ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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遅くなりました

例によって見づらいかもです


愛憎入り混じる

 

 

 

――イラつくな

 

 光が収まった時ハジメが感じたのは隣にいるコウスケに対する嫌悪、いや憎悪と言っても差し支えない感情をハジメは抱いていた。

 

 これが敵の策略だろうと納得はしていても不快感は収まらない。コウスケに話掛けようとした清水がノインによって連れ去られたときハジメはさっとドンナ―をホルスターから抜いた。

 

「……ァ…ゥ」

 

 何事かを呟いているコウスケに向けて殺意を放つ。傍にいるだけで、声が聞こえるだけでどうしようもなく憎くなってくるのだ。

 

 余計なことはするな。そう警告と忠告を放つつもりだった。そのためにドンナ―をコウスケに向けた。

 

「え?」

 

 だが銃口を向けたはずのコウスケは視界から消えていた。ほんの一瞬でいなくなったのだ。何処かと探すその一瞬何かが懐まで近づいた気配がして

 

「ッ!ガハッ!」

 

 腹に鈍い鈍痛が響いた。そして同時に体が後方に重力を抗ってほぼ垂直に吹き飛ばされたのだ。

 もといた足場から遠く離れた太い木に激突しつかの間の空中浮遊は終わりを告げる。内臓にダメージが言ったのか口の端から血が流れ出てきた

 

(…クソ)

 

 木をへこませながら体を無理矢理起こすハジメ。先ほどの一瞬でコウスケを見失ったのはなんてことはない懐の潜り込まれて本気で殴られただけに過ぎなかったのだった。今なお腹には鈍痛が響き苦痛が声から洩れそうになるががそうも言ってられなかった。 

 

「まさかそれで終わりじゃないよな?」

 

 聞こえてきた声に反応しすぐさま背中にある樹を軸にして緊急回避をするハジメ。直後先ほどまで自分が体を預けていた木が紅蓮の炎に包まれた。後方から容赦なくかかる熱風にしばし目を向け炎を放った張本人に目を向ける

 

「…はは。そうだよな、当たるはずないもんな」

 

 ふらふらと空中に漂いながら自嘲気味に顔を歪ませるコウスケ。目が合うとその顔はまた歪んだ。

 

「は、ははは」

 

 力なく笑い手を振りかざす。それだけでハジメの周りの空気が凍てつき始める。瞬間的に飛び跳ねた直後空気が固まり巨大な氷柱が生える。そのまま氷柱は解けることなく歪に表面を尖らせ体積を増やしながらハジメを追尾して来る。

 

「チッ さっきからウザったい!」

 

 先ほどからの攻撃に思わず舌打ちをするハジメ。銃撃で反撃しようとするもコウスケは先ほどから無詠唱で魔法を放ってくるのだ。

 しかもその威力はユエに引けを取らない。先ほどの木は一瞬で灰になってしまった。先ほどから体積を増やし続ける氷は今度は近くにいたゴキブリたちに襲い掛かっている。

 

 反撃のためドンナ―をコウスケに向け銃撃するが

 

「…なにそれ ふざけてんの?」

 

 銃弾の事如くがコウスケの目の前で音もなく消えてしまった。レールガンであり視認できない速さの銃弾だというのにコウスケにとっては眼中にでもないとでも言いたげに無造作に振り払われるだけで消失していく。

 

(…魔法…か。おそらく空間魔法)

 

 守護を使ったわけでもない、回避をしているわけでもない。ただ届かないのだ。

 

 オルカンを使いロケット弾を放つ。ミサイルはどこかに消えた。オプションとして空に放った十字架はコウスケの周りを旋回しほどなくして地上に力なく落ちていった。メツェライのガトリング弾は屈折しゴキブリたちの方へ向かっていった。宝物庫から取り出したシュラーゲンは構えた瞬間コウスケが手を振りかざし銃身がぽっきりと折れた。

 

「はっはは 子供が武器を持つなよ。危ないだろ?」

 

 ハジメの錬成銃火器がコウスケには悉く無力化されていく。まるで大人が子供から刃物を取り上げるように無慈悲に無遠慮に軽くたしなめるような声で

 

