実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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夢で少しずつ語れば面倒な全てを省略できる定期


Fate/Grand Order

 

俺「な、なんだ……!? 俺がトラックで轢かれそうになっている猫を助けようとしていた大学生を眺めながら歩いていたら空から隕石が降ってきて俺の頭を見事にかち割ったと思ったら、なぜかこの真っ白で何も無いのに神々しくて何処までも何かがあるように感じられてまるで神が出るかのように神聖な場所にいるだとぉ……!?」

 

神『私に仕えよ』

 

俺「うっ……何かが俺の脳内に直接語りかけてくる……!」

 

神『私に仕えよ』

 

俺「な、なんだおまえは……!? 俺をどうするんだ!?」

 

神『私に仕えよ』

 

俺「お、おまえは先祖!?」

 

神『私に仕えよ』

 

俺「ち、違う!? おまえは神!?」

 

神『私に仕えよ』

 

俺「俺に力を与えてくれるのか!?」

 

神『私の所に来て奉仕しなさい』

 

俺「そうなのか」

 

神『そうです』

 

 そうなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 --1

 

 九段(くだん)は平凡な魔術師の一族である。昼は物凄くいい感じにのんびり日常を過ごし、夜や休日には程々に魔術の研鑽を重ね、時々行われる芋煮会イベントに一族揃って出席する程度に勤勉で現代的な魔術師だ。

 魔術師としての能力は、血族の中で才能が常に光る者が見つかり、普通に研究を進めて行けば、子孫に何らかの成果を醸すことが約束されているくらいには常にいい感じである。

 魔術回路が枯れただとか、魔術師としか結婚できないだとか、そういった無駄な柵に囚われることのない、繁栄も衰退もしていない魔術師一族である。

 一族が共通で持っている面倒な認識としては、一番才能があると当代の長に判断された者が、次代の長となって研究を進めることだろうか。後に語るが、長になった者は突然死の可能性が最も高いため、一族は皆、長に成れる才能など欲していない。好きに生き、好きに死にたいのだ。そしていい感じに後世になんかピシャッと伝われば満足である。

 

 魔術師なのに進路は自由、恋愛も自由、結婚も自由。兄弟姉妹がいようともテキトーに魔術を勉強したりしなかったり、自由である。

 長が子を設けなくとも、何処かしらで、一族の誰かしらが、なんとなーく魔術回路を発露するので、その者が跡を継げばいいという雑な認識を一族で共有している。

 万が一、億が一、回路が途絶えれば、他の魔術師から貰うとか、市井の者をスカウトするとか、その程度でいいやという現代っ子も真っ青なゆとりさを一族で共有しているいい感じの魔術師一族である。

 とりあえず、他の魔術師たちが技術を独占するための言い訳である神秘の秘匿とやら以外は、一族の中で決まり事など無いに等しく、大凡魔術の研究よりも数か月を要した儀式よりも、少し遠くで行われる大型のゲリラ芋煮会の方が重要なこともあった。

 

 真面目な話、別に九段の一族は好きで雑に生きているわけではない、多分、きっと、おそらく、メイビー。

 厳格にきっちりと典型的な魔術師として一族を律し、貴族のように優雅に振る舞い、古臭い場所で権力争いしたり、勝手に決めたドマイナーな称号をドヤ顔で名乗ったり、黴臭い婚姻を繰り返したり、血を腐らせたり、引きこもりの如く研究だけして根源へと至る夢を見るのにも憧れを持っていたりする。

 が、それは九段に流れる血が許さない。九段たちは悲運背負いし悲しき哀しみの血脈なのだ。いかん、悲しきと哀しみでかなしいサムシングが被ってしまった。

 

 九段の祖には未来を予知する半人半牛の妖怪と友好を交わした人物がいたと伝えられている。未来予知とかマジさいきょーじゃん、という本音と友好の証として未来視の呪いを受け取っている。近親を繰り返すとその血が濃くなり、ぶっちゃけると未来視した瞬間に死ぬようになった。

 才能として受け継がれ発現した特殊能力を使った瞬間に死ぬ一族が完成するというマンボウも真っ青の虚弱生物の誕生となりかけたのだ。あまりにも酷い世代では、麒麟児として期待されていた者が、偶発的に未来視を発動させ、三日後の下痢を悟って死に、肥溜めに落ちて惨めな亡骸を曝した。それはとても悲しい事件だった。

