実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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アニメ、ゲームなどには依存していません。
一通りやっていますが、覚えていないためです。


原作:デジモン デジモン1

 

 世界中でインターネットの繋がりが断たれ、やっとの思いで繋がっていても酷く遅く、ほとんど動かない事態が起きた。まるで、突如として何かが生まれたかのように、異なる世界から現れたかのように、情報という生物が張り巡らせた巣は原因不明のデータ群に侵され、世界中に不明のデータが送られ続けた。インターネットという情報の網目に属する物は全て、不明のデータを受け取り続けた。

 突然の出来事に、運輸、通信、放送、医療など様々な分野で、コンピュータによって制御されていた機器は不具合が生じ、予期せぬ事故が頻発した。先進国も途上国も平等に。民間で張り巡らされたインターネットは止まっているかのように鈍足となり、無理に動かせば緩慢な死へと繋がった。触らずに放置されていたり遮断されていたコンピュータ、元から独立させていた一部のコンピュータは生き残った。

 パソコン以外の、インターネットに繋がっている電子機器は、通信が行えないだけだった。それが人々に疑問を与えた。

 

 情報化の進んでいない途上国は被害が皆無であろうと予想されたが、先進国のそれとは異なった損害を被っていた。国にある数少ないコンピュータの機能が完全に停止したのだ。

 旧時代的なサーバと回線、脆弱なスペックでは、満足な動作を約束することは叶わず、短い時間に掛けられた負荷によって火花とともに沈黙するだけとなった。

 

 情報網の遅滞化から四日が過ぎ、通信を圧迫していたストレスは、まるでそんなものは始めから無かったとでも言うかのように恢復した。むしろ以前よりもより速く、より強靭なネットワークを有していた。情報という生物が生まれ変わったかのように、全てが劇的に変異した。

 さらに、変異は止まらない。電気の通っていて、少しでもコンピュータによって何らかの制御を依存している物すべてがその恩恵を受け始めた。旧時代的な電子機器が、持っているスペックでは有り得ないはずの性能を叩き出した。ネット回線への扉を持たない、それこそワープロのような化石のような機器すらも、インターネットへと自動で参入して最先端気も斯くやという程の通信速度を誇った。

 ただし、見えない中身が異次元的に変異しようとも、殻には限界があった。無理な挙動を繰り返した旧い電子機器たちは、悲鳴のように火花を散らし、内臓である基盤が熱で溶け涙のように樹脂を垂らし、沈黙とともに死んでいった。淘汰されるように、死んでいった。

 人々が慎重に取り扱うべきであろうかと心がけようとした時、全てが解決した。機器が余裕を持って動ける、そんな性能で動くようになった。通信が恢復してから三日後のことだった。

 

 

 

 世界規模で全てをアップデートした変異が人類に齎した功績は大きく、また同時に損害も莫大だった。たったの七日の間だが、世界は平等に止まっていたのだ。大空を飛んでいた飛行機は手繰る糸を失って堕ち、船は指針を忘れ藻屑となり、通商の手段を無くした社会の歯車は崩れ、生命を紡ぐ牙城であった病院は中世ほどの技術しか発揮できなくなったように。機械たちが動き続けなければ生命を維持できなかった人間の多くが、その命の脆さを晒すように散っていった。

 

 原因の究明が急がれた。何処かに、誰かに、早急に、責任を押し付けるために。インターネットを生み出し、管理する某国の実験だったのではないかという噂が流れたが、某国は否定し続けた。名もなきハッカー集団によって生み出されたウィルスではないかとも疑われたが、この世界にはそんな技術を持つ者がいるはずは無かった。

 結局、どれだけ経とうとも証拠も原因も見つからなかった。

 同時に、世界中で不明のデータ群が静かに発生したことだけ判明した。しかし、その事実は世界への恩恵と秤にかけられ、そして処理された。

 

 

 生まれ変わった情報の網に、新たな噂が世界を駆けた。世界へと広がることで脳神経にも酷似した状態となった情報網から生まれたのが不明のデータなのではないかと。その噂は一瞬で世界へと広がり、幼子が眠るかのように一瞬で消えていった。

 

 

 

 

 

 --1

 

 張木 粋布(はりき すいふ)は首を傾げながら、パソコンのディスプレイを眺めていた。近所の高校に通っている張木の、少年の未熟さを含んでいる顔には、その未熟さに似合わない困惑気味な表情を浮かべられ、眉間には少しだけ皺を寄せていた。黒い瞳には、青い壁紙から発せられた光が映り込んでいる。

