ありふれた勇者の物語 【完結】   作:灰色の空

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遅くなりましたっ!

ではではどうぞですぅ




交流と雑談

 

 

 ひとしきり雨が降り終わり、曇天の中歩く影が一つ。その影はゆっくりと一歩一歩を踏みしめるように歩いていた。

 

「随分と派手にやっていたみたいだね」

 

 その影に穏やかに話すものが一人。その声は少しばかりのイラつきを含んでいた。 

 

「ハジメ殿…」

 

「カムさん。流石に娘に対しての暴力はどうかなって僕は思うよ」

 

 歩いていた影はカムだった。その背には眠っているシアが、背負われていた。あの一瞬の交差で最後までたっていたのはカムだったのだ。 

 シアを背負いなおすとカムは苦笑した。娘の性根を叩きなおすなどの理由が山ほどあるにせよハジメの言った通り我が子に暴力を振るったのは事実だ。

 

「そうですね。でもこうでもしないとシアはずっと気付けなかった。自分が甘やかされていることに気付かないまま貴方達と過ごしていた」

 

「…甘やかせていたつもりなんてないんだけど」

 

「ええ知っています。でもどこかで誰かが教えてあげないと…それが父である私だった。それだけです」

 

 カムの言葉に憮然としてしまうハジメ。確かにシアはどこか調子に乗ってしまうところがあったかもしれない。でも親から暴力を受けてまで知る事ではないのだろうか、と考えてしまう。

 しかしどこか一方でさて仲間である自分が面と向かって言えるかと言うと…これまた難しかった。

 

「…はぁ。あんまり人の家族関係に口を出す気はないけど、フォローはちゃんとしておいた方が良いよ」

 

「ははは、娘に嫌われてしまうのは父親の宿命ですよ」

 

 カラカラと笑うカム。その歩みはとてもゆっくりだった。カムの心臓付近に大きな打撃痕を見る限りシアとの喧嘩?は壮絶だったのだろうな予測するハジメ。ハジメもゆったりとしたカムの速度に合わせて歩く。

 

 雨上がりの森は曇天からこぼれる光と合わさってまた乙なものだった

 

「…ありがとう」

 

「?どうしました」

 

「さっきの話。きっと僕では何も言えずにいた」

 

 これからの旅はどうなるのかハジメにはわからない。コウスケに辺りにでも聞けば教えてくれるかもしれないがそれは違うような気がした。今後のことが分からない以上、危険はどこでやってくるかはわかない。だから荒療治としてもシアを見てくれたカムに感謝をハジメはするのだ。

 

 そんなハジメをカムは少し驚いた眼で見て、ふっと笑う。この少年も別れたあの日からいろんな経験を積んでここに帰ってきたのだと思うと口角が緩むのだ。

 

 シアをまた背負いなおすカム。ふと娘をこうやって背負ったのはいつだったか思い返す。あれははまだシアが小さい時だった。カムの妻でありシアの母が亡くなった時ふとしたことでシアは寂しさでよく泣いていた物だった。そんな時は泣いているシアを抱き上げてよくあやしたものだった。

 

 背中の重みが娘が成長したことを物語る。次はいつこうやって背負えるのだろうか。その機会はもう無いのかもしれない。

 背中の最も愛しい存在の体温を感じながらカムはハジメに感謝を述べる。娘の笑顔が増えたのは間違いなくハジメ達と共に旅してきたその結果なのだから

 

「私からも、ありがとうございます。貴方達のおかげで娘の笑顔が増えた」

 

「…うん」

 

「娘の事、よろしくお願いします」

 

 カムの改まった言葉にハジメはしっかりと頷くのだった

 

 

 

 

 

「…嫁に出すというつもりではありませんからね」

 

「知ってるよっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜ハジメ達一行は晩御飯をハウリア族と一緒に食べることになった。ハウリア族の食材と元々ハジメ達が宝物庫にこれでもかと貯蔵した食料を合わせての豪勢な食事となった。

 

「ラナさーん。これエリセンという町で買ったお魚ですぅ!海でとれた新鮮な魚ですよ!」

 

