「気に入らねぇな。何か下痢にでもなる魔法でも仕掛けようか」
「止めとけって清水。誰が聞いているか分かんないんだ。不用意な発言は止めとこうぜ」
皇帝との会談を終えメイドに案内された部屋で休憩するハジメ達。先ほどのガハルドの発言が気に入らないのか清水はいまだにイラつき憤慨していた。愚痴を言うのは一向にかまわないのだがあくまでここは帝国内、不用意な発言が何を引き起こすかわからないのでコウスケは怒る清水を慰めていた
「あのなぁコウスケ、ダチを馬鹿にされたんだぞ、このままにしておけるか。俺はお前のような大人じゃないんだ」
「清水…」
清水が怒る理由はコウスケが不当に評価されているからであり、友人を馬鹿にされたのがどうしようもなく腹に据えかねているのだ。
そんな清水にジーンとするコウスケ。馬鹿にされたこと自体は何も思わないが自分のために誰かが起こってくれるというのは嬉しいものだった。しかしここで何かが頭の中で引っかかる。
(うーん?この後何か大事なことがあったような…)
うんうん悩んでいると先ほどから目を瞑っていたハジメが声をかける。ちなみにこの部屋には女性陣はいない。ドレスの試着や着替えがあるとの事で別室に行ったのだ。
「そこで感動しているところ悪いんだけどさ、コウスケ何か思い当たることはない」
「んん?何がだ?」
「リリアーナ姫の部屋に野蛮人って感じの男が向かってる。多分だけどあれがリリアーナ姫の婚約者のバイアスって男かな」
今ハジメは小さな小型の錬成蜘蛛を城内のいたるところに分散させ小細工と裏工作をしていたのだ。その中でいかにも粗暴と言った男がずかずかとリリアーナの部屋に向かっているのを発見したのだ。足取りからして目的はリリアーナであり下衆な笑みを浮かべる男の目的は実に分かりやすかった。
「婚約者の男がづかづかと妻となる少女の部屋に行く。これまぁ分からないでもない。でもどうにも嫌な予感がするね」
無論蜘蛛の中に催眠薬や睡眠薬などい色々常備しており有事の際には対処出来るようになっているのだが…合えてハジメは何も手を出そうとはしなかった
「っ!」
ハッとした顔になったコウスケ。バイアスという男が何をしようとしているか思い立ったのだろう。それでも何故か躊躇するように動かない親友にハジメは言い放つ
「なに突っ立ているんだコウスケ。何もかも僕がしなくちゃいけないのか。たまには自分から行けよ」
「すまん!ちょっとトイレ行ってくるわ!」
ハジメの激にすぐさま動いたコウスケは何とも下手な言い訳をし、飛び出て行ってしまった。道筋は覚えているのかとか部屋がどこにあるのか知っているのかとか、思うところは出てきてしまうが、大丈夫だろうと一人ふっと笑う。
「なーに笑ってんだ?そもそも何が起こっているんだ、なんでコウスケの奴一瞬止まったんだ?」
「あはは、まぁ色々あるってことさ」
城の中をさまよい歩き時間的には数分だろうがコウスケにとっては妙に長く感じる中ついに目的の部屋を発見した
部屋の外には追い出されたであろうリリアーナの侍女たちや護衛騎士もいる。皆一応に不安そうな顔を浮かべていたが、いきなり現れたコウスケに驚くのもつかの間侍女のリーダーがコウスケを見て言葉を出さずに訴える
――助けてあげて、と
「任せておけ」
心配そうに見つめる侍女たちに一言つげ護衛騎士の頼むという視線を頷き一つで返したコウスケは大きく呼吸を一つする。たとえ目の前の光景がどんな状況であっても心を乱さずに、魂魄魔法で己の心を不動のものにする。
「すいませーん!三河屋でーす!」
声と同時に扉を思いっきり蹴り飛ばし部屋に突入する。目的の人物はすぐに目の前にいた.
