新訳 収穫の十二月 [完結]   作:井上そんこう

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第四章 実りの季節
1 ビギン・ザ・ナイト


 

 

 風呂場での一件以来、少しばかり身構えていた僕だったが、何事もなくカレンダーはめくれていった。気が付けば、いつのまにか終業式を迎えている有様である。

 平和なのはいいことなのだが、いささか拍子抜けしたのは否めない。

 そして、冬休みに入ってからも、僕は美雪と一度も顔を合わせることはなかった。耕平や瑞穂ちゃんを通じて、大晦日に予定している年越し酒宴について、打ち合わせる程度だった。

 避けていると言われてもしかたがないが、多少の時間が欲しかった。この程度で壊れるような関係でもないしね。

 

 

 十二月三十日。酒宴前日。

「これで揃った、と」

 買い物リストが書かれたメモを確認すると、僕はそれをポケットにしまいこむ。メモにしては流麗な字で書かれているが、早苗の筆跡だ。

 乾物屋のおばさんから、両手いっぱいに紙袋に詰まった商品を受け取る。かんぴょう、干ししいたけ、干しアワビ、干しなまこ、身欠きニシン、スルメなどなど。

 中身は、女性が三人もいるわりには、実に色気のない品ばかりだ。けれど、遠山瑞穂はなぜかスルメの似合う女の子である。いや、本人には言わないけどね。

 僕らは事前に打ち合わせた通り、それぞれ準備にいそしんでいる。早苗は店の食材を提供し、瑞穂ちゃんは実家の畑から長ネギやニンジンを収穫し、美雪は菊姫の蔵元から大吟醸をいただいてくる事になっている。完全に別行動の耕平は、隣町の魚市場でカニを調達しているはずだ。

 僕は去年の今頃を思い出だそうとして、首を振った。平々凡々と家族で過ごした年末年始。近所にあった成田山新勝寺に初詣に行ったぐらいが、イベントというイベントだ。

 まぁ、国内二位の参拝客が訪れる成田山は、面白い体験ではあるが、こんな風に友達だけが集まっての年越しなんて、想定外もいいとこだ。

「悪くないよな」

 重い荷物を抱えているにもかかわらず、足取りが軽くなる。

 

 

「ただいま」

「おかえりー、この色魔☆」

「帰るなりいきなりソレですか、お母様」

 いつもの通り軽く流し、靴を脱ごうとしたが、見慣れない二足の靴に目が止まる。

「誰か来てるの?」

「んもー、マーくんってば、おとぼけちゃってー。マミちゃんの眼はごまかせないんだぞぉ。可愛い顔して四股突入とかー。きっと来年には八股とかになって夜のヤマタノオロチとか呼ばれてるんだぞー。って言うか呼んでやるー。んでもって、実の母のマミちゃんまでその八股の中に入ってたりして、あぁもう~」

 身をくねらせながらの熱演。

「あっ、ちなみにお酒を飲むとダメになっちゃうぞ」

 微妙に日本書紀に忠実なのが嫌すぎだ。

「で、誰なの?」

「つっこめよー。さみしいよー。マミちゃんさみしいだろー」

「はいはい」

 確認する気を失くした僕は、そのまま母の横を通り抜けた。

「あとで飲み物持ってくからねー。目薬入りビールだけどね!」

 こんな母親を毎日相手にしていれば、色々と鍛えられるわな。真白と対決したときに落ち着いていたのも、その成果の一つだ。

 コンッ コンッ

 念のため、部屋の前で立ち止まり、扉をノックする。

「はいはーい。入ってまーす!」

 どこのトイレだよ。

 思わずツッコミを入れようとしたら、

 ガサガサガサ ゴソッ

 聞き覚えのある声に続いて、なにやら慌てて物をかたす音が聞こえる。何やってんだか。

「ど、どうぞ~」

 自分の部屋に入室するのに、許可をもらった。どうも釈然としないが、いたしかたあるまい。

 ガチャリとドアを開けると、予想通りの二人がいた。

「やっぱり、早苗と瑞穂ちゃんか」

「やっ」

 しゅた、と瑞穂ちゃんが敬礼っぽいポーズをしてみせた。

「どーもー」

 早苗はちゃぶ台前に正座して、缶ジュースをのほほんと啜っている。平常運転だ。

「買物に行ってきたよ」

「ご苦労。まあ座りたまえ」

「僕の部屋なんだけどね」

 苦笑い。僕は両手の紙袋を勉強机の上において、ちゃぶ台前に腰を下ろした。

「やー、これがホットカーペットっていうんだね。うちにも欲しいねー」

「ぬくいよ、ぬくいよー。幸せだよー」

 瑞穂ちゃんがゴロゴロと転げまわる。なんだかテンション高いねーって・・・

「ちょい待った」

「ふい?」

「早苗、それ缶ジュースじゃないよね?」

「あたりぃ」

 軽く缶を持ち上げて、伝説の霊獣のイラストを見せる。しかも金色の方。

「こっちもー」

 寝そべりながら、瑞穂ちゃんが部屋の隅を指差す。そこには空になった缶が三つ転がっていた。

「あー、母よ・・・」

「マミちゃんお母さんはいい人だよー。暖房が効くまでこれで身体を暖めろって。気配りの出来る女性だねー」

「それに、わたしたち普段から早苗んちで飲んでるんだよー。ビールぐらいじゃ酔わないしー。円周率だって言いまくれるわよ」

「ほう。言ってみて。瑞穂ちゃん」

「三・・・、三・・・」

「続きは?」

「約三っ! もうっ! いいのよ円周率なんて! そのうち約三で通用するようになるわよ!」

 やー、さすがにそれはないと思うな。そんなことになったら、日本終了だよ。

「まぁ、いいよ。で、どうしたの?」

「んんんとね、明日の荷物の割り振りをちょっと変えようと思うんだ」

 言いながら早苗は、荷物リストをちゃぶ台に広げた。相変わらずの達筆、まるで蕎麦屋のお品書きのようだ。

「僕たちだけで? 耕平と美雪はいいの?」

「雪っちはお嬢様だから、箸より重たいものは持たせられないしー」

 いやいや、彼女がナギナタガールってこと忘れてません? 普段からものすごい勢いでぶん回してますよね? なんなら、この前の刀傷をお見せいたしましょうか?

