十和田家が、この町の支配者だということが耳に入ってきても、一介の高校生には実感できなかったのが、この三ヵ月。
そして、それを理解できたのが、この一瞬。ただいま現在進行中。十和田家ナウ。
いけ好かない黒塗りの車、馬鹿デカいキャデラックで拉致された僕は、当然のごとく十和田家に連れてこられた。
まず、塀の長さがとんでもなかった。純白の塀と平行して車が走ること数百メートル。ようは、それが十和田家の敷地の広さを指す。
そして、芝大門の増上寺を髣髴させるような巨大な木製の門をくぐると、車降所まできちんと管理された中庭が広がっていた。
さらに、そこから連れて来られた先は、離れにある立派な道場。道場だよ、道場。普通、個人邸宅にあるようなものじゃないだろ?
「おいおい」
年齢詐称の声優に、突っ込みを入れる時のような『愛』はない。ただただ、その財力と権力に呆れた。
僕は現実的ではないものを好む。
しかし、これは―――
「圧倒的な現実だ」
それは、ただの暴力にすぎない。
「道場が珍しくて?」
「ええ」
真白と対峙して小一時間。ようやく口が開かれた。
凍るような板張りの床に正座。正直、肉体的に限界は超えているが、やせ我慢を通しているところだ。
余裕があるように見せかけるため、あえてゆっくりと道場を見渡す。壁には道場訓がかかげられ、空気には消えることのない、汗の匂いが微かに混じっている。
「武術の心得は?」
「ありませんよ、そんなもの」
「本当に?」
問いを重ねる真白に、おどけて両手を広げてみせる。
「それにしては落ち着いているのね。私と向き合った男たちは、何かしらの動揺を見せるものなのに・・・。私もまだまだね」
真白はそう言うが、僕も精神的な圧力で屈しそうになっていた。そうならなかったのは、正座という肉体的な痛みで、かろうじて正気を保っていただけだ。
それと、顔色を変えることがなかったのは、家庭内で訓練されているからだ。
なにせ、いい歳こいて、自分のことを『まみちゃん☆』と言う破天荒な母を持っているのだ。感情を出さずにスルーする技は、哀しいけど身についている。
「それで、本題にはいつ入ってくれますか?」
「ようやく聞いてくれました」
真白が微笑んだ。幼さを若干残した笑顔は、美雪とよく似ている。
「昨日、貴方のことを美雪から聞きました」
「この傷のこともですか?」
「ええ。ずいぶんと無様な悲鳴を上げていたそうですね」
「僕の人生に、刀傷沙汰が絡むとは思いませんでしたので」
「貴方が悪いのよね」
真白は微笑んだままでいる。
圧倒的な威圧の中に、好奇心が見え隠れしている。これがきっと彼女の本性だろう。
「貴方は美雪とお付き合いしている」
「はい」
「けれど、貴方は美雪を愛していない」
「否定はしません」
「ならばなぜ?」
「顔と身体つきが好みでした」
「今すぐ貴方を切り殺すか、富山湾に沈めるか・・・、悩ましいところです」
「その悩みは正当だと思います」
「いいのかしら? 私にそんな口をきいて。十和田を敵に回すということは、この土地で生きていけないことに等しいのに」
「僕は外様です。来訪者です。生粋の多紙の人間ではない。東京という帰る場所がある。強く出れるのは、それだけの理由です」
「だとしても―――」
真白は、僕の意見をさもつまらない物のように聞き捨てた。
「『お義母さん、娘さんを僕にください!』って言うときの心証に、大きく関わってくるとは思わないの?」
「はいっ?」
「あらあら、うろたえちゃって」
「なっ、なんですか?」
ふぅん。
真白は鼻で小さく笑った。弱点を見つけたと言わんばかりだ。身構えて、次の一言に備える。
「美雪の裸は見たくないの?」
「ぶっ!」
現実は、いつも想像の右上を行く。
「母親の贔屓目もあるけど、あの子、綺麗な身体しているのよ。胸も形のいいお椀形で、手のひらサイズだから質感はあるけど崩れないし。下の毛は少し薄いけど、毛ぞろいはいい感じね。お互い初めて同士なら、初めのうちはぎこちないかもしれないけど、床上手になると思うし・・・」
