ソードアート・オンライン ~Un observateur~ 作:千ノ華
「・・・もしかして詰んだ?」
アインクラッドへと降り立ち、プレイヤー達を救おうと意気込んだ俺ことカルミア。
現在、暗黒空間から脱出できず。
残念!カルミアの冒険はここで終わってしまった!
「いやいやいや!早いよ!」
脳内実況に思わず突っ込む。
とは言ったももの、どうやって脱出するか。今のところ死者は出ていないもの、モタモタしていると手遅れになる。
「そうだ今の俺、AIじゃん」
AIならウィンドウにも特殊なコマンドがあるかもしれない。すぐにウィンドウを開き、見落としがないように隅々まで見ていく。
「・・・ない」
何も無かった。プレイヤーのウィンドウと何ら変わりない、普通のメニューだった。
「うそん・・・、まさかこのまま出れないなんてことは無いよな?」
モニターをチラ見する。映像は騒いでるプレイヤー達を写していた。
(まだ大丈夫そうだ)
そう思い、ほっとしながら頭を回転させる。
ウィンドウには何も無かった、となると考えられる可能性は・・・
・AI自身にアインクラッド内に転移できる機能がある。
・この空間のどこかにシステムコンソールなどが置かれている。
・カーディナル及び茅場晶彦の権限でのみ行動できる。
の3つくらいだろうか。
一つ目の理由としては、俺と同じAI、『ユイ』がアインクラッドへと移動できていること。
またMHCPの役割はプレイヤーの精神状態のケア、なのですぐに対象のプレイヤーの元に赴く必要がある。
よってAIのプログラムには、転移機能があるかもしれないからだ。
だが、この時彼女はカーディナルにプレイヤーへの干渉を禁止されている。その上プレイヤー達の負の感情の影響でエラーを蓄積、自我の崩壊が起きている。
そのため自力で移動できたとは思えない。(無意識で行った可能性もあるが)
そこで2つ目の可能性、システムコンソールの存在だ。
アインクラッド内で唯一カーディナルへの接続が可能なコンソール。
ユイが自力で脱出出来なかったとすればコンソールまたは転移石碑に近いものが置かれているはずだ。
触れるだけで転移できるか、操作が必要かは分からないが・・・。
自力での脱出法があるかどうかすら分からない今、個人的にはこちらの方が助かる。
3つ目の場合は・・・完全に詰み。どうすることも出来ない。もしこうなると今計画している目標は全て達成不可能になる。
下手するとクリアされるまでこのままなんてことになり兼ねない。
このパターンにだけは絶対にならないで欲しい・・・。
さて、まずは自力で脱出できるかを試してみよう。
ウィンドウには専用コマンドなどはなかった、となると音声認識だろうか。
「転移!はじまりの街!」
しかし何も起こらなかった!
「システムコマンド!」
しかし何も起こらなかった!
「ル○ラ!」
しかし何も(ry
その後もあれこれ試すも、変化なし。自力での脱出は無理そうだ・・・。
「次はコンソールだな」
辺りを見渡すも自分の周りをたくさんのモニターが囲んでいるだけでそれ以外は暗闇で見えない。
モニターをどけて歩いてみるが先は全く見えない。
モニターは映像を流しながら後ろをついてくる。
しばらく歩き回ってみたが、コンソールどころか明かりのひとつもない。そもそも暗いせいで進んでるのかどうかすら分からない。
・・・というかうるさい。後ろをついてくるモニターから聞こえてくる、プレイヤー達の騒ぐ声が。
最初よりマシとはいえ、もう2、3分聞いている。
その場にいるならともかく、こうして第三者視点で見ているとなんというか・・・心身に堪える。
これはユイちゃんも気が変になりますわ。こんなに阿鼻叫喚な絵面見せつけられて、しかも干渉できないし。
まだ会ってもいない同胞に同情しながら、さらに探索を続けて数分。結局コンソールを見つけることは出来なかった。
「はぁ・・・」
俺はため息をついた。
自力での脱出はできず、コンソールらしきものも発見出来なかった。
そうなると残りは一つしかない。
「カーディナルか茅場の権限・・・か」
実質詰みルートである。嫌でもため息が出る。
「なんでこんなに苦行ルートにばっかり進むんだよー・・・ちょっとは良いルート行かせてくれよ・・・」
愚痴を言いながら、モニターを横目で確認する。
映像には先程よりは人が散り散りになってはいるもの、未だに広場に留まっている人が写っている。
ほかの場所を映すモニターには既にエネミーにやられる者や、自殺する者が現れ始めている。
それらを止めようと頑張っているプレイヤーも少ないがいるみたいなので、少しは被害を抑えられるだろうが・・・。
(このままだと、ベータテスターと一般プレイヤーに亀裂が入るのは確実だろうな・・・)
今すぐにでもはじまりの街に行って、テスター、一般問わずに協力する体制を作らないと行けない。
そうしなければ、テスターと一般の間に深い溝ができて、お互い過ごしにくい環境が出来てしまう。
そんな光景を見たくないので、この作戦を立てたが・・・
だが、結果は幽閉ルート。
意気込んで立てた計画は全て台無し、愚痴も呟きたくなる。
そして数分後
「茅場ー!見てんのかー?こんな絵面見てて楽しいかー?」
愚痴が茅場に対する文句に変わり始めた頃。
後ろから聞覚えのある音が聞こえた。
(転移した時の音!?)
