「こう毎日横浜まで来てるとさ、ここが俺の職場なんじゃないかって勘違いしそう」
「横浜を縄張り宣言しちゃいますか」
「しちゃわないんだよなぁ」
横浜までピジョンちゃんと電車で移動してきた。
少し前までは時間に余裕があったはずなのだが、ここ数日はやることが多くて横浜に出向いている。
俺が横浜を治めるぜって宣言しても誰も納得しないし、折角メシアを釘付けに出来てるのにわざわざ荒らす必要なんてない。
ピジョンちゃんも理解しているのでちょっとした軽口でしかない。
銀杯教も欲しがってたし、野心的なサマナーなら欲しがるかもしれない。
「そんなに都会がいいもんかね」
「タワーを使いたいんだと思いますけど」
「タワー? あー、龍脈」
大地を巡る凄い力が龍脈であり、それを利用して国や都市を守る結界を貼っている。
どうやって管理しているかというとタワーを楔にしていると信じられている。
実際、十数年前くらいまではそうだったらしい。
今だともっと沢山あるし、なんなら野球のスタジアムやアミューズメント施設も龍脈の管理に使われている。
良くも悪くも人の強い感情が集まるので楔を操りやすいのだとか。
野球が好きなサマナーが多いのは多分スタジアムに安らぎを感じるのかもしれない。
「マリンタワーにそんな大げさな力は無いと思うんだけど。主要な7本はともかく」
「嫌ですね、サガミさん。外国に本拠地を持つメシア教がそんなこと知ってるはず無いじゃないですか」
「えぇ……」
「頭メシアンなんて教会があれば何でもいいと思ってるので調べる気も無いですよ。というか龍脈なんて聖書に記述が無いから信じてるか怪しいです。天使の言葉に疑いを持たず、祈れば無限に力が手に入ると思ってるメシアンもいますからね」
「自分の組織にボロクソ言うじゃん」
「天使の言葉に従って追い出した聖女候補が一番強い事実を見せつけて中指を立てるためにメシア教にいるだけです」
ちなみに中指を立てて煽るとどうなると思う?
そう、他の派閥から攻撃される。
聖女の敵は聖女だから仕方ないね。
聖女が争いを望まなくても下はそういうわけにはいかない。
自分の推しが一番だって証明しないと気が済まないって意味ではメシア教はとんでもない限界オタク。
他の聖女が正しいと証明されるとそれまでの聖女候補は無価値になるらしい。
それまでの加点を帳消しにできる点がメシア教って凄いよな。
俺は聖女なんて100人くらい居てもいいと思うんだけど、そういうわけにはいかないらしい。
聖女になれれば次に聖母にステップアップし、更にステップアップして神の子を産む唯一無二の存在になれるのだとか。
俺もあんまりよくわからんけど、多分メシア教としてはステップアップガチャを回し続けて聖女を引けたら聖母のステップアップガチャが解放され、その先に神の子のステップアップガチャが始まるんだと思う。
亜種としては聖人ガチャとかもある。
回してる連中がコモンなのがガチャ感が満載だ。
そういう教えを与えた射幸心を煽る主は悪い文明なのでは無いだろうか。
「ガチャは怖いね」
「今のガチャ要素ありました?」
「俺もガチャが好きだし聖人ガチャが好きなメシア教とは仲良くできそうじゃない?」
「多分異端審問されると思います」
「魔女ガチャまでやるのか。メシア教は凄いよ」
やっぱりガチャ大好きじゃん。
ほにゃららするなかれって感じの禁欲的な教えはどうしたんだよ、教えは。
ピジョンちゃんと二人でメシア教について好き勝手言いながら待ち合わせ場所に着くと、既にサガミハラさんが待っていた。
待たせてしまったことに軽く謝りながら車に乗せてもらう。
「すみませんね、ハラさんも忙しいでしょうに」
「今はそれほど忙しくありませんよ。現場研修くらいなら時間を作れますし」
「申し訳ないです。依頼をどうにかしたいって熱を見せられたら俺も依頼を出してました」
「ははは……。発端は意識の格差なんでしょうね。土地や重要施設の管理を任されている者は世襲が多く、沿線等に配置されている者は一代目ばかりです。更に土地によっても発生する異界や依頼の量は違いますし、沿線組は決まっているルートを巡回する日々だと聞きます。日常の危機を体験するにはちょうどよかったのかもしれません」
依頼の中には難易度が高すぎて人命救助が二の次になることも少なくない。
