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交流編、始まります
光が収まり、転移された場所は庭園だった。
「ひとまず夢の話は置いといて、ここを探索しましょう」
ノインの言葉で渋々頷く香織とほっと息を吐くハジメ。そのまま全員で庭園を調べ回る。 空気はとても澄んでいて、学校の体育館程度の大きさのその場所にはチョロチョロと流れるいくつもの可愛らしい水路と芝生のような地面、あちこちから突き出すように伸びている比較的小さな樹々、小さな白亜の建物があった。
そして一番奥には円形の水路で囲まれた小さな島と、その中央に一際大きな樹、その樹の枝が絡みついている石版があった。
「うわー高っけえ…落ちたら死ぬなこりゃ」
コウスケが庭園の端を除くとそこには広大な雲海と見紛う濃霧の海が広がっていた。
「…僕達はフェルニルで樹海の上を飛んできたはずだけど…こんなでっかい樹なんてなかった。見逃した覚えなんて無いはずだけど」
「闇魔法で隠蔽するのならある。それと合わせて魂魄魔法や空間魔法を使えばこれくらいはできるだろ。…流石にオレでは無理だなこの規模の魔法は」
「ふぅむ、流石は解放者。性格がねじ曲がった奴ばっかりだけど実力は途方もないな」
男三人雲海を眺めながら好き勝手感想話す。なにせここがゴールなのだ。気が少々抜けているのもある。
「しっかしここまで高いと…なんだか飛び降りたくなる。…ならない?」
「ならねぇよ」
「パラシュートなら簡単に作れるけど?」
「作ろうとすんな」
「なら変身したティオの背中に乗って降りてみたい」
「……迷惑だろ。やめとけよ」
「今の間は何?」
「…何でもねぇよ」
「実はちょっと試してみたかったり?」
「何でもねぇって言ってんだろ」
「おーい。そろそろ行きましょう―」
シアに促され雑談を中断するハジメ達。水路で囲まれた円状の小さな島に、ハジメ達が可愛らしいアーチを渡って降り立つ。途端、石版が輝き出し、水路に若草色の魔力が流れ込んだ。水路そのものが魔法陣となっているのだ。ホタルのような燐光がゆらゆらと立ち昇る。
(……何だ?)
初めて神代魔法を習得した清水が顔をしかめている中コウスケは首をかしげていた。いつもと同じように魔法陣が光り神代魔法を習得したはずだが今回はなぜか違ったのだ。
「…鎖が一本解けた?」
習得したのは間違いないはずなのだが温かいものが溢れるわけでもない。言葉にするのなら何かの枷が解けそうになったとでもいうべきか。
あとでノインと相談しようとコウスケが考えたところで目の前の石板に絡みついた樹がうねり始めた。
立ち昇る燐光に照らされた樹はぐねぐねと形を変えていき、やがて、その幹の真ん中に人の顔を作り始めた。ググッとせり出てきて、肩から上だけの女性とわかる容姿が出来上がっていく。
そうして完全に人型が出来上がると、その女性は閉じていた目を開ける。そして、そっと口を開いた。
「まずは、おめでとうと言わせてもらうわ。よく、数々の大迷宮とわたくしの、このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えたわね。あなた達に最大限の敬意を表し、ひどく辛い試練を仕掛けたことを深くお詫び致します」
「そのおかげでこちらは危うく全滅だったんですが、理解できています?」
