ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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取り合えずできました!


黒いモノ

 

 

 ハジメ達が転移した場所は、やはり洞の中だった。しかし、いつもと違うのは正面に光が見えること。外へと通じる出入り口が最初から開いているのだ。

 

 

 ハジメ達は互いに一つ頷き合うと光が差し込む出入り口に向かって歩みを進めた。

 

 

「森の中を進む…比喩表現無しってのはこういう事を言うんだろうな」

 

 

 洞の先はそのまま通路となっていたのだが、その通路と見紛うものは洞から続く巨大な枝だったのだ。コウスケが背後を振り返れば、端を捉えきれないほど巨大な木の幹が見える。つまり、ハジメ達がいたのは巨木の枝の根元にある幹に空いた洞だったというわけだ。

 

  木が大きすぎて幅五メートルはある枝がそのまま通路となり、同じく、巨木のあちこちから突き出している巨大な枝が空中で絡み合って、フェアベルゲンと同じように空中回廊となっているのである。

 

 広大な空間に空中回廊ここが次の試練の場だった。

 

 枝の上を歩く一行の中でシアのウサミミがピクピクと動き出した。その動きを見てコウスケの背中に冷や汗が出てくる。

 

(…なんだか嫌な予感が…)

 

 背筋を伝う汗が非常に不愉快で恐る恐る下の方をのぞき込んだ。通路となってる枝の下、つまり地下の空間は黒い何かがうごめいているのが分かった。分かってしまった。

 

「~~~ッッッ!??!?」

 

「え?なに?どうしたの?」

 

 ほぼ無意識でハジメの背中にへばりつきこれまた無意識で守護を展開し仲間たち全員を守る蒼く光る結界を作り上げた。今までで見たことのない迅速な対応と放たれるコウスケの守護の見事な青色。そして涙目になっているコウスケの表情から仲間達は一斉に警戒の体制に入った。

 

「おいおいいったい下に何が居るってんだよ」

 

「……ブリ」

 

「あ?」

 

「…ゴキブリだ。この下にはゴキブリの大軍が居る」

 

 コウスケの絞り出した声で下に何が居るのかを把握した仲間たち。各々全員がうへぇと嫌そうな顔をしている。得にシアは先ほどからゴキブリが這う音がうさ耳に届いているためうさ耳をぺたりと垂らして音を防いでいる

 

「あーそう言えばコウスケ虫形の魔物苦手だったね」

 

「今までいっぱいいたのに今更かよ!?」

 

「ひぇぇぇ」

 

 ハジメが青ざめた顔で苦笑し清水がツッコミを入れている中コウスケはぶるぶると震えている。

 

「はぁゴキブリ…ですか。新聞紙で叩けば死ぬような虫を怖がるのですか?」

 

「ノインちゃん、それ女の子が言う言葉じゃないから…」

 

「うぅゴキブリは嫌ですぅ」

 

「焼き払わなければ」

 

「ユエ、そうすると撃ち漏らしが飛んでくるぞ?」

 

「…うぇ」

 

 女性陣はノインは平然とし香織とシアがげんなりと顔を青ざめユエが決然と覚悟を決めるもティオによって心が折れる。

 

 ハジメ達一行はまだ見ぬゴキブリに早くも闘志を萎えさせるのだった

 

 

 

 

 

 そろりそろりと通路となってる枝を進みついに多いな足場までたどり着いたハジメ達。次の魔法陣はどこかと周囲を探る中遂に恐れていたことが起きた

 

 ウ゛ゥ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!!