現場にあまり出る必要のない層は、そこら辺が気になっていたようだ。
常日頃からどうにかできないかと声を挙げる者たちもいたので、依頼を出して現場に行ってもらうことで新たな視点や意見を出してもらうことにした。
日頃から無駄な部分までケアしようとする層はそれほど多いわけでは無いが、少ないという程でもない。
現場の責任者や協力者たちがそういう連中がなるべく死なないように面倒を見てくれている。
とはいえ介護されてるだけとも言えるが、それでも自分の力量だと勘違いして死亡する報告も受けている。
特に問題無く過ごしていた若手も、要領のいい上司が居るか、本人にやる気があると手伝いとして出向き、顔を広げて交流を深める機会としているようだ。
自身が管理を任されている場所やシフト、レベル等でスケジュール調整が難しい等、ちょっと機転が効くなら理由を付けて不参加な者もいる。
「……それでですね。以前言った通り倅を連れてきているんで、面倒を見てもらえると助かるのですが」
「言ってましたね。ただ、俺が教えられることはあまり無いと思うんですが」
「サガミさんが面白そうなことを始めたって話題で持ち切りですよ。山北町に新人を集めて育成だなんて」
「どっちかというとダークサマナーの寄せ鍋ですけど」
「どっちにしろ面白そうですね」と言いながら、はははとサガミハラさんは笑った。
確かに傍から見たら面白いかもしれない。
自分の本命を育成するためにサポートを固めて行く末を見守る。
友情トレーニングとか発生しないだろうか。
「ボクはそれに縋りたくなってしまいました。……恥を忍んで正直に言うとね。倅を甘やかしすぎてしまった。今回集まった人員を見ると殊更強く感じてしまう」
職業柄人並みの幸せというものは難しい。
サガミハラさんは四十を超えていて、高校生の息子を持っている。
相模原という土地は都市部ほどの激戦区では無いが、隣の県と隣接している分だけ面倒事を抱える場合も少なくない。
その苦労は俺には正しく推し量れないが、幾らか理解はできている。
話を聞くだけでも可愛がっていたのだろうことがわかる。
「普通に生きるだけなら問題無かった。人として正しく生きられた。でもね、サマナーとして生きたいって言うんですよ。誰かの手伝いとかじゃなくて主体的に。それを聞かされてボクは失敗したって思ったんです」
車を運転したままぽつぽつと話すサガミハラさんの表情は変わらない。
ただ少しだけ気落ちしている風にも感じられた。
親の心を子は知らないし、子の心も親はわからないことが多々ある。
生き方も振る舞いも全く違う世界だ。
間違いというには厳しすぎるかもしれないが、それでも悔やむことはあるのだろう。
「俺は構いませんが、心身が壊れる可能性もありますよ」
「それでもお願いしたいのです。世界は過渡期に差し掛かっています。ボクが若い頃とは比べ物にならない程の激動を生きなければならない」
それならば、と俺は話を許諾する。
おいでよ山北町計画は順調に人材が集まりつつあった。
崩壊について知っているサガミハラさんが、息子さんを一般人として生きられる道を残すように育てるだろうかという余計な質問は捨てる。
俺たちは普通じゃないし、普通では居られない。
トロッコ問題なら躊躇いなく少数をひき殺す思考をしているし、ヤタガラスはそれを求める。
トロッコで轢かなかった生き残りが問題を起こすなら皆殺しも辞さない。
命の重さや平等な権利の教えが甘さだと言うのなら、息子さんは俺たちみたいな人間になれるとは思えない。
それでも俺にはわからない何かを見出したのかもしれない。
「一人前になった暁には崩壊の原因を一つや二つ、止めていることでしょう」
「そうだったらうちとしても助かりますね。やっと常連さんが出来た所なんです。崩壊されてしまったら客足が遠のいてしまう」
トシキたちは責任重大だなと二人で笑った。
ちなみに今日はトシキも空港の人も置いてきた。
どちらもこの先の戦いに付いてこられないからな。
というか立ち会うと二人のメンタルだと耐えられないだろうから連れて来なかっただけだが。
空港の人はまだしもトシキに平然と耐えられたら嫌だし。
仕方ないので山北町への引っ越し準備等をさせている。
