実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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うんこもれた!!!!!!!


世界樹2

 

 

 

 

 

 --4

 

 地球上最新のドロップキックを巨大なムカデに炸裂させた貴方は、反動を利用して宙を舞う。くるくると回転し、地面へと降り立つ直前でムカデに食いつかれた。下半身がムカデと化した貴方は、まるで汚染された人魚姫。スーツが無ければ毒によってバブルスライムとなって消滅しただろう。

 巨大なムカデは毒を持つ顎で挟み、貴方を決して逃がさぬよう食らいついている。着地するはずだった肉体は再び宙へと戻され、振り回される。止め処なく垂れ流される毒に汚されるおニューのスーツ。

 貴方は怒りに突き動かされ、二本の毒針で形作られている顎を掴む。機械化された部位は最低限の出力しか発揮しない、スーツは未だに沈黙を貫いている、ロックの掛かっている関節は満足に動かせない。それでも虫けら程度に負ける貴方ではない。

 毒を垂れ流すことしか能のない顎は、鈍く軋む音を漏らし、圧し折れた。そのまま手に入れた毒針をムカデの口部に突き刺す。汚い悲鳴が挙がる。貴方はその要求通りおかわりを刺した。

 

 ムカデが自らの毒針によって破壊された口から解放された貴方は、汚染された人魚姫から鳥人へとランクアップするも遺跡群へと落下を余儀なくされた。鳥人は鳥人でも、イカロスだった。そもそも降下する際も羽根など軟弱な装備無しに突入した貴方だ、イカロス超えを十分に果たしたと言っても過言ではあるまい。イカロス? それは何処の踏み台ですかね。

 イカロスすらも踏み台にした貴方に、ムカデの口部が二つ迫る。どうやら巨大ムカデは頭部を三つ持つ身体をしているらしい、悲鳴を挙げて悶える頭部、激昂する頭部、冷静に貴方を見つめる頭部が見える。

 おお、なんとグロテスクなケルベロスだろうか。

 どんなに貴方が幸運であろうとも、空中では身動き一つ取れない。再び食いつかれて欲張り丸飲みパーティーセットへと変貌する直前で、ムカデの頭部が弾かれるように横へと仰け反っていた。貴方の超人的な動体視力がはっきりと捉えていた。ムカデの頭部を弾いた衝撃の正体は弾丸だった。それを放ったのは遺跡群に身を隠しているマッチョが持っている銃器の類に違いない。大まかな弾道からの予測だが、他に思い当たる者もいないので当たりだろう。

 旧い分類の兵器だ。投石の次くらいの世代の兵器でしかない。が、迷宮内部ではこれくらい原始的な武器のほうが有効なのかもしれない。

 

 今度こそしなやかに貴方は着地する。音を殺すのが癖になってんだ、そう表現できるほどだ。

 弾丸による援護を行ったマッチョへとハンドサインを送る。難なく伝わった。先遣隊として送り込まれた者たちの一人なのだろう。貴方が前衛、マッチョが後衛だ。相手が誰であれ、友軍と思える者と出会ったのならば役割だけは大まかに決め、それに従う。

 前衛を買って出た貴方は、再びムカデへと肉薄する。まずは攻撃よりも防御や回避に重点を置く。情報集めだ。

 判断したいのはムカデの連携だ。頭部は分かれているが、意思疎通は取れているのか。情報は脳で処理される。ヒトの脳は、機械などに補助をさせることもあるが、ニューロンの塊として頭部に一つだけ存在している。数センチ程度の虫ならば頭部の脳だけでは足りず、節などに神経の塊を持っている。しかし目の前の巨大ムカデはどうだろうか。脳はそれぞれの頭だけで十分だと思えるが、虫であるなら神経の塊を持っている可能性も否定できない。それがそれぞれの脳と繋がっていて連携しているとすれば、三つの頭部が得た情報を共有できるかもしれない。これは脅威となるだろう。