 そういった悲しみを背負う大事件があったので、現代では雑に生きているのだ。決して昔からじゃない。かすていらが欲しくて奇術と称して魔術を見せ、神秘の秘匿に駆け付けた自治厨的な他の魔術師とガチで戦ったこともあるが、決して九段は雑ではないのだ。浪漫が好きなだけなのだ。

 外来の魔術師が封印だなんだとケチを付けてきたときなど、一族が集まって「引きこもりのくせにバカにしやがってよぉぉぉ! 何が封印だよ、マカロン寄越せオラァァァ」とばかりにボコってから崖に吊り下げて餓死させるくらい浪漫に溢れているのだ。

 

 そんな悲しくも壮絶な歴史を背負っている九段は、確定予知が行える未来視を、カルピスや毛染め漫画の如く薄めに薄め、未来予知に近い超直感のレベルにまで落とすことに成功していた。

 未来視すれば確定死亡から、直感なのでノーカンと言い張れるほどにまでなっていた。本来は未来視によって根源へと至る最適解を先に得ることで「楽してズルして根源到達(キャルルーン☆ミ」するはずだったのが、勘でテキトーに魔術を進める雑な一族になったのだから、涙を禁じ得ない。

 さらに、ほんの数十年前に、呪いをくれた妖怪の名前が『件』であると決定したことで、数百年と保っていた名前を九段に改名したのだから、歴史の古さや名前の価値なんてうんこですと言い張っているようでもあった。祖先も草葉の陰で涙を流しながら、超直感とかマジかっこよすぎ!とエキサイトしているのだろう。……よく考えたら誰も悲しんでいないし、悲しむような繊細な先祖は存在していない。

 ……。

 何処を如何見ても、完璧で隙のない、実に優しい魔術一族である。

 

 

 

 

 

 九段 理代子(くだん りよこ)は、九段の一族でも特に才能優れた少女であった。一族特有の超直感は、冴えわたる女の勘として恩恵を与えてくれた。

 物心ついた時から、彼女は自身の死を予感していた。理由も原因もわからない。ただ、漠然とそれは二十にも満たない齢で訪れるのだろうと感じるだけだった。

 アニムスフィア家が主導する計画とやらでカルデアの話を聞かされたとき、予感は確信に変わった。自らの未来は、そのカルデアとやらに訪れる以外に、先が無いことも。それくらい、彼女の直感は優れていた。

 

 

 

 

 

 --2

 

 ふわふわとしながらも若干の癖を持っている燈色に近い赤毛は、今は若干ばかり凍結していた。凍結した髪先が、この中に入りたくない、そんな内心を物語っているかのようだ。

 死にたくないからカルデアとやらに来たのだが、この扉の先には負の諸々が綯い交ぜになるような未来を感じた。苦痛とか苦労とか、そういうのもあるのかもしれないが、一番に感じられるのは重責だった。目に見えぬそれがこの先で伸し掛かることになる、そんな未来が感じられる。

 また、R-18でくっ殺せな展開だとかR-18Gでぐろろろろな展開とは大きく離れているようにも。

 そうであるならば、まあ、そのうちなんとかいい感じに解決されるのではないだろうかという思いが、私の中で芽吹き始めた。ぶっちゃけると、寒すぎて日和った。もう指先が悴んで曲げるのにも一苦労である。風が凌げる場所で寝たい。

 更に理由を付け加えると、既に従弟が中に入って行ってしまったので戻るに戻れない。直感が変な方向に伸びてしまった一族の突然変異が粗相していないかと心配だった。魔術で「ヤッホホーイ! お姉ちゃあああぁぁぁ~」と言いながら大ジャンプして滝へ飛び込んで滝壺へと消えたり、見知らぬ魔術師に燃やされながら「儀式かー! 何の儀式だー! オレはきゅうり(?)じゃない! むしろひやむぎになりたい」とクルクル回っていたり、燃えながら崖をスライディングして飛び降りて下にあったショベルカーに乗り込んで魔術師を耕したり、過去の思い出が頭を巡っていく。