「っ!」
パーティ―に着るための物だろう桃色のドレスが無残にも破れ床に押し倒されているリリアーナ。こちらに気が付いたときに目が開かれ口がかすかに動いた。
「あぁん!てめ」
「はいちょっくらごめんよ!」
リリアーナにのしかかっている大柄の男に無遠慮に近づき額に手をかざす。たたたそれだけで男…皇太子バイアスはあっけなく白目をむき床にドサリと倒れてしまった。
(どんなに体は頑健でも魂は脆いってね)
コウスケがバイアスにしたのは魂魄魔法で魂を強制的に眠らせたのだ。本当ならすぐにでも体の上下を分断するぐらいの蹴りを放ちたかった。知り合いの女の子に暴行を加えようとしたこの男を殺したかった。
だが、それだけはやってはいけない。リリアーナの前で自分の暴力衝動を見せたくはなかった。だから魂魄魔法を使い気絶さえた。…廃人にすることも可能ではあるが、この後の事もある。どっちにしろこの男に明日は無い
「さてと…大丈夫っ!?」
もはやどうでも良い男から視線から外し、リリアーナに振り向けば、体に強い衝撃を受けたたらを踏みそうになる。何とか持ちこたえ胸元を見ればリリアーナが自分の胸元で体を震わせていた。
「…怖っ…わたっ…怖かった…」
「…ごめんね」
とぎれとぎれに聞こえる言葉がコウスケの心を締め付ける。そこら辺に散らばった服を重力魔法で引き寄せ肩に触れないように掛けさせリリアーナが泣き止み落ち着くまでただ何をするまでもなくされるがままになるのだった。
「ごめんなさい、服…汚してしまいましたね」
「これぐらい平気。どうせ後で着替えるからね」
泣き止んだリリアーナは今の現状に気付き、顔を赤くしながらコウスケから名残惜しそうに離れた後、自分の身体をそそくさと隠しながらコウスケの服の胸元が濡れていることに気が付き謝っていた。
ひらひらと手を振りながらケラケラと笑うコウスケに行くぶんか落ち着きを取り戻すリリアーナ。
「あ、のコウスケさん、」
「おっともうこんな時間か。それじゃ俺行くねー」
呼びかけられるが流石にいつまでもここ居るのはマズいと判断し、立ち上がるが、僅かに服引っ張られる感触があり足を止める。
見ればリリアーナがコウスケの服の裾をつまんでいた。無意識だったのか視線を受けて服をぱっと放し、顔を赤面しながらもわたわたとするリリアーナにコウスケは苦笑する
「大丈夫。また後で会えるよ」
「…。はい」
そう一言はつげコウスケは部屋から去っていく。扉の外では護衛騎士や侍女たちが控えており、コウスケが目配せをすると次々と部屋の中へ消えていく。その様子をコウスケは見送るとハジメたちのもとへ戻るのだった。
「別に僕に任せてくれるのは構わないんだ。頼られるのも嫌いじゃないしね」
「…おう」
「でもだからと言って僕に任せっきりなのもどうかと思う。もっと君が好きに動けばいいんだよ。もし何かあったとしても僕がそうどうにかするからさ」
「なんつー甘い奴だ」
「うるさいよ清水」
煌びやかなパーティ会場にて南雲はいまだに何とも言えない表情をしているコウスケに説教をしている。あの後部屋に戻り衣装を整えた男性陣は女性陣より一足先に会場に来ていたのだ。ちなみにハジメは白のスーツ、コウスケは黒、清水は紺色だった。
「まぁまぁ経緯は聞いたし、双方の言い分は分かってるけどよ、今はこのパーティを楽しもうぜ。おそらく人生であるかないかだぞこんな煌びやかなもんは」