 

 羽ばたき音だ。それも大量の。

 

「っ!?」

 

 ハジメ達は表情を引き攣らせつつ慌てて眼下を確認する。そこには案の定、黒い津波の如きゴキブリの大群が羽ばたきながら猛烈な勢いで上昇してくる光景が広がっていた。

 

 

「うわぁぁっぁぁ!!」

「やぁあああああ!!」

「ひぃいいい!!」

「おお、中々迫力がありますね」

「ッ――――!!」

 

 約一名の呑気な声をスルーしながら誰もが総毛立ちなり、余りの嫌悪感に雄叫びを上げつつ咄嗟に放てる最大級の攻撃を繰り出した。

 

 しかし、それだけの攻撃を放っても、怖気を震う羽音を響かせた黒い津波はまるで衰えを感じさせずに迫ってくる。海そのものに攻撃しても無意味なのと同じだ。ゴキブリの津波は空間全体に広がりながら、まるで鳥が行う集団行動のように一糸乱れぬ動きで縦横無尽に飛び上がる。

 

「こっちくんなぁぁあぁあぁああ!!!」

 

 コウスケの守護が青みを増し障壁となった。しかしゴキブリたちは意にも返さずハジメ達に向かって体当たりを仕掛けてくる。幾千幾万となるゴキブリが質量を持って障壁にぶつかってくるのだ。体液が飛び散り四肢が砕かれそれでもなおゴキブリはやってくる。

 

 外の景色がゴキブリしか見えない状況の中に追いやられてしまったハジメ達。今辛うじてゴキブリの波にのまれないでいるのはコウスケの守護のおかげだった。

 

「……魔法陣を作っている?」

 

 コウスケが震えながら守護を維持しハジメが対策を考えている時、ノインがゴキブリの波の奥を見てポツリと呟いた。その言葉でコウスケの意識がこの試練の詳細を思い出させる。

 

「げ!?マズい!あの魔法陣を止めないと!」

 

 しかし言ったところで外の魔法陣は破れない。一部のゴキブリたちが守護から離れその魔法陣から出てきたものはゴキブリを巨大化させた体長三メートルはあるボスゴキブリだった。

 

「おいおい此処の解放者ってゴキブリに対して好き過ぎるだろう…」

 

 清水の漏らした言葉に一同頷く。だがいつまでも守りにはいる訳には行かない。反撃をしようとしたところで足元から魔力が流れ出されるのを感じた。

 

「しまった!こっちがメインだ!」

 

 慌ててこの試練のメインを言おうとするコウスケ。大量のゴキブリに驚き、試練に翻弄され続けたコウスケはせめて仲間たちにこの魔法陣の説明をしようと口を開く。しかしすべては無駄だった。言う直前になってハジメ達の通路の裏側にいたゴキブリたちの魔法陣は完成しており、魔法陣の効果はハジメたち全員に降りかかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清水幸利にとって嫌悪と言う感情は常日頃から共にあった。学校にて自分の家にてずっと誰かを恨み嫌い憎んでいたのだ。

 

 学校ではイジメてくる人間こそはいなかったが、騒ぐ奴隣にいる奴、有体に言えば自分と関わらない人間でも心底ウザく憎んでいた。

 何も知らない顔で自分勝手な正義感を振りかざすイケメン、それについて回る何も考えようとはしない脳筋に同じく周囲の事を知ろうとしない天然女にそんな三人を自分がフォローしていると勘違いをし逆に増長させているお姉様(笑)。

 

 そしてそんな4人を苦笑いでやり過ごそうとするサブカルチャー趣味を隠そうとしないオタク野郎。そんなへらへら笑うオタク野郎を罵るDQN達に見て見ぬふりをするクラスメイトの大半。そしてやっぱりそのオタク野郎がイジメられていると気付こうとしない正義感の強いイケメン。担任はそんなクラスの連中を放置している。

 

 家に帰れば自分のオタク趣味を汚物を見るかのような目で見てくる兄弟。いったい自分の趣味のどこが悪いのか何の落ち度があるのか、どうして趣味を悪く言われねばならないのか。何も話さず家族の汚点と罵る兄弟たち。

 両親は心配してくれるがそのこと自体がさらに清水にとって心底苛立った。まるで自分が問題であるとでも言いたげな両親の目線。

 

 中学でいじめられてからずっと清水にとって人生とは嫌悪で塗りつぶされていたのだった。

 

(これは……感情の反転か)

 

 だが今この時ではその嫌悪と憎悪で塗りつぶされた人生の耐性が清水を冷静にさせた。コウスケがとっさに言おうとしたのと同時に眩いは光に包まれ光が収まったと同時に周りの仲間たちに明確な嫌悪感が出てきたのだ。

 

