

そんな事を考えながら歩いていた時、目の前の光景に男は目を奪われた。前方に歩いている女の子の2人組。

片方は小柄でサラサラとした金髪をして、人間離れした美貌を持ち無表情ながらどこか楽しそうにしているのが全身からにじみ出ている少女。残るもう片方の少女は、青みがかった白髪で手足は引き締まっておりとても扇情的な格好をしている。顔は明るく笑っておりつられて笑顔になってしまいそうな魅力がある。頭から出ているうさ耳からして亜人族だろう。

 

ゴクリッ

 

思わず喉が出てしまうほど別格の美しさと可愛らしさを持った少女達だった。ふらふらと花の蜜に誘われる虫のように少女達の後をつける男。

 

(なんて…綺麗なんだ……)

 

先ほどまでの鬱屈した思いはなくなり、目の前を無防備に歩く少女達に視線がくぎ付けにになる男。どうやって話しかけようか、どうすれば気を引けるのか、考えようとしているうちに、どんどん心臓の鼓動が早くなり危険な思考になっていく。

 

(ああ…組伏せたい…そのまま滅茶苦茶に…)

 

本来、ここまで危険な思考を持つ男ではない。善良さを持ち、道徳心も良識も人並みに持っている。しかし、己の何もできないもどかしさに不満を持っていた時に目の前を歩く逸脱した存在につい魔が差してしまったのだ。

 

男の顔がどんどん危険な顔つきになっていく。ついに力づくでものにしようかと行動しようとしたとき、

 

「当店はおさわり厳禁ですよー」

 

間延びした声と同時に腕を何かにつかまれ一瞬の内に男は路地裏に連れ込まされてしまった。慌てて腕をつかんだ人物を見ると困った顔をしている顔の整った青年がこちらを見ていた。

 

「触りたいのやらナニかしたいというのは、同じ男として分かるんですけどねー流石にダメでしょ。そういう如何わしいことがしたいなら風俗行きましょうよー風俗ー」

 

にこにこと眉尻を下げ困った顔で笑う青年に怒りがわく。力づくで腕を振り払うと一気に詰め寄った。

 

「てめぇ!いきなりに何を根拠に…」

 

「いやー見ればわかりますよ。明らかに動作が挙動不審で顔が色情魔みたいでしたもん。この世界に法律があるかどうかは分からないけど婦女暴行は駄目ですよー常識でしょー」

 

勝手に話してうんうん頷く青年に不意を突いて殴りかかる。あの少女たちがこうしている間に何処かに見失ってしまうと思ったら手が出てしまったのだ。しかし青年は簡単に拳を受け止め男の目を見つめてくる。

 

「スローすぎてあくびが…違った。…あの娘達をそっとしておいてはくれませんか。彼女たち初めて友達と一緒に買い物ができて楽しんでいるんです。そんな楽しいことに水を差しては駄目でしょう?」

 

青年の目が男をとらえて離さない。その目を見ていたら先ほどまでの怒りと焦りが不自然なまでに消えていくのを感じた。まるで…ナニカサレタヨウニ…

 

「ア、アア…ソうだナ、ジャマをしてはいけないよな」

 

「良かった、良かった。どうやら分かってくれたようですね」

 

青年の安心した笑みに男の頭の中が正常に戻っていく。なぜ自分はあんな短絡的な行動を起こそうとしていたのか。楽しそうに歩いていた少女たちに申し訳なかった。

 

「どうして俺は、あんなことをやらかそうと…」

 

「しょうがないですよ。人間ですし魔がさすってことはあるんですから」

 

ケラケラ笑いながら慰める青年に男の肩の力が抜けた。自分を止めてくれた青年に感謝をし別れを告げ日の当たる街道を歩く。先ほど見た少女たちはもうどこにもいなかった。しかし見れただけで眼福ものだ。この先きっといいことがあるだろう。澄み渡るような真っ青な空を見ながら男の心はとても軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと…これで12人目…結果的にはうまくいってるのかねぇ」

 

路地裏に残された青年…コウスケは伸びをしながら男が出て言った方向をぼんやりと見つめる。ユエとシアが買い物にしている間、隠れて護衛と闇魔法の実験をしていたのだ。案の定2人の美貌に目がくらみ後をつけている危険人物を一人一人路地裏につれ込み闇魔法で洗脳…もとい説得をしていた。結果は今のところ上々でありコウスケが交渉(物理)をすることはなかった。

