どうかご注意を
【オルクス大迷宮】
それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。
魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。
要するに魔石を使う方が魔力の通りがよく効率的ということだ。その他にも、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。
ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。
ハジメ達は、メルド団長率いる騎士団員複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。
久しぶりに普通の部屋を見た気がするハジメはベッドにダイブし「ふぅ~」と気を緩めた。全員が最低でも二人部屋なのにハジメだけ一人部屋だ。「まぁ、気楽でいいさ」と、少し負け惜しみ気味に呟くハジメ。寂しくなんてないったらないのだ……
明日から早速、迷宮に挑戦だ。今回は行っても二十階層までらしく、それくらいなら、ハジメのような最弱キャラがいても十分カバーできると団長から直々に教えられた。ハジメとしては面倒掛けて申し訳ありませんと言う他ない。むしろ、王都に置いて行ってくれてもよかったのに……とは空気を読んで言えなかったヘタレなハジメである。
暫く、借りてきた迷宮低層の魔物図鑑を読んでいたハジメは、部屋の外から聞こえてきたノックの音に訝しんだ。自分にいったい何の用事が、とドアに向かうとそこには意外な人物がいた。
「南雲、いきなりすまない、少しいいだろうか?」
なんと光輝が申し訳なさそうな顔で立っていたのだ先日に続いて光輝とエンカウントするのは、驚きである。
「天之河君?どうしたの?何か連絡事項?」
「いや、そうじゃないんだけど…どうしても今のうちに話しておきたいことがあってその…迷惑だろうか?」
いつもの自信に打ちあふれた姿とは打って変わって申し訳なさそうにしている光輝。そんな光輝に面食らいながらも部屋に入れるハジメ。
「ええっと、うん、まあ何もないけど…どうぞ」
一体何だろうかと思いつつ夜中に男を部屋に招き入れるのになんだか少し悲しくなるどうせ招くなら可愛い女の子がいいのにと、現実離れをした考えにふける。
「それで、話したいって何?」
ハジメとしては明日のことについて何か緊急のことがあったのではないかと考えていたのだがどうやらそうではないらしい。
「南雲、迷宮に行くことになった時から考えていたんだが明日の迷宮…お前には危険すぎる、だから町で待っていてほしいんだ。教官やクラスの奴は俺が何とかする。ここで…安全な所にいてほしいんだ」
真剣な顔つきで頼み込む光輝。訳が分からないのはいつものことだが今回は輪にかけて意味不明であるどうにもその様子を見る限り足手まといだからついてくるなというわけではないみたいだが…
しかし、だからといって光輝の言う通り町にいては、クラスメイトから批難の嵐だろう。ただでさえ肩身が狭いのに、本格的に居場所を失う。故に、ハジメに行かないという選択肢はない。
「…ごめん、それは受け入れられないよ。危険だからと言ってここにいたら居場所がなくなってしまう。それに危険だって言っても今回はメルド団長率いるベテランの騎士団員がついているし、うちのクラス全員チートだし問題ないよ」
「それは確かにその通りだが、だからと言って…あぁもうなんで非戦闘職をわざわざ前線に出すんだ?そもそもステータスが低いからそこぐらいは考慮したって良いじゃないか……騎士団がいるから大丈夫?馬鹿野郎、騎士団全員で生徒全員の面倒を見れるわけないだろうがっ……はぁ~ままならねぇな…」
納得はできるがまだ何か言いたげな様子でブツブツと文句を吐いていたが、ハジメにも事情があるとわかったのだろう悩み難しい顔をして、諦めたように溜息をつく。
「…しょうがないなら一つ約束させてくれ」
「?何を」
「お前が死にそうになったら必ず助けるという約束だ」
