実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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タイトルをひらがなにしたくなるほど内容がハートフルすぎぃ><


ぐしゃぼん2

 

 --1

 

 甘味が食べたいのだとアピールしてくる魔人きらきーを召喚、その代わりに眠ってしまったチルノを送還する。

 俺みたいな木っ端のサマナーが魔人を仲間にしていることに驚いたのか、アティさんが目をまんまるにして何度もぱちぱちと瞬かせていた。

 まあ、確かに魔人はレアだよね。

 俺の力量だと仕事で滅多に見ることないし、魔王はあるけど。

 魔王はそもそも人生で一度あったら不運って話なので、俺の運は枯渇してるのかもしれん。

 ただ、その不運な巡りのおかげで出会えたチルノとかルーミアが可愛いからプラマイゼロの可能性もあるっちゃある。

 

 落ち着いたのか、アティさんは魔人きらきーの少し上の中空を凝視していた。

 やっぱ強いと何となくわかるのだろうか。

 クリームソーダをノリノリでパクついている骸骨、魔人デイビットはこの世界に介するための道具に過ぎないこととか、その本体である雪華綺晶が別の次元にいることとか、色々と。

 強いって羨ましいけど大変だわ。

 

 俺個人の力ではきらきーの本体について視ることも感じることもできないが、『邪教の館』でルルーシュに補助してもらって一度”見た”ことがある。

 魔人である骸骨の手足に茨が巻き付いており、まるで操り人形のようだった。

 茨はその頭上数メートルほどの中空へと伸びており、その先は奇妙な歪みがあるだけだった。

 その歪みはルルーシュ曰く特殊な異界らしく、魔人デイビットを召喚することで一時的に開き、この世界に影響を及ぼすことができるという話だ。

 

 こうしてみるときらきーが物凄く強そうな話だが、実際は不明だ。

 異次元の扉を開くためのエネルギーはかなり多く必要だが、だからといって中身が強いとは限らない。

 弱いとも限らないけど。

 きらきーからちょろっと話を聞いたのだが、本隊の彼女は核しか無いらしく、それも剥き出しらしい。

 核というのは悪魔を構成する重要な器官で、ここが壊されると現界できなくなるのだとか。

 普通はマグネタイトと炭素を練り込み、擬似的な肉体を得るが、きらきーにはそれが無理だとも言っていた。

 設計図を持っていないのが原因のようで、何かしらの方法で殻を得なければ現実には出て来れないようだ。

 マグネタイトで無理やり肉体を練れば一時的に限界できるとドヤ顔で言われたが、異界の扉をきらきーが出て来れる程度まで開き、次いで殻を練る必要があるのだから、彼女が日の目を見ることは無いように思える。

 

 相手は悪魔だし、俺と価値観は異なるのだろうけど、不憫だと思ってしまう。

 殻が無いと言うことは何にでもなれるということでもある。

 彼女はどんな姿になりたいのだろうか。

 

 

 

 

 害を及ぼすことは無いとわかってくれたのか、緊張気味だったアティさんはお茶を飲むのを再開したようだ。

 もう既にきらきーの茨よりもルーミアにケーキを食べさせる楽しみへとアティさんの興味は移っていた。

 きらきーの対有機生命体コンタクト用スケルトン・インターフェースはどう見ても骸骨とかゾンビなので、アティさんの気は引けない。

 アティさんとルーミアの様子をじっと見つめる姿は、何か感じ入るモノがあったのだろうかと思わされた。

 ほら、とフォークでチーズケーキを切り、骸骨の口元に持っていく。

 特に隔たり無く骸骨はケーキを咀嚼していた。

 何も言わないが、空洞の眼窩が俺を見つめていた。

 もっと欲しいのだろう。

 まあ、好きにするといいさ。

 半ばルーチンワーク気味にケーキを食べさせるが、それでもどことなく嬉しそうだった。

 アティさんもちらちらとこちらを見てくるのだけれど、チーズケーキが好きなのだろうか。

 

 

 

 

 

 ルーミアにパフェを与えながら、アティさんと仕事の話を進めることにした。

 最近は手当が増え、福利厚生もカバーしてくれるようになってきた。

 任務中なら経費として食費とかも出してもらえるので、好き勝手飲み食いしてもいいんだが、仕事を終わらせないと帰れないのだからやるべきことはやっておこう。

 

 現状、俺の仕事は二つある。

 一つ目は以前『邪教の館』で倒した異能者が後見人となって面倒を見ていた少年だか少女だかを育てることだ。

 これは長期的な任務の上、達成の判定が不明なので流れに身を任せればいいだろう。

 二つ目は龍脈の調査であるがこれは厄介だ。

 確かに龍脈の情報はオカルトに連なる者なら興味を持つが、そもそも俺たちのような日陰者が龍脈の管理に執心するはずがない。

 何をするにしても規模が小さいため、都合よく使えるときに勝手に使う電気泥棒のような動き方で問題ないのだ。

 本来の意味としては非友好的な連中に力を誇示するという体面の問題であり、平和解決は望まれていない。

 表裏の治安組織が動かない程度で暴れ、相手に損傷を与えることで、師匠連が舐められないようにする、これらをクリアして初めて任務達成だ。

 下っ端だからと面倒な仕事を回されたものである。

 単騎でやらせる仕事ではないとしか思えないし頭が沸いているのかもしれん、それとも誰かしらが東京で魔王召喚でも行おうとしているのだろうか。

 

 そんなわけなので、アティさんの助力が得られるかもしれないのは大変有り難い話だ。

 完全に味方と信じるには良くないと普段から言われるが、ここまで近づかれて敵だったら詰んでるので問題ない。

 そのアティさんは、無色の派閥の調査、というか追跡している状態だ。

 龍脈に手を出しているかはわからないが、周辺で活動しているのはわかりきっている段階だとか。

 無色の派閥に対して闇雲に強いアプローチを掛けると逃亡され、探すのが難しくなるので、重要な状況で致命的な一撃を与えたいと考えているようだ。

 ちなみに俺に声をかけたのは、特に理由もなくなんとなくらしい。

 しいて言えば普通そうだったというか。

 脳内お花畑感漂ってる。

 

 マジであたまだいじょうぶっすか……^q^

 

 

 

 アティさんについてかなり心配になりつつ、話を進める。

 目下のところ、俺たちが行うべきなのは情報収集だ。

 龍脈について調べ、烏の視界に入らない場所を洗う必要があるだろうか。

 土地勘はある程度はあるが、やはり十分ではない。

 俺の知っている龍脈に沿った魔力溜まりや霊地は有名すぎる物しかなく、無色の派閥がアクションを起こしても勝手に烏に見つかって蹴散らされるだけである。

 目立っていない場所は力が微弱すぎてちょっとした心霊スポットでしかない。

 わざわざ日本に来てまでヘマを起こす阿呆だったらこっちとしても撫で斬りにすればいいだけなのだが、さてどうしたものか。

 

 このままだと進展は望め無さそうなので、アティさんと別れて行動することにした。

 ただ、アティさんが一人で行動するのは寂しそうなのでルーミアをお供に付けた。

 ルーミアは闇を操るので日が暮れれば隠密性能が高まるし、アティさんも気に入っていたようなので、親交を深めてもらいたいと思ったわけだ。

 魔王の呪いに無駄に集まっていたマグネタイトをルーミアに吸わせる。

 また、呪いが集めていたマグネタイトを結晶化させた不活性マグネタイトの塊もお弁当として持たせる。

 魔王がこちらの世界に来るためのマグネタイトだが、ルルーシュが抽出するコツを教えてくれた。

 やっぱルルーシュってすげぇ!