「へぇー此処じゃ手に入らない貴重な物ね。使ってもいいの?」

 

「勿論ですぅ!大量に買いましたから。あ、さばき方を教わっているので私も一緒に手伝いますね」

 

 包帯を体中に巻いているシアは笑顔でラナと一緒に魚をさばいている。エリセンでコウスケと一緒になって買い占めた海の幸だ。

 どうしても故郷の家族たちに食べさせてあげたかったのだろう。それにレミアに教えてもらった料理方法も披露したいものがある。そんなこんなで見た目は痛々しいがシアは朗らかに笑っている。

 

「…何でシアさん。包帯してるんだ?」

 

「何でも自分への戒めだってさ。今後慢心しない様に痛み受け入れるとか何とか」

 

「いや、だから何で怪我してるんだってば」

 

 ハジメと清水は運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながらシアの怪我の話をしている。カムとシアの親子喧嘩の話を聞いて清水は若干引いているが…

 

ちなみに席の端っこではカムがとても所在なさげに座っている。理由があったとはいえ娘に怪我を負わせたのだから、いつもはピンと立っているうさ耳が力なくへたっている。ハジメと清水の同情めいた視線がさらにカムの背中を小さくさせる

 

「シアちゃん、長には…」

 

「馬鹿父様はこれを食らうですぅ!」

 

「シアそれは一体…うごぉ!」

 

 ラナがフォローを入れようとしたがそれよりも早くシアはカムの顔にめがけてある物を投げつけた。油断していたカムはそれをべちゃりと顔に受ける。

 ニュルニュルとした不快感と何かが顔にへばりつく違和感、そして溢れる磯臭さがカムの顔面を覆う。

 

「むごっ!?むごごっ!」

 

「それはエリセンで買ったデビルフィッシュですぅ!まるまる一匹存分に味わうがいいですぅ!」

 

「あれって蛸じゃ…」

 

「いや、どっちかと言うとフェイスハガー」

 

 死んでいるにも関わらずニュルニュルとうごめくそれ。日本で言うところの蛸であった。しかしハジメの言葉通り死んでから触手で相手に取り付くという蛸かどうか疑わしいそれはカムの顔面をすっぽりと覆うのであった。

 

 

 

 

「ユエ、何か機嫌が良いのぅ 何かあったのか」

 

「ん、やっとで私だけの魔法…やり方が閃いた」

 

「ふむ?教えては…」

 

「駄目。必殺の切り札にする」

 

「じゃろうなぁ」

 

 ティオとユエは魔法の事で話をしていた。何やら飛空艇に戻ってからのユエの機嫌がとてもいいのだ。今も普段は無表情の顔がニコニコと微笑んでいるだからどれほど機嫌が良いのかが丸わかりである。それとなくティオが聞こうとするが教えないとの一点張りだった。

 その姿が見た目相応の少女の様で微笑ましくなるティオ。いくら300年ほどの歳があったとしても見た目が幼いのでどうしても子供のように接してしまうときがティオにはあったのだ。

 

(そろそろ妾も…いやまだ早いか)

 

 ティオとしてもハジメからのアドバイスで自分だけの戦い方を見つけたがまだ実戦に投入するには時期尚早と見ているのだ。いつかユエ達に見せる時。そんなときが来ないでほしいような、でも見せたくなる様なそんな複雑な気分を抱えるティオだった  

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「そんなムスッとした顔をしていては折角の可愛らしい顔が台無しですよ」

 

 みんなが居るところから少しだけ離れた所にいるのはノインと香織だ。香織があまりにも百面相をするので離れようとノインが提案したのだ。現に今も香織は眉間にしわを寄せている。

 

「だって…」

 

「気持ちは分からないでもありません。嘘です。何一つ理解したくありません、私は途中退場者ですので」

 

 ノインと香織の秘密の話。その事で香織は思い悩んでいるようだがノインは助言をする気が無かった。どうでも良い事であるし、他人事でもある。そもそも自分には関係が無い。自分でどうにかしてくれ、それがノインの言わぬ言葉だった。

