実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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にじふぁんのときに書いてたやつです。
保存してあるのを探すのめんどいのでここに載せておいて、そのうち直そうかと思ってる的なサムシング。


ポケモン2(改訂前)

--1

 

――モンスターボール――

どんなポケモンも一度口を開けば飲み込んでしまう

 

――赤いキャップ――

当選倍率は不明

ポケモンマスターを目指す夢見る少年少女の憧れでもある

結局使われないという不運に見舞われたが

 

これ を そうび する とは おそれ おおい !!

 

 

 

【原点】

 

 

 

マサラタウンまではリザードンの背に乗ってから三十分もかからなかった。

俺たちを降ろし、飛び立つリザードンにお礼を言った。

鳴き声とともに口から火の粉を噴いて返事をしてくれた。

 

リザードンが見えなくなるまで見送った後、マサラタウンに目を向けた。

 

 

 

 

 

デフォルメされた脳内地図では研究所が一つ、家が二つと寂しい町だが実際はそんなことは無い。

純朴で、ゆっくりとした時間が流れている町だ。

大きな研究所を中心として建物が点々と並び、舗装されていない道があちこちに伸びていた。

 

グレンの町よりも小さいかもしれないな、と内心で呟きながら目的地である研究所へと足を向ける。

カツラさんが研究所を訪ねるように、と言われたからだ。

 

研究所ではトレーナーIDを発行してくれるそうだが、すでにカツラさんに貰っているので寄る必要はあまりない。

ただ、脳内情報がマサラタウンの研究所がすべての始まりだと知らせてくるので興味を持ったので向かっている。

トレーナーIDは基本的にはジムや研究所、役所などポケモンリーグに所属している機関ならば発行している。

IDはジムバッジの登録やポケモンセンターへの宿泊、パソコンへの接続などが可能なためトレーナーには必須なのだ。

 

 

 

 

 

脳内情報では研究所がとても大切なナニかだと言っているがそのナニかがわからなかった。

とりあえず町の中心にある研究所へと向かうことにした。

苦労するほど遠くないはずだ。

 

 

 

 

 

ほんの数分でロコンを頭に乗せた俺は研究所の扉にたどり着いた。

こんこん、と小気味良くノックする。

返事は無い。

扉のノブに手をかけてみた。

鍵はかかっていない。

 

外で待つのも苦に思う。

中で勝手に待たせてもらうことにした。

 

ホコリっぽい、乾いた空気。

古い本の匂いが漂っている。

脳内情報とはあまりに違う書籍の数々に目眩を起こしそうになった。

 

見渡す限り本ばかりで椅子や机が見当たらない。

奥まで足を伸ばすと漸く長机を見つけた。

大きな卵が置かれていた。

そう遠くない壁際には治療装置とパソコン、見たことの無い手のひらに少し余るくらいの四角い灰色の機械。

 

パソコンの画面を覗き込む。

電子メールをしていたらしい。

 

相手はウツギという人だ。

脳内情報ではポケモンの進化の権威だったはず。

メール内容はポケモンじいさんが見つけた卵についての話でその卵をオーキド博士に送ると書いてあった。

 

なるほど、机の卵はポケモンのタマゴらしい。

脳内情報では育て屋に預けるだけで手に入るらしいので貰っても構わないだろう。

モンスターボールに入れようとするが反応しないのでマニュアル(抉じ開ける)で詰め込んだ。

 

次に、灰色の機械を弄ってみる。

ロコンに向けると小さな画面に情報が流れる。

 

ロコン・きつねポケモン

せいちょうすると……

 

これしか書かれていないが、多分ポケモン図鑑なのだろう。

脳内情報ではトレーナーの必須アイテムだったはずなので拝借する。

赤色ではなく、灰色なのが微妙に気になった。

 

 

 

 

 

今の服装はジーパンと半袖のTシャツ、マフラー、ニット帽とちぐはぐだ。

グレンでは春はとっくに過ぎて暖かくなってきたので大丈夫だったが、マサラは肌寒い。

目についたクリーニングの袋に包まれた白衣を戴いたが気にしないで欲しい。

 

上着代わりに着ているがかなり良い。

気休め程度かと思っていたがどうやらこの白衣は上物らしい。

動きの邪魔にもならず、肌触りも悪くない。

何よりも暑くならない程度に暖かいのだ。

 

上機嫌で机を漁る。

カメラを見つけたのでロコンを頭に乗せたまま一枚写真を撮った。

パソコンからガリガリと音がした。

 

パソコンを見ると入力画面が出ている。

打ち込むのも面倒なのでOKクリック。

再度確認されたがクリック。

パスワードの入力画面になった。

 

脳内情報を探るが目ぼしいモノは見つからない。

オーキド博士も歳のはずだ。

多分、名前とかだろう。

 

脳内情報から拾ってきた名前を打ち込む。

yukinari、と。

認証されたようだ。

……マジか。

 

ガリガリと出てきた一枚のカード。

グレンで年上のジムメイトに見せてもらったIDカードと酷似していた。

思わず目的の品を手に入れてしまった。

 

ポケットに仕舞い込んで、扉へ向かう。

ここにはもう用は無いのだから。

 

 

 

 

 

外に出て深呼吸をする。

ホコリ臭い空間から解放されて清々しい気持ちになった。

ロコンも、太陽のような金色の尻尾を大きく振りながら俺の真似をして深呼吸していた。

 

一息つくと、またロコンは俺の頭に飛び乗った。

昔から俺の頭の上は彼女の特等席なのだ。

柔らかな毛並みを撫でると嬉しそうに鳴いた。

 

視線を感じて振り向くと十歳くらいの少年がロコンを凝視していた。

不思議と引き込まれてそうになる黒い瞳の少年。

何故か親近感が湧いた。

 

ロコンを撫でるかと問うが首を横に振られた。

ポケモンは好きかと再度問うも首をかしげられるのみ。

自分のポケモンが欲しいのかと聞くと呟いた。

興味がある、と。

 

 

 

 

 

他人のような気がしないこの少年を連れて近くの草むらへ向かう。

脳内情報ではポッポ、コラッタといったポケモンが出るはずだ。

リュックから取り出したビスケットを置いておく。

 

暫くすると草むらが揺れた。

甘い匂いに釣られて来たのだろう。

黄色い尻尾がピョコピョコと左右に揺れている。

 

さて、こんなポケモンがいただろうかと見ていると少年がビスケットを手に持っていた。

逃げられるのではないだろうかと思ったが杞憂だった。

 

ピカチュウが飛び出し、少年に抱き着いたのだ。

少年は少し驚いていたがビスケットをピカチュウに与えていた。

この一人と一匹の姿は妙に様になっていた。

 

ビスケットを食べ終えたピカチュウが少年を眺め、俺に視線を向けた。

そして頭上のロコンを見ると何かが琴線に触れたのか目を輝かせ、ピカッと一鳴きして少年の頭の上を陣取った。

またも少し驚くだけで無表情に戻る少年が面白くて笑ってしまった。

 

ピカチュウの静電気のせいか髪の毛がぐちゃぐちゃになっている少年を見て思い出す。

都合良く持っていた赤いキャップをリュックから取り出して少年に渡す。

少年は俺が見た中で一番驚いていた。

 

あげると伝えるといいのかと確認されたので構わないと応えた。

頭が大変だしな、と付け加えたのは俺の可愛くない茶目っ気だ。

少年は俺に礼を言って一度ピカチュウを抱え、キャップを被った。

無表情だった少年が微笑んでいるのを見て逆に驚かされた。

 

 

 

 

 

脳内情報の一つ、このカントー地方を表す白黒の世界で何時も記憶の中心にいる彼と少年が酷似していたからだ。

名前は確か……。

思い出す序でに少年に名前を尋ねる。

 

思い出すのと返事がくるのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

『レッド』と。

 

 

 

 

 

嗚呼、彼がこの世界の主人公か。

継ぎ接ぎだらけの記憶で理解した。

親近感を持ったのは一時期、俺は彼だったから。

 

呆けている俺を変に思ったレッド君が訝しげに俺の顔を覗き込む。

ぼーっとしていた、と軽く謝っておく。

頭上のピカチュウはご満悦だ。

 

レッド君にモンスターボールを渡しておく。

仲良くなったポケモンを手持ちにしておかないと他の人に捕まえられるから、と説明して。

 

そろそろ発つことを伝えるとレッド君に何をするのか聞かれた。

特に何も決めていない、ただ将来を探してると答えておく。

 

レッド君はやりたいことが無いらしい。

俺はポケモンマスターでも目指せばいいと言っておいた。

脳内情報からすれば確実になるだろうし、なれる力もある。

 

レッド君は何故か何度も頷いていた。

不思議に思いながら、別れを告げて背を向ける。

レッド君が小さな声で別れとお礼を言ったので後ろ手に手を振った。

またね、と。

レッド君も大きな声でまた今度と言った。

 

 

 

 

 

トキワへと向かう道のり、ロコンを撫でる。

この世界の主人公を見てしまった。

不確かな記憶から漠然とわかってしまった。

もしかしたら自分は彼にただ赤いキャップを届けるためにいたのではないか、自分の役割を終えたのではないか、等が頭を廻る。

 

役割を終えた脇役はどうなるのか。

自分の旅はここで終わりではないか。

恐怖を隠すようにロコンを執拗に撫でていた。

 

そんな俺が心配になったのだろうか。

ロコンが頬を舐めたことにより正気に戻った。

いつの間にか、トキワのポケモンセンターの前だった。

 

今日は此処に泊まるとしようか。

疲れた頭は限界だった。

 

 

 

 

 

『原点にして頂点』

 

 

 

 

 

ポケモンセンターの宿泊用の部屋で頭を過った言葉は的確に表されていた。

俺の原点で、そして頂点でもあるのかもしれない。

頂点を過ぎた俺はただ落ちるのみなのだろうか。

 

不安で震える俺の胸に抱かれているロコンは温かかった。

撫でていると自然と震えが治まる。

俺はどうなるのだろうかと思いながら窓に目を向けた。

 

満月が空に浮かんでいた。

本音を言えば不安だ。

でも、寂しくはない。

 

不安なときでも助けてくれる太陽のような相棒の彼女がいることに喜びを感じた。

どうやら、今日も安心して眠れそうだ。

撫でたロコンの毛はやはり柔らかかった。

 

窓から射し込む月光が俺とロコンを包んでいた。

 

 

 

 

--2

 

 

 

 

――ポケモンセンター――

ポケモンリーグに所属する機関。

ポケモンIDがあれば無料で宿泊と治療、パソコンの使用などのサービスが受けられる。

シャワーすら無料。

食事は予約制で有料。

職員はジョーイと呼ばれる。

殆ど女性。

職員になるには難しいがカントー中の少女の夢見る職業。

ゲームのように一秒で完治とはいかない。

 

――マサラの研究所――

オーキド博士の研究所。

なんかの権威として凄いらしい。

赤緑青ver.ではオーキド先生と戦える改造コードがある。

手持ちは選ばれずに残った一匹と……。

知ってた?

 

 

【トキワを歩く】

 

 

 

目が覚めた。

ボヤけた視界。

少し微睡みながらも天井を見つめた。

 

 

 

 

 

普通の天井だった。

 

 

 

 

 

徐々に覚醒する意識。

トキワシティのポケモンセンターに泊まったことを思い出した。

グレンの外に出てから初めての外泊だった。

 

ポケモン屋敷やジム、研究所、ポケモンセンターなどには泊まったことはあったがグレンとは何かが違うと思った。

緊張していたのか少し痛む身体を伸ばす。

 

焦っていたのかもしれない。

不安だったのかもしれない。

昨夜の事を思い出しながら服を着る。

ニット帽とマフラー、白衣は室内のため着ないでリュックに入れた。

 

継ぎ接ぎの記憶や出所不明のポケモンの知識、これらの脳内情報に存在する中心人物。

突然の出会いに混乱していたのだろう。

そう心に折り合いを付けて未だに眠っているロコンを抱える。

 

 

 

 

 

今日の朝食はなんだろうか。

空腹を刺激する香ばしい匂いが漂ってくる。

ピカチュウの帽子やTシャツ、きぐるみを着ている人ばかりだったのを不思議に思いながら廊下を歩き、ロビーへと向かう。

匂いに釣られて起きたロコンに朝の挨拶をする。

あくびの返事に笑いが零れた。

 

 

 

 

 

すべてのポケモンセンターには宿泊施設がある。

このトキワシティのポケモンセンターも例外では無い。

今はジムリーダーが留守にしているし、そうでなくとも地方の外れの片田舎のここで泊まるトレーナーは少ない。

今もロビーにいるトレーナーは俺だけだった。

 

ポケモンセンターはトレーナーIDがあれば宿泊費は無料になる。

あまり宿泊費が高いわけでは無いがタダを甘んじて受けるのが旅するトレーナーの性なのだ、まだ旅にでて一日のへっぽこでも。

シャワーや治療も無料で行ってくれるが食事は別料金。

 

前日に朝食と昼用の弁当を頼んでおいた俺はロビーで受け取った。

こういったポケモンセンターのノウハウはグレンのジョーイさんや訪れたトレーナーに教わったので一通りは心配ないのだ。

 

朝食はシチューと焼きたての白いパン。

おかわりは自由。

ジョーイさんの料理の腕は何処のポケモンセンターでも素晴らしいようだ。

 

ロコンを待たせて機嫌を悪くさせるのも損だ。

食事の前に手を合わせて一言、いただきます。

ロコンが短く鳴き、パンをかじった。

 

食事を摂りながらテレビに目を向ける。

ニュース番組のようだ。

マサラタウンの研究所で窃盗があったらしい。

研究中の資料と試作品が盗まれたとか。

ポケモンに乗って逃げられたら大変だろうなと内心で呟いた。

 

外に一台のバイクが停まり、ジュンサーさんがポケモンセンターの中に入ってきた。

マサラタウンの窃盗でポケモンポリスが動いてるらしい。

事情聴取をして回っているそうだ。

 

俺も聴かれたので答えておいた。

旅をしていること、次は森に向かうこと、グレンから来たことなど。

礼を言われたので気にしないでくれと返事をする。

特に気になることは無かったようでジュンサーさんはバイクに乗って何処かへ走り去った。

 

その姿を見送ったあと、ジョーイさんに挨拶を済ませた。

ロコンを頭に乗せてポケモンセンターを後にする。

もちろん、昼食の弁当は忘れない。

 

 

 

 

 

脳内情報ではトキワジムのリーダーは七つのバッジを集めないと何故か帰って来なかった。

このトキワジムのリーダーも同じく留守にしているらしくジムも閉じたままだ。

ジムを開く日にちはポケネットで公開されているのでその時ばかりはポケモンセンターも賑わうらしい。

連絡もあるし、七つのバッジを集めないと挑戦権はないのでトレーナーも挑む少ないし、ジムリーダーとしての仕事は果たしているので文句も殆どないと教えてくれた。

サカキさんという名前のスーツの人がトキワジムの前で。

 

脳内情報ではジムリーダー、ロケット団、サカキ様などのキーワードを得るが話していても悪い人では無さそうだ。

むしろサカキさんとの話しは面白く、軽快に会話が進む。

俺のポケモン知識にもキラリと感じる知性でテンポが良くなる。

ロコンを見て驚いていたが珍しい色だからだろう。

名残惜しいが長居していると今日中にニビに着けなそうなので暇させてもらう事にした。

機会があったらまた話をする約束をして。

 

 

 

 

 

トキワからセキエイ高原までの道のりであるチャンピオンロードに行くことができるのでトレーナーも多いのではないかと思われるがそんなことはない。

脳内情報では全開だった門は一年に一度だけ開かれるのだ。

 

とは言えバッジを八つ集めることができるトレーナーはかなり限られている。

数多くいるトレーナーの一握りがバッジを手にし、さらに一握りが八つのバッジを集める。

更にチャンピオンロードで年に一度だけ開催されるトーナメント。

これを勝ち抜いた三位までのトレーナーが四天王への挑戦権を得る。

 

因みにトーナメントはポケメディアで生放送され、その期間、この地方は熱気に包まれる。

チャンピオンロードでトーナメントを直に観戦する場合は抽選次第だ。

この時ばかりはトキワも賑わうのだがゴミや騒音が問題らしい。

 

 

 

 

 

トキワは高くない建造物ばかりの街だ。

街のどこでも西を向けばチャンピオンロードに繋がる門のある建物が見える。

観光の名所にしようという計画があったらしいが面白味がどこにも無かったために計画は頓挫した。

 

ダラダラとし過ぎて野宿となるのは御免なので足早にトキワを離れる。

途中で酔っぱらいを踏んだが、日が出てる時間から酒を呑む余裕があるのならば、踏んでしまっても構わんのだろうの精神で乗り越えた。

 

日が暮れるまでにトキワの森を抜け出ておきたいがジョーイさんの話によると想像よりも広いらしい。

遭難者は出ないが迷ってしまうと野宿になる可能性も出てくるとか。

飛行できるポケモンが少し羨ましく感じながら森の入り口へと向かった。

 

 

 

 

 

森の入り口、地下通路、大きな街同士の間、チャンピオンロードへの道のり等の入り口と出口はゲートに挟まれて塞がれている。

間違って入らないようにするためだとか、ポケモンが縄張りを拡げないようにだとか言われている。

 

例に漏れず、トキワの森へはゲートの入り口から行く。

半ばじいさんばあさんの憩いの場に様変わりしてはいるが一応、機能しているので問題無いだろう。

ジジババに囲まれやたら甘ったるい菓子を食わされているジュンサーさんを横目に捉えながら森に足を踏み入れた。

濃い緑の香りと土の香りは、この森が人によって開発されていない事を示していた。

 

 

 

 

 

森は広いうえに草や木が生い茂っている。

一応歩道はあるが歩き易いかと問われれば首を傾げてしまう程度のものだ。

グレンは自然が少なかったので慣れない森を歩くのは少し不満が溜まる。

 

現れる虫ポケモンは大きく、はっきり言ってキモい。表情に可愛いげがあるベトベターやベトベトンが大丈夫な俺でも厳しい。

 

脳内情報のデフォルメ図鑑の虫ポケモンは愛嬌があるのだがキャタピーとビードルは体長が30cmもあるのだ。

ぐねぐねと動く姿は薄暗い森の中とあって背筋が寒くなる。

 

トランセルやコクーン、ポッポやオニスズメを見かけるとガリガリと音を立てるように削られた心が癒される。

それはロコンも同じらしい。

むしろロコンのほうが辛いらしい。

 

自分の半分くらいの大きさの虫と戦うことになる。

最初は怯えていた彼女は次から次へと現れる虫ポケモンに、キレた。

火力を抑えることもせず、焼き払う姿は凄まじいものがある。

 

――焼き払え!!――

 

――腐ってやがる!! 早すぎたんだ……――

 

みたいな事が頭を過ったのだ。

電波を受信するように不安定な記憶が蘇るのは勘弁願いたいものだ。

 

森で火を使うのは良くないかもしれない。

だが、敵を一掃する様は気持ち良く感じる。

 

ポケモンバトルの相手は虫ポケモンを捕まえに来たり捕まえた虫ポケモンを使う少年ばかり。

ロコンは見るのも嫌とばかりに焼き尽くす。

時々現れるピカチュウ入りの服を着たトレーナーもいたが結末は同じ。

ベロリンガとか出しっぱなしの口を焼いたが大丈夫だろうか。

 

――汚物は消毒だー!!――

 

……何故だかロコンから世紀末のモヒカンを幻視した。

 

ロコンの燃やしっぷりが爽快過ぎた。

あのトレーナーの虫ポケモン、死んでるんじゃないだろうか。

 

……まぁ、大丈夫だろう。

露骨にロコンを頭に乗せて、炎ポケモンをアピールしてるのに挑んでくるほどのトレーナーや虫ポケモンたちだ。

耐熱に自信があるのだろう。

焦げた臭いを無視して奥へと進む。

 

 

 

 

 

道に迷ってしまったが太陽の位置から方角を判断して適当に進む。

なぁに、死にはしない。

 

接近してきた耳障りな羽音を撒き散らすスピアーをロコンが蹴散らす。

虫ポケモンと対峙するのすら億劫になったようで俺の頭に乗ったまま戦っている。

ロコンは火も吹くが、基本的には炎の玉を操って戦う。

ニット帽や髪の毛は焼けないがすぐ近くに発生する炎は少し熱い。

 

瀕死のスピアーを無視して突き進むと開けた場所に出た。

そこだけ木が生えておらず、日光が一面を照らしていた。

綺麗な花畑だった。

 

 

 

 

 

花畑の一角に座り、昼御飯を取り出す。

ロコンを膝に乗せて、サンドイッチを食べる。

ふう、と一息ついて改めて景色を眺めるが何度見ても見事な花畑だ。

 

途中で木から垂れ下がるコクーンやそこらを這っているビードルを焼いて来たのを思い出した。

なるほど、此処等は縄張りだったのかもしれない。

俺には関係無いけどな、とサンドイッチを飲み込み、お茶を啜る。

休憩として花畑を駆けるロコンを眺めることにした。

 

 

 

 

 

腹も膨れたのでニビを目指して再び歩く。

虫ポケモン出現→焼く→歩くを繰り返し、時折現れるトレーナーも蹴散らす。

ピカチュウ教みたいな奴らも同様。

ロコン無双。

 

出口のゲートに入る。

ジジババに囲まれたジュンサーさんはテンプレなのだろうか。

微妙な疑問を抱きながら通り過ぎる。

無理矢理ベタベタしてるお菓子を食わせるのは何処のジジババも同じなんだろうか。 

 

 

 

 

ニビに着いた頃には日が傾いていた。

朱色の夕日が輝きを主張しているのがとても煩わしい。

虫ポケモンに囲まれて疲れた俺がポケモンセンターに駆け込むのは当然の結果だろう。

ロコンも疲れたのか半分寝ている状態だ。

 

宿泊の手続きを済ませて今日の夕食と明日の朝食、弁当を頼む。

ポケモンセンターで作って貰った弁当の空箱を他のポケモンセンターで返せるという魅力的なシステムがこの弁当にはあるのだ。

欠点はあまり知られていないということ。

 

 

 

 

 

部屋に荷物、ニット帽、マフラーを置き、鍵をかける。

完全に眠っているロコンを抱き締めながら夕食を食べにロビーへ向かう。

 

夕食時に流れるニュースを眺める。

チャンピオンロードでのトーナメントの話題で盛り上がっていた。

もうそんな時期なのかとカレーライスを頬張る。

ロコンは匂いで目が覚めたようで今は飛び付くように食べている。

汚れた顔を拭ってやりながら俺もスプーンに乗ったカレーライスを口に運ぶ。

 

マサラでの窃盗事件に兆しが見えてきたらしい。

そんなことよりもロコンの汚れを拭うほうが今の俺には重要だ。

 

 

 

 

 

嫌がるロコンとともにシャワーを浴びて、部屋へ戻る。

疲れが一気に出たように感じてベッドに倒れ込む。

泊まるトレーナーが少ないので今日も個室だ。

 

ベッドで飛び跳ねているロコンが俺の胸に飛び込んできた。

そういえば、と思い出した。

ロコンを腕に抱いたままベトベトンに貰った炎の石をリュックから取り出す。

 

ロコンが俺の腕から飛び出して部屋の隅へと逃げるのを不思議に思いながらも石を固定して丈夫な紐で巻く。

綺麗な飾りが出来ただろうとロコンに見せ、首にかける。

目を丸くして驚くロコンが可愛くて頭を撫でる。

数分して気を取り直したロコンが負けじと頬を舐めてくるのをくすぐったいと感じながらベッドに倒れ込んだ。

 

毛布にくるまり、ロコンを抱き締めながらボンヤリとしていた。

俺は何をすれば良いのだろうか。

夜、一人になると考えてしまうのだ。

 

その日は昼間の疲れからかすぐに寝付いてしまった。

 

 

 

 

--3

 

 

 

 

――フレンドリィショップ――

 

トレーナー向けの道具も売っているコンビニのような店。

シルフカンパニー製の道具ばかりで高い。

もっと財布に優しくなって欲しいものだ。

ポケモンリーグ公認。

 

――ポケモンの技――

 

四つだけのわけないじゃない。

ポケモンが思い付いたり、練習で得たり、トレーナーの指示から新しい技を習得するのだ。

ただし、技マシンで覚えさせられる技は四つ。

機械を使うだけで新しい技を覚えるとか危険な香りがする。

 

 

 

【にびのまち】

 

 

 

 

ロコンを頭に乗せ、ニビを歩く。

何時も通り、ニット帽に顔を埋めて寝ている。

朝食を済ませ、弁当を受け取ってポケモンセンターを後にしたのは先程のことだった。

 

 

 

 

 

ニビシティはマサラは勿論のこと、トキワよりも広い。

島であるグレンよりも小さいが森と山に囲まれている地形を考えると余りにも広いのだ。

 

一昔前まではトキワと同じ規模の街だったが、近頃では農地の拡がりを見せており、住宅街から外側は畑だ。

農作業している人の大半がタマムシやヤマブキと言った都会から移住してきている。

畑仕事に先見を見いだしたり、単純に老後のためだったりと理由は様々だがニビは賑わいを見せている。

 

