ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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最弱だからこそ

(…落ち着け、落ち着くんだ。もしここで焦ったら僕たちはこのまま死んでしまう!)

 

 現在ハジメは迷宮の橋の上で必死に呼吸を整え冷静になろうとしていた。周りにはクラスメイトたちの怒声や悲鳴が聞こえ、骨の魔物が大群で押し寄せてきている

 

 事の始まりは、オルクス迷宮20層の中で起きた。それまでは同行してきたメルド率いる騎士団たちのおかげで、何事もなく実地訓練を行うことができた。…途中、昨夜会いに来た香織と目が合い気恥ずかしくなって目をそらしたり、そのすぐ後に粘つくような不快な視線を浴びたり、その視線の主を探そうとしたら光輝とバッチリと目が合いさわやかな笑顔でサムズアップされたりと何だかんだと

ともかく順調だった。

 

 しかし20層に出てくる魔物、ロックマウントと遭遇してから歯車が狂い始めた。その魔物を倒すために坂上龍太郎が特大の衝撃波を出したのだ。その衝撃波は難なく魔物たちを吹き飛ばし奥の壁を壊しつくしていた。その事はまだよかったかもしれない。その奥にグランツ鉱石という綺麗な鉱石があったのだ。その鉱石を香織達女子が綺麗と夢見るようにうっとりとしたときに檜山がグランツ鉱石を

回収しようとしたのだ。

 

 メルドが止めようと追いかけるも、そのままグランツ鉱石に仕掛けられていたテレポートの罠が発動し巨大な橋の上に転移させられた。運の悪いことは続き、上へ通じる階段の入り口には魔法陣が現れ、大量の骨の魔物が現れたのだ。さらに反対の通路側にも巨大な魔物ベヒモスが現れ、まさしく絶体絶命の状態になっていた。

 

「すぅーー…ふぅーーー」

 

 大きく深呼吸をするハジメ。ステータスがあまりにも低い自分は、ほかのクラスメイト達のように戦うことはできない。だからこそ自分でできる何かをしようと考えたのだ。その結果、錬成を使い先ほど女子生徒一人を助けることに成功した。

 

(怖くて足が震える…でもなんとか助けることができた!このまま冷静に行けば…)

 

 光輝が言っていたことの意味を理解するハジメ。周囲のトラウムソルジャーの足元を崩して固定し、足止めをしながら周囲を見渡す。

 誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。

 

「何とかしないと……必要なのは……強力なリーダー……道を切り開く火力……彼の力だ!」

 

 ハジメは走り出した。光輝達のいるベヒモスの方へ向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 思ったよりもスムーズに光輝のいるところまでついたハジメ。クラスメイト達をまとめさせるように頼もうと光輝達に近づいたが何やら様子がおかしかった。

 

「ちょっと!しっかりしなさい光輝!」

 

「おいどうしたんだ!何をボーっとしているんだ光輝!」

 

「光輝くんどうしたの!?早く避難しないと!?」

 

 雫、龍太郎、香織が光輝の周りに集まり必死に声を掛けている。その間に割り込む様に飛び込むハジメ。

 

「皆!」

 

「なっ、南雲!?」

 

「南雲くん!?」

 

「早く撤退しよう!皆パニックになっているんだ!このままじゃ全滅だ!」

 

 今のままではこの場にいる全員が死んでしまう。それを回避するためにも、今は勇者の力が必要なのだが、南雲の頼みは香織の悲鳴のような声にかき消される。

 

「南雲君聞いて!光輝くんの様子がおかしいの!」

 

 香織の声につられるように光輝を見ると、そこには呆然とベヒモスを見ている光輝の姿があった。さっきから龍太郎が声を荒げるようにして呼びかけているが全くの反応を示していない。それどころかなにかをブツブツと呟いている。明らかに様子がおかしい。ハジメもすぐに呼びかけることにする。

 

「天之河君!起きて!しっかりするんだ!」

 

