実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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『おーい……! どうしたんだい?』

「私はしくじってしまった……。鬼舞辻無惨を倒すために特別強く生まれた私が、結局しくじってしまった……」

『よおし任せて! 僕は運命を捻じ曲げることが出来るんだ! さあガチャしよう!』

「あなたは一体……」

『アハッ☆ 天です!』

「天か、そうですか……。兄上ならば、きっとしくじらなかったでしょう……」

『なるほど! ちょっと前の討伐イベント用ガチャでレジェンドを引いて今は余裕が無いからSSRで済ませられて助かるよ!』


鬼滅1

 

 

「私はね、素晴らしいものを知っている。そして、美しいものを見ている」

 

大儺(たいな)、君もきっと同じだ」

 

「君が掛け替えのないと思ったもの、感じたもの。それが幸せなんだよ。それを守れる君は……」

 

 小さく鈴の音が鳴った。

 

 うつくしいものを見た。

 

 素晴らしいものを知った。

 

 幸せを心に抱いて生きている。

 

 

 

 

 

 --1

 

 仲間たちとの合同任務を終えると、(いとま)を与えられた。

 時間を得た俺のすることと言えば、いつもと変わらず集めた手記や日記を修復し、繋ぎ合わせることくらいだった。

 鬼殺の一族や藤の家紋、元柱、育手など、思いつく限りの家々に訊ねて集めた『始まりの呼吸の剣士』に纏わる資料。

 少しでも関わった痕跡のある人々を訪ね、話を聞かせてもらった。

 別に歴史に興味があったわけではない。

 勝手に希望を見出して始めた事だ。

 

 仲間たちは、世話になった育手へと挨拶に向かうと言う。

 一緒にどうだと誘ってくれたが、親子のように仲の良い団欒に分け入るのは忍びない。

 以前に何度も邪魔した身であるし、また幸運なことに辿っている足跡の近くまで来ている。

 今回は申し訳ないが、と断った。

 「水入らずで楽しんでくれ、水だけに」と付け足す。

 凍てつく冬の水に似通った冷たい視線は、流石は水を修めているだけはある。

 居た堪れなくなって、その場から足早に離れた。

 用向きがあれば鴉を飛ばし、仔細は文を括る、そう告げて。

 

 

 

 新しく手にした手記に記されていたそこは、村と見紛う規模しかない小さな町だったが賑わっていた。

 雪が積る通りにも活気があった。

 寒さを忘れたように人々が顔を出していた。

 表情に影は無く、誰もが明るい。

 仲間と離れた少しの寂しさを忘れるほどだった。

 何の気なしに立ち寄った食事処で品書きに目を通していると、外から溌溂とした声が聞こえた。

 まだ年若い少年の声で、何処までも明るく澄んでいた。

 より一層賑やかになった外へと目を向けた俺の姿に気付いた店主が、ああ、と呟いて話し始めた。

 近くの山に住む炭焼きの少年で、度々町に下りてくるのだという。

 父を失った身で、まだ子供ながらに家族を支えているのだとも。

 立派なことだと俺が小さく頷くと、店主は「それだけじゃあない」と続けた。

 素直なのだと、優しいのだと、思いやりがあるのだと、店主が尽くせるだけの優しい言葉で少年を顕していた。

 少年の名を呼ぶ声が響くと、それに応える少年の声もまた響く。

 それは単なる挨拶だったり、頼み事だったり、時には相談事のような物だったりもするが、誰もが一様に優しい声音をしていた。

 優しさで溢れている、立派なことだと俺は深く頷いた。

 美しいものを見て育った。

 この世はありとあらゆるものが美しいと知っている。

 

 町や田畑を見て回り、日が暮れつつあった。

 近隣の山を幾つか練り歩くことにする。

 ここから十里も離れない場所で鬼らしきものが起こしたであろう事件の報告があったからだ。

 夜闇に紛れた鬼は活発になり、だからこそ日中よりも遥かに容易く見つかる。

 山へ向かう道すがら、町の人々が心配そうに声を掛けてくれる。

 甘えたくなる弱い気持ちを抑えつけ、申し訳なく思いながら断る。

 夜が明けて鬼が出たと知らせを受けてしまったら、俺は後悔するだろう。

 心の秤に掛ければどちらに傾くかなど歴然だった。

 