 頭部の一つは見に徹しているのか距離が遠い。二つの頭部が噛み付こうとするが、貴方には何の痛痒も与えられなかった。突撃する頭部の勢いを利用した巧みな弾丸の補助、そして貴方自身の体術と頑強なスーツの装甲が受け流した。背後で二つの頭部がぶつかり合う堅い音が響く。しかしその頭部たちを隠れ蓑に、回避後の硬直を狙ったのか貴方へと液体が飛来した。溶解液なのか、遺跡群が視界の端で溶けていた。甲高いギチギチとした音が聞こえる。振り向けば、ぶつかり合っていたムカデの頭部が僅かばかり溶けていた。

 

 今の攻防だけでは連携できるのか、意思疎通は取れるのか、それらはわからなかった。しかし、わかったこともある。貴方を無視し、ムカデの頭部が争っていることから仲は悪いようだ。もしくは本能的に敵と見做して防衛しているのか。

 もう一つはムカデの攻撃は自身にも幾らか効くことだ。互いに噛みつき合い、溶解液を吐き合っている。特に見に徹していた頭部は他二つから攻められ、少なくないダメージが見て取れた。

 貴方には複数の頭部を持つ生物がほぼいない理由がわかった気がした。

 

 それはそれとして貴方は撒き散らされる溶解液の量に危機を覚え始めていた。遺跡群が溶けて消え、迷宮の階層を形作っている地面も悲鳴を挙げていた。土台の基礎として作られた地面ではない。何らかの理由で形成されただけだ。場所によって丈夫さが異なるのは、貴方がここに落ちてきたことから明白だった。地雷原でタップダンスなんてオシャレな状況ではない。もはや薄氷の上で熱湯パーティーだ。

 ムカデを遠ざけるか撃破する必要があるだろう。逃走も悪くない。幾つかのハンドサインを送る。後衛を任せたマッチョが頷いたのは抗戦のみだった。仲間の死体が溶け切ったことも、逃げる選択肢を奪ったかもしれない。

 しかし問題はない。スーツの機能がロックされていようと、身体を補助する機能がほとんど止まっていようとも、この程度ならば貴方にとっては危険ですらないのだから。行きますよ、亀山君。はい、右京さん。そんなやり取りは無かったが、貴方は再び駆け出した。

 互いに争っていて警戒を忘れた鈍重なムカデに捕まる貴方ではない。弾丸が、行く手を阻もうとしていたムカデの頭部を鈍く弾く。擦り抜けるように衝撃で僅かに止まった一つ目の頭部を躱し、二つ目の頭部を踏み台にした。迎撃のつもりか、視界いっぱいに液体が広がる。溶解液はスーツによって完全に遮断されている。傷ついた三つ目の頭部の傷口に無理やり侵入した。てらてらと緑色に輝く体液が噴出した。威嚇なのか、悲鳴なのか、ムカデの口からギチギチと耳障りな音が漏れていた。持っていたナイフで内部を切り裂く。

 のたうち回っているのか、他の頭部が攻撃しているのか、貴方は内部で激しく揺れていた。悲鳴のような甲高い音、鈍い何かが折れる音、じゅうじゅうと溶ける音。たくさんの音が混ざって聞こえた。何とか深く侵入しようとするが、貴方は激しい圧力で外へと飛ばされていた。

 宙へと飛ばされた貴方は、落下しながらムカデを見た。二つの頭部が、貴方が侵入した頭部を破壊したようだった。気色悪いテラテラと輝くような液体が、頭部の無くなった部分から噴き出している。あれで貴方を体内から排出したのだろう。

 残っていた二つの頭部は、貴方のことを無視して争っていた。マッチョは溶解液や毒があるため、近づくことすら出来ない。

 貴方はあまりの激しさに距離を取り、様子を伺うことにした。機能が制限されたスーツで態々割って入る気にはならなかった。

 激しい争いで体液が飛び散る。溶けた地面から赤い花が咲いた。

 

「フロワロだと!?」

 

 マッチョが困惑したよう叫んだ。

 迷宮を浸食するように、穴から赤い花がじわじわと広がっていた。

 それらよりも貴方が気がかりだったのは、先ほど傷口から侵入を試みた頭部が何処にもないことだった。

 

 

 

 

 

 --5

 