俺には関係ないが、研究所や博物館も魅力的らしいのだ。

主にタマムシ大学などから積極的に誘致しているらしい。

 

ただ、ポケモンセンターに泊まるトレーナーの少なさからジムへの挑戦者は少ないらしい。

グレンと似た僻地にあるジムに来るためには騎乗できるポケモンに乗って移動しないと手間がかかる

そんな理由から基本的にはニビのジムは後回しにされがちなのだ。

 

 

 

 

 

脳内地図とは似ても似つかないニビを眺めながら散策する。

これからの予定について頭を捻る。

これでも色々と考えることはある。

 

ジムに挑戦するか否か。

単純な話、面倒なのだ。

バッジを集める気も、マスターを目指しているわけでもない。

手持ちのロコンから考えてもメリットは少ない。

 

次に、山越えの事だ。

ハナダに向かうならばお月見山を越えなければならない。

それほど危険では無いが、野生のポケモンも多く出現するし、迷ってしまうとすぐには出られない。

順調に進んでも確実に野宿することになる。

 

どうしようかと呟いてみる。

案の定、眠っているロコンから返事は無かった。

揺れる頭の上でよく眠れるな、と笑ってしまった。

 

 

 

 

 

悩んでいても仕方がないのでフレンドリィショップで食料を買う。

日持ちするインスタント食品ばかりになるのは当然だった。

 

グレンから持ってきたモンスターボールの技術を応用している水筒のお陰で水に困る事はないし、実は傷薬の持ち歩き易さにも関わっている。

この技術はストレージと呼ばれ、この技術が応用された道具をストレージタイプと呼んでいる。

普及しているストレージタイプの道具の殆どがシルフカンパニー製と考えると市場の独占があまりにも酷い。

 

リュックも欲しかったが値が張りすぎて手が出なかったので今はストレージ無しの普通のリュックだ。

ストレージタイプのリュックは軽いし大容量、そして持ち歩きが楽なので駆け出しのトレーナーの憧れでもある。

 

 

 

 

 

ロコンも俺と同じ物を食べるのでポケモンフードは買わない。

グレンでもジムや家でよく同じご飯を食べていたのでポケモンフードの味は苦手らしい。

 

ベトベターやベトベトンは海のヘドロを食べていたし、ポニータはポケモン屋敷内の地下に生い茂っている異常に速く成長する植物を食べていた。

食べ物に関しての環境は悪くないのかもしれない。

ウィンディが何を食べていたのか気になったが知る術は無かった。

 

 

 

 

 

人とポケモンが農作業をしている様子を眺めながらのんびりする。

完全に寝入っているロコンは膝上に乗せた。

起こさないようにブラシをかける。

 

少し熱心にかけすぎたようで時間を忘れてしまったようだ。

既に農作業をしていた人やポケモンは昼食を摂っていた。

 

ロコンを揺すって起こしながら弁当を取り出した。

フタを開け、中の匂いを嗅いだロコンは直ぐに目を覚ました。

昼食はハンバーガーだ。

ロコンは我慢の限界らしく上目遣いでこちらを見詰めてくる。

その姿が可愛かったので頭を一撫でし、一緒に食べることにした。

 

昼食の後は農作業を横目にダラダラ過ごす。

ロコンは俺の膝を枕に夢の中だ。

太陽のように輝くロコンの毛並みをもふもふする。

素晴らしい柔らかさだ。

誰かに自慢したい。

 

等と思っていたら糸目の兄さんに話しかけられた。

トレーナーをやりつつブリーダーもしているのだとか。

あまりにもロコンが見事で話し掛けてしまったそうだ。

プロの目から見ても俺のロコンが美しすぎてヤバい(^q^)

 

糸目の兄さんとの話はなかなか有意義に過ごせた。

ブラシの使い方や毛の洗い方、マッサージなどの話はわかりやすく、すぐに試したくなった。

途中で目が覚めたロコンに試したが骨抜きにしてしまった。

糸目兄さんの笑いが何故か引きつっていた。

 

 

 

 

 

これからの予定を聞かれた。

昼を過ぎて夕方近くになってしまったので明日お月見山を越える事を伝えた。

 

この後暇ならジムに来ないかと誘われた。

この糸目兄さんはジムリーダーでタケシさんと言うらしい。

脳内情報と比べるとドット絵の似顔絵のようだった。

気づかなかったが気にしない方向で行く。

 

ニビの街は発展しているが、ジムに挑戦するトレーナーは相変わらず少ないらしい。

日課の散歩(散歩が日課になるほど暇)の途中で見かけたので話しかけたのだとか。

 

別にバッジを集めて無いから挑戦する気は無いと言っておく。

タケシさんはそうか……と落ち込んでいたが面倒なので仕方ない。

とぼとぼと去っていくタケシさんを見送る。

 

タケシさんが顔をこちらに向けて呟いた。

ポケモン各種の毛繕いセットが賞品なのに、と。

しかもストレージタイプ。

シルフカンパニーは高級ブランドでもある、最高品質は保証されている。

 

ジムでの賞品としては破格だ。

それほどまでに挑戦者がいないのだろう。

泊まったポケモンセンターにはトレーナーを見かけなかったがどうやら深刻な状態らしい。

運営費などはポケモンリーグから払われているので心配無いが、トレーナーとのバトルが皆無で勘が鈍ってしまう。

だから時々見かけたトレーナーと戦うために試行錯誤しているのだとか。

 

そんな魅力的な賞品が提示されたら挑戦するしかないだろう。

脳内情報から考えて屋内で適当にダラダラやり合うとか。

そう考えていた時期が俺にもありました。

 

 

 

 

 

ジムに入ってタケシさんと対面する。

流す感じでやるかなんて気持ちで見ていると天井が無くなった。

天井だけではなく、壁も地下へ収納されていく。

 

驚いていると歓声が聞こえてきた。

外には観客席があり、ニビ中の人が集まっているのかと思うほど沢山いる。

オーロラヴィジョンも完備。

俺の予定とは大分違う。

 

バトルで壊れたジムを修繕する運営費が余りに余ってこんな大規模な装置を作ったらしい。

住民も娯楽に飢えているためにこんな事になったのだとか。

……こんな大事になるからトレーナーが挑戦しないんだろ。

 

 

 

 

 

俺の手持ちに合わせた一対一のバトル。

気絶させれば勝ちという単純ルール。

 

グレンとは別のジムリーダーに挑戦するのは初めてで少し緊張したがロコンはやる気らしい。

可愛らしく尻尾を振って、火球を待機させている。

 

タケシさんの繰り出したポケモンはイワークだ。

蛇のような細長い体には岩のように堅牢な皮膚で覆われている。

タイプの相性は最悪。

地中に潜られるとかなり厄介だ。

 

厄介だが、気にするほどではない。

ロコンは炎タイプなので弱点で攻めることはできないが、ロコンは優秀だし適当でも大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

指示を告げる。

好きにしていい……あとは何時も通りだ、と。

グレンのジムでジムメイトに混じって挑戦者と戦っていたようにしろという指示だ。

 

ロコンは好きに戦う。

俺は判断に迷ったり、見えていなかったりする攻撃に対してのみ指示を出す。

情報は出来るだけ少なく、的確に。

 

 

 

 

 

ロコンがイワークの攻撃を掻い潜り、火球を撃ち込む。

危険な時は電光石火で回避するように指示。

この繰り返しだ。

 

ずっと変わらない。

今までも、こうしてきた。

これからも、こうするのだろう。

 

 

 

 

 

活き活きとした動きをするロコンを見れば、悪くないと思う。

 

 

 

 

 

俺の仕事は目となることと、急所を見切ること。

どんなポケモンにも急所が存在する。

それをロコンにばら蒔かせた火球から判断し、伝える。

 

そしてロコンが執拗に狙う。

回避は俺が、攻撃はロコンが。

何時も通りだ。

 

急所を何度も焼き、火傷させる。

そして、弱点に変わるのだ。

イワークの動きも緩慢になる。

 

イワークが穴を掘って地中に逃げた。

穴に向けて火炎放射。

岩に近い体表をしているが結局は生物だ。

燃える空気はジワジワと効くだろう。

 

地中からの攻撃を電光石火で回避させる。

弱ったイワークに何時も通りの止めを刺す。

 

 

 

 

 

ばら蒔いた火球は急所の判別、目眩まし、そしてもう一つ役割がある。

囮としての魅せ玉だ。

ばら蒔く火球とは別に一つだけロコンの背後を追尾する火球がある。

今は爛々と輝く太陽のような玉が。

 

戦闘中はこれに力を込め続け、片手間に火球を連射する。

相性が悪かったり、硬かったりと倒すのに苦労する相手にも効果的だ。

何時も通り、弱った相手を輝く炎で狙い撃つ。

 

 

 

 

 

――マスタースパーク!!――

 

 

 

 

 

やはり戦闘は火力だな、文字通りの意味で。

ロコンが駆け寄ってくる。

崩れ落ちるイワークを横目にロコンを抱き締めながら思った。

何時も通り。

だが、悪くない。

悪くないのだ。

 

 

 

 

 

歓声に適当に応える。

タケシさんが目を見開いていた。

怖っ。

 

なんでも驚愕していたんだとか。

岩タイプのごり押しが炎に負けたからって驚かれても困る。

ロコンの美しさに驚いたとかだろうか。

それなら仕方ない。

 

賞品としてポケモン各種専用毛繕いセットを貰った。

各種なので沢山ある。

ストレージタイプだから嵩張らないが凶器にしか見えない物もある。

例えば、どう見てもバールのような物でしかない何か。

タケシさん曰く、岩タイプ用で物凄く丈夫らしいのだが何度見てもバールのような物にしか見えない。

 

バッジは特に必要では無いのだが渡された。

勝者の証は受けとるべきだそうです。

ほこほこ顔の市長さんから金一封を貰ったが意味がわからん。

 

そのあとは住民に適当に手を振りながら去る。

何故か紙吹雪が舞い散っている。

住民たちのハイテンションを華麗にスルー。

 

 

 

 

 

――残像だ――

 

 

 

 

 

を地で往く速さで移動する。

途中、揉みくちゃなジュンサーさんがいた気がするが華麗にスルー。

面倒事は回避。

 

お祭り騒ぎのニビから抜け出し、騒ぎを聞き流しながらお月見山を目指す。

お月見山の麓のポケモンセンターで一泊してから山越えをする予定だ。

 

 

 

 

 

そこらに蔓延るボーイスカウトや虫取どもはロコンの火球の餌食。

お嬢さん方は紳士的に火球で焼き払う。

結局、火球で蹴散らすのだ。

 

苦労(焼き払う面倒な作業)を乗り越えてポケモンセンターを見つけた。

お月見山に入るトレーナーは少ないのか人があまりいない。

手続きを済ませてやることも無くなったのでお月見山を眺めることに。

 

運が良いとピッピが見れるのだとか。

満月の日には必ず見られる場所を聞き、双眼鏡まで貸してもらった。

ジョーイさん好い人。

嫁にするならこんな人かもしれんね。 

双眼鏡を覗く。

西日に照らされたお月見山は山肌が朱色に映えて、綺麗なものだ。

なだらかな山の頂上付近でピッピは踊るらしい。

 

見ながら思ったが今は満月の時期じゃない。

なるほど、人がいないわけだ。

このまま帰るのも負けた気がするので適当に山を眺めることにした。

 

ロコンはすでに頭の上で寝ている。

火の粉にしても火球が放たれるくらいに威力は異常に高いが燃費がかなり悪いので何時も眠っているのではないかと俺は考えている。

食欲旺盛なのもこれが理由だろう……多分。

 

 

 

 

 

山を眺めていると白い何かが横切った。

探してみるとすぐに見つかった。

カラカラだ。

脳内情報では生息地は全く別の場所のようだ。

 

珍しい、と一言で言い切れないのが難しい。

生息地はそのポケモンが生きる事に最も適している場所だ。

その付近ならば幾らか見ることはできるが此所まで遠いとなると何か問題があったとしか思えない。

 

群れから逃げたか、追い出されたか。

強いポケモンに駆逐されたか。

理由は分からない。

俺があれやこれやと考える必要は無いのだが、気になるもので。

 

 

 

 

 

ポケモンセンターから漂う香りに気付き、空腹を感じさせる。

ロコンは既に目が覚めたようで頻りに頭上でアピールしている。

 

苦笑いしながらロコンを撫でながら歩く。

ポケモンセンターに戻りながら、明日はカラカラがいた場所を見に行こうかと思った。

 

 

 

 

 

満月とは程遠い月が薄暗い空に浮いていた。

 

 

 

 

 

--4

 

 

 

 

 

――脳内情報――

 

ポケモンについての知識が豊富。

知識を探っていたら宇宙を創ったポケモンの情報が出てきて驚愕した。

 

常識に欠けるが生活や勉学の知識もある。

地図はデフォルメされていて方向確認くらいしか役に立たない。

 

穴だらけの変わった知識もある。

最近は、けつばんが気になる。

 

――モンスターボール――

 

800円。

脳内情報との差異に絶望した。

あまりに高すぎる。

スーパーボールは1200円。

ハイパーボールはない。

 

――ストレージ――

 

モンスターボールの凄い機能のこと。

加工したぼんぐりの性質をシルフカンパニーが転用、独占した。

ぼんぐり機能という名前になりそうだった、かなりダサい。

どっかの博士がぼんぐりの筆箱を使っていたらサイホーンが入ってしまったとか。

ぼんぐりヤバい。

 

 

 

【眠る山】

 

 

 

 

ポケモンセンターに2000円でモンスターボールを売りつけてくるオッサンがいた。

モンスターボールは確かに高値だが、2000円は高すぎる。

周りにフレンドリィショップが無いことから足元を見るつもりだろうか。

勿論、無視した。

 

 

 

 

 

朝食を早々に済ませてお月見山へ向かう。

弁当箱は邪魔になるだろうと思い、パン以外頼んでいない。

ロコンも残念そうだったがこれから山道を歩くのだ、諦めて欲しい。

ストレージタイプの弁当箱とか無いのだろうか。

 

お月見山は中と外の二つのルートから通り抜けることができる。

どちらから行こうとも途中で野生のポケモンが現れたり、道が悪かったりと一日はかかる。

通り道は一応あるのだが、野生のピッピを考慮しているとのことで道が整備されていない。

人には迷惑な話だが仕方ない。

 

 

 

 

 

俺は外から越えることにした。

予定では中から真っ直ぐ進むつもりだったが昨日見かけたカラカラが気になったのだ。

ロコンはどちらでもいいと言うようにアクビした。

まあ、頭の上で寝ているだけだしな。

 

薄暗い洞窟状の内部と違って外はなだらかな斜面となっている。

苦労なく簡単に登っていくことができる。

山道を歩いているが、道に逸れて遭難する人もいるのだとか。

 

 

 

 

 

野生のイシツブテが飛び出してきた。

岩の塊が人に襲い掛かるとか危険過ぎないだろうか。

グレンから持ってきた虫除けスプレーを思い出し、取り出す。

嵩張っていたし、丁度良い。

 

イシツブテと距離を詰める。

体当たりを半身ずらして避け、虫除けスプレーを顔面にぶちこむ。

怯んだイシツブテを後ろから蹴り、転がす。

 

山道を物凄い速さで転がるイシツブテは見なかったことにした。

イシツブテの平均的なスペックとして体長40cm、体重は20kg。

……。

 

過去の失敗を乗り越えるために進むことにした。

そして現れたイシツブテやズバット、パラスには虫除けスプレーをぶちこみ、蹴り飛ばす。

考えてみたが、今は満月では無いし登山客もいないらしいので別に構わないだろうと判断した。

 

 

 

 

 

お月見山は標高も低く、傾斜も緩やかだ。

ハイキングやピクニックにも度々利用される。

本来、山登りをする場合は野生のポケモンと出会うことすら珍しい。

 

こんなにも襲われる理由は一つ。

山道から外れて縄張りに入ったからかもしれない。

太陽の位置から適当に行けば大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

甘かった。

結構歩き回ったが山道は見付からなかった。

トキワの森の再来かもしれない。

右も左も木が生えており、道がわからない。

太陽が見えないほどに木が生い茂り、方向もわからない。

しかも水筒をポケモンセンターに忘れるという痛恨のミスを犯した。

飲み水は無く、ご飯はどれもお湯を必要とするインスタントなので食べることもできない。

ロコンが不安そうに鳴いた。

とてもひもじい。

 

 

 

 

 

とかなったら怖いよな、等と妄想しつつ方位磁針で地図を確認しつつ目的地へ向かう。

目的地は昨日カラカラを見かけた辺り。

ロコンは今も寝ている。

 

縄張り突入はわざとだ。

スマナイ、野生のポケモンたちよ。

君たちは好奇心の犠牲になったのだ。

 

木は其処らに生えているが空と太陽がよく見える。

空が見えないほどに木が生い茂る危険な場所にピッピがいるわけないだろう。

 

虫除け乱舞をして追い払う必要のあるポケモンも出ないので暇なのだ。

これくらいの妄想は仕方ないはず。

 

 

 

 

 

ダラダラと妄想を巡らせているとニビを一望出来る広場に着いた。

山道が続いているのが見えた。

『お月見山 山頂』という看板を見つけた。

ここら辺で一度休憩をとることにした。

 

ロコンを毛繕いしながらお湯が沸くのを待つ。

飯盒で米を炊くのも忘れない。

ストレージタイプのキャンプセットとか無いだろうか。

持ち運びが楽で魅力を感じるのだが。

 

 

 

 

 

何かが近寄る気配を感じて振り返るとカラカラが立っていた。

遠くから見たときには気づかなかったが、かなり傷付いているようだ。

被っている骨は所々に皹が入っており、右目が大きく傷つき身体中から血が流れている。

 

とりあえず、近寄ってきたクセに怯えるカラカラを拘束する。

何故か振り上げていた骨はボッシュート、ロコンの美脚に踏まれている。

 

悪いが俺は手加減しないぜ、と伝えてみた。

怯え、疎み、震えていたカラカラが涙を溢れさせていた。

高笑いとともに持っている凄い傷薬を全身にぶちまける。

そして快復の薬を染み込ませた軟らかい布で右目を覆う。

最後に包帯でぐるぐる巻きにして終える。

 

 

 

 

 

何故かカラカラが挙動不審だが無視してレトルト食品をお湯で温める。

炊き上がった米と温めたレトルトのカレーを紙皿によそって昼食の完成。

 

ロコンはカレーライスを食べるのでカラカラも大丈夫かな、と渡してみた。

ついでにスプーンも。

 

頭を傾げているので俺が見本を見せる。

ロコンは口の周りを汚しながら食べていた。

カラカラには少し難しいかとも思ったが普通に食べ始めた。

かなり賢いのかもしれない。

 

頭(骨?)を褒めるように撫でる。

最初は俺を見つめ、されるがままだったが突然弾かれたように離れて警戒しはじめた。

 

俺もロコンもそれを見ながらカレーを頬張る。

肝心の武器はロコンの足元であり、カラカラが振り上げているのはスプーン。

溢さないように紙皿は支えたまま。

自分の姿に気付いたのか、恥ずかしそうに近寄り、カレーを食べ始めた。

 

 

 

 

 

カラカラは予想以上に賢い。

そして可愛い。

御代わりで目を輝かせるとかグッとくる。

 

紙皿やレトルトのゴミをロコンに燃やしてもらう。

飯盒やスプーンは水で洗う。

無駄遣いしても余裕のある水筒の偉大さを知った。

 

 

 

 

 

ロコンの汚れた口元を拭い、毛繕い再開。

カラカラが去らずに見つめてくる。

どうやらロコンの下にある骨が欲しいらしい。

 

それを無視する。

途中でロコンが骨を抱えて眠ってしまった。

カラカラは困ったような表情をしている。

 

こいつ、良い子過ぎるだろう。

野生で大丈夫か。

こんな性格だから傷付いていたんじゃないのか、などと考えてしまった。

 

俺としてもロコンを起こすのは心苦しいのでカラカラと触れあうことにする。

震えているカラカラを抱き上げて毛繕い。

 

毛繕いセットがある俺に繕えぬポケモンはあんまり無い。

当然ながらカラカラも許容範囲内だ。

 

最初に皹だらけの骨や身体中の血を拭く。

傷のついていない場所を毛繕いしていく。

疲れていたのかすぐにカラカラは眠ってしまった。

 

ちなみにロコンは60cm、カラカラは40cm。

カラカラのほうが小柄で軽いのだ。

 

 

 

 

 

眠っている二匹を草の上に横たえ、レポートを書くことにした。

旅は始まったばかりだが目標は見付からず。

主人公のいる世界でどうしたらいいのやら、と思案する。

 

鳴き声が聞こえたのですぐに駆け寄る。

ロコンが魘されていた。

原因はわからないがよく魘されるのだ。

 

こういう時に何故ポケモンの言葉がわからないのかと思う。

パートナーが苦しんでいる姿を見ることしか出来ないのがトレーナーとして、堪らなく寂しい。

 

ロコンとカラカラを撫でる。

ロコンはこうすると平常に戻るのだ。

カラカラも苦しそうだったので一緒に撫でることにした。

 

 

 

 

 

 

夕日を眺めながら、今日はここで一泊しようかと考えていた。

ロコンは俺の頭の上でダラダラしているし、カラカラは骨を握りながらこちらを見ている。

 

テントはカラカラが手伝ってくれたのでかなり早く完成した。

焚き火はロコンに燃やしてもらう。

何時でも火を点けられるのはありがたい。

 

リュックを引っ掻き回し、底から鍋を取り出す。

カラカラもいるのでシチューを作ることにした。

鍋にルーやレトルトの具材をぶちこむだけだから特に難しいわけでもない。

 

出来上がったシチューを皿に盛る。

もっさり盛る。

そして今朝から持ち歩いていたパンを軽く火で炙って完成。

 

口を汚しながら食べるロコンと器用にスプーンを使うカラカラを見ながら俺も食べる。

多分、駆け出しトレーナーの中でも良い物を食べてる気がする。

レトルト、インスタント、ポケモンセンターに感謝かな。

 

 

 

 

 

やることも無いので毛繕い。

ロコンを膝に寝かせて行う。

シルフカンパニー製のブラシはやはり違う。

毛並みが輝くような艶を出す。

初めて会ったときから輝いていたけど。

 

カラカラは俺の対面に焚き火を挟んで座っていた。

呆けているようだ。

 

毛繕いが終わる頃にはロコンはうとうとしていたのでテントに寝かせた。

毛布をかける。

残念なことに寝袋は無いのだ。

 

ストレージタイプの寝袋は無いものか……などと同じ様なことを考えてしまった。

あるにはあるのだが、物凄く高い。

一時期はモンスターボールに全部ぶち込んでやろうかと考えたこともあったがダメだった。

 

 

 

 

 

次はカラカラだな、などと思って焚き火に目を向けるといなくなっていた。

開けた場所なので、周囲を見回すとすぐに見つかった。

包帯を全身に巻かれ、頭部は骨に覆われている後ろ姿はなかなかにシュールなものがある。

 

カラカラがどこかへと向かっていた。

俺も後を追った。

歩幅の関係ですぐに真横に並んでしまったが。

 

 

 

 

 

月明かりが地面を照らし、太陽が完全に沈んだ今でも足場は良く見えた。

カラカラは一心不乱に進んでいたが花畑に辿り着き、立ち止まった。

 

一匹のピッピが花畑を跳ねるように駆けている。

広い、広い、花畑だ。

一面が白い花で覆われていた。

 

カラカラが再び歩き出した。

俺もそれに着いていく。

ピッピは光を振り撒きながら跳ねている。

 

 

 

 

 

花畑の中心に一匹のガラガラが倒れていた。

身体中が傷付き、頭の骨も所々砕けていた。

確認したが冷たくなり、息をしていなかった。

 

世界の何処かにガラガラだけの墓場がある。

そんな話を聞いたことがあった。

それが此処なのかは俺にはわからない。

 

生息地はイワヤマトンネルなどの岩山のはずだ。

そんな遠くからお月見山の山頂まで来たのだ。

このガラガラの墓場はここだったのだろう。

 

 

 

 

 

カラカラはずっとガラガラを見詰めていた。

俺はそんなカラカラを無視してバールのようなもので穴を掘る。

このままだと腐るか肉を貪るポケモンに食い散らかされるかもしれない。

それに今のガラガラを見ていたく無かったのも理由の一つかもしれない。

 

ガラガラがすっかり埋まるほどの穴を掘り終えた。

優しくガラガラを抱き上げ、穴にいれた。

カラカラは見つめたままだった。

 

土をかけ、埋める。

泥だらけになってしまったが構わなかった。

ピッピが変わらずに跳ねていた。

 

ガラガラの持っていたであろう骨を埋め立てた土に突き刺した。

カラカラは身の丈ほどもある骨を見詰めていた。

俺も隣で座って骨を見ていた。

 

 

 

 

 

カラカラの骨から乾いた音が聞こえた。

からから、と。

それほど大きく無い音だったが何故か響いて聞こえた。 

 

 

 

 

ふと、見上げると月が高くまで昇っていた。

気が付かなかったがかなりの時間、ここで座っていたようだ。

ピッピは未だに跳ねていた。

 