 

 

 

 

 山々を数珠で繋いだかのように、鬼の暴力的な気配が血の臭いとともに漂っていた。

 色濃く残り、その晩は消えることの無いであろう不快さを追う。

 雪に片脚が埋まる前に、もう片脚を前に出す。

 その繰り返しで愚直に進む。

 そうすることで雪原を滑る様に駆け抜けた。

 鬼の濃い気配は、山の中に建つ一軒家から感じられた。

 

 中には、奇妙な気配と身体構造をした鬼が立っていた。

 家屋の壁越しに、その鬼と視線が合った。

 相手にはこちらが見えてはいないのだろう、しかし、その類まれなる出鱈目な身体能力で察したに違いない。

 その背から複数の管が僅かに伸びるのが感じ取れた。

 余裕があるのか、鬼の身体能力からして悠長とでも表現できる動きだった。

 管が向かう先には、女子供が怯えるように震えていた。

 母親だろうか、姉だろうか、幼い子を自身の身体で庇うようにしながら地に伏していた。

 殺そうとしたのか、人質にしようとしたのか。

 怒りが、思考の悉くを焼いていた。

 薄くなった視界の隅で、白い星がちかちかと瞬いたようだった。

 

 管が伸びるより速く、家屋ごと鬼の頚を切り裂いた。

 平時よりも威力の高まった斬撃に、俺は僅かばかり困惑した。

 だがそれ以上に驚愕した。

 その鬼の頚が切断した端から僅かに繋がっていたためだ。

 再生速度が、過去に戦った全ての鬼と比べて遥かに上回っていた。

 それでも何故か遥かに威力が高まった斬撃に耐え切ることはできないらしい。

 僅かに肉と血が焦げる臭いがした。

 

 遅れて壁を蹴り砕きながら俺が現れると、鬼は管を伸ばすことを辞めたのか、土間に突き立てその勢いで外へと飛び出した。

 その衝撃は、まるで小さな爆発を起こしたかのようだった。

 倒れ伏す者たちを庇うように、残骸や障害物を外へと切り捨て、被害が及ばないように俺も外へ出る。

 遅れて、斜めに切断した家屋の一部が滑り落ち、雪が舞った。

 

 月明かりに照らされて幻想的とも言える風景だった。

 佇んで眺めているだけでも、どこまでも美しいに違いない。

 だが、今だけは銀色に輝く雪すら煩わしかった。

 静かで、穏やかで、平和な、そんな暮らしをしていたことが見受けられる家屋に鬼がいた。

 顔を合わせた瞬間に、互いが相容れなることのない、憎しみの対象であることが理解できた。

 その鬼は、憎悪に染まった表情をしていた。

 俺もきっと同じような表情をしているに違いなかった。

 負の感情で相手を殺せるのなら、幸運なことに互いに死滅していただろう。

 どの様な時であろうとも心を鎮めるようにという家族の教えすらも、この場から掻き消えていた。

 

「何が楽しい? 何が面白い? 命を何だと思っているんだ」

 

 流れるように、その言葉が口から洩れていた。

 予て抱いた疑問だった。

 問いに応えることは無く、忌々しそうに表情を更に大きく歪めた。

 見開かれた眼はぎょろぎょろと血走り、額や顳顬(こめかみ)には血管が浮き出ていた。

 その重さすら感じさせる異様とも言える気配と姿から、やっと鬼舞辻無惨ではないかと思い始めた。

 

 じりじりと詰めれば、同じように僅かずつ下がっていく相手に間合いを測り兼ねていた。

 畜生相手に問答など意味がないことがわかるまでに、時間が掛かりすぎていた。

 管を払う刀は、くすんだ黒みのある滅紫(めっし)の刀は、その場の怒りや憎しみが色に顕れたかのように赤熱していた。

 初めて見る刀の色だった、怒っていた、人を庇わなければならなかった、突然鬼舞辻無惨と出会った、何よりも運が悪かった。

 そのように織り重なった出来事によって判断が遅れたことこそが、最後に残った事実だった。

 迷うことなくその懐へと飛び込み、朝まで斬撃を入れ続けるべきだった。

 

