新訳 収穫の十二月 [完結]   作:井上そんこう

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4 陽だまり

 

 

「とりあえず、僕は生きている」

 十和田家の浴場は、銭湯と勘違いしそうなほど広い。ヒノキ造りの浴槽もほのかに香って、開放感に色を添える。

 湯船からお湯をすくい、顔を洗う。

 生きているっていう安堵感が、全身に染み渡る。

「ふぃー―」

 奇妙な声が漏れる。

 決闘で打ち負かされたといっても、綺麗にみぞおちに喰らっただけで、特に目立った外傷も無い。多少、手足の痺れはあるけどね。

 汗を流すのと、湯治の意味を込めたお風呂。

「生きてるって素晴らしいー」

 縁に寄りかかって頭上を仰ぐと、ヒノキの格子窓から大き目の雪粒が入り込んでくる。けれど、すぐに湯煙に触れて消えてゆく。

 耳を済ませても、外からは甲高い風の音だけしか聞こえない。

「んーっ・・・」

 思いっきり伸びをする。足をめいいっぱい伸ばしても、湯船の反対側まで爪先が届かない。

「贅沢、贅沢。幸せだね~」

 自分の現状を思い返す余裕が生まれる。

「とりあえず、認められたのかな?」

 なにせ、あの真白が相手だ。よく分からないところである。

 

 

 僕が意識を取り戻したのは、母屋の一室、暖かな布団の中だった。正味四時間、気を失っていたらしい。

 時計の針は午後八時を回り、外は吹雪いていた。

 雪国の吹雪を舐めてはいけない。視界ゼロ、氷点下。家に帰る術は無し。まさに閉ざされてしまったのだ。

 結局、耕平たちも含めて、僕らは美雪の家に一晩やっかいになることになった。

 家に外泊を告げる電話をかけると、母はおっしゃいました。

「ヤッちゃいな☆!」

 電話を叩き切った。

 なんだその、『チャイナ服でヤッちゃいな』的な言い方は。どこのキャバクラだよ。

 痛む頭を抱えながら耕平たちに合流してみれば、すでに酒盛りを始めていた。さらに頭痛が増す。

 雪国の酒飲みなんて、理由はどうだっていいんだと、ちょっと失礼なことを考える。でも、たぶん合ってるよな。

「森野早苗歌います! 曲は山本リンダで『狙い撃ち』!」

「ひゅーひゅー☆」

「いいぞーっ!」

「ウィーラブ、早苗っ☆」

 完全に出来上がった飲み会に、遅れてやってきたときの居心地の悪さ。まぁ、混ざる気分でもないけどさ。

 しかたがないので、振り付け込みで歌い始めた早苗を尻目に、部屋の片隅で料理に手をつける。

「うまい」

 上品な味付け。我が家の大味な味付けとは大違いだ。

 十和田真白に喰らったのは、みぞおちへの一撃。当然腹は痛いのだが、めったに食えないものは食える時に食うに限る。

 早苗のオンステージが二曲目に入った。美雪を引っ張り上げ、一緒にピンクレディーの『UFO』を歌い始める。

 たどたどしくモノマネしながら歌う美雪と対照的に、早苗の踊りのキレは異常だ。指先一つ無駄が無い。完璧な振り付けだ。なんだろね、この無駄な才能。早苗らしいけどさ。

 途中、十和田真白がそっと近づいてきた。

「あなたの敗因は、私のお腹を狙ったこと。帯に堅く守られたお腹なら、怪我がないとでも考えたのでしょう・・・」

 黙って頷いた。

「攻撃される場所が分かっていれば、守るのは容易い。実力が上の相手に対し、遠慮してはダメよ。ましてや真剣勝負と言ったのだから」

 仰るとおり、反論できないね。

「状況把握に応用力。そして行動力。すべて優秀ですが、詰めの甘さが欠点ね」

「一応、褒められたんですかね」

「さぁ、どうかしら」

 クスクスと笑われた。あぁ、母娘だね。美雪と同じ笑い方をする。

「一つ聞いていいかしら」

「どうぞ」

「美雪の顔面に木刀を投げつけたとき、迷いは無かったのかしら?」

「目配せで美雪は理解してくれました。ならば、僕が全力で投げた木刀ぐらい、美雪は取れますよ。その点は信じてますから」

 実際、美雪はキャッチしたしね。

「そう」

 真白は眼を細めた。声は出ないが、満面の笑みだ。

「で、初孫はいつ見せてくれるの?」

 やばい、薬が効きすぎたようだ。逃げるように席を立つ。こういった時は、風呂にでも入って、とっとと寝るに限る。

 

