淡い光が海面を照らし、それが天井にゆらゆらと波を作る。
その空間には、中央に神殿のような建造物があり、四本の巨大な支柱に支えられていた。支柱の間に壁はなく、吹き抜けになっている。神殿の中央の祭壇らしき場所には精緻で複雑な魔法陣が描かれていた。また、周囲を海水で満たされたその神殿からは、海面に浮かぶ通路が四方に伸びており、その先端は円形になっている。そして、その円形の足場にも魔法陣が描かれていた。
「ここが、最深部?」
「…だねーやっぱり俺達が一番乗りって奴か」
周囲には人影はなくコウスケと香織が一番乗りだった。このままハジメ達を待っていた方が良いだろう。少しばかり休憩を挟むコウスケと香織。
「ハジメ君たちは無事かな」
「んー問題ないよー。そもそも強敵はあのゼリー状のクリオネだけだし、亡霊の大軍なんて話にならない、よって南雲達は無傷でここに来るQEDだな」
コウスケはハジメ達の心配をしていない、あるのは真実を話した時どうなるかただそれだけだ。丁度良く右側の通路の先にある魔法陣が輝きだし、そこには別れたハジメ、ユエ、シア、ティオの4人の姿があった。
「よーう、遅かったな」
「先についてたんだ、怪我は…あるはずもないか」
「ははは、怪我はないな」
「……」
力なく笑うコウスケの姿にハジメは目を細める。何か様子が変だと気付いたが、追及はしなかった。そんな男2人の横では女性陣が無事を確かめ合ってる。
「ん、香織怪我はない?平気?」
「ユエ、私は大丈夫だよ、そっちの方は大丈夫?」
「こっちも大丈夫ですぅ!亡霊の大軍が出てきた時はびっくりしましたけどよく考えたら私たちそれ以上の魔物の大軍を相手にしていましたからね」
「そういう事じゃ、どの敵もあのゼリーに比べたら手ごたえがなかったのぅ」
きゃっきゃっと騒ぐ女性陣をコウスケは力なく見つめる。
(…南雲の嫁になるはずだった女の子達。俺の介入のせいであの中で南雲に明確な恋心を抱いているのは恐らく香織だけ。これでいいと思う。俺はハーレムが嫌いだから、だからホッとしている。でもそれは俺のエゴって奴なんじゃないのか?本当にこれでよかったのか?原作通りにするべきだったのか?あの子たちが南雲を好きなるようにすべきだったのか?)
何も考えたくないのに思考は悪い方へと言ってしまう。たとえ考えても、どうすることもできないはずのは分かっていてもへばりつくような悩みは収まることはできない
(……でも、もういいか。これから南雲にすべてを話すんだ。それで終わり。…終わりなんだ)
力なくコウスケは奥にある魔法陣へ歩み始める。その背中にハジメが続き女性陣が後を追う。
魔法陣に入るといつも通りハジメ達は脳内を検査されコウスケは胸に温かいものが宿った気がした。ついでにハジメ達が経験したことがコウスケの脳内に映像として流れたが…気分が降下しているコウスケにはどうでもいいことだった。
「なるほどここに再生の力があったのか」
「ん、これでハルツィナ樹海の迷宮に挑める」
「証も四つになりますしあの大樹の秘密が明かされる時ですね」
「…再生魔法。私と相性がいいのかな?すごく馴染む感じがする」
「香織は治癒術師じゃからな。この神代魔法とは波長が合うのじゃろう」
仲間たちが各々会話している中コウスケは暗く沈んだ表情をしている。そんな時床から直方体がせり出てきた。小さめの祭壇のようだ。その祭壇は淡く輝いたかと思うと、次の瞬間には光が形をとり人型となった。
人型は次第に輪郭をはっきりとさせ、一人の女性となった。祭壇に腰掛ける彼女は、白いゆったりとしたワンピースのようなものを着ており、エメラルドグリーンの長い髪と扇状の耳を持っていた。どうやら解放者の一人メイル・メルジーネは海人族と関係のある女性だったようだ。
