ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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遅くなりました

恐らくですがこれが今年最後の投稿になります


アフターケア 召喚された者達

 

 

「…」

 

 王宮の一室、そこで谷口鈴は今もなお眠っている中村絵里の見舞いに来ていた。…見舞いと言うよりはほかに行くべきところが無かったというべきかもしれないが

 

 現在中村恵理は、王宮にある人気のなく使われていない部屋にてずっと眠り続けていた。本来なら裏切者として処刑…又は牢屋にでも入れられるところだったのだがメルドが制したのだ。恵理の処遇に対してどんなやり取りがあったのかは鈴に知らないないことだが、どうでもよかった。

 

「どうすればよかったのかな…」

 

 眠り続ける恵理の顔を見ながら幾度も繰り返してきた言葉をつぶやくが、答えなんてものはなかった。

 眠っている恵理を見ているとあの出来事は全てうそだったのではないかとどこかで期待するものの手ひどく恵理に言われた言葉が頭の中を駆け巡りる

 

「お邪魔するよー」

 

「あ…コウスケ…さん?」

 

 そんな悩む鈴の所に来たのはコウスケと呼ばれている男だった。友人の天之河光輝の体に入っているという理解不能なことを言い出した男であり鈴にとってはよくわからない男だった。

 

「やっほ ちょっと来ちゃった。どれどれっと…うん。起きた気配は無し、我ながら完璧な魔法だな」

 

 部屋に入ってくるなり眠っている恵理の額に手をかざしなにやら確認している。不思議そうに見ていると気が付いたコウスケが説明をしだす。

 

「これ?一応俺の魂魄魔法が効いているか確認しているの。俺の許可なく起きることを禁ずるって言う簡単な命令なんだけどね。この様子なら問題なさそうだ」

 

 呆気らかんに言い放つコウスケに驚くも少しほっとしてしまう鈴。もしコウスケのいう事が本当なら恵理と顔を見合わさずに済む。…そこまで考えて自分が酷いことを願っていると気付き鈴は自己嫌悪に悩まされる

 

「大丈夫か?あんまり思い詰めない方が良いぞ」

 

 隣にいるコウスケが気遣っている声を出してくるが鈴の悩みは晴れない。だからこそだろうか、隣のある意味全くの他人であるコウスケに悩みを打ち明けることにした。

 

「…コウスケさん」

 

「ん?」

 

「…鈴…どうすればよかったのかな」

 

「と言うと?」

 

「…本当はね、鈴、もしかしたら恵理が何かを演技していたかもしれないって気づいていたんだ」

 

 一度話すと口は止まらなかった。中村絵里が実は打算的な女の子だったのではないかと感づいていたこと。だが、一度も指摘しなかった事、気楽な友人関係が壊れるかと思って何も言えずそのままにしていた事、考えていたことを洗いざらいコウスケに話したのだ。

 

「だから私だけが恵理を止めることが…」

 

「そーかもしれないけどさ。それなんか違くないか?」

 

「え?」

 

 コウスケの突然の言葉に驚き顔を見ればそこには肩をすくめながら恵理を見ているコウスケが居た。呆れたその表情で語るその話は鈴を驚かせるものだった

 

「なんて言えばいいのかな。この子がしたことに君が責任を感じるのは違うと思う。そりゃ友人だから気付いて止めるのが当然だろって言われるかもしれないけどさ。だからと言ってこの子の事を一から十まで知ってなおかつ止めるのが当然ってわけじゃないし…」

 

 話をしている途中で言葉に詰まったのか頭をか開けるコウスケ。何とかして言葉を取り出そうとしている姿は同じ顔の友人が絶対にしていなかった顔だ 

 

「友達だから、親友だからってこの娘…ああもうコイツでいいや。コイツが止まるわけないだろ。そして君が止めないといけない通りもない。責任は仕出かした奴にあるんだから被害者である君がそんなに悲しい顔をするものじゃない」

 

「……もしかして慰めているの?」

 

「どうだろう。言いたいことを言ってるだけかもな。それよりも聞きたいことがあるんだ」

 

 そこでふっと息を吐くと何やら難しい顔をして鈴に向き直るコウスケ。その目はいつになく真剣で何か嫌な予感を鈴は感じた

 

「コイツをどうするか君が決めてほしんだ」

 

「それは?」

 

