雪のうへに
照れる月夜に
梅の花
折りて贈らむ
愛しき児もがも
(訳:積もった雪面を照らす月明かりの夜。こんな風流な夜には、梅の花を折って愛しい人に送りたいものだ。そんな相手がいればよいのだけど・・・)
ひどく寒かった夏は、実りの秋を迎えることなく冬を向かえ、今年は例年以上に大雪が続く。
サクッ サクッ サクッ
しんしんと降り積もる雪原に、一人、足跡を残していく。
家持は任期を終え都に帰ると、宣言通りに『万葉集』を編纂した。淳仁天皇の勅命が降りた形だが、勅命をこれ幸いとしたのは間違いない。当代一の歌人と称されるだけあり、あらゆる人々のあらゆる感情をまとめ上げた。
万葉集が編纂を終えたとき、桓武天皇に奉じたものとまったく同じものが真田の娘を通じて届けられた。いや、桓武天皇に奉じられたのが清書されたものだとすれば、送られてきたものは原本と言える。
その万葉集を、幾度も詠んだ。幾度も幾度も詠んだ。気が付けば、ほとんどの歌をそらんじることが出来るようになった。
喜びの歌、怒りの歌、哀しみの歌、楽しさの歌。
あらゆる感情を学んだ。
だが、未だ『愛』を知らない。
知識としては持ったが、理解できない。実感できないのだ。
「やれやれ、頭でっかちになってしまったではないか・・・」
家持に文句の一つでも言いたいが、それも出来ない。家持は、すでにこの世の人ではない。それは八百年も前のことだ。
万葉集を編纂し、歌人として大成した家持だが、自身が危惧していたとおり政争に巻き込まれた。橘氏と藤原氏の間に挟まれ、大伴の棟梁として大いに苦しんだ。
その苦しみは、病死した後も、藤原種継暗殺事件の首謀者として、その遺骨が隠岐の島に流される扱いまで受けるほどであった。
家持は、すでにこの世にはいない・・・
人は老いて死に、神たるこの身は生き続ける。
ワレは、またひとり残された。
「これを哀しいと言うんじゃろうな・・・」
知識としては持ち合わせているが、実感のない感情・・・
あのとき知りたいと思った欲求は、今もこの胸にくすぶり続けている。
ふと、空を見上げた。厚い雪雲は、夕日すら差し込ませず、ひたすらに雪を降らす。時間感覚すらマヒしそうな暗さと静けさだ。
この鬱々とした天気は、夏から続いている。しかも二年連続であった。
「今宵は屋根のあるところで寝るとしようかの・・・」
つぶやいて、多紙山の祠に向けて悠然と歩き出す。ワレは孤高である。
多紙山の中腹には、少し開けた土地があり、小さな祠が建てられていた。しかし、その祠は忘れ去られて久しい。
人の心は移ろう。
家持が去った後、めっきり里に下りることが少なくなったワレにも原因がある。しかし、それ以上に人間が変わった。鉄砲を手に入れたのだ。
弓や刀を手にワレと向き合えば、ワレを恐れる。しかし、鉄砲を持てば不可思議な自信を持ち、ワレを怖れなくなった。何度か撃たれる内に、ワレも面倒を避けるようになった。
「もっとも、鉄砲程度で死ぬことはないのじゃがな。ワレはこの土地そのものじゃて」
怖れと敬意は同義語である。それゆえ、ワレを怖れなくなった人間が、山の中腹にある祠を忘れ去るのも道理であった。
「んっ?」
祠の近くまで来て、違和感を覚えた。
朽ち果てかけた祠の外観に変わりはない。だが、何かが違う。
もっとも、雪に半分埋まっている状態では、普段との差異を探すのは難しいのだが・・・
ギギギギギッ
額を押し当てるようにして祠の扉を開けると、違和感の正体が待っていた。
人間の少女だ。
たしかに、、降りしきる新雪が足跡と匂いを消している。しかし、ここまで気が付くのが遅れたのは、昔のことを思い出しながら歩いていたからであろう。
「珍しいの、ここ数十年は、人が足を踏み入れたことはないのじゃがな」
少女に近寄りながら語りかけた。不思議なことに、少女はワレを怖がらなかった。
