ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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メルジーネ海底遺跡

 

 

「けほっ、けほっ、うっ」

 

「大丈夫?息できる?」

 

「はい…なんとか大丈夫です…ほかの皆は…」

 

「見たところ周りにはいない。どうやらはぐれたみたいだね」

 

 ふぃーと息を吐くコウスケ。周りは真っ白な砂浜と木々が青々と茂った雑木林ぐらいしかない。未だにむせて何とか息を整えようとしている香織を心配そうに見ながら気配感知を使うがやはり周りには自分たち2人しかいない。

 

(やれやれ、どうしてこうなっちまったかなー)

 

 頭上に広がる水面の揺らぎをぼんやりと見つめながらどうして自分と香織2人だけになってしまったかを振り返ることにした。

 

 

 

 

 

 

 時はさかのぼり、メルジーネ海底遺跡入り口にて

 

 

「じめっとして暗くて磯のにおいがきつい場所ですぅ~おまけに足が海水のせいでびちゃびちゃですぅ~」

 

「仕方ないだろう、海底の中なんだから。それよりシアもっと近づかないとあぶねえぞ」

 

 守護を使い一行を守りながら、シアの愚痴に応えるコウスケ。ハジメ達は【海上の町エリセン】から西北西に約三百キロメートルの海底の中にあるメルジーネ海底遺跡の中にいた。

 大迷宮に付いて早々頭上から降ってきたレーザーの様な水流をコウスケが守護で難なく防御し、探索しているのだ。

 

「ふむ、やはり水棲の魔物には思ったより火がよく効くのぅ」

 

「焼きフジツボってか?俺、魚介類は喰いたくないなー」

 

 コウスケが守っている間にティオがさっさと火の魔法を使い魔物を殲滅していく。コウスケが守り、他の者が攻撃する。グリューエン火山では今一だった事がこの迷宮では問題なくできる。その事にコウスケはホッとする。最も気がかりなこともあるのだが…

 

「…コウスケさん?また何か考え事ですか?眉間にしわが寄ってます」

 

「む?そんな顔をしていたのか俺」

 

「うむ。それにわずかにじゃがハジメと香織から距離を取っているじゃろ」

 

「…マジか、そんなに分かりやすいのかよ」

 

 どうやら、ハジメと香織から距離を取っていたのがばれてしまったらしい。理由は言わずもがなハジメは先日の件で顔が合わせづらい事と、香織はやはりほかの皆と比べどこかよそよそしく感じてしまう事だった。

 

 仕方のないことではある。ハジメについては、原作と言う物がありずっと黙っていたことだ。どこかでぼろが出ていたのかもしれない。香織についても同様、自分が気付けない何かのミスを犯して感づかれたのかもしれない。

 

(仕方ない仕方ない、っていつまで俺は気を使わないといけないんだろう。そもそもずっと黙っているべきなのか?話すべきなのか?…俺はどうすればいいんだ)

 

 どうすればいいのかわからない、考えても思いつかず、解決策は浮かばない。そんな答えのない悩みに嵌ってしまったせいなのか、気が付いたらゼリー型の魔物に襲われるのを守護で防いでいるという状況になっていた。

 

(アレ?俺いつの間に考えながら戦闘できるように……まぁいいか、別に辛くねぇし、命の危険もなさそうだし、こんな魔物より南雲と香織についての方がよっぽど強敵だ)

 

 疑問に思うが思いのほか体に負担はない。気付いてはいないがもしかしたら今の自分は迷宮の事よりも仲間たちについての方が手ごわく厄介に感じているかもしれない。そんな馬鹿なことを考えつつも守護の魔力は緩めない。

 

 立ち止まっていた応戦していた部屋の全体を覆うように襲ってくるゼリー状の魔物。その触手はコウスケの守護によってふさがれ、ユエとティオが火の魔法で奮闘し、ハジメの火炎放射器がうなりを上げている。しかしじりじりと追い詰められそうになった時、ハジメが打開策を見つけた。

 

「皆、一度体勢を立て直そう。地面の下に空間がある。お互いカバーできるように準備をして!」

 

 ハジメの声に全員が答え、覚悟を決めた。その言葉通り腰まであった海水が一気に増し全員が海水に足を取られハジメが錬成でこじ開けた空間の中に飲み込まれていく。

 