 ……嗚呼、早く駆けつけないと駄目かもしれない。

 

 扉に触れる。アナウンスが流れ始めたが、それを聞き流す。

 はいてくは怖い。耳が腐る。魔術というオカルトの禁忌に染まった私は、現代文明を支える機械という毒を忌避する。

 クラスメートがめーるだなんだで盛り上がる中、古き良き絵葉書きを嗜む。淑女たるもの、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。科学の香りを纏うなど、畜生にも劣る。

 そしゃげ? ふふん、原理は知ってる。理論も知っている。体験はしたことないが、やらなくてもわかる。間違いなく余裕だからやらない。

 ついった? 一人で呟け。男なら背中で語れ。女なら愛嬌。

 らいん? 近寄るな軟派な男が!

 私はこんぴうたになんて、絶対負けない!

 

 

 

『指紋認証、声帯認証、遺伝子認証、クリア。魔術回路の測定……完了しました。登録名と一致します。貴方を霊長類の一員である事を認めます』

 

「いや、なんでよ」

 

 聞き流せない言葉だった。塩基配列などを確認されるまで霊長類の一員だと認められなかったことへの驚愕が勝ってしまったのだ。

 流石こんぴうた、流石はいてく、流石ろぼっと。

 これが流行りのそしゃげげーむぼーいすりーでぃーとかいうやつかと慄いた。

 私は負けたのだ。文明の利器に。世界に蔓延る毒に。豚を生み出す機械に。

 扉が開き、敗北感を胸に私は進む。

 

 私はようやく進み始めたばかりだからな、このカルデア内部をよ……。

 

 

 

 

 

 寒さとは無縁で、人工的な白さに目を細めた。登録時間を利用したシミュレータは、寒さで体力を削られた身としては、丁重に無視して幾ばくか眠ることで突破した。そもそもハイテクが過ぎる、よくわからなかった。

 マスター? サーヴァント? 英雄? 私が欲しいのは命を助けてくれるなんかよくわからない超凄い奴だけだ。医者とかどうだろうか。ブラックジャックによろしく。

 

 つらつらと考えながら、適温に保たれているカルデアの内部に自然と笑みを浮かべながら進む。

 そして、案内もいないのかと失望を隠しつつ、適当に進んだ先の角で、何故か呑気に廊下で寝ていた従弟を蹴り起こす。従弟によるいきなりのエキセントリック奇行だ。これは正さねばならない。使命感に燃えている。自分は髪の先が凍結するまで色々と悩んでいたというのに、等という理不尽な不満などは全く含まれていない。全然無いったら無いのだ。

 

 世界というのは立場を変えれば、瞬く間に姿を変え、ひどく安定しない。姉という生き物は、いつだって弟に理不尽を振り翳して良い存在なのだ。まるで神話に出てくる女神のようであるが、それが一般的な姉というのだから仕方ないね。そもそも普通に考えると姉は女神なのだし理不尽ではない、ご褒美だ。馬車馬の如く働け勇者たち。

 どこの家庭からでも聞こえてくる「理不尽は義務です。弟、貴方は幸福ですか?」「はいお姉さま。弟は幸福です」という遣り取りから、世界中に溢れる姉という存在はやはり女神なのだし、その我が儘はご褒美であり、勇者への試練と期待なのだ。百連発される一生のお願いも、コンビニへのおつかいも、邪魔だからと温めたコタツの一角を奪われるのも、また勇者への試練なのだ。神話でも、彼の高名なヘラクレスも我が儘を突破して勇者となった。勇者と我が儘は表裏一体。

 世に満ちる血族のヒエラルキーは難で溢れている。つまるところ、弟とは世の理不尽に晒されし難民である。持てる者と持たざる者、まさに世界の縮図である。

 

「姉ちゃん、痛いんだけど……?」

 

 ジトっとした海色の瞳を向けてくる従弟にもう一度蹴りを入れる。ちょっと針の伸びたウニのような黒い頭髪を揺らしながら、彼は喜びを露わに呻いた。感激にむせび泣いてるのだろう。

 私はその声を聞き、汚い歓喜の歌だと内心でディスる。そして、何故優しく起こされたのかを理解していない愚弟に、教えてあげることにした。

 

「学習しないキミは、ただの豚よ」

 