「…何だよその顔」

 

 コウスケは笑っていた。親愛に満ち溢れた顔だった。愛情を向けていた。その顔はハジメの両親が自分に向ける顔と同じ親が子供に向ける無償の愛そのものだった。

 

 言葉はいつになく優しく、喜色に満ちている。しかし目だけは違った。その目は憎悪に満ちていた。殺意が渦巻いていた。不快感がへばりつき嘲笑い見下し怒りが爆発していた。

 

「なんだ、それでもう終わりか。ならこっちから…あ?」

 

 風伯を空に浮かべ回転させるコウスケ。その回転の速度は空気のうねりが聞こえてくる。いつになく魔法の使い方が巧みだった。しかしそんなコウスケに隙ありと見たのかゴキブリの大軍が襲ってく来たのだ 

 

「へぇ…良かったじゃん ゴキブリから愛されているみたいだよ」

 

 皮肉を込めてハジメが言葉を掛けると途端に侮蔑の表情を浮かべるコウスケ。先ほどとは打って変わってその顔はいかにも気狂いを見たかのような顔だった。

 

「あ?虫に好かれて何が嬉しいってんだ?頭でも湧いてんのかお前」

 

 舌打ち一つするとコウスケは回転する風伯をゴキブリの大軍へ放つ。独楽の様に回る風伯をゴキブリ派の大軍は意思を持つかのように回避する。がそれは無駄だった。

 風伯が風を纏い刃を軸にして暴風を引き起こしたのだ。荒れ狂う風と質量を持った刃は容赦なくゴキブリ達を吹き飛ばし切り刻み命を奪っていく

 

(…反転していない?)

 

 コウスケの攻撃がゴキブリへと移っている中徐々にハジメは今自分たちが置かれている現状を把握し始めた。先ほどの光あのせいで自分が仲間に抱いている感情が反転したのだと理解し始めたのだ。感情は反転しても記憶は無くならない。 

 だからコウスケに向ける嫌悪が本来は信頼だったものだと思い返すことができる。

 

 だがここで疑問に思う事があった。コウスケは虫が嫌いだった。ならば反転の魔法を食らったのならば愛情を示すのではないのか。愛でる筈なのではないだろうか

 しかし現実はゴキブリに対して攻撃し憎悪の感情を見せている。

 

(なら…今僕を攻撃しているのは?)

 

 記憶は残ったまま。ならどうして自分を攻撃してくるのだろうか、ハジメは考える。そして考えれば考えるほど頭が冷や水を浴びせられたように冷えていく。

 

(さっきのあの表情…)

 

 コウスケは笑顔を見せていた。それは紛れもない親愛の情だった。それが反転していたからだという事は… 背中に冷たい汗が流れコウスケに視線を向ける。もう先ほどまでの反転の衝動は無くなっていた

 

「ああああああ!!!!ウザったいんだよ!どいつもこいつも!」  

 

 ゴキブリの大半を刻んでそれでもまだ現れる虫の大軍に絶叫をあげるコウスケ。ブーメランのように戻ってきた風伯を右手で持つと空手になった左手を虫たちにかざした。

 

「ギジジジジジッッ!!???」

 

 ただそれだけだった。ただそれだけの軽い動作で虫たちの動きは鈍り止まり始め、力尽きたのかの様にバラバラと地面へと落ちていく。

 

「ぁぁああああ!!糞マズい魂だな!所詮虫は虫ってか!?」

 

「…喰ってるのか」

 

 地面へ落ちていく虫を見ると干からびたように萎えており、コウスケは何をしたのかを理解したハジメ。コウスケは詠唱も何もせずにゴキブリたちの魂を引き抜いたのだ。しかもついでに魔力と生命力も引き抜いているせいでか虫はミイラと化している。

 

 戦っている敵の魂を引きずり出す、最悪だが効率のいい戦法だった。それは魂魄魔法に最も適性がありなおかつコウスケでないとできない芸当だった。

 だがそれは今までコウスケがしなかった事であり出来なかった事でもある。憎悪で今までできなかったものができるようなったのかとハジメが驚きコウスケを見た時だった

 