 

「しっかし、洗脳がうまくできるように人体実験するって…我ながらドン引きだな、でも暴力沙汰や玉砕きよりは平和的だろ…たぶん」

 

自分の行動にツッコミを入れながらもやめる気は毛頭ないコウスケ。相手が話を聞きませんでした、だから暴力で分からせる!ではだめなのだ。そんな事をしていたらいつかすべての出来事を暴力と威圧で解決してしまいそうになり、戻れなくなってしまう。

 

(そんな事やるより洗脳でスマートに説得した方がいいよな)

 

暴力で解決するよりも言葉(洗脳?)で分かり合えた方がずっと良い。今後のいざこざを考えても闇魔法…別名『洗脳』魔法を鍛えておいて損はない。恐らく今後もユエとシアの美貌に目がくらむ輩がいるはずだ。仲間である少女たちのトラブルを引き寄せる可愛さにほんのちょっぴり溜息をつきながらコウスケは路地裏を出ていくのだった。

 

 

 

 

そんなこんなで用事と言う名の護衛と鍛錬を済ませ宿に帰ってきたコウスケ。シアとユエも無事に買い物が終わりハジメも問題なく錬成が終わった。

 

「うん。我ながらいい出来だ」

 

「ハジメさんこれは一体なんですか?」

 

「シア専用の新しい大槌だよ」

 

 そう言ってハジメはシアに直径四十センチ長さ五十センチ程の円柱状の物体を渡した。銀色をした円柱には側面に取っ手のようなものが取り付けられている。今のこの形状は待機モードであり魔力を流すと持ち手が伸びハンマーになるのだ。銘は大槌型アーティファクト:ドリュッケン(ハジメ命名)でありシア専用の武器である。

 

「わ、わたし専用の武器ですか!?やったー!これでバリバリ頑張ってまだまだ強くなりますから皆さん期待しててくださいよ!」

 

シアはそれを受け取り大喜びをする。そんなシアに3人は微笑みながらライセン大迷宮を探しに出発するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でりゃ~~~ですぅっ!」

 

「まだだシア!腰が引けている!もっと前に踏み込め!」

 

「ですぅ!」

 

「そうだ!それでいい!」

 

 死屍累々

 

 そんな言葉がピッタリな光景がライセン大峡谷の谷底に広がっていた。ある魔物はひしゃげた頭部を地面にめり込ませ、またある魔物は頭部を粉砕されて横たわり、更には全身を炭化させた魔物や真っ二つに両断された魔物など、死に方は様々だが一様に一撃で絶命しているようだ。

 

ハジメたちはブルックの町を出た後、魔力駆動二輪を走らせて、かつて通った【ライセン大峡谷】の入口にたどり着いた。そして現在は、そこから更に進み、野営もしつつ、【オルクス大迷宮】の転移陣が隠されている洞窟も通り過ぎて、更に二日ほど進んだあたりだ。

 

 【ライセン大峡谷】では、相変わらず懲りもしない魔物達がこぞって襲ってくる。

 

その事にコウスケはシアの戦闘の経験になると喜びできる限りシアが魔物を倒す様に”誘光”を使い自らに魔物のヘイトを集めているのだ。コウスケの狙いとしては、前衛としてのシアとの間合いの調整、後衛との連携の仕方などやりたいことがいっぱいあるのだ。この絶好のチャンスを見逃すほど余裕ぶるつもりはない。

 

「良いぞシア!俺が盾になってひきつけている間お前が吹っ飛ばす!それが基本となる!その事をしっかりと意識しろ!」

 

「ですぅ!!」

 

「だからと言ってユエとハジメとの連携も忘れるな!俺たちが抜かれたら後衛の2人が危険だ!ハジメはなんとでもなるがユエはそうはいかん!何かあった時すぐに駆けつけるように間合いを調整しろ!」

 

「でっっっすうぅぅ!!」

 

「やればできるじゃねえか!よし!町に帰ったらスイーツをたらふくおごってやる!覚悟しろ!」

 

「!?燃えてきましたぁーーーー‼‼」

 

大迷宮を探しながらしっかりとシアの訓練と連携もする。中々充実していてコウスケは非常に満足だ。

 

 

ビチャア!

