ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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遅くなりました!
今回から迷宮でございます~

稚拙ですがよろしくです


ハルツィナ大迷宮

 

 

 

「……はぁ」

 

 濃霧の中を歩く一行。その中ではコウスケは首に掛けられた白百合をモチーフにした精巧な形のペンダントをしげしげと見つめながら、深い溜息を吐いていた。

 

 現在ハジメ達はフェアベルゲンにある大迷宮、大樹までハウリア族と一緒に向かっていたのだ。濃霧は方向感覚を狂わせる力があるが

対して障害にはならず、魔物に至っては一度も目にしていない。

 

 そんな状態だったのでコウスケは朝のリリアーナとの出来事を思い返していた。

 

 あの晩、結局コウスケはリリアーナの話を聞いてたのだが、夜も深くなったころに疲労が出てきてしまったのかリリアーナがうとうとと目をこすり始めていたので、そのまま魔法で眠らせたのだ。リリアーナをお姫様抱っこで運び後の事は香織たちに任せ(この時女性陣達からは冷たい目線で見られた)自分はさっさと就寝。

 

 翌日の朝、気恥ずかしさからかお互いの顔をロクにみれない状態だったが、王国に帰るときになってリリアーナから白百合のペンダントを渡されたのだ。

 

 曰く

 

『このペンダントは、なぐ…希代の錬成師が作った長距離用の交信型アーティファクトです。私だと思って…と言うのは重いですよね。

 これと対になった物を持っていますので気軽に交信してください。私は貴方の力にはなれませんが話をすることはできますので、何かあったら…いえ何もなくても話をしてくれたら嬉しい…です』

 

 と、徐々に気はずしくなったのか後半から声が小さくなったリリアーナから渡されたものだった。

 

「…絶対、南雲が作った奴だろ」

 

 ペンダントをしげしげと眺めながらも溜息一つ。ゲートを渡り王国に帰ったはずのリリアーナからすぐに念のための通信が入り感度もまた良好だったことを考えるとどうしてもハジメが作ったものとしか考えられないのだ。

 

『あ!これ知っている!確かドラゴンクエスト1であった奴だったよね清水!』

『間違いなくあったぞ!確か名前は…王女の…何だったっけ?知ってるか南雲!』

『それがどうにも名前をど忘れしちゃって、王女の…確か二文字だったはず レトロゲーの事はあまりよく知らないんだよなぁ』

『オレもだ。ってわけで知ってるかコウスケ?』

 

「いやこれ絶対確信犯だろ!?」

 

 リリアーナから受け取った時のハジメと清水の妙に白々しいやり取りを思い返せばそうとしか思い返せない。

 そんなコウスケの受難を知ってか知らずか道案内をしている周りのハウリア族たちからは妙にほほえましい視線を受けたり、ニヤついているハジメと清水に落胆した表情の 女性陣、どうも自分とリリアーナとのやり取りを知っているとしか思えないコウスケだった。

 

 

 

 

「これが大樹…大迷宮の入り口か…」

 

 目の前の壁としか思えない枯れた大樹を見て唖然とする清水。話には聞いていたがやはり聞くのと実際に見るのでは余りにも違いすぎた。なにせ大樹の天辺さえ確認できず横幅も想像以上だ。そして中は大迷宮ときている。

 

「まるでデクの樹サマだな」

「あれよりかもデカいんじゃ?」

「???何の話?」

「「…知らねぇのかよ」」

「え?何その反応」

 

「…ん コウスケ 証を貸して」

 

 コウスケと清水のジト目にハジメが狼狽えるというやり取りに溜息をついたユエがコウスケに大迷宮の証を要求する。ハジメを弄るのは後回しと考えてコウスケはユエに証を渡すと、ユエはさっさと石板に証をはめていく。

 

「そう言えば懐かしいね。覚えている、以前君がここで失言を言ったこと」

 

「失言?何を言ったんだ?」

 

「『再生?なんだったかな』確かこんな風に言ったはずだよ」

 

「それのどこが…」

 

「あーなるほどそりゃ確かに失言だ」

 

「分かるのかSI☆MI☆ZU!」

 