 家の中から苦しむ声が聞こえた。

 無惨から伸びた管が地中を進み、倒れ伏す少女の傷口に深く刺さっていたのが見えた。

 小太刀を投げつけ、少女から管を切断する。

 まだ少女は生きていた、確かな事実だった。

 安堵と喜びに息を吐く。

 

 ……だから僅かに気が逸れた。

 

 無惨の身体が変異していた、内部ではぐつぐつと煮えたぎる溶岩に似た生命力が膨らんでいた。

 焦りか不安からその醜い身体を、管ごと切り刻み続けた。

 脳内で、今までに集めた記録が繋がり、虫食いの指南書に至る。

 その瞬間に、俺は幾つかの正しい型を導くことが出来た。

 美しい型だった。

 素晴らしい呼吸だった。

 

 背筋がひやりとした。

 咄嗟にその場を跳び退いて、家の前まで下がる。

 着地と同時に、視界を埋め尽くすほどの肉片が飛び散った。

 無駄に増やした脳と心臓は意味があったのか、阿呆な疑問で動揺したのか、髪飾りの鈴がりんと静かに鳴った。

 はっとする。

 冷静さを取り戻しつつあった。

 

 肉片が迫る。

 復元した『呼吸』を使い、そして理解した。

 冷えた思考で肉片を斬るたびに、心苦しく思う。

 羽織で焼き払うたびに、申し訳なさが溢れるようだった。

 俺はこの『呼吸』を正しく使うことはできないし、完全に再現することもできない。

 初めて(・・・)壱ノ型を使ったあの日から薄っすらとわかっていたことだ。

 認めたくなかったことでもあった。

 技量が、才能が、肉体が、悲鳴を挙げていた。

 俺が出来たのは、飛び交う数百の肉片を滅ぼした程度だった。

 赤熱によって跳ね上がった斬撃の威力が、時間とともに失われていたのも原因だろう。

 限界だった。

 

 求め続けた『日の呼吸』は、やはり特別に強い型でも、呼吸でも無かったことを知った。

 単に、『無駄のない一撃を繰り出す型』であり、『その動きを補助するための呼吸』でしかない。

 『日の呼吸』が使えるから強いのではなく、強いからこそ『日の呼吸』に至る。

 使えたならば弱者でも下弦に連なる鬼程度ならば一撃で葬れるが、おそらくそれを成すには神に愛された天賦の才か、果てしない悠久の研鑽か、至るにはあまりにも矛盾を抱えていた。

 鬼狩りは復讐心を原動力に動く、才能のあまりない単なる人間が多い。

 普通の人間が、この『呼吸』を十分に使うには、世代を重ねて『日の呼吸』へと適応する狂気が必須となる。

 

 美しい型だった。

 素晴らしい呼吸だった。

 いつか復元出来ると思い込んでいた。

 正しく伝えることができると信じていた。

 これがあれば鬼を滅ぼせると、心のどこかで妄信していた。

 あまりにも凄すぎて、残らない。

 だからこそ悲しかった。

 

 

 

 消え失せた気配に、筋肉が弛緩する。

 なんらかの理由で赤く熱されていた刀は、すでに元の色を取り戻していた。

 舞い散る雪や外気、そして至った理由の不明によって維持できなかった。

 威力の高まりは凄まじいが、時間とともに失われてしまう。

 理由が判明したとして、戦闘中も常に最高の状態を維持し続けることが可能なのかわからない。

 また疑問が増えてしまった。

 

 長く息を吐いて、家の様子を見て回り、血の気が引いた。

 最後、地中から出た管に刺された少女の気配が、鬼になりつつあることに気付いた。

 半身が残った鬼舞辻無惨は逃げ切るだろう。

 後を追うには、この場は余りにも不安で満ちていた。

 浮かんでいる月も隠れ、太陽が山を照らすのだろう。

 

 やがて、夜は終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 --2

 