「豚」

 

 人間が驚いたような表情を浮かべている人面豚が、ゆっくりと立ち上がる。腹部を抑えているのは、骨と内臓を避けて炸裂したイナズマシュートによるダメージのためだろう。豚肉はオートでばら肉になってしまったのかもしれない。

 豚なのだから這いずっていなさいと言いたいところだが、豚でも従弟だ、慈悲はある。

 

「次からちゃんと布団を敷くように。豚肉になりたくなかったら」

 

「はい」

 

 何故か釈然としないような感情を込めたような声で従弟が返事した。

 豚は今、人間へと成長しているのだ。

 学習しない豚はただの豚。

 それでも分からない豚は肉屋に並ぶ豚肉なのだ。

 

 

 

 

 

「あの、先輩方?」

 

 途中で声変わりしそうな少女の声。従弟に隠れて気付かなかったが、ショートカットの少女が隠れていた。豚の悲鳴に誘われるように、傍まで近寄ってきたようだった。

 艶のある薄い紫の髪をショートカットにしており、前髪は長く、片目は隠れている。実に可愛らしい少女だ。

 私は自らの従弟と見比べる。数年前から急に背は伸び、筋肉質でごつく、知能がちょっとだけ成長したのか生意気を言うようになり、実に可愛くない。実は妹が欲しかったのを思い出した。魔術の特性上、覚醒するとガンガン死んでいく一族だ。他の魔術師と違い、一子相伝などやっている余裕はない。それでも親戚に歳の近い女の子がいないのは、やはり才能によって殺されていくからだ。子供や女性特有の感受性の高さ、それは自らを殺す毒になる。詳しくは語らないが、予言を吐いて、世を去る。平等に。

 

「先輩?」

 

 豚が首を傾げながら問う。

 

「はい、先輩です」

 

 後輩を名乗る可愛い少女が肯定の意を示す。

 可愛い後輩と可愛くない豚の競演。茄子と豚。夕飯は味噌の甘辛煮で決まりだろうか。お米が進むね。

 よく考えればこの施設は日本じゃなかった、米はあるのだろうか。無ければ全てを無に帰そう。

 

「どっちが」

 

 どっちとはどういう意味か。私か、愚弟か。いや、待てよ。私の脳裏に、雷電が奔る!

 

「実は私は貴女の姉だった、そういうことでしょ。なすびちゃん」

 

 私の、数学4、国語3、美術5、そしてIQ105を誇る鮮やかなピンクの脳から導き出された答えを乗せた声は、静かに廊下に響き渡り、固い床と壁に吸い込まれて消えた。

 

「アネ……?」

 

「なるほど」

 

 なすびちゃんが首をかしげる。

 愚弟が頷き、応えるように私が蹴った。家畜のしたり顔がむかついた、それだけだ。

 いつだって姉こそが頂点。

 森羅万象、古代の王ですら覆せないヒエラルキーは既に完成していたのだ。

 その後、直感で近寄るべきではないと感じたレフ・ライノールを「生理的に受け付けないので近寄らないでください」と華麗に躱したが、私にとって至極どうでもいいことなので記憶から消去した。

 

 

 

 アニムスフィア家の女性が所長として集まった人員に挨拶を始めたが、どうでも良かったので殊勝な顔で聞き流した。究極的につまらない話をくどくどと語り、更年期だか生理だかの如くイライラしながら他人を煽り、それに飽きて愚弟が眠っていたが、全体的にどうでもいいしつまらないので仕方ない。目の前で眠っていた愚弟に業を煮やして張り手を噛ましたが、これは戴けない。森羅万象、弟と妹の全てを我が物とする私の財貨に手を出した罪人など極刑である。躊躇いなく処しちゃうのだ。

 眠り豚だった弟の頬を張った直後、所長の隣に躍り出て、その顔を張る。驚きで思考が止まってあろうところに、追撃の張り手を加え、床に張り倒す。貴様が下で、私が上、満面の笑みで告げた。名門なんて、極東の魔術師には関係ない。

 

 

 

 私はとても不思議なことに、部屋から連れ出された。

 所長は施設の外に放り出せと喚いたが、何故かすっきりしたような笑顔のレフ・ライノールが宥め賺したため、私は割り振られた部屋に居た。許可があるまで部屋から出るなと指示され、さらにファーストオーダーとやらから外された。