「なんだそりゃ? ともかくその言葉って何が必要か知っている奴が思い出そうとしている言葉だろ。始めてこの場所に来る筈のコウスケがそんな言葉を言うのは不自然だ」

 

「あー言われてみればそんな事を言ったかもしれん」

 

「あの時から何か違和感があったんだ。思い返せばオルクスにいたころから予兆はあったけどね」

 

「若き日の俺は何とも杜撰だったとはなぁ…不覚」

 

 昔を懐かしむコウスケとハジメ。二人をほんの少しだけ寂しそうに見つめる清水であった。

 

 

 ユエが証をはめ、香織が再生魔法を使うと大樹に反応があった。光が大樹を包みだしたのだ。そのままハジメ達が見ている前で燦然と輝く大樹は、まるで根から水を汲み取るように光を隅々まで行き渡らせ徐々に瑞々しさを取り戻していく

 

 言葉に出来ない不可思議な感動を覚えながら見つめるハジメ達の眼前で、大樹は一気に生い茂り、鮮やかな緑を取り戻した。

 

 少し強めの風が大樹をざわめかせ、辺りに葉鳴りを響かせる。と、次の瞬間、突如、正面の幹が裂けるように左右に分かれ大樹に洞が出来上がった。数十人が優に入れる大きな洞だ。

 

「さて、出口ができたが…清水大丈夫か」

 

「お、おおおう、も、問題ないぞ」

 

 改めてできた入り口を見る清水は緊張しているようだ。無理もない清水にとっては初めての大迷宮だ。それに他のメンバーから大迷宮の悪辣さやいやらしさについて聞いているため緊張するなと言うのはとてもではないが無理な事だった。

 

「ふぅむ。良し!まぁ聞け清水。改めて俺達の頼れるイカれたメンバーを紹介しよう!」

 

「まぁた良く知りもしないネタを使って…」

 

 コウスケの無駄に元気な声に呆れたツッコミを出すハジメ。しかしコウスケはそんな言葉も聞かず謎のノリでメンバー指さしていく

 

「まずは吸血鬼のユエだ!こいつは魔法の天才だ。可愛い顔をしているからって侮るなよ?魔物を消し炭にするのは誰よりも上手い!」

「…否定はしない」

「続けてうさ耳の生えたシアだ!細い腕から繰り出される怪力に魅惑の太ももから出される瞬発力は誰よりもスゲェ!」

「…とても女の子の紹介をしていると思えないですぅ」

「お次は和風美女ティオだ!困ったら取りあえずこいつに聞け、いつでもその落ち着きと冷静さは誰よりも頼りになる!」

「…妾の力を説明するのではないのじゃな」

「そして香織ちゃん!怪我?そんなもん関係ねぇ!この子が居れば大怪我なんて言葉はどっか遠くに飛んでいくさ!」

「目標は重傷を一瞬で治すこと。まだまだ力不足だよ」

「まだまだいくぜ!一応俺の侍従ノイン!こいつの実力はわからねぇ!南雲と拮抗していたという噂があるが今はどんなもんか未知数だ!」

「器用貧乏です。そこそこって奴ですね」

「トリは我らが大将南雲ハジメ!チート?バグキャラ?違うねこいつを一言で表すならバランスブレイカーだ!」

「…確かに錬成が世界観崩壊させている自覚はあるけど…バランス?」

 

 ふぅと息を吐き清水の肩をガシッと掴み今度はノリが良い元気な声でなく真面目で真剣に清水を見つめながら声を出す。

 

「そして何よりも俺がいる。俺が必ずお前を守る。だから大丈夫だ。オーケー?」

 

「あ、ああ…ワリィちょっとテンパってた。もう大丈夫だ」

 

 今度こそ緊張が取れたのか肩の力が抜けた清水にポンポンと肩をたたくとずんずんと大樹の中に向かうコウスケ。その後ろ姿に呆れたわ江合や楽勝するなど様々な反応をしながら続いていくメンバーたち。

 

「ハジメ殿…頼みます」

 

「うん。ちゃんと見ておく」

 

 道案内を終えたハウリア族とカムの一言に頷くハジメ。とある約束をカムとしたハジメもまた皆の後についていくのだった。

 

 

 

 

 

「しっかしこの中に迷宮があるのか?」

 