 張木が困惑している理由は、ディスプレイのど真ん中に小さく存在する見覚えのないデータがあったためだ。他のアイコンと同様の大きさをした、小さな卵のようなもの。鶏卵の形状に酷似しているそれは、コールタールのように黒く、三秒に一度思い出すように震えていた。張木が疑問を抱いているのは、この卵の存在だ。インターネットがほとんど使えなくなったため、諦めて放っておいたパソコン。やっと恢復したと思ったら、画面の中に見知らぬ卵が存在していたのだ。普通の感性を持つ張木にはどうしてこうなったのだろうとかどうしたらいいのだろうかと思う以外に出来なかった。

 新手のウィルスの可能性もあると思い至り、削除するべきか一度バスターに仕事させるべきか、卵をドラッグしてみた。震えるように卵が一度、大きく揺れ、罅が入る。音量が程よく調整されているスピーカーから罅割れる音が響き、ディスプレイが明滅した。眩しさに目を瞑っていると、スピーカーから再び音が紡がれた。淡い青の刺々しいバブルのような形状、その中心には円らな黄色の瞳が一つ。それは本物の生き物のような挙動とともに、スピーカーから生命の産声を挙げていた。

 

 

 

 ディスプレイ上で謎の生き物らしき物体の誕生を見守った張木は、謎の生物の世話に苦心していた。一分に一度、スピーカーから音が発せられた。どうしていいかわからずに放置していると何度も音を聞かせられた。

 ミュートにしても、勝手に音量が調整され、音を聞かされる。とりあえずパソコンの前に座して気付いたのが、謎の生き物は己の単眼で張木の姿を追っているということだ。パソコンのみならず周辺機器にまでカメラなど都合の良い物が無いにも関わらず、この生き物は張木を認識し、剰え姿を追うのだ。この事実は張木をひどく驚かせた。まるで本当に液晶ディスプレイのフィルター越しの世界に存在しているかのようだった。いや、逆だ。互いを阻むものがフィルターしか無いように、張木に感じさせた。

 

 驚きは好奇心となった。鳴き声に応えようと張木は色々と試行錯誤を繰り返し、やっとの思いで生き物の要望に答える術を見つけた。カーソルで生き物をクリックすると、『名前』『年齢』『体重』『おなか』『筋力』『体力』『勝率』の項目を確認でき、それぞれの項目を満たすと、音を挙げることが無くなった。つまり、音は雛鳥が親鳥に求める鳴き声だった。まさに誕生したばかりの生命だった。

 名前はクラモンというようで、張木が独白するように呟くと、鳴き声を挙げた。これもまた張木を驚かせた。クラモンはこちらの世界を”わかっている”のだ。だからこそ電子情報の世界から物質の世界を観測し、影響を与えているのだ。

 年齢は0歳。生まれたばかりなのだから当然だろう。

 体重は1G。グラムだろうかと思案したが、パソコン上に存在するクラモンが質量を持つのは可笑しい。情報の内包量だと気づき、確かめると確かに一ギガバイトだった。つまるところ、クラモンの重さはデータ量に直結しているのだ。

 ならば『おなか』というのはデータを必要としているということだろうか。項目をフリックするかのように流すと、ハートマークが四つあり、全てが白くなっていた。ディスプレイに存在していた適当なデータをクラモンに近づけると、スピーカーから音を立てながら咀嚼し、飲み込んだ。おなかのハートが一つ、赤色に染まっていた。

 『筋力』もおなかと同様に白いハートが四つ。データを削除を選択すると、現れたクラモンが破壊し、ゴミ箱へと転送されることでハートが満たされた。

 体力は『おなか』『筋力』と異なり、ゲージバーで表記されている。調べ続けたが結局不明のままだった。

 そして最後の勝率だ。勝率というからには勝った割合だと思われる。このことから、もしかしたら戦う相手が存在しているのかもしれない。

 

 ――つまり、クラモンと同じような存在がいるということなのだろう。

 

 

 

 

 

 --2

 

 クラモンを世話するようになって張木が気付いたのは、クラモンが何時も付いて来るということだ。部屋にいればパソコンのディスプレイで、室外へ行けばスマホの画面や携帯ゲーム機で、というように。懐かれたということなのだろうと張木は自分を納得させた。

 クラモンとはマウスカーソルやスマホのタッチ、携帯ゲーム機のタッチパッド操作で触れ合えることに気付いた。触れば喜ぶし、突けば機嫌を損ねる。可愛いペットのようだった。そして張木に強く興味を抱かせる奇妙な隣人でもあった。

