実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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原作:デビルサバイバー2 生きるとは変わりつづけること_日月

--1

 

 俺の人生、何が起こるかわからないものだ。

 模試が怠くてサボったのだが、ゲーセンの余韻を味わうために一人で公園を徘徊している最中に地震が起きてヤバい。

 マジやばい。

 超やばいでござる。

 とりあえずスマートフォンで状況確認。

 出たばかりなのでスマホを持っている人をあまり見ない少数派である。

 回線が混雑しているらしく、どうにも上手く繋がらない。

 まあ、普段から糞電波なのだが。

 悩んでいるとメールが届く。

 どうやらニカイアからのメールのようだ。

 ニカイアは死に顔が見られるとか眉唾な噂が流れるサイトだが、嫌な予感しかしない。

 こんな状況でもメールが届くとか怪しい、怪し過ぎて手を出したくない。

 が、見ちゃう。

 動画が再生される。

 そこに映し出されたのは俺の友人が死ぬ姿だった。

 

 

 

 ――憂鬱の日曜日――

 

 

 

 街のあちらこちらから騒音が聞こえる。

 悲鳴だったり、建物が崩れる音だったり、俺の高鳴る心音だったりと色々だ。

 イラつきながらも雑音を意識の外へ追いやり、思い出すのはさっきの動画。

 ウサミミフードとモジャ髪が特徴の友人、ヒロが血を流して死んでいる姿だった。

 何度か再生して情報を集める。

 我がスマホのマスコットである貧乳少女バニーなティコと話しながら分析を進める。

 どこかわからないが電車が倒れていて薄暗いので地下鉄っぽい。

 電車に乗っててトンネル入ってちょうど死にましたとかないだろう、死体とそれを巻き込んだ電車が映っていたしホームっぽいし。

 模試は午前だけで終わりで遊びにいくとかメールで聞いたので東京のどこかだろう。

 さっきの地震の影響で電車が脱線してヒロ死亡とか有り得そうだ。

 つまり、すでに死んでいるとか……。

 いや、無い。

 きっと、無い。

 ありえるわけがない。

 あいつが死ぬわけがない。

 まあ、わかっているけど確認のために探さないと。

 時間とかわかんないし、死ぬのが明日の可能性だってある。

 今日の行動方針はヒロと接触で決まりだ。

 ……し、死んでないよな?

 

 

 

 よし、行くぞと気合を入れたらスマホが輝いて棍棒を片手に持った犬が現れた。

 あれか、ゼロの使い魔的なやつか。

 なるほど、やつがガンダールブ――ガンダールヴだっけ?――なら俺の命令に従うはずだ。

 ちょっと命令してみようと思った瞬間、棍棒で殴り掛かられた。

 甘いぜ、畜生程度の攻撃なら俺の鞄で防いでみせる!!

 中身がスカスカなので防御力がいまいちだが受け流すことに成功した。

 まさか主人に逆らうとは忠誠心がなってないな。

 身体が軽い、こんな気持ちで戦うのはじめて……と調教に向けての心構え。

 もう何もこわくない!!

 キリッと一人でキメ顔しながらドロップキックの後に棍棒を奪って頭部を殴打する。

 大砲は持ってないのでティロれない悔しさから殴打を続行。

 犬畜生が何か叫んでいるが無視してぼっこぼこ。

 まだ契約を交わしていないことに気付いたがこいつとキスするのは嫌なのでチェンジを狙う。

 頭部が砕け散った犬がキラキラと粒子になったのを見送りながら額の汗を拭う。

 

 あまりに熱中しすぎたせいで時間を忘れていた。

 急いでスマホの時計を見る。

 五分ほどしか経っていなかったのでなんとか落ち着けたが、充電が切れそうだ。

 消費が激し過ぎると思ったが良く考えたら動画見まくったせいかもしれん。

 ティコ的には動画とハーモナイザーのせいらしい。

 ハーモナイザーとはさっきの使い魔と戦えるようになるアプリだとか。

 使い魔と戦うアプリって笑えるんだけど、とかにやにやしていたが充電が本格的にヤバい。

 購入しておいた大容量外部バッテリーは充電し忘れていたので空っぽである。

 泣けるぜ。

 アプリが使えないとさっきの使い魔……というか悪魔とまともに戦えずに死ぬかもしれんとティコがいつもの無表情を更に固くしたような能面レベルMAXで呟いた。

 ピンチ到来でござる。

 

 とりあえず俺が戦わずに使い魔にバトらせれば解決だろうと新しいのを呼ぼうとするも失敗。

 ティコが呆れたようにチェンジはできないと伝えて来た。

 そもそも中に入っているだけとか。

 チェンジ無しで妥協しようと思ったが、無理らしい。

 なぜかって?

 俺がぶち殺してしまったからだよ!!

 やべぇ……。

 

 

 

 ティコに悪魔との戦闘はできるだけ避ける様にと注意されている最中に電源が切れた。

 ちょっとさびしい。

 そもそも時間を食っている暇はないのだと急ごうと歩き出すとイケメンに話しかけられた。

 西洋人的な残念なイケメンだ。

 コウモリが描かれたコートを着ているのはいいのだが、なんか身体が透けていて横たわっている。

 息も絶え絶えだ。

 もう死ぬんじゃねって感じだ。

 マグネタイトというさっきの犬畜生の粒子が欲しいらしい。

 気前よくあげると少しだけ様子が落ち着いた。

 それでもまだ足りないので俺に助けて欲しいとか。

 急いでいるので適当に返事すると透け透けイケメンが俺の中に入ってきた。

 文字通り、俺の体の中の更に奥である。

 決して尻では無い。

 生体マグネタイトを微量ずつ吸収するとかなんとか。

 安請け合いしたらイケメンと憑依合体しちまった……。

 

 イケメンの名前はクルースニク。

 悪い吸血鬼を倒すために頑張ってたけど失敗して死にかけていたらしい。

 できれば手伝って欲しいと言われたが、曖昧に答えておく。

 すでに身体を間借りさせているのだし、ヒロを探さないとヤバい。

 片手間でいいなら手伝うつもりではあるのだが。

 クルースニクが憑依しているので悪魔との戦闘もできるし、俺の魔力を使って魔法を放つサポートをしてくれるとか。

 クルースニク自身は回復に努めるためにサポート重視で、マグネタイトをできるだけ集めてくれと言われたがどうなることやら。

 

 

 

 人の波に揉まれながら地下鉄に向かう。

 地震に加えて、隕石が降ったとか無差別爆発だとかで街がヤバい。

 交通網は完全にマヒしている。

 虱潰しに地下鉄を探すべきだろうか。

 苛立ちで考えが纏まらない。

 遊ぶ場所が溢れている東京のどこを探せと……。

 いや、さすがに遠回りまでしないだろうし帰り道の途中とか有り得そうだ。

 帰宅とかしてたらブチ切れる。

 帰りの電車に乗れる地下鉄の駅まで行って探すしかないか。

 

 慣れてないので地理に不安が残るが混雑している表通りを割けて裏道を通る。

 ぐちゃぐちゃになったスプラッタ死体が転がっていたが素通り。

 おお、グロいグロい。

 ヒロのこととか災害のことで感覚がマヒってる。

 なんかふわふわしているのだ。

 背後や空などの死角から襲撃してきた悪魔をクルースニク・レーダーで探知、撃破。

 指パッチンを合図に火の魔法、アギを使ってもらう。

 リアル「ロイ・マスタング」ごっこを楽しみながら魔力に慣れる。

 不思議な感覚だ。

 体力とも違う、精神的な何かが削られる。

 気疲れするんじゃないだろうか、これ。

 ストレスが増えるとかそんな感じかもしれないが上手く説明できない。

 

 

 

 天罰てきめーん☆とばかりにぼっこぼこにする。

 悪魔を見かけたら殲滅、まさに修羅である。

 さすがに人間を襲ってたり、死体に群がってたりする悪魔を無視するのは無理だった。

 悪魔を撃破する度に力がみなぎる☆

 どうやらクルースニクが力を取り戻すついでに俺への補助が強化されてるっぽい。

 悪い吸血鬼であるクドラクとの戦いに向けて俺の体を慣らしているとか。

 なんか勝手に改造されてるんですけど。

 

 徒歩で移動していたのだがあまりにも速度が遅いので悪魔が担いでいたチャリを奪った。

 血塗れのそれはどう見ても持ち主がこの世から去った一品だ。

 自分が壊れる最期まで主を乗せることのできなかった無念が篭っているのだろう、サドルが俺に座れと言っている。

 いいぜ、おまえの望みを叶えてやんよ!!