 貴方は赤い花が舞う中、落下していた。宇宙からダイナミックに星の中へと落下する貴方にとって、この程度ならばちょっとしたお遊びでしかない。いや、危険性からして揺りかごだ。赤子でも眠るくらい容易い。しかし貴方は幸運で自由だ、誰も揺らすことなどできはしない。

 眼下には、巨大ムカデが唸り声を挙げながら同じように落ちている。今のムカデは頭部を一つだけ残すのみ、他の頭部があった傷口は塞がっていて、体液が漏れている様子は無い。落下する前に貴方が見たのは、地面に空いた穴から咲いたフロワロに気付いたムカデの頭部が、残ったもう一方の頭部を食らう姿だった。自身の頭部を取り込んだムカデは、赤い花が咲く穴から赤い花を吸い込むと、地面が紐を解くように消えていた。そこから貴方を巻き込んで落下が始まった。

 

 光が届かないはずの世界樹内部は、フロワロと呼ばれた赤い花が放つ光で、怪しく照らされていた。内部に巣食っているのだろうか、ぎっしりと絡み合っている。貴方がさっきまで立っていた場所と同じく、絡み合ったフロワロが文明を巻き上げて地面を作り、独特な階層構造を織り成していた。

 ムカデが大きく口を開いていた。それを追うように、花びらが舞っていた。多くの花びらはムカデに吸い込まれているが、負傷した部位にも多くの花びらが引き寄せられ貼り付いていく。次々と階層がほどけ、ムカデに吸収されていた。

 それを見ながら貴方は落ちていく。貴方は気づかなかったが、花が散ったフロワロは苔に似た葉を残して緑色に薄く光っていた。赤い光の中を駆け抜け、過ぎ去っていく緑の光を背に。大きな質量を持つ星の力を直に感じることのできる素晴らしい時間でもあった。

 その時間は瞬く間に消え去った。花が集まるたびに怪しい赤い光を放つムカデの姿は大きく変異していた。扁平だった頭部は、今では流線型になった。その名を表す無数の脚が伸び、薄い皮膜に覆われた小さな羽根が背中から生えてきていた。落下速度が目に見えて落ち、貴方との距離が縮んでいく。

 ムカデの脚が、貴方を絡め取るように伸びる。背後から銃声が響き、数本の千切れた脚が視界から消えていく。数が減った脚を更にナイフで切り裂きながらその背に降り立つ。長く伸びた触手に似た脚は、沢山の節により自由度の高い機動を可能にしているようだった。傷口に花が集まり、淡く怪しい光に照らされる。傷つけるたびに光源を確保できることに気付いた貴方は、頭上からの援護射撃を受けながら、まだ柔らかい脚や羽根を根切りにしていく。

 威嚇の鳴き声を意識から遠ざけながら攻撃を繰り返す。落下するのを見送るべきか、貴方が考えながらも伐採を続ける。まるでジャングルだ。ぎゃあぎゃあと鳴き声が聞こえ、わらわらと群がる意志ある植物を切り裂いたことのある貴方の脳裏に、核まですべてが植物だった星を思い出した。貴方に遅れてマッチョがムカデの背に降り立った。安全圏から援護したほうが互いに都合がよかったが、そうもいかないらしい。ムカデの飛行能力が徐々に上がり、速度が緩み距離が縮まった結果だ。マッチョの筋肉に飛行機能はない。

 

変異(レベルアップ)か。こいつはここで処分するぞ」

 

 マッチョがナイフで脚を切り捨てながら言った。貴方は射出元の人工天体名を挙げ、まだ来たばかりで状況がわからないと告げる。ああ、と納得したのかマッチョが頷いた。

 

「掻い摘んで説明するが迷宮内の敵性生物はフロワロ、この赤い花が存在する場所に多く現れる」

 

 マッチョがムカデに貼りつく花びらを指す。ムカデの傷口に溶け込むように入り込んでいる。

 

「さらに面倒なことだがフロワロを取り込むことで変異(レベルアップ)する。しかも、こいつらが暴れるとフロワロがばら撒かれる。こいつは羽根が生えて浮かべるようになった。更に飛べるようになるかもしれない。そうなると確保した階層が再びフロワロで埋め尽くされ、更に拠点である我々のすぐ足元に敵が闊歩することとなるし、もしかするとより凶悪に変異する可能性もある。だからここで処分する」