歳の頃は、一二、三。童子から少女になったばかりといったところか。だが、やせ細った身体は、実際の年齢以上に幼く見せる。
「ワレが恐ろしくはないのか?」
フルフルと、少女が小さく首を振る。
「名は?」
「みゆき」
そう言うと少女は、埃の積もった床に『幸』と一文字、たどたどしく書きあげた。
「おらぁ、名前だけは書けるんだぁ」
にっこりと、少女が笑った。
「っ・・・!」
その笑みが、ワレの記憶を呼び覚ます。その笑い方は、かつて家持が愛した少女の笑い方だ。いや、それだけではない。漆黒の髪も、白い肌も、その輪郭も、真田の娘『深雪』を若干幼くしたものだ。そう見れば、目元の彫りの深さや鼻筋は、家持によく似ている。
そうか、この『幸』は、家持と『深雪』の子孫なのじゃな・・・。
ならば、ワレを怖れぬのも不思議ではない。家持の血がなせる業だ。
もっとも、それはここに幸がいる理由にはならない。さて、なんと聞き出すか・・・
だが、その前に、
「幸よ、寒いであろう?」
コクリ
今度は、小さく頷いた。
幸が着ているのは、擦り切れて継ぎはぎだらけの赤い一張羅だ。半纏すら羽織っていない。厳冬の外を出歩く格好ではない。
「であろうな」
傍らまで近づき、幸をワレの腹に引き寄せ、横に寝そべる。最後に、尻尾で包んでやった。
「きれい・・・」
「フッ」
思わず笑ろうた。
『あたたかい』よりも先に『きれい』という言葉が先に出たのだ。
「やはり、家持の血じゃな」
「んだぁ?」
「なに、お前さんのご先祖の話じゃて」
「ひいじいちゃんよりもかぁ?」
「あぁ。もっともっと昔の話よ」
それを聞いた幸が、安心したように微笑んだ。
「やっぱり、しろ様は神様なんだぁ」
「そう呼ぶ者もおったな。もっとも、何をもって神と呼ぶかにもよるがの」
ワレの身は、人外のものであるのは間違いない。
ワレは、多紙の大地、空、人、獣・・・。それら情報によって支えられた存在である。ならばこそ、そのような存在を『神』と呼ぶかは、観測する者次第であろう。
それに・・・
「神であっても、人間どもに忘れられて久しい神じゃ・・・」
「だから、バチが当たったんだぁ」
「バチとな?」
「おらぁたちが、しろ様を忘れてもうたから、こげな寒い年が続くだぁ。米も出来ねぇ、みんな死んでくだぁ。バチさ当たっただぁよぉ・・・」
「なんぞ、ワレが人間を罰するために、空模様をこのようにしてるように聞こえるが?」
「違うだかぁ?」
「ワレも、この雪の多さには難儀しておる」
雪であれ晴れであれ、凶作であれ豊作であれ、ワレを支える多紙の情報の総量に変わりはない。姿かたちを変えて表れているだけである。
しかし、狼の肉体を持つ身としては、この雪の多さはいささか不便であった。
「そもそも、ワレが人に罰を与えたことなど、ただの一度もないしの」
「えっ?」
幸が、心底驚いた顔をした。
人間が増えようが減ろうが、それに対応して何かが増減し、ワレを支える多紙の情報の総量に変化はない。ならば、多少不快なことがあったとしても、人間を罰するなど不要なことだ。
「そんなぁ・・・」
ワレの尻尾に、水滴が落ちた。
「泣いておるのか?」
えっぐっ、えっぐっと、幸はすすり泣き始めた。両手の甲で涙をぬぐうが、涙が止まる気配はない。
「ふむ。困ったの・・・」
あやそうにも、あやし方を知らぬ。だいたい、なぜ泣き始めたのだ? 分からぬことばかりだ。
「じゃ、じゃぁ・・・」
涙に鼻水が加わった顔を、幸はワレに向けた。
「おらぁたちを助けてくんろぉ」
「助けるとな・・・」
罰したことがなければ、助けたこともない。仮に助けられたという者がいたならば、人間が勝手に『ご利益』と解釈したにすぎん。
ワレに俗世への優しさを求められても、応える義務はない。
しかし――