 

 クルースニク・パワーを自転車に宿らせるイメージ。

 俺くらいのシャーマンになるとオーバーソウルくらいできる。

 路地裏にたむろっている悪魔を轢きながら走る。

 ママチャリとは思えない威力で爆走する。

 もしかしたら俺はナイト・オブ・オーナーが使えるのではないだろうか。

 チャリが宝具ってどうなんよ、ださくね。

 でも、チャリだしライダー的な要素な気がする。

 ちなみに俺は第五次ライダー派な。

 なんて無駄なことを考えながらチャリで走っているが悪魔がやたらといる。

 そして無残な死体も転がっている。

 路地裏は地獄だぜぇ……。

 

 

 

 路地裏を抜けてすぐにクルースニク・レーダーに反応があった。

 宿敵・クドラクが近くにいるらしく騒いでいる。

 クルースニクが示す道は所々穴が空いていたり、建物が塞いでいたりと考えられないような悪路だった。

 そんな絶体絶命都市シリーズに出てきそうな道路をママチャリで駆け抜ける。

 飛んだり、跳ねたり、ビルの壁面を走ったり、悪魔を踏み台にしたりで突破した。

 その先の広い場所にたどり着くと銀髪をカールにした顔色の悪いオッサンが宙に浮いていた。

 顔色の悪いというか、もうゾンビとかそんなレベル。

 とりあえず華麗に撃破してヒロ探索に専念させてもらおうか!!とクドラクに正面からチャリをぶち込んだ。

 

 氷魔法のブフで凍ったチャリから飛び降りて指パッチン。

 アギで銀髪を焼こうとしたがブフで防がれた。

 銀髪は美少女と決まっているのだ、クドラクは禿げろ。

 クルースニクの見立てだと消耗は同じくらいだが、こちらのほうが俺のおかげで回復しているので有利っぽい。

 ただ、戦闘経験は向こうが上なので油断はできない。

 ブフが飛んでくるのを近場にいた悪魔を投げつけて相殺する。

 相殺できてる気がしないが走りながらテキトーに悪魔を投げつけてブフを防ぐ。

 俺が走った後ろには凍結した悪魔たちが転がっているに違いない。

 悪魔のストックが切れたので真面目に戦う。

 指パッチン・指パッチン・指パッチン……。

 アギを放ってブフと相殺させる簡単なお仕事です。

 

 千日手状態を維持しつつクドラクにバレないように距離を詰める。

 そして凍った悪魔を拾ってブフの射線上に放る。

 ブフが二重にかかってがちがちに凍結した悪魔が落下して砕け散った。

 それと同時にクルースニクに指示して溜めておいた炎魔法を放つ。

 クドラクもブフで対応するが、簡単に蒸発するだけだった。

 アギだと思った? 残念、アギダインちゃんでした!!

 驚愕しながら炎に包まれたクドラクを確認してからすぐに走り出す。

 

 最大威力のダイン級を使ったのでヤバい、なんかよくわかんないけどヤバい。

 ヤバいっつうか超ヤバい。

 魔力も空っぽだ。

 いや、アギくらいなら一度か二度いけるかもしれん。

 わかんね、ちょっと余裕ない。

 魔力切れるとヤバいってことだけわかった。

 クルースニクが生体マグネタイトが減ってるとかなんとか。

 生命力的なやつだろ、それ。

 だいじょばないじゃないですか、やだー。

 

 燃えて倒れていたクドラクに馬乗りになって殴る。

 クルースニクが止めるまでぼっこぼこにしてた。

 普通だと泡吹いて髪の毛が無くなってぼろぼろのクドラクは倒せないので特殊な封印が必要だとか。

 そんな準備してないんすけど。

 

 ホーソンスピアとか聞いたことねえし。

 それが無いとダメならストレンジなジャーニーしてる異世界で戦い続けてろよ。

 セイヨウサンザシで作った杭?

 あるわけない。

 セイヨウサンザシとか聞いたことすらない。

 ぺんぺん草じゃダメか?

 ……ダメでござるか。

 足の腱を切って埋葬?

 早く言えよ。

 テキトーに足をちぎって埋めればいいんでしょ、いけるいける。

 

 よし、やるかと気合を入れたらダイチが物凄い速さで駆けて行き、その後をヒロや新田が走り去っていく姿が見えた。

 声をかけようと口を開けた瞬間、凄まじい砂嵐で口の中が素敵なことになった。

 なんぞこれぇ……と唾を吐いていると徐々に視界が晴れていく。

 そこにはコーンアイスというか、アイスクリームコーンというか、そんな感じの何かがふわふわと浮いていた。

 まあ、コーンの上にあるのはアイスというよりもスカスカのピンクスポンジって感じだが。

 脳みそに見えなくもない。

 路地裏に散らばってた脳よりも綺麗だ、うん。

 

 アイスクリームコーンは得体の知れない何かだとかクルースニクが警戒している。

 悪魔とも違うらしい。

 めんどくせー。

 石を投げつけてみるが弾かれた。

 アギも同様の結果だった。

 届いてない感じがなんとも言えない。

 まさかあれはATフィールドか……?

 初めてみたぜ、ATフィールド。

 つまりあの脳アイスは使徒だというのか。

 エヴァないんだけど。

 人類敗北の予感。

 アダムがどこにあるのかは知らんけど。

 そもそもネルフっぽい組織があるんだろうか。

 あっても俺の歳だと乗れないだろうな……。

 

 呆けていると脳アイスが徐々に膨らんでいる。

 『Kresnik』が逃走を提案、『ORE』によって承認されました。

 全力で走って逃げる。

 だって脳アイスが浮いている辺りの地面が抉れてるし、なんかヤバいに違いない。

 クルースニクの補助を脚力に回して逃げる。

 爆発の余波に背中を押されながら風になることしか俺にはできなかった。

 クドラクを置きっぱにしたのを忘れてた。

 木端微塵になったかもしれん。

 

 

 

 とりあえず今日はヒロの生存を確認できたので良しとしよう。

 オレンジに染まった空の下で自分を納得させてみた。

 できれば合流したいものだが連絡ひとつ取れないのでは厳しい。

 そのうち会えるだろうし。

 ……無理かもしれない、東京って広いし。

 ダイチはいいとして新田といたのがよくわからない。

 仲良かったのだろうか。

 

 暗くなる前に拠点が寝る場所が欲しい。

 避難所なら人がたくさんいそうだけど、どこだかわかんね。

 そもそも脳アイスがドッカンドッカンやったせいかここら辺に人がいないっぽい。

 折角なので入口が荒れてぐちゃぐちゃになったホームセンターを探索する。

 入ってすぐに奇抜な現代アートと化した死体と悪魔の群れに遭遇した。

 鬱陶しい悪魔を駆逐してみたが色々と揃っているので一晩過ごす分にはなかなか良さそうだ。

 現代アートもあんまり気にならないのだが、俺ってヤバくね。

 ちょっと人間から離れてる気がする。

 クルースニクも気にならないって言ってるから大丈夫だろう、たぶん。

 

 食い物は事務室を漁ってたらインスタント系をちょろっと見つけた。

 無造作に転がっていた手動充電式のライトや乾電池が残っていたのもありがたい。

 ただ、水が無いのには困った。

 片手鍋とかヤカンはあるのに水がないとは。

 今更だが喉の渇きを感じた。

 意識すると超水飲みてえ。

 

 

 

 暗くなった路地裏を徘徊する。

 悪魔が活発化しているのかチャリのときよりも見かける数が多い。

 ブフが使える悪魔を殴って氷を作らせる。

 クーラーボックスを満たすくらいに集まったのを見て満足する。

 飲み水も確保できそうで喜んでいたら、服の裾が軽く引っ張られた。

 引っ張られた方に顔を向けると金髪少女の姿が。

 保護者とはぐれて迷子になったとか。

 よく生きていられたな。

 いつから迷子になったかわからないがこの路地裏で今ままで過ごしていたと思うと純粋に凄いので褒めてから連れて帰る。

 なんか誘拐犯っぽいが疚しい気持ちは一切ない。

 俺は紳士だからね。

 

 アギで氷を溶かし、店内を漁って見つけた携帯浄水器に水を通す。

 そしてその水を煮沸してインスタント食品に入れて三分待つ。

 その間に飲み水を用意したが、ペットボトルがない。

 まあ、水筒を見つけたので解決したが。

 しかも安心の魔法瓶だ。

 

 金髪少女の様子はというと特に不安も無さそうだ。

 俺が作業している姿を楽しそうに眺めていた。

 脳天気というかネジが外れているというか……ちょっと親近感が湧いた。

 店内からいろいろと持ち出して入口をバリケードで封鎖している最中に一番のお気に入りは現代アート(死体)だと笑顔で言われてから将来が心配になったけど。

 

