非常に魅力的なキャラクターたちに加え、民間伝承などのフォークロアも踏まえた世界観は秀逸なのですが、テキストがぶっ飛んでおり、意味が通じなかったり破たんしていたりと、少々残念な作品でした。
そこで、物語として成り立つよう再構築して小説化したのが本作です。
ゲームの方は全13話のシリーズですが、小説ではその第1話だけで完結するような作りになっています。
また、その第1話ですが、iPhone websiteだと無料配信されています。
ビジュアルを補完するうえでも、読後にぜひ覗いて比べてみてください。
播種の季節
北陸の秋は、足が速い。
真っ赤に紅葉した山々が、今が盛りと彩る。
とても幻想的で、東京生まれの僕には、映画のワンシーンのような、非現実的な美しさに見える。
それは、好ましい世界だ。
現実的ではないものを僕は好む。
運輸省に勤める父親の転勤で、雪国として有名な多紙町(おおかみまち)に引っ越すことになったときには、文句の一つも言った。
高校二年生の二学期も中頃となれば、受験の準備を開始するには遅いぐらいだと。実のところ、そんなまっとうな意見は建前えでしかない。本音は、虚栄で塗り固められた東京を、僕は愛しているからだ。
しかし、その愛を過去形にしても良いと思えるのが、この紅葉だった。
その真っ赤に燃える山の中腹に、ぽっかりと開いた空間が見えた。それが神社の境内だと分かるのは、紅葉に負けることのない、真っ赤な鳥居が三つ並び、その異彩を放っているからだ。
現実的ではないものを僕は好む。
いつのまにか、吸い込まれるようにその神社を目指して、参道を登っていた。
けっして「引越しの邪魔よ☆」という、母親の現実的な圧力を持った言葉から逃げたわけではないと言い張りたい。
まぁ、役には立ってなかったけど。
「はぁ、はぁ、はぁ」
参道とは、すなわち産道。そして、文字通りの山道でもある。
三つ並びの鳥居をくぐり、勾配のきつい石段を登りきると、完全に息が上がっていた。。
「黄泉の平坂もかくやってね・・・」
息も切れ切れに、ひざまずいて愚痴をこぼす。
「はぁ、はぁ、ふぅー・・・」
息を整え立ち上がると、上りきった石段を振り返って見下ろした。
まったくもって、数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの段数である。まっすぐにふもとから伸びた参道は、正しく遠近法でその距離を痛感させた。
そのまま視線を上げ、参道の入り口から町のほうに、そして周囲の山々を見渡した。
「っ・・・」
言葉にならない景色。あえて例えるなら、舞台の書割のよう。
赤く染まった山々に低くたなびる薄雲が、山すそを伝って多紙町の中心地に、ゆっくりとその歩みを進める。
多紙町の名前の由来は、大神。もしくは多神。
神々の住まう土地。
この景色を見れば、古代の人々の感受性を賞賛したくなる。そして、こんな辺鄙な場所に神社を作った理由も納得した。
そう、納得したんだ。
だから、僕は彼女に出会った。
「おいっ」
少々キーの高い声が、僕を振り向かせた。
高床式倉庫を髣髴させる拝殿。その賽銭箱の前に、彼女は立っていた。
いつからそこにいたのか、まったく気が付かない存在感。まるで、そこにいるのが当然といった感じ。それでいて、神々しいまでの雰囲気。
年のころは、僕より5つほど下だろう。低い身長と、ふくらみかけの胸が、少女になったばかりと主張している。
白銀の美しい髪は、ざんばら。釣り目がちな瞳に、どこか悪戯めいたものを感じるのは、口元に覗かせる八重歯のせいだけではないだろう。
なにより、彼女は異質であった。
透き通るような白い肌に、古事記や日本書紀に出てくる貫頭衣のような衣装。かたわらに付き添う、身の丈2メートルはあろうかという銀狼。そして、その耳と尻尾。
彼女のふさふさとした体毛に覆われたその耳は、かたわらに控える銀狼のそれと酷似している。作り物ではない。ぴくぴくと自然に動く様を見れば、本物だと言い切れる。
そして、尻尾。そう、尻尾があるのだ少女には! ふさふさとした尻尾をゆったりとうねらす。
えぇ、本物ですよ間違いなく。
少女は、意気高な瞳で僕を見下ろす。
多紙とは、すなわち多神であり、大神。そして、狼とも言うことを僕は思い出していた。
現実的ではないものを僕は好む。
少女の瞳は、僕を捕らえて離さない。
僕の鼓動は突撃ラッパで焚きつけられたように高まり、僕の瞳は高まる血の色に染まる。
赤く、赤く。
それは、少女の瞳と同じ色だ。
視線と視線が絡み合い、焔が走る。
圧倒された。陵辱された。
そう、僕の心は強姦されたんだ。
それなのに、彼女なくしては生きていけない錯覚すら生まれた。すさまじいマゾ的な快感。何やら目覚めてしまいそうで怖い。
少女が、赤く怪しく光る視線を無遠慮にぶつけたまま、言葉をつむいだ。