 

「ううう」

 

「唸った所でどうにでもなる訳では無いのに…いい加減自分がどういう『女』か理解してもいいのでは?」

 

 ノインのざっくりとした言葉に香織は項垂れてしまった。香織の悩みについては香織自身が処理することだ。他人がどうこう決める事ではない。あるとするのならば…

 

(南雲様がさっさと腹を決めれば問題は解決するのですが…まぁヘタレ童貞には無理ですか)

 

「ハジメ君の事を悪く言うのは止めて」

 

 恐ろしい地獄耳に溜息を一つ。いい加減面倒になって来たところで足音が聞こえてきた。その音はとても軽く複数。

 

「お姉ちゃん…?」

 

「君たちは」

 

 香織が顔を上げるとそこにいたのは亜人族の子供たちだった。その顔はいずれも見たことがある。奴隷から解放されたときに怪我をしていたので香織が丁寧に治療をしたのだ。それで香織に懐いた子供たちだった

 

「一緒にご飯食べよう?」

 

「え、でも私…」

 

「駄目なの…?」

 

 一瞬断り掛けるが子供の純粋な上目使いには勝てない。困って横にいるノインに助けを求めようとするがいつの間にかノインは消えてしまっていた。

 

「はぁ…うん。分かったよ。案内してくれるかな」

 

「一緒に来てくれるの!?やったぁ!」

 

 はじゃぐ子供たちに苦笑しながら手を引かれ移動する香織。ドロドロしたものが心の中にあるのはあるのだが今はひとまず楽しい団欒を堪能しようとする香織だった

 

 

 

「まったく。そうやってれば貴女は問題ないのに…まぁいいでしょう 次の試練で自身と話し合ってくださいね」

 

 香織たちのいた頭上の木の上で呟くノイン。彼女には次の試練がどういうものか知っているのだ。だから彼女は関わらない。何もかも『自分自身』が解決することだと彼女は判断した

 

「貴方もですよマスター」

 

 今ここにいない自身のマスターを想いながらそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと…」

 

 首にかけていたペンダントを取り出すコウスケ。場所はハルツィナ迷宮の入り口。その場所で石板に腰かけながら白百合のペンダントを持っていた。

 

(うーん。いきなり連絡しても大丈夫かな?)

 

 このペンダントは対となるもう一つのペンダントと会話ができるように作ってある。それでもう一つを持っているリリアーナと話をしようとしていたのだ。

 

 しかしていきなり連絡をしていいものだろうかと悩むコウスケ。今までの人生で女性に連絡をすることなど皆無だったのだ。あれこれ悩むこと数十分。意を決してコウスケはペンダントに着いているスイッチを押した。

 

 

 

 場所は変わって王宮の自室でリリアーナはペンダントを根が目ながらベットで横になっていた。

 

「今日も無し、ですか…」

 

 白百合をモチーフにしてあるペンダントを手のひらで転がしながら寂しそうに呟く。王宮に帰ってからずっと肌身離さず持っており連絡を来るのかを今か今かと待っていたのだ。

 

 心配と言う思いある。今何をしているのかと言う想いもある。だが本当は何でもいいから声が聞きたかったのだ。その為一日中空いた時間があればペンダントを見つめ、そのたびに専属侍女のヘリ―ナに生暖かい視線をもらったものだ

 

「…寝ましょう」

 

 今夜は連絡は来ないだろうと考えいそいそとベットの中に潜り込もうとしたとき突然、振動と共にペンダントが淡く光り始めたのだ。

 

「え、ええ!?」

 

 慌てて手に取りあたふたとして、狼狽えたままペンダントのスイッチを押す。それと同時に声が聞こえてきた

 

『…あーもしもしリリィ?今大丈夫』

 

「ふぁ、ふぁい!だいひょうぶれす!」

 

 明らかに口が回っていない。何せ今夜は連絡が来ないと思っていたところに突然来たのだ。心構えなどできているはずもなく、口が回らない。

 

『いやいや、本当に大丈夫?もしかして急すぎたかな』

 