難しい顔をしている2人に清水は話を中断させることにする。この会場は広く、そこかしこに豪華絢爛な装飾が施されている。立食形式のパーティーで、純白のテーブルクロスが敷かれたテーブルの上には何百種類もの趣向を凝らした料理やスイーツが並べられており、礼儀作法を弁えた熟練の給仕達が颯爽とグラスを配り歩いていた。
参加している帝国の偉い方々の何人かがハジメ達に話か開けてくるがのらりくらりと受け流し話をする気はない3人。
「家に持ち帰れないものなんて意味ないからね」
ハジメの言葉通りに頷く2人。そこで多少の時間を過ごしていた時だった。会場がざわっと騒ぎ始めたのだ。もう始まったのかと会場内を見て見れば、騒ぎ始めた理由がこちらに歩いてきた。
「うぅ~なんか緊張しますぅ」
「見られているよね…何か変かな私?」
「ん、問題ない香織もシアも綺麗」
「じゃぞ。もっと堂々としておればいい。怖気づくと負けじゃぞ」
「一体何に負けるのでしょうか…」
周りの視線を集めながらやってくるのは仲間の女性陣達。それもそのはず皆が綺麗に着飾っておりこの会場の主役自分だと言わんばかりの美しさだったのだ。
「どうかなハジメ君?私…変じゃない?」
「あ、っとえーっと…うん綺麗だよ」
「良かったぁ」
香織に微笑みかけられは返答が上の空になってしまうハジメ。それもそうだ。いつもは普段の香りを見慣れてはいても薄く化粧をし、着飾った香織を見るのはこれが初めてなのだ。しかも本当にうれしいと言わんばかりの花が咲いた自分だけに向けられた笑顔。照れるなと言う方がハジメには無理だった。
「ふっふっふ~やりましたね香織さん。見て下さいよハジメさんの顔。真っ赤ですぅ」
「んふふ 私の言った通りハジメは香織に弱い」
「ありがとうユエ、シア」
ユエとシアが香織と同じように微笑む。香織は化粧とドレスを選んでくれた2人に礼を言い笑いあう。何とも青春真っ盛りの一ページだった。
「おい見ろよ清水。あれがリア充って奴だ爆発しねぇかな」
「爆発…しないだろうな。くっそ南雲の奴末永く生きて往生しろ」
未だに顔の赤みが引けないハジメを揶揄する残されたコウスケと清水。しかしこちらは口では悪態着くもののハジメしか見れなかった。
「?なんで2人ともハジメしか見ておらぬのじゃ?」
「ティオ様、それはこの童貞どもは恥ずかしくて私たちを見れないのですよ。ヘタレここに極まりって奴ですね」
「「うぐっ」」
ノインの言う通りコウスケと清水は着飾った女性陣が見れなかったのだ。あくまでパーティ会場の衣装だとは言え、女性陣達の露出は2人にはきつかった。
「はぁ…2人ともそんな些細な事を気にしておったのか。2人ともちゃんと妾達たちを見よ。折角着飾ったのに見られない方が傷つくのじゃ。というかそんな事で照れておっては彼女の一人もできんぞ」
「うぅ…分かったよ。でも変な目で見てしまうのは許してくれよてティオさん」
観念して清水がティを見ればそこにいたのはいつもの着物姿のティオではなく黒いロングドレスを身にまとったティオだった。
いつもは胸が強調されているとはいえ着物であり体のラインが分からなかったが、ドレス姿になったことでティオの凹凸の激しいラインが丸わかりであり更に、背中と胸元が大きく開けているので、彼女の見事としか言いようのない美しい双丘が今にもこぼれ落ちそうなほどあらわになっている。
(うぉぉぉっっ!)