真剣な顔つきでいきなりとんでもない事を言う光輝。だがそこに一切の冗談は込められていないのが分かるそんなのは普通女の子に言うセリフだとか、男相手に何言ってんだコイツと思いはするが茶化すことはできない。
「う、うん、わかった。そんな事は起きないと思うけど危なくなったらお願いするよ」
「ああ、約束だ……」
「うん…」
「………」
「………」
「「・・・・」」
どこか満足したような顔をする光輝。そのまま会話が途切れてしまい気まずい沈黙になる。その事に慌てたのかあたふたしながらも光輝が話しかけてくる。
「えーと、あー、そ、そうだ!南雲この戦争…つまり面倒ごとが終わったらどこか面白そうな…。そうだな、行ってみたい場所とかなんてないか?」
さっきまでの真剣な空気は消えどこかぎこちないながらもとても楽しそうに話し始める光輝。その様子に戸惑いながらも答えるハジメ。
「そ、そうだね。えーと、うーんと、やっぱりファンタジーの世界に来たんだから亜人の人たちを見てみたいな」
「ほーう亜人か~なるほど、南雲はケモ耳が見たいのかーケモ耳をモフりたいのかーそうかそうか正直な奴だなーこのむっつりさんめ!」
「ええっ!そこまで言ってないよ!…まぁ少し当たってはいるけど…でも【ハルツェナ樹海】の深部にいるらしいから見れることはないんだろうねー」
溜息を吐きながらいまだ見ぬケモ耳に思いをはせるハジメ。やはりオタクとしてはケモ耳はどうしても見てみたいのだ。モフりたいのはともかくとして。
「そう気を落とすな。いつか存分に見れる時が来るさ!…いや見れない方が良いのかな?…まぁそれはともかく他には?」
一瞬顔をしかめた光輝だがすぐに先ほどまでのにこやかな表情になりハジメに聞いてくる。その表情には侮蔑や軽蔑のまなざしは一切なく好奇心に満ち溢れていたのでハジメは薄々考えていたことをつい話してしまう。
「他には…確か、エリセンという海上の町があるらしいからそこに行ってみたいかな。ケモミミは無理でもマーメイドは見たい。男のロマンだよ。あと海鮮料理が食べてみたい」
「マーメイドか、うーんそこまで見たいとは思わないなー、というかそれ男のロマンか?どちらかというと南雲の性癖なんじゃないのか?」
「それは違うよ!マーメイド…つまり人魚は男のロマンじゃないか!上半身は綺麗な女の人で下半身は魚という古くからある日本人の夢の集大成!何でそれが分からないの!?」
「お、おう、分かった! 分かったから落ち着け! なんか今のお前言っていることがよくわかんねぇぞ!?」
折角ファンタジーの世界に召喚されたのにその良さや楽しみを話す相手が誰もいなかったのだ。無意識のうちに興奮してしまい光輝に詰め寄ってしまった。
「ご、ごめん、こんなことを話せる人がいなくって…と言うより話を振ってきたそっちの方はどうなの?」
「ん?俺かーそうだな中央都市?フューレンっていう場所に闘技場があるらしいぞ。やっぱこんな世界に来たんだから見てみたくないか?絶対に面白そうだ。他にもゲームスタジオとか水族館とか劇場とか…あぁ夢が広がってしかたないな!」
目をキラキラさせて楽しそうに話す光輝。その顔は遠足を楽しみにしている小学生に見えて仕方なかった。
「闘技場か~やっぱりファンタジーには必要不可欠だよね~」
「うんうん分かってくれるか。流石は俺と同じ
「それほどでも……あれ?」
「ん?どうした何かあったのか?」
「ううん。何でもないよ。それにしてもどうしていきなりこんな話を?」
「どうしてって言われたらそりゃあいざこざが終わったらこの世界を見て回りたいと思ったからだよ」
「この世界を見て回るか…いいなぁー僕もそんな風に旅をしていろんな所へ行ってみたいな」
光輝の言葉に思いをはせるハジメ。折角のファンタジー世界なのだ。いろんな所へ行きいろんなことを体験してみたいというのがある。しかし、今の自分では旅に出るのは危険だと言う思いがあり諦めていたのだ。
「…あ~そのなんだ、もしよかったら南雲お前も一緒に行くか?」
「え?行くって?」
見ると光輝は恥ずかしいのか頬をかきながら視線をあちこちに向けている。