 人間が鬼になるとき、生きた家族を残す傾向にある。

 鬼に食わせるためだ。

 抗い難い飢餓によって家族を犠牲にさせ、後戻りさせないつもりかもしれない。

 悪趣味なことだが、この場の命を救えるのは幸運でもあった。

 準備の途中で俺が駆け付けたのは、無惨も予想できなかったのだろう。

 

 早急に俺の手でできる処置は済ませた。

 傷を縫うか、薬を使うか、血を拭うか、その程度でしかない。

 目覚めることで、起きていることで、体力を削ったり痛みに呻く必要もないだろう。

 薬を打ち、眠らせる。

 

 二羽の鎹鴉(かすがいからす)が競い合うように差し出した足に、手紙を括り付ける。

 一羽には挨拶に行った仲間をこちらに呼び寄せ、そのままお館様の元へと飛ぶ純粋な体力仕事だ。

 もう一羽は、近隣から手の空いている(カクシ)や医療班を集めてもらう、速さの必要な仕事だ。

 俺の名を出していいと最後に告げ、払暁の空へと飛ばす。

 囲炉裏や火鉢を勝手に使って暖を取れるようにしたが、このままだと俺以外が凍えてしまう。

 斜めに屋根を失った家を直すとしよう。

 手が器用な隠が来てくれると嬉しいのだが。

 

 何とか屋根を乗せて固定し、あとは鬼になってしまう少女を斬るだけだ。

 鬼になるまでの時間は、人によって異なるらしい。

 今は眠っているだけだが、その血に順応したとき、鬼へと変貌する。

 つまるところ、今は人間だ。

 鬼となってから斬っても遅くは無いのではないか。

 俺ならば拘束も容易だ。

 いや、それだと家族の誰かしらが目覚め、死ぬところを見る可能性がある。

 一般の家庭、それも子供ばかりに長女の生死を委ねるのはあまりに現実的ではない。

 そもそも生かしたいと願うだろうが、その手段がないことに気付き、死を乞われるほどに態々絶望に落としてから殺すのはあまりに非人道的すぎる。

 ……本音は単に殺したくないという惰弱な理由からだ。

 鬼となって人を食ったのなら殺そう、そこに躊躇いを抱く理由はない。

 だが、まだ鬼にもなっていない少女を殺すことはひどく難しい。

 どれだけ鬼狩りとして生きても、陽光で焼くことすら、割り切るには足りない。

 決断できないまま、日の当たらない場所に少女を寝かせている俺の姿を見たら、仲間たちはなんと言うだろうか。

 

 

 

 殺す必要がある、少女の前で半ばまで抜いた刀を持て余す。

 だが決意が固まらない。

 理解できているが、それまでだ。

 

 人の気配がすぐそばまで近づいていることに気付いた。

 それも子供のもので、腑抜けるにもほどがあった。

 警戒しているのだろう、斧を構えたまま室内へと入って来る。

 町で評判の良かった炭焼きの少年で、名前は確か炭治郎(たんじろう)と呼ばれていた。

 上がり切った息を整えるために、肩を激しく上下させていた。

 勘が良いのか、それとも何か優れた能力があるのか、走ってきた様子が見て取れた。

 乾いた血のついた室内の様子や、破損した屋根、そして俺の持つ刀へと視線を巡らせていた。

 俺と目が合った炭治郎は困惑した様だったが少し臭いを嗅ぐと、すぐに斧を手放し、首を垂れ、額を床に付けて深く土下座した。

 

「家族なんです! 大事な妹なんです! 殺さないでください!」

 

 判断が遅れたことに後悔した。

 鬼だと断定して処分すべきだった。

 家族を大切に思う少年から、妹の生存という希望を取り上げることになる。

 次いで日が射していることにもやっと気付いた。

 それほどまでに緊張していた、怒っていた。

 振り返ってみればひどく短い夜が終わったのだと、深く刀を握り込んでいた手を緩めた。

 

「……話をしよう。そこは寒い。こっちに来なさい」

 

 俺はなんとかその言葉を絞り出した。

 

 

 

 

 

「鬼は……禰豆子(ねずこ)は治らないんですか……?」

 