「……南雲?」

 

 ハジメが呼びかけた途端、光輝は首を振り向きハジメを見る。と同時に呟いていた声がハジメにも聞こえてきた。

 

「違うんだ…これは…俺のせいじゃ……どうしてなんだ?俺は…『天之河光輝』は何もしていないのに…」

 

 呟いている光輝の内容に理解はできなかったが何か責任を感じているのかとハジメは推測した。が今はそれどころではなかった。光輝の胸ぐらを掴みながら大声を上げるハジメ

 

「しっかりするんだ!」

 

「っ!?…南雲?あれ?俺は一体…ってここは…ああそうか罠に引っかかってたんだ…ってうわ!なんかやべぇことになっている!」

 

 南雲の声に正気を取り戻したのか、飛び上がり回りをキョロキョロと見回す光輝。その事にホッと一息をつくハジメ。すぐに状況を伝える事にする。

 

「入り口は見ての通り魔物の大軍と混乱しているクラスメイトで滅茶苦茶になっている。騎士団の人たちはあの巨大な魔物ベヒーモスに抑えるのに付きっ切りなんだ。」

 

「なるほど…明らかにやべぇ状況だな…でもなんでだろう焦っている奴らを見ていると自然と冷静になってくるな」

 

「さっきまでパニックになっていた人がそんな事を言うわけ?」

 

「…すまん。SANチェック失敗していたんだ」

 

「そっか、だったらしょうがないよね」

 

 お互い軽口を言いあう。そのやり取りで落ち着きを取り戻した光輝に改めて頼みごと言うハジメ

 

「もう時間がない。君はクラスメイトの皆を助けてほしいんだ。このままじゃ皆死んでしまう。」

 

 入口の方にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。訓練の事など頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、

それも時間の問題だろう。

 

「…ああそうだな、お前はそういう事を言う奴だったな…分かった。やれるだけのことはやってみるよ。南雲お前はどうするんだ」

 

「僕はメルド団長たちのもとへ行ってあのベヒモスの足止めしてくる。考えがあるんだ。多分うまくいけば皆を避難させる時間を大きく稼ぐことができる」

 

「そんな!南雲君駄目だよ!」

 

 ハジメはあのベヒモスを自分が足止めする様に提案したのだが、そこに今にも泣きそうな香織のストップが入る。

 

「お願い行かないで南雲君…このまま行ったらきっと…」

 

「白崎さん…でもこのままじゃ皆が死んでしまうんだ。だから…」

 

 ハジメの声にイヤイヤと首を横に振る香織。そこへハジメに援護の声が掛かる

 

「行かせてやってくれ、しら…香織」

 

「そんな!」

 

 援護の声は光輝だった。優しく諭すように香織を説得する光輝

 

「南雲が行くっていうその思いを…勇気を止めないでくれ。大丈夫。南雲がピンチになったら俺が助けに行く…そうだろ南雲」

 

「うん!だから大丈夫だよ白崎さん。僕はこんなところで死なないからさ!」

 

 光輝のニッとした笑みに力強く頷き香織を安心させるハジメ。その時メルド率いる騎士団員たちがベヒーモスを抑えているために作っていた障壁のひびが入る音が聞こえてきた

 

「うわ!もたもたしている間にさらに不味くなった!おいそこでぼさっとしている2人さっさとあの集団を助けに行くぞ!」

 

「お、おう!」

 

「え、ええ!わかったわ!」

 

 光輝の声にはっと我に返る龍太郎と雫。光輝とハジメのとても気やすいやり取りに驚いて硬直していたのだ

 

「じゃあ俺は行くよ…抜かるなよ」

 

「そっちこそ。…またあとで」

 

 拳を突き出してくる光輝に拳を合わしメルドのもとへ駆け出すハジメ。魔力も体力も心もとないし絶体絶命の状況だというのに、不思議と気分は高揚し足取りが軽くなっていた。そんなハジメの背中をじっと見つめた後、すぐにパニックを起こしているクラスメイト達へ走り出す光輝。そのまなざしはどこか羨むようであった。