転移門や、転移結晶を使った時のあの音だった。
(誰かが来た?まさか茅場本人か!?)
この際、茅場本人でも構わない。一刻も早くここから出なくては!
そう思い、後ろに振り返る。
するとそこには・・・
コンソールがあった。
「はぇっ」
つい変な声が出てしまった。それもそのはず、さっきまで何も無かったところに急にコンソールが現れたのだ。
「なんで急に・・・」
出現する条件を満たした訳でもない、となると・・・
(十中八九、茅場の仕業か・・・)
どうやら完全に茅場晶彦の手のひらの上で踊らされているらしい。
だがここは彼の行動に乗っかるとしよう。このコンソールからアインクラッドへ・・・はじまりの街へ行く方法を見つけるために。
コンソールに触れてみる。とてもひんやりとしていて、少し鳥肌が立った(ような感覚に襲われた、鳥肌自体は立っていない。)
すると、女性の感情のない声が空間に響いた。
『システム起動、ユーザーの識別を開始します。』
「うおっ」
突然の声に驚き、手を離す。
『識別コード O.S.MHCP_03 』
『カルミアと認識、これよりカルミアを一時的にマスターとして登録します。ようこそ、カルミア様』
「一瞬触れただけなのに、認識出来たのか・・・すごいな。」
って感心してる場合じゃない。すぐに調べないと。
マスターとか言ってたし、このコンソールはあらかた調べ尽くせるだろう。
そして、再びコンソールに触れようとした時、また声が響く。
『カルミア様のデータに破損を検知。バックアップデータを転送します。尚、カーディナルの命令により、転送するデータは一部に限定されます。バックアップは30秒で完了します』
「バックアップ・・・?一体何の・・・」
しかし、システムはそれに応えることなく。
『転送開始します』
無感情でそう発言する。
「あっ・・・ガッ、アァアァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!?」
俺は叫び声を上げた。
突然、膨大な情報が頭に流れ込んでくる。別に頭が無茶苦茶痛い訳では無い。
自分が消えていくような、別の誰かが入り込んで来るような。そんな気持ち悪さが押し寄せてきているのだ。
「やめろ・・・っ!気持ち悪い!やめてくれ!」
吐きそうな、全身の穴という穴から汗が噴き出るような、ともかく言いようもない不快感が襲ってくる。
「うっ・・・おええええええっ」
あまりの気持ち悪さに吐いてしまった。だが口から液体は出てこない。ただ嗚咽だけが、口から溢れる。
「ゲホッエホッ・・・やメろ・・・俺の中に・・・入ってくルなァ!!」
自分が消えていく感覚と必死に戦う。
ひたすらに意識を保つ、それだけに集中する。
『データの転送が完了しました』
そんな言葉が聞こえると同時に、気持ち悪さは一瞬にして消えた。だが、不快感はずっと残っていた。
たったの30秒が1時間に、いやそれ以上に感じる悪夢だった。
「うぅ・・・酷い目にあった・・・。」
だが結果として、このコンソールの使い方と一部だがカーディナルのシステム構造は完全に理解していた。だがこの情報の為だけに、何故こんな苦痛を味わなければならないのか・・・。
だが、これでシステムに介入できるようになったのだ、良しとしよう。
引きずっても仕方がないと
・・・私?
「あれ、自分の事、『私』って言ってたっけ?」
いやいや、何を言っているんだ私は。
おかしな事を言う自分に恐怖を抱く。
だけどそう思うのも仕方ない、さっきあんな目にあったのだ、多少混乱もするだろう。
念の為に自己確認をしておくか。
「私の名前は■■■■。日本の■■出身の、ごく平凡な16歳の高校生」
うん、異常なし。名前もちゃんと言えている。
やっぱりただ混乱していただけだ。
自分の奇行を笑いながら、コンソールを操作していく。
何を探すべきなのかは自然と頭に浮かんでいた。
「あった、これだ。『MHCP_アインクラッド同期プログラム』」
意外と早く見つかった。これでようやくアインクラッドへ向かうことができる。
他にも必要なものを探す。
「『changed into mortal Object』・・・ 『
『immortal object』とは圏内・・・つまり街や村の中にいるプレイヤーや、一部を除いたNPCに対して攻撃が通らなくなる機能だ。
これを解除すれば死のリスクが付きまとうが、普通にプレイヤーとして行動ができるようになるはずだ。このコマンドは使わせてもらおう。
『equipment custom』
装備変更機能。さっそく、自身の服装、装備を確認する。
ワンピースのみだった。
こんな格好ではじまりの街に現れたら、完全に注目の的だ。すぐに初期装備に変更する。
これで誰から見てもプレイヤーにしか見えないだろう。
『SAO_system_file』
これにはエネミーの行動パターンや、クエスト、アイテムの出現タイミングなどが記録されている。さらに、戦闘アシスト機能も付いているようだ。
これは役に立つ。かなりのチートになるけど、手に入るのだ。貰っておこう。
そしてこのデータ・・・ダウンロード型か・・・。
あの不快感をもう1度味わうのは嫌だが、必ず役に立つ。我慢して入手する。
「うぐっ・・・ぎもぢわるい・・・」
吐き気に耐えながら役に立ちそうなものがないか調べていると、あるデータに目がいった。
「『Observer system』・・・?」
『Observer system』・・・『プロジェクト・アリシゼーション』の第一段階。通称O.S.