 

 戦闘があろうとも今日は供給しなくても問題ない程度には与えられたはずだ。

 というか、結晶を齧ったらかなりのレベルになるだろう。

 まあ戦闘は生じないから意味ないけど(フラグ)

 

 ちなみに、ルーミアに手作りのお弁当だと言って不活性マグネタイトの塊を渡したら「ずるい」「依怙贔屓ですわ」「わ、私も欲しいです」などと騒がれたので、結局チルノときらきー、アティさんにも振る舞ってしまった。

 これがサマナーの甲斐性ってやつらしい。

 魔王の痣が役立った珍しい場面である。

 

 

 

 

 

 場所を移して『邪教の館』でルルーシュに話を聞くことにした。

 蛇の道はなんとやら、俺よりも裏稼業歴が長く知恵を持っているのだから頼ったほうが良いに決まってる。

 借りを作ることになるが、いずれ返してもらうからいいのだとルルーシュも言ってくれた。

 いずれ『俺はルルーシュとの約束は絶対に守らなければならない』のだし、代わりとして存分に外付けCPUになってもらおう。

 

 ルルーシュが東京の地図を広げ、龍脈に印をつけた。タワーや皇居を中心とした広い範囲が龍脈の影響下だ。さらに地下空洞にも印を付けていく。大雨などで処理しきれない水を流すための、人工的な空洞だ。東京にはそういった空洞が数多く作られている。

 最後に、最近起きた事件をマッピングすれば完成らしい。

 一般人が起こした殺人などの事件を省き、裏で出回っている警察内部などの情報が得られないようなオカルト的な出来事を絞れば作業は完了だという話だ。

 俺たちにとって一般の問題は淀みでしかない。

 大事なのは世の中から浮いた噂や幻といった上澄みのみだ。

 

 上記の作業から重要な地点が浮かび上がってきた。

 それらの地点を集計すると、山手線沿いに等間隔で半円を描いていた。

 地脈の流れからは有り得ない魔力溜まりが若干だが生じている地点も複数個所が確認されている。

 それらの地点では多数の行方不明者や妖怪の目撃情報、周辺での異臭騒ぎなどが起きているが、原因が特定できず、ガス漏れによる騒ぎとして収拾が付いている。

 奇妙な現象が起きるのは決まって満月のようで、無色の派閥の息が掛かった連中が観察されているとか。

 しかも満月の一夜だけで複数の地点に、それぞれ集まっているようだ。

 

 得られた情報を組織に送る。

 真面目にこの事件の解決は俺には厳しい。

 任務終了として解放してくれないだろうかと一縷の期待を込めた。

 が、駄目。

 突入してこいよオラァ!という任務を新たに頂いた。

 

 はぁ……。

 あー、ないわー。

 マジないわー。

 ソロサマナーを、外国が拠点のダークサマナー組織にぶつけるとかマジないわー。

 

 流石に複数点の攻略は無理なんですけお……と泣き言を伝えると、俺が対応できない場所に師匠連の幹部級が幾人か投入されるらしく、中にはアシタカの爺さんも参戦するようだ。

 俺をダークサマナーにした爺さんとか複雑な心境である。

 いやまあ、あのままだったら普通にぶち殺されて家を取り上げられていただろうから、恩のようなものはあるけど。

 ただ、家が異界化しているので帰る許可が降りないというか接収されているというか。

 

 

 

 ルルーシュとナナリーと一緒に茶を飲む。

 男はいつだって優雅たれ、ってやつだ。

 機械的だったナナリーも少しは人間っぽさを感じられるような気がする。

 仕事マジだるい死ぬ、と愚痴ってたらルルーシュが参戦してくれることになった。

 ルルーシュ自身は未だ中立でいる必要があるので、弟のロロと作ったばかりの円卓タイプの造魔が出張ってくるらしい。

 弟のロロなら襤褸雑巾にしてもいいとか。

 ブラコンすぎる気がある以外は良い子なのに、報われなくて可哀そう。

 ロロは「兄さんが僕を頼ってくれている……!」とヘヴン状態だった。

 ……本人が幸せならいいと思います。

 

 邪教の館は中立なのだが、代理とはいえ戦力を出していいのだろうかと疑問が一つ。

 ルルーシュの答えは「どうせ誰もがそんなことを気にしている暇など無くなる」だそうだ。

 意味深だぜぇ……。

 

 

 

 

 

 --2

 

 目の前をゆっくりと飛ぶルーミアの後を追いながら、アティは雑踏の中を進んでいた。

 輝くような金髪の美しい童女の様を呈したルーミアは、その実、周辺に存在する人間を一瞬で肉塊へと変貌させるほどの力を秘めた妖精であった。

 だが、誰も、何の反応も示さない。

 人形のように整っている容姿にも、眩いほど美しい金色の髪にも、宙を飛ぶという怪奇にも、どれほど目立っていようとも、誰一人として目を向けない。

 人は強さに惹かれ、恐怖から目を逸らす。

 それが本能だった。

 そんな本能を利用した隠密は、悪魔が蔓延る世界の裏では常識だった。

 悪魔が飛んでいても見えず、超人が生活していても誰も気づかない。

 歪こそが常識だった。

 強くなるほどに一般人にバレることは極稀となり、重火器を携行しようとも気ままに街を歩くことが出来る。

 もちろん、映像記録として残るが、やはり気付かれることは少ない。

 

 誰も、ルーミアを見ない。

 誰も、アティを見ない。

 見ない、見えない、見たくない。

 強さの代償があるとするならば、世界から消えたように扱われることだろう。

 他人と接する煩わしさを排する代わりに、誰からも手を差し伸べて貰えない。

 普通を忘れ、孤独を癒せない。

 