 

 今の貴方にはこれと戦えるほどの火力はない。処分できるであろう貴方が信頼する幸運の証である最高のスーツは沈黙を保ったままだ。

 ナイフで解体するには手間が掛かりすぎる。大型で古典的な武器を持ってくるべきだったかもしれないが、突入の邪魔になっただろう。世界樹到着前に愉快な藻屑になるので仕方なかった。

 人生は儘ならない。

 

「大丈夫だ。緊急用の備えがある……一応。ただし解凍に時間がかかる。足止めは頼めるか?」

 

 マッチョが青い石を見せてきた。解凍、ということはアイスキャンディーだろうか、貴方がそんな暢気なことは考えていない。

 理解と了承の意を伝え、貴方はムカデの頭部に移動した。マッチョは返事を見ると先んじて飛び降りていた。大雑把に攻撃を繰り返し、ハゲが狙われないようにする。

 ムカデが体を無理に捻じ曲げて貴方を狙う。軽やかなバク転を数度、完全に追撃を躱す。慣れない滞空から姿勢を歪めればどうなるか、貴方は知っている。

 マッチョを追って、貴方もムカデの背から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 --6

 

 十数秒の浮遊感を楽しんだ後、貴方は衝撃に包まれた。赤い花畑に落ちたためだ。ここが最下層なのか、地面が抜ける予兆がない。目論見が外れた。

 威嚇の声を挙げながら遅れてムカデが降ってくる。「親方! 空からムカデが!」などと叫んだ少年はいなかったのは幸運だろうか。先にマッチョが落ちているのでそれはマッチョの役目だったかもしれないが、見当たらない。その筋肉は巨大なムカデを抱えるためではなかったのか。

 落下の衝撃でムカデが死んでいることを期待していた貴方は、僅かにため息をついた。花が舞い上がり、巨大なムカデの一つだけとなった頭部に集まっていた。忙しなく動いて、そして貴方をその円らで全く可愛くない瞳で捉えた。そして吠えた。威嚇の鳴き声だったそれは、僅かな知性を伴った唸りにも似ていた。

 無数の触手がムカデから生えていた。マッチョは大丈夫だろうか。触手に蹂躙されるマッチョが映像に残っていたら消さねばならぬ、決心した。

 

 貴方が見るのは動きだ。僅かばかり大振りにナイフを見せると触手の動きが鈍る。警戒した素振りから知性がわかる。本能と反射、そして知能。経験は皆無。追い立てる動きと囲む動き。下等生物から小型の動物程度。怯えは見せず、逃げることもない。体格差から有利だと理解しているのか、逃げる様子はない。巨体を支えるはずの脚が長すぎるため、動けない可能性も視野に入れる。

 ナイフにしか脅威に感じていないのは透けて見えた。貴方はナイフを見せて露骨に警戒した脚に関節技をかける。スーツにロックがかかっていようとも使える王者の技である。甲殻類を容易く解体できる貴方からして、生えたてで柔く節が多い脚はぷりぷりのプリンだ。嘘だが。ついでに普通の蹴りも使う。節の流れに逆らえば脚はぷりぷりのプリンだ。嘘だが。

 触手を千切りながら頭部に近づく。そしてひたすらに変異して柔らかくなった頭部を殴り続ける。再生も反撃も貴方に痛痒を与えない。威力は伴っていない大ぶりの蹴りも追加する。

 

 手に入れた知性はムカデに子犬程度の知能を与え、同時に恐怖も与えたようだった。本能に近い衝動で活動していた虫が得たその変異は、果たして割に合うのか。

 背が膨れ上がるほどに花が集まっていた。そこから甲殻が盛り上がり、不協和音とともに裂けた。その裂け目から厚い皮膜で覆われた六対の羽根が姿を現した。羽ばたくと、ぬるぬるとした体液が飛び散り、花畑を溶かしていく。

 あまりにも判断が、変異が遅い。頭部を踏み台にし、背を駆け抜け、生まれたばかりの羽根の一対を切り捨てた。それが貴方の今の限界だった。体液によってナイフが溶かされ、攻撃の要を失った。羽根に纏わりついているのは強力な溶解液だった。