 鬼と鬼殺、現状までの話を掻い摘んで伝えると、炭治郎はそう呟いた。

 疑う素振りは一切見せなかった。

 素直だった。

 素直すぎたとも言えた。

 ただ、諦めきれないだけ。

 その視線は、俺の近くに寝せている妹から離そうとはしなかった。

 

「わからない。……いや、この言葉は卑怯だな。これまでに治った者はいない」

 

「……禰豆子(ねずこ)はどうなりますか」

 

「……頚を斬って殺す。骨も、灰も残らない」

 

 俺の言葉に炭治郎がひどく青褪めた。

 家族の無事に安堵した姿が遠い昔に思えた。

 体が震えていた。

 握りしめた手は血の流れが止まっているのか、青白くなっていた。

 

「俺が面倒を見るから……だから……」

 

「……鬼となったが最後、大人よりも力強く血に飢えて狂暴になる。老いない、死なない、誰とも接することはできない。そんな妹を、暗い地下牢にでも閉じ込めるのか。それとも日の当たる庭にでも繋ぎとめるのか。お前がずっと抑えつけるのか。……家族がいるのだろう、そして炭を売って生計を立てているのだろう。鬼となった妹の相手をしてお前たちは生活できるのか。それとも、他人である俺に世話を頼むのか」

 

 炭治郎もわかっている、だからこそ幻想を詰め込んだ中身のない言葉を切って捨てる。

 言葉は続かず、嗚咽を漏らすだけだった。

 握った拳からは、込めすぎた力で皮膚が裂けたのか、血が流れ出ていた。

 

「止まれっ! 禰豆子っ!!」

 

 目を見開いた炭治郎が、その名を呼んだ。

 その叫びは、もはや悲鳴ですらあった。

 鬼となった妹を止めるために咄嗟に出たのか、見たくない現実に怯えたのか。

 寝ていたはずの禰豆子が、家を揺らすかのように大きく咆哮し、襲い掛かってきた。

 強い飢餓感から、一番近い俺を襲ったのだろう。

 成りたての鬼に負けるはずもなく、叩きつけるように殴り倒した。

 気が乗らない、力が入らない。

 炭治郎が羽交い絞めにしようとするが、その力に敵わず、振り払われた。

 これが現実だ。

 炭治郎も思い知っただろうか、現実に打ちのめされるだろうか。

 残念だった。

 人を食う鬼は殺さなければならない、家族を食うなどあってはならない。

 彼らの家の中で、そして家族の前で、頚を斬るのだけは避けたかった。

 何も残らない死は、心に残す傷はきっと暗くてどこまでも深い。

 

 今度は俺が、目を見開いた。

 禰豆子は荒い息を吐きながら、俺の前に立っていた。

 炭治郎を庇うように両手を広げていた。

 嗚呼、と俺は理解した。

 炭治郎が傷ついたから、彼女は目覚めた。

 ちらりと家族のほうに目線を向けて、強い飢餓が引き起こす食欲によって涎が流れ出ている。

 それを堰き止めるように、鋭利な牙が伸びた歯を力強く食いしばっていた。

 家族を食べそうになった悲しみだろう、禰豆子の変異した瞳から涙が次から次へと溢れていた。

 縦に割れた瞳孔が、理性と狂気に揺れていた。

 

「大丈夫だ! 禰豆子! 俺が治すから! 守るから! だからきっと大丈夫だ!」

 

 じっと二人を見る。

 炭治郎が背中から禰豆子を抱きしめ、声をかけていた。

 必死に庇おうとしている禰豆子と目が合う。

 揺れていた瞳が徐々に理性を持ち始め、落ち着きを取り戻す。

 お館様が喋る速さを真似て、ゆったりと手を揺らす

 眠気を覚えたのか、その瞳はとろんと微睡んでいる。

 そのまま手を伸ばして頭を撫でると、禰豆子は糸が切れたように床に倒れた。

 

「眠ったから大丈夫だ」

 

「ありがとうございます! でも次に禰豆子が起きたら……」

 

 与えられた血が少なかったのか、他とは違うのか、わからない。

 ため息を一つ、緊張を緩めた。

 自身が未だに腹を切らずに生きていられるのが不思議だった。

 