 そのまま激流に流されていく中、偶々目の前に香織が流されるのが目に入り何とか手をつかみ、そのままハジメと合流しようとしたが力及ばず

一緒に流されてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 そして現在に至る

 

(本当だったら確か南雲がここで香織と一緒にいるんだっけ?なんだか悪いことしちゃったな)

 

 徐々に息を整えつつある香織を見ながらそんな事を思うコウスケ。本来の流れだったらハジメと香織が一緒に流されて仲が良くなる?筈だったのに、関係のない自分と一緒だったことに変な申し訳なさを感じる。

 

「取りあえず、着替えようか、南雲から宝物庫(小)を渡されていることだし」

 

「…はい。あの?」

 

「ん?どうしたの?もしかして失くしちゃった?」

 

「いえちゃんと持っています。着替えるので、その…」

 

「おっとコイツは失礼」

 

 濡れて服が肌に張り付いている香織が至極当然のことを言うので、配慮が足りなかったかと頭をかきながら視線を外すコウスケ。後ろの方で香織は着替えている間に、自分も宝物庫(小)にある荷物で簡単な準備を済ませていく。ちなみにこの宝物庫(小)はハジメが空間魔法と生成魔法やらを苦心しながら作った簡易的な宝物庫である。広さは小さな家庭用倉庫ぐらいだが、いつでも荷物を取り出せるのは中々使い勝手がいい。

 

 

 

 

 

「…皆はどこに行ったんでしょう」

 

「うーんバラバラになっちゃったからねー。まぁ最深部に向かっていけば合流できるでしょ。みんな強いんだし」

 

 お互い準備を済ませた後、遠くにある密林を目指し歩き始める。歩いている間はコウスケが守護を使い万が一の不意打ちを警戒する。魔物に後れを取る気はさらさらないが、今の自分はどうにも不注意が多い。念に越したことはなかった

 

「………」

 

「………」

 

 おまけに自分の後ろを歩く香織の視線が妙に気になるのだ。辺りを警戒している様子はうかがえるもののどうしてか、視線は意識は自分に向けられているような気がする。今は2人しかいないこの状態でこの奇妙な空気になるのはいただけない。

 密林を抜け、岩石地帯に漂流する船の墓場に付いたとき意を決してコウスケは香織に聞くとにした。

 

「ねぇ香織ちゃん」

 

「はい?」

 

「なんか、そのさ、俺に言いたいことでもあるの?」

 

「…それは」

 

「言いにくいことなら無理して言わなくてもいいよ。なんか気になっちゃってさゴメンね」

 

 コウスケの質問に良い澱む香織。何か言いにくいことなのだろうかと気にはなりつつもコウスケはあくまで無理に聞こうとは思わなった。 

 一度顔を手ではたいて気を取り直す。今は自分がこの状況をどうにかしなければいけない。ほかの事に気を取られないようにコウスケは今一度気合を入れなおす。

 

「よし、それじゃ気を付けて行こう。はぐれないようにね」

 

「…はい。よろしくお願いします。その、コウスケさん」

 

「ん?」

 

「あとで教えてほしいことがあるんです」

 

「ふむ?今じゃダメなの?」

 

「どう言えば良いのか私にも上手く整理出来なくて…ごめんなさい」

 

「ううん、謝らなくても大丈夫だよ」

 

 『教えてほしいことがある』その言葉にコウスケの心臓がドキリと跳ね上がった。香織の顔は今までに見たことがなく固く、真剣さがある。

 決して冗談やふざけた無い様ではないのが目で見えて分かる。表面上は笑っているコウスケだが内心では今にも逃げ出したくて仕方がなかった。

 

 

 

 墓場となっている船の間を難なく進む2人。コウスケにとって意外なのは香織は割と器用にすいすいと歩きにくい岩や傾いた船の上を進んでいくのだ。自分の中では割と後衛職だから動くのは苦手なのかなぁーと考えていた所に香織の身体能力の良さは嬉しい誤算だった。

 

「ハジメくんやコウスケさんが見ていないところでシアから体の動かし方を教わっているんです。ほかにも魔法の事はティオに、敵や魔物の対処の仕方はユエに、それぞれ教わっているんです」

 

 という事らしい。女の子の努力ってすごいなと思いつつも

 

(さっきから口調が固い。空気が重い。なんか避けられている感が凄い。泣きたい)

 

