にんげんていいな
「ぷふぁー、生き返る~」
バイクを路肩の木陰に止め、傍らに流れる湧水に頭を突っ込んだ。
「冷てぇー。湧水、最高ぉ!」
八月のお盆休み、天気は快晴、気温は・・・考えたくもない。暑い、すげー、暑いとだけ言っておこう。
しかし、まぁ、『手がかかる子ほどかわいい』とは言うが、まさかここで・・・
「故障すんのかよ」
愛車に泣きつく。ニンジャGPZ900R。映画トップガンでトム・クルーズが乗ってたやつ。去年の夏休みと冬休みにバイトしまくって、ようやく手に入れた15年前の型落ちだ。
「俺もカワサキ乗りだからさ、オイル漏れとかNが多いとかは、仕方がないと覚悟してるさ。でもさ・・・」
はぁ~
大きくため息をつく。
「まさか、メインフレームにヒビ入るとはな」
ちょっと荷物を載せすぎたっぽい。
「5年ぶりの実家、しかも高校生の一人旅だぜ。ばぁちゃんに東京土産もいっぱいあるしさ。いやま、東京って言っても、千葉の柏だけどさ」
誰に聞かせるわけでもなく、言い訳を続ける。
「でも、こっちの人にとっちゃ、柏も横浜も川崎も大宮も浦和ですら東京ってね」
パンパンッと、日差しで熱を持ったシートを叩く。
「北陸道に入ったあたりから違和感はあったんだよ、でも、それなりに走っちゃうんだよな」
バイク乗りの間では『カワサキは故障するが壊れない』とは有名な話だ。
幸いだったのは、北陸道・大紙インターは大紙町の中心部にほど近く、直線距離で3キロもないことだ。そこまで行けばバイク屋の一つもあるはずだ。
「楽勝・・・、山さえなければな」
はぁー・・・
深いため息をついて立ち上がる。考えてもしゃーない。やってやれないことはないんだ、とりあえず町まで押していこう。
母さんからは思慮が足りないと、よく小言をもらうが、体を動かしていた方がいい。
「神様に祈る暇があれば働けってな」
「そうでもなかろう?」
「えっ?」
不意に声をかけられた。
バッバッ
左右に首を振り、あたりを見渡すが人影は見つからない。
「ここじゃ、ここ」
上を見上げる。新緑の太い木々の隙間から、夏の強い日差しが差し込み、ちょっとまぶしい。
「もちと上じゃ」
視線をさらに上げると、太い幹の上に少女が両腕を組んで立っていた。
麦わら帽子に白いワンピース。年の頃は十三、四か? しかし、はためくスカートの内側に見える白い魅力的な三角形は、大人びたデザインの気がしなくもない。
『まぁ、童貞だからよく分かんないんだけどね』
こればっかりは、いたしかたがない。
「とぅッ」
少女が、幹の上から重力に任せて落ちてくる。
シュタッ
見事に両足を広げ、右手をついた形で着地する。スパイダーマンとかがよくやる三点着地ってやつだ。
「ふっふっふっ」
ドヤ顔で少女が立ち上がった。
「紺野竜木じゃな?」
「えっ?」
「柾木によう似ておる」
「親父を知ってる?」
「母親も知っておるぞ」
大紙町は東京とは違う、小さな町だ。町の人たちがみんな知り合いどころか親戚ってのは、よくある話と聞く。そのため、苗字ではなく屋号で呼び合うことが多いらしい。
「君は、どこの子かな?」
「どこの子?」
少女は不思議なものを見る目で見返してきた。
「はははっ、どこの子か。久しいな、その問いは。そう、五十年ぶりぐらいかの」
「五十年?」
少女は、にんまりと笑った。悪戯めいた小悪魔の笑い方だ。
「ワレは、大紙の大神じゃ」
ぶわぁ
少女の宣言に合わせるように、一陣の風が舞った。かぶっていた麦わら帽子が空に舞い、スカートが大きくめくれ上がった。そしてあらわになったのは―――
「獣耳? 尻尾?」
ふさふさと揺れ動く、白銀の獣耳と尻尾がそこにあった。
「そして、狼じゃ」
ドクン ドクン
僕の心臓が一気に高まる。
やばい、やばい、ケモナーの血が騒ぐ。ちなみに自分の初恋は、名探偵ホームズのワトソン夫人で、真サムのキャラはチャムチャムだ。
興奮しすぎて目が充血気味になる。
「驚かんのは家持の血よの!」
「やかもち?」
「よい、よい。汝の知らぬ先祖の名じゃ」
そうなのか? そう言われてしまうと深く考えるのを止めてしまう。
親父には、よく考えてから行動しろと怒られるが、これも性分だ。ネガティブになるよりはいい。
「ワレは待った。幾年も待った。そして、時は来たれり。捲土重来!」
神を名乗る獣少女がこぶしを握り上げた。
「紺野竜木、ワレと夫婦になれ!」
「はいっ! 喜んで!」
即答だよ、即答! 見よ、居酒屋のバイトで鍛えたこの返事!
いや、居酒屋での返事は条件反射みたいなもんだが、この今の返事は違う。本気も本気。魂が震え、全身全霊をかけた返事。
そう、運命!
獣少女と結婚とか、ご褒美以外の何物でもないじゃないか!
なんなら今すぐに高校を中退して、大紙町に移住したっていい。ケモナー万歳だ。
妹には、現実を直視しなよと、冷たい目でののしられるが、だって目の間に獣少女がいるんだぜ! しかも、ものすごい美少女!
白いブラウスに、白いパンティーがまぶしすぎる。
あぁ、絶対、スク水を着せたい。しかも、旧型!
「結婚してください!」
「よしっ!」
少女も満面の笑みで答えた。
こうして、しろ様、そして幼馴染の遠山船穂ちゃんを交えた、ひと夏の冒険と三角関係が始まろうとしていた。