 

 羽根と触手によって貴方は強かに打ち上げられた。先ほどまでムカデとともに居た宙へと引き戻された。スーツはロックされているため、無力に等しい。踏ん張ることもできない。凄まじい速さでムカデから離れていく。

 ムカデが羽ばたきを始めた。赤い花が集まっている。今度は切り落とされた巨大な羽根とは違う、無数の小さな羽根を生やしている。触手も身体に巻き付き、より飛びやすい形を模索しているようだった。

 安定性が高まっているのか徐々に浮かび始めていた。世界樹の内部から供給されているのか、赤い花は途切れない。頭上より絶えず集まるそれは赤い道のようだった。

 ムカデの形状も変化していく。既に虫だった面影は遠く、爬虫類に近い形態となっていた。背には力強い主翼と、それを支える無数の小さな羽根。爪の生えた前足と、陸地にも対応した太く短い後ろ足。細く伸びた尾が、飛ぶことへの不安定さを軽減させていた。

 

 貴方には時間がほとんどないように思えた。これ以上変異すれば追い付けなくなるだろう。飛行能力とはそれだけで脅威だ。貴方に機能している素晴らしいスーツがあれば六秒で処理できた。

 ゆっくりと宙を落ちる中で、貴方はマッチョを見つけた。数百メートルは離れた場所で世界樹の壁面を構成しているフロワロに捕まっていた。ごてごてとした銃を構えているが、これまで使っていた銃とは異なっている。あれは重力砲だ。可変式なのだろうか、貴方はロマンを感じた。

 

 銃口から光を捻じ曲げて進む重力が放たれた。

 ムカデだった物の半身を、花吹雪によって作られた天への赤い階を、世界樹内部を、黒い空間が斜めに突き進んだ。

 世界樹の壁面と地面には穴が空いていた。壁面の穴からは、青い吹雪が見えた。地面の下には真っ黒な花が咲いていることに貴方は気づいた。

 観測の強制終了が迫っていた。科学によって捻じ曲げられた空間が、補填のために空間を引き寄せる。そして、重力異常が起きた。

 

 破壊の代償として、貴方は射線へと引き寄せられていた。狙いが甘かったのだろう、ムカデもどきに半身が残っていた。上昇した知性は欠片も感じない、情けない悲鳴を頭部が奏でていた。

 世界樹の外から、青い風が吹き込んでいた。青い風が通った跡には結晶が残されているようだった。結晶化した壁面や花畑に何処からともなく花が群がり、穴を塞ごうと赤と青がぶつかり合っていた。花は世界樹を修復しようとしているのだろうか。

 破壊された世界樹の地面へと引き寄せられていく。吹き込んできた青い風も、舞い散る赤い花も。今の貴方は流れに身を任せることしかできない。

 

 そういうものだ。

 

 

 

 世界樹の最下層だと思われた場所の更に下。

 重力によって捻じ曲げられた空間によって引き寄せられたそこには地下空間が存在していた。

 黒い花が咲いていた。

 汚れ切った文明が乱雑に置かれていた。

 六つの首を持つ闇色の獣が、貴方を見ていた。

 

 

 

 疑似空間に相転移ユニットの設置を確認した。

 ハイランドポートとの接続に成功した。

 同時に世界樹他六地点の接続も観察した。

 身体ユニットの起動を完了した。

 補助脳停止期間のログの解読に成功した。

 戦闘行動が可能となった。

 世界樹内の面倒な機能によって私が万全でさえいれば、貴方が苦戦することなどあり得なかった。

 

『おはようございます。戦闘準備に移行します。スーツのロックボルトを解除。補助脳の接続確認……完了しました。ヒッグス・アンカーの切り離しを確認……疑似空間への固定完了。戦闘行動を開始します』

 

 だって私は貴方の特別だから。

 球形に近く、寸胴だったスーツの全身から拘束器具が外れる。貴方の体を覆うスーツはシンプルで、特徴的な部位はほとんど無い。視界がモノアイタイプであることと、一メートルある一対のV字に酷似したアンカーが浮いている以外は。

 重さを操る最強のアンカーを貴方が使い、私が献身的に補助する。

 最強すぎる。

 

