ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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お待たせしました
これにて王都防衛編終了でございます


王都防衛線 終

 

 

 

 

 元々予想はできていたことだった。いる筈もないイレギュラーである自分がいる以上どこかで何かしらのズレがあるだろうとは考えていたことだった。

 清水を助けたあの時から心の片隅で考えていたことだった。自分が行動するたびにズレが大きくなっていくような感じはしていたが…

 

(ここにきてまさかコイツが生きているとは…想像できるかよ!)

 

 教皇イシュタル。原作ではハジメとノイントの戦いで聖歌を歌いハジメの邪魔をし、ティオのブレスによってあっさりと退場した脇役の一人。だが今コウスケの目の前でフリードに対して苦言な表情を浮かべている。警戒と混乱によりコウスケの心臓は未だかつていないほどにバクバクと音を鳴らしていた

 

「これはこれは王女様と騎士団長殿。ご機嫌麗しゅうございます」

 

「イシュタル!貴様何故そちら側にいるんだ!そもそも先ほどの攻撃は一体何のつもりなんだ!」

 

 メルドの怒声にイシュタルはたいして表情を変えず寧ろどこか余裕を持っていた。

 

「ふむどういうつもりかと言えば…そうですな。エヒト様のご意思と言うべきでしょうかな」

 

「…どう意味ですかイシュタル。何故そこで神の名前が」

 

「王女様、私は選ばれたのですよ」

 

「選ばれた?」

 

 リリアーナの問いにイシュタルは大仰に腕を広げ空に向かって恍惚とした表情で語り始めた。

 

「エヒト様から信託を受けたのですよ私は!エヒト様は仰られました。『貴様の信仰は実に心地よい、イシュタル・ランゴバルト貴様は今日から我に仕え我が手足となれ』と!」

 

 陶酔しきったイシュタルの顔はまさしく醜悪そのもので狂信者と言う言葉がよく似合っていた。

 

「私はエヒト様から信託を授かりました。エヒト様に選ばれ無かった人間たちをこの世から抹消させエヒト様とエヒト様を信仰する信者たちの理想郷を作るのだと。だからエヒト様に選ばれず疑いあまつさえ反抗しようとするあなた方はここで死んでもらうのですよ」

 

 イシュタルはそう言い終わると生徒並びメルド、リリアーナを含むすべての人間に対し魔法を打ってくる。

 

(クッソ!動揺している場合じゃねえ!何とかして守らないと!)

 

 雨の様にイシュタルから放たれてくる魔法を自分に向かわせ防いでいくコウスケ。しかし想定外な状況が立て続けに起こったせいかいつもの強固な守護は脆くなっており強度をイマイチ保てなくなっていた。

 

「おいおいアイツが来るのはシナリオ通りってことじゃねぇのか!?」

 

「そんなわけあるかよ!あいつはさっさと死んでいるはずの人間なんだ!」

 

 清水の怒声に対して叫び声をあげるコウスケ。そんなコウスケに対してイシュタルは観察するような目を向ける。

 

「しかし、勇者がまさかエヒト様に反抗するとは…扱いやすい人間だと思っていたのですが、当てが外れてしまったようですな」

 

「はっ!誰が愉快犯の手ごまになるかよ!そんな阿保みたいなことは天之河にでも言ってろこのカス野郎!アイツなら喜んで協力するぞ!」

 

「いや、流石に天之河でもそんな事は…ないよな?」

 

「…エヒト様の寵愛が理解できないとは、やはり異世界の人間は不愉快ですな。もういいでしょう、それよりフリード殿、何をして居るのです?あなたも加勢してさっさとこの狼藉どもを始末するのです。」

 

 イシュタルに攻撃を促されたフリードだが苦い顔を浮かべ困惑している

 

「私は…」

 

「アルブ様を裏切るのですか?己の信仰を疑うのですかな。アルブ様は必ずやあなた方魔人族を平和に暮らせるように尽力しているというのに?そのために貴方方にとって仇敵である私たち人間族が協力しているというのに?…裏切るのですかな?」

 

「そうだ…私はアルブ様の使徒…あのお方を裏切りなど…する訳がない!私はアルブ様を信じるだけだ!」

 

(あんの糞爺!余計なことを言いやがって!)