「言うだけ言うてみよ」
幸の顔が驚いたまま固まった。
義務はないが、拒絶する理由もない。片手間で出来ることなら、やってみてもよい。
「ホントだがぁ? えぇだがぁ?」
「疑り深い娘じゃの」
プルプルと、幸が頭を左右に振った。
ワレの機嫌を損ねたら終わりと思うておるな。やれやれだ。
「それで、ワレに何を求める?」
「おこめ」
「こめ?」
「米さぁ、実らせてくんろぉ。腹いっぱい、まんま食べさせてあげてくんろぉ」
切羽詰った声で、幸が訴えてきた。
人間が稲作を始めて久しい。ワレは、その進歩を見てきたと言ってもよい。
赤米から白米への品種改良、種の直播は育苗と田植えに変わり、用水路には水車。技術の進歩は、数えればきりがないほどである。
ワレは見てきた。
ワレは知っている。
―――されど。
「無理じゃな」
「えっ?」
「幸が望んでおるのは、何やら不可思議な力で豊作にしたり、米飯を目の前に出すというものじゃろ。ワレにそのような力はない」
「しろ様は、神様だんべぇよ。神様に出来ねぇことさ、あんめぇ?」
「ワレにあるのは知識のみじゃて」
幸が、信じられないとばかりに眼を剥いた。
そもそも、日本に全能の神はいないのだ・・・
「ワレは存在するだけだ。超越した存在を『神』と呼ぶならば、間違いなくワレは『神』じゃ。されど、ワレはすべての事象に反応するだけだ」
その反応は、この世の一切合切をなしえる特権である。
それを神の奇跡と人間は呼び、怖れ、付き従う。
「しかし――」
あくまでも受身の存在である。
「まぁ、人間すべての腹を満たしてやることは出来んが、一人ぐらいなら雑作もない。ウサギかイノシシでも狩ってこようぞ」
「だっ、だめだぁ」
立ち上がろうとしたワレを、か細い腕が懸命に留めた。本当に、細い、細い腕だ。
「おらぁ一人、お腹一杯になれねぇだ。みんなを、みんなをお腹一杯にしてくんろぉ」
「出来ることと、出来んことがあるのじゃよ」
そもそも、ウサギやイノシシを狩ってきたとしても、火を起こす術も調理する術も持たない。
あるのは知識だけである。
「天気が落ち着いたら村まで送ってやるゆえ、まずは腹を膨らませるのじゃな」
「だめだぁ」
かたくなに幸は拒んだ。首を激しく横に振る。
「おらぁ、村には帰れねぇだ」
「なぜじゃ?」
「おらぁは『いけにえ』だぁ。しろ様に、米さぁ実らせてもらうための『いけにえ』だぁ。村さには、帰れねぇ」
「ふむ。しかし、ワレにその能力がないと説明すれば、戻れんこともあるまいよ」
フルフルと、幸は小さく頭を振って否定した。
「もう、村さにはぁ食べ物がないだぁ。おらぁが戻ったら、みんなに迷惑がかかるだぁよ・・・」
生贄と同時に、食い扶持減らしの意味もあったか・・・
「それに・・・、もぅ、歩けねえだぁ・・・」
幸が、自分の足を慈しむように撫でた。
幸を包んでいるワレの尻尾をどかすと、茶褐色に変色した細い足が見えた。
「壊死しておるのか・・・」
「えし?」
その問いに答えず、首だけをゆっくりと振った。
「幸よ。いつからこの祠におる?」
「三日・・・」
幸が指を折って数えた。
おそらく、雪山を登り、飲まず食わずの三日であろう。普段から栄養の足りていない美雪の足は、簡単に凍傷から壊死したに違いない。
「おらぁ、いけにえだ。だでぇ、村さ帰れね」
「しかし、ワレにそれに応える力はない」
「だども、しろ様は神様だ。ずっーと生きてるって言っただ」
「確かに。それを神の証とするならば」
ワレの言葉に、幸は押し黙った。期待は絶望に変わり、使命は打ち砕かれたのだ。
だが、それもつかの間、幸は意を決したようにワレを正面から見据える。
「なら、おらさ、喰ってけんろぉ」
「はっ?」
ちょっと待て。今、この娘っ子はなんて言いおった? ワレに『喰え』だと? 『喰え』と確かに言いおったよな?