 インスタント食品を食いながら話す。

 金髪少女は箸を使ったことが無いらしく、割り箸に苦戦していた。

 ちょっと面白かったけど涙目になってきて可哀相だったので持ち方を教えてみた。

 苦戦しながらもなんとか食べられたようだ。

 

 食べ終わって寝袋を用意しながら金髪少女の名前を教えてもらった。

 アリスという名前らしい。

 確かに似合っている。

 それ以外無いのではないかと思えるほどだ。

 不思議の国にいそうだし。

 俺と友達になりたいと言われたのでもちろんだと即答。

 何が楽しいのかニコニコと笑っている。

 

 

 

 鉄面皮バニー少女ティコとかアリスのせいでロリコンに目覚めそうだ。

 クルースニクがずっと黙っているのが気になった。

 とりあえず乾電池でスマホの充電ができたので明日にはフル充電だろう、なんか安心した。

 寝袋に包まりながら思いを馳せる、明日からどうなるのだろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

--2

 

 アリスに強く揺すられたので目が覚めてしまった。

 寝袋を使ってみたが、思ったよりも疲れが取れていた。

 充電を終えたスマホの電源を点けてみたらティコが凄まじい剣幕で画面いっぱいまで近づいてきた。

 ニカイア上に俺の死に顔動画がたくさん生成されていたとか。

 それでも俺は生きていたのだから、死亡フラグを沢山立てれば生存フラグに繋がるみたいなものだろうか。

 または死に顔動画は当てにできないデマだとか……。

 どうなのだろうか。

 ティコをなだめつつ時間を確認しようと時計を見るとが数字が文字化けしていた。

 悪魔系のアプリによる誤作動だとか。

 スマホはこれだから……。

 これではどうしようもないと困っていると、ティコが形容し難い歪な時計盤を持ってきた。

 影時間になると砕けるとかなんとか、よくわからんが時計としても機能するから大丈夫らしい。

 時間は朝の五時よりも少し前くらい。

 早起きってレベルじゃない。

 普段ならば健全な高校生の俺はもっと遅くまで寝ているはずなのだが、アリスに促されて活動を開始した。

 ちなみにペルソナは使えないし、シャドウも存在しない模様。

 ペルソナとかシャドウとかなにそれって感じだけど。

 

 

 

 ――激動の月曜日――

 

 

 

 朝っぱらから気が滅入る。

 路地裏に蔓延る悪魔が増えている気がするからだ。

 スマホの充電が切れるのは勘弁したいのでハーモナイザーなどのアプリを使わずにクルースニクの補助で乗り切る。

 乗り切っているのだが、なぜかティコが不機嫌になっていく。

 悪魔との親和性が高すぎて力を使う度に魔人に近づいているらしい。

 俺から生成される生体マグネタイトを分け与えているために魂への癒着が進行、そのうち浸食か同化が起きると断言された。

 精神も混ざっていくから人間よりも悪魔寄りの思考になってしまうとも。

 そいつは……ダメなのだろうか。

 「どうでもいい」とティコに伝えたら呆れられた。

 アリスの目が凄くキラキラしていたのでちょっと怖かった。

 

 できればヒロと合流したいと今でも考えているが、昨日ほどの焦りはない。

 ダイチの死に顔動画とかも届いてたけど、あの健脚なら大丈夫だろ。

 死んでたらその時はその時だ。

 むしろ幸せかもしれない。

 路地裏に転がる無残な死体を見ているとそんな気がしてくる。

 

 アリスが鼻歌混じりに路地裏を進む。

 肩から斜め掛けした自分の水筒を持てて嬉しいらしい。

 死体は気にならないっぽいので、俺も気にしない。

 クルースニクは未だにだんまりを決め込んでいる。

 死体をの損傷が激しい理由を考えていたらティコが教えてくれた。

 生体マグネタイトは感情が強いと多く生成されるので恐怖や苦痛を与えて絞ったのだろうとのことだ。

 悪魔が最も重要な物質なので殺されたら全力で絞ってくるか、虫の息で生かされてタンクにされるか、どちらにしても死んだ方がマシのはず。

 負けたら拷問されるとかホントに路地裏は地獄だぜ。

 

 路地裏を抜けて表通りを歩いているとアクセサリーショップを見つけた。

 アリスが躊躇いなく入って行ったので俺も着いて行く。

 中は荒らされた様子は無く、悪魔が倒れているだけだったので潰してとどめを刺す。

 アリスが奥から上機嫌で戻って来た。

 ヒランヤのネックレスを見つけたらしい。

 ヒヤシンスの仲間で植物の球根を想像していたが、全然違った。

 六芒星を模した物だ。

 アリスは二つ持ってきたらしく、一つを俺に渡してきたので受け取ることにする。

 悪魔に投げつけたら六芒星の呪縛とか発動しないだろうか……。

 変な思考を振り払おうとお揃いだね、などと言って首にかけてみる。

 さっきまでの子供らしさを忘れるほどにアリスは美しい微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 アリスが軽い足取りで進んでいく。

 その速度に合わせて俺も歩く。

 保護者の位置に向かって歩いているらしい。

 よく場所がわかるものだ、と内心で驚たが迷いのない歩きを見ているとどうでもよくなった。

 人をちらほらと見かけるが、道端に座ったままで瞳は死んでいる。

 満足に生活できない絶望からだろうか。

 でも、このままだと彼らは悪魔に殺されるかもしれない。

 ここら辺は悪魔が勢力を伸ばしているっぽいので危険なのだ。

 注意しようかと思ったが、面倒なのでやめた。

 アリスも生きられたのだし、なんだかんだで大丈夫なのかもしれない。

 実はハーモナイザーを駆使してる超人だったりするのかもしれない。

 とりあえず悪魔の勢力圏での座り込みは自己責任でお願いします。

 

 災害の影響が少ない、割かし綺麗な道までくると人が増えてきた。

 誰もかれも少なからず疲労しているらしく、表情は暗い。

 救助や救援もマヒしていて、警察も思う様に動けない様子だ。

 そんな街中を楽しそうに歩いているアリスは奇妙なのだろう、多くの視線を感じた。

 

 人が疎らになると悪魔が増える。

 面倒になって来たので放置してあったチャリに乗り込む。

 アリスを荷台に横座りさせて後ろから進行方向を指示させる。

 俺の宝具と化したチャリの威力に悪魔たちは成すすべなく轢かれていった。

 調子に乗って飛んだり跳ねたり壁を走ったりする三次元走法とかやったらティコにドン引きされた。

 アリスには好評だった。

 でも、横座りで三次元走法に耐えるとかアリスって凄くね?

 

 怒鳴り声が聞こえたので寄り道してみる。

 どうやら人間同士の争いらしいが、ドヤ顔で全員がケータイを見せつけている姿は滑稽だった。

 互いに悪魔召喚アプリを使っているらしく、悪魔が続々と現れた。

 そんな血みどろの戦いになりそうな混沌とした現場に一人の救世主が……!!

 まあ、俺なんですけど。

 

 横合いから第三軍として襲撃をかける。

 負けたやつはケータイを破壊されているが、それだと悪魔に襲われたとき危ないんじゃなかろうか。

 まあ、持ってても人に向けて使っているから危ないんだけど。

 どうしようもないね。

 どうしようもないから貰おうかな、と。

 他人のケータイでハーモナイザーを使えばいいんじゃないだろうかと思いついたわけで。

 悪魔を片っ端から撃破していく。

 チャリはアリスに任せてあるので素手だが、問題ない。

 指パッチンで炎も出すので一応はクルースニクも援護してくれているらしい。

 全滅して残ったのはほぼ全てのケータイを手にした俺だけだった。

 人には手加減してあるが、大人しくケータイを渡さないものだから怪我させてしまったかもしれない。

 まあ、悲鳴を挙げて逃げていったので知らんけど。

 

 ハーモナイザーを試す前にティコがスキルクラックしてくれるというので頼んでみる。

 スキルはアプリ所有者が悪魔が持っているような技能を扱えるようになるとか。

 スキルクラックはそのスキルを奪うことができるので奪って装備しないと意味がないぞ!!ってことらしい。

 なんかゲームっぽいね。

 普通はスキルを悪魔や人間から戦闘で奪うけど、俺のティコは管制人格的なやつなのでケータイと登録されているティコの番号があればスキルなどを片っ端から盗めるとか。

 これからは人間を見かけたらケータイを盗むしかないね!!