「…あ?」

 

 目が合った。ただそれだけで殺意が膨れ上がりコウスケの顔が醜悪に歪んだ。親愛と憎悪が入り混じった顔だった。悪寒が走り身構える。震える手でドンナ―をコウスケに向けようとしたが…

 

(…駄目だ。これはコウスケに向けるものじゃない)

 

 先ほどまでとは違い思考が正常にもどった今銃を親友に向けるつもりはなかった。ドンナ―をホルスターに戻し改めてコウスケと対峙する

 

「……は、なんだよ武器は必要ねぇってのかよ。ウザったいなぁ…ああ…本当にっ!」

 

 コウスケの背後で魂が抜けた虫たちの亡骸がうごめく。四肢を砕きながら小さな小さな虫たちはまるで一つの塊の様に重なり合い潰し合いながら巨大な黒い球へと変わっていく。五メートルはあるだろうかと言うその虫の塊はコウスケが頭を掻きむしるたびに数を増やしていく。

 

「ムカつくんだよ!テメェはぁぁああああ!!!!」

 

 どこか泣くような声でコウスケが絶叫をあげると数百の虫の塊は轟音をたててハジメへと襲い掛かってくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、上ではまだ続いているようじゃのぅ」

 

 一方ユエ達は先ほどまでいた枝の通路でゴキブリたちと対峙していた。香織のそばにはティオが先頭ユエが立ち魔法を使ってゴキブリたちの数を減らしていく。シアは途中からハジメかに作ってもらった台座を足場としながら縦横無尽に虫つぶしを行っていた

 

「…そうだね」

 

 この布陣は空を飛べない香織を守るための判断だった。香織が防御の結界を作り残りの二人が攻撃を担当する。

 ゴキブリの数は数万に届く数であっても魔法のエキスパートである二人により数を着実に減らしていく。反転の魔法を食らってしまっても連携はしっかりと出来ていたのだ。

 

(…ハジメ君、コウスケさん)

 

 そんな中香織が考えていたのは今この場にいない2人の事だった。ノインと清水はきっと大丈夫だと確信があった。しかしあの二人に関して…特にコウスケに関して香織は思う事があったのだ。

 

(…ハジメ君の事が憎くてたまらないのは、おかしい事じゃないんだよ…ね)

 

 意中の人であるハジメの事を考えると親の仇の様なドロドロした憎悪の感情があふれ出してくる。この感情は先ほどティオが説明してくれた反転によるものだと教わった。だからなおハジメの事を考えれば考えるほどあふれ出してくる憤怒と憎しみの感情は間違いではないと

香織は納得することができた。たとえそれが溢れすぎて逆に愛情へ変わりつつあるとしても香織はまだ納得できた。

 

「じゃあ、コウスケさんは…」

 

 逆にもう一人の人物コウスケについてはというと…香織は心配するようなそんな感情が出てきてしまうのだ。それは親友である八重樫に対してのものと同じような、情愛に分するものだった

 

(…やっぱりそう思っているんだ私は)

 

 薄々思っていたことだった。自分自身気付かない様に、気付かれないようにふるまっていたが、この反転の魔法により香織はコウスケに対する気持ちを理解してしまった。

 

「私…コウスケさんの事…憎んでいるんだ」

 

 ゴキブリの大軍が襲ってくる中ポツリと香織はつぶやいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ああああああ!!!!)

 

 絶叫が頭の中を支配する。喚き怒鳴り散らす声が脳内に聞こえながらコウスケは手当たり次第に魔法を放っていた。

 

(クソックソッ!!俺は!なんで!?どうしてこうなったんだ!?!なんでこんなイラつくんだ!?うるせぇそんなの分かり切った事だろうが!アイツのせいだ!)