俺が動いてもカラカラの視線は骨に向いたままだった。

どうしたものかと考えるが何も思い浮かばない。

 

カラカラは野生のポケモンだ。

俺が構う必要は無い。

だが、気になるのだ。

一緒にご飯を食べたからか、少しの時間過ごして情が湧いたからか。

 

俺はカラカラに声をかけた。

一緒に行かないか、と。

返事は無かった。

 

明日の朝まであそこにいるるからなと伝え、立ち上がる。

俺は無意識に口に出していた。

独りは寂しいだろう、と。

カラカラの背が少し揺れた気がした。

 

 

 

 

 

テントに向かって歩きながら考えた。

未知の知識を持つ俺は他人と溝を作ってしまう。

異常を持つ俺は馴染むことができなかった。

 

身近にポケモンがいて良かったと改めて思う。

ポケモンがいなかったらきっと何時までも俺は独りだった。

独りは寂しい、それは自分にも言えるのかもしれない。

 

 

 

 

 

タオルを水で塗らして身体を拭く。

泥がとれ、少し落ち着いた。

ロコンは魘されることもなく眠っていた。

 

ロコンの隣に横になった。

明日、カラカラが来てくれるか気になりながら眠った。

 

 

 

 

 

ちなみに、跳ねていたピッピがウザかったのでモンスターボールにぶちこんでおいた。

きっとパソコン内を暖めてくれるだろう。

 

翌朝はロコンと二人(一人と一匹)の朝食だった。

ロコンも寂しそうだったが頭を撫でて宥める。

ハナダに向かう。

山道を通るのでそれほど遅くならないと思う。

歩き出したとき、硬い何かをぶつける乾いた音が近くで響いたのが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

お月見山を歩いている間、ロコンはずっと起きていた。

上機嫌だ。

俺の隣を身の丈ほどの大きな骨を抱き締めたカラカラが歩いていた。

俺も今日は機嫌が良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お月見山の山頂のとある場所に、花畑がある。

中心に小さな骨が刺さり、一年中珍しい花が咲いている。

 

近隣から人々が物見騒がしく訪れていたが、ある時それも無くなった。

お月見山の内部とこの花畑付近にロケット団の姿が現れるようになったからだ。

花畑はすぐに人々の記憶から消えていった。

 

 

 

 

 

それでもそこには毎年、同じ日に一人のトレーナーが訪れている。

 

骨を被ったポケモンとともに。

 

 

 

 

 

--5

 

 

 

 

――お月見山――

 

満月の夜にピッピやピクシーが跳ね回っている姿が確認できるらしい。

ただし、近づくとすぐに逃げるのでポケモンセンターの近くから双眼鏡や望遠鏡で山頂を眺めるのがマナー。

 

綺麗な花畑があるという噂が流れた。

真偽は不明。

 

――インスタント、レトルト――

 

旅するトレーナーの味方だが少し高い。

でも簡単に出来て美味いのだ。

飯盒で米を炊いたりする。

重かったり嵩張ったりと悩みは尽きない。

 

――PCW――

 

パソコンウォーマー。

預けたまま活躍しないポケモンのこと。

新人のために場を暖める宿命なのだ。

 

 

 

【見敵、必殺、ハナダシティ】

 

 

 

お月見山の山道からハナダシティまでは一本道だ。

日が傾いてきた頃、山から流れる川を辿り、ハナダの街並みが見えてきた。

高い段差などがあり、足場は良くはないが乗り越えられないほどではなかった。

 

ハナダの洞窟とかいうマップがあったな、などと思いながら脳内情報の場所と照らし合わせて探してみるがそれらしき場所はなかった。

これくらいの差異は動じるレベルでは無い。

ロケット団が無いことと各々のジムリーダーが違うことに気付いたときはかなり驚いた。

 

ただし、小さな犯罪者集団はあるらしい。

ポケモンで誘拐とか恐喝、強盗、暴行など。

こういうのが集まってロケット団になるのだろうか。

 

 

 

 

 

そんなことを考えつつハナダへ向かう。

回復の薬を使ったがカラカラの傷も心配である。

心無し早足になるのも仕方ない。

 

パラセクトを使うトレーナーがいた。

ロコンが一瞬で燃やしたが。

電光石火で背後に移動してからの火球連射、美味しいです(^q^)

ピッピはモンスターボールに入れっぱなしだが、出す気はない。

 

 

 

 

 

ハナダシティは脳内情報とそれほど違いが見られない。

民家や人の数は大きく異なるが基本的な構成が酷似している。

ジムや自転車屋は当然ながら、北には橋がかかっている。

 

ただ、民家がやたらと多い。

ヤマブキで働き、ハナダに住む……が定番らしいのだ。

店もそこそこ、人もそこそこ、民家もそこそこ、自然もそこそこ。

田舎と都会の中間的な位置付けだろう。

 

 

 

 

 

ジムの近くにあるポケモンセンターに駆け込む。

包帯でぐるぐる巻きのカラカラにジョーイさんも目を見開いていた。

治療中に他のジョーイさんに説教された。

何故こんなになるまで放っておいたのか、と。

 

日が暮れて、外は真っ暗になった時間に治療が終わった。

治療したジョーイさんがカラカラについて話を聞きたいのだそうだ。

状態、捕まえた場所、手当ての仕方、群れの争いに負けたのではないかという予想、スプーンが使えること、御代わりする姿がかわいいなどを伝える。

 

俺の言葉を聞き終えたジョーイさんは言った。

野生のポケモン同士の争いだとしても傷が可笑しいのだと。

 

縄張り争いでこれほどまで傷付くことは殆ど無い。

ガラガラは愚か、弱者であるカラカラまで執拗に狙われているのは普通では無い。

相手は本当に野生のポケモンなのか、というのが話の内容だった。

 

生息していない強力なポケモンが現れた可能性もあるがそれもあり得ない。

基本的にポケモンの世界では強ければ強いほどが下を加護する。

好戦的なガラガラと争うほどの個体となればカラカラまで攻撃しないのだ。

 

詰まるところ、人為的な問題かもしれない。

マナーを守らないトレーナーの仕業が有力だ。

多分、上級のトレーナーだろう。

 

今はどうすることも出来ないが、何処かであったらぶち殺……ぶちコロ助してやんよ。

何故か複数のジョーイさんに羽交い締めにされた。

絶対コロコロしてやると息巻いただけなのに。

握っているバールのようなものが輝いた気がした。

 

 

 

 

 

気を取り直して容態を聞くことにする。

治療が終わってカラカラは眠ったままだった。

 

傷は心配ない。

かぶっている骨は固めたので大丈夫だが、右目付近の骨は砕けたまま。

そして右目は物凄い力で潰されたので見えないし、開くこともない。

骨がなければ死んでいただろう。

という話だった。

 

 

 

 

 

またジョーイさんと見知らぬトレーナーに羽交い締めにされた。

残念だが俺は止まらんのだよ。

不届き者をコロコロするまでは。

 

十人くらい引き摺った辺りでスターミーにバブル光線された。

フシギダネを抱えた少女だった。

すげぇ怒られた。

 

お陰で平常心に戻った。

が、説教が長かったので相手を落ち着かせるために俺は一言。

落ち着いたなう。

 

 

 

 

 

バブル光線超痛い。

 

 

 

 

 

とりあえず夕食を食べることになった。

バブル少女の名前はカスミらしい。

ハナダのジムリーダーは姉の三人だとか。

ハナダジムって三対一なのか……?

 

 

 

 

 

カスミがソワソワしていた。

ああ、ロコンが口を汚しながら食べているのが気になったのだろうか。

一生懸命で可愛いだろ、と。

違うらしい。

 

じゃあ、カラカラがスプーンを使ってることか。

賢いだろ、昨日教えたらすぐ出来たんだ。

凄いけど、またも違うらしい。

 

よくわからなかったが周囲を見渡して気付いた。

なるほど、スターミーがニドリーノにかじられていることかな☆

走ってスターミーを助けに行った。

戻ってきたカスミ曰く、違うらしい。

 

何故か怒鳴ったあと、フシギダネを指差した。

俺の膝でご飯を食べているのが癇にさわったらしい。

自分は一月かけてやっと抱っこできたから更に輪をかけて気に入らないとか。

 

いや、知らんがな。

俺には時々、物凄く仲良くなる個体がいるのだ。

ウインディ、ベトベトン、ロコン。

その反面、ポケモン屋敷の他のポケモンは仲良くなるまでに時間がかかった。

 

 

 

 

 

機嫌を損ねたカスミは怒鳴りながらジムに帰った。

フシギダネは震えていた。

そんな事をしてるからなつかないのでは、などと思ったが既にいない人物に届く言葉は持ち合わせていなかった。

忘れ去られたスターミーがあまりにも可哀想だったので慰めるために毛繕い(?)をする。

 

水棲用の柔らかい毛で擦る。

最初は震えていたが、今はコアがチカチカしてる。

よくわからん。

軟らかい布でコアを磨いて終える。

チカチカしてるがやっぱりよくわからん。

 

カスミが物凄い勢いで戻ってきた。

スターミーを見ると凄い剣幕で怒鳴った。

俺はスターミーに好かれていたらしい。

 

 

 

 

 

帰っていくカスミを見送るジョーイさんは何時もあんな感じなの、と言った。

乳酸菌が足りてないんだろうか。

とりあえずフシギダネを軽くブラッシングしてみた。

 

 

 

 

 

そのままロコンと一緒にシャワーを浴びた。

弱点とか無視して洗う。

シャワーも終わり、ロコンは元気にフルーツ牛乳を飲んでいた。

 

カラカラは大丈夫だろうが病み上がりだし許してやろう。

弱点で傷が開いたりしたら困るしな。

タオルで身体を拭き、骨を磨く。

 

 

 

 

 

ハイパー毛繕いタイム、はーじまーるよー

みたいなノリでブラシを取り出した。

ロコンもカラカラもテンションうなぎ登り。

 

カラカラは俺に寄りかかってガラガラの骨を磨いている。

さあ、やるか。

とか思ってロコンを膝に乗せて気付いた。

今日は相部屋だったわ。

 

 

 

 

 

ロコンにブラシをかけながら話をしてみた。

同室の人はクチバ出身のタイシさん。

二十歳までお金を貯めてから旅だったので未だに駆け出しらしい。

 

スターミーをかじってたニドリーノが相棒で何処かのジムメイトを目指しているのだとか。

クチバのジムに挑んで惨敗、ハナダのジムでも惨敗、イワヤマトンネルに訓練に行こうとしたら通行止めで立ち往生。

明日はお月見山に向かい、月の石を捜すらしい。

 

イワヤマトンネルについて気になったので詳しく聞いてみる。

どうやらトンネルの入り口付近で落盤があったらしい。

カラカラの生息地なので様子を見る予定だったが変更を余儀なくされた。

 

 

 

 

 

ロコンの毛繕いが終わり、カラカラを膝に乗せた。

脳内情報のように地下通路を使ってクチバに行くことにする。

タイシさんに伝えるとクチバまでは結構距離があるらしい。

地下通路はヤマブキの下を通るので俺が考えているよりも長いのかもしれない。

 

カラカラの毛繕いも終わったので寝ることにする。

ロコンとカラカラを抱えて横になった。

タイシさんは何故か驚いていた。

 

 

 

 

 

翌朝、タイシさんと食事をとる。

ロコンがフードファイトしているのを眺めているとジョーイさんに声をかけられた。

橋を渡った岬にマサキというポケモンマニアがいるらしい。

ポケモンの情報を熱心に集めているので何か知っているかもしれないとのことだ。

 

今日の目標も決まったのですぐに向かう。

タイシさんはダラダラした後、お月見山へ行くらしい。

ロコンを頭に、カラカラを腕に抱えて橋に行く。

 

 

 

 

 

ゴールデンブリッジ(笑)に着いた。

朝っぱらから五人のトレーナーがドヤ顔で立っていた。

地元の人間は分かってて来ないだろうから何時も暇なんじゃないだろうか。

 

五人のトレーナー……ハシレンジャーと名付けるを無視し、段差を乗り越えようかと思ったが顔がかなりムカつくので蹴散らすことにした。

やめてよね、俺の相棒が本気出したらポッポやキャタピーが敵うわけないじゃないか。

キャタピーやビードルはロコンが積極的に燃やしていた。

 

カラカラが戦ったのが予想外だった。

トラウマになっていたら時間をかけて……とも思っていたのだが杞憂だったようだ。

 

俺が死角や距離の指示を出していたとはいえ、カラカラはかなり強かった。

空中のオニスズメを骨で殴ったときは相手が死んだかと思った。

地面に激突したが衝撃が強すぎてバウンドした。

カラカラも目を白黒させていた。

 

 

 

 

 

電気ショックや火の粉などは脳内情報通りタイプがあるのだが、骨棍棒などは判断が付かない。

空を飛んでる敵を骨で殴って効果は無いようだ……などの未知現象は起きないらしい。

オニスズメのバウンドから学んだことだ。

 

地面タイプでも強さの違いで雷とかのダメージが入るらしい。

流石にゴローニャやダグトリオにピカチュウの雷ではキツいだろうが、サンダーなどの伝説・伝承クラスは電気ショックの威力もヤバそうだ。

 

 

 

 

 

橋を渡り、岬を目指す。

ロッククライミングしていたオッサンが上から勝負を仕掛けてきたときにロコンがテンパってオッサンごと焼いてしまった。

笑いながら許してくれたが。

 

カラカラに骨ブーメランを練習させる。

かなり器用らしくすぐに上手くいった。

失敗したときに岩を砕いたが見なかったことにして山登りのオッサンと戦う。

イワークがぶっ飛んだが俺は気にしない。

骨棍棒が空振って地面を割いたが気にしない。

 

骨>岩・地面なのだが大丈夫か、この世界。

とか思っていたらカラカラを使うトレーナーとの勝負になった。

凄まじい骨のぶつかり合い……衝撃波とか出たりしないよな?

 

様子見で骨棍棒。

相手のカラカラも受け止めようとして防御、骨が砕けた。

時が止まった。

 

相手の骨が脆すぎるのではないだろうか。

一発で砕けるとか。

相手のカラカラは泣いていたがどうすることも出来ないので進むことにした。

 

そしてカラカラがヤバい。

途中、ピッピと戦ったが砕いた気がする。

あの防御の薄そうな頭に直撃だったからな。

 

 

 

 

 

やっと岬の小屋に辿り着いた。

インターホンを鳴らす。

入ってもよいと返事がきた。

インターホンの必要はあったのだろうか。

 

中に入るとなんだかわからん機械だらけの部屋だった。

そこで本に埋もれる青年を発見した。

助けると礼を言われた。

彼がマサキさんらしい。

 

他地方のコガネという場所からタマムシ大学に入り、卒業した今はパソコンを使ったポケモンの預りサービスをやっているのだとか。

このサービス、パソコンで操作しないとポケモンを預けられないのだ。

予定では転送サービスも付けるはずだったがシルフカンパニーがストレージを詳しく公開していないので実現できない、と愚痴られた。

 

マサキさんの愚痴を聞き終えると今度は俺に話が振られた。

改めて聞かれると、どう尋ねればよいのだろうか。

ガラガラやカラカラが襲われた話とか知らない?

……流石に詳しくてもピンポイント過ぎて有り得ないだろう。

 

 

 

 

 

何か変わった事は無かったか。

そう尋ねることにした。

地道に情報を集めて繋ぎ合わせることが最善だろうから。

 

マサキさんはそのロコンも十分に変わっているが、と前置きしたあとに言った。

マサキさんの故郷にいる強力なポケモンを持っているトレーナーがいる。

そのトレーナーはカラカラの骨を知り合いに売り込んだらしい。

 

 

 

 

 

なん、だと……?

 

 

 

 

 

そいつを追っているから情報を寄越せ、とバールのようなものを素振りしながら優しく伝えてみた。

断られたのでバールのようなもので外の石を砕く。

最後通告だ。

 

顔を青ざめながらも断られた。

口が固い男だ。

脳内情報曰く、大人と子供の骨の数は違うらしいが、だいたい200本あるのだ。

手足の数本くらい構わんのだろう。

 

 

 

 

 

まあ、冗談なのでバールのようなものをリュックに戻し、何故ダメなのかを問う。

相手が強すぎて、俺が何をされるかわからないかららしい。

マサキさん、独特な訛りだけど超いい人だった。

 

 

 

 

 

確かにロコンとカラカラが手持ちの明らかに弱そうな俺に、他地方の強力なポケモンを持っているトレーナーを追わせるのは危険だろう。

何をされるかわからないし。

 

それでも俺は情報が欲しいと引かない。

それならば、とマサキさんは俺に提案した。

バッジを手に入れたら話す、と。

 

 

 

 

 

すぐにジムに向かった。

焦げと穴でボロボロになった橋とジュンサーさんに説教されているハシレンジャーを横目に段差を飛び越えた。

 

 

 

 

 

ジムを蹴り開ける。

こんにちはしね。

見知らぬジムメイトやトレーナーのパウワウやトサキント、挑戦中だったナゾノクサをロコンで焼き払う。

ヒトデマンのコアやシェルダーの殻をカラカラが叩き割り、ジムリーダーの前まで駆け抜けた。

 

カスミが怒鳴ってきたが時間が惜しい。

無視してジムリーダーに勝負を挑む。

ジム荒らしのようだと少し怒られた。

しかし、年上の人がぷんぷん怒ると可愛い。

 

 

 

 

 

ジムリーダーは三姉妹が交代で行っており、今日は長女のサクラさんらしい。

姉三人と見比べるとカスミが出涸らしのようだ。

 

 

 

 

 

バブル光線超痛い。

 

 

 

 

 

俺の事情を考慮して……というよりも面倒だから、と一対一になった。

相手はジュゴン。

カラカラは少し厳しいだろうから、安心と信頼に定評のあるロコンに任せた。

 

ジュゴンがロコンを見て鼻で笑った気がした。

余裕綽々といった感じでプールを泳いでいる。

慢心していると言ってもいいかもしれない。

 

カスミが馬鹿にしてきた。

弱点もわからずに挑んだのか、と。

三姉妹なんてすでに午後の予定を立てている。

ロコンなど眼中に無いようだ。

先ほど他の水ポケモンを焼き払ったが見ていなかったのか。

 

 

 

 

 

ジムは長であるジムリーダーの好みによって変わる。

ニビは岩、ハナダなら水、グレンなら炎。

 

グレンジムへの挑戦者は殆どが水ポケモンを主力としている。

苦しい戦いばかりだった。

そして不得手の相手と戦い続け、気付いた。

弱点を弱点足らしめない火力こそ、グレンジムの真髄なのだと。

 

 

 

 

 

ハナダジムは幾つかのプールに別れており、水ポケモンに有利な作りとなっている。

中くらいのプールに小さな足場が点々とあるフィールドとして選ばれた。

 

 

 

 

 

バトルが始まり、ロコンが足場に飛び移った。

そこを狙ったジュゴンが水面から頭だけ出し、バブル光線で周りを囲い、水鉄砲で追い詰める。

 

単純に上手いと思う。

逃げ回られると厄介な足場をバブル光線で塞ぎ、小さく離れた足場に誘導している。

相手の策に乗ることにした。

電光石火で移動させる。

ロコンは何時も通りだ。

 

 

 

 

 

水鉄砲がロコンに直撃した。

途端に発生する水蒸気。

蒸気が晴れる頃には全く濡れていないロコンと輝く巨大な火球が三つ。

 

回避の間にロコンは火球に熱を込めていただけだ。

なんら特別なことはしていない。

ただ、火球に熱を込める要領で全身を熱するのは、水対策として特別なことかもしれないが。

 

 

 

 

 

足場を融かすほどの熱量だ。

ジュゴンの口から放たれる水鉄砲に破られるほど温くない。

ロコンの周りにあった三つの火球が、プールへと落下した。

凄まじい水蒸気で視界が真っ白に染まった。

 

ロコンが最大まで熱した火球を三つ、ジュゴンがいるプールに落としたのだ。

追撃で水中に火球を撃ち込むように指示。

足場を熱してしまおうかとも考えたが流石に鬼畜すぎるのでやめた。

 

熱せられたプールから飛び出したジュゴンが点在する足場に逃げた。

そこをロコンが手加減した火球で狙い撃ちする。

手加減したのでイワークを倒した威力はない。

 

炎タイプを前に燃えやすそうな身体が悪いと思う。

水ポケモンは皮膚が弱い気がする。

炎が直撃しても効果今一つとか嘘だと思う。

 

 

 

 

 

サクラさんから手早くバッジを受けとる。

火球を出しすぎて頭の上で眠そうにしているロコンを撫で、カラカラを抱えた。

何故かカスミに睨まれたが何も言わずにジムを出た。

 

 

 

 

 

マサキさんの所に戻る途中でお昼にする。

誰もいないボロボロの橋で弁当を食べる。

ロコンは食べるとすぐに眠ってしまった。

カラカラは歩きたいらしく俺の隣をちょこちょこしている。

 

登山のオッサンがワンリキーに岩を持ち上げて力自慢させていた。

無視しようとしたがバトルを挑まれたのでカラカラの骨棍棒でホームランした。

脂肪が少なくて浮けないだろうワンリキーは泳げるのか疑問を持った。

 

 

 

 

 

マサキさんにブルーバッジを見せる。

早すぎで有り得んとか言われたがどうしろと。

グレーバッジもついでにリュックから取り出す。

一つ手に入れることができるなら、とやっと信じてくれた。

 

グレーバッジ持ってるならブルーバッジは必要無かったらしい。

グレン、トキワ以外のジムリーダーの実力はほぼ拮抗しているので一つで十分とか。

ロコンの苦労はしなくても良かったらしい。

 

 

 

 

 

普通、バッジは実力を示すためにトレーナーは服や帽子の何処かに付けて誇るらしい。

リュックに無造作にぶち込んでいる俺が普通じゃないのだとか。

自慢気に服にバッジを付けるとかダサくて嫌だ。

 

白衣と真っ黒マフラーのクセにとマサキさんに言われた。

俺が気に入っているので良いのです。

 

 

 

 

 

目的の話を聞くことにする。

俺の追っているトレーナー(目標)はクチバのポケモン大好きクラブに売り込んだが会長を怒らせただけだったらしい。

詳しくはわからないが目標は大金が必要らしい。

 

カラカラやガラガラの骨は高く売れる。

好事家なら特に、だ。

大好きクラブを好事家の集団と勘違いしたのかもしれない。

 

 

 

 

 

マサキさんに礼を言う。

気を付けるようにと釘を刺された。

キナ臭いからあまり首を突っ込むなとも。

改めて礼を言い、ハナダのポケモンセンターに戻る。

 

 

 

 

 

明日は目標の情報を得るためにクチバのポケモン大好きクラブに向かうことにする。

目標が大金を必要とした理由はわからないが、他地方の目立つポケモンを使っても問題が無い何かしらがあるのだろう。

 

何処かの組織に所属しているのかもしれない。

それならば大金も必要となるはずだ。

もしかしたら組織というのはロケット団かもしれない。

 

 

 

 

 

俺はどうすべきだろうか。

光明の見えない問題に頭を悩ませつつポケモンセンターへと戻ってきた。

今日は悩みながらゆっくり休むことにしよう。

 

 

 

 

 

追記。

タイシさんはまだポケモンセンターにいた。

カスミもいたがやっぱり睨まれた。

フシギダネは俺の癒し。

 

 

 

 

 

--6

 

 

 

 

――バールのようなもの――

固い表皮のポケモンを毛繕いする道具。

ストレージタイプなので高価なうえに丈夫。

今は地面を掘ったり砕いたりする道具として活躍している。

本来の使用方法で使われる日は来るのだろうか。

 

――アサギシティ――

 

今は行かないし、行けない。

カントーの人間で知っているのは少数。

マサキはコガネ訛りのコガネ人だから知っている。

 

 

 

【有無】

 

 

 

トレーナーという人種は時間を見ず、行動は遅い。

一人、多くても三人の旅はどうやら人間としての堕落に向かうらしい。

規則に縛られないある意味での自由な生活とやらは怠慢を加速させる。

 

カツラさんの言を彷彿とさせる、未だにだらけたタイシさんを横目にフシギダネとジョーイさんに別れを告げた。

朝早く、とまでは言わない時間にポケモンセンターを出た。

気を引き締めないと旅するニートになるかもしれんな、と思いながらハナダを後にした。

 

 

 

 

 

ハナダシティとヤマブキシティを繋ぐ5番道路。

緩やかな下り坂となっているが、ポケモンを見かけることは無かった。

歩きやすいように整備されており、木々があまり無いようだ。

 

ロコンは寝てしまったのでカラカラに合わせてゆっくり歩きながら脳内情報で見つかる話をする。

一万回感謝しながら正拳突きする話や最強の眼を持っているホムンクルスの話、空気や気配の動きを読む話、突きが必殺技の話を脳内情報から引き出す。

興が乗ったのでイチローとやらの話もしてみた。

目を輝かせながら突きや素振りするカラカラが可愛かった。

 

