それでは恐らく苦い6章の始まり始まり~
祭を眺めながら
「……」
綺麗な月が上る、夜中にてコウスケはフェアベルゲンの広場が見渡せる見張り台でぼんやりと座っていた。
この見張り台はフェアベルゲンを見渡せる一番上にあり、絶好の隠れ家スポットを見つけたコウスケは見張りの亜人族に無理を言って
使わせてもらっていたのだ。
崖下の広場では亜人族たちが輪になって踊り、騒ぎ、奴隷から解放された亜人族を祝っていた。その数はまさしく国全体で祝っていると言っていいほどの数であり騒ぐ人たちの様子は皆喜びを露わにしていた。
仲間達もまたその輪の中に入っており主にハウリア族を中心として歓待を受けていた。ハジメはカムと話しており、ユエはハウリア族たちからもみくちゃにされており、シアは久しぶりの家族に会えてご満悦。ティオは何やら森人族の令嬢?と会話をしており、香織は多種多様の亜人族たちからアイドルの如く熱狂的な騒ぎを引き起こされており苦笑している。
「あーそう言えばこの街治したの香織ちゃんだっけ」
フェアベルゲンは魔人族の襲撃によって所々が燃え尽き崩壊していたのだ。その様子を見た香織は再生魔法で街を修復。ものの数分で元の美しい景観に変わったフェアベルゲンを見て亜人族たちは香織にありったけの感謝を告げたのだった。
「ここに居ましたか。マスター」
そんな感じで陽気に踊る亜人族たちを眺めていたら上空から声が聞こえてきた。コウスケはそちらに視線を送ることもなく返事を返す。
「どうしたノイン?混ざって来ないのか?」
「それはこちらのセリフですよっと」
とすっと音を立てコウスケの横に着地するノイン。特に追い返すつもりもないのでノインの好きなようにさせる。
「下では宴会騒ぎをしているのにマスターは混ざらないんですか?」
「あー 俺はちょっと遠慮しておくよ」
「ほぅ…理由を伺っても?」
気のせいかノインの目がきらきらと輝いているような気がする。嘘を言ってもいいのだが、どうにもすぐに見破られそうだし、本音を話すことにした。
「…あの場にいても心の底から楽しめるとは思えないんだ」
「と、言うと?」
「何なんだろうな?解放されたあの人たちを見ていると、どうしてもムカついてくるんだ」
帝国からの奴隷と言う立場から解放された亜人族たちを見ていると、コウスケの心に澱んだものが出てきたのだ。
「自分たちは何もしていないのに、いとも簡単に奴隷から解放されて当然の様に受け入れているってのがな。…気に入らねぇんだ」
「そのイラつきは、貴方の日本での立場によるものですか」
少し驚き、ノインを見るが、その真っ直ぐな視線はどのような感情が含まれているのかは分からない。ただ何となく見透かされている気がした。
「…かもな。社会人は奴隷なんて言葉をよく聞いていたけど。あの頃を思い返せばまさしくだ」
社会人としての義務。したくもない仕事に対する責任。上司からの期待。後輩の指導。常識に雁字搦めになる日常。現実逃避の様に拭ける趣味。何もかもが重圧と化していたコウスケにとってはまるで自分の人生そのものが社会の奴隷の様だった。
「…アイツ等には助けてくれる人がいて、俺にはいない。居る筈がない、社会の奴隷を助けてくれる人なんている筈がない。だから解放されてそれで終わりのアイツらが心底羨ましくって気に入らない」
「社会人として生きるためには、奴隷のように生きるしかない。しかしそれが当たり前であるのがマスターの生きる日本なんですね。…息が詰まるような世界ですね」
膿の様にくすぶっていた物を吐き出すと、少しだけ気が楽になった。
「本当は奴隷から解放されてよかったねって言うべきなんだけどさ、やれやれいつになったらこのネガティブ思考はなくなるのやら」
「一生ものだと思いますよ?それより、彼等はこれからどうするのでしょうかね?」
「一生って…まぁいいや、それよりこれからって?」