堂々としたその姿に顔を背ける清水。清水幸利17歳。いくら死に瀕して精神的に成長したとはいえスタイルの良いティオの姿はにはあまりにも刺激が強かった
「で、マスター何か私にはないのですか」
「…露出が少ない?」
ノインの服装はティオとは正反対で肌と言う肌を出さないゴシックドレスだった。色合いもなぜか黒色であり似合っているもののこのパーティには不釣り合いと言えた。
「それはそうですよ。何故私が不特定多数から見られなければいけないのですか。マスターたちが見るのならともかく他の人間にみられるのは不愉快です」
「むぅそうかもしれんが香織達は不満そうじゃったぞ。折角おしゃれするチャンスと言っておったのに」
「ノーセンキューです。で、マスターどうですか」
「あーなんか喪服っぽいていうのか…カッコイイ?」
「…まぁそれで良しとしましょう」
銀の髪色に黒のゴシックドレス。それは可愛いという表現よりもかっこいいという感想がコウスケら出てきた。素直に伝えれば溜息一つ出されてしまったがどうやら怒こっているわけではなさそうだった。
仲間たちのドレス姿に戸惑いながらも談笑していると会場の入り口がにわかに騒がしくなった。どうやら、主役であるリリアーナ姫とバイアス殿下のご登場らしい。
だが主役であるはずのリリアーナの姿に会場からどよめきが出てくる。
それは、リリアーナが全ての光を吸い込んでしまいそうな漆黒のドレスを着ていたからだ。本来なら、リリアーナの容姿や婚約パーティーという趣旨を考えれば、もっと明るい色のドレスが相応しい。その如何にも「義務としてここにいます」と言わんばかりの澄まし顔と合わせて、漆黒のドレスはリリアーナが張った防壁のように見えた。
「何て言うか、リリィらしくないね。いつもなら、内心を悟らせるような態度は取らないのに……」
香織が、特に笑顔もなく淡々と踊りを終わらせ挨拶回りをするリリアーナを見てポツリと呟く。
「色々あったんだよ」
「つーかあんな男との結婚なぞ嫌に決まってんだろ。そうなりゃの服装も納得できる」
その香織の呟きに応えるようなハジメと清水。男性陣が何が起こったのか大体は把握しているため納得の表情である。
「うーん…でも嫌だな リリィは好きな人と一緒にいてほしいのにあんな野蛮な人との結婚なんて」
「まぁまぁ香織さん。大丈夫ですよ。それよりも折角のパーティーなんです。ハジメさんと踊らないんですか?」
「そうだね。それじゃハジメ君。私と踊ってくれませんか?」
リリアーナの事を思い表情が曇った香織だったが、シアからの言葉でこのパーティーでのどうしてもやりたかったを思い出す。
それはハジメと踊る事。どうしても好きな人と華やかな場所で踊りたかったのだ。そんな乙女心を全開にしている香織に誘われたハジメはどうしても顔から照れの感情を消すことができない。
「え、えっと」
「おら!何今更照れてんだ、ここは男のお前から誘うところだぞ」
「ひゅーひゅー南雲ークラスのアイドルと踊れるなんて幸せもんだなー」
「うるさいよ2人とも!」
野次を飛ばす男2人に反論するが上目使いの香織に堕ち掛けているのも事実。一瞬の躊躇をするもののそっと香織の手を取りダンスホールへ向かう
「僕生まれてから一度もこういうところで踊ったことが無いんだ。だから…」
「それは私も一緒。だから私の方が迷惑をかけるかもしれない。でも…」
向き合えばお互いに緊張で顔が赤くなっている。その事にお互い気づき合い出てくるのはふっとした微笑。ハジメは香織の腰に手を当て香織はハジメに体を預ける。お互い何を言いたいかはわかっている。ダンスなぞ踊った事もない初心者同志。
それでも香織はハジメと踊りたくて、ハジメはそんな香織に恥を欠かせ無いよう真剣な表情になり、くるくると回り始めるのだった。
お互い自身のうるさく響く鼓動が相手に聞こえないように願いながら
「おぉ~青春していますな~」
「なんともまぁ会場の視線を釘付けにしやがって」
「知ってっか?あれでまだ南雲の奴、香織ちゃんの告白のオーケーしてねぇんだぞ?」
「マジかよ…あれでか」
ダンスホールで踊る2人は初心な少年少女のカップルでほかの帝国貴族たちからは懐かしむものがあるのか微笑ましい視線で見られている。