そんなカラカラを眺めていると視線を感じた。

振り向くと十歳くらいの少女がこちらを凝視していた。

腰に届くほどの長い黒髪が風でくしゃくしゃになったが少女は数分の間、身動ぎせずにいた。

そして突然、思い出したかのように走り去った。

俺は驚きのあまり背中を見つめるだけだった。

 

気を取り直して歩くのだが草木がかなり少ないことが気になった。

ポケモンも見かけることが無い。

 

そんなことよりも、と周囲を見渡すが地下道路の入り口が見当たらない。

地下道路の入り口だけでは無く、ヤマブキシティへのゲートも無く、歩いている道路は街中へと続いている。

 

どうやらクチバに向かう前にヤマブキを通る必要があるようだ。

興味はあるので構わないが、目標のことも気になる。

カラカラの歩みも遅いので一泊する必要があるかもしれない。

 

 

 

 

 

カントー地方のほぼ中心に位置するヤマブキはシルフ都会といった印象を受けた。

街の中心に聳え立つ巨大なシルフカンパニー本社、多くの建造中の建物、行き交う人々、絶え間無い騒音、狭い空。

街中には全く木々といった緑が無かった。

 

脳内情報からポケモンセンターの場所を探す。

住宅地の一角で何時ものモンスターボールが大きく描かれている建物を見つけた。

 

中は人で溢れていた。

ここらでは見かけないようなポケットを連れたトレーナー沢山いる。

遠くから来たのだろう。

 

旅をしているようには見えない格好もちらほらと見えた。

ヤマブキに住んでいるトレーナーもいるのだろうか。

 

空き部屋はなく、宿泊を諦めることとなった。

困ったことに夕食の予約も定員を超過しているために遠慮してくれとのことだ。

 

クチバに向かうには6番道路を通るのだが徒歩では結構な時間がかかる。

今日向かうにしてもどこかで休みたかったのだが、とポケモンセンターにあったヤマブキのパンフレットに目を通す。

他の街には無かったこういった物からもヤマブキの発展具合が窺える。

 

パンフレットにはフレンドリィショップやポケモンセンター、ジムの位置が記されているがほとんどがシルフカンパニーの案内だった。

どうしようかと思いながら眺めているとポケモンセンターの裏に公園を見つけた。

大きくも小さくもない公園ではあるが休むには適しているだろう。

 

 

 

 

 

公園に入ると街中での騒音は鳴りを潜め、風で揺れる葉の音が聞こえた。

遠くにはシルフカンパニーのビルが見える。

人の多さに気疲れしていたのかもしれず、公園の中央に少女がいることに気づいたのは声が聞こえるほどに近づいてからだった。

 

少し驚いたが少女を観察する。

頭に白いスカーフを巻き、首に自分の黒髪を巻き付け、白いシーツで体を覆っていた。

地面と頭の上にポケモンを象ったぬいぐるみを置き、何か言っていた。

 

気になったので近寄ってみるとガトチュゼロスタイルやアリンコなどと言っていた。

目を輝かせたカラカラが骨棍棒で突きをしたが地面に当たり大きな音を起ててしまった。

振り向く少女、砕けた地面、舞う土煙、揺れるモンスターボール。

 

俺が見ていたことに気付いた少女が涙目になりながら顔を真っ赤にしていた。

どうしたものかと悩んでいたが腰の辺りで揺れているモンスターボールに気付いたのでとりあえず中から出す。

 

光とともに現れたのはマサラタウンで頂いたタマゴだった。

タマゴが小刻みに揺れている。

少女も興味を持ったようでタマゴに顔を近づけた。

 

ぱきっと小気味の良い音が鳴り、ヒビが入る。

それを皮切りにタマゴ全体に亀裂が走り、光が洩れ出した。

 

カラカラや目が覚めたロコンも興味津々といった様子でタマゴを凝視している。

俺はその様子を後ろから眺めていた。

 

光が溢れ、目が眩んだがすぐに小さな鳴き声が聞こえた。

イーブイが産まれた瞬間だった。

産まれたばかりの小さな姿にカラカラ、ロコン、少女から感嘆の声が挙がっていた。

 

空気も読まずにイーブイを抱える。

少女が羨ましそうに俺を見ていた。

 

すでに目は開いているようだ。

世話をしなければと思ったのだが何故かイーブイは泣き叫ぶばかりだった。

どうしたものかと思案する。

 

要点を纏めてみる。

タマゴが孵るときに俺は後ろにいた。

カラカラ、ロコン、少女は見ていた。

抱えるときには目が開いていた。

 

……。

カラカラに近づけたが泣き止まず。

ロコンに近づけたが変わらず。

 

……。

少女に近づけた。

擦り寄っていった。

どうやら少女を親と認識したらしい。

 

 

 

 

 

刷り込み、だと……!?

 

 

 

 

 

産まれる瞬間に目を合わせてポケモンを奪うトレーナーとか現れそうだ。

それが発展して親権問題になったり……。

 

等と混乱しながらもイーブイをどうしようかと悩んでいた。

少女をチラリと横目で捉えると満面の笑みで宝物のようにイーブイを抱き締めている。

 

俺としては少女に託しても構わないのだが少女側に問題があるかもしれないからだ。

ポケモンといられる環境ならいいのだが確認しないことにはわからないのだ。

 

少女にポケモンと暮らせるか聞いてみる。

ぬいぐるみを持っているしポケモンが嫌いなわけはないだろう。

案の定、ポケモンは好きだが母親に聞かないことにはわからないそうだ。

 

俺の不注意が招いた事態だ。

解決案を導く必要がある。

少女の母親と話したいと伝え、案内してもらう。

 

イーブイは少女から離れないし、少女も嬉しそうに笑っている。

もしもの事を考えると足取りが重くなる。

 

互いに自己紹介をする。

少女の名前はイミテというらしい。

さっきの話を詳しく聞いてみると顔を真っ赤にしながらも答えてくれた。

 

ヤマブキでは野生のポケモンが東京のカブトムシくらい珍しいそうだ。

街の周辺が開発されて自然が削られ、ヤマブキのトレーナーに捕獲されてしまったからだろうか。

イミテはポケモンが大好きだがテレビでしか見かけることが出来ず、ポケモンセンターはトレーナーが怖いので5番道路を歩いて野生のポケモンを探して遠目に眺めるのが日課らしい。

 

今日も日課で歩いていたらトレーナーがいたので逃げようとしたがポケモンと一緒にいたのでそちらに気を取られていた。

その後、逃げながらポケモンが羨ましくなって公園で俺のモノマネをして遊んでいたのを見られて恥ずかしかったらしい。

 

それでも、とイミテは続けた。

イーブイを抱き締めながら。

 

 

 

 

 

今はポケモンに触れて幸せ。

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

と、満面の笑みで言われた。

イミテの純真な言葉に胸が痛くなった。

 

 

 

 

 

心配されたので大丈夫だと伝える。

それでも時折チラチラと見られるので泊まれそうな施設がある場所を聞く。

ポケモンセンターは満室だったので他を捜していることもついでに言っておいた。

 

 

 

 

 

イミテの家に泊まることになった。

 

 

 

 

 

省きすぎたのでわかりやすくすると……

 

娘さんに俺のイーブイがなついちまったから責任とれや!!

 

こんな珍しいポケモンを娘が……スミマセンでした!!

 

謝って済むと思ってんのか!?

可愛がれってんだよ、ダボが!!

 

全力で可愛がります、スミマセン!!

 

そのうち確認にくるからよぉ!!

覚悟しておけや!!

行くぞ、炉恨、渦羅禍螺!!

 

みたいな感じだった。

誇張とかしまくってるが構わんだろう。

 

その後、イミテが母親に俺を泊めるように駄々をこね、爽やかに了承された。

今はシルフカンパニー主催の大会期間だから宿泊施設も無いと言われたので有難く泊めてもらうことにした。

 

イーブイの礼も兼ねているらしい。

イミテにイーブイを託すことを伝えると、五分に一度は本当に良いのかと確認した後にハイテンションでイーブイを抱き締める、を繰り返していた。

イミテの母親にも最初はイーブイが貴重だということで断られたが、ポケモンと生活するには問題ないと言われたので言い分を聞いてもらった。

父親は仕事で出張に行っているが許可してくれるだろうから構わないとのことだ。

 

イーブイの凄さを連呼されたので少し考える。

ヤマブキではトレーナーの手持ち以外でのポケモンが珍しいのだがイーブイは一般的にも珍しい。

進化の多さから研究機関に人気があり、イーブイや進化後の見た目の可愛さから人気は更にうなぎ登りで高ルートで売買もされている。

そして、脳内情報ではマサキはイーブイが好き過ぎて繁殖させて配っているという情報がある。

欲しくなったらマサキから貰えばいいのだ。

 

 

 

 

 

夕飯までやることもないのでイミテと遊ぶことにした。

旅の話やロコンの尾が一本しかなかった話、カラカラの骨が凄いなど。

膝の上で嬉しそうにしているイミテに饒舌になってしまった。

 

ポケモンバトルにも興味があるようだ。

テレビで観るのは好きらしいが実際に観たことが無いとか。

大会は怖いらしいのだ。

 

今なら挑戦者もいないだろうと思い、イミテをジムに誘う。

イミテの母親にジムに行くことを告げる。

夕飯までに帰る約束をしたが死亡フラグっぽいかもしれない。

 

ジムまでの道のりをイミテと手を繋ぎ、カラカラを抱きながら話していた。

イミテも俺を真似てイーブイを頭に乗せているが産まれたばかりなので軽いのだろう。

誕生してそれほど経っていないが活動しているイーブイを見てポケモンの凄さを垣間見た。

 

 

 

 

 

サラサラと流れるイミテの髪の毛を褒めると、ハニカミながら仲の良い姉のような人の髪型を真似ているのだと話してくれた。

その人はポケモントレーナーとしても強いらしい。

ポケモンを見せてもらえばいいのでは、と言うと可愛く無いから嫌だとか。

渇いた笑いしか出来なかった。

 

強いと聞かされて興味を持った俺は色々と聞いてみることにした。

歳は俺と同じくらいで優しいらしい。

その人のポケモンは可愛くないのでバトルは観たことないとか。

あと凄い美人で、超能力が使えるとか。

 

 

 

 

 

……超能力?

 

 

 

 

 

超能力の事を聞こうとしたがジムのすぐ近くまで来てしまったので後にする。

ジムの近くには人もあまりいなかったのでかなり静かだった。

中に入るかなと思って入り口を見ると、臀部がフリフリしていた。

 

 

 

 

 

脳内で『な、なんだってー!!?(AA略』などの電波が流れた。

昔は脳内情報も確認が必要だったが今は滑らかに情報が出てくるようになってきたのも関係しているかもしれない。

情報だけでなく実際に旅をして刺激されているからか、それとも情報と俺の混成が進行しているからのどちらかだろうか。

 

 

 

 

 

イミテが抱き付いたのを眺めていたが、どうやらこの臀部が件の姉らしい。

俺に気付いていたのかすぐに顔を合わせ、挨拶された。

 

腰まである長い黒髪とつり目がちだがイミテを撫でる雰囲気が優しい女性の名前はナツメさんというらしい。

HG・SSじゃなくて良かったぜ等と自然と思い、情報と俺の混成の進行が正しいのでは想像してしまった。

 

好きに呼んで良いと言われたのでなっちんと呼ぶことにした。

呼ばれなれてないようで頬を赤くしてキョドるなっちんが可愛かった。

 

 

 

 

 

俺らが来るだろうと予知していたとか。

別に一人で入るのが怖くなったから入り口から中を覗いていたとかじゃないらしい。

でも小声で少し安心したとか言われた。

なにこれかわいい。

 

とりあえず超能力について気になったことを聞いてみた。

レールガンを撃ったり、テレポですの〜したり、未来世界に行って戦ったり、相手を小さくしてドールハウスに閉じ込めたりとかはできないらしい。

ですよねー。

 

イミテに頼まれたようで超能力を俺に見せてくれるらしい。

大それたことは出来ないが、と言いながらも透視で俺の手持ちのピッピを当てた。

俺の出身地を当てたり、イミテがイーブイを手に入れたことを当てたりした。

そして触らずにモンスターボールを浮かせた辺りで俺のテンションが上がりまくっていた。

なっちんも俺のテンションに驚いたが嬉しそうにイミテを浮かせた。

興が乗ったのか目の前のジムの看板を浮かせたりした。

 

俺は惜しみ無い拍手をおくった。

イミテも惜しみ無い拍手をおくった。

ポケモンもハイテンションだ。

ジムリーダーにジムを賭けての決闘を挑まれた。

 

 

 

 

 

あるぇ〜?

 

 

 

 

 

ヤマブキジム。

格闘王がジムリーダーらしい。

俺らが騒いでいたので弟子に様子を窺わせると看板を奪われていたので道場破りと勘違いしたらしい。

というかしている。

 

ヤマブキのジムを賭けた闘いで負けて格闘道場になった情報があるが確かなことはわからない。

事実はなっちんがジムリーダーではないということだ。

差異がここであるとは何とも言えない気分だ。

 

三対三の勝ち抜きでポケモンバトルをするらしい。

イミテもやることになっているが止めたほうがいいだろう。

そんなことを思っていたがイミテはやる気満々らしい。

 

なっちんにも大丈夫だと言われたが心配なものは心配なのだ。

特にイーブイが。

 

そんな心配を他所にすぐに勝負は決まった。

相手が棄権したのだ。

格闘王も流石に十歳の少女と戦うことを強制しなかった。

 

イミテは満足したのか棄権して戻ってきた。

聞いてみると直視するのが辛いとか。

サワムラー……。

 

折角なので突きをアピールしているカラカラで戦うことにした。

後ろには突きの練習で砕いてしまった銅像が転がっていたが無視した。

 

サワムラーも似たようなものだろうと思い、人体の弱い部分を伝えて勝手にやらせてみた。

 

 

 

 

 

カラカラは特別だった。

正しくは、持ち物が特別だった。

特別な理由は世界でも貴重な道具でもある太い骨を持っていることだ。

 

群れを統率するガラガラに継承される、歴代のガラガラの思いが宿った特別な骨。

代を重ねる毎に骨は、カラカラ・ガラガラの力を強化する。

 

群れの長であるガラガラが捕まることは殆ど無く、太い骨が継承されているガラガラは更に一握りであり、一般に出回ることは一切無い。

 

だから、特別は追われた。

 

だから、カラカラは片目が見えなくなった

 

だから、カラカラは特別になったのだ。

 

 

 

 

 

カラカラが突きの構えをとった。

片目が見えず、距離がわからないだろうと思ったがカラカラのやる気を思い出して指示は出さない。

 

サワムラーの間合いからもカラカラの間合いからも遥かに遠い位置で突きを放った。

不恰好で、無駄が多く、ぎこちない。

そんな崩れた突きの体勢から骨が投擲された。

 

予想していなかった一撃にサワムラーは直撃し、強力すぎる威力に耐えられず道場内を勢いよく転がっていった。

骨を拾って嬉しそうに駆け寄るカラカラにチョップする。

武器を投げたら丸腰になって危ないと説教する。

 

そして相手側に棄権を伝えて、カラカラを褒める。

投げずに骨ブーメランしろとも言っておく。

後でイチローの真似はしないように注意しておこう。

 

 

 

 

 

ジムリーダーはカイリキーを使うらしい。

なっちんはユンゲラーで対抗する。

まあ相性を考えても特筆すべき事は無いだろう。

瞬殺だった。

 

 

 

 

 

戦利品の看板を貰う。

泣いている格闘王を無視する。

これで晴れてなっちんはヤマブキのジムリーダーになった、とは言えないらしい。

他のジムのバッジを幾つか持っている優秀なトレーナー(この場合は俺)に保証書を書いてもらい、ジムリーダーに証を受け取り、ポケモンリーグで審査するとか。

トレーナーの能力やポケモンのステータスなど。

それが終わったら講習を受けてジムリーダーの誕生となるらしい。

 

 

 

 

 

イミテの家で祝うことになった。

なっちんにジムが出来たら手伝ってねと言われた。

可愛かったので即答したらイミテが拗ねていた。

 

お祝いにロコンの毛で作ったリボンをあげる。

輝くような金色だ。

折角なのでイミテにもあげる。

お揃いってやつだ。

 

毛繕いで抜けた毛を暇なときやポケモンセンターに泊まったときに紐にしている。

ロコンが首につけている火の石の飾りもこの紐で巻いてあるので燃えない。

 

毛繕いをする。

興味本意でなっちんのユンゲラーを毛繕いさせてもらったらフーディンになった。

フーディンになったとき、なっちんの顔が赤くなっていた。

 

毛繕いを終えて寝る。

なっちんも泊まっていくらしい。

イミテが潜り込んできたので一緒に寝る。

 

 

 

 

 

なっちんとイミテのポニーテールは可愛いかった。

やっぱりカメラを買っておこうかな。

 

 

 

 

 

--7

 

 

 

――ジムリーダー――

各地のポケモンジムにいるリーダー

ポケモンバトルに勝つとジムバッジ(リーグバッジ)を貰える

リーダーは相手が初心者だろうとガチパで挑んでくるので注意

町のジムリーダーと他ジムのバッジ取得者の保障、リーグの試験や適性検査を経てその町のジムリーダーになることが出来る

ジムを新しく作り直すので特別な事情が無い限り、リーダーが変わることは無い

ヤマブキシティでは敗北した翌日に空手王が修行の旅に出て行ったので特例として認められた

 

――進化――

ポケモンの姿が変わる現象

更なる力を得るために起こることが多い

特殊な条件でしか進化しないポケモンもいる

ユンゲラーやゴースト、ゴーリキーなどは持ち主を理解・信頼している者が触れることによって進化するらしい

 

 

 

【灰港(前)】

 

 

 

俺の役割とは何なのだろうか。

主人公が既にいる世界だ。

俺を中心に動くことは無いのではないだろうか。

 

既に主人公に彼のトレードマークである赤いキャップを渡した。

役割がこれのみだとしたら……。

 

考える意味の無い事なのだと解っている。

それでも、考えてしまうのだ。

なぜ俺はこんな知識を持っているのかと。

 

 

  

 

 

左右にフラフラと揺らされて気付く。

イミテの家で一泊して、俺は寝ていたのだと。

思考の迷路から戻ってきた俺を迎えたのは心配そうに見つめるなっちんの顔だった。

寝ぼけ眼でまじまじと見つめた瞳は黒色の底に薄らと澄んだ赤色が綺麗だった。

 

大丈夫かと確認されたので頷きで返す。

納得してないようで渋々となっちんは引き下がった。

さて、どうしてこんなに心配されているのだろうか。

 

 

 

 

 

昼よりも少し早い時間にイミテの家を出た。

朝食だけなら未だしも昼食のお弁当まで貰ってしまった。

礼を告げると逆にイーブイの礼を言われて歯痒い気持ちになった。

 

 

イミテにもう一泊して欲しいと頼まれたが、クチバに用事が有ると断った。

涙目になっているイミテの頭を撫で、ヤマブキに来たら寄ると伝えた。

 

なっちんも見送ってくれた。

隣にいるフーディンとイミテの少し離れた距離に笑いながら言葉を交わす。

ジムリーダーになったら手伝って欲しい、と俺に小さく呟いた。

落ち着きが無く、顔が少し赤い。

超能力のせいで友人がいないのだと昨日話していたし、男と話をするのに慣れていないのだろう。

それにジムリーダーとして駆け出しの頃は苦労したとカツラさんも言っていたので出来るだけ力になるつもりだ。

勘違いから起きたことだがなっちんはジムリーダーになることに不満は無いらしい。

 

 

 

 

 

目標の事を聞けるだろうと逸る気持ちを抑えて別れを告げ、手を振りながら歩きだす。

頭の上で眠そうなロコンが小さく鳴き、腋に抱えた早朝から素振りして半分寝ている状態のカラカラが弱々しく骨を振る。

 

空を見上げると雲が太陽を隠していた。

先程見た天気予報では明日から天気が崩れるらしい。

雨はあまり好きでは無いのだが。

 

 

 

 

 

クチバへ向かうために6番道路を通る。

こちらも開発されているのか草むらや森も殆ど無いようだ。

ポケモンを見かけることも無かった。

綺麗に整備された歩道を歩きながら、時折飛んでいるポッポを眺めた。

 

 

 

 

 

粘つくような湿った潮風を感じる。

同じ海に面しているグレンとはどうしてこんなにも違うのだろうか。

必要以上に人の手が加えられた港の臭い。

グレンにも汚れはあったが、ここはそれ以上だった。

 

 

 

 

 

それから程無くしてクチバに着いた。

これならイミテといくらか遊んでいても余裕があっただろうと少し後悔しながら脳内情報を引き出す。

 

クチバのポケモンセンターに立ち寄り、大好きクラブの場所を聞く。

ジムの裏にあるのだが仕事をしている人が多いので夕方くらいに開くだろうと言われた。

ヤマブキに戻ろうかと思ったが道路を思い出すと気持ちが萎えたので諦める。

 

ロコンとカラカラの治療――疲労回復――をしてもらう。

待っている間に宿泊の手続きを行い、受付のジョーイさんと話しをする。

何処のジョーイさんも美人であり、目の保養にもなる。

 

ディグダをよく見かけるようになったとか。

今のクチバに住むトレーナーの手持ちとしてポピュラーらしい。

ディグダの穴は無いらしい。

これからディグダたちが本格的に掘るのだろうか。

 

数週間前から他地方の船が続々と停泊しているらしい。

中にはちょうどよく戻ってきたクチバ自慢の豪華客船もあるそうだ。

これからの天気が思わしくないのとヤマブキの大会が絡んでいるのだろう。

カントーでは珍しいポケモンを見かけるかもしれないとか。

珍しいポケモン……か。

 

そして、熱心に語られた話はここ数年でヤマブキ周辺の開発が物凄い速さで進んでいるらしいということだ。

シルフカンパニーの急成長が理由であり、原因でもあるとか。

都合の悪い物は片っ端から海に流しているそうでそれが原因で水ポケモンが寄り付かず、港町なのに水ポケモンを見かけることが少なくなってきているそうだ。

 

道路の整備も人間の事ばかりでポケモンについて何も考えていない、と愚痴られたので曖昧に笑う。

住み処を追いやられたポケモンは何処に行くのだろうかと考えながら。

 

 

 

 

 

眠そうな二匹を受け取る。

ロコンはすぐに頭の上で寝入ってしまったのでカラカラの頭を撫でながらジョーイさんに礼を言い、ポケモンセンターを出る。

見かけるトレーナーが少なかったのはヤマブキの大会に出ているからだろうし、ここらでは野生のポケモンを捕まえることができないのも理由にあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

堤防で昼ご飯を食べることにした。

自分の語彙が少ない事を悔やむくらいに美味しかっのだが、どうも海が気になる。

 

食後にロコンの毛繕いをしつつ港の船を眺める。

脳内情報にあるサント・アンヌ号は未だ無いのだろうか、見つける事は出来なかった。

俺の膝で眠っているロコンを撫でながら夕方までどうしたものかと考える。

カラカラに視線を向けると渡した布で骨を磨き終えたようだ。

一心不乱に素振りをしている。

 

暇つぶしになれば、と思いながら研究所から持ってきた灰色のポケモン図鑑を弄ってみる。

十字キーとボタンが一つのみ。

印象としてはゲームボーイにすら劣る。

脳内情報の世界では任天堂のゲームが普及していたはずだが、見たことが無い。

そのうち普及するのだろうか。

 

少しばかり思考がずれてしまったがポケモン図鑑を見つめることにする。

いくらか弄ってみて解ったことはボタン一つですべてを熟す面倒があることだ。

YES・NOが何度も表示されるし、戻る場合には一番下のBACKを押す必要がある。

使い勝手は最悪で、画面も見にくくてしょうがない。

 

図鑑としても使えそうにない。

ロコンやカラカラに向けて使ったはいいが、内容は文字化けや欠落が多く不完全であると感じた。

 

多分だが、これは未完成品だ。

しかもプロトタイプとかテスト機と呼ばれる物にも満たないレベル。

どう考えてもジャンクです、本当にお荷物で困ります。

 

折角、持ってきたのに使えないとは。

内心でガッカリしながら捨てるか迷っていると視線を感じたので振り向くと強面の青い髪の青年が睨んできていた。

 

少し躊躇いながらどうしたのか尋ねてみると、ポケモン図鑑もどきに興味があったらしい。

聞いてみると睨んでいるわけでは無く、元かららしい。

なんだか苦労してそうだった。

 

暇を弄んでいたので話してみることにした。

彼はアカギという名で他の地方から来たのだとか。

アカギさんはシルフカンパニーを見学したかったらしいが秘密主義だという話を聞いて無駄足になってしまったそうだ。

適当にカントーを見学しようとしていたら俺の持っている物が気になったので近づいてみたらしい。

そして、機械に興味があるのでポケモン図鑑もどきを凝視してしまったとか。

 

ここで会ったのも何かの縁だろう。

ということで差し上げた。

欲しい人が持っていた方がいいだろう。

 

別に厄介払いとか思って無い。

ジャンクの処理に喜んでいるわけもない。

でもまあ、荷物は少ない方がいいのだ。

 

アカギさんは俺といくらか言葉を交わした後に、礼を言いながら去って行った。

発電所を見てくるらしい。

場所はわかるのだろうか。

ジムはさっき見てきたが、面白みは無かったと言っていた。

 