 一般に溶け込むように必死に力を抑え、壊れないよう繊細に扱いつつ自ら相手にアプローチする、そんな行程を踏めば一時的にだが、常識の世界に紛れることは可能だ。

 だが、それは紛い物の結果でしかない。

 自身を抑制した、我慢の末の結果。

 神経をすり減らし、緊張で息苦しく感じて、繊細な作業を繰り返し、そしてひどく面倒な手順の末に得られるひと時。

 これが代償であるならば、重いのか、軽いのか、アティは思考し、やがて止めた。

 意味の無い物だ。

 今更弱くなれない、なりたくない。

 それでも、普通を求めてしまう。

 だからこそ、昔のように、穏やかだった日常を送りたいと望んでしまう。

 

 キノや仲魔の妖精たちとの邂逅は、忘れかけていた日常を思い出させてくれた。

 あれは掛替えの無い物だった。

 思い出せば、もう一度あの穏やかな時を過ごしたいと思ってしまう。

 一度だけでは無く、何度でも。

 まるで麻薬のように依存してしまうほどに、心の飢に染み入る甘美さだった。

 とはいえ、最後に出していた魔人には驚かされたが。

 アティよりも遥かに弱いとはいえ魔人だ。

 それを仲魔に持つには、強さは勿論、死人が生き返るような、魔王と出会ってしまうような、細くて奇妙な縁が必要だ。

 キノは、彼は、どんな人なのだろうか。

 あの穏やかな雰囲気に誘われるように声をかけるには、早計だったのかもしれない。

 だが、やはりあのひと時は堪らなくなるほどに魅力的だった。

 

 

 

「上の空だけど、どうかした?」

 

 前を飛んでいるルーミアが、身体ごとアティへと向けた。

 透き通るように赤い瞳には疑問が浮かんでいる。

 後ろを振り向いたままだというのに、止まらずに飛び続けている。

 それでも誰にもぶつからずに進んでいるのだから器用な物だ。

 速度は変わらず一定。

 車並みの速さは出ているのだから、決して遅いわけではない。

 もしも一般人に衝突すれば、最悪の場合、鉄臭い柘榴が生まれるかもしれない。

 それでも誰も犯人には気づかず、埋没していた不発弾による不幸な事故として処理される。

 運が良ければ下手人は裏の怖いお回りさんに一刀両断とばかりに処理されるが、静かにすべて終わりを迎える。

 

「ああ、いえ。何処に向かっているのかと思っていまして」

 

「……お薬屋よ」

 

 誤魔化すように返答したアティの言葉に、苦々しげにルーミアも答えた。

 薬が苦いから苦手なのでしょうか、と内心でアティは首を傾げた。

 妖精の見た目は幼いため、どうにも子供を相手するような気持ちになってしまっていた。

 

「えっと、薬が苦手、とか?」

 

「別に、嫌いじゃないわ。サマナーが手ずから飲ませてくれるから」

 

 小さく消えるような声で「どちらかと言うと、好き」とルーミアが呟いた。

 悪魔が飲む薬と言えば専ら魔石である。

 人が発するエネルギーである生体マグネタイトによって編まれたその身体は、魔法行使ならずとも活動しているだけでもエネルギーを消費する。

 そんな体の薬といえば、やはり魔石などの不活性マグネタイトだ。

 ルーミアのサマナーであるキノは、自らが溜めた生体マグネタイトを超高純度の結晶として渡す特技を持っているのをアティは思い出した。

 生成した魔石を、あーんとばかりに彼は仲魔に飲ませるのだろうか。

 

「そうじゃなくて、魔女がいるのよ。C.C.(シーツー)って性格が捻じ曲がってるのが」

 

「あー、そういう理由で……」

 

「あれはダメなのよ。ヒトの魂を捨てたから殺しても死なないし溶鉱炉にでも押し込んで溶かし続けないと。底意地が悪いあれをサマナーに近づけてはいけないの」

 

 悪魔に関係する者たちは、大抵何処かの螺子が吹っ飛んでいる様だ。

 魔女の類は密かに薬などを売ってくれるが、性格は非常に悪く、難題や罠を仕掛ける者も多い。

 悪魔を研究しているだけの研究者や錬金術師のほうが、好奇心を満たすだけで満足するため、時としてまともだ。

 

「嫌なら戻りましょうか? キノさんも何も言わないと思いますけど」

 

「情報集めに関してはサマナーは気にしないでしょうけど、私には中二に渡された荷物があるのよ。サマナーのためにも、これを届けないといけない。届けなかったら今度はサマナーが直接出向くわ。それは駄目」

 

 現在向かっているその魔女とやらが気に入らないであろうルーミアは、眉間に皺を寄せていた。

 行きたくないのに行く、というジレンマが無邪気な妖精に、人間さながらの様相を与えていた。

 

「あれは馬鹿で阿呆の癖にサマナーを困らすから。サマナーは片腕なのにピザを焼かせようとするのよ。サマナーには義手があるから不便だろうともサマナーなら問題ないけど、それでもピザを焼くのは間違っているわ。サマナーは優しいから文句も言わずに焼くのだけど、サマナーの手はあんな馬鹿尻のピザを焼くためにあるんじゃないのに。そもそもあのしりーつーなんて卑猥なバカ魔女は食べなくても死なないクセに無駄に食欲に溢れていて……ほんっとデブになって糖尿になって好きなモノを食べられずに苦しんで死ねばいいのに」

 

 サマナーは、サマナーは、サマナーは……。

 ルーミアが延々と魔女とやらの文句を交えつつ、サマナーを連呼し、やっぱり私がいないとダメなのよ、と締めた。

 アティが思い返せば、サマナーであるキノから離れた時も少し不満そうだった。

 

「キノさんのことが好きなんですね」

 

「それはまぁ、当然」

 

 濁った瞳でルーミアが呟く。

 ルーミアの脳裏に浮かぶのは、人々の信仰によって燦然と輝くあの太陽の化身だ。

 あれは人に愛されていた、だから強かった。

 その強さに興味があった。

 それだけだった。

 

「あの雑魚ぺ天使よりも、ジャンク似非魔人よりも、ずっとずっと……」

 

 愛し、愛されたい。

 熱に浮かされたように頬を赤らめたルーミアの口の中で、その言葉は音とならずに溶けて消えた。

 

「はあ、羨ましいですね」

 

 その様子を見ていたアティが、不満げに言う。

 悪魔に分類される妖精ですら平穏を持っているのに、人間のはずの自分はなんて殺伐とした世界に生きているのだろうか。

 

「存分に羨ましがるといいわ、悪魔人間」

 

「……まだ悪魔人間じゃないです。半分以上人間です」

 

「でもそれって無理な儀式を為したせいで合体する際に悪魔側の自我が空っぽになっただけでしょ。ああ、でも触媒を考えるとデビルシフターのほうが正しいのかしら」

 

「……普段は人間ですから」

 