「んぅ~それにしてもなんて愛い奴らじゃ。ノイン」
「勿論心得ていますマスター。●RECですね。しっかりと記録しております」
「よくやった。これでアイツを弄る材料が増えるってもんだぜ」
「2人ともなにやってんですか、ハジメさんに怒られますよ?」
何やらよからぬことをしているポンコツ主従に溜息をするシア。しかし分から無いでもなかった。踊っている2人は緊張はしていてもとても楽しそうで微笑ましい気持ちになるし自分もあんな風に踊りたいという羨望の気持ちもあった。しかし気になる相手はいないシアにとってそれはまた夢のまた夢。
出会いが無いなーと苦笑が出てきそうなシアにそっと手を差し出してくる者が居た。
「ん、シア一緒に踊ろう」
「ユエさん?」
ユエがどうしてかニンマリと笑いながらも手を差し出してくる。自分はどう見たって女だ。ユエだってどこからどう見ても女の子。寧ろ美少女の内に入る。なぜ自分を誘うのか首をかしげるがユエは手を引っ込めない。困って仲間たちを見れば
「「キマシタワー」」
なにやら変な目で見てくる男2人にぐっと親指を上にあげるノインと苦笑するティオ。増々意味が分からないでいるとユエにパシッと手を強引に引っ張られてしまった。
「踊ろうシア。私がリードする」
「ええ!?待ってくださいユエさん!?私女の子ですよ!」
「だからなに、男女でないと踊ってはいけないと誰が決めた。異論がある奴は私が消し飛ばす」
「あ~れ~」
何故だがニマニマと笑いながら一瞬だけノインとティオに目配せするユエはシアを連れてそのままダンスホールに向かったのだった。
「行ってしまったのぅ」
「ホントですね」
ユエとシアを見送ったティオは苦笑したままユエの企みにに気付き清水に話しかける。振られた清水はまるで自分は関係ないとでもいうかのように他人事だ。やれやれと息を吐き改めて清水に向き直るティオ。苦笑は取れない。どうしても人から距離を置きたがるこの少年に少しでもいい思い出を作ってあげようかなとおせっかいなことを考えるティオ
「それで清水はいつまで壁といちゃついておるのじゃ?そのまま過ごすぐらいなら妾と踊らぬか?」
「ええ!?つってもオレ踊れませんし…」
「っふ そんな言い訳妾に通じると思うたか、安心するがよい。これでも竜人族では姫と呼ばれた女子 こんなのはお手の物じゃ」
清水の手をそっと握りしめなおも逃げようとする清水をスルーしてそっと寄り添う。清水の呼吸と心臓の鼓動が酷いことになっているがティオは全く気にしない。寧ろ魂魄魔法を使って無理矢理落ち付かせた。
「あの…ティオさん?」
「さぁ踊るぞ清水。ふふ、そう固くなるな、あんまり委縮しておると…喰ってしまうぞ?」
ニヤリと笑うティオにしどろもどろになる清水。どちらが男役をやっているのかよくわからない2人だった。
「そして誰もいなくなった…」
仲間たちが思い思いにダンスをしている中コウスケはノインと2人きりになっていた。若いっていいなと考えるているとノインから途方もない強力な圧がかかってきた。
「じーーー」
「……」
「じいいいいい」
「ああもうわかったよ!…コホンっ ノイン俺と一緒に踊ってくれますか?」
ノインの視線に耐えられず手を差し出し、ちょっとだけかっこよく踊りに誘うコウスケ。踊れないことは知っているはずなのでどうなっても知らねぇぞと視線に込めてみればノインは恭しくお辞儀をした。
「拙い貴方様の小道具ではありますが、許されるのならば喜んで貴方様の劇に参加させてもらいます」
「???…なんだそりゃ」
何ともかしこまった返事に疑問顔になりつつもダンスホールにあるく2人。始まってから結構時間がたっているような気がしたがどうやら演奏はまだまだ続くらしい。
「ほらマスター。もっとしっかりとくっついて」
「んなこと言っても」
体を寄せ合うように近づけてくるノインに困ってしまうコウスケ。いくら仲間内だとしてもやはり女の子に密着するのは気恥ずかしい。だがそんな感情も続くノインの言葉に吹っ飛んだ。
「気恥ずかしいのではなく本当は嫌で怖いのでしょう。女性に触れるという事が」
「……お前」