「信じられないかもしれないけど、俺は人の精神…つまり心を操る魔法を持っているんだ」

 

 心を操る魔法…その言葉を聞いたときドキリと鈴の心が騒いだ。嫌な予感はますますするもののその先を聞きたくてじっとコウスケの顔を見る

 

「君が知っているこの子は大人しくて気配りのできる子だった。でも本当はただのメンヘラ…っと失礼。病んでいる女の子だった。でも俺なら前者の君の知っている女の子にすることができる。この子の演技こそが本物だったと、今の状態が気の迷いだったことにできる」

 

 それは甘美な誘いだった。コウスケは恵理の心をいじり鈴にとって都合のいいようにすると言っているのだ。声は真剣で決して冗談を言っているのではないと鈴は感じた。

 

「どうする?…断ってもいいし、乗ってもいい。すべては君次第だ」

 

 コウスケの手は恵理の頭の上にありいつでも準備はいいと言外に行っている。だがそのコウスケの目に鈴は恐怖を覚えた。ドロリと濁っているのだ。暗く何も移さないその目。慌てて鈴は話題を変えることにした。ずっと見ていると思わず安易に返答をしてしまいそうになったからだ 

 

「あ、あの、どうしてコウスケさんは…そこまでしてくれるの?」

 

「…そーだなー君の成長の妨げてしまったからかな?」

 

「成長?」

 

 鈴の疑問にコウスケはスっと目を瞑る。何かを思い出そうとしているのか眉間にしわが寄っている。ひとまずあの目を見なくてほっとする鈴

 

「本来なら、この中村絵里が敵になったことで君は迷い苦悩するんだ。でもちゃんと答えを出して向き合って…あの場面の君が俺は大好きだった。だからかな君に手を貸してあげたいと思って…」

 

 いったい何を思い出しているのか何の話をしているのか鈴にはわからない。しかし先ほどの嫌な気配が薄れていく。目を開き鈴を見つめるその目にあの澱みは消えていた。

 

「簡単に言えば君のファンだからってことだからかな。だからどうしても君に手を貸してあげたくて。余計なお世話だったかな」

 

 一体何の話かは分からないが真正面から話をするコウスケに鈴は正直な自分の気持ちを話すことにした。きっとそうすることが気遣ってくれているコウスケに対する礼儀だと思ったのだ

 

「…気遣ってくれるのは嬉しいし鈴ももし恵理があの頃に戻ってくれればって思うけど、きっと安易に答えを出しちゃいけないって鈴は思うんだ。だから…恵理をどうするかはもうちょっと待ってほしいの」

 

「だよな。いきなりごめん」

 

「ううん。こっちこそごめんなさい、ちゃんと決めることができなくて」

 

 そこで会話は途切れた。後に残るのは何とも言えない空気だった。恵理の顔を見つめても起きる気配はなく、でもこのまま放置するのも忍びなく隣のコウスケは出ていくのかと思えば何やらまた考え事をしている。

 

「うん。よっし!なぁ谷口さん、ちょっとついてきてくれ」

 

「え?は、はい!?」

 

 いきなりコウスケは鈴の返事を聞くと手を握りそのまま部屋から出てしまった。手を握られている鈴は反抗することもなく突然だったのに意外と優しく手を握っているコウスケのなすがまま後をついて行く。

 

「おーいシア、邪魔するぞー」

 

 そうして連れられてきた場所はコウスケ達が止まっている客室の一部屋だった。後をついてきた鈴が困惑しながらも部屋をのぞけばそこにいたのはなぜか机に突っ伏しているうさ耳の少女が居た。

 

「あーなんのよーですかー」

 

「うわ、垂れ兎になっている」

 

「そりゃひまだからですぅーなんにもやることがなくてひまですぅー」

 

「なら起きろ。そのまま弛んでいると余計な肉がつくぞ」

 

「あ?」

 

 部屋に入ったコウスケは気軽にうさ耳少女には話しかけると煽っていく。煽られたうさ耳少女は一瞬でガバリと体を起こすとすぐさま拳を構えてファイティングポーズをとる。見た目が美少女なだけに殺気を出しながら構えるその姿は中々に迫力がある

 

「お?おお?いきなり喧嘩を売ってるんですか?買いますよ?グーでいきますよ?私の兎パンチが火を噴きますよ?」

 

「んーこの脳筋っぷりいったい誰の影響やら」

 