どうやら樹を媒体にした記録のようだ。オスカーのような映像の代わりということだろう。どこかリリアーナのような王族に通じる気品と威厳があるように感じる。樹の幹から出来ているのではっきりとは分からないが、ストレートの髪を中分けにした美人に見える。
そんなリューティリスにノインが毒を吐く。記録映像とは言えどうやら不満をぶつけているようだ。コウスケもそばによる
「しかし、これもまた必要なこと。他の大迷宮を乗り越えて来たあなた方ならば、神々と我々の関係、過去の悲劇、そして今、起きている何か……全て把握しているはずね? それ故に、揺るがぬ絆と、揺らぎ得る心というものを知って欲しかったのよ。きっと、ここまでたどり着いたあなた達なら、心の強さというものも、逆に、弱さというものも理解したと思う。それが、この先の未来で、あなた達の力になることを切に願っているわ」
「今更、確認するのはおかしいと思いますが?やっていることは仲間割れを誘発させるものばかり。自称神とやってる事変わりませんよ?」
「反転と理想世界は分からんでもないけど、ゴキブリと媚薬スライムはお前の趣味じゃね?趣味悪っ」
ノインと一緒になってリューティリスの前でこれまでの鬱憤を晴らすようにツッコミを入れるコウスケ。周りの仲間たちは思う事があるのか止めようとはしなかった。
「わたくしの与えた神代の魔法“昇華”は、全ての“力”を最低でも一段進化させる。与えた知識の通りに。けれど、この魔法の真価は、もっと別のところにあるわ」
「しょうかしょうか…え?」
「クソつまらない冗談を入れるのはやめましょうマスター」
コウスケのわき腹にチョップを入れるノイン。そんな呑気な事をしている主従に僅かに視線を移したリューティリスはすぐに視線を元に戻し説明を続ける。
「昇華魔法は、文字通り全ての“力”を昇華させる。それは神代魔法も例外じゃない。生成魔法、重力魔法、魂魄魔法、変成魔法、空間魔法、再生魔法……これらは理の根幹に作用する強大な力。その全てが一段進化し、更に組み合わさることで神代魔法を超える魔法に至る。神の御業とも言うべき魔法――“概念魔法”に」
誰かがゴクリと生唾を飲み込んだ音がやけに大きく響いた。
ハジメも大きく目を見開いて驚きをあらわにしている。その脳裏には、かつて【ライセン大迷宮】でミレディ・ライセンに言われたことが過ぎっていた。確か彼女は、望みを叶えたいのなら全ての神代魔法を手に入れろと言っていた。それは、このことを言っていたのだろう。
「概念魔法――そのままの意味よ。あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法。ただし、この魔法は全ての神代魔法を手に入れたとしても容易に修得することは出来ないわ。なぜなら、概念魔法は理論ではなく極限の意志によって生み出されるものだから」
それが魔法陣による知識転写が出来なかった理由。
「極減の意思…何かわかりにくい説明だな。もうちょっとわかりやすく説明できないの?」
「無理ですよ。なにせ話している当人もよく分かっていませんから」
「ソウダッタノカー。なら…あんまり賢そうに言うなよリューティリス …馬鹿に見えるぞ?」
「多分、この概念云々はどこかの誰かさんも説明できないものなんでしょうね。平たく言えば南雲様の錬成に説得を入れるためだけの…」
煽る。とにかく鬱憤を晴らす様に煽るノインとコウスケ。気のせいかリューティリスの顔に血管が浮いたような皺が出てくる。
ペチンッゴチンッ!