「なっ、なっ、なっ」
「そうそう、少し下つきなはずだから、そこのところ念頭に置いてあげてね」
聞いているこっちが赤くなる。実の娘でしょうが。簡単に貞操を売るなよ。
「あらまぁ、ずいぶんと分かりやすい反応をするのね」
コロコロと、真白が手の甲を口に当てて笑う。
「やるだけやって、逃げるということも出来ますよ」
「そんな甲斐性はないのでしょう? あればとっくに行動していますもの」
「人間、いつ覚醒するか分かりませんよ?」
『男子三日会わざれば喝目して見よ』って言葉もある。
「貴方、体操服とブルマの黄金率からすら逃げたのでしょ。そんなチキンが、何を言っても遠吠えにしか聞こえませんよ」
「くっ」
ダメだ。この女性は、母と同類の人間だ。何を言っても勝てないし、無意味だ。
「帰ります」
「帰れないと思うわよ」
「えっ?」
「母様っ!」
立ち上がった僕の背中に、真っ直ぐな声が突き刺さる。
「美雪・・・」
振り向くと、美雪が息も切れ切れに、引き戸の枠を支えに立っていた。
はぁはぁと、荒い息を整えると、肩に白く積もった雪も気にせずに、道場に足を踏み入れた。
「どうして、着物なのに俺たちより速いんだよ・・・」
少し遅れて、肩で息をきらした耕平と瑞穂が、倒れこむように飛び込んでくる。さながら箱根駅伝の平塚中継場のようだ。そしてどうしてか、汗もかかず表情も変わらない早苗が、ひょこりと続く。
「母様、これは―――」
「そこで見ていなさい、美雪」
「説明してください!」
美雪の悲壮な叫びが真白を叩くが、意をかえす様子はない。
「何も。ただ、これから私と紺野柾木は闘う」
「そんなっ!」
「紺野柾木という人物を確かめたい。あなたも分かるでしょう?」
「試すというのですかっ! 母様は柾木の何が不満なのですか!」
「不満? 不満だらけです」
真白は、ちらりと僕に視線を移したが、すぐに美雪と真っ向から向き合う。
「美雪は彼に愛されていない」
「うっ!」
「なのに美雪は、お付き合いしていると言い張る」
真白が美雪に歩み寄ると、髪を梳くように頭をやさしく撫でた。
「母親として、愛娘のそのような扱いに不満がないと? ないわけないでしょう」
「母様・・・」
「それに―――。紺野柾木は、この土地の神であるしろ様とも関係を結んでいる。にもかかわらず、しろ様をも愛していないという」
真白は被りを振るった。
「わからない。わからない。まったくもって、この男がわからない。ならば、確かめるまで」
「だからといって―――」
「もし断れば、私は十和田の力すべてをもって、二人の関係を壊します」
美雪の頭を撫でていた真白の細く白い指が、頭から頬に、頬から顎へと流れて止まる。
「っ!」
美雪が怒りの形相で睨め返すが、真白は涼しい顔だ。残念ながら役者の格が違う。勝負になっていない。
「美雪は納得したようだけど、貴方はどうかしら?」
「せざるを得ないのでしょう?」
「ええ。ご家族になくて済むはずの苦労をかけたくはないでしょう?」
ハゲデブ、もとい校長の怯えを思い出す。十和田家は公的機関をも怖れない。運輸省に勤める父の仕事は、北陸自動車道の開通だ。相当数の人足が十和田の関連企業から出ているが、真白の一声で引き上げていくことだろう。
父の仕事だけでない。地元の商店街が僕らに食品を売らないだけでも、かなり苦労するに違いない。
・・・まぁ、あの母なら何とかしそうだし、逆に楽しみそうだけど。
フッと、笑みがこぼれた。
『にゃははは』と笑って苦にもしない母を想像すると、気が楽になった。そう、たいした問題じゃないさ。
真白に気圧されていた空気が、一気に弛緩した。
自分のペースを取り戻す。
「僕は素人ですよ」
「私が勝ち負けを見たいと?」
「『娘を力ずくで奪ってみなさい』ぐらいは言いそうです」
「その手もあるわね」
真白が逡巡するが、すぐに首を振った。