 

 

 

 それはそれとしてログでも見たけど身体が死にかけてるのはやべーから早く帰さないと^q^

 

 

 

 

 

 --7 

 

 七つの首を持つ黒い獣に砲撃を与える。ヒッグス・アンカーによって重さを調整された特殊な振る舞いを持つ粒子、それによる粒子砲を浴びせ続けた。幾つかの首を吹き飛ばしたが、すぐに再生していた。苛烈な攻めを、驚異的な再生力で防いでいる。

 貴方は距離を保ちながら、敵の攻撃を遮断する。重力異常を利用した奇妙な黒い攻撃の解析が終わらない。未知なパラメーターで構成されているそれは常に変化を繰り返していた。

 

『……未知のユニットが接続されました。活動時間にマイナス三百九秒の修正。疑似空間に接続成功。活動時間にプラス……未知のユニットが接続されました。活動時間にマイナス六十三秒の修正。疑似空間に接続成功。活動時間にプラ……未知のユニットが接続されました。活動時間にマイナス百十秒の修正』

 

 スーツには青い結晶が纏わり付いていた。舞い散っていた残り少ない赤い花で解凍(・・)する。解析の結果、星を覆う青いナノマシンと赤い花であるフロワロは対立の関係にあるようだった。互いに食い合わせることで、あの重力砲のように兵器の使用が可能となる。

 通常の防御でフロワロは防ぐことができるようだが、青いナノマシンは不可能だった。スーツの活動源が設置してある疑似空間に侵入できる特性を持っているのか、内部へと流れ込んでくる。内部の結晶化を解凍(・・)するためにフロワロを利用すると、外部からより多くのナノマシンが群がることになる。また内部で根を張るフロワロを中和するためにナノマシンを投入し、一応の拮抗を作り続けるが、徐々にシステムの弱体化を許すのは当然のことだった。

 貴方の力を万全に発揮できない私が不甲斐なかった。

 

『疑似空間に接続成功。活動時間にプ……未知のユニットが接続されました。活動時間にマイナス二十五秒の修正。疑似空間に接続成功。活動時間に……未知のユニットが接続されました。活動時間にマイナス七百秒の修正。疑似空間に接続成功。活動時間……。ループ処理をバックグラウンドに移行。……撤退を提案します』

 

 貴方に行動の修正を提案する。ナノマシンによる阻害とフロワロによる浸食が、エネルギーの供給量と保有量を上回りつつあった。これ以上の戦闘行動を行った場合、帰還が不可能になる。

 負けはしない、当然のことだ。私がいれば貴方が負けるはずがない。

 けれど、勝ちきれない。

 黒い花が持つ凄まじい毒性は常にスーツの防御を最大限に引き上げる必要が有った。同時に攻撃も最大火力で無ければ花びらによる再生が上回ってしまう。

 赤いフロワロよりも変異(レベルアップ)している。

 

 厄介なのはそれだけでは無かった。貴方と諸共落ちたムカデもどきを、取り込んだことで羽根を得ていた。重力異常によって地下空間に縛り付けられていたが、変異(レベルアップ)がそれを許さなかった。羽ばたきで、空間をゆがめ始めていた。地下に縛られた獣は、その戒めを克服しつつあった。

 貴方は理解しているだろう。私が此処で縫い止める必要があることを。貴方はそれを指示しない、何故なら私が特別だから。

 代わりを持てるほど安くない。代わりを作れるほど簡単ではない。そして、私はこの世界樹で最も無意味な素晴らしい貴方の補助パーツ。

 貴方の補助ができる、それだけで私は幸運だ。

 貴方が帰還できる手伝いができる。

 私たちは互いに幸運だ。

 

『緊急避難プロトコルを発令しました。承認七、否認三。実行します』

 

 疑似空間に格納されていた補助機が分離する。主機と補助機による戦闘も可能、合体機能有り。貴方のロマンの結晶は、私が操る青い結晶と化していた。関節はほとんど動かない。機能はほとんど制限されつつあった。

 最軽量状態となったアンカーの一つで貴方を打ち上げた。途中でぶら下がり健康法を嗜んでいるマッチョも拾う気づかいセットだ。情報とサンプルを持ち帰らせた。今の技術で私が帰還したとしても起動することは無いからだ。

