12月。日本の土地ではなくなった場所であるIS学園だが、何も気候まで変わったわけではない。当然、冬が到来して多くの人々を凍えさせている。冷暖房完備なIS学園とはいっても、流石に外気までは調節できない。冬の実習はグラウンドにISスーツで出るという地獄であったりもして、冬が苦手な生徒が大多数を占めていた。
そんな季節でも早朝から竹刀を振っている姿が見えるのが今年のIS学園だ。剣道部の朝練にしても早い時間、寮から出たすぐのところで素振りを続けているポニーテールの少女の名前は篠ノ之箒という。彼女は色々と普通ではない立場にいる人間だ。しかしその特殊性は“篠ノ之束”の妹であるという点に集約されていたりする。彼女自身は素直に自分の感情を表に出せない、不器用なだけの普通な少女だ。
(よし。今朝はこんなところでいいだろう)
箒は素振りを終えて、用意していたタオルで汗を拭う。朝の日課はこれで終了。休日である今日は特に予定が入っていない。想い人である一夏を誘ってどこかに行こうとも考えていたのだが、生憎のことながら一夏は倉持技研に呼び出しをくらっていて一緒に過ごせないことがわかっていた。
今日の予定は予習復習で決まりだ。箒は一夏が絡まなければ遊ぶようなことはあまりしない。剣道や実家の道場で培った勤勉さによるものともいえるが一番の要因はやはり一夏だ。箒は自分の身の程を弁えている。戦う力も知識も足りない自分が一夏の傍にいられるのは、姉の影響力でしかないことはわかっているのだ。一夏はもう普通の立場ではいられない。彼の周囲にも普通でない立場の人間が集まっている。その中にコネだけの人間がいつまでもいられるわけがない。
(朝食まで時間がある。シャワーでも浴びてから、昨日の復習でもしておくか。一夏に教えられるくらいにはなっておかねば!)
一夏はわからないところはシャルロットかセシリアに聞くことが多い。その理由が自分の知識不足のためだと箒は思いこんでいる。もっとも、無駄な努力ではないのだから誤解が解けたところで箒のすることに変化があるとは思えない。
そんな箒の日常はさておき。
今、箒が向かっている寮の入り口には出てきたときには無かったとある物体が“生えて”いた。オレンジ色の物体が地に埋まっており、緑色の葉がついている。多くの人間が知っているウサギが好きそうな野菜に類似したそれは外見だけの話で、見るからにメカメカしい光沢があった。おまけに近くに看板も立てられていて『箒ちゃんへのプレゼント♪』と書かれている。箒はため息をついた後、無視して寮に入ることにした。
すると、携帯が着信を告げる。取らないのは流石に悪いと思った箒は渋々通話ボタンを押した。
『ヤバイよヤバイよ! ヤバイよ、箒ちゃん!』
「そうですね。姉さんよりヤバイ人は地球上にはいないです」
『箒ちゃん、ひどい!?』
電話の相手は篠ノ之束。箒の姉でありISの開発者。現在は行方を眩ませており、こうして連絡を取る人間は箒と他には1人しかいない。もっとも、かかってくるだけでこちらからかけることは不可能ではあるのだが。
「何の用ですか、姉さん。私も暇じゃないので早く本題に入ってください」
『うう~、完全に面倒くさがられてるよ~』
「面倒です」
『ハッキリ言った!? ひどい! 誕生日にISをプレゼントしたのにこの仕打ちとは、箒ちゃんも適性Sの仲間入り、もといSに適性があるね!』
「斬りますよ?」
『ああ、切らないで切らないで! もー、相変わらず冗談が通じないんだから。そんなんじゃいっくんもつまらないって思っちゃうぞ?』
束が中々本題を切り出さない。前置きとは思えない無駄話のような束の冗談だったが、箒の胸にチクッと刺さるフレーズがあった。
――一夏は私のことをつまらない奴と思っていたりするのだろうか。
箒が一夏と再会してから半年以上が経過している。にもかかわらず箒が思っているようには一夏との距離が縮まらない。ライバルも多い。不安と焦りが消えたときなどほとんど無かった。
『黙り込んじゃう箒ちゃんはわかりやすいなぁ! 大丈夫! この束さんがついてる限り、なんとかしてあげ――』
「いらないっ! 私が自分で解決する! 絶対に姉さんの手は借りない!」
『そうだよね~。だからこそいいものがあるんだよ』
紅椿をもらっておいて今更何を言っている? そう言われてもおかしくないことを言っていることを承知で箒は叫んでいた。対する電話越しの束は満足げに同意してきた。
『箒ちゃんが知りたい、学びたいものを束さんなりに考えてみて、あるものができちゃったのだ! それが“いっくんシミュレータ”! これで箒ちゃんが知りたいいっくんのこととか、これからのいっくんの行動予測ができちゃうんだよ!』
「姉さんはわかってない。そんなものがあるとして、道具に頼っていては私は――」
『ううん、わかってないのは箒だよ。これはシミュレータといったとおり、ただ見るだけに等しい。これを通して箒に何か変化が生じたのだとしたら、それは私の力でなく箒の成長と言えるよね?』
箒は束の言うことを黙って聞き始めた。束の説明によれば束が開発した“いっくんシミュレータ”なるものは一夏を学ぶための発明品らしい。それはつまり一夏に関することに特化した勉強道具ということになるのではないだろうか。
「姉さん、詳しく聞かせて」
『ほい、来た! じゃあ、さっき箒ちゃんが無視した――』
束の指示どおりに箒は寮の入り口に生えている人参を引き抜いた。すると人参だったのは地面から上だけで、下は直径10cm程度の球体となっていた。地面から取り出したのに土が全く付いていないくらい綺麗であるのだが、そんな細かいところは気にしない箒だった。
束による“いっくんシミュレータ”の使い方の解説が始まる。
まず、このシミュレータがすることは3Dホログラムの表示のみとなる。シミュレータといっても体感できるわけではなく映像を見るだけなのである。暗い必要はないが、防音くらいはあった方がいいため、屋内での起動を束は奨励していた。
次に、シミュレータの起動には7つのISコアをリンクさせる必要がある。リンク自体にはISを展開させる必要がないため、制約にはひっかからない。問題はリンクさせるISコアは専用機でないとダメだということだった。
最後に、シミュレータで箒ができることは“一夏に選択肢を与えること”だけ。それを選んでくれるかはシミュレータの中の一夏次第である。
『じゃあ、後は起動してからも説明も入るから大丈夫だよね?』
「ええ、たぶん大丈夫です」
『ようし! 頑張ってね! あと、ちょっと早いけどメリークリスマス! 神様なんてどうでもいいけど、プレゼントを送る口実があることが大事だよね!』
一言余計な別れの挨拶を最後に束の方から通話を切られた。箒としても束から聞くことは聞いたため特に名残惜しいという気はしなかった。感謝を言えるかどうかはもらったものがどんなものかにかかっている。