 

「それにしても、くたびれた」

 そんなわけで、お風呂ナウ。ふわふわタイム中。

 あまりにも気持ちいいので、いつもより長風呂になってしまった。ぼうっとしているうちに、また眠気で瞼が重くなっていく。

「上がるかな」

 骨の髄まで温まった。今すぐ布団に入れば、とても気持ちよく寝むれること請け合いだ。

 僕は湯船の中で立ちあがった。

 だけど―――

 ガラガラガラッ

 引き戸が引かれる音に振り返る。

「あっ・・・」

 一瞬にして僕は固まった。

 白い着物一枚の姿で、美雪が浴室に入ってきた。僕が唖然と立ちすくすのを気にも留めず、微笑を浮かべて近づいてくる。

 予想は出来たはずなのに、出来なかったのはお風呂があまりにも気持ち良すぎたせいだ。なんて罪作りなんだ、ヒノキ風呂ってやつは。

「君の背中を流そうと、だな」

「いやいやいやいや、結構ですっ!」

 ドボンッ

 我に返り、勢いよく湯船の中につかりなおす。

 もちろん、両手でナニを隠すのも忘れてません。だって、手ぬぐいないんだもん。

「隠すこともあるまい。減るものでもなし」

「減らないけど、そういう問題じゃないしっ!」

「私は真性でも仮性でも気にしないぞ?」

「かぶってない。かぶってないしっ! 小さいけどかぶってないってばっ!」

 頼むから勝手に包茎扱いしないでくれ。僕の息子は健全だ。

「そうか小さいのか・・・」

 美雪が落胆の声を漏らす。

「えぇっ! そこ重要? 重要なの?」

「わりと」

「うっうっうっ・・・。しろ様にも小さい言われたし」

 誰もが『巨チンの星』を目指すけど、そうそうなれないんですよ、美雪さん。

「しろ様だと?」

 ピキッ

 美雪のこめかみに血管が浮き出る。

 同時に空気も一変する。

 ゴゴゴゴゴォォォ

 美雪の背後に赤黒いオーラが立ち昇り、瞳が赤く光る。

 えっと・・・・、デストロイモード?

「小さいと言われたという事は、あの獣娘に柾木はおチンチンを見せたというわけだな?」

「見せてない、見せてない! 触られただけっ!」

 ブチッ

 あっ、血管切れた。

「見せるだけでは飽き足らず、触らせ握らせ咥えさせたと・・・? このケモナーがっ!」

「色々と誇張するのなしでっ!」

 僕の正当な抗議は、欠片も省みられることは無い様子。美雪が引きつった笑いを張り付かせたまま、一歩一歩確実に近づいてくる。

「えぇっと、美雪さん・・・・?」

 湯船の中で後ずさるが、

 ザブンッ

 美雪も湯船に侵入し、お湯を掻き分け、僕の目の前に立つ。そして、とても冷たい視線で僕を見下ろす。

「柾木、君って奴は」

 ガッ

「うごっ!」

 両のほっぺたを思いっきり強く握られた。そしてそのままシェイク。前に後ろにシェイク、左に右にシェイク。

「あの獣娘に見せて、私には見せない! 私が! こんなに! 恥ずかしい! 格好を! してるというのに!」

「がっ、ごっ、がっ」

 激しく揺らされるたびに、僕の口からは、もうヒトの言葉が出てこない。

「どうせ! 十和田の! 女は! 発育が! 悪い! 悪いか! 気をつけて! いないと! すぐ! 太るし! 尻だって! 小さい! くびれだって! 少ないし! 足だって! 太い!」

 最後の方はよく聞き取れませんでした。だって、口から泡吹いて、白眼になって・・・

 カクンッ

 あぁ、落ちちゃったよ、僕。

 

 