溜息を一つ。ノインの言葉を反復すれば、コウスケを見ていた視線を亜人族たちに移す。下の方の宴会騒ぎは終わりがなさそうだ。それもそうだろう。この日は彼らにとっての記念すべき日なのだから。
「解放された元奴隷たちです。人間たちにされたことを忘れず怨み続け何時の日か復讐を果たすのでしょうか。もしそうだとしたら未来永劫復讐の輪廻は断ち切れずに争いは続くのでしょうね」
その声は嫌に明るくどこか他人事だ。一切の悲観さが込められていない辺り実にノインはイイ性格をしている。同じようなことを考えながらもコウスケも亜人族たちを見る。
「さてな、そこまでのアホな事ができる元気があるといいんだけど。って言ってもそんなアホな事どうせカムさんが止めるだろ」
「そうでしょうか?短気で浅慮なプライドだけが無駄に高い亜人族の長…最優六種族の長達に扇動されたらほいほいついて行くのが目に見えていますが」
「かもしれんが…やっぱりそれは無いな。だって見て見ろよ」
コウスケにつられて下の広場を見ればハウリア族の周りに解放された亜人族たちが集まっている。その集まった亜人族たちは種族全てがバラバラで、皆恐る恐ると言った様子だがハウリア族たちに礼を言っているようだ。
「ただここでどうすることもできなかった連中より実際助けてもらった奴らの方にすり寄るのは当然だろう?だから後はハウリア族の人たちがどうにかしてくれるさ」
恐る恐ると言った様子の亜人族たちをハウリア族の人たちは快く受け入れてる。そんな彼らを見ればまぁなんとなるのではないかとコウスケは考えるのだった。
そんなこんなでしばしノインとくだらないことを会話としていると下の方から声が聞こえてきた。
「はぁ…はぁ…やっとで見つけた。お前らこんな所にいたのかよ」
「お、清水。どったん?」
「お前を探していたんだってば!フェアベルゲンに付いたと思ったらどこかにふらふら行きやがって…南雲はそのうち帰ってくるって言ってたけどよ」
荒い息を吐きながらやってきたのは清水だった。その両手には大きな袋をぶら下げており、コウスケの横にドサリと降ろしふぅと大きく息を吐き出した。
「なにこれ?」
「食いもん。お前を探しているってハウリア族の人たちに聞いて回った時に渡されてな」
ゴソゴソと袋を漁る清水から渡された物は木の葉にくるまれた食べ物でほんのりと暖かい。清水に礼を言い渡してくれたハウリア族の方々に感謝をして一口。
「あ、ウメェ」
「だろ?いっぱいあるからここで食べようぜ。ちょうど隠れ家みたいないい場所だし」
「そうですね。宝物庫にもそれなりのものがあるので私たちは私達でいただきましょうか。…そういえばどうして清水様はここに?他の方々とは?」
ノインの疑問に清水はガリガリと頭を掻く。そして恥ずかしそうにぽつりと一言。
「…あの場所だとオレの知らない人が多いから…」
「あー言われてみれば俺もハウリア族しか知っている人いないな」
「私もですね」
3人共、亜人族たちとは関わり合いが無いのだ。何となく顔を見合わせどちらもともなく苦笑するとささやかな食事を始める。知り合いが少なくても気やすい間柄で食べる食事は美味いものだ。
「しっかし本当に亜人をこの目で見ることになるとはな」
「何か気になる亜人族でもいるのでしょうか清水様」
「んー特定のだれかって訳じゃないけど…やっぱ森人族は気になる」
「ああ、アルフレックっていう人の種族だな。耳が長くて肌が白くて顔が整っていて…なぁ清水」
「なんだ?」
「あれ森人族っていうけど、…本当はエルフっていうんじゃ」
「…………だよな」
「で、コウスケお前は?好きな亜人族でもいるのか」
「マスターはうさ耳が触りたいと言ってましたね」
「へぇなら兎人族が好きなのか」
「……ごめん本当は狐人族の方が好きなんだ」
「マジですか。なら今からでも合いに行けば?」
「でもエキノコックスが怖くて…」
(…この世界だと感染症ってどうなるんだろう?)