「…ん、きっと魔法陣があるはず」

 

「そして別の場所に飛ばされるってのがいつものパターンだよね」

 

 大樹の中に入ったハジメ達。そこはドーム状になっており、大きな空間だけだった。溜息をつくハジメに仲間たちも頷く。

 

「まぁそうなるんだけど…しかしいいのか南雲。俺ならどんな試練か知ってるから教えて対策取れるぞ?」

 

「そうしてくれると結構楽なんだけど…そのせいで試練が合格したとみなされずに神代魔法が取れないってのが一番怖い」

 

「なるほど…」

 

 ハジメの言葉にふぅむと納得するコウスケ。確かに挑戦者の対応能力などを図るのが試練ならば教えて攻略してしまうのはルール違反かもしれない

 

(テストでカンニングしているようなもんか。…あれ?なら俺は?)

 

 そこでふと疑問に思った。だったら自分はどうなのかと。ある程度の試練の内容を知っており、なおかつ知りながら行動している自分は挑戦者とみなされているのかと疑問に思ったのだ。

 

『内容を知っていても実際に攻略できるかどうかかもしれませんよ』

 

『なるほどなるほど 確かにそうかもしれんな』

 

 ノインの念話で納得するコウスケ。その時足元の魔法陣が出現し強烈な光を発した。

 

「皆、移動したら周りを警戒すること。離れたら合流優先。良いね」

 

 全員がハジメの言葉にうなずく中。コウスケはノインの続く言葉には気付くことができなかったのだった

 

 

 

 

 

 

『もしかしたら貴方だけが特別なのかもしれませんよ?マスター』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び光を取り戻したハジメ達の視界に映ったのは、木々の生い茂る樹海だった。大樹の中の樹海……何とも奇妙な状況である。

 

「樹海からまた樹海か…」

 

 周りの景色を見て清水は一言。気を取り治し、周りのメンバーを確認すると全員が周囲を警戒しているようだ。

 

「取りあえず離れ離れってことはなさそうだな」

 

「……どうかな?」

 

 事前の話で離れ離れがデフォだと聞いていたので、皆がそばにいることにひとまず安心した清水だが声をかけたハジメはいささか不機嫌な表情で香織を見ていた。

 

「?白崎がどうかしたのか?」

 

「ん―― 足りない 何もかも足りないね」

 

 清水の返答をおざなりに返すとつかつかとハジメは香織に近づく。首をかしげる清水だったが、その後の光景に目を向くこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

「南雲君、どうやらほかに敵はいなさそうだよ」

 

 ホッとした表情でハジメ笑いかける香織。しかしハジメは香織に返事を返さず香織の目を見る。その表情は真剣そのもので難関であり悪辣な大迷宮であるこの場にはそぐわなかった。

 

「えっとなぐ」

 

 困ったように笑う香織。しかしその言葉は最後まで続くことができなかった。

 

 グシャッ!

 

 ハジメの鋭いハイキックが香織の顔に直撃したからだ。ハジメの余りにも急な行動に驚く仲間たちだがハジメはいたって冷静そのものだった。

 そのまま顔を陥没させられた香織は地面にドサリと音を出して倒れ込む。余りにも急なハジメの行動にはっとと仲間たちが我に返る。

 

「おい!南雲、お前いきなり何してんだ!」

 

 真っ先に反応したのは清水だった。いきなりのハジメの行動に我を忘れてしまったが、仲間を攻撃するなんてどうかしている。特に好意を持たれているはずの香織ならそれこそ。

 声を荒げるがハジメは倒れ込んだ香織を見ている。その視線が何よりも冷たいものだったため何か違和感を感じた。その違和感をぬぐうように倒れた香織の身体を見てうげっと苦い顔をしてしまう清水

 

「なんだこれ…」

 

「魔物が擬態していたんでしょ。よくもまぁつまらない真似をする」

 

 香織だったものの身体は赤銅色ののスライムだったようで一拍おいてドロリと溶け出すと、そのまま地面のシミとなった。

 

「うへぇ…でもまぁ偽物が見つかって良かったな。さっさと香織ちゃんを見つ」

 

「そうだな、さっさと」

 

 ザグッ!