と書かれている。
「なんだこれ・・・『プロジェクト・アリシゼーション』?それにこの『O.S.』って・・・私の名前の下に書いてあったやつじゃないか」
文章はかなり長く書かれている。時間はないがこれは読んでおかなければならない気がする。
そして、文章に目を通そうとした時・・・
『カーディナルへの不正アクセスを検知 ハッキングと推定します これより カーディナルは全情報をブロック 及び逆探知を開始します。繰り返します・・・』
そんな言葉とともに警報が鳴り響く。
どうやら私は知らないうちにハッキングまでしていたらしい。
この
「してる場合じゃない!!!」
早くしないとまた幽閉、最悪消される!
このチャンスを逃せば、もう二度とここから出れなくなるかもしれない。それは絶対に嫌だ!
急いでコンソールを、操作して『MHCP_アインクラッド同期プログラム』と『changed into mortal Object』を起動する。SAOの構造データはこれも一部だったが入手に成功した。
カーディナルに特定されないように、痕跡を消しておくことも出来た。
『『changed into mortal Object』の起動完了、『immortal object』は解除されました。』
声が響く。無事に起動できたようだ。
『またカルミア様の権限では、自ら『immortal object』を起動できません。起動するにはシステムコンソールの使用、またはGMへ申請を行って下さい』
起動する気はないので問題なしです。
『『MHCP_アインクラッド同期プログラム』の起動完了、アインクラッドへの転移が可能になりました。尚、このプログラムは起動後 強制終了します。カーディナル内部への移動はコンソールからのみとなっております。ご注意下さい。』
戻る気ありません。
『最後に転移先を、入力して下さい。こちらは音声認証も可能です。』
やっと・・・やっとこの時が来た。
視界にある時刻を見ると、午後6時13分だった。意外と時間は経ってはいなかったみたいだ。ちょっと遅刻だけど、ようやく始めることができる。
気になることは山ほどある。だけど先ずはするべき事をするのだ。だから今は目先のことに集中しよう。
そしてやるべき事をして時間に余裕が出来た時、今の私について、『Observer system』について、そして、『プロジェクト・アリシゼーション』について調べよう。
さあ行こう、アインクラッドへ
ここから私の・・・カルミアの『本当』の冒険が始まるのだ。
私は期待や不安、色んな気持ちを胸に込め、高らかに声を上げる。
「転移!はじまりの街!」
― 2022年 11月6日 午後6時13分―
現在の生存プレイヤー数 9744名
―アーガス研究所内部―
研究所内は多くのスタッフが慌ただしく走り回っている。だが彼らは既にこの研究所の職員ではない。
皆ここでの役目を終え、自分の元いた職場、あるいは新たな勤め先へと赴くための準備をしている。
所謂、撤退作業というものだ。
そんな中、白衣を着た若い男が1人、落ち着いた様子で携帯を耳に当てている。
「あぁ、彼女は無事に起動できたよ。このゲームがクリアされる頃には、プロジェクトも無事に第二段階へと進めるはずさ」
「・・・」
携帯からは男の声が聞こえる。
「カーディナル内の彼女を保管しているエリアで妙な動きがあったが、もうシステムが自分で解決している、心配することは無いよ。」
「・・・・・・」
「もちろん、データはちゃんとそちらに送るから安心したまえ。それとありがとう、ここの職員の情報の隠蔽、ご苦労だった。」
「・・・」
「すまないね、私のわがままに付き合わせてしまって。」
「・・・・・・」
「私か?聞かなくても分かっているだろうに・・・。もちろん私はあの世界へ行くよ。他の誰よりもあの世界へ行くことに焦がれていたんだ。行かないわけがないさ。」
友人と会話でもしているのだろうか、その男の声はとても楽しそうだ。しかし覚悟を決めた顔をしていた。
ドアをノックする音がし、スーツを着た女性が入ってくる。
20代前半だろうか、化粧をしてないにも関わらず、その女性はとても綺麗な顔をしていた。
「茅場さん、時間です。そろそろ車へ・・・」
女性はそれだけ言うと、男・・・茅場明彦の返事を待った。
茅場は女性へ「分かった」とだけ言うと、再び携帯を耳へ当てる。
「残念だが時間だ。最後に話ができてよかったよ。」
「・・・」
「あぁ、それでは、後の事は任せるよ。」
「菊岡君」
茅場は電話を切り、女性と共に研究所を後にした。
前回、カルミアちゃんが大活躍すると言ったな。
『あれは嘘だ』
あ、待って、ごめんなさい。次回はほんとに活躍しますから!
とりあえず、その破顔拳の構えをやめて下さい。