 うさ耳少女の威圧感にも大して気にすることもなくコウスケは肩をすくめるとそこで鈴の背中を押しうさ耳少女…シアの目の前に立たせた。いきなり見知らぬ少女が出てきたことにシアは首をかしげると威圧感を収める。流石に見も知らぬ少女を前にしてコウスケと喧嘩をするつもりはなかった。

 

「さてと、谷口さん。このうさ耳をつけている女の子はシアってんだ」

 

「え、あ、うん」

 

「で、シア、この子の名前は谷口鈴っていうんだ」

 

「はい?いきなり女の子を連れて来て…あ、はい、そうですか。ふーん」

 

 シアの紹介を鈴にすると今度はシアに鈴の紹介を始める。そこで何やらシアのうさ耳がぴくぴくと動くと何やら納得がいった顔をした。

 

「はぁ、事情は分かりました。ではさっさと出て行ってください。このヘタレ」

 

「うぐっ!?…事実だから何も言い返せねぇ…じゃそういう事だから」

 

 そこまで言うとコウスケはさっさと部屋から出て行ってしまった。後に残されたのはいまだに困惑している鈴と何やら虚空からお茶やお菓子などを取り出しているシアだけだった。

 

「あの…」

 

「まぁまぁともかく座ってください。色々あったでしょうが甘いお菓子と美味しいお茶を飲んで気楽にお話しでもしましょう」

 

 シアはそう言って邪気のない笑顔を見せれば鈴も戸惑いはは感じるものの席に着く。そこからはシアと雑談をして時間を過ごしていった。お互い性格が合うのかはすぐに打ち解け合い、鈴は初めて異世界での友人を得ることになった。

 

(もしかして…)

 

 何故シアと無理矢理合わせたのか、何故シアは色々と世話を焼いてくれるのか、何となくだがコウスケが色々と手を回してくれたのだろうかと考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……あそこにいるのは」

 

 八重樫雫。剣士としての天職を持ち、クラスを支えてきた彼女は現在復興を手伝いながらクラスの皆の精神的なケアを続けていた。召喚された者たちにとってのショックな出来事である中村絵里の裏切り、そして判明した被害者の数。その事実から雰囲気が暗くなっているクラスメイト達を何とか励ましていた。

 

 最初は気まずい空気になりながらも親友である白崎香織の協力もあってクラス全体の雰囲気はそこそこ明るくなったとは思ういさて次は騎士団や王宮で働く人たちの関係改善をしようかと考えていた時だった

 

「ぁぁあああ もうどうしてこう俺は言葉選びが下手なんだろうなぁ~」

 

 頭を抱え何やら独り言をしている天之河光輝…もといコウスケを見つけたのだ。何を考えているのかは知らないが両手で頭を抱え体をくねらせているその姿は…はっきり言ってかなりキモかった。流石に見過ごして去るほど薄情でもなくだからと言って気楽に話しかけれるほど気安い関係でもなく恐る恐ると言った感じで雫は話しかけることにした

 

 

「えっと…コウスケ…さん?どうかしたんですか?」

 

 声を掛けながらもやはりどこか違和感を感じる。目の前にいる男が幼馴染とそっくりであり幼馴染がするはずもないような行動をしているからだろうか。

 

「んん~年下の女の子を慰めようと思ったんだけど難しくてねー」

 

「はぁ…」

 

「ま、全部シアに押し付けてきたから大丈夫だろ。同年代の同性なんだし…それより君の方こそどうかしたの?」

 

 何やら一人で納得した様子のコウスケは雫に気軽に話しかけてくる。

 

「えっと復興の手伝いをしようと考えていて、今騎士団の人たちに何かできないかと相談をしようとしていたんです」

 

「ふーん。真面目っていうか…自分から苦労を背負い込むんだ。 …どМ?」

 

「どМって、ち、違います!?」

 

 ふむふむと頷いたコウスケは若干引き気味に雫から距離を取ったので慌てて否定する雫。何故人手の手伝いをしようと考えていたらどМ扱いにされなければいけないのか、頬を赤くしながらも抗議すれば何やら疑わしそうな顔をしているコウスケ。

 

「いやでも君ってほっとけば良い事に自分から向かっているような…まぁいいや、どうするのかは君の勝手だけど、人間関係であんまり根を詰めないようにね。後はもう日本に帰る事しかないんだし」

 

「…日本に?」

 