今は俺の事務所に泊めているが、このままだと余所者の出現でピジョンちゃんの苛々は頂点に達してしまう。
事務所から何か物を盗んだら死ぬだけだし、逆にトシキの家には何もない。
一切合財を取り上げられた未成年の少年を前にしたダークサマナーは何を思い、何を成すのか。
ダークサイドにいるつもりのダークサマナーがライトサイドの誘惑を振り切れずに日和る姿を見るのが楽しみで仕方ないぜ。
ダークサイド最高!ってノリでトシキを殺して逃亡したら普通に懸賞金を掛けてそのうち殺せばいいからな。
「おはようございまーす。お疲れ様でーす。サガミとピジョン、入りまーす」
サガミハラさんは車を停めに行くと言うので礼を言って降り、挨拶しながら封鎖されている現場に入る。
仮設された拠点に向かえば今まで頑張って戦っていたのだろう、疲労しているヤタガラス所属の面々がいた。
呼び寄せてピジョンちゃんに回復させてもらい、俺はやたらとおどろおどろしい雰囲気の高校を眺めていると資料を手渡された。
内部を探索した複数のチームが持ち帰った情報を元にしてこれからの方針を決める。
というか方針は決まっていたが、納得していない連中のために猶予を与えていたに過ぎないのだけど。
「図面通り校舎は地上4階構造。異界化の影響で地下空間が生成されていて時空間の捩じれも発生中。現在の到達階層は地下5階まで。地上部、探索済みエリアでの救助者未確認。ボスも未確認、と」
「確認できている悪魔の平均レベルは15とそれほど高くはありません。接敵した中での最大レベルは22。普及されているアナライザーによる結果ですが」
「まだ22程度か。GPが40を超えたままだからもっと強い悪魔が出るし、当然のことながら最深部はより深い。まだ外に出て来ないから無理して引き延ばしたけど時間切れかな」
ピジョンちゃんと確認し合うが、この場で出来ることは予てから決めていた通りに物事を進めるだけだ。
事態が発覚してからGPは40を超えたまま変化が無い。
解決のために集まった面々のこれまでの成果がこれだが、良い言い方をすれば現状維持、悪い言い方をすれば無理を強いてギリギリまで時間を使ったのに進展が無い。
口にはしないが時間の無駄だと俺は判断する程度の進展だった。
そもそもGPが40を超えている現状を維持した所で危険なだけだ。
GP(ゲートパワー)とは何かといえば魔界への距離が一番わかりやすいだろうか。
大きくなるほどに魔界へと接する門が広がっていることになる。
数値の目安としては、普及しているCOMPのレベル上限を超えると異界を含めた地上のあらゆる環境とは全く異なる世界が広がっていることになる。
現在はレベル50が上限とされているので、GPがこれを超えると魔界に接続している場合が多いだろうか。
高校なので事態発生時には学生や教師も中に居たが、どうも異界や門の生成とともにリソースとして深部に引き込まれたようだ。
銀杯教から絞り出した情報からすると無意識領域に攫われているのだろう。
俺が手早く制圧できる浅層付近にいるなら頑張れるんだけど、ピジョンちゃんは首を横に振るだけ。
奇跡的な事態が起きていて原状復帰が可能なら軽い労力なら惜しまないのだが、残念ながらそうはならないようだ。
どうにもならない事態だったと誰もが納得してくれればいいんだけど。
というか納得してもらえないと高々数百人の命の為に魔界に接続するリスクを侵すしかなくなる。
「残念ながら銀杯教は処理してきました。この現場も時間切れのため儀式によって処理します。お疲れ様でした」
「納得できませんよサガミさん!」
ですってよ。
サガミハラさんとこの息子さんは納得できないそうだ。
サガミハラさんと交流があるため知らない仲ではないので俺に物申してるのかもしれない。
プライベートなら全然甘えてきてもらっても構わないが、現状で納得できないなら死ぬしか無いね、と言いたいところだが流石に知人の息子を見捨てるわけにもいかない。
というかこの子、レベル低すぎてチームに入れて貰えてすらいないじゃん。
何もやってないのに抗議だけ一人前だと事態を引っかきまわすための狂言だとか敵対悪魔憑きだと判断されて、過激なサマナーなら処分することもある。
サマナーが一堂に会する時に有効なのは正気と理性、合理の証明、そして力での脅迫。