 

 困惑していたフリードが徐々に敵意を見せ始めてきている。折角味方とは言えなくても中立ぐらいまでは引き込めそうだったのにとコウスケは歯噛みする。

 

「その通りでございます。信徒である我らが己が信ずる神を疑ってどうするというのです。さぁ私と共にあの者たちを撃ち滅ぼすのですぞ!」

 

 周囲にいた魔物たちがそれぞれ攻撃の構えをとる。絶体絶命とは行かないが非常に不味い状況になってくる。

 

「おい。あの教皇に加えて魔物の攻撃が来るぞ、防げるのか?」

 

「出来る!って言いたいけどな。どうにも俺の想定外の事ばっか起きて動揺しているからな。ちょっとまずいかも…」

 

「やれやれ、ここにきてオレの行動はおせっかいだったのか?」

 

「そんなわけないさ。それよりも何かこの状況を打破するような魔法ってないの?」

 

「あるっちゃあるが…ぶっつけ本番だからな。失敗しても文句は言うなよ?」

 

 隣にいる清水はそういうと詠唱を始める。以前とは考えられないその頼もしさはコウスケの不安を取り除く頼もしさだった。

 

 

 

 しかし清水の魔法は結局は唱えれなかった。

 

 何故ならば…

 

 

 

 

「ふぅん。コウスケと聞いていた状況とはだいぶ違う感じがするけど…教えてくれないかな」

 

 その言葉と共に幾多の銃弾と砲撃を魔物たちに浴びせながらハジメがやってきたのだから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と面白い状況になっているけど?」

 

 魂魄魔法を習得し神山からフリーフォールをし、コウスケが居るであろう広場に向かってみればそこには親友のコウスケと香織達にクラスメイト、なぜか縄で縛られ倒れ伏している裏切者の中村絵里と檜山大輔、そしてなぜか堂々と立っている清水幸利というイレギュラーに敵であるフリードと、これまたコウスケの話では居ない筈のイシュタルがいたのだった。

 

 ひとまずオルカンとメツェライを空中に浮かせをファンネルの要領で周囲の魔物を殲滅していく。と同時にひとまず気に入らないというのとおそらく敵であろうという雰囲気からイシュタルとフリードの銃撃を浴びせる。

 

「ほぅ中々手荒な挨拶ですな」

 

「ッチ」

 

 がイシュタルとフリードの前にはバリアーが張られドンナ―の銃弾は塞がれてしまった。軽く舌打ちをしながらも何やら焦っている様子のコウスケに話しかけるハジメ。

 

「で、何がどうなってこうなっているのさ」

 

「清水が中村をボコって

 フリードを懐柔しようとしたら

 イシュタルがやってきた!」

 

「ふんふん。で、もう一度聞くけど何やってんの?」

 

 コウスケの実力があればこの状況を乗り切れるはずなのだが、なぜかひどく狼狽えているのだ。ジト目で見てみればコウスケは気まずそうに視線を逸らす。

 

「…それはその」

 

「はぁー大方自分の予想とは違ったことになってパニクってどうすればいいのかわからなくなって取りあえず皆を守ったのはいいけどさて死んでいるはずのイシュタルが出てきたからにどうすればいいのかわからないってことかな」

 

「ウィ!」

 

「誇るなドヤるな反省してよこの馬鹿!」

 

「ウィイ…」

 

「何このやり取り?」

 

 何となくで言ってみれば当たっているらしく、あまりにも大当たり!と言う顔をしていたので怒ってみればショボンと落ち込んでしまうコウスケ。溜息を吐くと取りあえずさっさと行動しようと思考を切り替えるハジメ。

 

 ひとまずは隣でコウスケに対して微妙そうな顔をしている清水は味方らしいので放っておくことにする。縛られてオブジェクトになっている檜山、中村も放置。無論怪しい動きをしたら手足の一本は吹き飛ばすつもりである。

 

 魔物を殺戮し終えたオルカンとメツェライを手元に呼び戻しイシュタルに向ける。フリードの方はハジメにとってもはやどうでもいい存在だ。だがこの男だけはエヒトの手によって何か強化を施されていると感じたのだ。

 

「いやはや、流石は我が神に敵対する者。無能と言われていたはずのがよもやここまで強くなるとは…末恐ろしいものですな」

 

「そいつは光栄。で、あんたは見たところそっち側ってことでいいんだな」

 

「勿論でございます。我らはエヒト様に選ばれ新たなる人類となったのです。これまでの古き旧人類を根絶やしにするのが我が使命でございまして、そのためにもまずは邪魔なものを一掃しようとここまで来たのです」

 

「説明ありがとさん。…狂信者ここに極まりってことかな?初めてあんたを見たときからイカれているなと思ったけどまさかあっさりと同族を裏切るとはね。その隣にいる魔人族は凶悪で見るに堪えない種族だと召喚されたとき言ってなかったっけ」

 

「さて?そのように思っていた時もございましたが…私と同じようにエヒト様に選ばれたのです。そのようなことは些細な事でしょう。むしろエヒト様のすばらしさを理解できないあなた方の方が醜悪で愚かに感じますな」

 

「あっそ」

 