そういえば、とジムの存在を思い出す。

リーダーのマチスは電気タイプのポケモンを好んで使う。

カラカラと相性も良い。

時間もある。

経験を積ませるために挑戦するのもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

--8

 

 

――ポケモン図鑑もどき――

華麗なる大怪盗ポケマニアに盗まれた……わけではない、決してないのだ。

十字キーとボタン一つのみの簡素な機械。

アカギさん曰く試作品であり、完成とは程遠い。

この時のポケモン図鑑はパソコンに繋げて使うらしく、そう考えると高性能。

これを経て完成したポケモン図鑑の高性能具合はマジヤバい。

が、内容の打ち込みに俺を呼ばないでほしい。

 

――ポケモン大好きクラブ――

ポケモン大好きな集団。

会長は自慢話を聞いてあげると百万もする自転車の引換券をくれる猛者だ。

心がもさもさしていると褒めるべきか、自転車ぼったくり過ぎだと批判すべきか。

ストレージタイプなのだろう、たぶん。

バトルも嗜んでいるのだとか。

マチスと戦ったら彼らの大好きなポケモンが死ぬ気がする、威力的に考えて。

 

 

 

【灰港(後)】

 

 

 

時間もあることなので港付近にあるジムに挑むことにした。

カラカラの経験を積むこともできるので都合がいい。

 

クチバジムの中は薄暗いために隅まで見えず、広さは解らない。

脳内情報にある複数のゴミ箱も設置されていない。

ジムの床には継ぎ接ぎの修理跡とそれを上回る穴が無数に空いていた。

 

ジムメイトがうんざりしたように問い掛けてきた。

手持ちのポケモンはディグダか、と。

 

成る程、ポケモンセンターで聞いた大量発生したディグダ。

こいつを手持ちのポケモンとしているトレーナーが増えたという話から予想するとディグダ持ちのトレーナーに襲撃されたのだろう。

床の空いた穴をチラリと見てから首を横に振り、素振りしているカラカラを指差す。

それならマチスも機嫌がいいだろうとか。

ディグダの相手をするのはウンザリだったらしい。

用心深い性格とかどこへいったのだろうか。

すぐにジムの奥へと案内された。

 

 

 

 

 

空気が弾けたような音が周りから響いた。

壁には眩いほどの電気が迸る。

薄暗かったジムが明るく照らされ、内部がポケモンバトルするには十分すぎる広さであることがわかる。

 

迷彩柄のミリタリー服に身を包んだ大柄の男が俺と対峙した。

金髪の異人であるマチスだ。

ガタイが良く、身長は2mくらいあるのではないだろうかと思うほどだ。

デフォルメしたら脳内情報通りの絵になるだろうなどと思いながらカラカラに行くように指示する。

マチスもポケモンを繰り出した。

 

 

 

 

 

クチバジムでは勝ち抜き方式を採用している。

使用するポケモンは三匹。

俺は三匹持っているがピッピは戦力外である。

実質は二匹しかおらず、しかもジムはジムリーダーに有利なように改造されているため不利である。

ロコンは俺の横で丸くなった。

 

マチスが繰り出したポケモンはレアコイル。

脳内情報では地面タイプに電気攻撃は無効なのだが、限度があるらしい。

ディグダやダクトリオなら地面をアース代わりに出来る。

カラカラも皮膚の表面を通して電気を地面に流すことができたはずだが、やはり強力な攻撃が来るかもしれないので慢心してはいけないだろう。

耐性があり、電気に強い程度に考えておこう。

特性というものが知識に存在したが、あんなにはっきりとしているわけでは無くポケモンも生物なので、複雑な事も多々ある。

口からビームとか吐くけれども、生物なのだ。

 

開始の合図とともにカラカラが床を砕き、レアコイルが電気を身に纏う。

カラカラが飛び散る破片の中でも特に大きな物をスイングして打つ。

真っ直ぐに先ほどまでレアコイルがいた場所まで飛んで行くも既にその場に居なくなっていた。

頭上からガチリと音がしたので目を向けるとレアコイルが天井に貼り付いていた。

地面系の攻撃対策だろうか。

 

この世界の非常識さは身を以て知っていたが、脳内情報に存在している偉い人たちはこれを見てどんな反応を示すのだろうか。

レアコイルは天井に貼り付いた。

強力な磁力云々と脳内情報にもあるので多分正解だろう。

思案している間にもカラカラが攻撃を仕掛ける。

床を砕いては破片を次々と打ち込むが当たらずに天井へとぶつかるのみだ。

 

レアコイルはパリパリと放電しながら宙で奇妙な軌道を描き回避している。

さて、どうしたものかと後ろで眺めていると空気が炸裂した。

衝撃波で攻撃するソニックブームだ。

グレンのジムに挑むトレーナーのポケモンが使っていたのを覚えている。

マルマインやレアコイル持ちのトレーナーはこれを覚えさせるのが基本らしい。

使い勝手もいいとかでテレビ中継されているポケモンバトルでもよく見かける。

 

 

 

 

 

砂嵐が視界を奪う。

隣に伏せてきたロコンの顔が胸で隠れるように抱きしめる。

カラカラが砕いた破片と穴あきで脆くなっていた地面の脆くなった部分が舞い上がっているのだ。

 

すぐにカラカラに指示を出そうと、目を砂から防ぐように覆いながら前を見る。

薄らと見えた迷い無く前進する後ろ姿に、俺の言葉は必要ないのだと気づいた。

鉄を固い棒で殴りつけたような高音が響き渡った。

砂嵐が落ち着き、ジムの中央にいたのは倒れ伏すレアコイルとそれを無感情に見下ろすカラカラだった。

 

ゆっくりと戻ってくるカラカラを見ても褒める気分にはなれなかった。

カラカラが初めて戦った時に、トラウマになっていたら等と心配した過去の俺に何を見ていたのか問い詰めたいくらいだ。

カラカラは対戦しているポケモンを見ていない。

いや、戦闘中は相手を見ているのだがあまりに淡泊すぎる。

実際はもっと先の何かを見つめ、求めているのだろう。

群れを襲った相手への復讐心が支配しているのかもしれない。

 

結局はカラカラの頭から背中にかけて撫でるだけだった。

気持ちよさそうに右目を細め、少しだけ強く俺の手に寄りかかってきた。

罅割れた骨に覆われている左目は今も閉じたまま、これからも開くことは無い。

言葉が思いつかなかった。

ただ、なんでこんなに無力なのだろうかと少しだけロコンを抱いている腕に力が入った。

ロコンは俺の頬を舐めるだけだった。

 

 

 

 

 

マチスの発している賞賛の声を聞き、バトル中だったことを思い出す。

カラカラは戦う気でいるし、俺も止めることは無い。

手持ちがもっといればと思うが、結局カラカラの気持ちが変わるわけでは無いし頭から考えを追い出した。

 

マチスの次のポケモンはマルマインだった。

相変わらず凄い見た目だ。

人面ボールの怖さは実際に見ないとわからない。

知識の中では愛嬌がある落書きのような顔だったが……いや、すべてを言う必要はないだろう。

これをモンスターボールなどと間違えるレッド君が心配になった。

 

 

 

 

 

マルマインが動く前にカラカラに指示を出すが少し遅かった。

カラカラが行動を起こそうした時にはマルマインが迫ってきていた。

骨を振ってなんとかマルマインの突撃を逸らすが反動でよろけていた。

そのままマルマインは自爆した。

 

焦げながら目を回しているマルマインと骨を盾にしたカラカラの姿。

高速移動→その勢いでの突撃→生じたソニックブームで浮かせる→回避・防御不可状態での近距離自爆コンボという火力不足を補う手段なのだ。

テレビでも見かけるが実際にやれられると対策がし難いのだと愚痴っていたカツラさんの気持ちがわかる。

マルマインの扱いが残念でならない。

 

フラフラとした足元が覚束ない足取りでカラカラが戻ってきた。

しゃがみこんでカラカラを迎える。

よく耐えたなと首元を優しくなでることも忘れない。

今度はちゃんと褒めることができた。

 

 

 

 

 

マチスが豪快に笑いながらグゥレイトォ!!とか言っている。

種ガンダムのアーチャーとか訳のわからない人物を想像してしまった。

カラカラはフラフラながらも行く気らしく俺の制止の言葉を無視している。

連勝が慢心を生み出しているのかもしれない。

 

ディアッカなマチスが繰り出したのは古傷だらけのライチュウ。

戦場をポケモンと供に生き残ったという話も強ち嘘では無いらしい。

練度は戦わなければわからないが雰囲気から今まで戦ったことのあるポケモンの中でも上位だろうと予想できる。

プレッシャーでカラカラが止まっているのを好機と見て抱き上げる。

震えている背中を撫でながら大丈夫だと腕に少しだけ力を入れる。

 

相性だけならカラカラだがライチュウの雰囲気に呑まれているし、体力も残り少ないことから経験のあるロコンに行ってもらうことにする。

ドラゴンタイプすら葬ったこともあるし心配ないだろう。

声をかけると軽い足取りでライチュウに向き合う。

ふらりと揺らぐ尾は金色に輝いていて、美しい。

 

 

 

 

 

複数の火球を紫電が相殺する。

ライチュウの電気ショックが10万ボルト並の威力を発している気がしてならない。

電光石火で距離を取り、牽制する。

ふとマチスを見るとサングラスをかけていた。

俺は目がちかちかして困っているというのに。

 

練度は同じか少し劣っており、互いの攻撃力は同じくらいだろう。

速さはロコンが勝っているが、防御は相手。

拮抗している能力は

 

ライチュウがフィールドの中央で立ち止まる。

ロコンが怪訝に思いながらも火球をばら撒き、ぶつける。

壁を伝っていた電気が天井の中央に集まっている。

危険を察知したロコンが火力を最大まで高めた火球を打ち出そうと前方に移動させた瞬間、ライチュウは目が眩むほど輝き、雷鳴が轟いた。

天井の雷が輝く火球を霧散させていた。

 

雷の脅威を感じとったのだろう、すぐに動きだしていた。

こちらを見ないので自分でなんとかできると判断したのだろう。

いつも通りだ。

 

ロコンがフィールドを焼き尽くす勢いで全身から炎を発して渦を作る。

戦闘後は空腹で倒れているかもしれない。

雷鳴が聞こえたので雷をもう一度使ったはずだ。

それでも炎は巻き上がっている。

 

焦げた臭いが鼻につくとともに炎が弱まっていく。

フィールドの中心に目をやるとのど元に噛みついているロコンと苦悶の表情を浮かべながら引きはがそうとするライチュウの姿があった。

二匹は炎に包まれていた。

 

多分、炎で目隠しして穴に逃げ込んだのだろう。

そして不意打ちで噛みつく、と。

もう少し作戦を練って欲しかったものだ。

 

ロコンは噛みついたまま炎を吐いているらしい。

ライチュウもそれに応戦するように雷をどかどかと落としている。

ダメージは二の次で相手を倒すためだけに焦点を置いているという戦い方は実に漢らしいと表現してもいいだろう。

ロコンは雌なのだが。

 

少しして、ライチュウが力尽きた。

火球を何度か撃ちこんでいたのが勝因になったのだろう。

ロコンは勝利を喜ぶように一鳴きしてから俺の胸に飛び込もうした。

が、先客のカラカラがいたので顔に抱き着いた。

ちょっと痛い。

 

マチスはテンションが上がりすぎたのか、よく喋るのだが外国語は良くわからない。

とりあえずジムメイトが訳してくれているのがありがたい、上機嫌でポケモンバトルについて熱く語っているらしいのだ。

倒れているライチュウを抱擁したあとモンスターボールに戻して俺を抱きしめた。

ロコンは難を逃れていたが、俺とマチスに挟まれたカラカラは気絶していた。

 

オレンジバッジを受け取った後に握手した。

物凄い力で上下されたので頭に乗っていたロコンも揺らされたらしく機嫌が悪そうだった。

グレン出身だと話したらあの燃えるオヤジを思い出したぜ、とか。

カツラさんと戦ったことがあるらしい。

クチバに来たら顔を出してくれと誘われた。

空腹でツラいらしく、か細い鳴き声が聞こえたのでジムを去った。

 

 

 

 

 

ポケモンセンターでの食事の時間は決まっているのでカラカラを預けて出ることにする。

回復するまでに適当な食べ物を買いあさる。

両手に買い物袋、頭に菓子パンを齧っているロコン。

完璧すぎてオニドリルの背に乗っていたオッサンに話しかけられてしまった。

 

珍しい色のロコンが凄まじく懐いているのでつい声をかけたらしい。

知識にあるなつき度を教えてくれる人かと思ったが話しているとどうやら違うみたいだ。ロコンは成長すると尾がわかれるのだが、愛情を受けた分だけ尾が巻いていくらしい。

オッサン的に俺のロコンはかつてないほどのトルネードとか。

コンテストに誘われたが辞退しておいた。

 

少し残念そうにしていたが仕方ないとオニドリルの背に乗り直していた。

つい先日、カラカラの骨を売りに来たトレーナーのせいで溜まった鬱憤を晴らすのだとか。

俺の都合にぴったりと嵌ったらしいオッサンを引きずり降ろしてポケモンセンターに連れて行くことにした。

 

 

 

 

 

ポケモンセンターの一室を借りて話を聞く。

聞いてどうするのかはわからない。

とりあえず、聞いてから行動することにした。

 

下手人の名前はグレイ。

偽名かもしれないがそう名乗っており、カラカラやガラガラの骨を売りに来たそうだ。

恰好は黒いコートを着ていたので詳しくはわからず、顔は目つきの悪さが印象的でほかのことは覚えていないそうだ。

珍しいポケモンを連れていて、強さも生半可ではないだろうとの話だ。

ジュンサーに連絡して追いかけようとしたが外に出たときにはいなくなっていたらしい。

 

 

 

 

 

寝静まったカラカラとロコンを撫でながら、考えは数時間前のこと。

不明瞭な部分が多く、行き先もわからない。

それでも追うことを止めようなどとは思わないし、諦めることも無いだろう。

カラカラの事だってある。

 

話を聞いていて気づいた。

カラカラが俺の元にいるのも必然、運命でも、なんでもいい。

きっとグレイと出会うフラグだったのだと。

 

いま、俺自身がグレイと会いたい。

はっきりとわかる。

会って、それで……それは後で考えることにしよう。

 

善くないことだと諭すのもいい、友人や仲間にするのもいい、何なら殺してもいいだろう。

きっとこれが俺の役割だ。

俺の、俺だけの、役割。

 

帽子を渡した、その後の、俺の役だ。

グレイを追うのも、追わないのも。

もしかしたら、俺は脇役でグレイが主人公かもしれない。

それでも俺の役割だ。

 

無様な役でも、栄えある役でも、俺だけのもの。

恋焦がれるような、憎悪で満たされるような、それ以上を求める落ち着かない気持ち。

 

グレイ。

会いたいようで会いたくない。

気持ちが揺らぐ。

出会ったら役が終わるのではという悲観と新しい役を得ることが出来るという楽観がせめぎ合っている。

 

得た役を演じるために、演じる役を『俺』にするために。

気持ちは快・不快、たぶん両方。

言葉で表すと……そう、楽しみなのだ。

 

待っていろよ。

 

 

 

 

 

 

――『俺』が会いに行くからな――

 

 

 

 

 

きっと今の俺は嗤っているだろう。

いつぶりだろうか、こんなにも愉快な気分は。

覚えていないが、かなり久しいはずだ。

 

嗚呼、楽しみだ。

 

――電光石火――

ロコンについての脳内情報から調べると全体的に数値が低かったのでそれを補うために考えた技(業?)。

縮地的な何か。

二歩を一歩に、三歩を一歩に、と縮める修練を行って走るだけなのだが足が四つあるおかげなのか、異常なほどの速さとなった。

効果は一瞬なので回避に使われる。

名称はこんな技があったな、と思い出して付けたので特に意味は無いが漢字表記の方がかっこいい。

熱を発しながら使うと、揺らぐ陽炎の分身をその場に残したままの「残像だ」が出来るが数秒で消えるうえに風や温度に弱く、かなりお腹が減るらしくて使用頻度は極めて低い。

 

――火球――

ロコン種は「鬼火」と呼ばれる火の玉を操る。

基本は人間の顔くらいの大きさだが、手持ちのロコンは人間くらいの大きさの火の玉を複数操ることができる。

この恩恵のおかげで火力不足に悩むことは無い。

 

――火球・極――

 

通常の火球を囮として使いながら炎を溜めることでタイプの相性を乗り越え、強靭なドラゴンタイプすら打倒することが可能な必殺技にもなる。

コマンドは「上上下下左右左右BA」。

 

――ソニックブーム――

全身が無機物のような電気タイプが得意な技。

野生で覚えている個体も存在するらしいので人気もある。

理論は「音速で~反発が~」を電気を使って起こすらしいがそんなもの知らん。

とりあえず衝撃波が発生して痛い、とだけ理解すればいいと思う。

不可視で距離も結構ある優秀な技。

 

――自爆――

丸いポケモンが使う捨て身技。

自分が戦闘不能になるほどのエネルギーを炸裂させる。

このエネルギーはポケモンごとに性質が違っているらしく、個体のタイプや炎と電気が相殺する現象の理由になるのでは無いかと調査されているとか。

自爆も奥が深い。

知識にはHP(体力)とPPがあったし、PPが魔力のようなものではないかと俺は予想している。

つまり自爆はPPの一部を使ってHPを爆発させているのではないだろうか。

 

――高速移動――

ポケモンが速くなるっぽい。

テレビでも時々トレーナーが指示している技。

結構有名なのだが、全力で飛んだり、跳ねたり、走ったりしているだけではないかと思っている。

 

 

 

 

--9

 

 

 

――テレビ中継――

知識と照らし合わせてみてもあまり違いはないが、強いて挙げるならポケモンが何かしらで関わっていることだろうか。

ポケモンを中心とした番組を構成しているポケメディアは老若男女問わずして人気である。

チャンピオンロードで年に一度だけ開催されるトーナメントの時期には生放送している。

ラジオも流れているが、俺は聞かない。

 

――菓子パン――

ポケモンを模したポケモンパンが人気商品として売られている。

デコキャラシールなぞ存在しない。

 

 

 

【タマムシ・アンダーグラウンド】

 

 

 

地下。

なんとも心魅かれる響きだ。

地下室や地下の秘密基地などに憧れたことのある男子も多いと思う。

俺も憧れを持っていた。

いや、グレンの屋敷には実際にあったのだから憧れが実現した俺は幸運だったのだろう。

 

幾分か成長し、昔のように憧れのみで判断することの無くなった今では地下と聞けば裸電球が点々と薄暗く通路を照らし、気まぐれで触った壁にはカビが生えているのではないかと思う程にジメジメとしている陰鬱な印象を抱いてしまうのは俺だけだろうか。

俺が地下へと思いを馳せているのはきっと現在の状況が少しばかり平時と異なっているからなのかもしれない。

 

どんな状況かというと地下空間で爛々とロコンが火球を輝かせている状態である。

もっと深く言うと、前方で壁役として頑張りつつ溶解液を流しているウツボットの集団や後方でモンジャラとカラカラが暴れまわり、隣では火球の光を得てソーラービーム(情報内ではこれが一番近かった)のようなものを連射しているフシギバナとラフレシア、2mほどの巨大を誇るナッシーが複数暴れまわっているという地獄絵図である。

火球の影響で酸素が燃焼していようとも、きっとこの草ポケモンたちが新鮮な空気を俺に届けていると信じている。

若干引き気味の俺に貴方のロコンと私の草ポケモンはどうですかと朗らかに笑いかけたのはタマムシジムのジムリーダーであるエリカさん。

俺の意識の大半を掻っ攫って行った地獄絵図も彼女には日頃の日向ぼっこよりも興味が無い事なのだろうか、平然と天気の話やこの後お茶を一緒に飲みませんかなどと話しかけてくる。

 

太陽の下ならば実に可憐だったのだろうが哀しいかな、此処は地下である。

電灯がしっかりと点り、清潔感のある白い通路だとしても今のエリカさんから恐ろしい何かを感じて背筋が凍る思いである。

何故こんなことになったのだろうかと過去を思い出すとしよう。

 

 

 

 

 

クチバで迎えた朝は気分の良いものだった。

普段は30分で終わらせる毛繕いを1時間ほどかけるという手の入れようである。

ロコンもカラカラも困惑気味だったが俺の機嫌の良さに気付いて納得したようだった。

 

朝食を貪り、弁当を受け取り、さあ行くかと思ったが行き先を全く決めていなかった。

シオン、タマムシ、セキチク。

俺は行っていない町を優先して決めようと思っている。

グレイと接触するのはいつでもいい。

俺にとって追いかけることに意味があるのだ。

 

クチバから11・12番道路を通ってシオンへ向かい、そこからヤマブキ、タマムシと進むのがベストだろうと脳内情報から引き出した簡素なマップであたりを付ける。

桟橋の前を通りディグダの穴が出来るだろう場所を横目に草が伸び放題な11番道路へあと一歩のところで呼び掛けられ、足を止めてしまった。

今日はどうやらすんなりと行けなそうだと軽い気持ちで思ったがこの予感は当たりであったと喜ぶべきか悲しむべきか悩むことになる。

 

 

 

 

 

俺を呼び止めたのは大柄なこの外人さんのようである。

サングラスをかけ、HAHAHAと豪快に笑うのは言わずもがな、クチバジムでジムリーダーをしているマチスだ。

何の用かと尋ねるとどうやら俺にタマムシでの用事を済ませて欲しいのだとか。

ジムの修繕、殖えてきたメノクラゲ・ドククラゲの退治、釣り、バカンス、ライチュウの回復とやることが多すぎるので旅をしている俺にほかの町への用事を託すことにしたらしい。

会って一日で凄く信頼されているが何故なのだろうかと包帯を巻いたライチュウをモフモフとする。

ピリピリと少し痺れるが気になるほどでもないので構わず抱きしめる。

ピカチュウばかり注目されているがネズミにしてはやや大柄なライチュウの抱き心地は実にいいものだと言っておこう。

つい引き受けてしまった。

ライチュウの愛くるしさにやられたというのは言い訳にならないだろうか。

 

ロコンが嫉妬でヘソを曲げる前にタマムシへ向かうことにする。

ヤマブキを経由する必要があるから今日中には着けないだろうと伝えると、ジムメイトが持っているポケモンに乗って行けば問題ないと言われた。

昨日今日でイミテとなっちんに会うのも恰好が付かないし丁度良いと思い、借りることにする。

騎乗系のポケモンは憧れだよな、モフモフしながら移動は人類共通の夢だろうなどと思いながらクチバジムへと向かう。

ただ、一人乗りと聞こえたのが気になるところである。

 

 

 

 

 

確かに速い、速すぎる。

なによりその速さが怖い。

時速60kmは出ると脳内情報で見つけたときは断ろうと思ったが、電光石火のごとく背中に乗せられての移動だった。

そう、俺が背中に乗っているのはドードリオである。

 

ドードーの頭が分裂したとか、頭ごとに司っている感情が違うなどと言われている珍種である。

ベトベターやベトベトンを見たときと同様にポケモンの神秘に気付かされた。

3つの頭が別々の事を思考し、それを共有しているとは本当に不思議でならない。

脳内情報では空を飛ぶが、無理とのことだ。

完全に陸上専用のこのフォルムを見たら納得するだろう。

だって羽が無いし。

 

 

 

 

 

軽々とタマムシへの道のりを踏破したドードリオの首を撫でながら礼を言う。

イメージだと凶暴なポケモンであるのだが、実際は友好的であるようだ。

俺に3つの頭をすり合わせたあと、休む間もなくクチバへと戻っていった。

騎乗できるポケモンも色々いるのだが出来ればモフモフできる余裕のあるポケモンがいいな、などと思いながらタマムシの街に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

託された用事の説明はタマムシのポケモンセンターで受けるらしい。

既にパソコンで相手にメールを送っておいたから俺は行くだけでいいらしいのだが、顔も知らない人物と会うのは緊張してしまう。

安請け合いするべきではなかったかもしれない。

 

ポケモンセンターの自動ドアをくぐると一人の女性が俺に声をかけてきた。

着物を着ているトレーナーの中でも屈指の知名度であると脳内情報で出ている、タマムシジムのジムリーダー・エリカさんだった。

疎らではあるが注目を一身に集めながらの自己紹介は少し緊張してしまい、さあ、行きましょうなどと誘われて頷いてしまった俺は小心者かもしれない。

 

楽しそうに俺の腕を引きながら向かったのはゲームコーナー。

何があるのだろうと思って見ていると奥までずかずかと押し入り、ポスターを捲りあげて隠しボタンをひと押し。

錆びた鉄が擦れる音とともに地下への階段が姿を現したのだった。

 

あらあらまあまあ、なんて笑いながら軽い足取りで階段を下りていくエリカさんに用事を尋ねると、花が咲いたような笑顔で悪い人たちの殲滅ですと言い切られた。

実に綺麗な笑顔だったが見惚れるようなこともなく、あったとすれば俺の背筋を正したということだろうか。

殲滅……。

 

 

 

 

 

目つきの悪いオッサンに見つかって騒がれたら出るわ出るわ。

1匹見たら30匹理論に基づいているのではないかと思ってしまう程にガラの悪いチンピラがぞろぞろと集まってきたのだ。

幸い、狭い通路なので囲まれることはないがそれでも量を見たらうんざりとしてしまう。

女性であるエリカさんに向けて邪な視線を感じたのでロコンに行くように指示をする。

ロコンも雌だがポケモンである。

さすがにHENTAIはいないだろう。

 

思考が変な方向に逸れたので修正しながらカラカラを後方にまわす。

後ろから不意打ちされたら溜まったものでは無いからだ。

 

いい毛並みね、自慢なんです、あらあら妬いちゃうわ、エリカさんも綺麗ですよ、ふふっありがとう、みたいな軽い会話のあとにエリカさんがモンスターボールをばら撒いた。

ナッシーを5匹、ウツボットを3匹、モンジャラ2匹、ラフレシアとフシギバナが1匹ずつの計12匹を同時解放。

ルール無視ではあるが自然に見えるから怖い。

 

ルールから外れたらルールに守られるはずがないでしょうと笑いながら一言発したあとにポケモンを突撃させた。

蹴散らすナッシー、溶かすウツボット、絡めるモンジャラ、殴るカラカラ。

阿鼻叫喚の嵐である。

 

ロコンの溜め終わった火球付近で光り輝くフシギバナとラフレシアの姿。

直後に放たれたソーラービーム。

増援に来たのであろう敵は更なる混乱に巻き込まれていった。

そしてエリカさんはほほ笑みながら俺に一言告げたのだ。

私たちっていいコンビになれそうですね、と。

怖くて返事が出来なかった。

 

 

 

 

 

あとは冒頭の通りであり、特に目立った変化も無く制圧は完了した。

気分がいいので殲滅は無しにしますなんて言葉は俺には聞こえなかった。

聞こえなかったのだ。

 

 

 

 

 

ポケモンポリスを呼んでお仕事は終了。

お茶に行く前に済ませておくことが一つあるのだ。

エリカさんに少し時間をくれるように言うとあっさりと了承してくれたので別行動をとる。

 

役割を果たすためにフラグを立てることが今の俺には重要だ。

気絶しているチンピラを蹴り起こして話を聞くことにする。

グレイを知っているかどうかだ。

ついでに最近、何か変わったことは無かったか聞いておこうか。

 

 

 

 

 

ジムメイトは女性のみなので実にアウェー感満載のお茶会である。

屋内なのに花畑とは如何になんて現実逃避をしないとやっていられないのだ。

唯一の味方であるはずのカラカラはモンジャラに絡みつかれるという謎の遊びをしている。

お前の天敵だぞ、草タイプ。

 

ひなたぼっこしたくなる気持ちがわかるほどにぽかぽかしている。

天井がガラス張りなので日光が降り注いでいるのだ。

しかも植えられた植物のおかげで光量もちょうどいい加減となっている。

草ポケモンもそこら中で眠っているし、ロコンなぞ俺の膝を占領している。

が、やはり女性ばかりの中に俺一人は気まずくてしょうがない。

 

 

 

 

 

お茶を啜りながら先ほど得た情報と黒いビジネスバッグ、空のモンスターボールが2個の経緯を照らし合わせることにする。

このバッグはメタモンで壁に偽装しながら逃げていたチンピラが大事そうに抱えていたもので、エリカさんがニコニコしながら奪……永遠に借りたものだ。

このバッグは俺にくれるらしい。

タマムシではエリカさんがルールなのでポケモンポリスに知らせる必要はないとか。

エリカさん……。

 

Q.グレイを知っているか?