「…マスターが過去に女性からどんな言葉を言われたのか知っています。そしてあえて言いましょう。貴方を嫌う女はこの世界にはいませんよ。だから怖がらないでください」
ぞわりと背筋を震わせるナニカが通った気がした。しかし呼吸を一回、何とか気持ちを落ち付かせる
「…今この場で言う言葉じゃねえなぁ」
「知っています。ですが私としてはどうにも言っておかなければいけませんのでしたので」
「はぁ…本当に俺の中の何を知っているんだが、そしてなにを言いたいんだ」
「さて?私としてもさっぱり分かりません。ですがマスター無自覚かもしれませんが寂しそうなんですよ」
「…そうか?」
コウスケの疑問にノインは答えない。曲に合わせてゆらゆらと体を動かすのでコウスケも仕方なく合わせる。そんな感じで数分も踊ると幾分か心が落ち着いてきた。又はダンスになれてきたのだろう。これがもしほかの女性だったら…と考えもしかしてノインは気遣ってくれたのだろうかと考えるコウスケ。
あたりの様子を見回す余裕も出てきたのでそっと周囲を確認する。ダンスホールからは様々な声が聞こえるが特に仲間たちの声が良く聞こえる
「白崎さん大丈夫?疲れていない?」
「大丈夫だよハジメ君。それよりそっちの方は?」
「こっちは大丈夫。…でもまさか白崎さんにダンスを誘われるとは考えられなかったな」
「そうだね。私も予想できなかった。学校にいたときはただ話しかける事だけしか考えなかくて…焦らずゆっくり行けばいいのに私ってばどうしても焦っちゃうみたい」
「そうだね たまに暴走するもんね」
「あぅぅ…」
「あははそれよりも踊ろう白崎さん。なんだかコツを掴みかけてきたみたいだ」
「おぉ なんだか結構楽しいですねユエさん。お堅い雰囲気だからもっとガチガチで失敗しちゃうかと思いました」
「ん、踊りとは本来曲に合わせて気ままに踊るもの。それが何故かこんな格式ばった踊りになった」
「そうですね私も父様達と一緒だった時はもっと気ままだった気がします」
「…シアは私と踊れて楽しい?」
「勿論ですぅユエさんと一緒に踊るのはなんかこう、嬉しくてはしゃぎたくなります!」
「んっ なら私のテクで虜にしてやる」
「そんなユエさん大胆な…あ~れ~」
「どうした清水ガチガチじゃぞ」
「な、なれねぇきっつい」
「ふふ、そんなにガチガチでは女子も緊張してしまうぞ。もっと力を抜くがいい」
「そ、そうしたいんんだけど、…むむむむむ」
「ん?」
「むねがあたって…」
「…当てておるのじゃぞ?」
「ふぇ~」
和やかな会話だ。それぞれが思いも思いのまま楽しそうに踊る。それが嬉しくもあり寂しくもある
「またそんな顔をして…マスター貴方は観客ではありません」
「観客?」
「ええまたの名を読者とでもいいましょうか。貴方は劇に意図的又は事故でか役者として呼ばれてしまったのです」
「そうだな。どうしてかこうなっちまった」
「理由については憶測でしかわかりません。ですがそんな事はどうでも良いのです」
「どうでも良い?」
「はい、重要なのはこの
体が密着しているせいかノインの綺麗な瞳はとてもよく見えて、その瞳にきょとんとする自分が見えた。
「もっとこの世界を楽しみましょうマスター。これから先 貴方が行くのは己と向き合う場所です。マスターはほかの方々とは違って抱えるものが大きすぎるのです。今までの様にはいきません」
「ノイン…そうか、お前オレの代わりに愚痴と不満を言ってくれているのか」
コウスケの返事にノインは答えない。何時しか演奏は終わっており、それぞれが自分たちの席へと戻っていく。返事はしないが体を預けたままのノインの手を引いてコウスケは仲間たちのもとへと帰っていった。
仲間たちの様子は男性陣が精神的に疲れたのかぐったりとしていて女性陣は肌がつやつやと光っている。どうにもこういうことは女性の方が強いのかもしれない。
ちょうど小腹がすいたので帝国料理でも堪能しようかと思ったがコウスケの願いはかなわなかった
「コウスケ様、一曲踊ってくれませんか?」
コウスケにリリアーナが声をかけてきて来たからだ。
「俺?あーあいさつ回りとか他の人…ってかあの阿保はどうするんだ。良いのか放っておいて」