 

 どれほど育っただろうかとクラモンのプロパティを開き、改めて眺めることで張木は新たな気付きを得た。表示されている容量は五ギガバイトだったが、パソコンは圧迫されていなかったのだ。さらに言えば、試しにクラモンをコピーペーストして現れたデータは壊れた屑であり、それは数メガバイトしか有していなかった。あまりに軽すぎる。クラモンが複雑すぎてコピーが出来なかったことも考えられたが、クラモンがスマホなどに移動した時などの容量を確かめたが、やはり軽かった。

 

 他にも意地の悪いことにパソコンやスマホの無い部屋に移動したことがあった。どのような反応を示すかという張木のちょっとした興味を満たすためだった。結果は型落ちしているファミコン上で簡素なドット絵として活動するというものだったから張木の魂消ようは無かった。

 部屋を移動した際に、まさかと思いながらも物は試しと起動させたファミコンが、強い熱を発しながら、繋がれたブラウン管にクラモンだとなんとかわかるドット絵を描いて動いていたのだ。また、容量は優に五ギガバイトを超えているクラモンが己をファミコンに最適化して活動できたという事実が張木を再び驚かせた。

 また、クラモンのドット化から、現代のゲーム機器からすれば化石と称せるファミコンすらもネットワークに組み込まれているという事実に気づかせた。外部との通信機能を持たなくても電子機器として本当に最低限の制御機能を持っていれば、むしろ電気さえ通っていればネットワークに組み込まれているようだった。

 

 色々な事柄から、クラモンはインターネットのみならず電気を介在して行き来している可能性があると張木は思い至った。ともすれば情報の網は電気にすら張り巡らされているのかもしれないとも。また、クラモンが存在する場所はパソコン内部やスマホなどではなく、もっと奥にあるストレージ、目に見えぬ電子の海だとも考えられた。

 

 

 

 クラモンは張木と同様、朝の7時に目覚め、夜の23時に眠りに付く。そして、昼寝は13時から14時まで行う。

 食事は日に三度、朝は七時時三十分、昼は正午を過ぎてから、夜は十九時、そしておやつを十五時に一度ねだる。食にも好みがあり、データの内容が直結しているようで、炭素研究についての情報ばかりを食すようになっていた。

 人間のようなライフスタイルであるが、適応するかのように、細かい部分は張木に合わせていた。

 

 さらに一日に何度か糞をする。ディスプレイ上で糞をされた時、興味を持ってその糞を調べたが、データは壊れていてどうすることもできなかった。壊れた状態のデータを排泄するということは、自身に有用なデータだけを引き抜いたのではないかというのが張木の予想だった。

 

 謎のインターネット不調の煽りを受け、休校となっていた学校が再開された。ネット不調が起きた初日には、学校側は教員などには不便を強いるが学業には何の問題も生じないと判断していたが、信号の管理システムが無茶苦茶になったことや繋がれていた古いパソコンが発火したことなどの諸々が積み重なり、恢復するまでは休校と相成っていた。

 情報という歯車が止まった影響は広く、そして深い。今また動き出したが、元通りということは有り得なかった。

 

 久方ぶりの教室で、休校だった為に間が少し空いて何処とないぎこちなさを織り交ぜながら、張木は級友たちと言葉を交わした。話題はやはり変異したインターネットを主とし、徐々に噂話へと推移した。分かりきっているインターネットの話題よりも、張木の関心を惹いたのは電子生命体の都市伝説だった。

 蓄積された情報は新たな生命を生み出し、それが世界各地で生命の息吹を挙げているというもので、その生命は人と異なった外観をしているという話だ。懐疑的に見られているそれが張木には身近なことだった。その都市伝説は地上の生物とは根本的に祖を異なった新たな生命が、世界の何処かで生まれ続けていることのみで締められ、その生命についての詳細は論じていなかった。

 

 張木が得られたことと言えば新たな生命のデジモンという総称だけだ。0と1によって構成される怪物のような外観の生命、デジタルモンスター。全てに満ちる情報のように、世界を仕切る数字のように、そこに在るだけだ。

 

 目的、発生理由すらも不明の、デジモンが在るだけ。

 

 

 




ファッションキチガイが人気あるそうなので、挑戦してみました。
普段の善人キャラや熱血キャラは無限遠の先に置いてきたので何もかもが大丈夫です。

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