ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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なんか筆が進みました
少し短いですが投稿します


番外編 狂気と勧誘

 

「くそっ! くそっ! 何なんだよ! ふざけやがって!」

 

 時間は深夜。宿場町ホルアドの町外れにある公園、その一面に植えられている無数の木々の一本に拳を叩きつけながら、押し殺した声で悪態をつく男が一人。檜山大介である。檜山の瞳は、憎しみと動揺と焦燥で激しく揺れていた。それは、もう狂気的と言っても過言ではない醜く濁った瞳だった。

 

「 くそっ! こんな……こんなはずじゃなかったんだ! 何で、あの野郎生きてんだよ! 何のためにあんなことしたと思って……」

 

 月明かりが木々の合間に陰影を作り、その影に、まるでシルエットのように潜む人物に向かって、檜山は、傍らの木に拳を打ち付けながら苦々しく言う

 

「おやおや、随分と荒れているねぇ……まぁ、無理もないけど。愛しい愛しい香織姫が目の前で他の男に掻っ攫われたのだものね?」

 

 後ろからたっぷりの嘲りと僅かな同情を含んだ声が掛けられた。バッと音がなりそうな勢いで檜山が振り返る。

 そこにいたのは、自分の秘密を握り悪事をそそのかした人物がいた。檜山は南雲ハジメに対し故意的に魔法を撃ったあの時からその人物に弱みを握られてしまい、その人物から駒扱いを受けていたのだ。

 

「黙れ!もうテメェなんかに従う理由なんてねぇぞ…俺の香織は……」

 

 月明かりが木々の合間に陰影を作り、その影に、まるでシルエットのように潜む人物に向かって、檜山は、傍らの木に拳を打ち付けながら苦々しく言う。

 

 檜山が、この人物の計画に協力していたのは、香織を自分だけのものに出来ると聞いたからだ。その香織がいなくなってしまった以上、もう、協力する理由はないし、ハジメへの殺人未遂の暴露を脅しの理由にされても、被害者本人から暴露される危険がある以上、今更だった。

 

 

 しかし、そんな檜山に対して、暗闇で口元を三日月のように裂いて笑う人物は、再び悪魔の如き誘惑をする。

 

「奪われたのなら奪い返せばいい。違う? 幸い、こっちにはいい餌もあるしね」

「……餌?……そういうことか」

「おやぁ?随分と察しがいいねぇ、そう彼女を呼び戻すのはとても簡単だよ。例え、自分の気持ちを優先して仲間から離れたとしても……果たして彼女は友人達を、幼馴染達を……放って置けるかな? その窮地を知っても?ふふふっふふ…王都に帰ったら、仕上げに入ろうか? そうすれば……きっと君の望みは叶うよ?」

 

 檜山は、無駄と知りながら影に潜む共犯者を睨みつける。その視線を受けながらも、目の前の人物は変わらず口元を裂いて笑う。

 檜山は、その計画の全てを知っているわけではなかったが、今の言葉で、計画の中には確実にクラスメイト達を害するものが含まれていると察することができた。自分の目的のために、苦楽を共にした仲間をいともあっさり裏切ろうというのだ。

 しかしここで檜山は疑問に思う。この目の前の共犯者はあたかも全て自分の計画がうまくいくと確信しているふしがあるが、果たしてしてそんなにうまくいくのだろうかと

 

「チッ……ああそうだ、俺の香織を取り戻すためならなんだってやる、けどよ…そんなにうまくいくのか?」

 

「ふふ、何を急に臆病風に吹かれているんだい。まぁいいか僕も君も欲しいもののためなら失敗したくないからね……そうだね、作戦を成功させるためにもう少し考えてみるよ。それよりもこれからが正念場なんだ。王都でも、宜しく頼むよ?………あぁそれにしても光輝くぅん生きてたんだぁ、ふふ、僕が思った通りぃ、それになんだかすんごぉくカッコよくなっちゃって…あぁ早く滅茶苦茶にした~い」

 