だから何だって話で終わらせたいが、何か革新的な作戦を秘めているかもしれないからな。
どうせならガンダムに乗って単機で突撃でもして解決してくれないだろうか。
この依頼の制限時間はまだ残っているので話し合うとしよう。
デビルトークの練習になるかもしれない。
「なぜ?」
レスバにて最強の札「何故」を使わせてもらう。
なおこの札を使う場合はデビルトークの練習にはならない模様。
「何故って……」
「君が納得するまで説明したらこの状況で何か得があるのかって意味ね。実は隠している力や仲間があって、稼いだ時間で活躍して全部解決とかしてくれるなら全然待つ」
「そんなのはない、ですけど」
「ああ、そう」
そこで急に弱気になるんじゃないよ。
高校に蔓延る悪魔は石ころで圧し潰してやるってアクシズみたいな隕石を落とす気概を見せてくれ。
普通に会話し始める俺に拍子抜けしたようだ。
もしかして感情的に怒鳴り合えば満足できる人種なのか。
悪魔に言質を取られて糞みたいな契約を結ばされて死ぬから理性的な会話は大事だぜ。
「時間はまだあるから意味が無くてもお話してあげるけど」
全然俺は問答していい。
いいんだけど、ここに居るのは俺とピジョンちゃん、サガミハラさんの息子である彼だけじゃない。
この事態を解決しようとして依頼を受けた面々もいる。
あまり強い言葉を使うなよ、彼らに刺さるぞ。
おそらく彼らは今日まで精いっぱい頑張ったのだろう、精神的な疲労が見て取れる。
確かに期限は短かったが、突発的に起きた事態だから仕方ない。
というか期限が長い危機状況の依頼なんてそんなに無い。
あっても国防のために離島で生活するような物ばかりだ。
「このまま中にいる人たちを見捨てるって言うんですか!」
「見捨てる」
「っ!」
「そもそもさ。もう銀杯教の信徒はみんな死んでるんだよ。ここが間に合わなくなるから俺が殺してきた。今更じゃないか」
室内がざわつくが、幾らか経験を積んだ連中は苦虫を噛み潰したように顔を歪めるだけだった。
険しい目で俺を睨むやつもいるが、お門違いだから。
誰かしら奇跡的な活躍をして事件を解決してたら救われた命も間違いなくあっただろうが、この場においては順当な流れで終わるしかない。
このまま人命だなんだと時間をかけると手遅れになる。
数百人を生贄に捧げて都市機能壊滅とか起きたらどうするんだよ。
そりゃ成功させた側からしたら低マナで環境カード出せるから爆アドだけど。
「命は大事だと思う?」
「……はい」
「陳腐な問いだけど1人と2人ならどちらが大事だと思う?」
「……両方」
「現状だと両方見捨てることしか出来てないじゃん。両方ってそういう意味? じゃあ高校生と老人だったらどちらを優先する? その高校生は日常的にイジメや犯罪をしていたら? 老人は過去に人を見捨てたことがあるかもしれないとしたら? 救った相手が数年後に一般人を殺すとしたら? 助けに行って二次災害を起こして傷ついたことで未来に救える数万の命をどぶに捨てるとしたらどう思う? この状況を引き起こした銀杯教は大事じゃないから見捨てたってこと?」
「……目の前の命を見捨てたくない」
「そうなんだ。頑張れ」
答えになってないとは言わない。
代わりに「立派だな、応援してるよ」と優しく声を掛ける。
俺には物理的に不可能なので多重影分身でも修得して日本中を駆け巡って欲しい。
走り回ってるライドウの手助けをしてあげてくれ。
でもこんな論争を仕掛けに行って時間を取らせるなら殺す。
さて、もう話し合いは終わりで良いかな。
「……それでもサガミさんなら救えるんじゃないですか」
「そりゃ救えるよ。目標にもよるけど」
「それなら!」
「でもやらない。何故だと思う?」
「また、何故ですか」
「ちゃんと考えてくれないから俺だって問いかけるしかない」
周りにも同じように問いかける。
答えは一つじゃないし、別に誰が答えてもいいんだけど。
ただ、答えられるくらい経験を積んでるならわざわざ口を挟まないだろうが。
そもそも経験を積んでてここに居る場合は巻き込まれただけだから何も言いたくないだろう。
ヤタガラスは管理地毎にアカウントを一つ貰えるので、チームを組んでいたら連帯責任となる。
共有アカウントで掲示板に書き込むなって?