 

 

 すぐにメルドのもとへ駆けつけたハジメはベヒモスの足止めを自分がするとメルドに提案。このままでは全員が撤退するまで障壁が持たないと察したメルドは、ハジメの一か八かの作戦に乗ることにした。メルドが騎士たちを下がらせ囮になりベヒモスの注意を引き付ける。そこへ、ベヒモスが飛びかかってきたが最小限の動きでメルドは回避する。

 頭部をめり込ませるベヒモスにハジメが飛びかかりベヒモスが引き抜こうとしている頭部付近の石を”錬成”で無理やり固め頭部を引き抜かせないようにする。そのままベヒモスの足元も錬成で動かさないように固定させ時間を稼ぐハジメ。

 

 どれくらい時間がたったのだろうか。もう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬はない。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。

 

 

 ベヒモスは相変わらずもがいているが、この分なら錬成を止めても数秒は時間を稼げるだろう。その間に少しでも距離を取らなければならない。額の汗が目に入る。極度の緊張で心臓がバクバクと今まで聞いたことがないくらい大きな音を立てているのがわかる。

 

 ハジメはタイミングを見計らった。

 

 そして、数十度目の亀裂が走ると同時に最後の錬成でベヒモスを拘束する。同時に、一気に駆け出した。

 

 ハジメが猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し……ハジメを捉えた。再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。ハジメを追いかけようと四肢に力を溜めた。

 

 だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

 

 夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 

 いける! と確信し、転ばないよう注意しながら、頭を下げて全力で走るハジメ。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じて駆ける。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは広がった。思わず頬が緩む。しかし、その直後、ハジメの表情は凍りついた。

 

 無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。……ハジメの方に向かって。明らかにハジメを狙い誘導されたものだ。

 

(なんで!?)

 

 疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、ハジメは愕然とする。咄嗟に踏ん張り、止まろうと地を滑るハジメの眼前に、その火球は突き刺さった。着弾の衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。直撃は避けたし、内臓などへのダメージもないが、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまった。フラフラしながら少しでも前に進もうと立ち上がるが……

 

 ベヒモスも何時までも一方的にやられっぱなしではなかった。ハジメが立ち上がった直後、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ると三度目の赤熱化をしたベヒモスの眼光がしっかりハジメを捉えていた。

 

 そして、赤熱化した頭部を盾のようにかざしながらハジメに向かって突進する!

 

 フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

 

 ハジメは、なけなしの力を振り絞り、必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

 

 そして遂に……橋が崩壊を始めた。

 

 

 度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。ハジメは何とか脱出しようと這いずるが、しがみつく場所も次々と崩壊していく。

 

(ああ、ダメだ……)

 

 落ちると諦めかけたその時、伸ばしていた腕を掴まれ体全体がぐっと引き上げられる

 

「…何とか間に合ったようだな」

 

 掴み取ったのは光輝だった。ふらつきながらもハジメの腕をしっかりと握りしめ、全力で走ってきたのだろうか荒い呼吸を繰り返している。

 

「あ、ありがとう」

 

「礼を言うのは後だ。さっさとここから…」

 

 光輝の言葉は最後までいう事はできなかった。ハジメと光輝が走り出そうとした瞬間、まるでそうなる事を見越していたかのように2人の場所が崩落していき奈落の底へ落ちて行くのだった…

 

 

 

 

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 これは俺の失態だ。天之河光輝が何もしなければ問題ないと楽観していた。結果はこのざまだ。俺は南雲を救うことができなかった。

もしこのまま落ちても生きることができたら…

 その時は南雲を…あの優しい少年を助けよう。それがこうなることを知っていたのに何もしなかった俺の出来るせめてもの罪滅ぼしだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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