「戦いはね。その人の性根が出るもの」
「だそうですね」
「見せて頂戴、あなたの本質を」
真白が微かに口元を吊り上げる。それはまるで能面のような表情だ。怒っている様でもあり、悲しんでいる様でもあり、楽しんでいる様でもある。
「真白おばさん!」
耕平が一歩前に出る。
「こんな無茶――」
「――おばさん言わないっ」
「ひぃ!」
耕平、これで無力化。普段、表情の変化が少ない人がすごむと、まじで怖いね。
瑞穂ちゃんも巻き添えをくらって、腰が引けてガタガタ震えている。早苗は、まぁ・・・、いつも通りだ。
「武器を取りなさい」
まぶたを閉じ深く吐息すると、言われるまま、用具置きに足を進める。
「柾木っ」
その場に立ち尽くしていた美雪が、駆け寄ってきた。
「落ち着いた?」
そう言いながらも、視線は美雪に向かわず、立てかけてある木刀を物色する。
「柾木は、これでいいのか?」
「状況が許してくれないみたいだしね」
小ぶりで軽そうな木刀を手に取り、片手で一振りしてみる。
ビュンと風を切る音。うん、これなら何とかなりそうだ。
「ごめんな」
振り返り、美雪に謝る。
「そんな、柾木が謝る事ではない。母様が・・・」
「いや、違うさ」
先ほど真冬に言った言葉を思い出す。
「本当なら『勝ったら娘は貰っていくぞ』ぐらい言ってあげたいんだけどさ」
「いい、いい。今の柾木が、そんなこと言えない事ぐらい分かっている。分かっているんだ」
そう、美雪は分かってくれている。僕はただ、美雪に甘えているだけだ。
「さいわい、勝ち負けは重要ではないらしいしね」
「恵んでもらった愛情なんていらない。わたしは、わたしの力で、自分自身で柾木を振り向かせてみせる」
美雪は一切ぶれることがない。どこまで行っても美雪だ。真っ直ぐで、凛としている。
そんな美雪に、だんだんと惹かれている自分を自覚している。
それでも、僕は―――
いや、
だから、僕は―――
「さて、おばさん。勝負といきましょう」
学ランの上着を脱ぎ、美雪に預ける。
そして、右手に先ほど振った木刀。左手にそれよりもさらに小ぶりな、いわゆる小太刀と呼ばれる大きさの木刀を手に、真冬と相対した。
「二刀流っ! 柾木、君は素人だろ?」
美雪から戸惑いの声が上がる。
「素人には、素人の戦い方があるんだ」
ニイッと不適な笑みを浮かべたつもりだが、上手くいっただろうか? 自信ないなー。
「少しは様になっているようね」
左手は順手、右手は逆手に構えた僕を、真白はそう評した。
「でも―――」
バッと、真白が薙刀によく似た木刀を構える。
『長巻』という武器だ。薙刀よりも刃が長く、刀より柄が長い。美雪もそうだが、どこからそんな長い武器を出すのだろう?
『長巻』を正眼に構え、真白の瞳が赤く染まる。
「おばさん呼ばわりした罪は重いわよ」
・・・・あれ? 趣旨が違ってません?
真冬は、あくまでも本気だ。これだから、母と同類の女性は面倒くさい。
ガッ ガッ ガンッ
本気で打ち合う木刀の音は、想像した以上に鈍い響きだ。そしてなにより―――
「いてぇー」
直撃は喰らっていない。だけど、一撃一撃が重いのだ。受けるたびに手が痺れていく。
十和田真白は、僕を制御しようとしている。
試し、理解するだけでは物足りないらしい。手厳しいね。
「どうしたのです。逃げているだけでは、何も手に入りませんよ」
「何もいらない。現状維持ってのが、僕の望みなんですがね」
「減らず口ね。ならば、現状維持を勝ち取ってごらんなさい」
真白が一歩踏み込むと同時に、長巻の刃身が頭上に迫ってくる。
振り下ろされた強烈な一撃。左腕を振って、剣先をしのぐ。同時に、右に身体を傾けた。
ガッ! ピシッ
どうにか小太刀が長巻の刀身の横っ面を叩き、切先の軌道を変える。それでも肩口をかすめ、Yシャツのボタンをもぎ取っていった。
しかし、それだけでは終わらない。
長巻は、すでに真白の手元に引き戻されている。一連の動作に無駄はない。
バッ!