 

 イラつきながらわずかに視界の端をかすめる憎悪の元凶に向かって詠唱もなく暴風をたたき込む。でたらめに放つ風は視界に映る木々をまとめてなぎ倒したがちょこまかと動く元凶には全く持って当たらない。それがまたコウスケのイラつきを加速させる

 

「ウザいんだよぉ…さっさとくたばってくれねぇかな!?主人公さんよぉ!」

 

 怒りは解く後に雷鳴となって周囲へと無差別に拡散する。放たれた稲妻はやはりハジメには当たらない。逆にコウスケの周りを旋回し隙を伺っていたゴキブリの大軍に当たり空は感電したゴキブリによって埋め尽くされていた。さらに八つ当たりとして風を使い細切れへと追い打ちをかける 

 

「……は…あはは あっははははは!!」

 

 焼き焦がされ無残に堕ちていく虫だったの大軍を見て、コウスケは気が付くと嘲笑を浮かべ笑っていた。反転により姿や想像するのが嫌で嫌いだったゴキブリが今は愛おしかった。そしてその愛おしいゴキブリが自分の手によってあっけなく死んでいく。それがたまらなく楽しいのだ

 

「はぁー虫を潰すってのがこんなに楽しいなんて思いもしなかったな…あ?」

 

 愛したものを玩具の様に散らしていく。自分の手で好きなように誰にもとがめられず良心に苛まれることもなく滅茶苦茶に童心に帰ったように遊ぶ。

 そんな欲しかった境遇に先ほどのイラつきを忘れ浸っているとぎちぎちと音を鳴らしてコウスケに接近してくる虫があった。

 

 それは全長三メートルのゴキブリだった。いつの間にか魔法陣によって生み出されたそれは仲間の仇と言わんばかりに怒りの声をあげコウスケに鋭い刃のついた節足をコウスケを挟み込む。対してコウスケは防御反応を見せずにされるがままだった。そのまま一人と一匹はもろとも木々にぶつかり合った

 

「ふぅん…俺にかまって欲しかったのか?」

 

 目の前で両断しようと節足を使い刃を食いこませようとするゴキブリに対してコウスケにわがままな子供に確認するように声をかける。

返事の代わりに体に食い込む刃がさらに力強くなったがコウスケに気にも返さなかった。

 

 そもそも先ほどからコウスケにはダメージと言うダメージ通っていないのだ。今まさに食い込まれている刃も服を傷つけてはいるが皮膚からは出血一つすらない。

 だから今コウスケにとって目の前にいるゴキブリはじゃれついてきた大型犬と同様にさえ感じられたのだ

 

「よしよし そんなに構ってほしいのなら…少し遊ぼうか?」

 

 微笑みかけ目の前の愛しい存在に魔法をかける。その魔力の流れを感じ取ったのかゴキブリは退避しようとコウスケに食い込ませた節足の力を緩めたがすべては遅かった。

 

 まず手足がちぎれた、鋭く磨かれた刃は根元から抜けた。

 次に羽が燃えた、黒く光っていた羽は灰すら残らなかった。

 内臓が凍った。凍った内臓が腹から飛び出て氷柱の様に体積を増やしていった。

 目と触覚が切り刻まれた。緩やかな風は無数の刃の嵐で丁寧に丁寧に傷をつけて細かなパーツへと変えていった。

 

 そして、核となっていた魔石が内部から破裂した。その衝撃はゴキブリを内側食い破る衝撃であり、絶叫をあげることもなくゴキブリは無残にただの肉塊へと変わっていってしまった。

 

「…きったねぇな」

 

 砕け散ったゴキブリをまるで標本にでもするかのように空間に固定しゴミを見る様な視線を向けるコウスケ。先ほどまで可愛く感じていたものが急に汚いものに見える。

 

 不安定な感情の揺れ幅だった。先ほどまで大切だったものが価値のないものに見えて、愛おしかったものが気味悪く見える。逆に殺意を向けるものがまるでかけがえのない物に見え今度はグチャグチャに壊したくなる。

 

「…なんなんだろうなぁ」

 

 自分の感情が制御できない。辺りを見回せば何もかもがすべてつまらないものに見えてくる。ここまでこの世界は無意味なものだったのか。

 ここまで面白くない世界だったのか。守る意味も助ける意味も存在しないのか。

 