 まあ、それはどうでもいいことだ。どうにも死の予感とやらが近づいている気がする。

 何もかもが死ぬのだろうか。

 

 嫌だな、と呟きながらベッドで横になった。

 

 

 

 

 

 ひそひそとうざったい話し声で、私は目が覚めた。我が眠りを妨げる者は誰だ、と怒りを胸に抱き、上半身を起こす。寝ぼけ目を手で擦りながら、周囲を見回す。愚弟、ゆるふわ謎生物、そして、重要なところで役に立たなそうな男。

 役に立たなそうな男は、医師のロマニ・アーキマンと名乗った。そして、ロマンと呼んでほしいなどと戯言を吐いた。

 なるほど、私はすべてを察した。とりあえず死亡フラグは施設全体、回避法などは不明。呪いの如き予言は死を迎えて覚醒しない限り、鋭い女の勘程度なのだ。

 

「私が魅力的なのはわかるけど、乙女の部屋に入り込むとか完全にセクハラですね」

 

「セクハラ!?」

 

 ロマンが驚く。言葉が通じない恐れもあったが、セクハラという固有の単語も通じるあたり、意志疎通は過不足なく、しかも融通も効くらしい。

 愚弟は謎生物であるフォウくんと遊んでいた。全てを魅了する女神のような姉の寝起きに魅了されないとかぶち殺すぞ愚弟、私は内心で優しく囁いた。

 

「ボクはここで休もうとして、彼と……」

 

「そんなことどうでもいいので息をしないでください、セクハラです。ブレスハラスメントは重罪です」

 

「息!?」

 

「いちいち驚かないでください。ブレハラで訴えます」

 

「ブレハラ!? ボクには呼吸も許されないのかい!?」

 

「じゃあ吸うのだけは許してげます」

 

 ひえええ!と驚くロマン、フォウくんと戯れる愚弟を置いて、私は部屋を後にする。

 と、見せかけて部屋に戻り、愚弟の腹にローキック。

 

「うぐっ」

 

 何遊んでんだ、なすびちゃんが死亡フラグとダンスっちまうぞという注意を混ぜたかもしれない愛の鞭であるローキック。この従弟は幸運なことに、直感は腐っている。さらに言えば、私の勘ですら一切の死を感じることができない。『件』から与えられた呪いが腐ったから死なないのか、死なないから勘が腐ったのか。永遠の謎に違いない。

 

 白い廊下を限界いっぱいまで加速しながら走り、そして、悠々と歩くレフ・ライノールの姿を捉えた。勘が最大限まで警鐘を鳴らす。施設内全てが危険だと、首裏がざわつくのに、更にレフ・ライノールは危険なのだ。

 レフ・ライノールが私に気付き、にやりと粘ついた笑みを浮かべた。

 

 直感的に、そして呪いに引かれるように、その横を通り過ぎて管制室へと飛び込む。

 なすびちゃんの姿を見つけて安心するが、それよりも早く何処かへ行かなければいけないと駆け出そうとして……私の視界が紅蓮に染まった。

 

 

 

 

 

 私が半分の視界で捉えた室内は、瓦礫の山と、鈍く燃える炎、黒い煙。下半身が潰され、片腕には焼けた鉄の塊がめり込んでいる。呼吸をするごとに焼けたように肺が痛む。

 

 ここは死に場所じゃない。

 

 こんなところで死ねないし、死ぬはずもない。漠然とした勘で導かれたあやふやな結果で死ぬはずがない。死ぬときは、明確な予言を吐いて死ぬ。だからここで死ぬなんて、有り得るはずがない。痛みで覚醒する思考は、死を否定する。

 執念でぎらつく瞳で周囲を探す。死ぬはずがないのなら、責務を果たさなければならない。無くなった下半身のお蔭で体は軽くなった。

 長く伸びる血の跡を残しながら、燃える床で手を焼きながら、潰れた腕を棒に見立てて、這いずり進む。大量の血も、千切れ漏れ出した臓腑も、焼け焦げ縮んだ体組織も、私の死には至らない。ピクニックでの遠雷のほうが、もっと危険だ。

 