 五分後、正確には意識が回復してから五分後、僕は満面の笑みの美雪に背中を流してもらっていた。

 ふんふんふん♪

 鼻歌混じりに上機嫌な美雪。対して僕は、背中を丸めて小さく縮こまっている。

「さぁこちらを向くが良い」

 ザザァーと背中の石鹸を洗い落とすと、美雪がさも当然と僕の肩に手を当てた。

「いや、もう十分ですから」

「背中だけではないか」

 美雪はきょとんと首をかしげる。

「身体を洗うのが嫌いなのか? ばっちいぞ」

「そうじゃなくてですね」

「なぜ敬語になる?」

「そのような格好をされてますとですね」

「襦袢の何がいけない? 加賀友禅の老舗に特注させた、一着づつ手作りの業物だぞ」

「そういうのは関係なくてですね」

 湯気と浴槽に進入したときに含んだ水分で、真白な襦袢は美雪の身体に張り付き、ほのかに肌色が透けて見える。

「嫌なのか?」

 ちょっとむくれて、美雪は強引に僕を座ったまま回転させた。

 美雪と正面から対峙することになる。

 濡れた襦袢は、僕の背中を流しているうちに肌に張り付いた面積を増やし、乳房の形を明らかにするだけでなく、そそり立った乳首はその存在を主張していた。

「はうっ」

 僕は顔を赤らめて、必死に両手で股間を隠す。

「ダメ! 見ないで! お願いします!」

「しかし、私は君の体が見たいのだ」

 自然な振る舞いの美雪。

 しかし、その美雪の下半身に目をやれば、薄い茂みが浮き彫りになり、さらにその奥も見えようかとしているのだ。ドックンドックンっと、僕の意志とは関係なく、身体が凄まじい勢いで一箇所に血液を送り込んでいく。

「えいっ!」

 小さなかわいらしい掛け声と同時に、僕の両手は美雪によって跳ね上げられた。まさに僕は降参のポーズ。隠していた股間があらわになる。

 ぱおーんっ

「なんだ、ちゃんと反応しているではないか」

「やっ、これは、生理現象といいますか、なんというか・・・」

「心配だったのだ。私に女としての魅力が無いのではないかと」

「顔も体つきも好みです。だけど、今は!」

「だめだな」

 ふぅ~

 美雪が、ギンギンになった僕の愚息の先っぽに息を吹きかける。僕の愚息の先っぽは、充血しすぎて鏡のようにテカテカだ。

「はうっ」

 当然、むき出しになったそこは、そんな刺激に耐えられない。身震いするような快感が背筋を駆け抜ける。

「私は君に愛されていない。だけど私は、狂おしいほどに君が好きだ」

 美雪の細くて柔らかな指先が、僕の睾丸をもてあそぶ。湯船につかっていたため伸びきった袋は、面白いように上下左右に形を変えていく。

「はうわぁぁ・・・」

 僕は、だらしがない顔をしているに違いない。だって、仕方が無いじゃないか。僕は偉ぶってみせても童貞で、自分でするのと比べようも無い快楽に晒されているんだ。

 完全に美雪のペース。

「たとえこの身で君を縛りつけようとも、君を手に入れたい。浅はかだと思うかい?」

「い、いや、そんなこと・・・はうっ」

 実際、僕が美雪を愛していないというのは、半分間違っている。愛してしまいそうなのだ。それを理性で抑え付けているだけだ。

 放っておけば、全身全霊が、細胞の一つ一つが、心の奥底から美雪を愛そうとする。美雪を押し倒し、一つに交じり合いたいという欲望が、無条件で体を支配しそうになる。

 そうなれば、その後のことは想像に容易い。

 昼夜を問わず、場所を問わず愛し合う。穴という穴は全て使われ、お互いの体には精液と愛液の匂いがこびりつき、粘膜という粘膜が交じり合う。

 それでも、意識も身体も白濁となった美雪は、その中で恍惚な笑みを浮かべているに違いないのだ。

 だが、その欲望は美雪に限ったことではない。

 同じ性的欲望。それをしろ様にも抱く僕がいる。

 それは異常なことだ。

 現実的でないものを僕は好む。しかし、それに飲み込まれることは嫌う。あくまでも異常の傍らで、その外縁で関係者を気取っていたいのだ。

 だから僕は、理不尽なまでもの凄まじ性的欲望を理性で抑え付けてきた。その欲望は、愛とは呼べないと言い聞かせてきたのだ。

 だけど・・・

「フフッ」

 美雪はいたずらめいた笑い声を漏らすと、はだけそうな黒髪を左手で押さえて、右手をそえた亀頭に唇を寄せていく。

 そして―――

 カプッ

 甘噛みされた。

「き、気持ちぃぃ・・・」

 僕は、情けない声を上げた。

 ありえない、ありえない。こんな快楽はありえない。全身から力が抜けていく。。

 上目遣いの美雪は、そんな僕に満足したようだった。甘噛みしていた唇をもう少し大きく広げると、僕の鞘をくわえ込んでいく。ゆくっりと、そして、深く深く、粘着質に。

「あぁ・・・っ」

 理性が快楽に流されていく。

 呼応するように、僕の瞳が赤く染まっていく。

 異常なまでの性的欲望。それは本能を超越したものだ。

 ついに僕は、それに負けた。

 両手が自然と美雪の頭を抑え付ける。ゆくりとくわえ込んでいた動作は止められた。

「フッ」

 底意地の悪い笑い声が、僕の口から漏れた。同時に、一気に美雪の口を貫こうと、全身の筋肉に緊張が走る。

 ムリヤリに、オモウガママに・・・。甘美な誘惑が僕を満たし、そして―――

 