 言葉を切ると空に浮かばせた兵器達を全弾イシュタルに向かって放つ。無論さっきの攻撃を防いだのだ。攻撃の一つでもあたるとは思ってすらいない。

 

「次、そこの…名前なんだったっけ?まぁいいやどうでもいいし。そこの魔人族あんた軍の最高司令官だろ」

 

「貴様…我が名を忘れたというのか!」

 

「どうでもいい道化の名前なんていちいち覚えていられるか。それよりもさっさと軍を引かせろよ。あんたほどの立場の人間ならできるだろ?」

 

「道化だと…一度ならず二度も私の事をコケにっ!?」

 

 牽制のつもりでドンナ―を打ち、ハジメはすぐに空にあるとある兵器を作動させた。

 

 

「…?雨?」

 

 最初にそう言ったのは誰だったのだろうか。空から何かが降ってきたのだ。最初は雨だと感じた。しかし全然違った。空から降ってくるものは紅い光だった。

 

 そしてその雨は瞬く間にハイリヒ王国の王都とその周辺にまんべんなく振り出したのだ。

 

「南雲?これは一体」

 

「まぁ見てなって」

 

 コウスケの疑問そうな声を含み笑いで応じる。紅い雨は断続的に降っているが、液体の様な感じはなく肌に当たっても濡れることはなく建物や地面に当たってもふっと消えるものだった。

 いったいどういうものかとコウスケが再び問いかけようとしたところで異変が起こった。

 

「ウラノス!いったいどうしたのだというのだウラノス!!」

 

「ギュッ!?ギュァァアアアアア!!!!」

 

 フリードの乗っていた白竜ウラノスが苦悶の声をあげたのだ。その悲鳴な叫びは雨に当たるたびにより大きくなっていく

 

「その雨は魔物に攻撃する様に調整していてね。『対魔物型殲滅用兵器』ってところかな。人的被害はなく

建物にも被害がない。実にクリーンで扱いやすいものだと思わない?」

 

 皮肉たっぷりにフリードの告げるハジメ。対するフリードは忌々しそうにハジメを睨みつけるとすぐさま魔法を唱えウラノスを雨から守る障壁を作り出す

 

「貴様…貴様ああ!」

 

「そんなに小物たっぷりに吠えないでよ。怖くなって次は魔人族だけが当たるように設定しそうになるじゃないか」

 

「グッ!」

 

 もちろんハッタリではない。ハジメが設定しなおせば魔人族だけに被害が出るように調整できるのだ。…時間はかかってしまうが

 

「さて選べよ。魔人族の勇者様。このまま戦争を続けて数が少ない魔人族の数をさらに少なくなるかそれとも尻尾を巻いて逃げるか。あ、言っておくけどこっちに攻撃しようとかまえた瞬間切り替えるからそこらへんよろしく」

 

 ハジメの挑発にフリードは歯噛みをした。しかしその様子ですらハジメには薄く笑うのだ。

 

「やれやれ とっとと学習しろよ魔人族。お前達が戦うのは僕達じゃないってことに。まぁもう考えるだけの頭の思考能力もなさそうだしこのまま絶滅しちゃおうっか」

 

 軽い調子で特に気にした風でもなく笑うハジメについにフリードはゲートを開け一瞬だけコウスケに視線を送るとそのままゲートの向こう側へと消えていった。

 

「ううむ、まさかこのようなものまで作り出すとは…いささか分が悪いですな」

 

「何言ってんだこの爺は。ずっとぴんぴんしているくせに」

 

 空を見つめながら唸るイシュタルにハジメは溜息を吐く。実は先ほどまでイシュタルも攻撃目標に加えていたのだが、イシュタルの障壁は壊せなかったのだ。なまじ強力な障壁に流石にイラつくハジメだがそんなハジメを気にした風でもなくイシュタルもフリードが消えていったゲートへ移動する。

 

「では、私もこれでお暇させていただきましょう」

 

「とっとと失せろこの狂信者二度と面を見せるな」

 

「それはどうでしょうか。あなたがエヒト様に歯向かう限り私はいつでも現れるでしょうな」

 

 そう言って余裕の表情を見せたイシュタルはゲートの奥に消えていった。ゲートが消え同時に雨も収まり場に静寂が戻り始めてきた

 

「…行ったの?」

 

「はぁーなんかさっきから僕溜息ばっかりしていない?ともかく終わったよ。もう近くにはいなさそうだし、魔人族も全員退却したでしょ」

 

「……ってことは!第三部完!」

 

「いやまだ戦後処理があるでしょそこら辺忘れないでよ」

 

「…コロンビア!」

 

「はぁー」

 

 面倒ごとが終わった気配を感じ取ったのか親友が万歳の格好をして喜んでいるのを見て溜息がますます深くなるハジメだったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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