「あいさつ回りは大体終わらせましたので問題ありません。皇太子さまは愛人の一人と踊っていらっしゃいますし」
「…つっても」
なんとも自分を誘ってくるリリアーナ返事を返せないでいると隣のノインがわき腹を突っついてきた。
「あひぃん!」
「?」
『マスター先ほど私とのダンス、覚えていますか』
『覚えているってば!それよりなんだよわき腹突っついて!俺の弱点なんだよ!』
『ならさっさとリリアーナ姫と踊ってきなさい。先ほどの言葉を忘れてしまったのですか。この若年型痴呆症は』
手厳しいノインの言葉を受けおずおずとリリアーナの手を取り、ダンスホールへ歩き出す。気のせいか注目されているように感じるのはリリアーナが恥じらうような笑顔を浮かべているからか。
「ひゅー見ろよ南雲コウスケの野郎を。これはアレか?NTりって奴か?」
「ほっほうなんともまぁドロドロ劇が好きなようで」
「ファイトよリリィ!そののままやっちゃえ!」
「ふーむユエさん掛けませんか?コウスケさんがやらかすかどうかを」
「乗った。盛大に仕出かすに掛ける」
「じゃな。…む?これでは賭けにならぬのでは?」
仲間たちの声は聞こえない。聞こえないったら聞こえない。ゆったりとした曲調に合わせゆらゆら体を揺らし体を密着するコウスケとリリアーナ。肩口にそっと顔を寄せながら囁くようにリリアーナが話しかけてきた
「先ほどは有難うございました」
「あー気にしなくていいんだが…体に怪我はない?」
「はい、おかげさまで。 これで三回目ですね」
「三回目?」
「貴方に助けられた数です」
そう言ってコウスケの肩口から少し顔を放すと言葉通り嬉しそうな微笑みを浮かべた。その笑顔は、先程まで皇太子の傍らにいたときとは比べるべくもないリリアーナ本来の魅力に満ちたもので、注目していた周囲の帝国貴族達が僅かに騒めいた。
「はわわリリィが綺麗な顔をしている!」
「む!?」
「どうしましたユエさん!?」
「あれは…恋する乙女の顔!」
「若いのぅ」
「覚えていますか。一度目は黒龍の咆哮で、二回目は賊に襲われたとき、三回目は先ほど…どれも私が危機に瀕した時、貴方は助けに来てくれました」
「それは…」
知っていたから。何が起きるのかを、どうなるか知っていたから。そう口に出そうとしたのだがリリアーナの言葉にさえぎられてしまう。
「知っていたから、だからと貴方は仰るかもしれません。でも私にはどうだっていいのです。だってあなたが助けてくれた事実は変わらないのだから」
「…下心があったかもしれないって考えないのか。王女をたらしこんで悪さをするとか」
「なら聞きますが貴方はそう思って私を助けたんですか?」
「…何も考えていなかった。ただ体が動いていたんだ」
「そういう事ですよ。貴方は悪だくみなんてできない」
本当の所体が勝手に動いていた、そこには原作がどうだとか、この後何が起きるなどとか打算も下心もなくて只々助けようとして動いたのだ。
「王女と言えども私だって女の子です。憧れや夢見るものだってあるんです。香織や雫から色々と話を聞いて、白馬の王子様を夢想して、でもそんな人いる訳がないと諦めて…でもいました。ちょっと私の理想とは程遠いですけど」
「白馬じゃなくて王子でもなくて悪うござんした」
「ふふふいえいえ、でも嬉しかったんですよ?先ほど私を助けてくれたとき本当に……ああそう言えば私のあられもない姿を見られてしまいましたね…何という事でしょう。もうお嫁に行けません」
よよっよとわざとらしく泣き崩れるふりをしながら肩口に顔を埋めるリリアーナ。なんとも言えない表情をしているコウスケに色めき立つ仲間たち
「フォーウ!フォーウ!リリィがあんな甘えた仕草をするなんて!」
「…香織?興奮しすぎじゃ…」
「何とまぁ甘酸っぱいですぅ!これが恋する乙女の真骨頂!でっっすぅ!」
「シアよ、アレはまだ自覚しているようではなさそうなのじゃが…聞いておらんな」
「●REC」
「なんだか口の中甘くなってきたんだけど」
「オレは壁を殴りたくなってきた」
「あー一応見ないようには配慮したんだけど…ごめん」