 

「………」

 

…シアの吹き飛ばした魔物の体液や肉片がこちらに飛んでこなければだが…全身魔物の体液だらけになり渋い顔になるが、ワザとしているわけではないと理解しているので何ともいえなくなってしまう。そんなコウスケにユエとハジメが苦笑しながら近づいてくる。

 

「やっぱり、ライセンのどこかにあるってだけじゃ大雑把過ぎるよね」

 

洞窟などがあれば調べようと、注意深く観察はしているのだが、それらしき場所は一向に見つからない。ついつい愚痴をこぼしてしまうハジメ。

 

「大火山へ行くついでだし、そのうち見つかるさ…それよりタオルをくれ、流石にこのままは辛いっていうか臭い」

 

「…ん、お疲れさま」

 

「ありがとうユエ…やっぱり服を多めに買ってもらって良かった~。おーい!シアー戻ってこーい」

 

「はいですぅ!ってコウスケさん何でそんなに汚れているんですか?」

 

「……お・ま・え・のせいだよ!ここまで汚させやがって!待てー!シアも体液まみれにしてやるー!」

 

不思議そうに首をかしげるシアに、頬がピクつくコウスケ。悪気がないのは知っているがやはり少々くるものがある。なのでシアも体液まみれにすることにした。

 

「うわーん!こっちに近づかないでほしいですぅ!ハジメさーん!助けてくださーい!」

 

「うるせぇ!南雲手伝え!お前もうさ耳の体液まみれが見たいだろ!」

 

「…ハジメ、そうなの?」

 

「違う!僕に勝手な性癖をつけないでよコウスケ!ユエもそんな驚いたような顔をしない!分かってやっているでしょ!」

 

そんな風にふざけあいながらも更に走り続けること三日。その日も収穫なく日が暮れて、谷底から見上げる空に上弦の月が美しく輝く頃、ハジメ達はその日の野営の準備をしていた。野営テントを取り出し、夕食の準備をする。町で揃えた食材と調味料と共に、調理器具も取り出す。この野営テントと調理器具、実は全てハジメ謹製のアーティファクトだったりする。

 

 野営テントは、生成魔法により創り出した“暖房石”と“冷房石”が取り付けられており、常に快適な温度を保ってくれる。また、冷房石を利用して“冷蔵庫”や“冷凍庫”も完備されている。さらに、金属製の骨組みには“気配遮断”が付加された“気断石”を組み込んであるので敵に見つかりにくい。

 

 調理器具には、流し込む魔力量に比例して熱量を調整できる火要らずのフライパンや鍋、魔力を流し込むことで“風爪”が付与された切れ味鋭い包丁などがある。スチームクリーナーモドキなんかもある。どれも旅の食事を豊かにしてくれるハジメの愛し子達だ。しかも、魔力の直接操作が出来ないと扱えないという、ある意味防犯性もある。

 

「…神代魔法って超便利だ…」

 

(ちげぇよ!その発想が出てくるお前がチートだっての!)

 

「コウスケ?どうしたの?」

 

「このバグキャラめ!」

 

「!?」

 

 

 

 ちなみに、その日の夕食はクルルー鳥のトマト煮である。クルルー鳥とは、空飛ぶ鶏のことだ。肉の質や味はまんま鶏である。この世界でもポピュラーな鳥肉だ。一口サイズに切られ、先に小麦粉をまぶしてソテーしたものを各種野菜と一緒にトマトスープで煮込んだ料理だ。肉にはバターの風味と肉汁をたっぷり閉じ込められたまま、スっと鼻を通るようなトマトの酸味が染み込んでおり、口に入れた瞬間、それらの風味が口いっぱいに広がる。肉はホロホロと口の中で崩れていき、トマトスープがしっかり染み込んだジャガイモ(モドキ)はホクホクで、ニンジン(モドキ)やタマネギ(モドキ)は自然な甘味を舌に伝える。旨みが溶け出したスープにつけて柔くしたパンも実に美味しい。

 

「美・味・い・ぞーーーーーーーーー!!」

 