「!」
「あいたっ!?」
「人が話しているときに邪魔しちゃ駄目って教わらなかった?」
だがついにハジメの手によって制裁される。ノインには軽くコウスケには割と本気で拳骨を見舞ったのでコウスケは頭を抑え転げ回っている。
「わたくし達、解放者のメンバーでも七人掛りでも、たった三つの概念魔法しか生み出すことが出来なかったわ。もっとも、わたくし達にはそれで十分ではあったのだけれど……。その内の一つをあなた達に」
何処か表情を緩めたリューティリスがそう言った直後、石版の中央がスライドし奥から懐中時計のようなものが出てきた。それを手に取るハジメ。表には半透明の蓋の中に同じ長さの針が一本中央に固定されており、裏側にはリューティリス・ハルツィナの紋様が描かれていた。どうやら攻略の証も兼ねているようだ。ハジメが、手中のそれをしげしげと見つめているとリューティリスが説明を再開した。
「名を“導越の羅針盤”――込められた概念は“望んだ場所を指し示す”よ」
「望んだ場所?…つまり」
「どこでも、何にでも、望めばその場所へと導いてくれるわ。それが隠されたものでもあっても、あるいは――別の世界であっても」
別の世界。その言葉にハジメが喉を鳴らす。元々この旅はハジメが故郷に帰ることが大きな目的であり、そのために大迷宮を攻略しているのだ。
リューティリスはエヒトがいる世界への道筋としてこの羅針盤を用意したのだろうがハジメにとっては故郷…日本へ帰る為の一手にしか過ぎなかった。
「全ての神代魔法を手に入れ、そこに確かな意志があるのなら、あなた達はどこにでも行ける。自由な意志のもと、あなた達の進む未来に…………」
「…?」
最後の言葉を終わらそうとしていたリューティリスだったがここで言葉を中途半端に切ってしまった。その視線は何処でもないどこかを見ているようなそんな雰囲気を漂わせていた。
「壊れたのか?」
「待つのじゃ。何かを話そうとしておる」
清水が手の平をリューティリスの前でヒラヒラ動かすが何かを察したティオが止める。そしてティオの言う通りリューティリスは虚空に向けていた視線を未だハジメの拳骨で呻いているコウスケに向けた。
「……わたくしは…私達は罪を犯した」
「罪?」
「……私達は罪人だ、間違いを犯した、たとえ何をしても、決して許されない」
「何を言ってるんだ」
清水の言葉に誰もが返事を返せない。苦渋の顔になったリューティリスの顔に目を奪われてしまったからだ。ここでコウスケがようやく
起き上がる。
「痛たた、うん?皆どうし」
「…全ての原因はわたくしのせい。神を憎みながら、わたくしは神と何も変わらない」
「うん?」
「解放者と名乗りながら、この世界に…縛るとは、一体何のために」
「…何か知らないけど多分君のせいじゃないと思うよ」
「………やっぱりそう言うのね」
状況をよく知らずリューティリスが何かを呟いていたので頭を掻きながら取りあえず慰めるコウスケ。その言葉にフッと微笑んだリューティリスは樹の中へと戻っていってしまった。
今起きた出来事を咀嚼しているかのような沈黙が場を満たす。そよそよと吹く風が起こす葉擦れの音だけが辺りに響いていた。
「さてこれでこの迷宮は用無しですね。さっさと戻りましょう。皆さんお疲れの様ですし」
場を締めくくる様にしてノインがショートカットの魔法陣へ動き出す。
何はともあれ、こうして七大迷宮の一つ【ハルツィナ樹海】の攻略は終わったのだった。
「で、どうだった」
「やっぱり無理だってさ。まぁ仕方無いよね」
「お?意外とあっさりしているんだな」
「最後の迷宮が残っている以上ここでハイ日本へ帰れますって事にはならないと思ってたんだ」
ハジメの部屋でコウスケとハジメは雑談していた。試練が終わった後フェルニルを拠点として休息をとっているのだ。ちなみにフェルニルを停めてある場所はカムが亜人族の長老たちと交渉で手に入れた領地内だ。
「あっははは。まぁ冒険の途中で終わるってそんな簡単な話は無いからな」
「やれやれって奴だよ」