「あと土人族…ドワーフも好き」
「え”!?あのひげもじゃが?」
「だって可愛いじゃん。手足が短くてずんぐりむっくりで転がしたくならない?」
「ねぇよ」
「ないですね」
「あれぇ?」
「でもやっぱ亜人族って可愛いな」
「獣耳ですか?そんなに良いのでしょうか?」
「ワカル。ピコピコ動くところなんてすごく良い」
「だよなぁー …所でずっと思ってたんだけどさ。獣耳ってレントゲン取ったらどうなるんだ?」
「ブフォッ!?いきなり何言いだすんだ!?」
「シアを見ているとなんかすごく気になってさ。ほら俺達の耳って中に鼓膜があってそのまた内側に三半規管があるだろ。
じゃあうさ耳とかはどうなるんだ?頭蓋骨と直結しているとなると脳に直接音が響いてんのか?」
「むむむ、確かに改めて言われれば気になるな…」
「尻尾は?どうやら性感帯だけど神経は動物とほぼ同じなのか?考えれば考えるほど知的好奇心が溢れてくる」
「……この変態共」
「「!?」」
そんなこんなで3人で食事を済ませ亜人たちを見ながら好き勝手雑談をしているとふいにノインが視線を下に向けた。何だろうと?マークを浮かべる男2人に構わず何事かを呟くと清水の上着をがっちりと掴む。
「うぇっ!?いきなりなにすんの!?」
「清水様フリーフォールはお好きですか?好きですよね。今から体験させてあげましょう」
清水の返事も待たずにいきなり体を広場の上空にぶん投げるノイン。哀れ清水。空を飛ぶ手段がないのでじたばたと手足を動かすがそのままでは広場に落ちてしまう。
「ではマスターごゆっくりと。『今夜はお楽しみですね』」
コウスケに含みのある言葉を言うと清水に向かって空を跳躍していくノイン。あとに残されたのはいきなりのノインの珍行動に固まったままのコウスケだけだった。
「何やってんだアイツ…」
呆れて声を出すが返事をするものはいない。視界には清水をキャッチして広場へと下降していくノインが見える。取りあえず頭を掻くと仕方がないのでその場に座る。どうしたものかと考えながらももう少しだけこの場に居たかった。その時下から声が聞こえてきた
「やっとで見つけました…ここにいたんですねコウスケさん」
「君は…リリアーナ?どうしてここに」
ふぅと溜息をつきながらやってきたのはリリアーナだった。驚くコウスケをしり目にリリアーナはトサリとコウスケの横に腰を掛けた。
「ここは良い場所ですね。皆が見えて空に近くて…まるで隠れ家の様です」
「一応ここ見張り台なんだけど…まぁいいか」
言葉はさりげないものだが、どうにも体がそわそわしているリリアーナ。その様子から自分と話がしたいのかと思い当たり障りのない話題を振ることにする
「どうしてここに?」
「コウスケさんを探していたんです。ハジメさんに聞いたら『馬鹿は高いところに行きたがる』って」
「アイツ…はぁでもなんでまだフェアベルゲンに?ガハラド?ガラハド?…ガラハゲ皇帝は国へ返したんだろ?」
「ガルハド皇帝の契約の証明は無事に終わりましたので問題はありません、私は…どうしてもあなたに会いたくてここに残りました」
ドキッとしたコウスケは思わずリリアーナの顔を見る。顔が赤い。とても赤い。照れを隠そうとしてもどうすることができないそんな彼女にコウスケも緊張をする
「えーっと何か用でございますかな」
「……四回目」
「んん?」
「助けてくれたのはこれで四回目です」
婚約破棄の事だろうかと頭を巡らせるコウスケ。その考えで会っていたようでリリアーナはコクリと頷く。
「四回も助けられたんです。だから、だからあなたに恩返がしたいんです」
「えあ、や、気にしなくても…」
「どうすればあなたに恩を返せますか。私は…私は貴方にならどんな事をされても構いません」
消えるような小さな声で、体を震えながら精一杯、絞り出す様に言うリリアーナ。何故と、思わずコウスケは答えてしまった。
「どうしてそこまで…どうして俺にそんな事を言うの」
「それは…」
コウスケに問われたリリアーナは何度か深呼吸をする。さっきから煩くて仕方がない胸の鼓動を無理矢理落ち着かせる。そしてコウスケの目を見て震えてそれでもはっきりと声に出した。
「私は貴方の事が好きです」
「女は押しまくってこそ」
「あれは鈍感ですからねぇ~はっきりと言わなければ気付かないですぅ!」
「言葉は不要。いけ、そしてヤれ」
「香織…お主さっきから顔が怖いぞ」
女性陣達からコウスケの恋心に気付かされたリリアーナは応援されながらもコウスケを探していた。本当は皇帝が国へ返されたときに
自分の国へ帰る予定だったのだがハジメに無理を言って残してもらったのだ。
近衛騎士や侍女たちはすでにゲートを使い国へ返した。視線から応援されていることに気付いたリリアーナはハジメ達(主に女性陣)からアドバイスを受け?コウスケを探し、そしてついに見つけたのだった。
(落ち着け…落ち着くのよ、リリアーナ!)
恋心を自覚してからコウスケを見るのはとても気恥しく、本来ならもっと雑談をして緊張が取れてから思いを告げる予定だった。
(はわわわ!私なんで言ってしまったの~!?)