「…どうせ…夢幻(ゆめまぼろし)のくせに…ッ!」

 

 呟いたその時だった。突如体が背中の木に張り付けにされる。もがくようにして首を下に向ければ体はネットによって身動きを封じられていた。ぎちぎちと行動を封じ込めるネットに歯ぎしりながら前方に視線を向けたとき目を見開いた

 

『ごめんコウスケ!悪いけどしばらくそのままでいて!』

 

「…南雲…ハジメ」

 

 遠くで大砲の様な筒を構えていた南雲ハジメが見えたとき、内側からどす黒い物がじわじわと思考を埋め尽くしてきた。

 

『今君は反転の魔法を食らっているんだ!だからまずは落ち着いて僕の話を聞いてくれ!』

 

「…せに」

 

 何か念話で話掛けてくるがコウスケには聞こえない。聞こうともしない。それほどまでに内側から広がるどす黒い感情『憎悪』が内面を満たしていく

 

「…せに…のくせに」

 

『取りあえず今からそっちに行くから、もうしばらく』

 

「黙れ!このご都合主義の固まりが!何でもかんでも都合のいい展開に疑問を抱かねぇ愚図が!!俺に指図をするんじゃねぇ!!」

 

 金切り声が聞こえたのかハジメの顔が強張ったのが見えた。それでもコウスケは止まらない。

 

「何なんだよ!何なんだよテメェは!どうしてそんなにテメェのやることなすこと全て肯定されるんだ!?力があるからだって!?ふざけんなよ!気色悪いんだよテメェが全肯定されるこの世界が!頭花畑のクソッたれの女共も!信者と図に乗る野郎も!何もかもが!」 

 

 自分はいったい何に対して怒鳴ってイラついているのだろうか。僅かに抱く疑問が渦巻く憎悪によって塗りつぶされる。

 

「わからねぇ…わからねぇんだ。どうして暴力を使うテメェが肯定されるんだ?意思って奴があれば何をしても許されるのか?好き勝手生きるテメェが称賛されるのは何故なんだ?」

 

 背後にある木が音を立てて萎びていく。周りの木々やゴキブリ、動植物の命を無意識のうちに吸い上げていくもまだ感情が収まらない。

 

『…悪いけど知らない人間の話を僕にされても困る』

 

「テメェにとってすべてが都合のいい世界それがこのトータスだ。断じてエヒトのための世界じゃない、アレはただの舞台装置。主人公が好き勝手出来る。称賛され賛同され全肯定される。それがこの世界の真実だ」

 

 自分の身体を拘束していたネットがずるずると腐り落ちていく。遮るものがすべてなくなりふらふらと空に漂う。どこかふわふわする思考の中

まるで白昼夢みたいだと自嘲する自分がいた。  

 

「気楽だよなぁ、自分に反論を言う人間はヘイトを集められるためだけの存在でさぁ 嬉しいよなぁ、次から次へとかわいい女の子がすり寄ってきてさぁ これからの人生は薔薇色だよなぁ、錬成があれば現代社会なんて楽勝みたいなもんだろ」

 

『…僕と原作の誰かを重ねて見ているっていうのか。 …そうは為らないよ、だって僕には君が』

 

「なるんだよ。どんなに否定をしてもお前は『南雲ハジメ』。アレになるんだ、なっちまうんだ…ふふふ、気色悪いな、おぞましいな。俺が忌み嫌う()()()()()()()()になっちまうんだよなぁお前は!」

 

 自然と笑っていた。もしかしたら泣いているのかもしれない。言わなければいいことを言っている。その自覚があるのにどこか他人事だった。

歯を食いしばる誰かの姿がぼやけた視界の中に映る。ゆらゆらと空を漂う中、ふと気づけば胸に何か注射針が刺さっていた。中の薬品が何だったか思い出せない。

 最もそんなことすべてどうでもよくなってしまったが

 

「…5歳児(天之河光輝)よりも自称神(エヒト)よりもメンヘラ(中村絵里)よりも都合のいい存在となったヒロイン達よりも、好き勝手生きて全てが肯定される『南雲ハジメ』が…俺は怖い。お前もそうなるんだろう?だったら…」