幸を凝視すると、潤んだ瞳で見つめ返された。
「おらぁ、家族のみんなさ大好きだぁ。とっちゃも、かっちゃも、にっちゃも、・・・死んでもうたおとうとも、村のみんなさも大好きだぁ。だから・・・」
幸が、ニコリと微笑んだ。
「どうせ生きられねぇんなら、しろ様に喰われて、しろ様の一部になって、村のみんなさ、ずーっと見守りたいだぁ」
「あぁ・・・っ」
言葉がつむげない・・・
家持よ、家持よ。お前はかつてワレに言ったな。『普通のことを普通に出来る国にしたい』と。
それがどうじゃ? お前の子孫のこの有様は!
やせ細ったこの身体! お前の愛した深雪の面影と比べてみよ!
家持よ、家持よ。お前はかつて深雪と歌を送りあい、愛し合ったな。
それがどうじゃ? 幸は『おらぁ、名前だけは書けるんだぁ』と言ったのじゃぞ!
教養があるないの話ではない! 文字すら書けんのじゃ!
家持よ、家持よ! これがお前の望んだ国だというのか!
怒涛のごとくワレの中で感情が渦巻いた。知識の上では知っていること・・・。そう、憤りというものだ。
怒り、悲しみ、哀れみ・・・
何もかもが、ない交ぜになった激しい感情・・・、それこそが憤り。
「だから、おらさぁ、喰ってくんろぉ」
幸が微笑んだまま眼を閉じた。
すべてを悟ったような顔だ。それは、十二、三の少女がする顔ではない。
あぁ、あぁっ!
家持よ、家持よっ!
スッと、幸が首を傾けた。
白く細い首筋が、ワレをいざなう。
ガウッ!
無意識で、ワレは幸の首筋に牙を食い込ませていた。
バシュッ! シュシュッ!
その瞬間、幸の首筋から鮮血がほとばしる。血糊が、天井にまで勢いよく叩きつけられた。
「あぁ・・・」
幸がか細い声を上げる。その顔は恍惚としたものだ。しかし、徐々にその瞳から生気が失われていくのが分かる。
そして―――
「あ・り・が・とう・・・」
ワレの目の前で、小さな命が消えた。
まだ十二、三年しか生きていない命である。飢えてやせ細った身体である。万葉集に収録された恋の歌も体験していない、そんな命が今消えた。
あぁ、あぁっ、あぁっ!
家持よ、家持よっ、家持よっ!
なんなんだ、なんなんだっ、なんなんだっ!