 冗談っすよ。

 ……たぶん。

 

 ハーモナイザーは前のティコを追い出して俺のロリティコを登録すれば使えるっぽい。

 使ってみようかと思ったが、他人のケータイはなんか嫌なので止めておく。

 どっかの店で良さ気なケータイでも見繕うかと思ったけどアプリがダウンロードできないかもしれん。

 乾電池とバッテリーでも持ち歩けってことだろうか。

 水筒とかインスタント食品とか、諸々の物品が入れてあるカバンにケータイを詰め込んでおく。

 使い道があるかもしれないし。

 なかったら無かったで捨てればいいんじゃないだろうか、と。

 

 チャリで爆走しながらティコにスキルを相談してみる。

 大したスキルは無かったらしい。

 アギとか耐火炎などはクルースニクがペルソナ状態の俺にはナチュラルに使えるので無意味だ。

 つうかHPとかMPが上がるスキルってどんな感じなのだろうかと思ってセットしてみた。

 HP上昇の活泉を付けると気っぽいのが溢れてくる。

 MP上昇の魔脈が魔力をより濃く溢れてくる。

 常時発動しているこの二つを同時に全力で引き出すと……

  

 

 

 体が爆発した^q^

 

 

 

 

 

 

 気や魔力がクルースニクの影響で活発になってしまっている。

 そして相反する二つが荒ぶって爆発が起きたとか。

 そんな考察できるティコさんマジ博識。

 とりあえず爆発するほどのエネルギーが生み出せるとわかったので良しとしよう。

 そのうち咸卦法ごっこができるかもしれない。

 居合拳の練習しておこうかしらん……。

 

 チャリが耐久限界を突破したようで壊れた。

 消耗が思ったよりも早いが俺のじゃないし、いいか。

 車とか使ったらもっと凄そうだが、俺は免許を持っていない。

 ダイチに運転させて轢きまくったら楽しいかも。

 

 SLのある広場が見えてくるとアリスが駆け足になった。

 俺も後を追っていくと黒と赤の紳士がいた。

 ――壺に封印して剣と合体させよう(提案)――

 変な考えが頭に浮かんだ。

 呆けているとアリスが世話になったと礼を言われ、いろいろなお香を置いて目の前から幻のように消えて行った。

 なんぞこれぇ……。

 

 

 

 三人が消えてすぐにニートってたクルースニクが復帰した。

 アリスがヤバすぎて喋るのを控えていたとか。

 ティコもアリスと俺が一緒にいてちょっとビビっていたらしい。

 何をそんなに驚いているのだと聞くと、アリスは魔人だったという衝撃の事実。

 ただ、俺にはそれが凄いことなのかわからないという悲しい知識不足。

 俺が片足突っ込んでいる魔人とは格が違うらしい。

 アリスは人でも悪魔でもない、別の何かで分霊ではない純粋な死神が一番近いっぽい。

 で、俺は文字通り人の身で悪魔に至る状態で悪魔憑きに近い。

 俺なんて粗製魔人じゃないですかー、やだー。

 しかも赤と黒の紳士は魔王級で普通は魔界で権力争いとかしているレベルらしい。

 なんかすごいね(小学生並の感想)

 

 とりあえずそんな凄い存在がくれた礼が普通のお香なわけがないと焚いてみる。

 罠とかそんなショボい可能性は無い、はず。

 一気に全部炊いてみたが、なんだかコンピュータに宿って死の間際にまにとぅまにとぅ連呼したくなる。

 まあ、冗談だ。

 お香のおかげだろうか、なんか力がみなぎってくる。

 

 

 

 SLの前でインスタントラーメンを食ってると顔色の悪いロンゲ兄ちゃんと目つきが険しい短髪の姉ちゃんが歩いてきた。

 二人ともこんな非常時だと言うのにコスプレしていて脳天気にもほどがある。

 ロンゲ兄ちゃんの名前はナオヤに違いない……勘だけど。

 一般人は危ないから帰れって言われたけど、どこに行けと。

 街中は先の見えない現状によるフラストレーションが溜まっているのか人間同士の諍いも起こりはじめているし、避難所は人が溢れていて拒否されるらしい。

 路地裏は落ち着かないし。

 奇抜なオブジェが転がってないだけここのほうがマシだと思う。

 ラーメンの汁を啜ってたら悪魔がどこからか出現したので、目の前で戦闘が始まった。

 火炎耐性のおかげで熱々のスープも一気飲みできる。

 姉ちゃんのほうは俺を護ってくれているのだが兄ちゃんの方は無視である。

 これはひどい。

 強い悪魔を使役してるなら俺を護る余裕くらいあるはずだし、マジひでぇ。

 そして、姉ちゃんを突破してきた悪魔が俺という無垢で無力な善人に襲い掛かった……!!

 

 面倒なのでロンゲの方に悪魔を投げ飛ばす。

 強そうなでかい犬を使っているので問題ないだろう。

 投げた悪魔が噛み殺された。

 大きな悪魔を使役したら乗り物として活用できるんじゃねって思ってたら戦闘が終了。

 

 無言の帰れコールが痛いので立ち上がると向こうのほうから歩いてきたヒロと目が合った。

 超久しぶりっすね。

 

 

 

 ヒロ、ダイチ、新田の三人はコスプレ二人組が所属しているジプスに保護されていて、手伝いで大阪に行く途中なのだとか。

 ロンゲの名前はほーついんやまとで短髪姉ちゃんはまこさこと……ではなく、さこまこと。

 さこまことさんのスカート短すぎる気がするけど俺への御褒美に違いない。

 まあ、新田も短いけど。

 

 折角なので俺も大阪行きに着いて行くことにした。

 ここで別れたら次いつ会えるかわからないし。

 誘われてないけどヒロが口添えしたら簡単に許可された。

 俺も一応戦えるし、大丈夫だろう。

 

 展示されてたSLがスライドして現れた抜け道から降りていく。

 地下にあった電車で大阪に向かうようだ。

 乗り込んだら外にはさこまことさんの姿があった。

 東京に留守番するとか。

 これは映画だったら帰り道に悪魔に襲われて死ぬパターンじゃないだろうか。

 ないか。

 

 クルースニクがクドラクを云々と言っているけど、残念ながら却下。

 俺の事情を優先しないと意味ないじゃないだろ。

 脳内で言い争っていると、ヒロから生きていて驚いたと言われた。

 確かにクルースニクがいなかったらどうなってたかわからなかったな、と内心で呟きながら頷いてみる。

 俺の死に顔動画がいっぱいあるので見せてくれるらしい。

 正直、自分の死に際を見てどうすんだよ……などと思いながらヒロのケータイを見る。

 俺が体験したほぼすべての戦闘に対して死亡シーンが用意されていた。

 最初のワンコロ戦までありやがるという親切仕様。

 ティコ曰く「クルースニクとの合体イベントは想定外」とのことで俺自身は通常の人間として扱われているために死に顔動画で死にまくっているとか。

 もう迷惑メールの一種だろ。

 ティコに他のやつらに俺のメールが届くのを止めてもらう。

 さすがにウザいだろうし。

 代わりにマジでヤバそうな死に顔動画だけティコが判別して届けてくれるという有り難いお言葉を貰った。

 ティコさんマジ天使。

 照れた顔も超かわいいですよ。

 

 大阪に着くまでヒロに仲間を紹介してもらった。

 一般人代表であるダイチ、流されやすいおっぱいな新田、ハンチング帽なお手上げ侍のジョー、ジプスの局長をしているヤマト、卑猥なバニーガールのティコ、いろいろな仲魔とともに大阪に乗り込むとか。

 ジプスは災害が起きたときに対処する国の機関である。

 つまりヤマトに媚びを売っとけば就職が決まるんじゃ……と思ったけどあんな崩壊した世界で仕事って復興作業とかだろうしヨイショしなくていいや。

 一時間くらいで大阪に到着。

 たぶん、一直線だから超速かったんだろ

 あとは電車がリニアレールとかの可能性も微粒子レベルで存在してるし。

 

 大阪のジプスで案内役として現れたのはヤンチャボーイだった。

 この時期に短パンって凄く根性がある……のだろうか?