話している内容は昇華魔法を使い空間魔法で日本へ帰れないかと言う話題だった。ユエに聞いたところ無理と即答されてしまったのだ。
「それにしてもユエ、俺を見る視線がなんかこう…」
「あーそれはコウスケのせいだから仕方ないよ」
「俺一体何をしたの!?」
迷宮が終わった後から何か妙にユエから冷たい扱いを受けているコウスケだった。溜息をつきながらも椅子に座り直しコーヒーモドキをちびちびと飲む。
(まぁそれはそれで後で話を聞くとして…)
コーヒーを部屋に設置されている机に置くと、コウスケは内心深く息をした。ハジメの部屋に来たのは雑談するのがメインではなかった。
「…南雲」
「うん?」
「すまんかった!」
言葉と同時に体を床へと投げ出し頭を叩きつける。床に多少のひびが入ったがこの際無視だった。コウスケはずっとハジメに対して謝りたかったのだ。
「すまん!あの時俺は、お前に対して」
「あーそれなんだけど、どういう割合なの?」
ハジメが何を言いたいのかすぐに理解するコウスケ。ハジメは何に対して謝っているのかを聞いているのだ。とても言いにくいが言葉を濁さず絞り出すように話す。
「…お前を殺そうとしたことに対しての謝罪が6割で」
「ふむ」
「お前を、『原作』のキャラと重ねてみたことに対してが10割だ」
「10割超えているじゃん」
反転の試練にてコウスケはハジメに対して暴言を吐き殺そうとしたのだ。原作の『南雲ハジメ』に対する怒りをあろうことかハジメに対してぶつけてしまったのだ。
本来なら言っていけない言葉と行動でありコウスケ自身の落ち度だった。
正直な話コウスケは嫌われるどころか何をされても仕方がないと考えていた。だがハジメの反応はコウスケにとって予想外だった
「…まぁ本音を言うと知らない誰かと同じようにみられていたのはショックだよ」
「うっ」
「でもまぁ…お互い生きてたんだしそれでいいじゃないか。だからもう謝らなくていいんだよコウスケ」
甘いと思う判断だったがハジメ自身も思う事がある。コウスケが悩みを酷く溜めやすい性格なのだ。笑っている裏では何かを思い悩む。今回はそれが爆発したもの、付き合いが一番長いハジメだからこそわかったのだ。
それにもしハジメ自身がコウスケと同じ立場になったらと考えもした。
自分が小説と同じ世界に行ったとして果たして分けて見ることができるのだろうか。答えは否だ。きっと自分もコウスケと同じように重ねて見てしまうのだろう。
だからハジメはコウスケに言うのだ『終わったことだからそれでいいのだ』と
「……すまん」
神妙に謝るコウスケにハジメは手をヒラヒラさせるのだった。
「でもまぁやっぱり同じだとみられていたのはショックな訳でさぁ 分かる?このどうしようもない気持ち」
「…オレに言うなよな」
時は進み場所も変わってハジメは清水の部屋に遊びに来ていた。正確に言うならば愚痴を言いに来たともいうのだが
「だってー あの時のコウスケ本気で殺意こもっていたからさー …何か泣けてくるよ」
「あー でもお前はそんな、なろう主人公とは違うんだろ。自分勝手に生きて好き勝手ハーレム作るやつとは」
「……まぁそうだけどさ。でもコウスケに言われた中に一つだけクリティカルヒットしたものがあって」
「あ?」
「錬成があれば楽だって話」
憎悪を溢れさせ絶叫をあげるコウスケの話の中に錬成の話があったのだ。ほかの事はまだ自分とは違う別人の話だとは思う事は出来てもその部分だけがハジメにとって耳に痛かった。
「この頃錬成の調子が良くってさ。生成魔法と組み合わせれば並大抵の物は作れるんだ」
「この飛空艇がそうだしな」
清水が部屋の中を見回す。この異世界の文明レベルを大きく逸脱した乗り物、むしろ日本…それどころか地球の文明を超えてしまう物。普通に考えて乗れるものではない。あくまで異世界であるトータスだからこそ作り出せるもので地球では生み出してはいけないものだった。
「だから日本に帰ってもこの錬成があれば楽な生活が送れるだろうなって考えてた」
「…マジか?お前はマジで日本に帰っても
「うん……コウスケの言う通り本当に図に乗っていた部分がある。だから反論ができなくて…」