彼女は、オスカーと同じく、自己紹介したのち解放者の真実を語った。おっとりした女性のようで、憂いを帯びつつも柔らかな雰囲気を纏っている。やがて、オスカーの告げたのと同じ語りを終えると、最後に言葉を紡いだ。
「……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」
その姿を心あらずにぼんやりと眺めるコウスケ。だからだろうか本来は声に出さない悪態が思わず出てしまった。
「どんな難題でも答えはある?答えは俺の中にしかない?…人の気も知らずに勝手に言いやがって…」
悪態をつくが答えは出ている。正直にハジメにすべてのことを打ち明けようと思っている。ただ怖いだけだ。話してしまったら積み上げてきたものが壊れることが怖いのだ。
俯くコウスケの顔に影が掛かる。何だろうと顔をあげ、驚愕した。そこにいたのは顔は微笑んでいるが目が一つも笑っていないメイル・メルジーネがいたのだ。
驚愕するコウスケにメルジーネは手を振り上げる。何故か身体は避けようとはせず反射的に目をつぶるコウスケ。
「……?」
しかし来ると思った衝撃はなかった。恐る恐る目を開けると呆れた表情で溜息をつき手をコウスケの頬に添えるメルジーネがいた。
「…ほんと、一人で悩みを抱える癖は治らないのね」
「…え?」
「貴方の友達を信じなさい」
聞き返そうとして手を伸ばそうとするも一瞬だけメルジーネは微笑むと淡い光となって霧散した。後に残されたのは驚きで固まり自分を見つめてくる仲間たち。
「コウスケ、今のは…一体」
ハジメが代表して聞いてくるがコウスケにだってわからない。しかし今の一言で何かが吹っ切れたような気分だった。
大きく息を吸い、深く深く息を吐く。そして顔をあげこれから何が起きるかを皆に説明する。コウスケの雰囲気が変わったの感じたのか皆が注目する。
「オレにだって、わからないことぐらい、ある。っていうのは置いといて、皆聞いてくれ。今から海水が出てきてここから強制排出が始まるんだ。おまけに排出される場所は海の中で外にはあのゼリーのクリオネがいる。ユエ、ティオ魔法の準備をしてくれ」
「ん、わかった」
「ほぅあの厄介な奴がおるのか。腕の見せどころじゃのう」
「頼もしいな!次、シア!香織!」
「はいですぅ!」
「なに?」
「正直君たちの出番はない!臨機応変にその場その場の判断で動いてくれ」
「あ、あれ?私今回はいいところ無しですか?」
「水中だとあんまり活躍できないよね…」
「嫌でも活躍するときがある。それが今じゃないってだけだ」
女性陣に指示を出し一息をつけ、ハジメに向き合うコウスケ。ハジメは自然体でたたずんでいた。
「…南雲」
「うん」
「ここから出たら聞いてほしいことがあるんだ」
「分かったよ。…なんかフラグっぽいよね」
「確かにフラグっぽいよな」
お互いふっと微笑みすぐに顔を引き締める。神殿が鳴動を始める。もう時間がない
「守護で俺が皆を守る。絶対に。だから南雲は」
「分かっているよ。ゼリー状の奴にはどう対処すればいいか見当はつく」
「流石だな。言わなくてもわかっているって奴か」
「そういう事。僕が攻めて君が守る。何も変わらない、いつもの事だ」
ハジメが不敵に笑ったのと海水が一気に増水するのはほぼ同時だった。
宝物庫から取り出した酸素ボンベを皆と同じように口に装着し隣にいるハジメとユエの服をつかみ守護を三重に展開する。
(さてと、それじゃあ!派手に行きますか!)
投げやりではある。恐怖が消えたわけではない。それでもメルジーネに言われた『友を信じろ』と言う言葉が胸に沈み込むのを感じながら守護の力を強固にするコウスケだった。
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