「……禰豆子は他の鬼と違うように見えた。目覚めて人であるお前を守る姿は見たことが無い。もしかすると人を襲わない、または襲いにくいのかもしれない」

 

 つい、言ってしまった。

 炭治郎の瞳が、希望を見出したかのようにきらきらと輝いて見えた。

 それはきっと絶望に浸った落差から希望に見えるだけのこと。

 希望へと続くそれはどこまでも細く、目を細めて見える程度の頼りない糸でしかない。

 

「隊員には給金が支払われる。また、任務として鬼を滅する仕事を与えられる。鬼に関わり続けることになる。炭治郎、お前が進み続けることができるなら禰豆子をいつか治せるかもしれない」

 

「……それなら、俺がきっと見つけ出します。禰豆子を鬼に変えた奴も、人間への戻し方も」

 

 眠る禰豆子の背を撫でながら、はっきりと炭治郎がそう言った。

 心に天秤があるなら、限り限りで保っていた平静を、俺が傾けてしまった。

 つらいとき、かなしいとき、投げだしたいとき、その苦しみが禰豆子への恨みに変わってしまうのではないか。

 自分で選んだと思わせたことが、重荷になってしまうのではないか。

 鬼がいなければ優しい子でいられた、仲の良い家族でいられた、現状が不憫で堪らない。

 

「ああ、険しい道のりになると思う。挫けず進みなさい。俺も出来る限り手伝おう」

 

「ありがとうございます……。家族の事も、禰豆子の事も。どれだけ感謝しても、お礼をしても足りないくらいなのに俺にできることなんて……」

 

 炭治郎に手を翳し、言葉を止める。

 そして首をゆっくりと横に振る。

 感謝されると悲しくなる。

 罵倒されると心配になる。

 鬼がいなければ、そんな感情すら抱く必要がないはずなのだから。

 

「いいんだ。生きていてくれるだけで嬉しい。そのための鬼狩りだから」

 

 小さく鈴の音が鳴った。

 

 

 

 

 

 --3

 

「あれは確か、十年ほど前だった。……長い話になる」

 

「はいっ!」

 

 俺が話を始めると、炭治郎は姿勢を正して真剣な表情を浮かべて元気よく返事した。

 すぐ傍では禰豆子が深い眠りに入っている様子だった。

 

「……話すのは要点だけでも話せるが、どうする? 長々と話すのは嫌がらせではないことを告げておく」

 

「面倒でなければ詳しくお願いします! ……俺は必ず禰豆子を治す方法を見つける。だから、もっと鬼についても知らないといけないんです」

 

 その言葉に、わかった、と頷く。

 仲間や隠が駆け付けるまでには、まだ時間を要するだろう。

 長く話しても構わない。

 傷ついた家族、鬼になった妹を心配して精神をすり減らしている。

 話に集中して少しでも忘れられるといいのだが。

 

「鬼とは会話が成り立たず、また共存も不可能だ。鬼に成りたてでは、飢餓に襲われ、思考が人間を食べることだけに染まるからだ。理性を持った賢い鬼は、たくさんの人間を食べて力を付けた強い者だけだ。当然、人間を食料としか見ていない。会話することすら困難だ。だからこそ、鬼狩りは古い時代から受け継がれてきた」

 

 そんな話始めから、俺が鬼殺の剣士となった経緯を紡ぐ。

 さわりだけになるだろう。

 今はまだそれで十分だ。

 

「俺は森の奥深く、貧しい家に生まれた。先祖が作った罪と恥のせいで隠れ住む必要があったと教えられた」

 

 

 

 




オリ主
継国縁壱限界勢兄上才能型。
光に反射して薄く輝く羽織を着ている鬼殺の剣士。
長い髪を鈴の付いた髪飾りで括っている。
緑色の刀身をした小太刀を二本隠し持っている。

獪岳
オリ主にぶん殴られる人。
育手にもらった羽織を着ないからぶん殴られるし、弟分にも手紙を出さないからぶん殴られる。なんなら戦闘中も仲間から「判断が遅い」パァンされる。
「鈍間のお前に代わってこの辺の鬼は俺が掃討したぜ? 久しぶりだなァ善逸この野郎!」って無限城で言うと思う。

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