 そんな事を思うコウスケ。もし今ここにいるのがハジメだったら、ふざけあいながら気楽に船の探索ができているはずだったのに。

 

(あ、今は気まずいからちょっと無理っぽい。…なんだか最近気の揉む様なことばかりだ。はぁー)

 

 最近の事を思い少しナーバスになるコウスケ。そんな感じで気まずいながらも思ったより順調に船の墓場のちょうど中腹まで来た辺りだった。

 

 

――うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

 

――ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

「コウスケさん! 周りに何かが!」

 

「ッチ!いきなりだなオイ!」

 

 突然、大勢の人間の雄叫びが聞こえたかと思うと、周囲の風景がぐにゃりと歪み始めた。驚く暇もなく風景の歪みは一層激しくなり――気が付けば、コウスケ達は大海原の上に浮かぶ船の甲板に立っていた。

 

「これは…幻覚?」

 

「やべぇな…行こう!このままここに突っ立ていると巻き込まれそうだ!」

 

 すぐに何が起こるかを思い出し、香織の手を引きながら、その場から離れることにする。

 

(そうだった!ここの迷宮は過去の異教戦争の光景を見せてくるものだった。しかも実体付きで!)

 

 コウスケは原作で何が起こっていたかをすぐに思い出し、振り返りもせず跳躍を駆使し船の上にある物見台にたどり着く。ハジメの様に空中を駆ける技能はないが足場がある場所を走り回るのはコウスケでもなんとかなるのだ。

 

「いったい何が起こって…」

 

「恐らく過去の戦争を魔力で再生しているんだろう。しかも実体付きで。」

 

 コウスケの言葉に香織は下に群がるものを見る。そこにいたのは狂気に彩られた兵士がそこにいた。

 

「全ては神の御為にぃ!」

 

「エヒト様ぁ! 万歳ぃ!」

 

「異教徒めぇ! 我が神の為に死ねぇ!」

 

 そこにあったのは狂気だ。血走った眼に、唾液を撒き散らしながら絶叫を上げる口元。まともに見れたものではない。香織はその顔を見てブルリと体を震わせた。

 

「っ!?…どうやってここから脱出できるんだろう…」

 

「この手の物は大体が全部ぶちのめせば終わるもんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「って南雲なら言いそうだなって思って」

 

 おどけるように肩を竦めるコウスケに真っ青になり強張っていた香織の顔がわずかに緩む。流石に今まで生きていて人間の狂乱した姿は見たことがなかったのだろう。やはり恐怖心があったようだ。

 

「さてと、それじゃあ俺はこのまま下に降りて無双してくるから、香織ちゃんはここにいて」

 

「そんな!コウスケさんの説明通りだったら普通の武器では効かないんじゃ…」

 

「それは大丈夫!」

 

 香織の心配を見越してコウスケは宝物庫から棒状のものを取り出す。首をかしげる香織にはコウスケは悪戯っぽく笑うと棒状のものに魔力を込める。

 

ブォン!

 

 そんな音に棒状のものから出てきたのは青い刀身だった。

 

「あれ?これってライト○ーバー?」

 

「一応正解。本当は○ットセイバーっぽくしてほしかったんだけど…俺の魔力光は青色だからな…っと、ともかくこれは、南雲に作ってもらった武器でさ、刀身が魔力でできているんだ。だからこんな時にはかなり大助かりさ」

 

 本来なら風伯に魔力を纏わせれば問題ないし、ネタ武器と言ってしまえばそれまでだが、せっかく有効活用できる場面ができたのだ。大いに振るう事にする。そんな新しい武器のワクワク感に喜んでいるコウスケに香織が注意を呼びかける。

 

「コウスケさん、それでも油断は禁物です、怪我をしたらすぐに戻ってきてください」

 

「大丈夫だと思うんだけどなーそうだ、どうせなら香織ちゃんも攻撃に参加して。回復魔法もここでは強力な武器になるはずだから」

 

 コウスケの言葉に疑問を持った香織は試しに下にいる喚きちらし、気味が悪い兵士たちに回復魔法を掛けると光の粒子になっていくのが分かった。その様子にコウスケはニッと笑うと一気に下まで降り着地と同時に光子剣を振りぬき兵士たちを真っ二つにする。

 

「いいねぇこの鋭さ 流石は南雲だ、いい仕事をする」

 

