実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

58 / 134
とある科学5

 

 

7

 

 

 --1

 

 第七学区に隣接する第一〇学区は、同じ学園都市内でも治安の悪さでは一、二を争う学区だ。そこに或るすべてが後ろ暗い何かを抱えている。嫌われ、拒まれ、捨てられ、逃げたモノが集まる失楽園。

 路地裏では、学び舎のカリキュラムに付いていけなくなったドロップアウトが身を寄せ合ってスキルアウトを形成している。スキルアウトが群れ成す路地裏から表へ出れば、実験動物の処理場や少年院の敷地が目に入る。中心部には広大な敷地を必要とする実験施設や原子力を用いた研究所などもあるという。

 第七学区と第一〇学区、学区同士の境界から少し離れた位置に寒々しく乱立する墓地群。その先の教会に、アイテムの仲間である大神は住んでいる。そう本人が言っていたのを絹旗は覚えていた。

 手入れされた鳶色の頭髪をパーカーのフードで覆い隠しながら、整地された道を歩く。日光の射す表通りは存外綺麗な物だが、路地裏は汚物の温床となっていた。第七学区にほど近い場所とはいえ、普通の学生は近寄らないような場所だ。絹旗のショートパンツから伸びた白い足に釣られた阿呆はすでに骨の幾本かが半ばから折れ、悲鳴に喘いでいた。それに怯えたか警戒した複数の濁った視線に晒された絹旗は、連中が害虫のようだと思った。心も、その在り方も、暗く薄汚い。暗部にいる自分よりも遥かに”それら”が汚れて見えた。

 

 何故自分がこんなところまで大神を迎えに来ているのか、絹旗は逡巡する。いつも通り彼は十三時になれば現れるだろう。それなのに、わざわざ十時にもならない時間に向かっていた。自動で運航しているバスを乗り継いできたが、大神の住む場所のすぐ近くに路線は通っていないので、第七学区の外れから歩いて向かう必要があった。面倒だなと小さな徒労を感じる。

 昨日、集まって買い物する約束をしたことが始まりだった。一方通行が連れてきた少女の服を買うついでに大神の携帯電話を弁償する、それが麦野の言葉だった。ツッコミのように普段と同様に放った能力が旧い型落ちの電話を消し飛ばしたことが発端だった。頭を焼かれようとも、四肢を砕かれようとも気にした素振りを見せない大神が凹んでいた姿を見て、少し気にしたらしい。何か大切な物だったのではないか、と。あの麦野が配慮する、珍しいこともあるものだ。

 能力が高まるほどに、気兼ねなく接することのできる”人間”は少ない。能力は発現するまで、そして使いこなすまでは苦労するが、乗り越えれば”手足”のようなものになる。ついとばかりに使いたくなる。ただ、その”手足”の挙動に相手が耐えられるかどうか、別の問題で大抵は我慢しなければならない。我慢することは人間が生きる上で重要だし、大人ともなれば耐え凌ぐことが生きることに直結するほどだ。だが、能力者の大半は子供だ、精神的に未熟で我慢を覚えるには早すぎるほどの。”気兼ねなく接することができる”点で、大神はやはり貴重だ。接することができる。どれほど貴重か、本人たちが一番わかっているのだろう。意地を張って認めたがらないが、離れていかないのがその証拠だ。無理にでも追いかけてくるから諦めて一緒にいる体を装っているが、配慮を見せるほどなのだから、一応は近くにいることを認めているのだろう。

 

 絹旗は最初、大神は口は悪いが心が広い聖人か何かではないかと考えていた。『原子崩し(メルトダウナー)』で頭を消し飛ばされても気にした風もなく普通に接するし、『窒素装甲(オフェンスアーマー)』で殴っても、やはり何も無かったように振る舞っている。施設ごと大神を吹っ飛ばすようなフレンダの洒落にならないミスも楽しそうに潜り抜けるし、能力体結晶の影響を受けた滝壺をアクエリアスで回復させた時など冗談かと思ったくらいだ。

 だが、ひと月も過ごせば認識は変わった。考え無しの馬鹿なのだろう、という感じには。昨日など一方通行を散々煽った挙句に頬をぷにぷにしだしたのだ、能力の一切を無視して。以前からその節はあり、最近では触れるようにまでなっていた。どれほど高等な技術なのか、どれほど尊い能力の使い方をしているのか、あの馬鹿にはわかっていないのだろう。もしくはわかっていてわからないフリをしているのかもしれないし、一方通行も理解しているはずだ。自分を害することが可能になりつつあると。それでも結局パンチを一発だけ見舞うことで終わりにした。誰も詳しく聞きださないし言い出さない。互いの領分を侵さない暗黙の了解だ。

 結局のところ、あまり気にしない性質とあの瞬間再生を伴ったための能天気具合なのだろうというのが絹旗たちの同一見解だ。無駄な不死性と馬鹿力、足りないおつむを伴った大神は、もしかしてゾンビかキョンシーの類ではないかとアイテム内で三日ほど囁かれ、麦野がぬいぐるみを抱きしめても眠れなくなったほどだったが。