 檜山の話を聞いているのかいないのか共犯者は変わらずニヤニヤと笑いブツブツ呟きながらくるりと踵を返すと、木々の合間へと溶け込むように消えていった。

 

 

 

 それから数週間後、愛子たちが行方不明だった清水を見つけ帰還した。王宮に残っていた生徒たちは大いに喜び愛子に会いに行く中で檜山は清水を探していた。

 檜山は清水を心配していたわけではない、共犯者に仲間に誘えと言われたからである。

 

 曰く

 

「クラスでの彼を覚えているかい?…ふふ、そうだね記憶にまったくない無害な奴だっただろう?ああいうような奴はさ、おとなしそうに見えて心の中では自分以外のすべてを馬鹿にして自分を保っているんだよ。そんな奴に、これからクラスの女…そうだね八重樫雫とかが自分の思いのままになる気に入らない奴は自分の意思一つで殺せるようになる。なんて囁いたらコロッとこちら側に寝返るもんさ、都合のいいことに彼は闇術師だ。幻覚や錯乱色々と使えそうだからね」

 

 との事だった。なるほどと檜山は頷いた。自分は知らないが、ああいうおとなしそうな奴は餌をちらつかせればいう事を聞くだろう

すぐに目当ての清水の自室にたどり着いた檜山。部屋をノックする。

 

「……誰だ」

 

 扉の奥から聞こえたのは目当ての人間清水の声だ。その声は虚無的で感情が込められていなかった。

 

「俺だ檜山だ。ちっと話したいことがあるんだけどよぉ…顔を見せてくれねえか」

 

「……分かった」

 

 そのまあずかずかと遠慮なく部屋に入る檜山。清水の部屋はいつの間にやら本にまみれ、中々の汚部屋と化していた。顔を竦めるも改めて清水に向き直った檜山は一瞬硬直した。

 

「…で、用件は何だ」

 

「あ、ああそれなんだがよ…」

 

 うつろな声で話す清水。その表情は、無表情だったが何よりも目を引いたのが諦めと嫉妬に怨み劣等感が混ざり合って出来た濁った眼をしていたのだ。一体行方不明の間に何があったというのか疑問を感じつつも、すぐに自分たちの事と計画を話すことにする

 

「ほ、本当にその計画が成功したら…クラスの奴らは俺の好きなように、滅茶苦茶にしてもいいのか」

 

「ああそうだよ。ぜ~んぶお前のもんだ。俺は香織が居ればそれでいいからよぉ。後の奴ら…特に八重樫はテメェに譲ってやるよ。好きなんだろああいう気丈な女。滅茶苦茶にしてもいいんだぜぇ~」

 

 ゲスな笑みで清水を誘惑する檜山。檜山は笑い顔を止めることができなかった。共犯者の言葉通り、最初は警戒するように聞いていた清水も段々と参加することのメリットに目を爛々と輝かせ始めたのだ。

 

「マジかよ…へ、へへ日本にいたときからあの自分だけがまともだと思っている女を跪かせてやりたかったんだ。何度も何度も妄想の中でやろうとしていたことができる。そんな機会が訪れるなんて…いいぜ檜山。俺も協力する。こんな絶好の機会逃してやるかよ」

 

 ニチャアとした清水の笑みに檜山も同じような笑みを浮かべる。楽な交渉はこれで終わった。あとは清水を共犯者のもとへ案内しこれからの計画を話し合うだけだ。

 

「へへへ、なら清水ついてこいよ、たっぷりと良い思いをするためにも俺たちは仲良くしなきゃなぁ~」

 

「ああ分かっている。それよりも約束を忘れるなよ。」

 

 後ろからおとなしくついてくる清水(使い捨ての駒)に適当に相槌を打ちながら、これで計画は滞りなくいくと確信する檜山。

 ゆがんだ笑いを浮かべながら檜山は自分たちの計画が成功した後の事…白崎香織が自分のものになった時のことを考えながら機嫌よく廊下を歩くのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱコイツ阿呆だな」

 

 そんな檜山を呆れた目で見ている清水に気が付かないまま…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




番外編はもうちょっと続くかもしれません

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