「そーなのかー」

 

 棒読みのルーミアに、ぐぬぬとアティが口を噤む。

 何を言っても、童女に煽られるだけなのだから、大人しくなるしかない。

 キノの前だと無口で可愛いのに、とアティが内心で呟く。

 

「でも戦いになると人間ではなくなるんでしょ」

 

 にやにやと笑いながら飛び続ける妖精の後を追う。

 

「サマナーは何時までも何処までも普通よ。弱いけれど貴女が望む物を持っている」

 

 キノはアティが失った、陽だまりのような平穏の中にいる。

 安らぎを持っている、与えてくれる。

 怯えず、尊重してくれる。

 普通を思い出させてくれる。

 人間として、愛されるべき個として、生きられる。

 仲魔である妖精たちは、当然その恩恵を受けている。

 アティにはそれが羨ましく、ひどく妬ましい。

 

 普通で居られるのなら、力など要らなかった。

 何も無いから、復讐のために力を求めた。

 ただの人間でいたかった。

 偏見なしに、普通に愛されたかった。

 

「サマナーは凄いのよ。魂がヒトのまま、強くなっている。小さい器が、危機に瀕すると無理やり大きくなる。その限界を超えるときに放たれる魂の輝きは尊くて美しい。その魅力は、きっと本物の悪魔にしかわからないわ」

 

 弱い様を愛し愛されるのも、強くなる度に輝きに魅せられるのも、どちらも素晴らしくて心地よい。

 熱の籠った言葉でルーミアがアティに告げた。

 

「でも、穏やかに過ごせる陽だまりは愛故に有限よ。だってサマナーは聖人じゃないもの。誰も彼も手を差し伸べて愛する、なんて叶わない」

 

 外から見てるだけの貴女は今、どんな気持ち?

 ねえ、どんな気持ち?

 と、追撃とばかりに仲魔として安置にいるルーミアが煽る。

 幼気な妖精はその小さな身に愛を受け続けられる。

 

 アティは仲魔になれない、人間だから。

 人間で居たいから。

 友として、時折与えられる陽だまりの端で安穏とみじめに眠るのか。

 それとも深く踏み込んで、元いる住人を押し出して陽だまりの一角を占領するべきか。

 

「何にせよ、サマナーの隣は私の場所よ。欲しければ奪ってみたら? ……できるものなら」

 

 今を逃せば孤独に戦い続けてひっそりと歴史の裏で眠る事を約束される女を前にして、残酷な妖精が囀った。

 暴力が支配する世界で、億が一の奇跡で出会えるであろう平穏を与えてくれる餌を吊り下げられて、アティは自ずと歯ぎしりした。

 

 

 

 

 

 目的地に辿り着いた先で起こる魔女vs闇妖精の仁義無き争い。

 それが飛び火して、二人の悪女から「平穏が無くてNDK」を連呼されたアティがブチギレて開催される大乱闘スマッシュシスターズまで、あと十五分。

 

 

 

 

 

 --3

 

 件の儀式が起きる満月まであと一週間くらいだ。

 それまではちょっと長い休暇として、遊んで過ごすとしよう。

 事件が起きる前に組織として師匠連が動いているだろうが、末端の俺は戦闘準備だけである。

 事件を止めるのは、其処彼処で情報が流れているらしいし、ヤタガラスとかメシア教、ガイア教などのメジャーな役どころが頑張って何やかんやしてくれるはずである。

 

 ヒーローがパパッと事件を解決してくれたら仕事も簡単に終わるので、ちょっと期待してみたり。

 俺たちのような社会の歯車は会社の利益のために邁進するだけだ。

 儀式が完遂して詰みの状態が出来上がったら諦めればちょちょいのジョイやで!ってのが気楽に裏社会を生きる方法だ。

 

 アティさんもどうせ相手の首魁は本番まで出張らないだろうってことで息抜きしている。

 お人よしというか、正義感を持っているというか、そんな雰囲気の人だから毎晩儀式場を荒らして都会で事件を起こさせるのを辞めさせようとするのかと思ったが、それだと首魁がぶっ殺せないじゃないですかという明瞭なお返事を頂いた。

 そもそも、自分たちを見ない相手を助けるほど暇じゃないとも。

 

 一理、というか万里ある。

 ファミレスに行ってもレベル差のせいで頑張らないと無視されるし、一般人とは縁が結べず関係がひどく薄い。

 助かりたかったら助けを求めてくれないと。

 まあ、縁が薄いから助けられるような場面に出くわすなんて有り得ないだろうけど。

 流石に見えない場所で死なれたら手は出せないし、こればっかりはしょうがない。

 

 

 

 

 

 --4

 

 無色の派閥によって儀式が行われるであろう日が来た。

 ヒーローによって全て解決、とは行かなかったらしい。

 三日前くらいから空気中のMAG濃度がちょっとした異界クラスになっていて、ちょっとした霧のようなモノが視界を邪魔するようになった。

 集団で倒れる事件やペルソナや守護天使といった異能に目覚める事件が多発していたことを考えると、かなりよろしくない状況だ。

 仲魔を現界させておくコストが掛からなくなってお得だが、逆を言えば悪魔が闊歩しても可笑しくない。

 何故悪魔が居ないのかと言えば、急な異界化でMAG濃度が不安定だからとか、異界が浸食されていてそれどころではないとか、そういうのもあるが、集まっている異能者たちが狩りつくしているからだ。

 なかなかのお祭り状態だ。

 

 ちなみにこのお祭りの先駆けは、俺たち中小企業の期待の星であるファントムソサエティだった。

 再開発された天海市でなんかテロって、クズノハDQNのキョウジが投入されたらしい。

 うーん、虐殺が起きるかもしれん。

 

 で、二番手が悪魔召喚プログラムをばら撒いたマジキチテロリストであるスティーブン氏だ。

 今度はテレポートし放題な超技術の塊であるターミナルをばら撒いたらしい。

 何処の組織も欲しがって、輸送先の修羅の国福岡が血みどろ大戦争中だ。

 

 次いで、三番手がフィレモンとかいう変態とイゴールとかいう鼻が凄いやつらである。

 俺は情報で知っただけなのだが、夢や無意識に現れてペルソナと呼ばれる超常能力をばら撒いてくださいました。

 ニャルラトホテプ説が浮上、夢すらも安全ではないとか悪魔って怖い。

 

 まだまだいるよ、四番手。

 なんと未来から来たという男が率いる『パルチザン』という組織が、俺の所属する師匠連のような中小企業に前口上なしに殴りかかり、メシアやガイアに唾吐いたらしい。

 情勢を知らないDQNは怖いぜ。

 