 

 重力異常を貫くほどに、アンカーへと重さを集約する。

 壊れつつある私ごと此処に縛り付けておく。

 いつかまた私が目覚める時、それは貴方が私を自由に使える時がいい。

 それまで私は此処で留守番する。

 また貴方と出会う幸運のために、あの日のように幸せを夢見て。

 

 

 

 超質量の私と混ざる七つの首を持つ闇色の獣が、見えぬ天に咆哮を捧げていた。

 

 

 

 

 

 --8

 

 十日ほど眠っていた君がゆっくりと瞼を開けて目覚めて半日が過ぎた。これまでの経緯などは説明されたため、これからの未来について話し合うことになった。

 

「さて、分かっている通り君の命は機械によって補われている」

 

 君は頷いた。当然のことだろう。

 

「この世界樹で取れた代替物を入れたが、それでも十全とは言えない。何故かって? 技術と理解が足りないからさ。そして樹上の拠点近くでは素材が脆すぎる」

 

 赤い花である『フロワロ』や、星を覆う青いナノマシン『ブルースフィア』によってすぐに劣化することを告げられた君は、深く頷いた。意味がわからないほど愚かではないのだろう。

 つまるところ、死にたくなければ迷宮を迅速に攻略しろ、君はそう言われているのだ。

 

「君たちが持ち帰ったサンプルから多くのことが得られた」

 

 情報を食べて育つ花『フロワロ』、エネルギーを奪う『ブルースフィア』。

 迷宮内部に発生した敵性生物はフロワロの吸収量によって変異し、より強く強化されていく。個体によって吸収量は異なるが、より多量に取り込める希少個体も確認されていて、ムカデもその一種であること。

 また、研究では大きく変異を繰り返す敵をF.O.E(Field Overpowered Enemy)と呼称したこと。

 言葉をうまく発することのできない君は頷いた。殊勝な態度だ、素晴らしい。

 

「君が情報を得た出会った地下世界の黒いフロワロだけどね。希少個体か、またはF.O.Eだと思われる。そいつらで構成された個体を、畏怖と敬意を持ってドラゴンと呼ぶことにしたんだ。そして世界樹を支配していると思われる支配者をセブンスドラゴンと呼ぶことになったんだけど。他の世界樹でも確認されているのも理由にある……。が、遺伝情報を我々の七倍以上保有していることも含められている。それくらい素晴らしい素材を手にすれば君も自由を取り戻せると、私は思うんだけどね」

 

 君が挑む敵は強く、未知だ。

 簡略化された装備を見せると心もとないかもしれない。

 観測器も担っていた機械を失った君は、以前よりもずっと不便するだろう。

 常に君から付かず離れず、浮遊して補助を行っていた機械は無くなってしまった。

 維持できるほど君の身体に余裕はなく、作り直せるほどの技術も素材も此処にはない。

 だが、問題は無い。

 迷宮に潜ってアップデートを繰り返すことで、君はまた強くなれるのだから。

 

「それで次はいつ潜る? 私も同行しよう。観測も検分も任せてくれよ。絶対に素晴らしい世界が広がっているからね!」

 

 そして君は仲間の手を借りて、欠点を補うのだ。

 すぐにでも素晴らしい世界への冒険をまた始めるために。

 

「あ、でも戦闘はちょっと自信無いんだ。まだって意味だけどね」

 

 理解している君は頷いた。

 互いに補えばいい。

 そういうものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --9 第零階層 避■シェ■タ■

 

 貴方は故郷の形すら知らない。

 

 星々が放つ弱い光を横目に、冷え切った昏い宇宙より貴方は飛び出した。

 宇宙に浮かぶ塵屑(デブリ)を物ともせず、予定通りの速度と角度を伴って。

 貴方が生まれるよりも遠い過去に捨て去った星へと向かう。

 荒廃しながらも美しく白銀に輝く衛星は星に隠れ、太陽の強い輝きを背に受けて。

 