無表情で繰り出された突きが、喉元に迫る。
今度は、防御も何もない。とにかく真横に飛んだ。着地の余裕すらない。
ガンッ ゴロゴロゴロッ
肩から板張りの床に落ちる。痛みを飲み込んで、そのまま転がって距離を取る。
「あなたの底が見えたようね」
「どうですかね」
すでに息が切れかかっている僕。対して真白は、ほとんどその場から動かず涼しげな顔だ。
追い討ちをかけなかったのは、僕という人間を見極めるため。早々に打ち負かしては、確かめる時間が取れなかったからだ。
だが、次は躊躇のない一撃がやってくる。『底が見えた』と言った以上、手加減なんてものはなくなったはずだ。
「あは・・・」
思わず頬が緩む。
なんて非現実的な状況だろう。
目頭が熱くなる。瞳が充血したように薄っすらと赤みを帯びる。
「でわ」
断りを入れた真白が、上段の構えから伸びるように長巻を振り下ろした。
バンッ!
さっきの突きとは大違いだ。強く踏み込んだ振り下ろし。かつて長巻は、その重量と刀身長から、鎧の上からでも敵の骨を折ったという。空気を裂くように、剣先が鋭く弧を描いて迫る。
「くっ!」
あえて一歩前に出ながら、半身をずらしその振り下ろしをかわす。風圧で、美雪につけられた頬の傷口が開いた。これで一振り避けれたのだ。安い代償だろう。
しかし、前に出て意表をついたつもりだったが、真白は落ち着いていた。
「あまいっ」
胴を狙って反撃に繰り出した木刀は、柄の部分で叩き落された。そのまま半転し軸をずらしながら、脛を切り払いにかかってくる。
急所である脛への攻撃は、剣道では見られない実戦的な攻撃だ。僕らのように、体育で剣道の授業を受けてきた身では、まずその攻撃に反応できない。
ダッ!
だが、それを大きなジャンプで後方に跳んで避けてみせた。
真白と間合いが拡がる。
「どうして、どうして」
真白が感嘆の声を上げた。
「こういうやり取りは、初めてではないんでね」
「武術はやっていないと言っていたわね。喧嘩かしら? 見かけによらずやんちゃなの?」
「もっと実戦的ですよ」
ニタァ~と、嫌らしく笑ってみせた。
運輸省に勤める父は、北陸自動車道の建設のために多紙町に引っ越してきたが、その前に担当していたのは新東京国際空港の建設事業だ。
新東京国際空港、通称名は成田空港。航空需要の増大に対応するために東京郊外に建設中の成田空港は、来年に開港を控えていた。
4千メートル滑走路を計画し、アジアのハブ空港化を目指す、押しも押されぬ国際空港だ。
しかし、用地買収時に地元農民と移転や騒音問題で『ボタンの掛け違い』があり、猛烈な反対運動が行われた。さらにそれに便乗し、純粋な反対運動を乗っ取る形で『新左翼』が違法かつ暴力的な反対運動を繰り広げている。
自宅には、嫌がらせの電話や手紙、そして時限爆弾に放火。マスコミは左翼を庇う論調が強いが、テロ以外の何物でもない。
そして、僕自身もゲバ棒を持った学生運動家たちに、しょっちゅう襲われていた。
ゲバ棒って知ってるかい? 正式名称はゲバルト棒っていってね、建材なんかに使われる角材を棍棒として使うんだ。殴られたら当然痛い。痛いどころか殺されたのだってアホみたいにいる。
夜中、塾からの帰り道が一番危険だね。一介の高校生相手に、四、五人の学生運動家が「天誅!」って叫びながら不意打ちをかまして、ボコりにかかるんだ。
情けなくて、涙がちょちょ切れるよ。まったく。
個人的には、新左翼に扇動されて成田闘争に参加する学生運動家連中に言いたい。
「お前たちが卒業して、仕事で海外出張や赴任。成田空港を使わないんだなっ!」と。
「結婚式をした後、ハネムーンに成田空港を使わないんだなっ!」と。
「子供が出来て、家族サービスの海外旅行。成田空港を使わないんだなっ!」と。
そしてなにより、