 別に大神がいたから救われたとか、安心できるとか、そんな話にはならない。ならないが、決していないほうがいいというわけでもないのだろう。緩衝剤と呼べるほどに柔らかくもなく、拘束具ほど強くない。衝動の矛先、感情のサンドバッグ。悪く言えば癇癪や我が儘を受け止めてくれる壊れない玩具。

 そんな男を、絹旗がわざわざ迎えに向かう理由は、発案者の麦野から逃げたかったからに過ぎない。仕事による報酬を受け取り、ファミレスで駄弁って好き勝手に遊んだ昨日までは機嫌が良かった。だが、今日の朝にかかってきた電話の声音から、隠そうともしない不機嫌を感じ取った。超能力へと至った麦野の”手足”である『原子崩し』は、駄々を捏ねただけで甚大な被害を被る。機嫌が治るまで何処かに行くのもいいが、それでは寂しいから。それに大神は優秀な盾にもなるし、大抵の我が儘は受け入れてくれる。時間つぶしには最適だった。仲間のフレンダと滝壺が被害を被っているかもしれない。が、危機に直面したときに逃げない輩が悪い、と小さく頷きながら絹旗は自分を納得させた。

 

 

 

 

 

 --2

 

「教会に住む大神……? うーん、ゲロ神父のとこですかね? 他に教会はないですし」

 

 三人の男に骨増量キャンペーンを体験させてあげたところ、典型的なヤンキーの集団に声をかけられた。また骨を増量してあげるサービスを振る舞う必要が出ててきたのかと、絹旗は内心でげんなりしていたが、予想は裏切られた。小さい子供や雨に濡れた動物を助ける、そんなことを信条にしている不良たちの集団らしい。誰が小さい子供なのか、骨を30%増量キャンペーンで聞き直してあげたいところだったが、麦野とは違うと自分に言い聞かせ、冷静な判断を下した。助けてくれると言うのなら助けてもらおう、そう思い、大神がいるという教会の詳しい所在地を尋ねた。返ってきたのは言葉はこの第一〇学区唯一の教会に住むゲロ神父なる者だった。教会、神父、ゲロ、得られた情報のあまりの不協和に絹旗は頭痛がしたように感じた。そして、詳しい情報も無くここまで来た自分の短慮を恥じる思いだった。

 

「……その、げろ神父というのは、ずっと超嘔吐している方なんですか?」

 

「いや、させてる方ですね」

 

 強面でガタイのいい丁寧語ヤンキーが顔を顰めて答えた。「超嘔吐ってなんだよ、内臓吐きそうで怖ぇよ」「いやでもあれは確かに超嘔吐だった」「五人を縦に並べて一撃で超嘔吐させたらしい」「超嘔吐って技名かよ」といった言葉が丁寧語ヤンキーの後ろで飛び交っていた。詳しく聞くと、どうもゲロ神父という人物は立ちふさがった不良を腹パンして嘔吐させていったらしい。その悍ましい姿を揶揄して付いたあだ名が”ゲロ神父”。

 聞けば聞くほど、大神としか思えない情報が舞い込んでくる。幼稚な煽りをしてくる、すぐに手の平を返す、説教の言葉よりも先に手が出る、ペットボトルの水を聖水と称してかけてくる、じゃんけんで”てっぽう”や”ばくだん”といった反則を使う、ふさふさした白銀の犬に変身できる、毛を触りたい、等と様々だ。知人の話を人伝に聞くだけなのに、絹旗は何故か頭痛が酷くなった気がした。

 

「……多分本人です。できれば教会の近くまで超案内してもらっても?」

 

「ああ、大丈夫ですよ。じゃあ、着いてきてください」

 

 丁寧語ヤンキーが後ろに控えていた集団に声をかけると、絹旗と丁寧語ヤンキーを残して去っていった。この第一〇学区の連中がこうやって集まって巡廻をしているらしく、ある種のバイトであるとも語った。概要としては、暇なときに困っている人を助けるよう巡廻し、ゲロ神父から小遣いを貰えるちょっとした手伝いのようだ。嘔吐させて回った人間の手伝いをする、奇妙な連中だというのが絹旗が抱いた考えだ。丁寧語ヤンキーがゆっくり進むので、追い越さないよう着いていく。早く歩かないのは女性への配慮か、子供への優しさか。見知らぬヤンキーに思いやりを持たれても嬉しくないが、できれば前者であって欲しいとも考えた。

 

「アンタ、神父の知り合いですか? あの人ちょっと変わってるんですよね。なんかよくわからないし」

 

「ああ、まあ、仲間って感じですね。変わっているのは確かですけど、ちょっとって程度では超ないです」

 