 

 コウスケの言葉に大迷宮のいやらしさを痛感し、返事を返した清水だったがまたもや言葉を失ってしまった。何か重く切り分けるような音がしたのだ。音のした方を見て絶句した。

 声をかけてきたコウスケの胸から槍の刃先が生えていたからだ。ビビッて後ずさりをする清水は槍の刃先が同じように赤銅欲の粘着力のある液体がくっついているのに気付いた。

 

「理解しましたか清水様。これが悪趣味の解放者たちの試練という物ですよ」

 

 コウスケ(偽)に突き出した槍を切り上げ上半身を両断するノイン。そのまま倒れ込むスライムは解けて地面のシミとなってしまった。

 

「話には聞いていたけど、やっぱ想像以上だ…」

 

 清水のつぶやきにほかの女子三名も深く頷き苦い顔をするのだった。

  

 

 

 

 

 

 その後、はぐれてしまったコウスケと香織を探すために樹海の中を進むハジメ達。道中の魔物は前衛であるシアとノインが左右の警戒はユエとティオが撃ち漏らしや後方からの敵はハジメと清水が担当をすることとなった。

 

「でりゃぁっですぅ!」

 

 シアの振るうドリュッケンが超巨大蜂型魔物を薙ぎ払っていく。 黄色と黒の毒々しい色合いと、ギチギチと開閉される顎、緑色の液体を滴らせる針、わしゃわしゃと不気味に動く足、そして赤黒い複眼、不気味で嫌悪感溢れる姿だが、シアのドリュッケンの前では只の虫と何も変わらなかった。

 

「良し!ですぅ!」

 

 大量に襲ってきた魔物を薙ぎ払いひとまず殲滅が終わりガッツポーズをするシア。()()()()()()()()()()()は問題ないようであり、出だしは驚いたものの大迷宮の攻略は順調に感じられた。探している香織もコウスケも不覚をとる様な人物ではない。

 

「ノインさん!そっちも終わりましたか!」

 

「問題ありません。作業終了です」

 

 同じように前衛に出ているノインに声を掛ければ、たった今アリ型の魔物の脳天から槍を引き抜いているところだった。初めてノインとタッグを組んで前線を任されているが、シアはノインの実力に頼もしさを感じていた。

 

 彼女の戦い方はいたって堅実で相手の動きを魔法で阻害し、槍で急所を貫くという力で粉砕する自分とは全く違いながらも巧みな戦い方だったのだ。自分ではマネできなさそうなその動きは実に上手い。

 

「ここら辺の魔物では話にならないですぅ この調子ならコウスケさんたちもすぐに見つかるはずですね!」

 

「……そうですね」

 

 機嫌よく話すシアだがノインはどこかシアの顔…正確にはうさ耳を見たまま何事か考えている様だった。何だろうかと思い首をかしげて聞いてみる。

 

「どうかしたんですか?」

 

「シア様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「?どうぞ」

 

「そのうさ耳でマスターたちを探すことはできませんか?」

 

 うさ耳をじっと見たまま提案するノイン。対してシアとしては困ってしまった。確かに兎人族である自分ならうさ耳を使い周りの声を聞き分けることができるが今いるのは迷宮の樹海だ。様々な音と魔物の声が響き渡り2人の声はうさ耳に聞こえていないのだ。

 

「…そうでしたか」

 

 その事を伝えるとノインは、さして表情を変えず進んでいく。その背に期待に応えられなかったかなぁと考えるシアだった。 

 

 

 

 

 

 

「しかしまぁ始まる前から仕掛けてくるとは悪辣だな」

 

「そうかな?四つの迷宮を攻略すること前提の迷宮だと考えれば納得できることだと思うよ」

 

 こちらハジメと清水は歩きながらコウスケと香織の痕跡がないかを探りながら行動していた。2人とも無事なら何かしらの行動を起こすと考えての探索だった。

 

「それにしてもさっきはよく気付いたな」

 

「ん?」

 

「白崎の事、他のメンバーも気づいてなさそうなのをよく見分けられたなって。アレかやっぱ愛の力ってか」

 