 驚愕の五番手、天界からの使者と騙るカルマ教会。

 こいつらはなんかわからんが、デビルシフターと呼ばれる悪魔に変身できる連中を解放してくれた。

 魂の均衡が不安定なデビルシフターは、外部から取り込んで安定しようとして悪魔を食うのだ。

 物足りなければ人間を食ってMAGを求める可能性もあるので危険なのは変わりない。

 

 試される大地に穴が空く、六番手はなんと未知の力によって北海道に空いたシュバルツバースだ。

 以前から裏では常識のように情報がやり取りされていたが、特になんのアクションもないまま、謎のエネルギーを放っている穴だったのだが、いきなり悪魔が飛び出すようになった。

 試される大地は異能者をも試すためにレベルアップしたとでも言いたいのだろうか。

 

 世界の滅びを告げる御使いですらここらで手を引くというのに人間はアクセル全開、七番手。

 東のミカドとやらから侍が来たらしい。

 これは流石に意味不明である。

 

 人間は手加減を知らないのか、八番手。

 陸軍がクーデターを起こした。

 重火器を持ってる軍人が東京の其処らに溢れるようになったが、むしろ治安が維持されるくらいだ。

 悪魔退治も命がけで頑張ってくれる。

 自衛隊ってすげぇ、だって悪魔も倒してくれるんだぜ。

 

 若気の至りは何処まで行くのか、十番目は都内の学校で魔界直通の扉をちょっと開いた奴がいるらしい。

 あまりの非常識な事態にライドウがぶっ飛んで行ったと聞いた。

 

 泣きの十一番目、翔門会。

 メシアやガイアと異なる日本独自の宗教らしい。

 なんかぽつぽつと活動している目立たない組織かと思わせておいて、東京の結界を維持する四天王をぶっ殺してくださいました。

 日本人にとっては最高に非常識である。

 こんなことしたら東京が死んで魔界が生まれても知らんよ、俺は。

 

 華やかなる十二番目。

 ガイア教の一部がミロク経典とやらに基づいて、無色の派閥と抗争を開始。

 儀式場をいくらか奪ったらしい。

 謎儀式を妨害できていることに喜ぶべきか、変な連中が元気なのに困ればいいのか。

 

 そして大トリにしてユダ的、十三番目。

 無色の派閥である。

 今夜、満月の元で東京の民を生贄にして魔王召喚を行ってくれるらしい。

 流石の大トリだ、スケールがでかい。

 

 以上がルルーシュ先生によるお祭りのプログラムだ。

 これはもうなるようにしかならないね、と路地裏で白いマスコットのルシべえと愚痴った。

 ルシべえも一柱の悪魔としてお祭り気分で来たらしいが、事情通らしく、詳細を知ってやる気を失ってた。

 満ち足りすぎる世界は良くないとのことだ。

 どういうことかと聞くと、普通はどれか一つの事件が起きて、それに対応するヒーローのような主人公的人物が現れたりするらしい。

 で、今回は善悪が満ち足りているので、こんな酷いことになっているとか。

 連鎖的に起きている理由は、一つでも事件が完遂すると他の運命が滞るので、一気に運命やら縁やらが流れて現状が起きているのではないかと推察してくれた。

 「やっぱサイコロ振らないハゲって糞だよね」という有り難いお言葉を残し、ルシべえは大きな蠅に連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 そんなわけで、魔王召喚の今日に至って運命とやらのせいなのか静かにしていた悪の組織的な奴らもゲリラ的に動き出したりと、ひっどい状況である。

 悪役絶対殺すマンな絶対正義クズノハお得意の前転撫で斬りにも不可能があることが知れて喜べばいいのか、嘆けばいいのか。

 正義の裏公僕ヤタガラスの人員がカツカツって噂になってたが、どうやら本当らしい。

 悪の芽は誰の心にもあるし、善を成すより簡単だってやつだろうか。

 善悪の彼岸は実は悪のほうが近かったという悲しい現実を知ってしまった気分だ。

 まあ、俺にとっては儀式が行われても即時詰みでリセット、という状況でもないので悪くない、むしろかなり良い状態だ。

 

 今日の昼までアティさんとゲーセンやカラオケ、バッティングセンター、ボーリングなど色々と遊んで回った。

 観光もしたし、皇居などのクズノハのお膝元に行ってみたりもした。

 カプセルホテルに泊まった時など、アティさんは変に喜んでいた。

 お気に入りは気温や健康状態でおススメを選んでくれる、会話できる自動販売機だとか。

 そーなのかー。

 

 後は異界巡りして霊格を取り戻す作業も行って、俺を除く全員が50ほどになっている。

 召喚プログラムの契約は物凄く高名な人物たちが連盟で縛り付けるわけだが、サマナーのレベルを超えればお飾りなのだ。

 街中で契約無しの悪魔を連れ歩いている俺は完全にマナー違反となっているわけだが、注意に駆けつけるはずの怖いお巡りさんはお仕事で俺などに構っている暇もない。

 チャンスとばかりに溜め込んでおくのが気楽に仕事する秘訣なのだ。

 運がいいのか悪いのか、MAG濃度が高まったお蔭で、魔王の痣にもマグネタイトがじゃんじゃか溜まる。

 マグネタイトの操作技術をルルーシュから教えて貰っていなかったら、危うく俺が魔王召喚者となって東京を混沌に陥れるところだった。

 もう二週間ほど期間があれば師匠連の本部にお土産として半端な魔王召喚テロで足抜けできるくらいにマグネタイトが溜まりそうだが、残念ながらそこまで行くと今度は東京が幾らか魔界と繋がって、やばいことになる。

 諦めて結晶化し、お弁当作りをしておこう。

 

 

 

 

 

 霧で少し視界の悪い通りをアティさんやチルノと食べ歩きしていると、楽しそうにメシア教の一般信徒が布教活動していた。

 レベルも高そうなメシアンもちらほら見かけた。

 その近くでガイア教のお坊さんが托鉢してたり、ガイアーズの構成員が暴走行為に及んでいたりと自由。

 ポン刀装備のジャパニーズYAKUZAにアティさんが珍しがったり、山犬がもりもりと敵対組織の人員を食っていて俺が驚いたり。

 フリーのサマナーが悪魔をと連れ歩いてるのもよく見かけるし、マーセナリーが装備を凪いでいるのとすれ違った。

 複数の中小的な秘密結社も顔を出しているし、紅の手袋の構成員が路地裏で頭をもぎ取られていたり、世紀末の様相を見せている。

 おそらく嘗てないほどに、東京には悪い奴らって呼ばれる人たちが集まっているのだろう。

 先日、五島陸将が戒厳司令官となってあまり外を出歩けなくなったというのに、呑気な連中である。

 でもまあ、一般人が少なくなってきたので、温厚な悪魔が屋台やってて食べ歩きのバリエーションが広がって楽しいのでこういうのも悪くないよね。

 