 

 言葉と同時にコウスケの周りの空間にひびが入った。その罅は歪みながらも徐々に大きく音を立てて広がっていき、ナニかが振動する音が樹海に響き渡る

 

「だったら…?どうするってんだ?俺は何がしたいんだ?何のためにここにいるんだ?…もうどうでも良いか。どうせ何をやっても俺の人生に何かが起こるわけでもないしな」

 

 疲れた笑みを浮かべるコウスケ。その姿は駄々をこねて泣きつかれた子供の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて清水様。貴方はマスターにとって他のみなさんとは違い、いささか特殊な存在に当たります。どうしてか理解できますか?」

 

 時間は少しさかのぼりノインと清水はゴキブリを掻い潜り最初にいた場所よりも距離を取った場所にいた。比較的虫の数は少なく息を整えるノイン。その顔はいつもの様な無表情だったが少しばかり汗をかいていた

 

「…特殊って」

 

「言葉通りです。言い換えますとマスターにとっての思うところが無い。又は嫌うところがとても少ないとなります」

 

 嫌う。ノインの言葉が正しければコウスケは清水には悪感情を抱いていないと言い換えることができる。それはつまり…

 

「ああ、それでオレに対して躊躇が無かったんだな。そしてオレ以外の奴らには嫌うところがあるってか」

 

「その通りです。最も皆さんではなく『原作』における登場人物ですが…まぁいいでしょう。だから他の人達には反転している今の状態ではたとえ攻撃しても手心を加えてしまう」

 

「嫌っているのなら今は反転して愛情に代わっているからか。…?でもそれなら何で南雲に対して攻撃を?」

 

 ノインにつれられる清水の見た最後の視界ではコウスケはハジメに対して攻撃していた。疑問に出せばすぐにノインが答えてくれる

 

「友情や信頼は嫌悪と不快感と同居するという話です。仲のいい友人で会っても不快に思う所少なからずあると言えばよろしいでしょうか」

 

「…そういうものか」

 

 反対する二つの感情は同時に存在する。ノインの言葉通りだったらコウスケが仲間を傷つけても殺そうとはしないだろう。しかしそれも時間の問題だ。

 いつ何が起きるかわからない。

 

「ならさっさとアイツを説得しないと」

 

「駄目です。先ほども言いましたが貴方は近づくだけで標的になってしまう。悪感情が無いんです。つまり今は不快感の塊になっています。声をかけるだけで無意識に殺そうと思うほどの」

 

 ぐっと声が詰まった。どうにかしてコウスケを止めなければいけない。しかしその行動は無謀だとノインに暗に言われてしまっている。事実先ほどはノインがいなければ自分は両断されてしまっていただろう。だからと言ってそうやすやすとあきらめる訳にもいかない

 

 ぐぐぐと歯噛みする清水に対してノインはいつもの通り淡々としかしどこか優しい視線を向ける

 

「…だから、貴方に対して悪感情が無いんですよね」

 

「?何か言ったか」

 

「途中退場者だから、ヘイトを貯めないんだろうなと考察していました」

 

「…それ、なんだかすごく複雑に聞こえるんだが」

 

 苦い顔をする清水にノインはふっと息を吐くと頭を切り替えるように槍を取り出し戦闘態勢に入る。そろそろコウスケがしびれを起こし何かとんでもないことをしでかしてしまうかもしれない。

 

「さて、十分休めたところで、そろそろこの茶番劇を終わらせましょう清水様」

 

「わかった。で、どうするんだ」

 

「簡単です。さっさとボスをぶちのめす。これが一番早いです」

 

 ノインの視線の先ではボスゴキブリが魔法陣で次から次へと小ゴキブリを量産させていた。あのままでは億を通り越して兆のゴキブリが生み出されるだろう。自分は部下を生み出して高みの見物をきめる。清水の視界ではなぜかボスゴキブリが笑っているようなそんな感じがが見て取れた

 