日本に帰っても錬成があればとハジメは考えていた。なにせ思いつくものはたいてい作れるのだ。それは現代日本でどんなに楽な生活を送れるか。どんなに思い通りの生活を送れるか。そんな事を無意識とは言え考えていた時にコウスケの言葉だ。浮かれていたところに冷水を浴びせられたそんな気分だった
「…はっ ならもう大丈夫だな」
「?」
「自覚したのならもうそんなアホな考えをお前はしないってことだ」
「そうかな…自分で自分の事がイマイチ信用できなくなりそうだよ」
「自分を信じてみろって。それにもし万が一があったらオレがお前を殺してやるからそれでよしだろ」
こともなげに物騒なことを言う清水。一瞬面食らうもほんの少し口角をあげるとハジメはよろしくお願いするよと小さな声だ呟くのだった。
「しっかしまぁ聞けばハーレムで自分勝手で暴力万歳で祭り上げられる教組みたいに何があったらそんな風になるんだかねぇ」
机に向き合い何かの式を紙に書きながら特に気にした風もなく話す清水。ハジメは備え付けられている清水のベットに勝手に寝っ転がりながら大きなため息をした
「…あの奈落で、もし僕一人だけだったら」
「あん?」
「もし僕一人だったら…そうなっていたのかなって」
ポツリとつぶやく声は答えを求めている物ではない。天井を見ながら遠くを見るハジメに清水は何も言わず机に向かいあった。
「清水は、さ」
「…」
「いや、なんでもない。話は変わるけど清水の理想世界は何だったの」
何かを言いかけたが口を閉じて理想世界の事を聞き出すハジメ。唐突な話題の変換だったが、素直に話す清水。一応部屋の外には誰もいないかを確認する。
「何してんの?」
「女性陣に聞かれるとマズいんだよ。…さてオレの理想世界だったな。 ハーレムだ」
「は?」
ハーレム。それは一般的に一人の男性が複数の女性と交際していることを指す。数度瞬きをして頭の中で言葉の意味を理解してこちらに視線もくれず何事か呟きながら机に向かう清水に指を指す
「…誰と?」
「考えればわかるだろ。オレ達の仲間の女性陣プラスαだ。そいつらが幸利様ぁ~幸利様ぁ~って黄色い声を出すんだ」
「…α?」
「八重樫に先生、何故かリリアーナ姫、他にも園部や谷口もいたな。 …お前が知ってる顔のいい女全員だと思ってくれ。それであってる」
こともなげに言う清水に口をあんぐりさせるハジメ。流石にそれは予想外だったのだ。
「そうか?オレ達オタクなら夢見るもんだろ。美女や美少女にモテてモテてモテまくる夢って奴を」
「それは…そうだけど。なんか意外だ」
「意外じゃないさ。俺がそんな妄想を未だに持っていた。その妄想を否定した。ただそれだけの話だ」
(…?何だろう何かニュアンスが…)
清水の言い方に何か引っかかりを感じるハジメ。強い自嘲を感じるのだが、どこか他人事のように話す清水にどうにも違和感を感じる
(…白崎さんのようにわかりやすかったらいいんだけど)
まだ何か話していないことがあるのでは無いかと探るような目をしてしまったからだろうか。顔をあげた清水と目が合ってしまう
「…何だ」
「え、っと 清水さっきから何してんの」
「昇華魔法の使い方を考えていた。闇魔法とどう組み合わせるべきか取りあえず思いつくのを書いてたんだ」
清水にとっては初めての神代魔法なのだ。どういう使い方をすればいいのか考えるのは分かるような気がするハジメ。魔法が使えないハジメはそれを少しだけ羨ましそうに見ている。
暫く静かな時間が流れていた時だった。ふと清水が顔をあげハジメに聞いてきたのだ。
「お前は」
「ん?」
「お前はどんな世界だったんだ」
「僕は…普通の世界だったよ」
ハジメは思い出す。あの優しく満ち足りていた世界を。
「夢の中ではコウスケと清水と一緒にいてさ。何でもない事で盛り上がってくだらないことで笑いあってて…何でもない日常だった」
その夢の中ではハジメを嫌う人間はいなかった。妬んで無視を決め込むクラスメイトや粘着質に絡んでくる人間もいない。自分の正義感を振りかざす奴は影も形もいなかった。