 とりあえずシャワーが浴びたい旨を伝えるとどっか行ってしまった。

 ツンデレってやつか。

 男のツンデレって嬉しくないんだけど。

 可愛い男の娘なら許せたに違いない。

 美女なら全面的に許す。

 

 メールが届いたのでみんなが即チェック。

 今回のメールはさっき出会ったツンデレ・ワクイボーイの死に顔動画らしい。

 俺とヤマトは微動だにせずを貫く。

 というか、俺にきたワクイボーイのメールはティコが削除したために何もできなかったのだが。

 ティコさん……。

 

 どうやらヒロパーティはワクイを助けに行くことに決めたようだ。

 見逃せば殺すことが出来るというジョーの意見はなかなか興味深い。

 自分の動画が見れないのが一番エゲつないポイントではないだろうか。

 俺のティコさんのおかげで自分のが見れるし、特別扱いってやつか。

 他のティコじゃなくて良かったと思う、いろいろな意味で。

 

 ヒロたちは急いで探しに行ったので俺はヤマトとともに大阪本局へ。

 シャワーが浴びたいわけで。

 土地勘も無いから探しに行っても大した結果が得られない気がするんだけども、居ても立ってもいられないってやつだろうか。

 俺はワクイが死んでもいいと思ってるし、目の前で死にかけてたら助けてもいいと思ってる。

 つまりシャワーのほうが優先順位は上なのだ。

 たぶん、死なないんじゃないかな。

 ヒロが失敗することなんてほとんどないだろうし。

 

 

 

 シャワーを浴びて出撃!!と外に出る。

 とりあえずヒロに電話をかけて居場所を確認する。

 この電話はヤマトにもらったジプス専用回線が使える特別製である。

 ヤマトもツンデレらしい。

 ツンデレヤマトを忘却の彼方に送りつつ、現物をありがたく頂戴した。

 とぅうおるるるるるー……と電話を鳴らす。

 突然、パパが電話にでてキャッシュカードにお金を入れてあるからと伝えた後にセーブするか聞かれたらどうしようなどと思ったがそんなことは無く、普通にヒロが出た。

 ゲフェスに向かっているとか。

 ゲフェス……?

 

 悪魔を駆逐しながら練り歩く。

 裏路地だけでなく人気の少ない表通りにも悪魔を見かける。

 これが大阪だけなのか、東京でもそうなっているのか。

 たぶんきっと悪魔が増えてきたってことだろう。

 そしてアプリ使用者も増えてきたってことだろう。

 集まった戦果(ケータイ)が少し重い。

 

 道に迷って途方に暮れていると争っている音が聞こえたので走って向かう。

 ケータイを片手にドヤ顔なやつらと無力なパンピーを守る女性が戦っていた。

 ちなみに女性は卑猥な格好だった。

 服というか布で大事なところを隠しているだけというか、とにかく凄い格好である。

 闘うということは動くことなので、隠されたソコが見えないかと頑張ったが見えなかった。

 絶対領域というやつだろう、CERO:Bには負けるわ。

 

 見ているだけでは変質者なので女性に加勢しようとするとヒロたちも現れた。

 ゲフェス(?)とかいうやつの帰りでかなり疲れているらしい。

 悪魔が開催する夏コミみたいなイベントがあったのだろうか。

 無駄なことを考えながら悪魔を一閃。

 腕にクルースニク・サポートを纏わせることで悪魔の力であるマグネタイトの吸収効率がアップするようだ。

 ティコが腕の魔人化が早くなると注意を受けるが無視する。

 腕だけ魔人ってかっこよくないだろうかとか別に思って無い。

 真実の口に似た悪魔の口に腕を喰い千切られてロスト・アームになるもサイバネ研究所でサイバネ・アームとなり悪魔のストックが増えるイベントもカッコいいとか別に思って無い。

 

 ヒロたちが悪魔と協力して戦っているのを横目に眺めながら単騎駆けする寂しさ。

 俺も仲魔を集めてみようかと思った。

 魔貨なら貯まっているから使ってみればとティコが提案してくれた。

 そのうち使ってみたいものだ。

 

 特に問題もなく戦闘終了。

 女性が仲間になりたそうにこちらを見ている、という状況以外は。

 女性はヒナコという名でジプスに入りたいらしい。

 そんな簡単に入れるのかよと思ったのは秘密だ。

 バイトよりも軽いノリだし。

 とりあえず連れて行くようだ。

 

 ヒナコはワクイが死ぬ場所を知っているようだったので道案内を頼む。

 ビックマンまで走ったが、そこにワクイの姿は無かった。

 ……もう死ねばいいんじゃないかな。

 

 

 

 ワクイ死亡まで時間が余っているとかいないとかで、ここら辺の状況を確認しようという話になった。

 河川敷から眺めたが平凡な街並みは崩れ去っていた。

 ところどころに破壊の余波が広がり、黒い煙が上がっている。

 現実とは思えない世界がそこにあった。

 それすらもどうでもいいと思える自分がいたのだけれど。

 

 ワクイの死亡イベントが発生した。

 まあ、難なく回避したわけだが。

 咸卦法の練習して暴発した以外は特に問題なかった。

 抑える力が少し足りないようだ。

 修行とかして気と魔力の操作を万全にできれば抑える必要もないのだろうが、そんな暇はないようだ。

 ヤマトから連絡があったので大阪本局へ向かうことになった。

 

 ヤマトから世界がヤバいって説明を受けた。

 ヒロのパーティはテンパってどこかへ行ってしまった。

 ヒロも探しに行ったので俺も行くべきかと思ったが止めておいた。

 スマホの充電をしながらティコと会話。

 大半はヤマトから貰ったケータイに悪魔召喚アプリが入っていないという糞みたいな事実へのグチである。

 充電を馬鹿食いするが、ハーモナイザーはかなり有効的だ。

 身体能力の上昇が半端じゃない。

 常に使えるわけではないが、能力が大幅に上昇するという事実から心の余裕が持てるというものだ。

 

 ヒロたちが帰って来たのを見てヤマトが喋り出した。

 ヤマトは龍脈を扱えるらしい。

 俺も使える様にならないだろうかと練習することを心に決めた。

 そんな感じで過ごしていると警報が鳴り響く。

 敵が出現したとか。

 

 

 

 ボス敵ポジションを担うらしい『メラク』が出現した。

 脳アイスである『ドゥベ』の親戚か何かだろうか。

 『ドゥベ』はヒロたちが撃破したとかで、『メラク』も倒す必要があるらしい。

 ヤマトは北、ヒロは南に向かうことに決まった。

 ヤマト以外はヒロのサポートと言われたが、戦力が偏りすぎではないだろうかとヤマトの方に着いて行く。

 おい、犬に騎乗するのずるくね?

 見ろよこの健脚を。

 俺なんて走ってんだぞ。

 

 

 

 モンハンのハンマーにありそうなフォルムのメラクを確認。

 先手必勝とばかりに真っ直ぐいってぶっとばそうとしたらビームを喰らった。

 防御した腕が凍りついてビビった。

 れいとうビームかよ……。

 腕に炎を纏わせて解凍する。

 着実に人間離れしてきた気がしないでもない。

 

 ヤマトがいる位置まで下がって様子見。

 『メラク』の体が震えた直後、模様が分離した。

 分離した『メラク』の一部が飛んできたので迎撃。

 ファンネルか、ビットのような印象だ。

 見た目は完全にビットだが、破壊すると爆発した。

 ミサイルだ、これ。

 

 次々に量産されるミサイルに辟易していると『メラク』がれいとうビームを撃ってきた。

 ヤマトと散開して回避する

 が、その先にミサイルが先回りして追撃をかけてきて鬱陶しい。

 ヤマトも苛立ったのか『メラク』本体に強襲するが仲魔が一体凍らされて失敗した。

 徐々に『メラク』が前進、そして俺らは後退させられていた。

 

 ヤマトが龍脈パワーで押し切るつもりっぽいが使うと怠くて動けなくなるとか。

 そんな賭けに乗るのはもっとぎりぎりでいいと思う。

 メラクミサイルをヤマトに任せ、今日一日練習した隠し種を使ってみることにした。

 

 ハーモナイザーを起動し、活泉と魔脈を発動。

 合成しつつ暴発しそうなエネルギーを無理矢理抑えこむ。

 疑似的な咸卦法である。

 咸卦法と言い張るには弱すぎるが、一応は普通よりも出力が上がってるっぽい。

 道の脇に連なっている街灯を引き抜き、投げつける。

 『メラク』の外皮を破って突き刺さった。

 

 スマホの充電が切れる前に仕留めておきたいところ。

 引き抜いては投げ、引き抜いては投げ、……。

 道に縫い付けることに成功した。

 そして一息で接近し、れいとうビームを炎を纏った腕で防いだまま殴りつけ、ミサイルの射出口を砕いた。

 れいとうビームに構わず殴る。

 射出口を全て潰し、あとは嬲るだけかと油断していたら潰れたすべての射出口から円柱が飛び出し、輝いた。

 そして『メラク』を放ち、俺は巻き込まれた。

 「れいとうビーム・極」とか名前が付きそうな威力だった。

 耐性と似非咸卦法が無かったら死んでたかもしれんと凍った体をぱきぱき鳴らしながら再び殴る。

 