「だ、大丈夫です!ちょっと焦っちゃっただけで!」

 

『そ、そうか、なら…うん。改めて話をしてもいいかなリリィ』

 

「ええ、勿論ですよコウスケさん」

 

 高まる心臓を無理矢理押さえつけながら夜の秘密のお喋りが始まるのだった  

 

 

 

 

『話をしていた迷宮だけど、色々手間取ったけど何とか終わらせたよ』

 

「迷宮の試練を終わらせた…ですか。おめでとうございます!」

 

 解放者たちが残した迷宮をコウスケは無事に終わらせたようだ。その事にリリアーナはホッとする。いくら強さが桁違いとは言え迷宮と言う以上は何があるかはわからない。誰も怪我をしていないので尚更安心しただ。

 

『…うん、有難う』

 

「?何かあったんですか」

 

『あー 後で話すよ。それよりちょっと聞いてみたいことがあったんだけど』

 

 だが浮かれるリリアーナとは打って変わって何やらコウスケの声は重い。何かあったのだろうかと思い聞き返すが言葉を濁されてしまった。

 多少残念に思うが後で話してくれるという事なのでコウスケの話を待つ。

 

「…故郷の場所が分からない…ですか?」

 

『そんな感じかな。この羅針盤があればわかるかと思ったんだけど…』

 

 コウスケが言うのは試練を攻略したものに対する贈り物として羅針盤を送られたのだ。この羅針盤は望む場所を指し示すというアーティファクトなのだという。それでコウスケの故郷である日本の場所を探ったのだが全くわからなかったと言うのだ。

 

「それって古くなって壊れているとかじゃ…ないんですよね」

 

「残念ながら全く持って壊れていない。最初に使った南雲が説明は難しいけどちゃんと場所が分かったって言ってたし…その後魔力切れでぶっ倒れていたけどな」

 

 カラカラと笑うコウスケ。しかし話を聞く限りではとてもマズいのではないか。自分の故郷の場所が分からないという一大事が起きているのだ。

 なぜそんなにも気楽なのだろうか。今一コウスケの心情が推し量れない、その事にもやっとするもののとりあえず話を聞くことにする。

 

『南雲や清水にはまだ話してはいないんだけどさ、何でだろうなーって思ってリリィに相談することにしたんだ』

 

「私に話してくれるのは嬉しいんですけど、力になれるかどうかは…」

 

『別に構わないんだ、他の人からの視点も聞いてみたいんだ』

 

 そう言われては断れない。そもそも頼られるのは嬉しい事だった。少しばかり悩むリリアーナ。

 

「そうですね…魔力量が足りないとかはどうですか」

 

『それも考えたんだけど…だったら俺ぶっ倒れる筈なのにぴんぴんしているし、一応ユエよりも魔力量多いらしいよ?俺」

 

「その線ではない、とすると…」

 

 コウスケの故郷である日本と言う国そのものが無いとか。そんなこと一瞬思ったが、流石にそれはあまりにも失礼が過ぎた。もっと別の観点から考えるリリアーナ。

 

「なにかコウスケさん自身に事情があるのだとか」

 

『俺自身か…流石にそれは考えたことが無かったな。うむむちゃんと俺の部屋とか家とか思い返せるはずなんだけどなー』

 

 通話越しにうむむと考え始めるコウスケ。その間本当に何となくだが故郷の場所が分からない理由を思いついてしまうリリアーナ。

 

(望んだ場所…つまりコウスケさんは日本に帰りたくない?)

 

 だがその言葉はしまう事にした。そんな事をしている間、コウスケはやはり思いつかないようで大きなため息が返ってきた。

 

『ごめん、やっぱ分かんねぇわ』

 

「すいません。お力になれず」

 

『謝らないで、俺が勝手に話したことだから』

 

 それで何となく気まずいまま会話が終わってしまった。本来真面目な気質なので異性との甘い会話と言うのが上手くできないリリアーナ。

何か話題は無いかと脳内をせわしなく動かす。

 

(えーっと何か話ができそうな事…迷宮の試練!)