「もぅそこは謝ら無いでくださいよ。あの時あなたが私を見ないように配慮していたことは知っているんですから。これは冗談ですから…そう…冗談」
そこでリリアーナはギュっとコウスケに力強く抱き着くと表情を隠しながら震えるような声で呟いた。
「あ”ずまん壁を一つ作ってくれ南雲、今ならどんな壁だって壊せそうだ」
「う”ちょっと毒を一つ掛けてくれ清水。なんだか口の中から砂糖が出てきそう」
「…コウスケさん。貴方が困るのは分かっています。でも…」
しかし続く言葉は飲み込み何も事もなかったような顔でリリアーナは顔をあげた。本当なら言いたい『助けて』と。そのたった一言がどうしても言いたくて、しかし王女としての自分が言葉を飲み込んでしまった。国のためだと人々のためだと、その気持ちが王女としての責務が一人の少女としての言葉を飲み込ませてしまったのだ。
(こんな事ならユエさんが言っていたようにちゃんと悩みを言えばよかったですね)
しかしもうすべてが後の祭り、夢のような時間は曲が終わりを迎えてしまった。後に残るは皇太子の妻となり地獄のような日々を送るだけ。最後に幸せな夢を見せてくれた恩人へ礼を述べるリリアーナ。
「ありがとうございます。コウスケさん」
未だに残っている未練を断ち切るように淡く実った無自覚なものを気付かない様に最後にとびっきりの笑顔でリリアーナは別れの言葉を告げる
(最後にリリィと呼ばれたかったなぁ…)
未だに残る心残りを思いながら別れの言葉を言おうとしたとき、リリア―ナは何も言えなくなってしまった
「え?コウスケさ」
ガバリと真正面から帝国の偉い方々がそろっているこのパーティー会場でいきなりコウスケに抱きしめられたのだ。
(え?ええ!?あ、う?わた、私抱きしめられ!?)
正面から抱きしめられているためコウスケの顔は見えない。混乱するリリアーナだったが正面のコウスケの方からの心臓の音で我に返った。ドグンッドグンッと近くいるリリアーナだからこそわかるその音。
(凄い音…)
気付けば抱きかかえられている腕や体自体が震えている事に気付く。そして小さな小さな声が聞こえてきた。
「…助ける…助けたい、助けたいんだ。だから言ってくれ。たった一言言ってくれればいい」
絞り出したかのような声。震えるその声は酷く弱弱しい。だからその声を聴いたリリアーナはコウスケの腕をそっと放し今にも泣きそうな怖がっている様な悲しんでいる様ないろいろな感情を含んだその目を見て微笑んだ。
それは唯の十四歳の女の子の咲き誇る満開の花の如き可憐な微笑み
「有難う、私の事を考えてくれていたんですね。でも大丈夫ですよ。あなたが私の事を思ってくれているのなら私は、平気です」
これが本当の最後。そう決心したリリアーナは今度こそコウスケから離れていった
(…やっちまった!!)
羞恥心を前回に顔に出して仲間たちのもとへ戻るコウスケ。周囲からは驚愕やら殺気やらなにやらより取り見取りの視線を受けるがそんな物はすべてどうでもよかった。
いったい自分は何がしたかったのか。リリアーナのあの微笑を見た瞬間体が動いてしまったのだ。相手は人妻になるだとか王女だとか、色々考えていたはずなのにそれでも動いて抱きしめてしまったのだ。
自分の失態を恥じながら仲間たちのもとへ帰ってくれば
「流石マスター私たちが出来ないことをやってのける」
「「そこにシビれる!あこがれるゥ!」」
「FooooUUU!!リリィを抱きしめた感触がどうだったの!?」
「グッジョブコウスケ」
「へっへっへ~王女様に手をだすとはぁさすがですぅ!」
「若いのぅ青春じゃのぅ熱いのぅ」
「はぁ」
全員が全員イイ顔をしている。ノインはいつも通りながら記憶を盗み見たネタで煽ってくるしハジメも清水も同じように煽っている。香織は鼻息が荒く女子がしてはいけない顔つきになっておりユエは親指を立てシアはしたり顔でピョンピョン飛び上がりティオは眩しいものを見るような顔だった。
自分がやったこととはいえなんとも気まずい気持ちのコウスケだった。
ちなみにですが最終章に関する伏線を少しづつばらまいています。
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