 雫が聞き返せば何でもない様に頷くコウスケ。その声にどこか冷たさが含まれており、わずかにだが嫌なものを感じた。

 

「そ、日本。君たちはなんていうか…ちょっとした災害に巻き込まれただけだから、じっとして蹲っていればちゃんと災害は収まるからさ。なんて言えばいいのかな。この世界で何をするかを考えるよりも日本に帰ってからの事を考えた方が良いよ」

 

 言葉は一見気遣っているように感じられるが雫は余計なことをするな、と言外に行っているかを確信した。先ほどまでは感じなかったコウスケの目が道端の石を見るような目になっているのだ

 

「貴方何を言って」

 

「君たちには同情するよ。こんな異世界に連れてこられてさ。でもこんな世界に合わせる必要はないんだ。誰かの引き立て役になる必要もない。君達には君たちの人生がある。だからまぁこんな人殺しの道具なんて持たないで穏やかに過ごしなさい」

 

 いつの間にかコウスケの手には黒刀が握られていた。ハッとして腰に手をやるがそこにはハジメからもらった黒刀の姿はなく何時取られたのかはわからなかった。

 

「ねぇ知ってる?」

 

 狼狽している雫には目も触れずコウスケは高騰から刃を引き抜きむき出しの刃を眺めている。声は静かで眺めるまなざしは整った容姿と合わせてどこか蠱惑的だった。その言葉を聞くまでは

 

「人を切り殺すのってすごく楽しいんだよ?手元にある刃が肉を切る瞬間のあの感触。臓物をまき散らしながら苦悶の表情を浮かべるあの顔。本当に最高なんだ。凄く凄く楽しくて病み付きになりそうで…」

 

 ねっとりとした声だった。聞いてはいけないと思いながらも耳から頭の中まで侵食するどこか優しげな声。危険だと雫は思った。逃げなければとも、そんな雫の姿を知ってか知らずか、コウスケは黒刀の刃を収めるとそのまま握力で握りつぶした。

 

「アレは君たちが味わっちゃいけないものだ。だから武器をとるのはやめてほしい。他の子たちにも伝えてくれないか」

 

 バキリッと刀が折れる音共に不意に空気が切り替わりそこにいたのは先ほど声をかけた時と変わらない姿のコウスケだった。

 

「君にはこんな物騒な物よりこれの方が似合うよ。それじゃもう顔を見合わせることはないだろうけどお元気で」

 

 折れた黒刀をどこかに消してたコウスケは代わりになぜかふわふわとしたぬいぐるみ(見た目はクリオネっぽい)を雫に投げ渡すとそのまま歩いて去ってしまった。

 

「…いったい何なのあの人」

 

 コウスケが去ってやっとで息をついた雫。いつの間にやら手を握りしめていたらしく手の中が汗ばんでいる。

 

 コウスケと言う人間がどんな人物かは雫にはわからない。親友が気軽に話しかけているところを見ると悪人ではないのだろう。

 しかし今の会話で分かったことが二つある。一つは彼は自分達を石ころと同じようにみている。今まで羨望や嫉妬、下心などの視線を受けてきた雫だがあの様な無機質な目線で見られたことはなかった。

 

 そしてもう一つは、彼は天之河光輝ではないという事だ。同じ姿の別人。幼少の頃から光輝を見ている雫が感じたのはそんな感想だった 

 

 

 

 

 

 

「薄暗いところだな…今にも何かでそう」

 

「収容者の怨念とか?」

 

「そんなもんよりもっとたちの悪い奴に会いに行くんだろ」

 

 薄暗くじめっとした通路を歩く男が3人。コウスケと清水そしてメルドだ。王宮の地下、犯罪者や重罪人を収容する牢屋へと三人は歩いていた。

 

 なぜこのような場所にいるのか、それコウスケにとって必要だと思う事をするのにはどうしても行かなければならなかったのだ。

 

「でもこんな所に檜山がいるとはね」

 

「アイツが仕出かしたことを考えればこれでも軽い方じゃないか?」

 

 コウスケの目的、それは王宮の人たちを殺めた檜山大輔に合うためだった。メルド曰く檜山は地下牢にて監禁していると言う。そこで場所が分からないのでメルドに案内を頼みこのようなじめじめとした薄暗い場所に来ているのだ。ちなみに清水はもしもの時のお目付け役である。

 

「ついたぞ」

 