「コウスケうるさい。でも本当においしい。シア本当に料理が上手なんだね」

 

「ふっふーーん。もーーーーっと褒めてもいいんですよ!他にも炊事、洗濯、裁縫何でもござれですぅ!」

 

「……くっ負けた気がする。私も料理覚えよう」

 

「シアーーーー!!おかわりーーーーー!!」

 

「だーー!コウスケうるさいってば!」

 

「…ハジメも結構うるさい」

 

 

 大満足の夕食を終えて、その余韻に浸りながら、いつも通り食後の雑談をするハジメ達。テントの中にいれば、それなりに気断石が活躍し魔物が寄ってこないので比較的ゆっくりできる。たまに寄ってくる魔物は、テントに取り付けられた窓からハジメが手だけを突き出し発砲して処理する。そして、就寝時間が来れば、四人で見張りを交代しながら朝を迎えるのだ。

 

「コレだよコレ!なんか冒険してるって感じだなぁ」

 

「うん、本当にファンタジーしているね」

 

(最もハジメの錬成と生成魔法でかなり快適な冒険ですけどね!苦労をしたいわけじゃあないけどちょっぴり駆け出し冒険者の苦労をしてみたい俺なのでした)

 

 その日も、そろそろ就寝時間だと寝る準備に入るユエとシア。最初の見張りはハジメとコウスケだ。テントの中にはふかふかの布団があるので、野営にもかかわらず快適な睡眠が取れる。と、布団に入る前にシアがテントの外へと出ていこうとした。

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと、お花摘みに」

 

「んーそっか気を付けろよー」

 

「何かあったら大声を出すんだよ」

 

「はーいですぅ」

 

暫くすると……

 

 

「ハ、ハジメさ~ん! コウスケさ~ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」

 

と、シアが、大声を上げた。何事かと、ハジメとユエとコウスケは顔を見合わせ同時にテントを飛び出す。

 

 シアの声がした方へ行くと、そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れており、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。シアは、その隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。その表情は、信じられないものを見た! というように興奮に彩られていた。

 

「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」

 

「流石シア‼でかした!」

 

「まさか、こんなにあっさり見つかるとは…」

 

「…ん」

 

シアに導かれて岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在した。そして、その空間の中程まで来ると、シアが無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。

 

その指先をたどって視線を転じるハジメとユエは、そこにあるものを見て「は?」と思わず呆けた声を出し目を瞬かせた。

 

 二人の視線の先、其処には、壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。

 

“おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪”

 

“!”や“♪”のマークが妙に凝っている所が何とも腹立たしい。

 

「……なんじゃこりゃ」

 

「……なにこれ」

 

ハジメとユエの声が重なる。その表情は、まさに“信じられないものを見た!”という表現がぴったり当てはまるものだ。二人共、呆然と地獄の谷底には似つかわしくない看板を見つめている。コウスケはその看板…正確には文字を見てトクンっと心臓が跳ね上がるのを感じた。

 

(…なんだこれ?なんで俺はこの文字を見て…興奮しているんだ)

 

心臓が喜ぶように跳ね上がるように音を出す。なぜか奇妙な高揚感があった。自分のことのはずなのにさっぱりわからず首をかしげていると

 

ガコンッ!

 

「ふきゃ!?」

 

シアが突然触っていた壁と一緒にグルンッと回転し消えていった。さながら忍者屋敷の仕掛け扉だ。

 

「「……」」

 

「シア…不用意に触るから…とりあえず助けに行こう」

 

無言でシアが消えた回転扉を見つめていたハジメとユエは、一度、顔を見合わせて溜息を吐くとコウスケと一緒に、シアと同じように回転扉に手をかけた。

 

 扉の仕掛けが作用して、三人を同時に扉の向こう側へと送る。中は真っ暗だった。扉がグルリと回転し元の位置にピタリと止まる。と、その瞬間、

 

ヒュヒュヒュ!