 

 

 とはいえ、最大規模の儀式が起きる今夜は、もうなんか色々と凄そうだ。

 事体を大きくすることは何処であろうと誰であろうと一律で望んでいないのだろうが、少しでも利を得るために切り捨てられる首を突っ込むのだろう。

 そいつらが全員、大人しく事を終わらせることができるかといえば、勿論有り得ないわけで。

 力を持った連中に民度や倫理なんて期待できるはずもなく、平和を謳いながらも選民するであろう組織力最大規模のメシア教に鎮静が行えるはずもない。

 一夜にして巨大な火薬庫で花火パーティーだ。

 こんな平和な日常が一気に東京大戦争になるかもしれん。

 

 うわぁ、なんだ家に帰りたくなってきた。

 

 

 

 

 

 師匠連から人員の配置場所が送られてきた。

 もう仕事してる場合じゃないと思うのだが、送られてきたのなら忠実に熟さないと禍根を残す。

 とりあえず俺も様子を探る必要があるので、テキトーな場所に行くことにした。

 まあ、テキトーと言ってもルルーシュが元凶が居そうな場所を数点まで絞ってくれたので、そのいくつかから選んでいるのだが。

 

 アティさんは無色の派閥の首魁と因縁があるので、最後まで一生懸命悩んでいた。

 こういうのは時の運だし、執念よりも偶然が勝つこともある。

 面倒になったので「ここが良いと思う」とルーミアが指した場所に仲良くなった二人で行ってもらうことにした。

 互いに連絡を取り、儀式を邪魔したり敵を倒したりとなんか程よく頑張ろうと声をかける。

 重要なことは才能あるどっかの誰かがどうにかしてくれるだろうし。

 

 無色の派閥が儀式を行う地点は大小を合わせると1225か所。

 ふざけんな、とぶん投げそうになるが要所は実は7か所のみなのだ。

 中央の起点を太陽と見做した冬至の際の太陽系の星が連動する位置が要所である。

 依り代とか儀式の傾向とか過去に行った儀式、集まっている地点などから魔王ミトラスを呼ぼうとしているのがわかっているので、答えは瞬殺だったと俺たちのルルーシュ先生が教えてくれた。

 自力で調査したら詰んでた。

 多分クズノハ四天王の悪絶対殺すマンが1225か所をRTAしてくるだろうから問題ないと思うけど。

 

 

 

 

 

 お弁当、というか時間的におゆはんであるマグネタイト結晶を配る。

 超高純度な不活性マグネタイトなので悪魔には最高級の宝石にも劣らない価値がある、らしい。

 宝石には純度によっても左右されるが、魔力が宿るため、おやつなどに近い。

 そんな人間にしたら酷く高価なおやつを凝縮させて、味と価値を無限アップさせたのがこの結晶であるとか。

 なので食べるも良し、眺めるも良し、飾るも良しと悪魔にとっては使い道が無限大。

 霊格で言えばワンランクからツーランクは一時的にアップできる便利アイテムだ。

 魔王を現界させよう集まる凄まじいまでのMAGで、それを俺が横領しているのだから世の中どう転がるかわからないものだ。

 

 とはいえ、MAGが少しでも溜まれば痣の進行は進むのだから、応急処置程度で希望を抱くには価値が無さ過ぎる。

 痣が進み続けて何時か俺を殺した時に、マグネタイトが足りなければそこら中からかき集めて、死都と魔王を生み出すだろうからタチが悪い。

 未来への貯蓄を切り崩している感じがする。

 まあ、溜めていたら溜めていたで痣の進行が数十倍は早くなって元気な魔王を産むことになるので、貯蓄を崩し続ける予定だが。

 最悪、マグネタイトの無さ気な宇宙に打ち上げられて雑魚状態の魔王を奇跡的にぶち殺すか、宇宙の彼方まで飛び続けて魔王も地球から離れ続ける悲しき定めエンドというダイナミック自殺も考えているのだけど。

 

 

 

 とりあえず儀式場の激戦区であると考えられる中央にアティさんとルーミア。

 その近くに俺とチルノ。

 きらきーは一番遠いところでアリスゲームを開催するらしい、なんとも自由だと思えるが、儀式の妨害にはなるらしいので許可した。

 ちなみに、きらきーは霊格が安定したらしく白いドレスを着ている本来の姿を見せてくれている。

 突然、デイビットがガタガタと震えた後に倒れ、中空に漂っていた扉からにゅるりと呪われたビデオのあれの如く現れた時は何事かと思った。

 なおアティさんに悲鳴を挙げさせることに成功させていたので、不意を突くジャパニーズホラースタイルは偉大である。

 

 さあ今夜も頑張るぞ、と散開。

 サマナーが仲魔を一体と造魔を一体だけCOMPに入れて戦場に赴くってどうよ。

 

 

 

 

 

 移動中にピリリリリ、と俺のスマホに着信。

 幹部のエボシからだった。

 うげぇ、と顔を歪めながら出る。

 邪教の館で起きた事件の後に俺が育てることになった人物が、抗争の末に誘拐されたらしい。

 「簡単な仕事すら出来ないなら死んでしまえ、無能が」と一方的に罵り、通話を切る。

 別の部署の幹部だし、任務の難易度を挙げてくるし、仲が悪いし、しょうがない。

 これで仲が良かったら秘密裏に処理するが、嬉しいことにそんなわけも無い。

 部下を使わなかったのは直接連絡して目下の相手にも真摯な私をアピール大作戦だったかもしれないが、そんなん聞くわけないだろうがハゲ。

 師匠連にそれとなくチクっておいた、エボシのしょうもない罠だったとしても大丈夫そうな感じで。

 

 そもそも育成しろって無茶振りしといて、その人物はあっちで時間をかけて輸送とか洗脳か首輪を付けようとしていたクセに失敗したら許してって駄目でしょ。

 師匠連からビジネスメールで、マジで誘拐されたから可能なら頑張って取り返すようにと連絡が来た。

 華やかな祭り会場が、エボシとの権力闘争の場に変わりそうだ。

 エボシよりも早く取り返すか、エボシの勢力を削って嫌がらせをするか、もういっそのことエボシをぶち殺すというのが目的になった。

 反対に相手に先にされたら負けである。

 

 機を見るに敏、爺さんの持ち場はロロが突撃してくれる手筈になったのでアシタカの爺さんをエボシの下に送り込んでみよう。

 仲が悪いし、きっとお祭りそっちのけで組織の規律なんて無視して殺し合いに興じてくれるだろう。

 互いにボロボロになり、お祭りで死ぬ可能性も高い。

 そうなれば師匠連がすっきりとした見通しの良い組織になるかもしれん。

 俺って社内監査とかに向いてるんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 牛の首を切って血を浴びてる連中が見えてきた。