 

 ハルツィナ迷宮が終わったことは聞いたが中の内容までは聞いてはいない。これで多少の話題になるだろうか多少の不安を抱えながらコウスケに聞く事にする。

 

「コウスケさん、試練の内容はどうだったんですか」

 

『ん?内容?』

 

「はい、解放者たちがどんな試練を用意したのか興味があって」

 

 嘘だ。しかしコウスケは気が付いた様子もなく少しばかり困惑しながら試練の内容を話すのだった。

 

 

 

 

『んーまず入っていきなり分散された』

 

「いきなりですか」

 

『うん、それで俺は何故かゴブリンの姿になっていた』

 

「えぇー どうしてそのような」

 

『仲間割れを誘発させるために、だ。結局すぐに合流することができて元に戻ったけどな』

 

「…なんて言うか、えぐい事をしてきますね」

 

『性格悪いんだよアイツら』

 

 

 

 

 

 

『次は媚薬スライムの雨だった。先頭にいた俺が大量に浴びることになって…おかげでとんでもない羽目になった』

 

「び、媚薬!?とんでもない事って…まさか!ユエさん達と!?」

 

『何もしていないよっ!?そりゃ女の子たちに欲情したから可愛く見えて仕方なかったけど』

 

「……本当ですか?ユエさん達、女の私から見ても綺麗ですから」

 

『しーてーまーせーん。そもそも手を出してたらノインに串刺しにされるっての』

 

(ノイン……お父様を惑わした人。今はコウスケさんの従者らしいですが…)

 

『リリィ?』

 

「は、はい。そういう事でしたのなら…シンジマスヨー」

 

『わーい何か凄い棒読みー』

 

 

 

 

『で、次なんだけど…夢を見せられた』

 

「夢?」

 

『見ている奴が一番望む世界を見せて、自力で脱出できるかどうかっていう奴だ』

 

「…その迷宮を作った解放者は精神的に追い詰めるのが好きなんでしょうか」

 

『どーだろ。兎も角間違いなく俺が望んだ世界だった。アレは抜け出すのが本当に辛かった』

 

「そうだったんですか。…お疲れ様です」

 

『いえいえ』

 

「で、どんな夢の内容だったんですか」

 

『食いつきますねぇ』

 

「私の好きな人が望む世界ですから、興味が無いと言えば嘘になります」

 

『…ストレートにそう言うの止めて下さい、なんか照れます』

 

「(…脈あり?)それで?」

 

『あー内容なんだけど、俺と南雲と清水の高校生活だった。男三人でさ、何でもない日常を馬鹿やって過ごして…本当に楽しかった』

 

「南雲様と清水様しかいなかったのですか?…私は?ほかの女性たちは?」

 

『影も形もありませんでした』

 

「…他の女性が居なかっただけマシだと思えばいいんでしょうか」

 

『分かりませんでっす』

 

 

 

 

 

 

 

「試練はそれで終わりですか?」

 

『まだ最後の奴があって。ゴキブリと反転だ』

 

「ゴキブリ…増々解放者とは分かり合えなくなってきました。それより反転とは」

 

『相手に抱いている感情を逆にさせるんだ。親愛は憎悪へ逆に嫌悪は友愛って感じで』

 

「となると…ああ、だから試練の内容を言いづらかったのですね。貴方は皆さんと…特に南雲様とは仲がいいから」

 

『察しが良いね!?…お陰で滅茶苦茶に暴れたよ。南雲に八つ当たりのように喚いてさ、今ほど自分が情けないと感じたことは無かったよ』

 

「…そんなことないですよ。人間生きていればどのような人にも好意と嫌悪を感じるんです。貴方の場合は偶々それが強く出てきてしまっただけ。それだけです」

 

『…そうかな?たまに思うんだ、俺は…考えないようにしていたけど本当は皆の事を』

 

「皆さんの事は嫌いですか?」

 

『好きだよ。…好きなんだ』

 

「それがあなたの本音です。忘れないでください」

 

『…うん』

 

 

 

 

 

 

『あー俺の方からじゃ無くてそっちはどうなんだ?何か無い?』

 