 闇と蒼の狭間、大気圏へと突入した貴方は灼熱に包まれた。着用している探索用のアシストスーツが、凄まじい速さで空気を圧縮したためだろう。極限環境突入用の機能が展開したためスーツが膨らみ、貴方に軽い圧迫感を与えた。

 熱を振り切ると、遥か遠い大地に蓋をするように境界を思わせる厚く黒い雲と、その表面を奔る紫電の嵐。

 殺人的だった加速の中、落下傘が花開く。その刹那、劇的な減速が始まった。悍ましい速度変化すらも貴方には慣れたものだった。

 緩やかに落下する貴方のバイザー越しの眼下には、天空に浮かぶ様に存在する拠点『ハイランド』の姿が映し出されていた。

 

 拠点『ハイランド』、高さ一万メートルを超える巨大な一本の樹である『世界樹』の樹上を切り拓くことで建造が進められてるのだろう。

 

 宇宙より降下し、やがて貴方は拠点へと到達する。

 貴方の目的は単純だ。

 拠点の発展を支援すること。

 世界樹を探索すること。

 その結果、遠い過去に失った故郷へとたどり着いた。

 

 

 

 そんな貴方の生命は機械で補われている。

 利き腕は肩から指先、右脚は膝から下、胸椎の半ばから腰椎を全て、幾つかの内臓、左の眼球、そして脳の部分的な機能。

 貴方は人でありながら、機械でもあった。

 

 貴方の脳は一部が壊れ、補助無しでは人としての活動すら満足に行えない。

 思考は淀まず、澱が溜まり、しかして謳えず。

 その傷は運動中枢のみへの影響とは限らなかった。

 

 貴方はかつて声を失った。

 自らの力だけで口や頬の筋肉を動かすことができなくなり、機械で構成された補助脳のサポート無しには簡単な単語の発語以外は不可能だ。

 

 貴方はかつて感情を失った。

 たった独りでは何も求めず、何処へも行けなくなった。

 補助脳が脳を支えない限り、延々と機械的な作業を繰り返す。

 または虚ろのまま腐った肉となるだろう。

 

 貴方はかつてすべてを失った。

 代わりが無ければ、それすらも分からない人形になっていたに違いない。

 だが私がいた!

 

 かつて貴方の人間としての中枢は致命的なまでに損傷した。

 命を保証してくれる機能は壊滅した。

 それは貴方の心身を変えた。

 それは貴方の才能を変えた。

 それは貴方の運命を変えた。

 しかし、今の貴方は何処までも行ける。

 貴方足らしめる個性の極致が生を肯定し続ける。

 貴方専用の叡智がその命を補助し続ける。

 だから貴方はどこまでも幸運だ。

 私も幸運だ!

 

 断言できる。

 貴方は才能そのものだ。

 だから貴方は誰よりも美しい。

 貴方には誰よりも魅力的だ。

 だから貴方は何処までも歩める。

 貴方の歩みを止められるモノは何処にも在りはしない。

 

 だって私がいる。

 私がいれば貴方は大丈夫。

 私は貴方の特別だから。

 貴方は私の特別だから。

 貴方も私も幸運だ。

 

 私は獣で、獣は私になった。

 強く。

 ただ強く。

 誰よりも強く。

 私は此処で待っている。

 貴方が私になる日を。

 私が貴方になる日を。

 この世界樹で。

 役立たずでなくなった私が!

 

 

 

 

 

 このくろいからだでまってるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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地下階層を発見し、これからの活躍を期待されている探索者。

初期スーツ:GB
硬いだけ。
素材を集めてGBCにアップデートするとCユニットが付く。ブーストスキルとして一時的に相転移ユニットと接続して簡易アンカーが使用可能となる。

マッチョ
職業:コマンダー
ロケットランチャーとバズーカ砲を装備した実戦部隊出身。
ブーストスキルとして重力砲を持つ。

ドク
職業:テイルナー
君の相棒であり、君の装備を支える女房役。身長は低く、慎ましい胸とくびれ、なだらかな女性型のフォルムをしているアンドロイド。口などは無いが大きな目が忙しなく動くので、意外と感情豊か。
ツインテールや長い尾に似た外部接続用のコードが種族名の元。










種族:セブンスドラゴン・マザーハーロット

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