A.知らん。

 

その場にいたチンピラは誰も知らなかった。

大好きクラブにカラカラを売り込もうとする奴だし、こういう奴らと関わりが薄いのだろうか。

関わりが有ったら真っ先に売り込みに行くはず。

 

Q.最近、何か変わったことは無かったか?

A.幹部がポケモンを強化するアイテムを持ってきた。

 

どうやらこのバッグに入っているアンプルが強化するアイテムらしい。

俺が持っているアンプルは5つだが、本来は6つ。

つまり1つはすでに使った後だ。

名称は『破壊の遺伝子』

脳内情報では攻撃力を強化して混乱するはずだがコイツはどうなのだろうか。

そもそもミュウツーの遺伝子の一部だろうと言われているこれがなぜここにあるのだ。

チンピラ連も詳しくは知らないらしく、科学者っぽい人物からポケモンを強くする効果があるアイテムを買ったらしい。

 

モンスターボールの中身はイーブイが1匹ずつ入っていたらしい。

アンプルの中身を片方のイーブイに試したらしく、観察している最中に俺らが襲撃したらしい。

環境の影響を受けやすいイーブイで試すことによって安全性や副作用を観察するには適していたとか。

聞いていて気分が頗る悪くなる話だったのでそいつの手持ちのルージュラと愛を語ってもらうことにした。

ルージュラとかカントーでは貴重なポケモンだが、不人気である。

見た目がきついからだろうか。

熱烈な愛の語りは見なかったことにする。

エリカさんが楽しそうだったなんて思ってない。

神に誓って。

……そういえばこの場合の神とはポケモンになるのだろうか。

 

突然の襲撃だったために幹部の連中がイーブイのみを連れて逃げ、アンプルは後で運び屋が届ける予定だったが偶然エリカさんに気絶させられたために俺の手元にある。

もう1匹のイーブイにも破壊の遺伝子を試すつもりだったらしいので、それを阻止できたと喜ぶべきなのだろうか。

 

以上の情報しか得られなかった。

特に必要なグレイの情報を得ることもできなかったので骨折り損だったのかもしれないが、エリカさんとお茶を飲むという貴重な体験が出来たので良しとしよう。

柔らかい日差しの中で無理やり自分を納得させながらロコンの背を撫でたのだった。

 

 

 

 

 

エリカさんが望んだのでアンプルを1個あげることにした。

むしろ俺が大半を貰っているのが謎なのだ、1個くらい構わないだろう。

代わりにチンピラ連が使っていた地下空間のカギを貰った。

使い道は無いのだろうけどありがたく貰っておくことにした。

 

ゲームコーナーも暫くは営業停止だろうとか。

まあ、さっきのようなこともあったのだし仕方ないだろう。

運営はそのうちするので戻ってきたらオーナーになって自由にしてもいいですよ、とか言われた。

 

冗談ですよねなどと尋ねても、うふふしか言わないのが少し怖かった。

タマムシに来てから背筋がゾクゾクしっ放しである。

気疲れもしているので、今日は早く寝たいものだ。

 

 

 

 

 

申し訳ないけど泊りは勘弁してください、エリカさん。

 

 

 

 

--10

 

 

 

――騎乗系ポケモン――

背に乗れるポケモンのことである。

ピジョットをもふもふしながら空を飛ぶことに憧れを抱かずにはいられない。

空を飛ぶや波乗りするための秘伝マシンなんて存在するのだろうか。

乗り心地を向上させるコツ、とか?

少し気になる。

 

――タマムシジム――

女性ばかりのジム。

綺麗な人ばかりだがどうも気疲れしてしまう。

エリカさんは優しいがどこか凄味がある。

バトルフィールドは草木に覆われていて、木々の隙間から日が差している。

昼寝したくなる空間だ。

 

 

 

【EFB】

 

 

タマムシは広い街だ。

大学やデパート、マンション、レストラン、今は営業停止中のゲームコーナー、地下のアジト。

最後は余計だがカントーではヤマブキに並ぶ大都会だ。

高層ビルが建ち並ぶ工業が進んでいるヤマブキとは発展の方向が違うらしい。

タマムシでは商業や娯楽系統を中心に発展が進んでいる。

もちろん、人口も多い。

 

なし崩し的にタマムシジムに泊まった俺はデパートへと興味本位で向かうと人の波に揉まれることになった。

夜遅くまで天体観測をしていて疲れたのでこういうのは田舎者の身としては勘弁してほしい。

 

昨夜の話だがタマムシジムにいつのまにか泊まるようにやり込められたが、奥の女性の花園をなんとか断って植物園のようなバトルフィールド付近で寝ることになったのだが、エリカさんも一緒に寝ようと寝袋を持ってきたのは驚いた。

緊張で眠れなかったのでこっちでも月や星は同じなのだな、と思いながら木々の隙間から見える夜空を眺めていると同じように眠れなかったらしいエリカさんに星座の話を聞いたので夜更かししてしまったのだ。

星の名前は一緒だったり、聞いたことが無いモノがあったりと様々だが、星座の名前がポケモンとなっていて面白かった。

グレンでもあまり星のことについて学ぶ機会は無かった。

そういえば星座占いがないのだなと思いエリカさんに伝えると楽しそうに目を輝かせていたのが印象深い。

 

話は逸れたがそういうこともあって今日の俺は元気がない。

休みたかったがジムでは女性に囲まれてどうも気が休まないので、脳内情報と街の位置を照らし合わせてセキチクに向かうことに決めた。

エリカさんも一緒に来ようとしていたが挑戦者が現れたので俺一人となったのだ。

その時のエリカさんの笑顔はすさまじいモノがあり、挑戦者は死んでいないだろうかと心配してしまうほどだった。

 

やっとのことでタマムシデパートへと入ることが出来た。

5階建てのデパートは多くの人で賑わっていて、楽しそうな雰囲気がこちらにも伝わってきた。

頭の上で眠っていたロコンも忙しなく周りをキョロキョロと見ている。

カラカラは小さいのではぐれてしまうと面倒なことになりそうなので、腕に抱きかかえて案内板の前へと足を進める。

 

どうやら脳内情報とあまり差異は無いらしい。

第一世代準拠のようだが、品物に変化があるかもしれない。

冷やかしながら見ていくことにしよう。

 

 

 

 

 

 

1F

受付の女性はふわふわしている薄茶の髪が可愛らしい。

話をしてみようかと思ったが、客への説明で忙しそうだったので諦めて2階へと進むことにした。

 

 

 

 

 

 

2F

わざマシンが売っているので見てみることにする。

わざマシンは頭に乗せるヘルメット型の機械に技毎に小売りしているディスクを挿れて使う。

グレンでも見る機会が無かったし、使ったことも無い。

どんなものがあるのかな、と。

 

 

 

 

 

 

 

新商品!!しつけならこちら!!

 

お手、おかわり、伏せ、待て、etc

 

 

 

 

 

 

 

……え?

 

 

 

 

 

 

 

店員の人に話を聞いてみると、わざマシンというのはしつけ用らしい。

モンスターボールで捕まえたポケモンはボールの居心地の良さで捕まえた人に懐くのだが、キチンとしつけられるかは微妙らしい。

しかもヤマブキなどの都会ではポケモンが問題を起こすかもしれないので躾けはマナーとしては基本らしい。

ロコンはとカラカラは行儀良いけどどんなわざマシンを使っているのですか、と聞かれたので使っていないと答えると随分と驚かれた。

凄腕のブリーダーだと思われたが、なんだかな……。

 

しかし、安全面から4つしか覚えさせることができないわざを躾けに使うってどうなのだろうか。

俺が半人前のトレーナーだから変に思ってしまうのかもしれない。

なんとなく釈然としないのだが。

 

 

 

 

 

 

3F

3階はゲームショップだ。

GBやスーファミ、ロクヨンといった脳内情報にあるゲームから見たことないゲームまで様々。

 

ん、これは……。

 

メダ○ット

 

そっと棚に返しておいた。

気になって手に取ってしまったことを少し後悔した。

 

盛り上がっている一角があったので見てみるとスマブラ大会が開催していた。

スマブラ64を見ていると懐かしい気分になったのでそっと混ざることにした。

ネスで絶→ぺちをする簡単なお仕事です。

3対1になろうとも余裕で撃退。

店員にコツを聞かれたのでカウンターの要領でやるのだとテキトーなことを言って逃げる。

カウンターの中で客に混ざってスマブラやる店員っていいのだろうか。

 

 

 

 

 

4F

~の石がごろごろと表現できるほどにたくさん売られている。

ロコンの首飾りになっている炎の石も売られているが、ベトベトンに貰ったほうが輝いている。

 

ラプラスのぬいぐるみが売られていたが残り一個のようだ。

この後はセキチクへ行ってからシオンを少し眺めて、ヤマブキに寄る予定である。

イミテにお土産を買っていくことにした。

店員に聞くと仕入れしてもすぐに売り切れるので俺は運がいいらしい。

脳内情報だと使い捨てのイメージなのだが……。

 

 

 

 

 

5F

アイテムが売っているのでトレーナーも多いのかと思っていたがそうでもないらしい。

タウリンなどの努力値を上げるアイテムは健康食品に近い扱いだ。

実際、この世界で努力値って眉唾だと思う。

同じポケモンを倒し続けたからって特定の能力に特化できるとかゲーム的すぎる。

一応ポケモンだって生物なのだ。

とか何とか思いながらスペシャルアップなどを買う。

グレンの経験から補助アイテムはなかなか使えるのだ。

 

 

 

 

 

屋上

人が少ない屋上で一息つくことにした。

アイテムを買うのに時間をかけすぎてロコンがヘソを曲げているし、カラカラも疲れているようだ。

ミックスオレを買ってご機嫌とりをする。

すごい見つめられているので振り返るとメガネのお姉さんが俺を凝視していた。

……何事だし。

 

俺を凝視していたお姉さんはカンナさんというらしい。

赤茶の長い髪を後ろで一纏めにしていて、メガネの奥に見える目が鋭くキツい印象を受ける。

ジュースを渡して話を聞くと故郷は遠い島なのだが仕事の為にこっちにきたのでついでとして前から欲しかったラプラスのぬいぐるみを買いに来たらしいが売り切れだったとか。

仕事場が遠いので次に買える機会がいつになるのかわからないと落ち込んでいたら、俺が持っていたので驚いたとか。

ぬいぐるみが好きなのか聞くと、俺から目線をずらして頬を少し赤らめて恥ずかしそうにええと頷いてちびちびジュースを飲み始めた。

徐々に顔が朱くなっていく。

 

え、なにこの人。

超かわいい。

なんか疲れが癒された。

 

イミテへのお土産はまた別のモノでいいだろうかと思いラプラス人形をあげることにした。

初対面でいきなり渡すのもアレだが、癒された礼だ。

最初は断られたが、野生のポケモンの囮にするよりはマシだろうと伝えると少し引き攣った笑いをしたが受け取ってくれた。

代わりに綺麗なガラスのようなモノを貰った。

触ると冷やりとしている。

溶けない氷というカンナさんの故郷の島の洞窟でときどき見つかる珍しいアイテムらしい。

受け取れないと断ったが、ぬいぐるみのお礼だと言われたので有り難く受け取った。

 

氷タイプのポケモンの良さで意気投合した。

特にラプラスの話になると凄くテンションが上がってしまったがカンナさんも同じ様な状態だったので問題ないだろう。

あまり時間を取るのも悪いだろうとそろそろ行く旨を伝えると、トレーナーIDを交換することになった。

初めて聞いたのだが、トレーナーIDでポケネットを介してメッセージのやり取りが出来るらしい。

旅をしているのであまり頻繁には利用できないかもしれないが、と伝えて別れた。

 

そういえばカツラさんに貰った封筒にも書いてあったのを思い出した。

何事かと思ったがそういうことらしい。

そのうちなっちんと交換したいが、どうだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

セキチクまでは長いサイクリングロードを下って行けばよかったはずだ。

自転車は持っていないが散歩気分で歩いて行くつもりなので下見をする。

深い意味はない。

脳内情報では自転車を持っていないと入口から先にはいけなかったので下見して空を飛ぶの秘伝マシンの場所から侵入しようとなど思っていないのだ。

 

つらつらと自己弁護しながらサイクリングロード入口の前まで来ると人ごみで凄いことになっていた。

自転車やバイクに乗っている人ばかりである。

状況を把握するために人ごみの前まで行くとエリカさんがジュンサーさんと話しているようだった。

困りましたね、などと聞こえてくる。

セキチクに行く前にジムへ挨拶に行くつもりだが、気になったので声をかけてみることにした。

地下に攻め込むような厄介事だと困ると思ったのは自然なことだと思う。

エリカさんがソーラービームを撃ち込んでいた。

サインを求めてくるトレーナーやバイクに乗っていた珍走族にイラついていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

どうも厄介事らしい。

しかもかなりの厄介事だとか。

まあ、その厄介が人間の手ではどうしようもないレベルなのだけれども。

詳しい話はサイクリングロードを歩きながら聞くことになった。

 

ポケモンが全くいない。

とても静かな草むらや海を見て奇妙な気分になったが、歩いている限りではなんともない、わけではなかった。

タマムシからセキチクに向かう場合、サイクリングロードは下り坂になっている。

歩いていれば先が見通すことができるのだが、どうもおかしい。

サイクリングロードのちょうど半分くらいのセキチクへと繋がる部分らしいのだが、道というか海というか、俺の視界に映っているすべてが光を反射しているのだ。

内心で驚愕しつつ落ち着こうとロコンを撫でるがいつもよりも体温が暖かい。

疑問に思い周りを見渡すと、草むらにうっすらと霜が降りている。

ロコンに温度を下げるように伝えると急激に寒くなった。

息が白くなる。

 

エリカさんとジュンサーさんが震えているのでロコンに暖めてくれるように頼む。

気付かないうちに暖めてくれていたようなので礼を言いながら撫でる。

カラカラも地面に近いのは寒いのだろう、腕に抱えて白衣で包みマフラーを巻いてやる。

 

原因はわからないが見ての通りセキチクへと繋がる道が凍結してしまっているらしい。

エリカさんがセキチクのジムやポケモンセンターに連絡をとったが凄まじい寒さで海までもが凍っているのだとか。

他の道路も同じ様に凍結していて避難勧告を出しているので行くなら装備を整えるようにと注意された。

ロコンの暖で進んでもいいが、どのくらい消耗するか不確定だ。

このまま進むのは不安なのでヤマブキを通ってシオンへと向かうことにする。

 

 

 

 

 

 

 

エリカさんと凍結しているセキチクの話をしながら昼ご飯を食べる。

カンナさんがラプラスのぬいぐるみを手に入れた嬉しさで暴走したのだろうかなどとありえない冗談が思いついた。

そういえばカンナさんは氷タイプに詳しかったはずなので連絡して詳しく聞いてみることにする。

ジムのPCを借りて時間があるか尋ねる。

ポケモンセンターにいたらしく、暇をしているので来てくれるらしい。

有り難く思いながらカンナさんと合流した。

 

カンナさんの顔を見たエリカさんは驚いていたが早速セキチクの状態を伝えて話し始めた。

情報規制などはいいのだろうかとも思ったが、知れ渡ることだし構わないのだろう。

もう一度サイクリングロードへと足を運び検証を始めるも原因は強力な冷気で急激に凍らされたのだろうということだけだった。

どう見てもエターナルフォースブリザード(EFB)が起きたとしか思えない。

 

EFB状態の道はどうやら俺のような一般トレーナーはおろか、タマムシを総括しているエリカさんでも手が出し難いらしい。

ポケモンリーグに任せることになるだろうという話になっていた。

ここまで大きいと御上に任せる事態なのだが、早期の解決は見込めないとエリカさんとカンナさんも言っていたのでそうなのだろう。

俺にはわからないがどうやら動き出すまでにかなりの時間を要するらしい。

手足が多く、組織としても巨大な機関の欠点かもしれない。

 

ポケモンポリスやジムが対応するので俺がすることは無いだろう。

エリカさんとIDを交換してジムメイトの人たちに礼を言ってシオンへと向かうことにする。

タマムシのゲートまで見送ってくれたエリカさんとカンナさんに手を振り、7番道路へと歩を進めた。

 

7番道路からヤマブキに向かい、そこから8番道路を使ってシオンに行くのだ。

そこから情報を集めてセキチクへどうにかして行くことにしよう。

ヤマブキにとんぼ返りするようなものだが凍結していて通行止めなのだし、仕方ないだろう。

予想外のことで予定が狂ってしまったが気にせず行こうとして思い出した。

 

 

 

 

 

代わりのお土産買ってなかったってことを。

 

 

 

 

 

--11

 

――タマムシデパート――

カントー地方で最も大きなデパート。

5階まであり、品ぞろえが豊富。

屋上の休憩所ではジュースを飲みながらタマムシの街並みを眺めることができる。

第一世代準拠のようだ。

 

――ラプラスのぬいぐるみ――

愛くるしいラプラスのぬいぐるみはカントー地方でも人気。

くりくりとした瞳が魅力的だ。

イミテに持っていったら凄い喜び様だった。

どうやら売り切れが続出しているらしい。

もっと早く渡す機会があったのは秘密にしておくとしよう。

あれはあれで有意義だった、と心の中で納得している。

 

――EFB――

エターナルフォースブリザードの略。

相手は死ぬ、らしい。

凍結していたセキチクの周辺のこと。

 

 

 

【あいまいめまい】

 

 

 

旅の目的である『将来』を見つけることは未だに叶っていないが旅は順調だろう。

グレイとの対面はある意味で旅の目的ではあるが『将来』とは異なるので除外しよう。

足早に脳内にある鮮明な情報と照らし合わせているが幾らかの差異はあるが、驚くほどの違いはない。

今のところは脳内情報の地理を確認しつつ、カントーを一回りしてから細かく見て周る予定だ。

記憶に漂っているデフォルメされていてどこか不安定な地図に上書きしながら、様々なポケモンと触れ合ってみたいのだ。

ロコンやカラカラと一緒ならきっと楽しいだろう。

 

今後の予定に思いを馳せながらヤマブキへと向かって歩く。

セキチク周辺が凍結しているのでクチバも気になるのだが、そちらも凍り付いていたら防寒具のない俺では移動に難が生じるためだ。

寒いのは構わないのだがロコンが火を燃やし続けることで無理するかもしれないし、シオンへと先に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

目的地であるシオンは暗く寂しいイメージがある。

旅に出るまでグレンから出たことのない俺は見たことがないのだが、どうも脳内情報を思い浮かべるとそう感じるのだ。

旅を始める前は思い出すために情報を『検索』するような探す手順が必要だったが、旅に出ると情報が勝手に思い浮かぶようになっていき、今では自然な『記憶』として混同し始めている。

ひと月も経たない内に急激に変化しているが心配するようなことではない。

何となくではあるが、大丈夫だとわかるのだ。

不思議なことに不安を感じることはない。

それが不気味であるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

7番道路はカントー地方で最も短い道路だ。

草むらもオマケ程度で少しだけあり、ポケモンの姿を見かけない。

ハナダからヤマブキへと繋がっている5番道路と同じようで寂しく感じた。

都市付近ではこの様な状況なのだろう。

ここに住んでいたポケモンはどこへ向かうのだろうか。

 

ヤマブキの街並みが小さく見えた。

ここからでもわかるほどにビルが連なっている姿は脳内情報にある『風景』と重なって見える。

ポケモンとは別のカテゴリーだと思われる情報からは硬質的な、塗り固められた『無感情』を感じた。

心が強制的に冷えていくように感じて怖くなった。

都会の『風景』を忘れて落ち着くまでロコンを抱きしめた。

 

カラカラを放っておいた形になってしまったので謝ろうと思い、足元に目を向けるとどうも様子がおかしい。

骨を構えて威嚇するカラカラとこちらを見つめる女性の姿。

奇妙に思いながらカラカラにやめるように言うが、凍ったように動かない。

ロコンに頭の上に戻るよう伝えてカラカラを抱えると小刻みに震えていて大量の汗をかいているのがわかる。

体調を崩したのかと思ってすぐに汗を拭うが、カラカラは縋り付くように俺の白衣を握った姿で女性を睨みつけていた。

 

カラカラだけでなくロコンも警戒しているし、俺もあまり話していたくないと思ったので無視してヤマブキへ行こうとすると挨拶されたので小さく頷く。

背丈は俺と変わらないくらいで口元に浮かべた柔らかな笑みと垂れた目元から優しそうな印象を受ける。

顔も世間一般で言うところの綺麗に該当するのだろう。

だが、やはり面と向かって話していたくない。

無性に気に入らないのだ。

 

女性はポケモン保護団体に所属していて、珍しいロコンとカラカラを見かけたので興味を持ったのだと笑いかけてきた。

どうやら俺は人を見る目があるようだ。

気に入らないのは保護団体の人間だからだろう。

 

保護団体はポケモンを保護する団体だ。

純粋にポケモンを保護するのではなく、ポケモンの価値あるモノを保護するのだ。

いや、保護という言葉すら烏滸がましい。

蒐集していくのだ。

貴重なポケモン、珍しいポケモン、アイテム、etc……。

 

目当てのモノのためなら手段を選ばない集団だ。

俗物的なコレクターどもの溜まり場でもある。

こいつらは俺が嫌いな人種だ。

グレンのポケモン屋敷に忍び込んでポニータの子供を攫おうとしたのもこいつらだった。

 

そしてこいつらは少しばかり過剰な愛護団体である大好きクラブと仲が悪かった。

ポケモンをモノとして蒐集する保護団体には煩い相手だからだろう。

ソリが合わなく、摩擦が生じていてもおかしくない。

 