 

 無数の風切り音が響いいたかと思うと暗闇の中をハジメ達目掛けて何かが飛来したすぐにコウスケの”守護”でふさがれ、あっけなく飛来したものが地面に落ちる。飛来してきたものは矢だった。しかも黒く塗装してあり中々のいやらしさである。本数にすれば二十本、最後の矢が地面に叩き落とされる音を最後に再び静寂が戻った。

 

 と、同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。ハジメ達のいる場所は、十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

“ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ”

 

“それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ”

 

 

「「……」」

 

 ハジメとユエの内心はかつてないほど一致している。すなわち「うぜぇ~」と。わざわざ、“ニヤニヤ”と“ぶふっ”の部分だけ彫りが深く強調されているのが余計腹立たしい。特に、パーティーで踏み込んで誰か死んでいたら、間違いなく生き残りは怒髪天を衝くだろう。

ハジメもユエも、額に青筋を浮かべてイラッとした表情をしている。そんな中コウスケは必死に口角が上がるのを我慢していた。

 

(だから何で俺はこの文字を見て楽しんでいるんだって!)

 

コウスケはさっきからの自分に戸惑っていた。文字を見ていると無性に胸が騒ぐのだ。落ち着けるよう深呼吸をして…そこでシアのことを思い出した。

 

「あれ?シアはどこ行った?」

 

「「あ」」

 

ハジメ達も思い出したようで、慌てて背後の回転扉を振り返る。扉は、一度作動する事に半回転するので、この部屋にいないということは、ハジメ達が入ったのと同時に再び外に出た可能性が高い。結構な時間が経っているのに未だ入ってこない事に嫌な予感がして、ハジメは直ぐに回転扉を作動させに行った。

 

果たしてシアは……いた。回転扉に縫い付けられた姿で。

 

「うぅ、ぐすっ、ハジメざんゴウズゲざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

 

 何というか実に哀れを誘う姿だった。シアは、おそらく矢が飛来する風切り音に気がつき見えないながらも天性の索敵能力で何とか躱したのだろう。だが、本当にギリギリだったらしく、衣服のあちこちを射抜かれて非常口のピクトグラムに描かれている人型の様な格好で固定されていた。ウサミミが稲妻形に折れ曲がって矢を避けており、明らかに無理をしているようでビクビクと痙攣している。もっとも、シアが泣いているのは死にかけた恐怖などではないようだ。なぜなら……足元が盛大に濡れていたからである。

 

「あ~そういえば花を摘みに行ってた最中だったね…ドンマイ」

 

「冷静に分析していないで助けようよ南雲!…いやまてこれ助けようとしたら連鎖するトラップなのか?南雲!魔眼を使って警戒!」

 

「何でもいいからだずげでぐださい~うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」

 

女として絶対に見られたくない姿を、晒してしまったことに滂沱の涙を流すシア。ウサミミもペタリと垂れ下がってしまっている。その場から動かない男2人に変わってユエが近寄りシアを磔から解放する。

 

「…泣かないでシア…でもあれぐらい何とかする」

 

「ユエざーん、ぐすっ面目ないですぅ~」

 

「……ハジメ、着替え出して」

 

「了解」

 

 

“宝物庫”からシアの着替えを出してやり、シアは顔を真っ赤にしながら手早く着替えた。

 

そして、シアの準備も整い、いざ迷宮攻略へ! と意気込み奥へ進もうとして、シアが石版に気がついた。顔を俯かせ垂れ下がった髪が表情を隠す。暫く無言だったシアは、おもむろにドリュッケンを取り出すと一瞬で展開し、渾身の一撃を石版に叩き込んだ。ゴギャ! という破壊音を響かせて粉砕される石版。よほど腹に据えかねたのか、親の仇と言わんばかりの勢いでドリュッケンを何度も何度も振り下ろした。

 

 すると、砕けた石版の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこには……

 

“ざんね~ん♪ この石版は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!”

 

「ムキィーー!!」

 

シアが遂にマジギレして更に激しくドリュッケンを振るい始めた。部屋全体が小規模な地震が発生したかのように揺れ、途轍もない衝撃音が何度も響き渡る。発狂するシアを尻目にハジメはポツリと呟いた。

 

「ミレディ・ライセンだけは“解放者”云々関係なく、人類の敵で問題ないな」

 

「……激しく同意」

 

(そうかな~なんか俺結構好きになってきたんだけど…あれれ~)

 

 どうやらライセンの大迷宮は、オルクス大迷宮とは別の意味で一筋縄ではいかない場所のようだった。

 

 

 

 

 




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