だが本番は思いのほか緊張してしまい、すぐに思いを告げてしまったのだ。もっとクッションを入れてから、もっと場を盛り上げてから、等々頭の中に思考が巡るが、やってしまったものは仕方ない。目を瞑り口を僅かに突き出す。
元々コウスケに悪感情などは抱いていなかった。思えば清水を助ける時に流した涙を美しいと感じたのが始まりだったのかもしれない。
そこからコウスケの事が気になっていき…そして何度も助けられた。何度も救われた
(言葉は嘘じゃない、私はこの人になら…)
芽生えたものが恋と言うにはまだ人生経験が少なく、状況に焦っているのもまた事実。しかしこの胸の高鳴りとコウスケへの感謝と親愛だけは本物だった。
暗闇の中来るべき唇の触感が来るのを待ちいったいどれほどの時間がたったのだろう。実際は数秒だったかもしれないがリリアーナにとってはまさしく数時間だった
そして目の前の気配が近づいたのを感じ体が強張る。期待と不安の中リリアーナは…
ぺちんっ
「あいたぁっ!?」
額に軽い衝撃を受けたのだった。
額をさすりながら目を開けるとそこにはケラケラと笑うコウスケの姿。その顔はいかにも小馬鹿にしているようだ。
「ばーか、お子様がませるんじゃないって」
「なっ!?」
折角の決意が馬鹿にされたと思い憤慨するリリアーナ。怒りはすぐに沸き上がった。
「何ですかその返事はっ!こ、こっちは真剣に」
「はえーよ、はえーよ。そんな助けられてぐらいにで人に惚れんなってば。そんなんだからチョロインって呼ばれるんだぞ?」
「そんな簡単に惚れていません!それに何ですかチョロインって!?」
「男に優しくされたらすぐ惚れる女の子の事を言う。こんなダメ男に惚れているまさしく君の事だな」
「違います!私はチョロインなんかじゃありません!私は!本当に!あなたの事が!好きなんですっ!!」
怒りに身を任せ、正面から自分の好意を告げるとやはりどこかおかしそうにクックと笑うコウスケ。その様子にリリアーナは頬が膨らんでしまう。自分でもなんて幼い事をしているんだと思いつつも怒りはいまだに収まらないのだ。
「ごめんごめん、でもせめて俺に告白をするんならあとはち…いや六年ぐらいは立ってからかなー。今のままじゃ俺は犯罪者確定だ」
なでなでと頭を撫でられてそんな事を言うコウスケにリリアーナは子ども扱いされているのかと憤慨する。しかして撫でられているのは存外気持ち良く、ぐぬぬと声が出てしまった。
「んーでも無下に断るのは失礼だし、そうだな。まずはお互いの事を知ってからじゃないのか?」
「…お互いの事ですか」
「そういうこと、要するにまずはお友達からってことだ。俺も君もお互いの事を何も知らなさすぎるだろ」
あやすように言われてしまえば、反論するには材料が足りず、往来の人の好さからもしかしていきなり踏み込み過ぎたかと考えるリリアーナ。
「…分かりました。ならまずあなたの事を」
「リリアーナから教えてくれ。いきなり告白してしまう君の事を俺は知ってみたい」
コウスケがどんな人なのか知ろうとしたが、さえぎられてしまった。むぅっと思うもそこでリリアーナは気付いた。
表情はいたって穏やかなのに耳が物凄く真っ赤に染まっている事に気付いたのだ。見ればコウスケ自身もどこかそわそわしているように見える。
(…手応えあり?)
もしかしてなんとか顔に出さない様に堪えているのではないか。動揺を気付かれないように演技しているのではないか。そう考えると
ほんの少しだけ可笑しくなった。
「ふふっ分かりました。なら私から話しますね」
「おう」
「その前に一ついいですか?」
首をかしげるコウスケに、リリアーナは最大の折檻案を出す。自分の好意と緊張を不意にされてしまったのだ。これぐらいは許されるだろうと考えて
「私の事をリリィって呼んでくれませんか」
それはリリアーナの愛称。親しい人から呼ばれる自分の呼び名。親しい人だけにしか呼ばれたくない、気に入っている名前。それをどうしてもコウスケに呼んでほしかった。
「あー…分かったよ『リリィ』…これでいいのか?」
「はい!」
月が見下ろす人気のないところで王女は花咲くような笑顔を想い人に見せるのだった。
取りあえずはこんなものですかね?
ちなみにですが第6章はちょっとドロッとしたもの(人間関係)についての描写が多くなるかと思われます。
どうかご注意です