 先ほどの偽物を気付いたことをからかい気味に聞く清水。自分はおろか付き合いが長いはずのユエ、シア、ティオまでもが気付いていなかったのだ。ハジメだけが気付いていたとなるとこれは愛の力かとからかう。しかしハジメは清水に苦笑を返す。

 

「愛の力って… まぁそうだったらよかったんだけど」

 

「そうだったらって?」

 

「ん…あの偽物には足りなかったんだよ」

 

「なにが?」

 

 口を開き、言いかけてハジメは口を閉じた。魔法陣で転移されたときに探られた感触があったので何かしらあるだろうなと予感はあった。実際見たときに気付いた。しかしそれよりも徹底的なのがあった。あの偽物が自分を見る視線、それが香織が自分を見るものと違って圧倒的に足りなかったのだ。

 

 しかしその足りなかったものを清水に言うべきか。いずれ分かることかもしれないが、どうしても自分の口からは言えなかった。もし言ってしまったら白崎香織と言う女の子を乏しめてしまいそうになったのだ。 

 

 

「あーちょっと言えない…かな?」

 

「…もしかして聞いたらダメな奴?」

 

「んんー そう…かもね。多分時間の問題だと思うけど」

 

「分かった。なら聞かないでおく」

 

 何かあると配慮してくれた清水に内心感謝するハジメ。何時か香織のあの感情が表に出てきてしまうかもしれないが今はまだ秘密にしたかった。

 

 

 

 そんな事を話していたからか、背後からカサリと音が聞こえた。自分の気配感知が反応しないその気配。そして覚えのある視線。向けられる感情。いささか感じるものが普段とは違う感じがしたが大本は変わらない。苦笑したハジメは背後に振り向き話しかける。

 

「白崎さん?そこにいるの?」

 

「うぇ?」

 

 ハジメの声に慌てて振り向く清水はそこに何かの小さな気配があり草むらの中をこそこそと動いているのを確認する。慌てて杖を構えるが気配は一向に出てこない。ハジメの言葉が本当なら居るのは香織のはずだが何故隠れているのだろうか。疑問に思う清水はチラリとハジメを見ると視線を受けたハジメは頷き一歩前に出た。

 

「大丈夫。僕は君を見間違えない。だから出てきてくれないかな」

 

 出来る限り優しく、いつもの調子で声を出すとおずおずと草むらから出てきたのは一匹のいわゆるゴブリンに酷似した生き物だった。暗緑色の肌に醜く歪んだ顔、身長百四十センチメートル程の小柄な体格でぼろ布を肩から巻きつけている。

 

「ゴブリン!?南雲、お前確か白崎って」

 

 杖をゴブリンに向けながら清水はハジメに反論しようとしたが、違和感を覚える。そもそもゴブリンとは一般的に弱い部類の魔物に当たる、なのにどうしてこの大迷宮にいるのか。何故目の前のゴブリンは敵意を見せないのか、そしてハジメが攻撃しないのか。様々なことを組み合わせると、どうにもハジメの言ってることは正しい様だ。

 

 

「ハジメさん!?香織さんが見つかったって…え?魔物?」

 

「…香織が魔物になった?」

 

「何かしら迷宮の魔法でも喰らってしまったのかのぅ」

 

 ユエやシア、ティオがやってきて目の前のゴブリンをしげしげと眺める。そこまでしてやっとで歩み寄ってきたゴブリンはハジメの前で一言

 

「ギュゥ…」

 

 と、鳴いた。その声は表情は分からないのにどうしてか悲しそうで、やはりただのゴブリンとは違う。微笑みながらハジメはゴブリンに歩みより、しゃがみ込んで視線を合わせる。

 

「ふぅむ。どうやら転移された後、姿を変えられたんだね」

「グギュッ!?」

「分かるの!?って?分かるよ。状況を見る限り判断しているわけだし、そもそも言ってることもなんとなくわかるよ?」

「ギュギュ?」

「はは、違うよ。魔物の言葉が分かるんじゃなくて白崎さんの言葉だから解るんだ」

「…ギュ」

「礼は良いよ。それより魔法とかは…無理そうだね。ティオ コレって階層を突破すれば元に戻るかな?」

 

 ゴブリン(香織)と問題なく話すハジメ。仲間たちはその会話能力にいささか引き気味である。

 