「成田がハブ空港化出来ずに、日本の国際競争力が低下したら、お前たちは責任を取れるのかっ!」と。
あと、忘れちゃいけないのは、
「お前たち、ただの犯罪者だからな!」ってのも。
十年、二十年してから成田空港をしれっと利用してる連中に聞きたいさ。学生時代、何やってましたかと。そして、国際競争力の無さを次の世代に押し付けた責任は、どう取るのかと。
まぁ、そんなの考えもしないで暴徒化した連中だ。機動隊を『暴力装置』と呼ぶ連中こそ、暴力そのものだ。
そんなのを相手にしていれば、自然と実戦的になってくる。脛など急所への攻撃は、特に敏感にならざるを得ないのだ。
それに比べたら、真白とこうやって闘っているのは、なんて健全なんだ。
「うはっ」
やばい、笑い声が漏れてしまった。
いかん、いかん。戦いに集中せねば。
真白は、僕の笑い声をどう解釈したか、長巻を拳一つ分短く持ち直した。威力よりも取り回しを重視したようだ。
「やはり分からないわね、あなたは」
真白は長巻を構えたまま、コロコロと笑った。
僕にわずかな勝機が生まれた瞬間だ。
彼女は、実に理知的で合理的だ。感情を理性で制することが出来る女性だ。
だが一方で、興味を持った物に対しじゃれるようなところもある。さながら、猫がボール遊びをするかのごとくだ。
本人の素の部分、性格だろうね。
全力のつもりでも、どこかで相手の出方を期待して待ってしまう。そのわずかな隙間だけが、僕の勝機だ。
真白との距離を測る。まぁ、なんとかなるだろ。
対峙する真白から視線をはずし、視界の片隅に捕らえている美雪に向き直る。
「美雪」
「えっ?」
観客と化しているが、美雪だって当事者だ。ここは一つ協力してもらおう。
小太刀を握った左手を、ゆっくりと真っ直ぐに美雪に差し出す。
真白は、興味深そうにただ見守っている。
そして、僕はニコリと笑う。
「えぇっ? あっ!」
美雪には、それで十分だ。美雪は分かってくれている。
「っああああぁぁっ!」
ブンッ!
雄たけびと共に、逆手に持っていた小太刀を美雪の顔面めがけて投げつける。もちろん、全力でだ。手抜きなんてするものか。
「美雪っ!」
真白が、驚愕の声を上げる。反射的に助けようと、美雪に向けて一歩前に踏み出す。母親が娘の心配をするなというのは、無理な相談だ。
「っりゃぁぁぁぁぁぁっ!」
声にならない気合をこめて、姿勢を低く真白に突進する。
両手に持った木刀を、脇に固定して突っ込む様は、匕首で親分の命を取りに来たチンピラか、銃刀で敵陣に突撃する歩兵か。どちらにせよ命のやり取りに違いは無い。
「っ!」
僕の突進に気づいた真白の表情が歪む。真白の態勢は崩れたままだ。美雪に向かった意識と身体は、僕を迎撃するには不十分だ。
突進しながら、全力で脇に固定した木刀を突き出す。畳まれていた両腕が、開放されたバネのように勢いを増す。
狙いは、真白の腹部。和服の帯が堅く厚く守ってくれる部分。全力で突いても大事には至らないはずだ。
勝った!
そう思った瞬間、腹に強烈な痛みが走った。
「ゴバッ!」
空気が、強制的に吐き出される。
「なっ、何が・・・」
そのまま崩れ落ちる。
みぞおちには、長巻の「柄頭」の部分、つまり切先の反対側がめり込んでいた。
そりゃそうだ。木刀より、長巻のほうがリーチが長いんだ。初動が遅れようが、当たるよな。
試合なら反則だが、残念ながらこれは決闘だ。僕だって人のこと言えないしね。
「っ―――・・・」
薄れ行く意識の中、真白の満足気な笑顔が見て取れた。
「なかなか面白い子ね」
ドサッ
床にうつ伏せに倒れこむと、視界が暗闇に包まれた。
「まっ、柾木――っ!」
ドタバタ ドタバタ
美雪の悲壮な叫びと、駆け寄る複数の足音を聴いた気がするが、意識は完全に吹っ飛んだ。
白目を剥いて、泡を吹いて・・・。
えぇ、情けなく気絶しましたとも。
しょんべんは、ちびってないと思いたい。