 あれが件の儀式だろう。

 戦場のど真ん中で畜生の血液シャワーを浴びながら戦闘ってどんな気分なんだろうか。

 遠目で見ている限りでも、異能者や悪魔が大乱闘を起こしているのがわかる。

 死に掛けたガイアーズの異能者が簡易の合体装置で悪魔人間に至ったり、ペルソナが暴走したが故に反転召喚されて影のような化け物になっていたり、デビルシフターがくっちゃくっちゃと食べ歩き、メシアンが自身を触媒として天使を降臨させて白い餃子になったり、軍がデモニカ部隊を投入したりと原始時代並みのような力こそが正義状態。

 帰りにデモニカを拾っていきたいところだ、きっと素晴らしい義手なりCOMPなりに化けてくれる。

 

 うーん、しかしこれは控えめに言っても酷い状況だ。

 しかも何が酷いって首魁が居るかとか儀式の傾向とか観察しなければいけないので俺も中に入らないといけないことだろうか。

 自殺願望者だってもっと死に場所を選べると思うんだけど。

 まあ、愚痴っていても仕事は終わらない。

 達成条件がいまいち不明となってしまったが、とりあえずこの儀式を行っている無色の派閥の首魁であるオルドレイクを見つけて上に判断を仰ぐとしよう。

 

 

 

 チルノに俺自身が保有するMAGを限界まで供給してCOMPに戻し、残ったエネルギーを魔王の痣に注ぎ込んでレベルを0近くまで落とす。

 魂がごりごり削られている気がしてしんどいが、隠密には最適である。

 強すぎることで世界から浮いたように見えなくなるという常識の裏で、あまりに弱すぎても世界から弾かれて消えてしまうという常識も息衝いている。

 世界から消えゆく霞のような亡者と、燦然と輝く信仰を集めた天使の存在が等価でないように。

 苛烈な輝きが、薄く矮小な影を消してしまうように。

 

 

 

 

 

 --5

 

「真紅はどうして戦うんだ。姉妹だろ? 仲良くできないのかよ」

 

「ジュン、貴方には前にも話したと思うけれど、それが私たちが作られた理由だからよ。人間だって時には争う、そうでしょう?」

 

「人間は兄弟や姉妹とは争わない」

 

「どうかしらね。何よりも、どんなものよりも価値がある物のためなら、わからないもの」

 

「ないね。そこまでの価値があるものなんて」

 

「あるのよ、ジュン。私たちには、それほどの物が。どんな花よりも気高く、どんな宝石よりも無垢で、一点の穢れも無い、至高の美しさを持った究極の少女、それがアリス」

 

「……姉妹を蹴落としてまで欲しい物なのかよ」

 

「そうよ。貴方にはわからないでしょう。人間である貴方には、人形でしかない私たちのことなんて」

 

「わからないね。そんなこと、わかりたくもない」

 

「……そう。きっとそれでいいのよ、貴方は。でも、私はアリスになれるのなら何だってするわ」

 

「……」

 

「……」

 

「……真紅、そのアリスって誰にとっての究極の少女(アリス)なんだ?」

 

「……お父様よ。そうなれるって教えてくれたもの」

 

「……それは、本当に真紅の望む姿なのか」

 

「……そうよ。私もそうなりたいとずっと願っているわ」

 

 

 

 

 

 

 

「……嫌な思い出だわ」

 

 nのフィールド。世界の何処にでも在って、何処にも無い場所。正と負の狭間。可能性の境界を跨ぐ領域。そこに無数に散らばる扉の一つと繋がっている世界で、赤いドレスを身に纏った人形である真紅は目覚めた。

 壁は無く、無限に広がるかのように白い空間が伸びている。アンティーク調の家具が揃っている八畳程、それが真紅が活動している空間だった。七十から八十センチメートルほどの人形大しかない真紅にはそれでも十分なほどに、そして煩わしいほどに広い。

 寝床である鞄から起き上がり、備え付けてある姿見の鏡の前に立つ。夢見が悪かったのを引き摺り、目付きの悪いままの己に苛立ち、更に悪くなる。これ以上は止めておこう、そう考えた真紅は眉間を指で伸ばした。その様は人間に酷似していた。

 ちらりと真紅が視線を向けると、机には紅茶が用意され、香りが部屋に広がっていた。望めば無機物が現れる。零と一が同居している部屋だった。

 

「……ひどい味ね」

 

 紅茶を呷った真紅が吐き捨てた。

 世界の狭間に流れたマグネタイトを利用したそれは、香りだけが本物の様だった。味など、遠い過去に楽しんだ物とは程遠い。

 そもそも、この部屋に本物など一つもない。紛い物ばかりだ。真紅自身すらも、きっと紛い物だ。

 

「誰か来た……兎かしら」

 

 真紅専用の異界と化した空間に、何かしらが割って入ったようだった。心当たりは一つしかない。無駄に広いnのフィールドを彷徨っている頭の可笑しい”ラプラスの魔”と名乗る兎が、時折現れるくらいだ。あれはもっと大げさで、演出過剰だ。

 ともすれば、招かれざる客だろうか。あの兎もそうだが、それ以上に会いたくない存在が、真紅には複数いる。かつて愛を紡ごうとして互いに裏切った人間、自らを奴隷のように扱うサマナー、そして……

 

「ああ、嫌なことって重なるのかしら」

 

「あら、御挨拶ですこと……。可愛い妹が遠路遥々来て差し上げましたのに、紅薔薇のお姉さま」

 

 自らの妹。

 

 

 

 

 

 更に鋭くなった目で、真紅は妹を睨む。以前までは体を構成するマグネタイトのみならず、概念や情報を持ち合わせていなかったために、醜い死骸の人形を依り代としていた妹を。

 

「……何かご用かしら、愚妹」

 

「ええ、ええ。ありますとも、お姉さま。お姉さまが姿を消して半世紀。復活する日を待ち望んで、やっと会うことが叶ったというのに……」

 

 半世紀、それが真紅が目覚めるまでに掛かった時間だ。人間との信頼を胸に戦い続けた。結果として、姉妹たちに人間との理想を謳い続けた間抜けなジャンクが一体出来上がった。

 そんな真紅の前には、人間など餌に過ぎないと主張する狂った死骸の人形でしかなかった妹。彼女は今、確かな知性と嫌味な雰囲気を携えて笑っていた。昔のように、只管に嫉妬と憎悪を振り撒く人形は此処にはいない。居るのは、真紅よりも確かで美しい体を持った人形だけだ。

 

「……そう。じゃあ、直ぐにでも帰ってくれるかしら。私は今ひどく気分が悪いのよ」

 

「かわいそうなお姉さま。愛を求めて、削除されて。半世紀も経ってから起きてみれば、こんな下働き」

 