「はっボスは高みの見物ってか。イラつく野郎だ。いっちょ闇龍の餌にしてやる!」

 

「それもありですが、小さいほうの虫の壁に阻まれませんか?」

 

 ノインの言葉にふむと考える清水。確かに切り札の闇龍は威力があり腐食のブレスなどが使えるが今の自分では一回限りである大技だし何より虫の大軍に阻まれてしまう可能性も確かにある。

 

「なら……あったぞいいのが」

 

「それは一体?」

 

「魂魄魔法と闇魔法の重ね合わせた魔法だ。名付けて『終ワル世界』」

 

「なんだかロマンチックな名前ですね」

 

「言わないでくれ…それよりもこれを使ってもまだ生きていた場合なんだが」

 

「任せてください。とっておきの技と言うのがこちらにもあります」

 

 くるりと短槍を振り回すノイン。その姿は余裕を感じられ清水は不敵な笑みを浮かべる。材料はそろった。なら今こそあの高みの見物をしている虫に思い知らしめよう。 

 

「そうかい。そいれじゃ新参者の底力見せてやろうじゃねぇか!」

 

「途中退場者ともいえますけどねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボスゴキブリにとってなんてことはなかった。自分の配下の虫が作り出した魔法によっていとも簡単に仲間割れを起こした挑戦者たち。

 

 無様だった。滑稽だった。2人は谷底に落ちていき、2人は殺し合いを始めた。後に残るは4人。中々厄介だがこちらには無尽蔵の配下が控えている。いくら魔法や力が優れていても疲れが出る時が必ずある。その時に全力で数の力で押しつぶせばいい。

 

 数は力だった。物量こそが最適解だった。尽きぬ戦力でただひたすら攻める。虫の知能はそこまでよくは無くてもどうすればいいかは考えることができる。その知能で編み出したのが幾千幾万の大群で押しつぶす単純であるがゆえに理にかなった戦法をとったのだ。

 

「ギチチチチ」

 

 感情は無くても勝利を確信する知能があった。そろそろもっと強大な配下を生み出そうかと魔法陣の作成を配下に命じたときに異変が起こった。

 

 小さな配下達があろうことかボスゴキブリに向かって襲い掛かってきたのだ。困惑しながらも 六枚の衝撃波と真空刃を生み出す羽を羽ばたかせた。

 ボトボトと命を散らし落ちていく配下達。何か攻撃があったのかと周囲を感知すれば視界の端に先ほど谷底に落ちていった2人がこちらを見ていたのだ。

 

 うち一人が何やら魔法を唱えていた。直感的に奴だと確信したボスゴキブリは配下に襲わせるように命じた。しかしどのゴキブリも命令を聞かない。

 

 それどころか先ほどと小名以上にまた襲い掛かってきたのだ。今度は先ほどの数の倍…それ以上の数だった。

 

「ギィィイイイ!!!」

 

 腐食の黒煙をだし、まとめて襲い掛かってくる配下だったゴキブリたちに攻撃するボスゴキブリ。しかし裏切ったゴキブリたちは意にも返さず

ボスゴキブリの肉に噛みついてきた。

 

 体が溶解するのも構わず、足に触覚に腹に羽に群がる虫たち。どれだけ羽ばたいても振り落とされてもしつこく付きまとう。皮肉にも自慢の大群が今度は自分への脅威へと変わっていた

 

「ギチチチチチッッ!?」

 

 このままではマズい。そう判断したボスゴキブリは術者の所へ猛スピードで突進する。自分の巨体で押しつぶせばひとたまりもない。混乱する中での行動だった

 視界の真正面では何やら銀の少女が短い棒を上に放り投げている。

 

 勝った、そう判断した。それが最後の思考だった。

 

 銀の少女が落ちてきた棒の後ろを『こしをおとしてまっすぐついた』のが最後に見え、自分の身体の中を何かが突き抜けていく感触と

核である魔石が砕け散ったのを認識した後ボスゴキブリの生涯はそこで幕を閉じるのであったのだった

 

 

 

 

 




アニメが始まる前に終わらせなければ…

次回はもう少し早く投稿します

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