 メルドに連れられた地下牢その最奥に檜山はいた。檜山は簡易的に作られている寝台に仰向けで横たわっていた。首や手足には魔力を封じる枷が何重にもつけられ重罪人の処遇がどんなものかが一目でわかるものだった

 

「…殺さなかったんですね」

 

「本来なら首を切り落としたいのが俺達騎士団の本音だ。だがコイツもエヒトによって狂わされた一人でもある…気に入らんがな」

 

 溜息をつくメルド。今もなお王宮の人々を殺し回った檜山に対して思う事はある者の檜山もまたエヒトの被害者の一人であると言う事実が檜山を処刑しなかった理由だった。

 

「で、コウスケ。コイツにいったい何の用があったんだ?」

 

 清水の檜山を見る目は複雑だ。元はクラスメイトであるものの友好的な関係だったわけではない。寧ろ学校にいたときは死んでしまえばいいと思っていたこともあった。だがこの世界の真実を知った今では小物としての役割を持った檜山に何とも言えない哀れみと軽蔑と同情が混じった苦い感情がある

 

「お礼と後始末…かな?取りあえず俺に任せときなって」

 

 コウスケはそういうと牢屋でまだ意識を取り戻していない檜山に近づいていく。一応念のため魔力封じの枷がはめてあることを確認すると檜山の頭に手をかざし魂魄魔法を使い檜山の意識を目覚めさせる。

 

「…ぁあああああ!!!がぁあ”あ”あ”ああああ!!」

 

「うるさいよっと」

 

「あがぁ!?」

 

 案の定目覚めた檜山は一瞬惚けた顔をしたが、すぐに顔をゆがませ喚き始める。しかしコウスケは意に介した様子もなくアイアンクローの要領で檜山の頭全体をつかみ上げ空に釣り上げる。

 

「はーい、まずは静かにしましょうねー」

 

 意識を取り戻させたのは自分の意思だがこうまで騒がられると煩わしいので黙るように手に力を籠める。ミシッメシッと檜山の頭から骨のきしむ音が響き渡り喚いていた檜山の声が小さくなっていく。

 

「おいコウスケ、そいつの頭で柘榴でも作るつもりか」

 

「そういう訳じゃないってば、こっからが本番さ」

 

 何も言わなくなった檜山を地面に降ろすと今度はその頭に魂魄魔法を掛けて行く。魔法を使いながらコウスケは清水に独り言のように話しかける。

 

「なぁ清水コイツはどうしてあんな雑な中村絵里の作戦に乗ったんだと思う?」

 

「あ?そりゃ…こいつがあんまり物事を考えずに目先の事しか考えないような奴だからじゃないのか」

 

「そーかもしれない、でも俺は違うと思うんだ」

 

「どういうことだ」

 

「こいつは人を殺した罪悪感に耐えきれなくて中村絵里の話に乗ってしまったんじゃないのかって俺は思ったんだ」

 

 メルドの探るような質問にコウスケは自分が檜山大輔と言う人間を見て思ったことを答えた。檜山大輔が犯した最初の罪。それはあの橋で南雲ハジメに対して火球を放った事だった、その出来事に自分自身罪の意識を感じ判断力が鈍りおかしくなってしまったのではないかとコウスケは考えたのだ

 

 あの時檜山が火球を放ったせいで南雲ハジメ…ついでに天之河光輝もが奈落の底に落ちていった。最初から計画していた中村絵里とは違い人を殺す覚悟も意味も考えずに本当に突発的な行動だった。だから檜山は殺してしまった事実に自分の良心が耐え切れず安易に中村の話を乗ってしまった。

 

「最初はただの嫉妬心だった。それがこじれて人を殺してしまった。コイツがどんなに阿保でも元々は普通の学生で一般人だったんだ。そんな奴が人殺しの責任感に耐えられると思うか?まだ16歳のガキが耐えきれるか?」

 

「無理だろうな。こっちの世界の人間ならともかくお前たちの世界では人殺しは重罪なんだろ。俺達騎士団の新兵でもそうなってしまうんだからなおさら無理な話だ」

 

「そういう事ですメルドさん。だから俺はこいつが憎むのも恨むのも難しいんです」

 

 だからコウスケは檜山を殺さない。無論思う事はあるが…

 

「で、その話と今の使ってる魔法とどうつながるんだ」

 