「そうですね…最近ランデルが見違えるようになってきたことでしょうか」

 

『ランデル君が?』

 

「ええ、前はまだまだ子供だったのに、今では善い王とは何なのか考えて行動するようになって」

 

『へぇ~なんか心境の変化でもあったのかな?』

 

「…本人は『コウスケのおかげだ』って言ってたのですが」

 

『俺!?別に大したことした覚えはないんだけど?あれかな、メルドさん辺りがなんか吹き込んだんじゃないかな』

 

「自覚がないんですね。兎も角ランデルがまた貴方と会いたいって言ってたので会いに行ってくださいね」

 

『了解ですー』

 

 

 

 

 

 気が付けば時間は深夜になっていた。話の内容は主に試練に対するコウスケの愚痴だったがリリアーナとしてはそれでもよかった。

 

『有難う、色々話を聞いてくれて。おかげで楽になったよ』

 

「ふふ、力になれたのなら嬉しいです」

 

 コウスケは完全無欠な人間ではない。その事は知っているつもりだったが、今回はそれが特に出てきた。また一つコウスケの人柄を知ることができてリリアーナはクスリと微笑んだ 

 

『?どったの。何か嬉しそうだね」

 

「いえ、コウスケさんってやっぱり面倒な人なんですよね」

 

『おおう、自覚しているけど言われると中々来るものがあるなそれ』

 

 明らかに困ったような声を出すコウスケ。しかし声には先ほどの重さが無かった。少しでも力になれたのかと思いリリアーナは枕に頭を預けながらポツリとつぶやいた

 

「でも、そんな貴方の事を知ることができて私は嬉しいです。ちょっと人に嫉妬するところや自分の事に自信が無い所が…なんだか可愛くて」

 

『……それ本気で言ってるの?』

 

「本気ですよ。何度だって言いますが…私は貴方の事が好きです」

 

 前までは恥ずかしくて言いづらかったが話をして緊張がほぐれたのだろう。今度は澱みなく言えた。顔は依然として赤かったが。

 

「人は良いところがあれば駄目なところだってある。私は、貴方が優しい人だって知ってる。明るい人だって分かってる。勿論、貴方の変な所も嫌な所も。そんなところすべて含めて好きですよ」

 

『なんだかグイグイ来るなぁ』

 

「話をして思いました。貴方に好意を伝えるには自分から行くしかないと」

 

 実際コウスケからの方は期待できそうにないとリリアーナは話をしている時点で気が付いた。理想世界で自身が居なかったのだ。彼の理想に自分が居ない。それなら自分から攻め込むまで。それがリリアーナが今夜気づいたことだった。

 

『…俺、できれば君の前ではカッコよく居たかったんだけどな』

 

「もう手遅れです。私を本気にさせた責任は重いですからね」

 

 半分冗談めかして言えば通信越しに大きなため息が聞こえてきた。そして真剣な声が聞こえてきた。その声はリリアーナが聞いたことが無いような強い覚悟が籠った声だった

 

 

『…忠告しておく。()()()()()()()()()()()()()()

 

「構いません。寧ろ想いを伝えずにいる方が辛いのです」

 

 

 コウスケの言葉に即答をもって返すリリアーナ。惚れた弱みではあるがもうどうしようもなかった。その言葉に幾分か時が過ぎる。そして聞こえてきたのは苦笑だった

 

『はぁー ダメ男が好きなとんでもない女の子に惚れられたもんだ』

 

「惚れさせた貴方が悪いんですっ! それよりもダメ男なんて私の好きな人の事を悪く言うのは止めて下さいね、勇者様?」

 

『事実なんだけどなー 了解ですよ王女様』

 

 その後、少しばかりの雑談を交え夜の秘密の内緒話は終わった。枕に顔をうずめたリリアーナの顔は緩んでいた。最初はぎこちなかったが楽しかった。会話に内容も甘いものではなかったが…それでもよかった。好きな人との会話だった

 

「ふふふ…また話したいって、ふふふ、良かった話せて」

 