 真紅の言葉など無かったように聞き流し、妹は可哀そうだと言葉だけは憐れむ。

 言葉の裏で、サマナーに削除される間抜けだと罵りながら。やっとのことで体を取り戻し、世に戻ろうとして性根の腐ったサマナーに異界の一角に縛られる様になった姉を見下しながら。

 

「……雪華綺晶、貴女、言葉を選んだほうがいいと思わないのかしら? ……何度でも教えてあげましょう。私は、今、機嫌が」

 

「いいのよ! いいの! お姉さま! 私はわかっています! それでも人間が好きなのですよね?」

 

 真紅の言葉を遮るように、妹が捲し立てる。

 途中で邪魔された事よりも、その言葉は真紅の心を荒立たせる。

 

「好き……? 人間を……? 私が……?」

 

 人間が好き。そう在ろうとした。そう在りたかった。

 でも今はどうだろうか。

 信頼して、削除されて。世界を滅ぼす片棒を担がされて。これから沢山人間を殺すことになって。

 そんな真紅()が、人間を好きだと言えるのだろうか。

 

「ええ! ええ! だから私はお姉さまに会いに来たのです! ほら、見てくださるかしら?」

 

 恋する乙女のように頬を朱く染め、満面の笑みで雪華綺晶が胸元に仕舞い込んでいたペンダントを取り出した。

 それは自ら鮮やかに発光する結晶、超高純度の不活性マグネタイト。

 どんな花よりも気高く、どんな宝石よりも無垢で、一点の穢れも無い、至高の美しさを放つ、悪魔が望んで止まない芸術品。

 それを持っている証、それは……

 

「こんな素晴らしい物を贈られるほど、私、サマナーと仲が良いんですよ」

 

――削除される貴女と違って。こんな所に放置される貴女と違って

 

 言葉が発されることは無かったが、真紅はそう言われた気がした。

 雪華綺晶の、金色の隻眼が真紅を射抜いている。形の良い唇は皮肉気に歪められている。

 言葉が何も出てこない。

 人間など餌に過ぎないのだと狂った醜い人形は、綺麗な体を与えられ、人間との仲の睦まじさを見せつけてきた。信頼を、愛を求めた自身は永い眠りに葬られ、起きればこんな世界に押し込まれて雑用を与えられている。

 違う、違う、違う。こんなはずはないのだと真紅は叫びたかった。

 

 縛り付けられていなければ自分はもっと、と思考が言い訳を紡ぐ。契約が無ければここまで回復できなかった。契約が無ければ人間との関係は有り得ない。契約が無ければ、怯えられて孤独で惨めに朽ちなければならなかった。

 だから、気付きたくないことに気付いてしまった。

 

「……貴女、契約は?」

 

「サマナーとは契約をしていますわ。私がアリスになるまでずっと一緒に頑張ろうって。その代わりに、いつか君が望んだアリスの姿を見せてくれって。……ええ、ええ! お姉さまが言いたいことはわかっています! ちゃんと機械を介しての無粋な契約ではなくて、互いを信頼した言葉を交わす物にしましたとも!」

 

 次いで一言。

 

「だって私、お姉さまと違って(・・・・・・・・)、愛しのサマナー(人間)に愛されていますから……」

 

 その言葉に、一瞬だけ真紅の思考が止まる。何を言われているのかわからなかった。

 無理に交わした契約とは異なる、互いを信頼した口上だけの契約。そして、愛を囁くような特別な贈り物。

 信頼される。愛される。欲しかった物を、求めた物を、末の妹は全て持っていた。裏社会でも化け物のように常軌を逸する強さを持っていて信頼されることは叶わず、街中ですら本能で姉妹同士で殺し合うような愛を与えて貰えるはずがない自分と同じ人形が、幸せの中にいる。

 どろりと黒く濁った感情が胸に溢れる。嫉妬と憎悪、そして渇望した夢を叶えた同類への、怨讐。

 

「雪華綺晶ぉぉぉぉぉ!」

 

 濁った感情の発露だった。怒りによって発された力の放流が、空間を揺す。憧憬によって形作られていた置物(ニセモノ)が、粉々になって霞と消えた。

 

「あらあら。嫌ですわ、お姉さま。貴女が人間の素晴らしさを謳ったから、私も同じように素晴らしさを伝えてあげましたのに。それをお茶菓子代わりに、姉妹で仲良くお茶会がしたかったのですけれど」

 

 殺意を叩きつけてくる真紅を無視し、割れた偽物が散在する中で傷一つ付いていないティーカップを雪華綺晶は見やった。

 そして詰まらなそうに一言。

 

「なんて様なのでしょう、お姉さま。私は、本物を愛しのサマナーと二人で楽しむことにします。……どうぞお姉さまは、孤独にごっこ遊びでも何でも楽しんでいてください」

 

 その言葉に、真紅の理性を司る最後の砦でもあった紅茶のカップが砕け散った。

 それは美しい思い出だった。あの少年と過ごした日々の中で、何よりも大切だった。手ずから指導して、少年が淹れてくれた紅茶は何よりも暖かくしてくれた。仲違いしても、紅茶を飲めば何時も暖かかった。

 それが、破片が散るのに合わせて消えていくようだった。忌まわしい思い出とともに。

 思い出を枷として、踏み留まれていた理性的な真紅はもう居ない。

 

 

 

 

 




オリ主
バッティングセンターで160kmを打ってドヤ顔する少年。UFOキャッチャーは下手、というか選ぶ筐体が片っ端からアーム弱すぎぃ問題。ボーリングでアティがピンを粉々に砕いてしまったのを謝ったりした。

ルーミア
煽リスト1号。
あたしってば凄く愛されてるし、しかも愛してくれてるカレシが穏やかで優しくて一緒にいると安心できるのよー。あたしってば幸せでごめーん。で、暴力しか知らない生活ってどんな気持ち? ねえどんな気持ち?みたいな。

アティ
安らぎが欲しくてたまらないのに煽られただけ。大乱闘に参加しただけ。殺してでも奪い取る思考にシフトしつつある。

雪華綺晶
煽リスト2号。
あたしってば凄くカレを愛してるし、愛されてるのー。ほら見て、このおっきな指輪。あたしたちの愛の証なの。先に婚活してたお姉ちゃんはどう? え、振られた? あんなにあたしたちにもアピールしてたのに? あたしが醜くくて愛されないってディスってたのに? そうなんだー大変だねー。でもあたしが愛されててごめんね! ざまぁ! みたいな。



オリ主に関係のない近況報告
・『東京受胎』の儀式が完了しました。
・山手線沿線の封鎖が完了しました。
・ミトラ降臨の儀式が開始しました。
・ICBMの発射まで……

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