「そうそうんで話を戻すけどあの時間違えてしまったのなら檜山の精神状態をあの橋での出来事直後まで戻そうと思うんだ」

 

「精神状態?記憶じゃなくて?」

 

「ああ、流石に自分が仕出かしたことまで忘れるなんてのは虫がいい話だ。だから自分の罪を自覚出来るまで精神を戻す。この魂魄魔法で」

 

 記憶を戻すのではなく精神を正常にさせる。そして自分の罪をむき合わせる。それがコウスケが檜山に対するアフターケアだった。

 

「ふぅん随分と人がいいんだな」

 

「どうかな?あるい意味最も残酷なことをしているのかもしれないぞっと、そろそろ廃人が目を覚ますぞ」

 

 魂魄魔法の効き目が聞いてきたのか檜山の目が徐々に生気を取り戻していく。コウスケがそっと離れると同時に檜山大輔は正気を取り戻した。

 

「…あ?ここは…天之河?それに清水、メルドまで…ああなるほどそういうことか」

 

 目の前の人間が誰か理解した檜山は喚く事もなければ暴れようともせずただ静かに前を見ていた。

 

「目を覚ましたか檜山」

 

「みりゃわかんだろ。それよりさっさと殺れよ。そのために雁首そろえてきたんだろ」

 

(おいコウスケなんだコイツ?やけに悟りきっているぞ)

 

(そりゃ檜山の良心と道徳心ついでにその他もろもろを増幅させたからな!自分の罪をちゃんと理解したんだろ)

 

(…つまり檜山の頭の中いじくったってことか)

 

 檜山は地面に項垂れているが逃げようとはしなかった。その表情は諦めの感情が強かった。そんな檜山にメルドが進み出る。手は剣の柄に置かれておりいつでも刃を抜ける様にしていた

 

「大介、お前自分がやったこと覚えているのか」

 

「…覚えている 何をしたのかも何でやったのかも。…ふん、体のいい駒みたいに使われるなんてまるで道化じゃねぇか。そんな俺にいまさら何をしろってんだ」

 

 話すことはすべて話したでも言うかのように溜息を大きく着くとはっきりと話した

 

「もう俺は疲れた。やったことを否定する気はねぇ だからメルド団長さんよぉ あんたのお仲間を俺は殺しくまくったんだ。だから…やれよ」

 

「…分かった」

 

 小さくそう言ったメルドは剣を抜くと目にもとまらぬ速さで剣を振るった。思わず硬直する清水だったがそこには予想に反して血を流す檜山はいなかった。

 

「あ?…なんで」

 

「お前を殺したところで誰かが返ってくるわけでもない。…もう良いんだ」

 

 檜山を切らなかったメルドは息を吐くとそのまま踵を返し牢屋内から出ていく。

 

「なんでだ…俺は人を殺したんだぞ?なんで何もしないんだ…」

 

「さてな切る価値がないって事だろ」

 

「なんだそれ…じゃ俺にどうしろってんだ、人を殺した俺に…」

 

 檜山はそのまま放心したかと思うと虚ろに俯いてしまった。もうここに用はない。コウスケはそう判断するとメルドと同じように地下牢を出ていく

 

「…放っておくのか?あのままだと何をしでかすかわからないぞ」

 

「放っておく。今のアイツならきっと何もできないさ」

 

 清水の言葉にはっきりと断言するコウスケ。肩をすくめた清水はそのままコウスケの後について行く。

 

 正気に戻し、良心を目覚めさせる。それが檜山に対するコウスケの礼だった。檜山が嫉妬心を出し南雲ハジメに火球を打たなければ物語は始めらなかった。あの奈落で辛い事や痛い事やたくさんあったが、コウスケと名付けられ天之河を演じなくてもよくなった。

 

 コウスケとしての始まりはあの奈落だった。だからこそきっかけを作ってくれた礼をコウスケは檜山にしたかったのだ。魂魄魔法で作り出した良心をどうするのかコウスケは興味がない。今後檜山がどう生きるのかもコウスケにとってはどうでもいい。

 

「今後どう生きるのかは…ふふ皮肉をたっぷりと込めてこう言おうか『変わるのか、変わらないのか……それは大介次第である』ってな」

 

 

 

 

 

 

 

「なんだそれ?」

「何も変われなかった少年(天之河光輝)の煽り文句」

「?」

 

 

 

 

 

 

 





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