 砲撃の予兆が見えたので道に縫い付けていた街灯を引き抜いて出来た傷口に腕を突っ込む。

 「チャージなどさせるものか!!」と腕からアギダインを放つ。

 不快な気分になる悲鳴が響くが無視してアギダインを連発。

 魔力が枯渇する直前に『メラク』が根負けして悲鳴をあげて弾け飛んだ。

 嗚呼、だるかったと大の字で寝転ぶ。

 『メラク』の一部を吸ったのか、クルースニクはかなり力を取り戻してきたようだ。

 

 なお、ヤマトは後ろで犬に腰かけて高みの見物をしていた模様。

 

 

 

 回復してきたので歩いて戻っているとヒロたちを見つけた。

 ちなみにヤマトにはナチュラルに置いていかれた。

 へんなジジイの悪魔と戦闘していたので合流。

 時間はかかったが撃破に成功した。

 俺が言うのも何だけどこいつらは戦闘が好きだなあ、と思った。

 

 帰りの途中で『ドゥベ』や『メラク』が北斗七星の名前であるとヒナコが思わぬところで知識を披露した。

 ただの痴女ではなかったようだ。

 つまり全部で七体だからあと五体倒せばいいんだねなどと喜んでいるが、逆に言うと毎日これが来るということかもしれん。

 勘弁してほしい。

 いや、一日で全部来るのはもちろん嫌だけども。

 

 東京へ帰る間際で名古屋に物資運搬の手伝いが欲しいとか言われた。

 どうやらダイチが行くようだ。

 戦いではない手伝いと聞いて自分でも力になれるのだから、ということらしい。

 前向きでなかなか良いのではないだろうか。

 悪魔や人間との戦いばかりではダイチには厳しいだろうし。

 

 東京に行っても殺伐としているのだろうから、と俺もダイチに着いて行くことにした。

 実は名古屋って行ったことないんだよね、俺。

 興味あるんだわ、観光的な意味で。

 

 

 

 名古屋行きの電車でダイチは疲れたのかぐっすりと眠っていた。

 俺はティコとともに自分のチェック。

 やはり魔人になりつつあるそうだ。

 しかも、進行が予想よりも速いとも。

 

 結局、名古屋のジプス本局でもほとんど眠れなかった。

 眠る必要がなくなってきたのだろうとティコは言っているし、自分でもそう思った。

 こんなにも夜が長いと感じたのはいつぶりだろうか。

 ティコが居てくれて良かったと思ったのは何度目だろうか。

 

 

 

 

--3

 

不穏の火曜日

 

 あまり眠れない夜だった。

 眠る必要がない、と言った方が正しいかもしれない。

 少しばかりの睡眠なら必要だが、ほとんど仮眠のようなもので済んでしまう。

 ティコとクルースニクが話し相手としているのだが、やはり部屋で一人と言うのは気が滅入ってしまうように感じた。

 夜間でも活動している食堂で民間人から接収した可能性のある食べ物を胃に流す。

 物資はジプスでは余るほどではないが、外に比べたら贅沢なほどに溢れている。

 そんな状況を満足に過ごすことのできない日々を送る民間人が知ったらと考えると面倒な未来しか思い浮かばない。

 全部ヤマトに押し付けてバックれてしまおうかしらん。

 

 頭が働かなくなってきたので軽く寝ることにした。

 ついでにスマホを充電しておく。

 未だに太陽が昇っていない時間なので、食堂には人が疎らだ。

 俺が机を一つ独占した程度では問題ないだろう。

 机に突っ伏して腕を枕に眠った。

 

 クルースニクが俺の中にいるようになってからとある夢を見る。

 それは、ただひたすらクドラクと戦う夢だ。

 場所はここではない何処かで常に戦い続けていた。

 姿形を変え続け、ひたすらに戦い続けていた。

 劣勢に立とうとも、最期はクドラクを倒して自分が消えるような感覚とともに夢が終わりを告げた。

 

 

 

 ティコの呼び声で目が覚めた。

 幾分寝ぼけていたが、覚醒するまでにそう時間は費やさなかった。

 目の前まで迫っていた悪魔のせいだ。

 指を鳴らし、食堂内に炎が奔る。

 寝ている間に複数の悪魔に囲まれていたらしい。

 食堂には人間がいなかった。

 起こしてくれてもいいだろうに、薄情なやつらだ。

 内心で不満を呟きながら食堂ごと悪魔を燃やす。

 マグネタイトが散っていく様を眺めながらティコに状況を聞く。

 ジプスの名古屋本局内に多数の悪魔が侵入、一般局員および民間協力者が交戦中とのことだ。

 俺の死に顔動画が届いていたらしく、何度も起こそうとしたが全く起きなかったので音量を最大まで上げるハメになってしまったと愚痴られた。

 機嫌を直してもらおうと謝りながら食堂から出て見かけた悪魔を片っ端から焼きながら廊下を進む。

 いつかの路地裏の焼き増しのような光景が広がっていた。

 

 幸運にも隠れていたために無傷だった者、悪魔に襲われながらも生き延びていた者、傷が深く行動が厳しい者などを手当たり次第で救出しながら先を急ぐ。

 咄嗟に隠れて無傷だった者ややる気のある者を引き連れて、更に進む。

 回復はそいつらに任せて俺は順調に進んでいった。

 

 少しでも息のある人間は自分の後ろに放り投げながら廊下を突き進む。

 指を鳴らした際に生じる乾いた音がやけに響いて聞こえた。

 腐った魚のような悪臭に苛立ちながらも歩みは止めない。

 悪魔がうめき声とともに焼けていく。

 息のある人間といっても今歩いている廊下は名古屋のジプス本局であるため、黄色の制服を着たジプス一般局員ばかりだ。

 身体に欠損があろうとも、内臓が露出していようとも、辛うじて生きているのならとりあえず後ろに着いてきている局員に任せておけば治療を施してくれるだろう。

 生き残りが確認できれば悪魔へピンポイントで炎を飛ばし、人間がいなければ廊下ごと焼き切る。

 悪魔の数があまりにも多いことに辟易しながら魔法を行使する。

 多方面へ喧嘩を売っているジプスだが、まさか本局に悪魔が襲撃してくるとは思わなかった。

 やはり黄色の制服は目立つのだろうか。

 抗戦か、撤退か、ジプスの黒どもには指示を速やかに出してもらいたいものだ。

 抗戦にしても、撤退にしても、やはり外までの道を悪魔が蔓延っている現状ではそう大きな違いはないのだろうが。

 悪魔は大して強くないが多勢で攻められると一般局員では厳しいだろう。

 局員以外にも民間協力者がいるのだが、もう人数はほとんどいない。

 ケータイを掴んだままの腕や普通の服装をした胴体が転がっていて、そこから滲んだ血液が廊下にアートを彩っていた。

 戦える力を持つのも考えものだな。

 肉片にされた一般局員を横目に見ながら通り過ぎる。

 どうやら持たないのもダメらしい。

 難しいものだと小さく呟きながら悪魔を焼いた。

 

 ダイチの部屋はどこだっただろうかと次々と部屋の扉を開けていく。

 寝ている間に死んだ者や抗戦したはいいが狭い室内では十全に戦えずに死んだ者が転がっている部屋が多くあり、そういった部屋は開け放って悪魔の姿を確認した瞬間、焼き尽くした。

 片っ端から確認したがダイチの姿は無かった。

 やはり死んだのだろうか、残念に思った。

 最後に残しておいたお菓子が食べられた気分、というのだろうか。

 なんとなく気落ちしながら悪魔を焼き払いつつ外部へと繋がる出入り口を目指す。

 

 

 

 これで何匹目だろうか。

 本気でうんざりしながら歩き続ける。

 生き残りも少なくなってきたし、そろそろいなくなるだろう。

 ならば一息で廊下を燃やしてしまおうか。

 それなら俺は楽ができるし、かなり速く出入り口を奪還できるはず。

 もしかしたら他の出入り口が用意してあり、こちらの道はあまり重要ではない可能性もあるのだけれど。

 

 悪魔を焼く簡単な作業に本気で飽きてきた頃、悪魔が集まっているのを見つけた。

 不用意にも俺に背を向けている悪魔ばかりだ。

 何かあるのだろうかと蹴散らしながら進むと、ダイチと他二人ほどが悪魔と戦っていた。

 とりあえず悪魔を殲滅して合流する。

 

 ダイチの他に二人の人物がいた。

 ダイチが襲撃に気付き、悪魔を退けている間に合流して協力していたらしい。

 長身で口数少ない青年はジュンゴ、背が低くて勝気な印象を受けた少女はアイリという名だと聞いた。

 建物の内部まで戻っている間に、悪魔がまた中に入ってきたら面倒だということで外へ向おうという話になった。

 狭いので仲魔の召喚は無し、ジュンゴに前衛、ダイチに遊撃、アイリに後衛を任せてごりごり進む。

 接触前に悪魔に向けて炎を放ち、弱らせているためサクサクと進めるのだ。

 原型を留めていない死体が転がっているが、三人が見たら気分が悪くなるだろうと悪魔への攻撃に見せかけて消し炭にする。

 