女がタマムシへ向かったので後ろ姿を確認してヤマブキへと向かうことにした。

怒りを堪えた自分を褒めたいくらいだ。

カラカラの背を撫でながら深呼吸を繰り返す。

 

アイツは名前も告げずにひたすらロコンとカラカラを褒めていた。

毛皮と骨の価値だけを。

だから、アイツが見ていただけで不快だった。

ロコンとカラカラを見ているのに、見えていない。

俺にはわからないし、わかりたくもないものがアイツの目には映っていたのだろう。

それがひたすらに俺の気分を害した。

 

あの女への不満で頭がいっぱいになっていたのだが、ヤマブキに近づいた頃には幾分か治まった。

そうしてふと思ったのだ。

アイツはカラカラの骨を執拗に褒めていたのはなぜだろうかと。

 

この骨はガラガラの物だったが一目見ただけではただの大振りな骨だ。

有用性は実際に見ないとわからないはずだし、カラカラやガラガラが持っている骨は普通の骨と同じか少し硬いくらいでコレクターどもは興味を持たないはずである。

 

つまりこの骨についてよく知っているということだろうか。

カラカラと因縁があるのはグレイのはずだ。

警戒するカラカラ、骨に執心していた女、蒐集を活動の主にする保護団体。

つまりグレイは……。

 

 

 

 

 

 

 

グレイは保護団体に属しているのではないかと考えに至り、先ほどのいけ好かない女を追いかけようとしたが、足止めをくらってしまった。

ピジョットが空中でこちらに狙いを定めていた。

ロコンが鳴き声をあげて火球を飛ばして俺に注意を促したことで気付いた。

 

解放された空間での飛行タイプは無類の強さを誇る。

ジムやトレーナーハウスなどの屋内では飛行範囲が狭まるのでそれほど脅威ではないが、屋外での三次元機動は厄介極まる。

こちらは常に地上から行うため、攻撃の始点が固定されてしまうので回避されやすいのだ。

屋内ならば壁に追い詰めれば当てることは容易いが、現状では困難だろう。

 

火球や骨を投擲する攻撃では当たることはまず無い。

飛んでいるポケモンは地形を利用して少しでも攻撃範囲に近づけるのが鉄則だが、タマムシ~ヤマブキ間のここらは木々などの障害物すら無い広々とした道路だ。

どうしようもないほどに不利なので逃げることにする。

ロコンとカラカラをモンスターボールにしまおうとも考えたが隙ができるので両脇に抱えて走る。

ピジョットの飛行速度に人間の足が勝てるわけないが立ち止まるわけにもいかず背を向けて逃げ出す。

 

 

 

 

 

 

 

未だに追撃を浴びせられているがとても奇妙だった。

羽音はしないが、影で接近がわかるのでなんとか攻撃を避けることはできる。

ポケモンのみならず、狩りを行う動物は隠密に特化するというのにこのピジョットは隠れる気が全く感じられない。

影で自分の姿を晒すなど愚の骨頂だろう。

それでも攻撃をしかけてくる姿は何かに取りつかれているような執念を感じる。

 

そもそもピジョットがここにいること自体おかしな話だ。

ピジョットの絶対数は限りなく少ない。

ポッポは警戒心が強く、戦いを好まないために進化することが少ないのだ。

ピジョンになることすら稀であり、大半がポッポのまま寿命を迎える。

ピジョットはトレーナーの元でしか存在しないのだ。

だが、指示しているトレーナーの姿はない。

 

ならば野生なのだろうか。

貴重とまではいかないが、それでもピジョットを捨てるトレーナーなど皆無だ。

それに開発が進んでポケモンの姿がいないヤマブキ周辺で偶然野生のピジョットと出会うのはありえないのではないか。

疑問が次から次へと湧いてくるが今はピジョットへの対処を最優先とする。

 

何度目かの回避でどうやらこのピジョットは俺のモンスターボールかカラカラの骨を狙っているらしい。

モンスターボールさえあれば俺のポケモンの所有権を持っていかれたも同然になるし、カラカラの骨が盗られても飛んで逃げられたらどうしようもない。

物取りに近い、かなり嫌な戦法だ。

背後に人間がいるとしたら、確実にいるのだろうが、かなり性格が悪いだろう。

ここでどうにかしてピジョットを捕えて、背後に控えている馬鹿を目の前に引き摺り出したいところだ。

 

攻撃パターンは滞空してから突撃するのみの機械的な行動しか取らないので対処のしようがある。

チームワークが完璧な群れに襲われたら悲惨だろうが、相手は一匹のみなので危険も少ないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

ロコンに複数個の火球を浮遊させて、ピジョットの突撃と同時に進路に火球を配置。

超速で避けるピジョットを少しずつ誘導し、渦巻く炎を拡散させて視界を眩ませて、待機していたカラカラが地面へと叩き落とす。

邪道な倒し方になってしまったが気絶しているピジョットを横目に褒めることにする。

圧倒的な火力があるなら面攻撃でプレッシャーを与えて隙を突くのが一番いいのだが、今は該当しないのでこのような方法を取らざるを得なかった。

ウインディやベトベトンだともっと綺麗にいけるのだがと思ってしまったのは反省したほうがいいかもしれない。

 

ピジョットを運ぶのも大変なので試しにモンスターボールを向けてみると吸い込まれたので驚いてしまった。

誰かしらの手持ちでは無いらしい。

野生ではほとんどありえないのだが、例外だろうかとピジョットを確認するために出してみる。

飛んでいる姿ではわからなかったが体中に傷がある。

今の戦闘で受けた傷もあるのだろうがそれ以外の古傷が多く、かなり汚れている。

 

野生だとして群れを追われたにしてもあまりに傷が多い。

トレーナーがバトルに出したとしてもこんなに傷つくことはないだろう。

ポケモンセンターがあるのだから、傷がここまで残ったりはしない。

 

多分だがポケモンセンターを利用せず、しかも自然に治る前に何度も戦っていたのだろう。

傷が化膿している部分が痛々しい。

羽はボロボロになっており、付け根からは血が滲んでいるようで変色している。

これで飛んでいたのかと疑いたくなるほどだ。

リュックから取り出した水で傷口を濯ぎ、薬で治療して包帯を巻く。

痛みでうめき声をあげている姿を見るのはツラいが、俺に捕まった不幸だと我慢してもらう。

応急処置程度なのですぐにポケモンセンターに持っていく必要がある。

モンスターボールにしまいこんで走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

ヤマブキのポケモンセンターに駆け込んだ。

イベントはまだ続いているようで人がたくさんいたが無視してジョーイさんに見せる。

割り込みも勘弁してもらうとしよう。

文句が過ぎると俺も困るのだが、ロコンの火球を見て状況をわかってくれたらしい。

長生きの秘訣は空気を読むことかもしないなと思ったが関係ないことだろうか。

 

治療を待っている間、無駄に考えてしまうのだ。

答えは出ないというのに。

クセのようなモノかもしれない。

 

ピジョットの治療にポケモンセンターを利用していないのだから野生かもしれないがそれもおかしい。

野生ならばここまで傷つく前に回復しようとするはずだ。

というか少しでも傷が付けば狩りなどに影響するので無理することはありえない。

それなのに傷が治る前に無理をしていた節が多々ある。

 

ジョーイさんが言うには一度でも捕獲されたポケモンは『手持ち』としての記録が残るはずらしいのだが、ピジョットには無かったというのだ。

おかしな話だがピジョットは野生として生きていたことになる。

自分の意思で俺を襲ったことになるのだ。

オニドリルなら気性が荒くトレーナーに襲い掛かることもあるが、ピジョットがそんなことはありえるのだろうか。

わかるのはピジョットからの情報は何も得られないということだ。

 

 

 

今日はわからないこと、ありえないことばかりで辟易している俺はまだ疲れる要因が残っているらしい。

ジョーイさんがお怒りの様子で俺を呼び出したのだ。

多分、いや、間違いなく説教だろう。

なんとも儘ならない世の中だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、ピジョットの治療がうまくいったと聞かされたので今日は良しとしておこうか。

 

 

 

 

--12

 

 

 

――ポケモン保護団体――

財産としてポケモンを保護するという名目で活動している団体。

表ざたになっていないがポケネットで調べると悪評が次から次へと見つかる。

ポケモンをコレクションとして扱っている。

ポケモンを道具と勘違いしているらしく、俺の神経をピンポイントで逆撫でしてくる。

金持ちどもが趣味でポケモンを集めるより害悪。

出会ったら即駆逐すべき。

 

 

 

【昏迷】

 

一日に一度はポケモンセンターで治療を受け、絶対安静にすることと言い含められてピジョットを返してもらった。

まだ眠っているが外に出した時に暴れるかもしれないとか。

モンスターボールを胸ポケットに入れるときに慎重になるのは意味がないのだが、ついやってしまう。

相変わらずヤマブキのポケモンセンターは盛況なので宿泊はできない。

ピジョットの様子見のために数日ほどポケモンセンターに滞在したかったが仕方ないと諦める。

シオンで幾らか休めるだろう。

まあ、雰囲気は暗いだろうが気にしても仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

今からシオンまで行くにしてもタマムシに戻るにしても遅すぎる時間だった。

長く腰を据える必要があるときに肝心の休息地が得られなかったりするのが自由気ままな旅の欠点でもあるのだろう。

少し前まで何とも思わなかったこのイベントが酷く鬱陶しく感じる。

 

イミテに頼んだら泊めてくれるのだろうが迷惑をかけるのも心苦しい。

俺だけなら今からシオンまで行っても構わないのだが戦闘を終えたロコンとカラカラは疲れているだろうし遠慮したいものだ。

モンスターボールに入れて俺一人で行こうと思ったがなぜか拒まれたので連れ歩いているが休憩するべきだろう。

何処も彼処も騒がしいので落ち着ける公園で休みつつ考えるとしよう。

 

雑踏の中を歩くのは酷だろうとカラカラを抱えながら公園を目指す。

これだけ人が多いと何かしらの事件もあるんじゃないかと等と思ってしまうのはなぜだろう。

多分、至る所にジュンサーの姿を見かけるからだと思う。

本当にジュンサーが多いのだが他の街の警備は大丈夫だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

ロコンも人の多さに少し落ち着かないようで尻尾がわさわさと動いている。

背中がなんとなくむず痒いのでさっさと公園の中に入ることにした。

前と同じように静かな空間である。

ヤマブキの街中とは思えないほどに静寂に包まれていた。

 

カラカラを地に降ろしてどうしたものかと考える。

ここで野宿してもいいが、都会のど真ん中で俺みたいな少年が野宿していたら柄の悪い連中やジュンサーに絡まれそうだ。

というか都会で野宿なんて侘し過ぎる。

 

とりあえずピジョットと親交を深めようとするも失敗する。

ボールから出すと飛び立とうとするので押さえつけるが狂ったようにクチバシで俺を突つこうとしている。

ロコンとカラカラが攻撃しようとしたので止めたが、それでも互いに威嚇したままだ。

傷が開いて悪化したら困るのでボールへと戻そうかと諦めかけたときになっちんに声をかけられた。

 

偶然の出会いかと思ったら俺が来ることを予知していたらしい。

予知といってもなんとなくといった感覚であるし、当たらないことも多いので気休め程度だと言われた。

それでも凄いと思うのは俺だけではないはずだ。

なっちんマジエスパー。

 

なっちんと挨拶を交わしてピジョットを戻そうとすると止められた。

これは……と意味深に呟いたなっちんがフーディンを出してピジョットを眠らせた。

どうやらピジョットには催眠術が掛かっているので解除してくれるらしい。

強力な催眠術を何度もかけられた形跡があり、洗脳に近い状態になっているとか。

ここまで来ると悪意すら感じるほどに悪質なレベルらしい。

 

俺には対処できない問題なので専門家であるなっちんにすべてを委ねることにする。

フーディンと協力して治療してくれている。

俺の知っている催眠術と違うので疑問を持ったが邪魔になるかもとしれないので黙っていたがなっちんが話し出してくれたのでありがたく聞くことにする。

 

戦闘などで簡易的に惑わすなら軽く判断を鈍らせる程度に混乱させたり、眠らせたりできるが狂わせたり、操作したりするのは時間がかかるとか。

何度も頻繁に、それも長い時間かけられていたのだろうと言われた。

襲撃の話はしていないが、もしかしたらポッポのときから催眠術で襲撃させられていたのかもしれない。

傷を負いながら何度も繰り返し、その果てにピジョットに進化したのだとしたらうすら寒いモノを感じる。

傷が癒されること無く、強制的に戦う日々とは一体どのようなモノなのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

解除が終わり、人間に慣れていないので言うことを聞かないかもしれないが捨てないで連れて行ってほしいとなっちんにお願いされたが、言われなくともそのつもりだったと伝えて眠っているピジョットを撫でる。

俺の言葉になっちんは安堵の表情を浮かべているし、分かりにくいがフーディンも嬉しそうだった。

痛んでいてごわごわしている毛に触れてなんとも言えない気分になってしまったが気を取り直してモンスターボールに戻す。

 

野宿の準備をしようとするとなっちんに泊まらないかと誘われたが断っておく。

さすがの俺も同年代の女の子の家に泊まるのは避けた方がいいとわかっているのだ。

この前のジム戦の礼だと言われたので閃いた。

格闘道場に泊まればいいことに。

 

 

 

 

 

 

 

格闘道場で宿泊しようとするトレーナーは初めてだと褒められた。

道場はむさ苦しいイメージだったが格闘王が修行の旅に出て、方針について決まっていないので朝と昼の練習のみで解散したらしいのでガラガラだった。

門下生の数も減ったらしいがトレーナーとしての間違いに気づいたのだろう。

ポケモンバトルに筋肉はいらないってことに。

 

シャワーの位置を教えられて、自由にするようにと言われ師範代は帰って行った。

看板も無い今、盗まれて困る物は無いとか。

これが敗北したジムの末路かと思うと切なくなった。

敗北に半分手を貸した俺が言うのは間違っているだろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

台所で火を借りて夕飯の支度をする。

かなり汚かったが調理できれば構わないので無視した。

食器を洗ったりするので流し台だけは掃除したので清濁併せ持つなんともアンバランスな台所となった。

 

ヤマブキの物価の高さに愚痴りながら買ってきた食材を調理する。

レトルトでもいいのだが、折角だからと自分で作ることにしたのだ。

ピジョットが起きるまでまだ時間がかかりそうだったのでロコンとカラカラに食べさせることにした。

そのうちカラカラは箸が使えるようにならないだろうかと密かに期待しつつロコンの口元を拭いながらおかわりをよそう。

 

ピジョットが目覚めたので近づくとクチバシをカチカチと鳴らされた。

多分、威嚇しているのだと思うがあまりに弱々しい。

近寄ろうと何度か試すが逃げようとするので俺も自分の夕飯に手をつける。

そっぽを向いていたが匂いに釣られたらしくチラチラとこちらを見るピジョットに思わず笑いが込み上げる。

 

少し意地っ張りのようで何度かご飯を持って近づくがカチカチと威嚇される。

痺れを切らしたロコンが食べようとすると激しくカチカチするので思い切って近づくことにする。

今度は逃げられなかったがそっぽを向いたままこちらには見向きもしない。

俺が食べる仕種をするとカチカチしながら横目でチラチラ見てくるので口元までご飯を持っていくと渋々といった様子で食べ始めた。

食べ終えるとカチカチとおかわりを催促されたので苦笑いしながら持っていくことにする。

 

ロコンの機嫌が少し悪く、カラカラが寂しそうなのはピジョットに付きっきりで嫉妬したからだろうか。

いつもより毛繕いに時間をかけて機嫌をとることにする。

ピジョットにも毛繕いをしようとしたがカチカチと威嚇されるだけだった。

 

だだっ広い道場で眠るのは微妙な気分だが、他の部屋は汚くて消去法でここになってしまった。

ピジョットをボールに戻そうとしたがカチカチされたので諦めた。

近くで寝ようとするとカチカチされるので離れるとまたもカチカチされた。

どうやら姿がすぐに確認できる範囲ならいいらしい。

 

ピジョットが寝静まったのを確認してからロコンを抱えて音を起てない様にそっと近づいて寄り添う。

俺の意図がわかったらしくカラカラもとことこと近寄って横になった。

折角、合意はともかくとして俺の手持ちになったのだから一緒に寝たいのだ。

 

目が覚めてピジョットを見つめるとチラチラとこちらを見ていたが逃げる気はないようだ。

俺が起きていることに気付いたのか激しくカチカチと鳴らし始めた。

恥ずかしかったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

外に出るとなっちんが座っていた。

会いに来てくれたらしい。

一緒にポケモンセンターへと歩く。

怪我が悪化されたら困るのでモンスターボールへと戻す。

カチカチと鳴らされる抗議は無かった。

ここでもう一度ピジョットとカラカラを診てもらってからシオンへと向かう。

 

ピジョットの容態はよくなっているそうだが、まだまだかかりそうだ。

当分飛ぶことはできないだろう。

完治したらどうしたらいいのだろうか。

 

一緒に診てもらったカラカラの傷は完治したが片目は完全に失明していると聞かされた。

トレーナーとしては何とかしたかったが無理だった。

結局、俺ができることなんて本当に限られてしまっているのだ。

もしかしたら出来ることなんて無いのかもしれない。

そんな俺が一緒にいる価値はあるのだろうか。

なんとなくだが考えてしまう。

俺の我儘でただ単に連れまわして負担をかけてしまっているんじゃないかと。

それでも、カラカラの死角である右側に俺がいつもいられるのは信頼の証だと信じている。

 

 

 

 

 

 

 

見送ってくれるとの事でなっちんとゲートまで雑談する。

トレーナーIDを交換した辺りでカツラさんに連絡していないことを思い出したが、後でもいいだろう。

イミテに会いに行かなかったけれど手ぶらだったし、次の機会にお土産を持って行くので大丈夫だと思う。

なっちんに別れを告げてゲートを越えて8番道路へと進む。

 

8番道路は治安が悪い。

大都市であるヤマブキの近くであり、7番道路では摘発されやすいのも相俟ってこちらに集中しているからだろう。

だからといってこんな朝早くからガラの悪い連中がいるとは思わなかった。

 

バイクに乗っていたり、スキンヘッドだったりと目つきの悪いやつらがちらほら。

こいつらはこんな時間から集まるとか健康的すぎる。

夜はどうしているのだろうかと疑問もあったが、近くのシオンからゴースが来て怖くて夜は活動出来ないのだろうと勝手に決めつける。

 

そうでもしないと次から次へと挑まれる勝負に飽きてしまった俺のモチベが完全に死んでしまう。

1対1だったのが、段々と増えてきて数えるのも億劫なほどだ。

カラカラとロコンが一撃で葬り去るが無限湧きかと呆れるほどに集まってくる。

 

ドガースにロコンの火球を直撃させると爆発することに気づき、一度で広範囲の敵を倒せるようになった。

最期の方はカラカラが打ったドガースが他のドガースにぶつかる瞬間に火球を当てて誘爆を起こし、どれだけ大きな爆発を起こせるか試すゲームに成り果てていた。

 

 

 

 

 

 

 

全員を倒してひと段落つくがまたも鳥ポケモンに襲撃された。

編隊を組んで飛んできたのだ。

先頭にピジョット、後ろに3匹のピジョンが並んで飛んでいる。

 

大きく旋回しながらこちらに襲い掛かって来た。

どうやら昨日のピジョットと同様の攻撃パターンだったが先頭のピジョットに付かず離れずといった距離でピジョンたちが補佐しているので少し面倒だ。

野生だとわかっているのでさっさと対処しよう。

 

 

 

 

 

 

 

飛んできたピジョットに昨日と同様、火球で誘導。

ピジョンはピジョットの後ろをぴったりと追うので俺にとっては好都合だ。

回避運動をとった瞬間、モンスターボールを投げつける。

暴れてボールから出てきたところをカラカラが叩く。

これを繰り返すだけでピジョットとピジョンを手に入れることが出来た。

 

こいつらも催眠術にかかっているのだろうかと思いながらボールをリュックにしまう。

原因を叩かない限り襲撃を受けるのだと思うと気が萎える。

俺ほどピジョンとピジョットを持っているトレーナーはいないだろう。

鳥使い垂涎モノだ。

手放しには喜べないのだが。

 

ロコンが吠えた。

何事かと振り向くと口元まで裂けている様に見える笑いが特徴的なポケモンがいた。

ゆっくりと手招きしている。

なんでこんなところにゴーストが……。

 

光が明滅している……?

ゴーストの隣にスリーパーがいる。

珍しいこともあるものだ。

振り子が揺れている。

目が、離せない。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、あたまがくらくらする

 

おれはなにをしていた

 

そうだ、ぽけもんを

 

ぽけもんをわたさなければ

 

おれのぽけもんを

 

おれのぼーるを

 

おれのともだちを

 

 

 

 

 

 

わたさないと

 

 

 

 

 

 

ろこん

 

 

なにをしている

 

 

かってにひをはくな

 

 

そらにこうげきしろなんていってないだろ

 

 

おれにさからうな

 

 

いまいましい

 

 

もどれ

 

 

もどれ!!!

 

 

はやくしろ!!!

 

 

はやくしろ!!!!

 

 

ろこん!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--13

 

――催眠術――

暗示をかける技の総称。

深い眠りに誘う使い方が最も一般的である。

思考誘導も出来るが長い時間をかけて行う必要があるので通常のバトルで使用されることは無い。

洗脳などの思考誘導は相手の状態によって左右されるので繊細で熟練した技術が要求される。

 

――あやしいひかり――

光の明滅により意識を混乱させる。

ポリゴンフラッシュなどと言ってはいけない。

実際にかけられたときは思考が朧気になるというおそろしい体験をしたものだ。

 

――テレポート――

なっちんが多用している。

目的地を遠見して安全を確かめないと危険らしい。

確かに「いしのなかにいる」などの状態になったら大変である。

後にフーディンが使いまくって当たらなければとうということはない状態を作りだし、ヤマブキジムの難攻不落ぶりによってリーグから規制が入った。

 

 

 

【左手のエクスカリバール】

 

 

 

ロコンが言うことを聞かない。

イライラする。

はやくボールにもどれ

 

 

カラカラの涙。

イライラする。

ボールに戻っても俺の気は晴れない。

 

 

なぜこんなにもイライラするのだろうか。

心がざわつく。

 

 

ピジョットのボールが揺れている。

静かにしていろ。

 

 

 

 

 

 

 

なぜいつもと違うのだろうか。

いつもとはなんだっただろうか。

 

 

そんなことよりもわたさなければ

ろこんがもどらない

ろこん!!

 

 

 

 

 

 

 

ロコンがボールに戻らない。

イライラする。

 

嫌がることをするのは心苦しいがしかたないから無理やりにでも詰めてしまおうか。

なんでイライラしているのだろう。

ロコンが言うことを聞かなかったときがあっただろうか。

俺は何をしようと……。

 

 

つらつらと考えているとゴーストに催促される。

ああ、そうだ。

渡さなければいけないんだったな。

抵抗されてるし強引になるが仕方ない。

 

 

気絶させてから戻すとしよう。

首筋に強い衝撃を与えれば気絶するだろう。

暴れるロコンを抑えようとして噛まれてしまった。

 

 

また傷が一つ増えた。

両腕には無数の傷跡。

ギャロップ、ドガース、ベトベター、ガーディ。

思うようにいかなくて生傷が絶えなかった。

それでも必死に進みつつけた。

あの白衣を纏った大きな背中を目指して。

 

 

………………。

……………。

…………。

………。

……。

…。

 

 

またゴーストに再び催促される。

思考が一つに纏まらないがなんとかロコンを抑える。

この後どうするんだ。

殴るのか、締めるのか。

俺が?

ロコンを?