「お兄ちゃんは、ほら、カニの調達に漁船に乗ってるから」

「はい? ちょっと待ってください、瑞穂さん。何とおっしゃいましたか?」

「うん? だから、お兄ちゃんはカニ漁船に乗ってるって」

 僕は目を閉じると、記憶を検索する。確か、冬のカニ漁って物凄く危険で、ベーリング海のカニ漁船なんか『世界で二番目に危険な仕事』と言われるほどだ。

「ほら、今年はコウバコガニが不漁だっていうから、美雪に頼んで十和田にゆかりのある漁師さんに口を利いてもらって、特別に乗せてもらったってわけ」

 コウバコガニ。正式な呼び方はズワイガニの雌。漢字で書くと香箱蟹。大型で蟹肉が上手い雄と違い、雌は小型であるが、卵(外子)と味噌(内子)が絶品である。

「えっと・・・、僕の記憶が確かなら、ズワイガニ漁って厳しい水揚げ規制で短期間しか取れないから、寝る間を惜しんで漁に出るはず。しかも、厳しい仕事だからなり手がいないって・・・。たぶん、一度乗り込んだら最後、解放されないんじゃないかなー」

「ほら、それならカニは残念だけど、お兄ちゃんが屈強な海の男にジョブチェンジ出来るということで」

「そっかー、それじゃあ耕平君は明日欠席かなー」

「はは・・・」

 僕は今ほど耕平を哀れんだことはなかった。無事でいろよ、マイフレンド。

「じゃ、荷物の割り振りを変更しようか。耕平君抜きで」

「縁起でもないから、耕平を数に入れてください。お願いします」

 変更といっても、数週間前から熟考の上で立案されている内容だ。変更点はほんのちょっと。

「それじゃあ、土鍋はうちの大きいやつに変更で、カセットコンロは征木くんってことでー」

 早苗が赤ペンで一部を修正する。

「集合してから、荷物を移し変えればいいんだね」

「うん。去年は男手がお兄ちゃんしかいなかったから、ぐっと荷物運びが楽になるね。あっ、お兄ちゃんは欠席だっけ」

「欠席じゃないから。瑞穂さん、あなた兄妹でしょう」

「うちのお母さんが誠実だったらねー」

「笑えないって」

「アハハハ」

「まったく。・・・それにしても、これくらいなら電話で十分だったんじゃない?」

「んんー? 柾木くんはこのハーレムがお気に召せないと?」

「母さんが余計なファンタジー妄想を広げるからね。遠ざけたかった」

「お堅いなぁ。いやらしいグッズも隠してなかったみたいだし」

 早苗が瑞穂ちゃんを流し見る。あぁ、なるほど。ノックをしたときの慌てっぷりはそれか。

「こ、こういうのは、探すのが礼儀なの!」

「面白くない部屋で悪かったね」

 秘蔵コレクションは、外にある倉庫の奥深くだ。この部屋を探しても見つからないよ。

「つまんない。帰る」

「そうしてくれ」

 ホットカーペットを満喫していた瑞穂ちゃんが立ち上がり、床に放り投げていた毛糸の帽子とポンチョコートを拾い上げる。早苗も缶ビールを飲み干すと、脇に折りたたんでいたダッフルコートと雑誌が入ってそうな紙袋を手に立ち上がった。

 カタタタッ

 ドアの向こうで小さな物音が聞こえたのは無視した。まったく、母よ・・・

 僕は二人を戸口まで送り、最後に明日の待ち合わせ時間を確認した。

「また明日ね」

 あっさりとしたもので、二人は肩を並べて帰っていった。

 玄関に戻ると、母がすねた顔で待っていた。

「もう帰しちゃったのー。マーくんのいくじなし。ズバババッとやっちゃいなよー☆」

「母よ、覗き見はいい趣味とは言えません」

「えっー、なんのことかなー。マミちゃんわかんな~い」

 バレないと思っていたのか・・・。僕はじと目で母を睨んだ。

「うー、マーくんのいじわる」

 ぴょん

 背の低い母が軽くジャンプして、僕の首にぶら下がる。

 ぎゅうー

 無意味に大きな胸が、僕の背中や腕に押し当てられる。

 童顔で巨乳で、破天荒で・・・。あぁ、そうか。僕が美雪やしろ様のようなスレンダーな体型に惹かれるのは、この反動に違いない。

 貧乳は正義ですよ。少なくとも僕にとってはね。

「母よ、大掃除は片付いたの?」

「マーくんがいるから大丈夫☆」

 何が大丈夫なんだか・・・

 ちゅー

 ほっぺたにキスされた。

「ねっ?」

 かわいく言われてもなー。正月も三が日しか休みの取れない父を恨めしく思いつつ、僕は母をぶら下げたままリビングに向かった。

 今日中に終わるかなー

 

 

 

 

 

 

 

 

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