「俺と一緒に世界を見て回らないかってことだ。ほかの奴らだと話が合わなさそうだし…南雲なら気楽に観光できそうだなと思って…もちろん道中の危険なことは俺が引き受けるからさ…その…どうかな?」
最後の方は消えそうな声で絞り出すように言う光輝。その事にある確信を持つもその提案はこれからのことを考えていたハジメにとってうれしいものだ。
「…うんいいよ。迷惑をかけるかもしれないけど…それでもいいなら僕も世界を見て回りたい」
「本当か!良かった~断られていたらどうしようかと思っていたんだ。いや~言ってみるもんだなぁ~」
心底嬉しそうに笑う光輝。その笑顔を見てさっきから…ずっと前から思っていたことをハジメは光輝に話すことにした。
「…喜んでいるところ悪いんだけど一つ聞いてもいいかな?」
「お?何々?どこから見て回るかもう決めてあるのか?流石は南雲中々気が早いな~」
「そうじゃなくって、割と真剣な話なんだけど」
ハジメの真面目な雰囲気が伝わったのか、首をかしげながらも姿勢を正しこちらに向き直る光輝。
「君は…君は一体「っ!?南雲声を抑えてくれ」…う、うん」
違和感のことを尋ねようとしたが急に焦ったように扉の方を見つめ静かにするように言う光輝に話をさえぎられておとなしく静かにするハジメ。
「どうしたのそんなに慌てて」
「どうやら長居しすぎたかな、ちょっとまずそうだ」
「?まずいって」
「俺がここにいることだ」
光輝はすぐに窓際により足をかけ今にも飛び降りそうな格好になったあまりにも光輝の奇妙な行動に驚くハジメ。
「待って!?なんで窓から出るの!?普通にドアから出ればいいじゃないか!」
「ハッ、あのなあ、俺はこれでも人の雰囲気には敏感な男だぞ。今ここで、俺がいたら邪魔になるじゃないか」
「邪魔って一体…」
光輝が来てから、ハジメは振り回されてばっかりだった、思わずツッコミを入れたくもなる今も窓から出ようとしながらニヤニヤ笑っている変人に呆れたような感情しか出せない。
「ではな、少年、大いに青春をするんだぞ。ふむ、こういうときは…『今夜は、お楽しみですね』だな。じゃ、おさらばっ」
「ドラク○!?」
そのままサムズアップをしながら夜の闇の中へと消えていく光輝もはやただの変人である。
「何なんだよ…」
思わず項垂れる。まるで嵐が過ぎ去ったようだった。取りあえず眠くもないが無理やりでも寝ようかとベット向かったときコンコンとノックの音が聞こえた。来客が多いなぁと扉へ向かうと
「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」
なんですと? と、一瞬硬直したハジメ。扉を開けると、そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの香織が立っていた。まるで、神秘に彩られた女神である。
「……えぇ~」
だからドラ○エかよっと内心ツッコミを入れるハジメであった。
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深夜、香織がハジメの部屋を出て自室に戻っていく。その背中を無言で見つめる者がいたことを誰も知らない。その者の表情が醜く歪んでいたことも知る者はいない。
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運命は変えられるのだろうか?分からない。念のためと南雲に会いに行ったが止めることはできなさそうだ…
南雲と改めて話すことができた。良い奴だ。話していると楽しい。受け答えもいいし、こちらを邪険に扱わない。どうにもからかってしまいたくなる。そんな少年だ。あれでなぜ友達がいないのだろう?
…白崎は美人だ、それは間違いないが…だからといって、ハジメをクラス全員が嫌うのは……やめよう。考えるだけ無駄なことかもしれない。それよりも明日だ。俺が…「天之河光輝」が変なことをしなければ問題ないとは思うが…
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