ごもっとも。
「報酬ですか」と誰かが言ったので、俺はもっともらしく頷く。
実際ピジョンちゃんを飾れる激強装備とか出されたらすぐやるよ。
そんな装備を用意できる時点で能力もコネもあるだろうからもっと良い手を選べるだろうけど。
「俺ができることなら何でもやります。報酬になりませんか」
「なんでも?」
「はい!」
力強く頷かれる。
ここでその要望が叶ったとしてもダークサマナーだったら死ぬまで奴隷生活だ、ヤタガラスで良かったね。
もしかしてサガミハラさんから俺の下で修業する、とか聞いててこういう提案してきたのだろうか。
解決する代わりに厳しい修行を課すよ、みたいな人情パートでこの場が終わるとでも思っているのだろうか。
常に蜘蛛の糸は垂れているのか。
まさか。
それにしても人生の不条理を感じるよ。
彼はこうやって幸せに生きてきて、蜘蛛にされた人たちは一生懸命頑張って不幸の中を生きていた。
「じゃあこの事件を解決してきて」
「は?」
「出来ないでしょ。要求と報酬の吊りあいが取れてないから。この場の全員が自身のあらゆる権利を差し出しても取れないね」
俺の言葉に呆けている一名を除いて見回せば、目を逸らす者と渋々頷く者に分かれた。
だって全員で突撃しても依頼を達成できない程度だから。
それなりに経験を積んでいる者が頷いているようだ、ピジョンちゃんは言わずもがな。
ピジョンちゃんに関しては俺が最低レアの時にその身だけでなく持ち物やら何やらを全てベットした狂人なので前提が崩れまくってて除外。
天才肌みたいなやつは道理とかを無視してぶっ飛んだ意見とかをしてくる場合があるけど、この場にはいないらしい。
いたらもうちょっと事態が良くなっているか、アホみたいに悪くなってるからなぁ。
「俺たちはプロだから正しい報酬を貰わないといけない。心理的な物か、物理的な物かは問わないけど。安い報酬で命を賭けることになったら他のサマナーにも迷惑がかかる。以前安い報酬で命を賭けたんだから次もってなったら自分も困るでしょ。君の命一つで動いてくれる人はここには居ない。それくらい理解して」
改めて言うことでもないけど。
当たり前のことを言っているだけなのに、何故かこの場の空気が悪くなっていく。
文句があるなら「こいつの身柄は自分が貰うんで解決しますよ!」くらい啖呵を切って欲しい。
そしたら俺はそいつに押し付けるのに。
「報酬だけじゃない。現場のGPは40を超えている、つまり魔王が出てくる可能性もある。それなのにマッピングすら満足に進んでいない。当然不利な状況で命懸けの戦いになるかもしれない。どう思う?」
「それは……」
「俺なら疲弊するくらいで解決はできる。全てを円満に終わらせてハッピーエンドとはいかないだろうけど」
しかし、と続ける。
そもそも銀杯教から情報を絞り出したので儀式処理だけで済むため、探索やマッピングすら予定していなかった。
結果論としては徒に疲労して、時間を浪費しただけだ。
ムードメーカーが居て欲しかったな、と全然関係ないことを考えながら。
「現時刻においてGPが40を超える現場はここを含めて日本で7か所、いや、一つ解決したから6か所ある。それに準ずる現場は更に多い。大きく事態が急変した場合、対応できる人員は限られている」
「……」
「俺がここで全力を出して解決するとしよう。他は例えばライドウが解決する。残る現場が4か所ある。損耗したまま俺たちが全力で次も解決できたとする。その先は? 俺たちが死ぬまで戦ったら納得できるか? 高校生じゃない俺たちの命は大事じゃないのか? まあいいか。で、GP40の現場をすべて解決したとする。準ずるGP30クラスの現場は残っているし、すぐにでも40に上がる物もある。しかし、対処できる者がいないとなると魔界と繋がる余地はあるし、いずれ繋がってしまうだろう。数万人の被害で済めばいいけど、その場合はどうなるやら」
実際はもっと人員も居るし、手段もある。
が、当然事件も日本中で起きている。
対処できるなら数十人、数百人の被害で済ませるだけで余力を維持できるなら無視できる犠牲だ。
巻き込まれた人々は運が悪かったし、高校にいた生徒や教師も運が悪かった。