ワレの眼から、涙が留まることなく流れ落ちる。憤りという感情が、涙という形に変わって流れ落ちる。
ポタポタと流れ落ちる涙を、ワレはそっとすくうように手で受け止めた。
留めなく流れる涙は、両の手のひらで小さな泉を作っていく・・・
「んっ?」
そこで、異変に気づいた。
「手だと?」
前足ではない。毛の生えておらん、か細い人間の手だ。
「・・・」
涙の溜まった両手を顔にあてがってみる。毛もなければ、凹凸も乏しい。
「な・に・・・?」
ふらふらと、両足で立ち上がる。そう、二本足だ。二本足で立ち上がったのだ。
ゴロリ
抱えていた幸の亡骸が床に転がる。幸せそうな表情に反し、噛み千切られた首筋からは大量の血が流れ続け、床に血の海を作っていく。
「ワシは、いったい・・・」
幽鬼のような足取りで、祠から外に出た。
いつの間にか雪は止み、夜も明けそうな時間であった。曇天に遮られながらも、薄明かりが太陽の存在を告げる。
「ワシ? ワシと言ったのか? ワレでなく?」
混乱、混乱、混乱。為すこと全てに、混乱を覚える。
「だからこそ、確認せねば・・・」
祠の脇にある小さな庭池に向かう。夏には水浴び場と化す庭池だが、今ならば凍って、鏡の代わりになろう。
慣れぬ足取りで池のふちにたどり着く。一瞬、覗き込むのに躊躇した。
「怖いのか? 真実を知ることが・・・」
もう、自分で自分を理解することも御することも出来ない。
「ただ反応するのみ」
自分の存在を言い聞かせるようにつぶやき、鏡面と化した庭池を覗き込んだ。
「―――っ!」
そこには、裸の少女が不安げに水鏡を覗き込む姿があった。
「幸?」
その少女の容姿は、今しがた喰ろうた幸のものだった。黒髪が銀髪に変わっているものの、幸そのものだ。若干印象が異なるのは、本来の年齢どおりの健康的な肉付きをしているためだろう。
しかし、決定的に異なる点もある。
「・・・耳と尻尾はそのままとな?」
頭には白銀の体毛に包まれた獣耳。尻にはふくよかな毛皮に包まれた尻尾。それと赤い瞳。
それは、かつての白狼の姿を髣髴させる特徴だ。人あらざる者の証である。
「ハッハッハッ」
笑うしかないであろう。
「そうか、ワシは幸に『ワレにあるのは知識のみじゃて』と言ったのであったな」
米を実らせる超常の力はない。あるのは知識のみ。ウサギを狩っても、火を起こすことも料理することも出来ぬ。あるのは知識のみ。
そう、狼の身体で出来ることは限られる。
「それで、この人間の身体か・・・。じゃが、ワシはただ反応するだけの存在じゃ」
それは、位相がズレたとしても変わりのない、本質的な部分だ。神が救いを与えることはない。俗世に直接的な利益をもたらすことはない。
「だが、ワシの中の幸が、助けてやってくれと叫んで止まぬのも事実」
精神が肉体に引っ張られているのだろうか、感情や嗜好が、幸のそれに強く影響を受けている自覚がある。
「幸・・・。家持と深雪の子孫・・・。子孫・・・。子孫?」
そこで気付いてしまった。
「そうか、そうなのじゃな。ワシは直接手を出せぬ。だが、ワシの子ならばどうじゃ?」
そのための、この身体なのじゃろう・・
庭池のふちから立ち上がり、鳥居の前まで進む。そこから多紙の土地を見下ろした。
降り積もった雪の中に、一糸纏わぬ異形の少女。それが自分の姿だと慣れるまで、暫し時間がかかろう・・・。
されど・・・
「幸の願いは、かなえてやれそうじゃの」
その時のワシの視線は、慈愛に満ちたものであったはずだ。
その後、ワシは里に下り、一人の女子を生んだ。名前を『御幸』と名付けた。ワシに英才教育を受けた御幸は、成人すると新しく家を興した。
永遠の豊作を願い、『永遠田』という家名であったが、いつしか『十和田』と簡略されていった。
十和田の家のものは代々、たぐいまれぬ知識と指導力、そして使命感をもって、この多紙の土地を護り、発展させていった。
享保の大飢饉、天明の大飢饉、昭和大恐慌、第二次世界大戦・・・
不思議と十和田の家には、子は女子が一人しか生まれぬ家系となってしまったが、それでも今日まで、いくつもの時代の荒波を乗り越えてきた。
その間、ワシは百年に一度程度の間隔で新しく子をもうけた。だが、初めの子であった御幸以外は、すぐに多紙の土地を離れていった。すべて女子じゃった。
最後の子を産んだのは、四十年近く前のことだ・・・