 ここは、私の死に場所じゃない。

 

 入口を塞いでいた瓦礫を崩す。焼けた鉄に、無事だった手の平の皮が張り付いて剥がれた。誰かが私の姿を見れば、きっと満身創痍だと思うだろう。そんなわけがない。私は死んでいない。私は、こんなにも生きている。

 

「姉ちゃ……っ!」

 

 瓦礫の無くなった入口から、駆けこんできた愚弟が私を見て絶句する。なぜここに来たのか。勘が鈍いからか。なんとなく来ることはわかっていたし、どうせ何処に行っても意味は無い。だから止めなかった。外が無事だとしても、此処で生きることに、歩いて行けることに意味があるのだろう。

 

「立香、邪魔」

 

 優しい一言を添えて、愚弟の足を掴んで、放り投げる。魔力も残り少ないが、血に混ざっているのだとしたら、この空間は生贄や魔力などある意味で潤沢なので不要ではないだろうか。

 落下した音がする。きっとなすびちゃんの下に落ちたのだろう。それならいい。きっとなんとかなる。私の勘がそう囁いているのだから。

 次は私の番だ。姉の責務は、先に死なないこと。そして守ること。私が死ななければ、きっといつまでも……。

 霞む頭を無理やり動かす、血が逆流する喉を鳴らす。

 

 死者は蘇らない、失くした物は戻らない。

 だから私は動くのだ。死は終わりだ。

 隔壁の閉まるアナウンスが遠く聞こえる。館内が洗浄されるという。

 二人が何処かへと”飛ぶ”瞬間が、意味のある生を掴む最初で最後の機会だ。

 

 こんな誰もいない場所が、私の死に場所であるわけがない。

 

「素に銀と鉄……。礎に石と契約の大公……」

 

 焼けた喉が、不思議と詠唱を紡がせる。

 うねる魔力が、私の生を確定させる。

 撒き散らされていた私の血が、勝手に蠢き紋様を描く。

 意識が半ば飛ぼうとも、音が自動で吐き出される。

 血を吐きながら、意識を途切れさせながら、詠唱が終わりに近づき、全ては形になっていく。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 まるで自分の声ではないようだった。何かが言わせているのか、口が動く、声が出る、音が繋がる。

 それでも最後まで、私は起きていなければならない。ここで意識を失えば、死ぬだろう。私にはわかる。わかるんだ。

 か細い糸を手繰るように、切れかけた意識に縋る。

 

 ここは、私の死に場所じゃない。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――……」

 

 詠唱が終わり、そして、全てが霧散した。

 何も無い。

 何処にも無い。

 あるはずの、力がどこにもない。

 

 

 ここは、私の死に場所じゃ……。

 

 

 力無く、音も無く、寄り添うように。

 私の顔を覗き込むように、鳥を模したマスクが宙に浮いていた。ペストマスクだろうか。

 

「アサシン、アルフ……んん? ああ、違うのか。ジャック・ザ・リッパー。何故かわからないが、全てを還したはずの俺が喚ばれたので……」

 

 ペストマスクが、まるで身体を探すように、周囲を見回しながら、挨拶を始める。

 血に染まった醜悪な白衣が、はためくように現れた。

 

「無駄な挨拶は不要、私を助けなさい……」

 

 そんな余裕はないのだと、ひゅーひゅーと呼吸しながら、打ち切って治療するよう命令を下す。召喚が成功したのなら、この状況で意味のある存在のはずだ。愚物であるはずがない。英雄に興味は無い。

 だが、私を生かせるのなら、意味がある。興味を持ってやる。

 

「ははは。その様で、強い言葉だ。良いとも、ああ、勿論良いとも。そう望まれた(・・・・)のなら、俺はそれに従おう」

 

 虚空から、どす黒く染まった手袋が浮かび上がる。

 遅れて、道具が床へと突き刺さる。

 切れ味の悪そうな錆びたノコギリ、焼けた鉄棒、幾つも刺の生えた何か、臓腑に塗れた巨大な包丁……様々な種類の不衛生な道具が姿を現した。

 

「すぐにでも治療を開始するとして。安心するといい、俺は月の兎でさえ治療できる腕がある。……ああ、もしも怖いのならば優しく手を握ってあげようか?」

 