 そろそろ出入り口だな、と話していると後ろから名も知らぬ一般局員が追いかけてきた。

 まだ悪魔がいるかもしれないのに豪気なことだと笑うと青ざめていた。

 クルースニクによる探知で殲滅したのだから残ってはいないと思う。

 気を抜きすぎだとからかってみただけだ。

 だからといって完全に安全ではないのだから少しは警戒すべきだが。

 

 悪魔の襲撃の次に、更なる問題が発生したので民間協力者である俺たちは散り散りに街へと撤退するように言い渡された。

 更なる問題とは、と疑問を投げかけようとすると答えが向こうからやってきた。

 暴徒が先ほどの騒動に乗じて別の出入り口から入ってきたようで、俺たちが歩いてきた廊下からも数人出てきた。

 興奮しているのか、廊下の惨状も理解できていないのだろう。

 怒鳴るように主張するとケータイ片手にアプリを起動させてきた。

 

 アイリが抗戦しようとケータイを取り出すが寸前で止める。

 一般局員が人質になっていた。

 今は撤退だと伝え、それぞれ散るように言う。

 不安そうなダイチの背を叩き、ジュンゴと握手し、アイリの頭を撫でる。

 女性の髪を勝手に触るのはマナー違反だが、頭がちょうどいいところにあったのだからしょうがない。

 三人が背を向けて走って行くのを見送って俺も少しばかり暴徒との距離を置く。

 なんか今生の別れみたいになったがただの逃走である。

 

 

 

 さて、どうしたものかと悩む。

 暴徒を焼くか、局員ごと焼くか、全て焼くか。

 そもそもジプス関連は面倒なので俺も逃走しようとした瞬間、ジプス局員や暴徒が倒れだした。

 ぷっつりと糸が切れたように、次々と音を立てて倒れる姿はうすら寒いモノを感じさせた。

 駆け寄ってティコにアナライズを任せると、全員死んでいるらしい。

 気絶などといった戦闘不能と違い、すぐにリカーム系の蘇生魔法を使わなければならない状態らしい。

 残念ながら俺は使えないので蘇生は無理だった。

 

 死に逝く人間たちを放って周囲を警戒する。

 近くに仕掛けてきた悪魔がいるはずだからだ。

 死に顔動画がアップされていたとティコが伝えてくれたが、見ている暇はあるのだろうか。

 クルースニクによって引き上げられた感性が禍々しい魔力を感じたのと女性型の悪魔が複数の人間を引き連れて姿を現したのはほとんど同時だった。

 悪魔が侍らせている人間は全員が男で、一般人のみならずジプス局員の姿もあった。

 黄色の制服だけではなく、ジプス上層の人間が着用できる黒い制服の男もいた。

 周囲の男たちの瞳に理性は無い。

 光の灯らない狂気すら感じる瞳でその悪魔に首を垂れて、ひらすら讃えていた。

 ティコがアナライズを終える。

 魅了された人間を引き連れた高位悪魔、名はリリス。

 背筋に嫌な汗が流れた。

 纏った魔力が澱んだ闇を彷彿とさせ、気持ちが悪い。

 

 

 

 リリスと目が合い、何かを呟いた。

 頬を舐められたかのようにねっとりとした魔力が俺の周囲を包み込んだかと思うと頭上が輝いた。

 ティコの叫びに反応して弾かれるように回避するが、間に合わない。

 全身を焼かれながら力尽くで破壊の炎の中から逃れる。

 咄嗟にティコが発動してくれていたハーモナイザーのおかげで生き延びることができたが、セットしてくれていた活泉の気や魔脈の魔力を素通りしてきたことに血の気が引いた。

 放たれた魔法はメギドラオン。

 メギド系は属性に寄らないエネルギーの塊を破壊に利用した魔法らしい。

 万能属性と呼ばれ、神の力の顕現でもあるという。

 人間が戦える範囲ではないのではないかと内心で舌打ちしながら駆ける。

 次々に放たれる破壊の光が周囲の建物を抉り、空間ごと削り取ったかのようだ。

 

 リリスとは魔力差が大きく、メギドラオンが直撃すれば俺は耐え切れずに消し飛ぶだろう。

 さっきの脱出自体も奇跡に近い。

 ティコのナビとクルースニクのレーダーによる紙一重での回避が癪に障ったのか、リリスは苛立ったように声を荒げながら周りの男へと指示を飛ばした。

 ケータイから数体の悪魔が召喚される。

 新たに現れた悪魔たちに気を使っている余裕はなく、距離を取るのに必死だ。

 有り難いことに何故かリリスはその場から動こうとしないのである程度まで離れることでメギドラオンからの安全圏を確保した。

 

 俺を追って召喚された悪魔たちが攻撃を仕掛けてくるがメギドラオンと比べれば楽な相手だ。

 個別にアギダインを放ち、炎幕が消える前に一撃を加える。

 咸卦法(仮)を纏った全力の突きによる会心の一撃で頭部を破壊し、霧散した不活性マグネタイトを吸収。

 リリスが動き出したのを横目に財布から取り出した五百円を指で弾き、羅漢銭ごっこで男たちが持つケータイを破壊した。

 死ぬ確率を減らすために邪魔を無くしておきたいという思いからだ。

 

 予想を上回る速さでリリスが接近してきた。

 メギドラオンを連打していたため、魔法型かと思ったが高位の悪魔の身体能力は人間を容易に上回るようだ。

 アギダインで進路を妨害するも大したダメージを与えられずに突破された。

 相手の打撃を受け流そうとしたが纏っていた咸卦法(仮)ごと吹っ飛ばされ、地べたを転がった。

 体勢を立て直そうと立ち上がると頭上に眩いばかりの光が爛々と輝いた。

 

 

 

 メギドラオンによる魔力の残滓から飛び出し、リリスに襲い掛かる。

 腕に残った鈍い感覚と受けきれず、今度はリリスが無様に転がった。

 気と魔力を暴発させることでメギドラオンの射程から抜け出し、纏った咸卦法のエネルギーを背中から放出することでさらなる高速移動を行ったのだ。

 気と魔力の消費が増えてしまうがハーモナイザーの時間内でしか使えないのだから贅沢は言っていられない。

 結局、咸卦法とハーモナイザーのどちらかが消えてしまえば死ぬことは確定しているのだから。

 

 苛立ちを隠せないのか大ぶりの攻撃が続くが回避しつつ、連打を浴びせる。

 咸卦法のエネルギーを放出して移動する『夢幻の具足』はリリスよりも格段に移動が速い。

 しかし、与えたダメージはすぐに回復してしまっている。

 マグネタイトを吸い取っているようで、男たちの顔色も悪い。

 男たち?と疑問を持った瞬間に近寄っていた魅了された人間に組み敷かれた。

 リリスが嘲笑いながら、鼓膜がヘドロで汚染されているかのような醜い音が聞こえてきた。。

 

 

 

 身体から力が抜ける。

 思考が止まる。

 肉体が朽ちる。

 全てが乖離する。

 俺には何もないのだ、と。

 

 ……。

 

 …………。

 

 …………………。

 

 ……………………ぁっぃ。

 

 

 

 胸元が熱い。

 太陽のように熱を帯びて、皮膚を焼いているようだ。

 それでいて凍える様に冷えており、皮膚を凍らせてしまいそうだ。

 不思議だ。

 とても不思議で心地よい。

 それでいて、気味が悪い。

 ハッと気が付いたように目が開き、男たちを振り払う。

 ヒランヤが輝いており、リリスが顔を歪めていた。

 あれが先ほど局員や暴徒を殺した即死魔法か。

 破壊の光が俺や男たちに降り注いだ。

 

 

 

 轟音が背中越しに聞こえた。

 太陽が増えたかのように空が輝く。

 複数のメギドラオンの光を背にリリスに迫る。

 何度も殴りつけ、頭上が輝くと同時に一瞬で離れる。

 周囲は破壊尽くされ、生命を感じさせることはない。

 つまるところ、リリスの補給線も断たれているということだ。

 咸卦法によって強化された拳で殴り、綻びから吸収する。

 クルースニクの警告が脳内で響くが、ここで倒れては何も果たせないと封じる。

 力が増していく。

 俺という器が決壊したかのように力が増していき、満たされていく。

 リリスを殺すために力を……。

 

 もっとだ。

 高位の悪魔ほど維持するコストは増え、マグネタイトを必要とする。

 もっと速く。

 削るとともに吸収する俺と、現界するだけで浪費するマグネタイトを魔法や防御に割いているリリス。

 もっと強く。

 迫りくる時間の限界は、どちらが先か。

 もっと悪魔のように……。

 

 

 

 リリスの体が爛れ、溶けだした。

 保有していたマグネタイトが現界に必要な分を下回ったため、スライム化が始まったのだ。

 メギドラオンでいたぶるように追い詰めていた余裕はどこかへ消え、焦り表情からが見て取れる。

 脆くなった腕をちぎって喰らう。

 役に立たない足を引き抜き喰らう。

 乳房を抉って、腹を引き裂き喰らう。

 自慢だったであろう顔を殴って潰す。

 

 残骸が悪魔を殺して平気なのかと呟いた。

 笑いが込み上げてきた。

 コイツはなんとつまらない言葉を最期に吐いただろうか!