有り得ない。

 

 

なぜロコンに暴力をふるう必要があるのだろうか。

ロコンは……いつもと違っていて、言うことも聞かなくて……。

俺はどうすればいいんだ。

何かが間違っているのに何もわからない。

気持ちの悪い違和感を感じる。

 

 

俺がいて、ロコンがいて、カラカラがいて、ピジョットがいて、ゴーストがいて、スリーパーがいる。

いつも通りなのに何かが違うのだ。

喉に何かがつっかえているような、奇妙な感覚。

 

 

抵抗と催促。

ゲンガーに応えると気分が晴れて身を委ねたくなる。

ロコンの鳴き声が俺を止める。

このまま何もできそうにない。

俺はどうすれば……。

 

 

 

 

 

 

 

なっちんの声が聞こえた。

無意識にロコンの首へと伸びていた手に気づき、とどまる。

どうやらなっちんが違和感の犯人らしい。

ゲンガーがフーディンも手に入れて無いからだと教えてくれた。

成るほど、それならばとロコンを解放する。

 

 

拒否するロコンにゲンガーが目を合わせるといつも通り、俺の指示に従ってくれるようになった。

なんだか余計に違和感が大きくなった。

ロコンが違うのだ。

何かが違う。

 

 

ロコンが苦戦しているのでカラカラをボールから出す。

首を振って拒否するカラカラにゲンガーが目を合わせるということを聞くようになった。

やはり違和感を感じるのだが。

 

 

ピジョットを出すようにと催促されるが全く戦闘させる気にならない。

怪我しているし、この場に出すわけにはいかない気がするのだ。

何かがおかしい。

おかしい。

 

 

 

 

 

 

 

エスパータイプのポケモンの強さはカントーにいるトレーナーの誰しもが認めるものだ。

不可視の念動で範囲すらも見破らせること無く撃ち抜く攻撃。

特殊な力場で構成され、どんな攻撃をも捻じ曲げる防御。

練度の高まった念動力の矛と盾を破ることは困難を極める。

 

 

これほどまでに魅力的な要素に魅かれるトレーナーは跡を絶たない。

そしてほとんど凡てが、挫折する。

強さに目が眩んだ愚者ほど諦めが早く、簡単に手放してしまう。

 

 

彼らが挫折する理由はただ一つ。

弱すぎるのだ。

練度が低い場合、コラッタの歯牙にもかけられない。

狭い範囲でしか行使できない念動力。

そよ風にも満たない矛、紙にも劣る盾。

 

 

念動力は練度に比例する。

鍛えたエスパーポケモンは無類の強さを誇る。

しかし、野生では強くなれるまで待ってくれるはずもなく、逃げの一手を取り続けなければならない。

中には抗い続け、進化する猛者もいる。

だが、そんなポケモンを捕まえられるわけも無く逃げることでしか生きられなかったポケモンを無理矢理捕獲し、期待と労力に見合わないと失望し、見切りをつけてしまうのだ。

目に見える結果がすべてだと判断することは間違いではないが、正しいことでもないことの証明かもしれない。

 

 

強くなっているのか、いつ進化するのか、本当に強いのか。

信頼だけで育成を乗り切らなければならないのだ。

なんらかの思い入れが無い限りは育て上げることはできない。

単純に好きであることが最も必要な才能だろう。

 

 

 

 

 

 

 

つまるところ、なっちんのフーディンが強すぎるということだ。

いつから育てているか知らないが、カイリキーを一撃で仕留めたユンゲラーから進化したフーディンである。

練度の高さと進化という地力の底上げも相俟って勝てる気がしない。

今のところフーディンは防御一辺倒なので危険はないのが救いだろうか。

 

 

フーディンはグレンでもほとんど見ることが無かったが、他のエスパーはときどき見かけたのである程度の心構えはできていたが、実際に戦うと絶望感が半端ない。

揺らぐように虹色に輝く半透明の膜がフーディンを覆っており、火球が彼方へと逸らされる。

バリヤードでもこんなに固くなかったと思うのだが、とげっそりしながら火球を連打させてみるも効果は無し。

多方向に誘導してフェイントをかけながら時間差で攻撃してみるも無傷。

虹色の膜も依然として健在している。

打ち消すのではなく力の流れを逸らしているのだろうと予想は付くのだが、そんなに簡単に防げるものではないはずである。

計算がスパコンよりも速いとあったがマジかもしれない。

知能指数5000はネタだと思うが。

 

 

火球の陰に隠してカラカラの骨をぶつけてみるが逸らされる。

少しばかり火力を上げても同じ様に逸らされて終わる。

数もあまり意味が無いし、質も少しばかり向上させただけではやはり変化なし。

ゴーストの催促がくるが無理なモノは無理なのだ。

 

 

ロコンがガス欠になるが全力で攻めるべきだろうか。

そうしたらロコンも弱ってボールに戻るので都合がいい。

ロコンはボールの中に入るのを好まないのに何が都合いいんだろうか。

渡しやすいからといってボールにロコンをボールに入れるなんて何がいいのだ。

そもそも何を考えているんだ。

ポケモンバトルの最中に他の事を考え、それが都合良いなどと。

都合のいいことなんてあっただろうか。

 

 

何が良いのだ。

俺がいいのか。

それとも俺がいいのか。

俺がいいとはなんだ。

そうしたら俺がどうなるというのだ。

というより俺が何をしようとしているのだ。

俺は何を考えている。

俺が

 

 

考えすぎて混乱し始めた俺にゴーストがまたも催促してくる。

どうも腑に落ちないがなんとかいつも通りの思考に戻ったので戦闘を再開する。

いや、いつも通りなわけがない。

こんなにも気持ちが悪いポケモンバトルなど一度しかない。

そもそもあれはバトルですらなかった。

泣く事しかできなかった……ああ、少し逸れていた。

どうも一つの事に集中するのが難しいのだ。

疲れているのだろうか。

ああ、気持ちが悪い。

 

 

 

 

 

 

 

ロコンに炎でフーディンを攻めるように指示を出す。

出来るだけ広範囲にして目隠しになるようにとも伝える。

ついでに火球も力を溜めさせる。

すべてを使い尽くすつもりでの攻撃だ。

なぜ使い尽くすつもりなのだろうか。

相手はなっちんで、全力で攻撃する必要がどこにあるのだろう。

おかしい。

 

 

視界を塞ぎながら少しずつロコンが前進し、後ろをカラカラに着いて行かせる。

次第に力を溜めている火球は炎の中に忍ばせている。

ロコンの限界まで炎を出させながらゆっくりと近寄る。

弱っていくロコンを見ていると気持ち悪くなる。

そろそろ限界だろう。

カラカラを炎の中に突撃させて、フーディンに迫ったころに炎を止めるように指示を出す。

 

 

目の前のカラカラに反応して意識が骨に向いただろうと予想し、火球を連打させる。

ロコンの限界がそろそろ来るだろうからフーディンの真上に溜め続けた火球を落下させる。

逸らされるかと思ったが火球の威力が高くて逸らせないのかもしれない。

残った力はわずかしかないのでカラカラに横合いから殴るように指示を出す。

フーディンを守っていた膜が消え、圧し勝ったかと見つめていると火球が破裂した。

念動での攻撃で相殺しようとしたらしい。

 

 

攻撃の余波である炎が押し寄せてフーディンの周辺に襲い掛かる。

弱っている相手に勝ちを確信しながら暴れていたピジョットを出す。

暴れたりないだろうと思いながらボールから出したピジョットは弱り切っていた。

すぐに駆け寄って状態を確かめようとするが拒絶するかのようにクチバシで腕を噛まれる。

おかしい。

なんでこんなことになっているんだ。

何が間違って……。

 

 

意識を失っているロコン。

全身に火傷を負ったカラカラ。

疲労で今にも倒れそうになりながら立ち塞がるフーディン。

熱に煽られ、フラフラとしながらもまっすぐ俺を見つめるなっちん。

傷が開き、血を流しているピジョット。

 

 

 

 

 

 

 

おかしいのはおれだ

 

 

 

 

 

 

 

俺は何をしていた。

その前に俺はどうしたいんだ。

戦いたいのか。

捕まえたいのか。

渡したいのか。

……逃げたいのか。

 

 

頭の隅で声がする。

徐々に大きくなる声に比例して身体の動きが鈍くなっていく。

このまま声に身を委ねたら俺は取り返しのつかないことをしてしまうんじゃないだろうか。

あの時の様に俺は何もできない……できなくなってしまう。

ただ泣くだけは嫌だと、見ていることしかできない無力に悔いたじゃないか。

悩むことのないように、自分の思った通りに生きるために俺は友達と血を吐く思いで努力したのだ。

 

 

毛繕いセットから急いで適当に一つを取り出す。

バールのようなもの。

俺はこれに縁があるらしい。

 

 

頭の中の声が大きくなる。

まるで電波を受信しているようだと笑いながらバールのようなものを振り上げる。

俺の思い通りにいかないのなら、いくようにするのだ。

躊躇いなく振り下ろす。

 

 

響く音は間違いなく砕いた証。

残響のように薄く広がる痺れは手ごたえを感じさせる。

なっちんの目が驚きで見開かれていた。

 

 

洗脳は催眠術でも繊細な技術が必要とされ、長い時間をかけなければ完全に操ることはできない。

ピジョットは自分の行動と洗脳による指示の境目がほとんどなくなるほどだった。

俺は短時間の洗脳による違和感で自我が少しだけ取り戻せた状態だ。

 

俺の状態ならば洗脳を解除する方法はいくつかある。

超能力で中和すること。

解除すること。

そして元凶を断つこと。

 

 

もちろん、俺は手加減せずにやった。

完膚なきまでに。

腕が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

……右腕が折れたかもしれん。

 

 

 

 

 

 

 

痛みで半泣きになりながらバールのようなものを放り捨てる。

右腕を犠牲になんとか自己を保つことに成功した。

催眠術で浸食される意識を痛みで守るという賭けだ。

普通になっちんのところまで行って解いてもらえばよかったと気付いたが、悔しいので忘れることにする。

 

 

短時間でなんとかしなければまた乗っ取られてしまうかもしれない。

ピジョットは傷ついても操られ続けていたので俺もこのままでは危ないはずである。

油断せずに一気に畳み込む。

とか思ってたらなっちんのフーディンとスリーパーが戦っていた。

 

 

どうやら俺の相手はゴーストのようだ。

見つめ合う俺とゴースト。

なぜか懐かしい気分になった。

ゲンガーよりもなじみ深いというか……。

 

 

――通信ケーブル持ってるのに相手がいない……――

 

 

なんか争いたくないな……。

穏便に済ませておきたいが、ピジョットに催眠術をかけていたのかもしれない。

手掛かりになりそうなので確保しておきたいのだが、対処する手段がない。

どうしたものか。

 

 

手をこまねいているとゴーストが体当たりしてきた。

脳内情報によると舌でなめられると震えが止まらなくなり死ぬらしいのだ。

身構えるがすり抜けるように消えて行った。

……逃げた?

 

 

すぐになっちんが駆けつけてきた。

スリーパーは捕縛したらしい。

半透明の膜の中に気絶したスリーパーが浮いていた。

 

 

大丈夫だったかと心配されたが右腕以外は健康である。

俺だけ……。

 

 

俺が……。

いや、やめておこう。

俺が悩んだり、謝ったりしてしまってはなっちんとポケモンが……友達が気にするかもしれない。

みんな俺のために頑張ってくれたのに、それでは申し訳が立たなくなってしまう。

 

 

だから一言だけ伝えることにする。

 

 

ありがとうって。

 

 

 

 

 

 

 

【存外案外】

 

 

 

 

 

あなた ゆうれいは いると おもう?

 

 

 

ポケモンタワーの前で佇んでいた少女に突然問いかけられた。

俯いており、表情はわからない。

 

どうなのだろうか。

今まで一度として見たことはないので俺はなんとも言えない。

しかし、見たことがないということはいないとも言えるのではないだろうか。

つまり俺が信じていると言ったとしてもそれは妄言に過ぎない。

そして俺は電波を垂れ流すつもりなぞ無いのでこの問いにはいないと思うと回答すべきだ。

 

だが、脳内情報では はい いいえ の二択。

……バグったか、俺。

 

とりあえず、いないと思うと伝える。

見たこと無いのでいると答えるのは違う気がしたからだ。

 

 

 

あはは そうよね!

 

 

 

少女が笑い出した。

狂っている――そんな表現が似合うような笑いだ。

雑音の混ざった声、土気色をした顔、焦点の合っていない目。

一目で正気じゃないとわかった。

後ずさりして逃げる算段を立てる。

 

 

あなたの みぎかたに

 

くろい てが おかれてる なんて

 

    ・・・あたしの みまちがいだよね

 

 

 

背筋が凍りついた。

言われて気付いたのだが俺の肩に黒い何かが乗っているのだ。

ひどくサビ付いたように首が動かない。

 

心臓の高鳴りは最高潮に達していた。

冷や汗が頬を流れる。

 

意を決して振り向いた俺が見たモノは……

 

 

 

 

 

にやにやと笑いながら漂っているゴーストだった。

 

 

 

 

 

なぜか俺の肩に手を置いているゴースト。

ポケモンセンターと似たオチとか無しだろ……。

もう見え見えの罠だったけど態と引っ掛かっただけだし、と強がりながらホッと一息。

正直、安心しました。

 

少女もたぶん俺を驚かせようとしていたのだろう。

人が悪いな、と少女に顔を向けるが……誰もいない。

 

普段では気付かないほど軽い重みを肩に感じた。

今は意識を肩に集中しているからこそ気付けたのだろう。

 

咄嗟に肩へと視線を向けると生気のない青白い手が……手だけが俺の肩を掴んでいた。

 

 

 

 

 

まちがえた

 

しろい て だったね

 

 

 

 

 

少女の声が聞こえた。

 

 

 

 

あなた ゆうれいは いると おもう?

 

 

 

 

 

耳元で声がした。

次からは幽霊を信じると答えるしかないな。

そんなことを思いながら俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はポケモンが好きだ。

抱き締めたときの肌触りや弾力が特に好きだ。

ポケモンの抱き心地は日々の疲れを癒してくれる。

 

そんな俺がオススメするのはピジョットの羽根である。

光沢が美しいピジョットの羽根に惚れて、ポッポを育てるトレーナーもいるくらい魅力的なのだ。

美しくて艶のある羽根の手触りは撫でるだけで至福のひと時を過ごすことができる。

 

俺のピジョットも言うに及ばず美しい羽根の持ち主だ。

怪我をしているが丁寧なケアを施している羽根はふかふかして温かい。

そのまま顔を埋めて眠ってしまいたいくらいである。

 

しかし、それは出来ない。

ピジョットは俺が寝そうになるとカチカチとクチバシを鳴らして起こすのだ。

そっぽを向いているがチラチラと撫でる手を確認している姿は実に可愛らしい。

 

などと考えながらもピジョットの羽根を撫でる左手は休むことなくゆっくりと動かし続ける。

ロコンとカラカラは俺に寄りかかったまま夢の中。

ジョーイさんがラッキーと作業をしている姿を少しだけ眺め、ぼんやりと右腕を見つめる。

包帯でぐるぐる巻きにされている右腕は思いのほか丈夫だったらしく骨折はおろかヒビすらも入っていなかったというのだから驚きだ。

 

 

 

 

 

 

 

俺たちはこの前の催眠誘導によって溜まった疲れや怪我を癒すためにシオンタウンのポケモンセンターでだらけた日々を過ごしている。

俺とポケモンだけでテレビの前のソファーを独占しているが他のトレーナーはポケモンの回復に来てはすぐに帰る程度なので問題はない。

ジムが無いシオンには訪れるトレーナーが少なく、ほとんどが年に何度かポケモンタワーに墓参りに来る程度だ。

 

脳内情報では不気味な町だったが実際には静かで落ち着いている町だ。

暗くなる時分に散歩すると昼とは一変してポケモンタワーの雰囲気と相俟って不気味に見える。

脳内情報から勝手に流れるBGMを初めて聞いた時は背筋が凍る思いだった。

 

俺たちがソファーを独占しているのはなっちんを待っているからだ。

先日の催眠誘導時に捕獲したスリーパーの身元をジムリーダーの講習を受けるついでにポケモンリーグで確認してくれているのだから、頭が上がらない思いだ。

あの時のゴーストも捕まえておきたかったが虫よけスプレーで対処するなどの方法しか思い浮かばなかったので逃げられて当然だったが。

 

 

 

 

 

 

 

テレビに目を向けるとポケモンリーグの特集が始まった。

今年のチャンピオンロードトーナメントが開催される時期が近付いてきているからだろう。

去年のチャンピオンロードで惜しくも敗退したトレーナーや今年期待の新人が紹介されている。

期待の新人はジムバッジをすべて集めたトレーナーの中で一度も出場したことが無く、トレーナーカードに記録されているBP(バトルポイント)が最も多い者が紹介される。

BPは公式戦やジムなどで勝てば勝ち星としてBPを貰えるというわけだ。

ランキングで上位に入ればリーグから補助金が貰えるので名が売れて財布も潤うし、ジムメイトとして売り込む場合にも評価されるといった特典がある。

 

その点で言えば俺は……まあまあかな、うん。

トレーナーはBPだけじゃないから、重要なのは人格とか人望、愛、正義、友情、努力、勝利、必殺技だからね。

今はちょっと思いつかないけど俺にもそういったものは沢山あるから。

……たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

考えている間に手が止まっていたがクチバシをカチカチと鳴らされることはなかった。

どうやらピジョットも眠ってしまったようだ。

眠っているポケモンに囲まれて身動きできないでいるとジョーイさんと目が合った。

仲が良いわねとくすくすと笑われて気恥ずかしかったが、なんだか安心した。

疲労困憊のロコンやカラカラ、フーディン、傷の開いたピジョットが入ったボールを持って行ったときなど凄まじい形相で睨まれた。

ついでに火傷したかもしれないのでなっちんと俺の腕も見てもらうと事件か何かかと慌てていたものだ。

 

シオンのジョーイさんは親身になって心配してくれるいい人――どの町でも美人で優しい――だが、治療中に詰め寄って根掘り葉掘り聞こうとするのはやり過ぎだと思う。

なっちんは少しばかり人見知りをするらしいので困っていた。

その時にジュンサーさんも来たので事情を説明したが当てにならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

テレビを見ていると四天王の紹介や激励のコメントが始まった。

氷ポケモンのエキスパートで云々。

どこかで見た顔だと思ったらカンナさんだった。

驚いて声をあげそうになるがポケモンが寝ているので声を噛み殺す。

ジョーイさんが不思議そうに首を傾げていたのが視界の端に見えたが、それよりもなぜ気付かなかったのだろう。

脳内情報にはカンナさんの詳細がある。

最近はかなり自然に知識として扱えるようになったと判断していたがまだまだのようだ。

 

ロコンを撫でて気持ちを落ち着かせて番組に臨む。

さすがにこれ以上俺を驚かせるやつは出てこないだろう。

とか思ってたらシバが出てきた。

人間も鍛えれば強くなるとか語り出したけど今年のトーナメントに出場する予定の人たちを激励するコーナーなので完全に空気が読めていない。

先にカンナさんが喋ってたのに聞いてなかったのか。

いやいや、ウー!ハーッ!じゃないからね。

早く誰かやつを止めろ、放送事故になりかねない。

生放送とかダメだろ。

 

CMが一旦入ってすぐにキクコのばあちゃんが何事も無かったかのように話を始めた。

年の功ってやつは凄い、全く動じた様子がないのだ。

いい話だったが段々と雲行きが怪しくなって途中から完全に説教である。

最近のトレーナーは甘いとか昔のトレーナーは凄かった、オーキド博士が腑抜けたなどと愚痴も吐き出した。

四天王最年長記録保持者とやらは伊達じゃないということがわかったので説教や愚痴は耳が痛くなるからやめて欲しい。

 

次はワタルだ。

俺が言うのもなんだが服装をどうにかしたほうがいいと思う。

センスの悪いマントは邪魔にしかならないだろうし、着心地が良い白衣にすべきだ。

ドラゴン最強説を語り出したが、これはそういう番組ではない。

覚えることのないバリアー、人に向かって破壊光線を撃ち込む、Lv.40代のカイリュー、スタジアムでの持ち物重複などが頭をよぎる。

何年か前、ジムに挑戦してきたときはカイリューの強さに胡坐をかいていたのでウインディのみで勝った記憶がある。

やはりウインディは伝説ポケモンだけあって強かった。

 

気まぐれで見ただけだがかなりヘビーな内容で、気分が急降下。

四天王だけあって一癖も二癖もある人たちだ。

ポケモンバトルが強いのはいいが、人格に難があるのはどういうことだろうか。

天才は凡人に理解できないってことかもしれない。

強くなると常識をどこかに忘れてしまうというのは本当なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

一日をだらけて過ごしているとハナダで出会ったタイシさんを思い出す。

なんとなくだがあの人の気持ちもわかってしまう。

好きな時間に自由に活動できるこの生活は抗い難い誘惑で溢れている。

ポケモンセンターはどこも居心地が良く、まるでダメ人間を陥れるための罠である。

腑抜けてしまわないよう気を付けるべきだとタイシさんを思い出しながら心に固く誓った。

 

出来るだけいつも通りの時間に起きて散歩は欠かさないようにと明日からの計画を立てているとポケモンセンターの入り口が開き、なっちんの姿が見えた。

なっちんと挨拶を交わして、フーディンの頭を撫でる。

シオンのポケモンセンターに駆け込んだ日から毎日様子を見に来てくれるのだ。

なっちんマジ天使。

 

メッセージでやり取りするだけでもいいのに態々来てくれるのだからなっちんの優しさは天元突破しているに違いない。

結果だけでも十分だし大変だったら無理しなくていいと伝えると好きでしていることだし、テレポートがあるから大丈夫とまで言ってくれた。

結婚するならなっちんとかカンナさん、エリカさん、各地のジョーイさんにハナダの姉妹。

高嶺の花だが憧れるだけなら夢想するだけなら自由のはずだ。

ちんちくりんのカスミはノーセンキュー。

 

フーディンがアポート(超能力の一種で遠くにある物を取り寄せる)してくれた資料によるとヴァシュカという女がスリーパーの持ち主と判明した。

資料にあった顔写真は7番道路で出会った女だった。

嬉しくないが俺は保護団体と縁があるらしい。

シルフカンパニーに勤めていて、ゴーストを手持ちにしている記録もある。

 

催眠誘導の件はリーグでも表に出し難い問題で、あちらが独自に調査を行うのみに留まるだけらしい。

なっちんのせいでも無いのに謝られてしまった。

迷惑をかけているのは俺なのに。

 

保護団体の影響力はかなり強いと思われる。

腰が重いとは言え、ポケモン最大の機関であるリーグが事件に発展しかけた催眠術の危険性を軽視するはずがない。

そんなリーグが独自の調査のみということはそれだけ厄介なのだろう。

 

ポケモンポリスも同じく動かないはずだ。

リーグが動かないのに動くことはありえない。

ここらが個人の限界なのかもしれないな。

 

そんなことを頭の片隅で考えながらなっちんに礼を言って夕飯に誘う。

申し訳なさそうにしているがここまでわかったのは全てなっちんのおかげなのだからもっと自信を持ってもらいたい、そう告げると照れながらも少し笑ってくれた。

やはりなっちんはいい人だ。

 

 

 

 

 

 

 

俺はフーディンが飯を食べるところを初めて見るのだが、予想よりも普通だった。

飯を宙に浮かせて食べる、口に瞬間移動させる、空間が歪む、時空が乱れるなどの現象は起きなかった。

両手のスプーンは超能力で産み出したと情報であったが今は飯を食べるのに使用されている。

凄いのだが、なんとも言えない気持ちになるのはなぜだろうか。

 

ピジョットがカチカチとクチバシを鳴らし、ロコンがいつもより口を汚す。

カラカラもスプーンが使えることを自慢げにアピールしてくるのでなっちんとの話しが何度も中断してしまった。

ポケモンたちの相手をしていたら服を引っ張られた。

 

引かれた方に顔を向けるとそこには口元を汚したフーディンの姿が……つ!!

……。

……ああ。

……俺に拭けということですかね。

 

 

 

 

 

 

 

食後になっちんが今はリーグでジムリーダーとしての研修を受けている話になった。

普通は泊まり込みだがテレポートのおかげで自宅から通っているとかどんな感じのジムにするかとか。

ジムの方針はエスパー系統に特化するのでジムメイトも超能力がある人を集める予定らしい。

テレパシーで力がある人に波動を送ったのでそのうち集まるだろうとのことだ。

ちょうのうりょくってすげー。

ちなみに俺には波動とか全くわからなかったので超能力とか使えないし、今後も使える兆しは無いと言われた。

使ってみたかったが才能が無いなら諦めるしかない。

 

なっちんとフーディンがテレポートで帰るのを見送った後、興味が湧いたのでラッキーのほっぺたをふにふにして感触を楽しむ。

これはすごいもち肌だ……っ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

危うくラッキーの頬の中毒性で身も心もやられるところだったがピジョットに突かれて正気を取り戻す。

気を取り直して部屋へと戻り、シャワーを浴びる準備をする。

がさごそとリュックを漁っていたら底のほうに黒い染みのような物が出来ていた。

雑に扱いすぎかと思いながら、汚れを直接確認しようと中身を取り出してみる。

黒い染みは霧状になり、ふわふわとして実体のない何かだった。

 

どうしたものかと眺めているとその染みが徐々に纏まっていく。

影が立体になったらこんな感じだろうか。

そして俺の目の前に現れたのはゴーストだった。

最終的に形作られたそいつは何がおかしいのかわからないがケタケタ笑っている。

 

バトルになってもいいように身構えながら観察する。

この前と同じく三日月の様な大きな口を吊り上げて笑っている。

しかも俺が警戒しているというのにゴーストは楽しそうにふわふわしているだけだ。

 

ゴーストがいなくなったリュックに目を向けると空になったレトルト食品とインスタント食品たちの無残な姿が……っ!!

ほとんどはお湯が必要なのにそのまま食われた形跡がある。

まさかあの時俺に体当たりしてきたのはこれが目当てだったのか。

 

ゴーストは笑いながらカップ麺をそのままバリバリと齧っている。

レトルト食品の封を開けてそのまま口へ入れている。

苦い木の実を口に入れて呻きながら他の木の実を口に入れている。

調味料まで食べようとしているがさすがに無理だろう。

ドレッシングを飲み干すやつの姿を見ながら俺は慄いた。

 

 

 

 

な、なんて食い意地が張ってるやつなんだ……。

 


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