 いくら仲間達でもすぐに嫌うほど清水は屈折していない。むしろ自分を好意的に見てくれている仲間たちは清水にとっての一番光り輝き大切なものだった。その仲間たちに対してイラついている。なら何が原因か、答えは先ほど光った光すなわち何かしらの魔法。

 

(平常心を保つように…)

 

 すぐに魂魄魔法で己の感情を元に戻す。今までの人生と魂魄魔法が得意な清水だからこそすぐに対応できたのだ。

 

 自分が以上に掛かっているならほかの仲間たちも同じだと周囲を見渡す。

 

 結果は清水の考え通りだった。ユエとシアはお互いをきつく睨みつけ、今にも武器と魔法を打ち出しそうだった。ティオは険しい顔で仲間たちを見て、香織は…

 

(……見なかった事にしよう)

 

 香織はハジメを見ているがその顔は末恐ろしかった。目にハイライトがなく虚ろになっており、いつの間にか手には包丁を握りしめている。顔が整っているから迫力があり、口元が先ほどからブツブツと動いている。正直関わり合いになりたくなかった。寧ろ話しかけたくない。出てはいけないものが出てきそうだ。

 

(…ん?)

 

 一方静かなのはハジメとコウスケとノインだった。ハジメとコウスケは無表情で佇み、何故かノインはいつもの澄ました顔を崩してとても焦っておりしまったと顔で感情を表している。

 

 珍しいこともあるんだなと思いながらもコウスケに話しかけようとする清水。今仲間たちがにらみ合いで済んでいるのは単にコウスケの守護は展開されているからだ。もしこの守護が解除されてしまったらゴキブリの津波が襲い掛かってくる。それだけは勘弁だと、コウスケに振り掛かっている魔法を解こうと清水は無遠慮に近づいたのだ。

 

 コウスケがこの反転の魔法から解けれればなんとかなると、いつもの調子で踏み込んだその時コウスケが清水に振り向いた。その手にいつの間にか持っていた大ぶりの鉈を振りかぶりながら

 

「え?」

 

 口から出たのはそんな一言。コウスケが無表情で鉈を振り落とす。その振り方は一切の迷いがなく、僅かに見て取れた鉈を握り絞めた拳は血管が浮き出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 殺される。ただその事実が異様に遅くなった視界の中で頭の中を駆け巡る

 

 

 

 そして鉈は振り落とされた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ!?」

 

「清水様!失礼します!」

 

 

 だがその鉈は清水に当たらなかった。当たる直前にノインに襟首をつかまれ、枝からそのまま落下したのだ。

  

 仲間たちの姿が見えなくなると同時に体の浮遊感に上流れていく視界。ローブがバサバサと粗ぶっており顔には猛烈な風が下から吹き付けられる

 

「え?は!?お、落ちている!?」

 

「飛びます!体制を整えて!」

 

 すぐそばから聞こえる滅多に聞こえない焦りの声を聞き、落下する速度が収まり浮遊感が緩和する。未だ状況がつかめずに視線をあちこちに巡らせやっとで清水はノインに助けられたのだと理解した。そして今さっきコウスケに殺されそうだったのだと

 

「ちょ!?コウスケさっきオレを殺そうと!?」

 

「…ええ、そうです。マスターは清水様を躊躇なく殺めようとしていました」

 

「嘘だろ…」

 

 襟首をつか見ながら飛行し清水を運ぶノインからは苦々しげな声が出てきた。やはり殺されそうになっていたのかと背筋が震えあがる清水。

 そんな清水の様子を察したノインは辺りを見回す。ひとまずどこか止まれる枝を探しているのだ。。最も今はゴキブリたちが上空にいるとは言えいずれ襲い掛かってくるのかもしれないので時間は少ないかもしれないが。

 

「ひとまずどこかでいったん様子を見ましょう」

 

「…良いのか?アイツらを放っておくなんて…」

 

「駄目です。次は無いです。 …まさかマスターがあそこまで反転するとは…」

 

 焦りの感情を消そうとしないノインの表情に清水は只々黙ってしまうのだった…   

 

 

 

 




短いですかね?
次回ドロドロ予定

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