 雄たけびをあげ突っ込んでくる兵士たちを難なく切り裂きながら、光子剣の威力に感激するコウスケ。肉厚のため程よい重さの風伯を振るうのも好きだが、軽い光子剣を振り回すのまた楽しい。

 

 遠くにいる敵には光子剣に魔力を注ぎ刀身を伸ばして切り裂き、香織にヘイトが向かないよう誘光で自分に敵意を向けさせる。この頃ストレスがたまる一方だったコウスケにとっては、数で攻めまくる兵士はまさしく息抜きの道具と化していた。

 

 

 

 

 

「ハッハァー――!!いいねぇいいねぇ!!さぁもっとだ!もっと来い!」

 

 暫くの間、狂喜の声をあげクルクルと独楽の様に回りながら切り裂き回っていたのだが、なぜかまだ切って居ない筈の兵士たちが光を出し消えていくのが見えた。あれれーと思い見上げてみれば物見台で香織が超広範囲型の回復魔法を唱え終わっていたところだった。

 

「…まいっか、お楽しみはこれからって言うからな」

 

 少々の暴れたりなさを感じたが、我慢し香織のもとへ行くコウスケ。気が付けば風景はいつの間にか船の墓場へと戻っており兵士の大軍は消えていた、気が付かぬうちにあらかたの大軍を倒してしまったのかと残念がりながら香織のそばまで行くと、そこには魔力を大量に枯渇して座り込んでいる香織がいた。

 

 

「あーっと大丈夫?これ飲める?」

 

 自分の宝物庫からスポーツドリンクを差し出すコウスケ。自分の水魔法と砂糖を適当に混ぜ合わせていたらできてしまった、日本で言うところのポカ○スエット味の飲料水だ。香織は苦しそうにしながらも一気に飲み干すと一息をつく。そのままコウスケは快活をかけ香織の調子が整うよう介抱する。

 

「…ありがとうございます。もう大丈夫です」

 

「そうかい。でももうちょっとだけ休むとしよう。俺もつかれたし慌てて進んでもよくはないからね」

 

 香織そばに座り込み、自分も休憩するというコウスケ。実は全く持って疲れてはおらずまだまだ暴れたいのだが流石に人を切っててテンションが上がったとも言えず嘘をつくことにしたのだ。

 

「コウスケさんは…その平気なんですか?あんな狂った人たちを見て」

 

「んーどうだろ?なんとも思わなかったかなー寧ろ、自分が正しいと思っている奴らを切り捨てることができて楽しかっ……ごめん」

 

 話している最中に自分の異常さに気付き口を紡ぐコウスケ。嫌にテンションが上がっているのか今は迂闊なことを言ってしまいそうだ。現に香織の警戒が強まった気がする

 

「まぁともかく色々あってなんか慣れちゃったっぽいんだ」

 

「…そうですか」

 

 そのまま香織は黙り込んでしまう。コウスケも何も言えず取りあえず体を休めることにする。周囲に敵の気配はなくとても静かだった。

 

 

 

 

「コウスケさん。あなたは優しい人なんですね」

 

 休憩をして10分ぐらいだろうか、突然香織は確信を持ったようにそんな事を言い出した。あまりに突然だったので面食らってしまったが、香織はとても真剣で口を挟むことがコウスケにはできない

 

「いつもハジメ君と気楽に楽しそうにおしゃべりをして、ユエにからかわれて反撃しても壊れ物を扱うように優しくて、シアと一緒にはしゃいでハジメ君に怒られても屈託なく笑って、ティオに砕けた喋り方でも年上の女性として接してて、さっきからずっと警戒している私にも気にかけていてくれて」

 

 香織の目はコウスケの目をとらえて離さない。ザワリと心が騒ぐ。『この後の言葉を聞いてはならない』『彼女の口をふさげそうしないと手遅れになる』と、しかしコウスケはその衝動を我慢する

 

「コウスケさん、あなたは本当に優しい人。それはまだ付き合いが短い私でもわかる事なの。でも、それでもずっと疑問に思っていたことがあるの」

 

 香織の口調が砕けた言い方になる。それは一体何故なのか、信頼しようとする心の表れなのか、それとも…

 

「助けられた時から…ううん。ずっと前、ハジメ君とコウスケさんが奈落に落ちてその夢を見ていた時からずっと違和感…疑問に思ったことがあるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして貴方は、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 


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