 焼けて潰れた手を握れるわけがない。皮が剥げ、焼け爛れた手が握れるわけがない。潰れて消失した下半身のせいで、歩けない。

 だから早く治せ。

 追いかけなければならないのだから。

 

「要らない。私は一人で立って歩く。だから、無駄口を叩かず、早く治しなさい」

 

 無理なら死ね。何時の間にか治っている喉でそう告げると、ペストマスクが笑い声を挙げた。

 

 

 

 

 

 魔法のように、瞬く間に治っていく。

 喉も顔も、元通り。潰れた瞳など、まるでそんなことは無かったかのように再生している。前よりも視力は上がっているのかもしれない。

 そんな私は、疑問が一つ。

 

「あれ、使わないの?」

 

 指射す先には、様々な種類の不衛生な道具は床に突き刺さるか転がったままだった。

 

「いや、使うわけないでしょ。なにあれ汚い。クリミアの時だってもっと綺麗だったから」

 

 殺菌、消毒などの衛生観念はいまいちだったが、とマスクから声が漏れた。

 

「クリミア?」

 

「ただの怪我人溢れる場所。道具を温めるのは触った時にびっくりしないため。手足に傷が出来たら切断。生死を繋ぎとめるのは、運でしかない。腐った肉は蛆に食わせ、無菌の蛆は高値で売れて、そんな蛆を育てられる俺は上等な軍医。そんな場所。研究は進んでいるのに、医療は古い。だから率先して働けば、その結果が切り裂き男の噂と混ざるとは」

 

 酷い話だ、ペストマスクが笑った。

 その笑い声が、眠気を誘う。白衣から漂う、甘い香りが意識を麻痺させる。ひどく眠い。

 追いかけなければいけないのに、治った足で立ち上がらなければいけないのに、眠りたくてしょうがない。

 

「今は少しばかり眠っていい。無理に補ったその体が受けた負担は、眠らなければ回復しない」

 

 途切れる意識の、その間際。

 アルコールの匂いが、少しだけ……。

 

 

 

 

 

 --3

 

 窓から差し込む日の光が、室内を温かく照らした。暗ければ油で明かりを点けることもあるが、やはりこの時代は太陽光が一番だ。

 天上から吊るされた天体模型。窓際に置かれた天体望遠鏡。壁に飾られた犬の絵。棚には様々な本が置かれている。木製の机には、造りかけのボトルシップ、銀色に輝くメス、野花で編まれた花飾り、枯草で編まれたベッドで眠る小鳥。その隣の空いた空間で、『俺』は椅子に腰かけ、ビーカーを満たしている半透明の液体を二本の鉄の棒でつまみ、くるくると棒に巻きつけるように引き上げる。合成したナイロンで、糸を形成しているのだ。

 もっと先の時代であるならば、十分な医療道具が得られるし、知識も皆が持っているのだが、と不満を抱く。

 

『せんせ! アルフレッドせんせ!』

 

 ばん、と大きな音とともに、勢いよく扉が開き、少女が飛び込んできた。人形のように整った綺麗な少女だった。昔はもっと人見知りだったはずなのだが、と『俺』は考えながら、やんわりと笑みを浮かべて、椅子ごと声の方へと振り向いた。

 

『こんにちは、フローレンス。あと俺は先生だからね』

 

『こんにちは、せんせ!』

 

『おっと』

 

 『俺』の膝上に、飛び乗ってきた少女を受け止める。危ないと注意するのを辞めたのは、さて、いつだったか。聞く話によると、どうやら『俺』以外にはしないらしいので、そのうち辞めるだろうと諦めたのだ。

 

『ティトは元気になりましたか!?』

 

『もう少しかな。寝てるから静かにしてあげなさい』

 

 はい!と返事する少女を膝上に置いたまま、くるりと回転させて、小鳥が眠る方に向く。ブルーティト、シジュウカラに似た青い小鳥だ。少女が拾ってきた傷ついたそれを、『俺』が治療している。生き物は情操教育にもいいと聞くので、一緒に世話もしている。

 家族に内緒で、怪我した犬の世話をしていたと聞くし、彼女は動物などの生き物が好きなのだろう。

 