より大多数の無辜の民とやらの糧になってくれ。
「そもそもの話、俺は俺の命が一番大事だし、他人のために使い潰されるのも御免だ。俺は幸せになりたくて生きてるし、頑張ってるんだよ」
俺は俺が好きな人が好きだ。
そして俺の命を大事にしないやつは嫌いだ。
別に何も考えずに生きていてもいいが、俺の命を軽く考えるのはやめてほしい。
大事じゃない他人の命を俺は軽く見るけど。
「これで納得できた?」
「……できませんが、仕方ないと思います」
「うん」
「だから、俺が行って解決方法を探ります」
「出来るわけねぇだろうが。全部遅いんだよ」
「えっ」
決意した風な真剣な瞳をしたアホに対してつい本音が出てしまい、場が凍り付く。
でも俺は悪くない。
受諾可能なレベルにも到達してないやつが何を言ってるんだって話だ。
レベルが達していたとしても、救えないやつは同じラインに立っている。
彼だけに言っているわけでは無い。
「君さ、レベルいくつ?」
「5です」
「ここに入れるのは最低でも10だよ」
「だから自己責任で行きます」
「そうじゃなくて、今更真剣になりましたって決断を見せられても遅いって言ってるわけ。なんで日ごろから異界に潜るなりしてレベル上げしてないんだよ。当然覚醒して現場に巻き込まれたんじゃなくて親がこの稼業なんだからちょっとはわかってただろ。その場で命懸けの突撃する以前に準備する努力しておけよ」
「それは、そうなんですが……」
俺の対応が変わったことに困惑しているようだ。
勝手に行く気満々になっているが、悪魔憑きに乗っ取られたら面倒ってことくらい把握してくれよ。
悪魔憑きを認めない親族の妨害は結構一般的にあり、サガミハラさんが立ち塞がってきたらヤタガラスが消耗する。
死にかけたら勝手にベイルアウトでも出来るなら話は別だけどさ。
「話は終わり。君は30分の間、ここから出ることを禁ずる」
記憶を弄って動けないようにしておく。
悪魔憑きがいないか記憶や精神を見たので、レベル差もあってこれくらい簡単に出来る。
この場にいた面々のCOMPからアラームが一斉に鳴り響く。
依頼未達成の証だった。
「ああ。別に他の人たちは納得できていないなら続けてくれてもいいよ。人の命が大切なんだろ。自分の命のほうが大切なら行かない方が良いと思うけど」
色々な感情が入り交ざった連中を無視し、俺の作業を進めるために電霊に指示を出す。
攻略組とは異なる現場組が事前準備を終わらせてくれている。
必要な機器が高校を囲うように設置してあるので今すぐにでも仕事に取り掛かることができる。
物好きな中に行きたい人がいるかもしれないから少し待つが、誰も行かないようだ。
当初の予定通り、この事件を終息させる。
「この場に駆け付けてくださった皆様方、参加賞が早急に必要な方以外は送付するので、送り先を電霊に伝えてください。まだ同じような現場は残っているので余裕があれば他をなんとかしてあげてください。天に召された方がいなくて素晴らしい限りです。それではお疲れさまでした」
疲れを滲ませるサマナーたちに、ピジョンちゃんが労いの言葉を掛けてから周囲に撤収を伝える。
特に機材トラブルもなかったので仕事も手早く終わった。
「ハラさん、受胎処理も終わりました」
「ええ、確認しました。GPも正常値に戻っています」
「じゃあ俺たちは帰りますね。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした。……倅にはやはり山北町に行かせようと思います」
サガミハラさんが寂しそうにつぶやいた。
息子さんが「悪魔と合体してでもこの事態を終わらせる」って言ってマジで合体するくらいの意気込みがあれば俺の傍で面倒を見たんだけどね。
ロックすぎて手放せないって意味で。
解散を告げたのに、依頼解決のため集まった面々は呆然としたまま動かない。
彼らの視線の先に校舎は既に無く、地面にぽっかりと穴が空いているだけだった。
削り取られた空間に残ったのは、勾玉と呼ばれる僅かな力の塊だけ。
それを回収して、優先順位が特に高い事件は終わりを迎えた。