 

 ガタッタッタッタタタッ

 浴室の引き戸が、おおげさな音とともに倒れた。

倒れた引き戸の上には、鈴なりになったギャラリー達が、座布団が重なるように倒れこんでいた・・・

 そう、見られていたのだ。

「おっ、お前ら!」

「やっ、その。俺は反対したんだぜ、友として」

「うそ、うそ! あたし、反対したのに、お兄ちゃんに無理やり連れてこられたの!」

「やぁやぁ、ご両人。われわれに気にせず続けたまえ。ホホホッ」

 遠山兄妹の言い訳に、いつもの早苗節。一番下が耕平で、その上が瑞穂ちゃん、そして、早苗。さらには、

「ケホケホッ。母様まで・・・」

 一番上には、真白がいた。

 美雪は唾液の糸を拭うと、じと目で真白を睨む。

「あのね、違うのよ。みんなが集まっているから、どうしたのかのと思って、アハハッ・・・」

 どうして人は、こうも分かりやすい嘘をつくかねー。

「まいった。まいった」

 縮こまるナニと反比例する様に、僕は理性を取り戻していく。

 美雪を衆人環視の場で犯したい衝動はあるが、僕の理性は強靭だ。破天荒な母親を毎日相手にしているのだ。相当に鍛えられている。

「とりあえず、みんな出ってくれないか」

 冷たい視線で、一同に退場を促す。

「アハハッ、おあとがよろしいようで」

「むー、見物料はいかほどかね」

「お兄ちゃんが、ちゃんと支えなかったせいだからね! この根性なし!」

「俺のせいかよ~。お前、太ったんじゃないの?」

 ゴンッ

 余計な一言で耕平が殴られた。いつものことだが・・・

「耕平」

「あん?」

「引き戸も直していけよ」

 やたら低姿勢で、ペコペコ頭を下げながら、されど素早く引き戸をはめ直して去っていった。その動きは『笑点』の山田君のようだ。

「まったく、母様たちにも困ったものだ」

「そうだね。でも美雪も出て行くんだよ」

「えっ?」

 僕は有無を言わさず、直したばかりの引き戸を指差した。

「もう流されないよ」

「そんな・・・」

 しゅんと小さくなって、小動物的な懇願を見せるが、僕はそれを許さない。結局、美雪は観念して、寂しそうな背中を見せて脱衣所に向かった。

 水分を含んだ襦袢が、歩くたびに肌に接地する場所を変えるため、お尻を中心に透け通る肌色が艶かしい。

「あぶない、あぶない」

 その後姿を見ると、思わず駆け出して後ろから押し倒したくなる僕がいる。

「思春期の少年の性欲は半端ないけど。それにしても度を越えてるぞ、これは」

 ほとんど制御不能な欲望だ。

 そして、それはしろ様にも抱く欲望だ。

「しろ様は言った。十和田の始祖は自分の娘だと。これも神様の力なのかね・・・」

 美雪もしろ様も嫌いじゃない。でも、理不尽な力に強制されるのはお断りだ。

 だから僕は、最後の一線を踏み切れない。

「僕は、自分の意志で美雪を抱きたいんだ。自分の意志でしろ様を選びたいんだ。十和田の女としてでも、神様としてでもなく、一人の少女としてね」

 つぶやいて言葉にしてみると、自分の気持ちが整理されたように思えた。そんなに難しい話じゃないさ。少しばかり超常の力が働くだけで。

 

 

 へくちゅん

 湯冷めしてしまったようだ。

 その後、僕は湯船につかり直して身体を温めた。

 風呂から出た後、宴会場と化している広間で美雪と顔を合わした。彼女は少し恥らっていたが、何かを納得したのだろう。小さく頷くと、いつもと同じ笑みを僕に向けた。

 あぁ、そうさ。美雪は分かっている。

 自分自身のことも、僕のことも。

 それは、今の僕にとって、とてもありがたいことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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