「貴様、この土地神たるワシと夫婦になるがよい!」
「はい」
僕は即答していた。
だって、他にどういう答えがあるっていうんだ? あるなら教えて欲しいもんだ。
それに、鼻を膨らませ「よしっ」と応える彼女を見れば、間違ったことは言ってないと思えたね。
だって満面の笑みだぜ。
現実は、いつだって不躾で容赦を知らない。
土地神を名乗る少女、『しろ様』に出会った翌日、僕は転校手続きのため、高校を訪れた。
非現実的な出会いがあろうがなかろうが、日常は続いていく。
多紙町には、高校が二つしか存在しない。多紙高校と多紙商業高校の二つだ。
ありていに言って、中学時代に頭が良かった奴は多紙高校に行く。そうでないものは商業高校に行く寸法である。
さいわい、大学受験を考えている僕は、多紙高校の転入試験をパスした。
もっとも、それが良かったのか、校舎に足を一歩踏み入れた瞬間、懐疑的になった。なにせ、その校舎は古くてボロイ。
多紙高校は、江戸時代の藩校の流れを汲む由緒正しい高校である。第二次ベビーブームに合わせて新設された商業高校とは、格が違う。
多紙高校の校舎は、その格式にふさわしく重厚な木造建築であった。中には戦前どころか、大正生まれの建物も現役で活躍中だ。商業高校の鉄筋コンクリートの校舎がうらやましい。
「しくじったかな・・・」
後悔の念を禁じえない。
ガラガラガラッ
ため息混じりに職員室のドアを開いた。
「あっ」
同時に、小さな悲鳴が僕の胸元から上がった。どうやら、職員室の内側でもドアを開けようとしていたようだ。鉢合わせしてしまった。
真っ黒な日本人形のような黒髪の少女が、品の良い香りを残して僕から離れた。
「着物・・・?」
僕は、謝るより先に、思わず目にした疑問を投げかけた。
その少女は、着物を着ていた。着物は真っ赤な下地に、緋色で紅葉の美しい山々が描かれていた。素人目にも高価な物と分かる。
少女が手にしているのは、日直ノート。まず間違いなく生徒なのだろう。
だが、なぜに着物?
それは、あまりにも異質。
そう、異質なのだ。
そして、現実的ではないものを僕は好む。
少女の瞳を凝視する。
その間、職員室は静寂に包まれていた。
いや、違う。僕の胸の高鳴りが、鼓動だけが、祭囃子のように激しく音を奏でた。
ドクン ドクン ドクン
黒檀色の切りそろえられた髪に、北陸美人の代名詞とも言うべき白い肌。細面の輪郭に、意志の強そうな切れ長な瞳。着物に合う、細くまっすぐな姿勢。
そうだ、着物だ。真っ赤な燃えるような着物が僕の瞳に流れ込み、そして、僕の瞳の色も同化した。
赤く、赤く。
それは、少女も同じだ。
瞳に炎が宿ったと思ったのは、瞬間のこと。赤く怪しい瞳となり、僕を捕らえて離さない。
バッ!
静寂を破ったのは、少女の一振りだった。
どこに隠し持っていたのか、薙刀を突き出し、僕ののどを捕らえた。
模造刀ではない。その証拠に、のど元に、チクリと痛みが走る。
どこまでも現実的ではないが、あくまでも現実。僕が一歩でも踏み出せば、職員室は血しぶきで模様替えすることになるのは請け合いだ。
まったくもって、どうしたものか。
「十和田さんっ!」
「美雪さんっ!」
「十和田くんっ!」
先生方が声を上げるが、一歩も動けない。いや、声を出せただけでも偉いと思うよ、ホント。
先生方の制止の声を統合すると、少女の名前は十和田美雪というらしい。
十和田美雪は、真っ赤な瞳で僕を見据えたまま、微動だにしない。
異常だ、異常。なんて甘美な異常なんだ。
その時、しろ様のことは微塵も考えなかったね。誓ってもいい。その時、その瞬間は、十和田美雪という初めて会った少女が全てだった。
支配されたと言ってもいい。
静寂を破ったのは、やはり彼女だ。彼女以外に、誰が破れようか?
「紺野柾木。ずっと前から見ていたわけではないが、私と男女の仲になって欲しい」
突然の告白。プロポーズってやつだ。
告白ってのは、タイミングが重要だ。ならばこの告白は、なんて素敵なタイミングなんだ。
「いいよ」
迷うことなんかなかったね。
僕は満面の笑みで答えた。
その瞬間、赤い瞳と瞳が重なり合い、交じり合い、溶け合い、霧散した。
十和田美雪は、いや、もはや『美雪』と呼んで差しつかえあるまい。美雪は、突き出した薙刀を引っ込めた。薙刀を日直ノートに持ち替えると、真っ赤になって、はみかむような笑顔を見せる。
デレデレじゃないか。
いつだって現実は、突然で想像の斜め上を行く。
数日後、しろ様と美雪に、それぞれのことがバレた。仔細漏らさずにだ。
自分で言ったわけではない。だが、狭い町だ。噂は町の隅々まで瞬く間に拡がって行く。
バキッ ボコッ ザクッ グフッ ドムッ!
当然の報いと、笑わば笑え。
転校早々、一週間も入院することになった。
それでも僕は、こんな関係の始まりに、満足していたのだから。