 半魔だと嘲りを浮かべ、玩具でしかないと笑った、そんな悪魔であった襤褸がそんな言葉を!

 自分で俺のことを人間ではないと散々言ってくれたゴミクズの分際で!

 殺して平気なのかと、なんと無駄な言葉だろうか!

 

 醜い頭部に足を乗せ、徐々に圧力を加えていく。

 砕け散らないように、恐怖を感じるように、惨たらしく喰えるように、徐々に。

 

 そろそろ限界のようだった。

 選ばせてやろう。

 スライムとして醜く朽ちるか、このまま塵として散るか。

 言葉を聞かずに踏み抜いた。

 

 

 

 ははは、なんて無様。

 

 

 

 

 --append

 

 

 リリスの胸中にはかつてないほどの苛立ちが溢れ、焦りに変わっていた。

 この先にある人間の拠点を落とすことで我が身を縛る鎖から解き放たれ、自由を謳歌するほどの糧を得るはずだった。

 そんな、ほぼ確定した未来を歩む手筈だった自分は未だに無駄な魔力を浪費し続けていた。

 先ほどまで出来損ないの半魔として嘲笑い、ガラクタの玩具同然に扱っていた悪魔に魂を売った男が原因だった。

 

 不自由なく当分の間は現界できるほどに満ち溢れた糧を目前にして足止めを喰らい、尚も微量に削られていく。

 煮えくり返るような怒りが思考を簡単に奪う。

 それでもほんの残った冷静な一部が囁き、それに合わせて徐々に冷えていく思考とともに行動を起こした。

 

 拠点に群がる人間を魅了し、下僕として連れていた。

 理由は生体マグネタイトの生成であり、それ以上の価値は無い。

 そんな家畜に等しい下僕たちに指示を飛ばし、自分は変わらずに魔法を放つ。

 目障りな半魔さえ塵にできれば後は食事を楽しむだけなのだ。

 だから苛立ちながらも遊ぶように破壊の光で照らした。

 

 

 

 好機はそう間を置く事無く訪れた。

 地べたに転がされた怒りで無差別に魔法を放つ、そう演技した。

 自分よりも格段に速いだろう半魔は疑いも無く回避する。

 速いといえども、手に負えない速度ではない。

 ただ速いだけの半魔を家畜どもの場所へと誘導されていく。

 そして、家畜に引き倒された。

 

 単純でなんと愚かなのだろうと笑いが込み上げる。

 無様な姿を笑ってやろうと家畜に面を上げさせ、半魔の男と目を合わせる。

 気持ちの悪い目だ。

 仄暗い闇色の人には一切の感情が灯っていない。

 これが、こんなものが元であろうと人間の瞳とは考えられなかった。

 薄気味悪い腐った悪魔どものほうが奇妙な話だが人間味に溢れているだろう。

 これから死ぬというのに揺らぎが感じられないことに苛立ちを憶え、言いようのない不安が感じられる。

 だが今まで散々虚仮にされた怒りが不安を抑え、半魔に死を囁いた。

 

 徐々に弱まる半魔の輝き。

 ゆっくりと時間をかけて死へと誘う。

 何もできない雑魚の苦しむ姿が、怨嗟が、心地良いのだから。

 苛立ちが愉悦に変わり、満たされていく。

 上機嫌に喉を鳴らして笑っていると半魔に飾られていた首元のヒランヤが輝いた。

 

 輝くような闇に全身が焼かれた。

 自分が支配する夜よりも、更なる闇に身を焼かれる。

 深淵が吐き出され、精神すらも闇に浸食を受ける。

 そして、死が跳ね返された。

 身体が闇の汚染を受け、悲鳴をあげている。

 精神が闇に浸食を受け、悲鳴をあげている。

 感じられる魔力はリリスである自分よりも高位な悪魔による呪詛返しだった。

 胸中に芽を出していた不安が育つのを感じた。

 この半魔の男が受けている底の見えない加護が、おそろしい。

 

 纏まらない思考と見えざる強者の圧力がマグネタイトの浪費を加速させる。

 限界が見えてきた己の魔力による焦り、自分を包む闇による汚染が恐怖を拡大させ、矮小な半魔の男に怯えているという事実が苛立ちを生む。

 負の悪循環が苛む。

 半魔が跳ね起き、家畜を振り解いて走り出す。

 咄嗟に、メギドラオンを放つが捉えることができずに無駄撃ちに終わった。

 更なる浪費が焦りを呼ぶ。

 今回は小さな焦りのはずだった、消し炭になった家畜どもの姿を見るまでは。

 保険であった延命装置どもが、己の失態によって消し飛んだのだ。

 焦りが、恐怖が、苛立ちが、重圧となって圧し掛かってきているようだった。

 

 

 

 半魔の速度が上がっていく。

 劇的に疾くなる。

 先ほどまで余裕で捉えていた姿が次には霞み、更に影すら掴ませず、そして消えた。

 自らが視認できる限界を遥かに超えた速さだ。

 背から万能魔法に似た光を放ちながら移動していく。

 捉えられるのは魔力の残滓だけだった。

 

 自分よりも劣る存在に負けるのではないか。

 出来損ないの玩具が自分を殺すのではないか。

 そんな可能性が脳裏を過る。

 揺らいだ精神が、負の感情が、浪費を加速させた。

 

 

 

 最初の遊びとは違う全力の魔法行使。

 浪費を抑えた手抜きとは違う、自分の維持すらも捨てたメギドラオンを幾重にも照らす。

 その全てから縫う様に走り抜け、迫る来る。

 魔法を、見てから回避している様は新しい恐怖を植え付けるには十分だった。

 できるのは、もっと力量差があるか魔王として名を連ねている強大な悪魔だけだ。

 そんなことができる半魔など存在して良いはずがない。

 そんなものが許されるなど……。

 不安を糧に、恐怖が育つ。

 

 ゆっくりと視認できる速さで拳が迫り、強かに自分を殴りつけた。

 右腕は闇が燃えているかのような黒い炎を纏わせ、砕いた。

 左腕は虚無を思わせる素手で、砕け散った破片を喰らった。

 砕かれ、喰われていく。

 自分が徐々に喰われていく。

 大輪の花を咲かせるように恐怖が増幅する。

 半魔が纏った魔力が黒く澱んでいく。

 それに比例するかのごとく、喰われる速さが増した。

 もう自分には何もないのだと悟った。

 

 

 

 

 

 『あくま、を……ころして。へいき、なの?』

 

 スライムに近づきつつある醜い姿を晒しながら口から出たのはそんな言葉だった。口を動かすことさえ億劫だが、何もしなければ嬲って殺されるだろう。全てを魅了するはずの肢体は、朽ち果てた醜悪なゾンビのほうがまだマシであろうというほどに破壊されていた。現界することは不可能でも、これ以上の損壊を避けたかったのは辱めに耐えられなかったからに違いない。

 

 「悪魔を殺して平気かって?」

 

 男が反芻するように呟き、首を傾げた。普通の人間と同じ、普通の声。それをこの男から聞けると思うと、気持ちが悪かった。あまりに普通。普通すぎるのだ。有り得るはずがないほどに。

 

 「ははは」

 

 そして嗤った。普通に、可笑しなことが起きたと言わんばかりに笑ったのだ。朽ちた自分を足蹴にしながらころころと笑う姿は狂気すらも感じさせた。崩壊していく身体を踏みつけ、加速させた。

 

 「スライムとして醜く朽ちるか、このまま塵として散るか、出来損ないの半魔風情が高位悪魔のリリス様に選ばせてやるよ」

 

 潰された口からはもう言葉が紡がれることはない。睨みつけると男と視線が合い、恐怖が蘇る。爛々と輝く闇に彩られた瞳が自分を射抜いていたのだ。浸食・汚染が激しくなった。すぐにでも消えて無くなりたい思いだった。

 

 ぐちゃりと音が間近に聞こえて、意識は途絶えた。

 

 

 

 

 


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