 別れ際にコウスケから『また時間があったら話をしたい』と言われたのだ。ベッドに体を深く預け顔をニマニマさせ次はどんな話をしようかと考えながら  リリアーナは眠りについて行くのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…知らねぇぞ?どうなってもさ」

 

 通信していたペンダントを手のひらで転がしながら呟くコウスケ。しばし色々考えて…大きな溜息を吐き、頭を切り替える。

 

(…シリアス終了!って事で初めての女の子との携帯会話?がこれほど楽しかったとなぁ)

 

 思い返すのはリリアーナとの会話。様々と自分の情けないところを話したような気がして少し不安だったが概ね相手は楽しんでくれたようだった。

 

 口角をあげ先ほどの会話を思い返していた時だった。前方に気配を感じとった

 

「…こんな所で何をしているのですかマスター」

 

「うぉ!…ノイン?」

 

 すたすたと歩み寄ってくるのはノインだった。就寝前だったのかいつもの戦闘衣装ではなくゆったりとした寝間着を着ていた。

 

「あーっと…実は魂魄魔法の神髄って奴を見つけてさ!」

 

「ほう?」

 

 ジト目で見てくるノインをごまかす様に一応本当の事を話すコウスケ。流石に夜中女の子と会話をしていたというのはなんだか気恥しかった。

 

「で、一体どんな魔法を?」

 

「お、おう 見てろよ~幽体離脱!」

 

 言葉と同時に魂魄魔法と昇華魔法を組み合わせた魔法を使い自身の魂を肉体の頭上に漂わせる。最もこんな魔法はただのネタ魔法でしかなく一発芸の為の魔法なのだが…

 

「……阿保ですか貴方は」

 

『うごっ!』

 

 案の定ノインからは盛大に哀れみの目線を送られてしまった。ふよふよと体の頭上に浮かぶ幽体を肉体に戻すコウスケ。一発芸のつもりが滑ってしまったのでちょっぴり悲しかった。

 

「はぁ…ともかく今夜もいただきますね」

 

「うぇーい」

 

 しょんぼりしたコウスケに構わずノインは心臓に手を置き魔力を吸っていく。ノインが加入してからいつも行われている事であり日課だった。

 

 自分の魔力がノインに問題なくいきわたっているのを見ながらふと、疑問に思ったことを話すコウスケ。

 

「そう言えばさ」

 

「はい?」

 

「俺が寝ていた時…理想世界から帰ってきた時なんだけど、俺に何かしなかったか?」

 

 理想世界から起きる前…正確に言えば意識が覚醒する前にに誰かに頬を触られていたような気がしたコウスケ。最も考えたところで気のせいだったかもしれないので只の確認だった

 

「いいえ 触っていませんよ」

 

「そっか」

 

 そういうことならそうなんだろうとうんうん頷く。気のせいか魔力がより強く吸われているような気がした。

 夜中、森の中で美少女に心臓を触れさせているという変な状況の中、手持無沙汰だったのでノインに雑談しようとするコウスケ

 

「ノインの理想世界って何だったの」

 

「いきなりですね。教えてほしいですか」

 

 妙に悪戯っぽく聞いてくるノイン。教えてくれないのならそれで良いが、今一つ思考が読めないこの従者?がどんな理想を抱いていたのか気になったのだ。

 

「貴方と一緒に知らない世界を旅する。そんな世界でした」

 

「え?」

 

「さて、今夜はこのぐらいでいいでしょう。そろそろ寝ましょうマスター」

 

 ぱっとコウスケから離れるノイン。その表情はやはりコウスケには何を考えているのかわからない。そんなコウスケを気にすることなく歩き出すノイン。

 先ほどの言葉の意味をしばし考え…溜息を一つ吐くとその背を追いかけて歩き出すコウスケ。

 

 この夜が終わり次第、最後の迷宮へ行くことになる。何が待ち受けているのか知りながらもコウスケは最後の試練に思いを馳せるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分自身との対話。楽しみですねマスター」

 

「…ああ、楽しみだ」

 

 




お次はいよいよ最後の迷宮でございます。

序盤はパッとできるとして、問題は後半でございますな。

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