『かなり良くなってる気がします。クリスティ先生の肩も診てくれたし、せんせは凄いです』

 

 きらきらと輝く少女の瞳に応えるように、頭を撫でる。さらさらと柔らかな髪の毛が、指をくすぐるように流れた。

 くすぐったそうに笑う少女に、空いている手で、窓際の望遠鏡を指差す。

 

『新しい望遠鏡を作ったから、そのうち見ようか。パーセノーブも一緒に』

 

 少女も、少女の姉も、父親の方針で様々なことを学ぶようにと『俺』のような家庭教師を雇っていた。しがない町医者だが、知識の幅やがらくたを買ってくれたのだ。

 

『あれなら月の兎も見えますか?』

 

 以前、月には兎がいるという話を覚えているようだった。

 影が兎に見えると言うべきか、月に住んでいるというべきか。

 

『どうだろう。クレーターなら見えるけど』

 

 『俺』が選んだのは、濁すというずるい答え。いつか真実を知る日が来るだろうと、時に全てを委ねた賢い方法である。

 

『クレーター?』

 

『隕石、つまり物凄い勢いで岩がぶつかって爆発を起こし、月に穴を空けてしまうんだけど。それをクレーターって呼ぶんだ』

 

 前に水素で爆発させた、あれよりも強い爆発さ、と付け加える。

 

『爆発! 穴! せんせ、兎は!?』

 

『うーん、怪我しているかもしれないね』

 

『怪我!? ティトやキャップみたいに!?』

 

 だから、君がいっぱい勉強していつか治してあげなさい、そう続けようとして。

 

『で、でもせんせーなら月の兎も治せますよね!?』

 

 澄んだ瞳を、うっすらと浮かんだ涙で輝かせながら。疑いの一切籠っていない信頼を宿して、見つめてくるそれは。

 

『あ、ああ、そうだよ。フロー、先生なら月の兎だって簡単に治せるとも』

 

 裏切ることが出来なくて、肯定してしまった。

 

『ですよね! せんせ、すごい!』

 

 目を逸らしながら、少女の絹糸のごとく繊細な髪を撫でて。

 明日から射程三十八万キロメートルの縫合を練習しないと、などと馬鹿なことを『俺』は内心で呟いた。

 

 

 

 

 

 ……嗚呼、そうか。

 『私』が感じているのは夢か。

 まるで『人間』が過ごすような、なんて普通で、当たり前の『過去』なのだろうか。

 いや、当たり前か。

 彼だって人間で、日常があったのだろうから。

 

 

 




 マテリアル【オリ主】
・キャラクター詳細
 戦場のジャック・ザ・リッパーとして語り継がれたフォークロアに乗った形で、あらゆる全てから消えたはずの彼は召喚された。第一臨から第三臨まではあやふやな想念で構成されており、単なる心の器でしかない。あらゆる医療行為を行える上に生前よりも遥かに強い体を得た。半端な召喚のため、受肉に失敗している。
平均ステータスはD相当。
 
・宝具
月で怪我した兎も治す(アルファオメガ)
 ランク:A-
 最大捕捉:1名
 種別:対人宝具
 レンジ:∞
 アルフレッドがその恩恵と生涯を賭けて磨き続けた一つの技術。極限的に極まったそれは、距離と時間を無視する。視界すべてが彼の手の上である。あらゆる医療行為の結果を引き寄せることが可能。また、検体の臓腑を破壊することも可能。最大射程は38万4千キロオーバーであるが、視認できていなければ捕捉に失敗する。
 
・保有スキル1
『心の器』
 叶わない夢を抱くほどに、届かない理想を掲げるほどに、彼から目が離せなくなる。
 効果:ターゲット集中、ダメージカット
 
 マテリアル【絆Lv.1で解放】
 ???
 
 
 
 
 
 九段 理代子
 縮めてぐだ子。マシュがデミ化するのに乗じて召喚を行った。勘がしゅごい。予言すると死ぬ。逆を言えば、死ぬ間際に予言する。
 
 藤丸 立香
 エキセントリック突然変異。ぐだ子の従弟なのでぐだ男になるに違いない。勘は腐ってるのでほぼパンピーな生き方をしてきた。幼少期は襲ってきた魔術師をショベルカーで耕したこともある。
 
 
 

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