「それで、昼は屋上で皆とご飯を食べてて…ああ、ユエやシア、ティオもいたっけ。皆他のクラスや先生って割り振りだったけど」
「都合がいいな」
「そうだね。本当に都合のいい世界だった。…学校が終わったら誰かの家で遊んで、家に帰ったら家族と些細な話をして…」
ごく一般的な男子高校生が送る日常生活。自業自得な面があったとはいえクラスから除け者にされていたハジメにとってはまさしく理想の夢だった。
「へぇ…良く起きて来れたな。話振りを見る限りじゃとてもじゃないが無理そうだぞ」
「…そうだね。多分僕一人じゃ無理だったかも」
「?」
「何時だったかな。ふとした時コウスケが泣いたんだ。本当に急だったんだ。話の脈絡もなしでさ」
夢の中で突然コウスケが涙を一滴流していたのを思い出す。笑っているのに涙を流す親友。それが切っ掛けだった。
「その涙を見た瞬間、ここから出ないとって思って。それでなんとか夢から覚めたんだ。酷い夢だったよ」
大きな溜息を一つ。この頃溜息が増えてきたなと苦笑するハジメ。もしあの涙を見せなかったら。そう思うとまさしく苦笑しか出ないハジメだった
「ふぅん。 ん?白崎はどうしたんだ。ほかの奴はいるのに何で白崎がいなんだ」
「……あー」
「話してみろよ。オレの口は堅いぞ」
揶揄するよにニヤリと笑う清水に溜息一つつくと夢の世界での香織とどういう関係だったかを話すことにした。恥ずかしさもあったが誰かに聞いてほしかったというのもあったのだ
「…恋人関係でした」
「だろうな」
今の自分では想像できないぐらいイチャイチャしていたのだ。それはバカップルと言っても過言では無いほどで…夢の中での香織とのやり取りを思い出しなんとも言えない微妙な表情を出すハジメ
「手をつないで登校は当たり前で、あーんも当然の様に。コウスケ達がいる時は絡んでこなかったけど、いなくなったらグイグイと押しかけてきてさ」
(……これ惚気られてる?)
顔を仄かに赤くしながらも話すハジメはどこからどう見ても始めて出来た彼女との惚気話を話すリア充そのもので自分から聞いておきながらげんなりしだす清水。
「休日は映画館に行ってデートしたり、買い物に行って来たり、それで僕の部屋に帰ってきたら…」
ぴしりと固まるハジメの様子に清水は内心砂糖を吐き出しそうになっていた。恋人同士がデートから帰ってきて自室ですることなぞ一つだろう(多分)
どうにも人の情事事情をのぞき見した気がしてさらにげんなりしだす清水。いっそ部屋からつまみ出そうかと考えるほどだ。
「誤解だよ!?僕自身その気があったわけじゃなくて!」
「ハイハイソウデスネーシンジマスヨー」
「嘘だその顔!確かに興味が無いかっていえば嘘じゃないけどそこまでは…」
清水の冷たい視線に焦るハジメ。あたふたするハジメにさっさと香織とくっつけばいのにと思いつつその様子を見てふと清水は思い出した。
「…これはノインが言ってたんだが、あの理想の夢世界は眠っていた仲間たちの記憶や情報を引き抜いて作ったらしいんだ」
「そうなの?」
「あくまでノイン曰くだ。で、ここから本題なんだが、同じような夢を見ていたやつは他の人の夢の内容が影響される」
「つまり?」
「お前が考え付かないことでもほかの奴が望んだことならお前の夢の中にも影響が出てくるわけで」
「…それって」
「夢の中での出来事はオレが考えるに似たような現代生活を見ていた白崎やコウスケが望んで居たものが影響してるってことに…」
「!?!?」
ハッと顔をあげるハジメ。言われてみれば該当するところが確かにあった。あくまでも香織とはプラトニックな関係でいたいはずなのに自室に帰ってからの誰にも言えないようなあの濃密な時間。何故か秘蔵のフォルダがすべて香織に書き換わっている事。思うところがたくさんあった
「~~~~!!??」
「…さっさと年貢を納めればいいのに」
ゆでだこの様に初心い反応を見せるハジメにものすごく大きな溜息をつく清水だった。
アニメまであと3ヶ月。間に合うのかなぁ…
感想あったらお願いします。