「む?あ、ああそうじゃな。きっと香織の姿が変わったのも試練の一つじゃろうから、…ここさえ突破すれば元に戻るじゃろ」

 

「そっか。それじゃ無事に白崎さんと合流したことだし、コウスケを探しに行こうか」

 

 そのまま香織に手を差し出すハジメ。その手を見て香織は嬉しそうに一声鳴き、飛びつくようにしてそれでもどこか遠慮しがちに手を取った。ほかの仲間たちは何とも微笑ましそうにハジメと香織のやり取りを見ている。

 

「良かったですね。香織さん。すぐに気づいてくれて」

「グギャグギャ」

「ん、これも愛?のなせる技」

「むぅここまで行くと末恐ろしいものが…まぁ良いか」

「ところでコウスケはどこなんだ?」

「そこらへんで道草でも食べているのでしょう」

 

「おーい皆、さっさと行こうよ」

 

 ハジメが呼びかけるので移動する仲間たち。結果として香織と合流できたものの最後の一人コウスケはいまだに行方知れず。痕跡を探して歩きまわるのだった。 

 

 

 

 

 

 

「これは、また…」

 

 腐臭と死臭 引きちぎられた肉片の数々。あちこちに散らばる元は生きていたであろう魔物の死骸。暴れたと思われる木々の折れ方。そして前方に見える紅い惨劇場の真ん中で木の枝を持つ小柄なゴブリン。 

 

「グギャッ!ギギギガ、カカカ!」

 

 壊れた笑い方をするゴブリンは執拗に傍にある死骸に向かって木の枝を振り続ける。何度も打ち下ろし続けたせいか枝が折れ、武器をなくしたゴブリンは次は自分の拳を死体に向かって振り落とす。何度何度も執拗に。壊れても、まだ狂喜が収まらないとでもいうのが如く

 

「…確認するんだけど、コウスケだよ…な?」

 

「間違いありません。魔力反応からしてマスターであることは事実です」

 

「…あんなに凶暴だったの?」

 

 魔物に代わってしまった友人兼恩人の余りの変わりように若干引き気味の清水。そんな清水の疑問はバッサリとノインが切って捨てた。

 

「そのケは元からあったようですが…南雲様の方が詳しいのでは?」

 

「僕?どうだろ…この頃戦う事が無かったからね。力を持て余しているからかな」

 

 死体を殴り終えたのか大きく肩で息をするコウスケ(仮)。新たなる獲物が居ないかキョロキョロと見回してこちらに気付き目を見開く。最もゴブリンの顔が醜悪なので傍から見たら殺意をみなぎらせている様しか見えないが

 

「グギョッ!?ギャギャ!グガッガガガ?」

「はい、私達ですマスター こちらは全員無事です。そちらは…随分とお盛んだったようですね」

「グッ!?ギッギギ…グゲゴ」

「魔物の数を減らしておきたかった?言い訳としては随分と稚拙ですね。遊んでいたの間違いでしょう?」

「グゲッ……ガギョグヒュルキュル」

「露骨に話を逸らしましたね、まぁいいでしょう。装備品はすぐにでも回収しに行きますのでさっさとマスターもこっちに来てください」

 

 気まずそうな気配を出しながら仲間達に近づくコウスケ。しかし先ほどまで魔物を肉弾戦で屠ってきたのだ。体中う魔物の体液と血が付着しており匂いもまたきつかった。溜息一つつくとノインは無詠唱でコウスケに水魔法をぶっかける

 

「グギャアアアア!??」

「何を叫んでいるのですか。ご自身がどういう状態か理解できないのですか」

「ギャッ!ガギグゲゴ!」

「冷たい?寒中水泳だ?文句は自分で魔法が使えるようになってから言ってください」

「ウゴゴ…」

 

「あのやり取り…間違いないなぁ」

「これで合流成功、ハプニングはあったけど、ここから迷宮攻略、始めて行こうか」

 

 ぷんすかと拳をあげて抗議するコウスケと相手にしないノイン。そのやり取りはいつもの姿で清水は呆れた声を出し、ハジメはやれやれと肩をすくめて迷宮を歩き出すのだった。

 

 

 

 

 




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