 学園都市の第一位と第四位に攻撃されても気にせず煽り続け、動力が生きている溶鉱炉に落ちてもクロールして渡り切り、絶え間なく出続ける液体窒素で凍結させても自ら粉々になって再び動作しはじめ、閉じ込めた真空状況で元気に動き回る摩訶不思議な生き物をちょっと変わっているなどで済ませていいはずがない。存在自体がB級映画のラスボスの総体みたいな大神がちょっと変わっているというのなら、人類は凄まじい進化を何時の間にか遂げていたことになる。深海に沈めても潜水して戻ってくるような男を、さすがにちょっと変わっているとは認められなかった。ちょっとで済ませることの出来る誤差から、絹旗の認識では随分と離れていた。

 

 

 

「まあ、あれでもいい人……いい人? ……き、きっと良い人だと思うんで」

 

 声の震えは意図的に無視することにした。無理して褒めているところを突くほど、絹旗は良識外れではないのだ。そういうのは麦野やフレンダ、大神、一方通行、滝壺に任せておけばいい。集まっている仲間の大半が良識外れという思いに至りそうになり、思考を断ち切った。朱に混じることはない、そのはずだ。大神と時々話している”しいたけちゃん”とやらはかなり常識的だった。二人の縁は半年以上だという。ともすれば染まることはないはずだ。あまり歳が変わらないという信じ難い事実も聞いてしまったが。

 

「ほら俺たちってスキルアウトってやつらでして。行くところもそんなにないんすよ」

 

「能力が育たなくてバックれた超ドロップアウトですからね。望んで道から外れたのだからしょうがないとも言えますけど」

 

「アンタも結構言ってくれますね。合ってますけど。でも数だけはいますから自然と何か所かに集まってしまうんすけど、そうなるとアンチスキルに捕まったり解散させられたりする。数が減れば能力者狩りの仕返しとかで能力者に襲われることもありますし」

 

 教員で構成されている警備組織、『警備員(アンチスキル)』。 学園都市に住む大人、特に教師が主な構成となっているそれらは強力な装備に身を固めている。能力が得られずに折れた弱者の寄せ集めではいくら集まろうとも烏合でしかなく対抗できない。『風紀委員(ジャッジメント)』と並ぶ武装無能力集団(スキルアウト)の天敵ともいえる組織だ。カリキュラムから逃げたドロップアウトは、傷をなめ合うように集まるが、その逃亡先でも安寧は少ない。追い詰められるのが精神的か肉体的か、そんな話だ。事件を起こさず素行良く過ごせば見逃されることも多いが、低きに流れた澱みが己を律するのは酷だった。

 

「まともな学区は普通に生活できるかもしれないけど、そこで平気でいられるならスキルアウトにはならないんです」

 

「でしょうね。結局逃げられる場所は学園都市の中だけですから、受け入れるか退くか。カリキュラムを受けた学生が学外に出ることは許されないので超鳥かごですね」

 

「そっす。それで都市のシステムからなんとか逃げようとして辿り着くのが誰も見ないようなこういう場所なんです」

 

 路地裏、廃工場、廃棄された研究所、寂れた学区。逃げ続けるドロップアウトが行き着く先は、上から見下されることのない暗く狭い世界の隅だ。澱んだ水が流れ、何処かに沈殿するように、集まって互いを慰める。幼い子供の精神が、納得できない世界への反発として薄暗い世界へと向かわせる。何時か妥協できるその日まで、未熟な心が育つことのできる場所を求めながら。

 

「でもまあ、この学区は多くのバカが集まってもかなり目溢してもらってるんですよ。能力者狩りが行われたここがっすよ? ゲロ神父に聞いても手伝いしてるから更生の余地があって見逃されてるとか」

 

「はあ、つまり神父が超救ってくれた的な? メシアンとでも言いますか?」

 

「いやいや、まさか。有り得ないでしょそんなの。あの人が救うだなんて」

 

 話を聞いていたらしい路地裏の住人たちも、揃って首を縦に振っている。第七学区との境の路地裏は腐った空気を醸していた。今いる此処はあそこよりもまともに感じた。ほとんど距離は離れていないのに、雰囲気が全く別物だった。連中の誰もが目は濁っていない。輝いているとまではいかないが、何もないというわけでもないのだろう。空っぽの人間、失った人間は総じて輝きを失うから。

 どうやら何かしら作業をしているようだった。参考書を手にしている者や機械を弄っている者、能力向上を試みている者、中にはフォークリフトのような機材の練習をしている者たちもいて様々だ。ちょっとした出店や屋台も開かれていて、明るい雰囲気すら漂っている。様々いるが、誰も生き詰まってない。そう、生きることに望みを持っているような。そんな気がした。

 

 

 

「ただ、考える時間と場所だけくれたって話ですよ。あとは何も考えない塵と何かを考える屑を交換したって言ってたくらい」

 

 丁寧語ヤンキーがスキルアウト達が収容されている施設の方角を指差しながら「あそこに何人も送られて、それと同じ数だけ仲間が出てきたんすよ」と笑った。傷をなめ合うことが出来て、時間に追い立てられず、何かを求め続け、繰り返して試行し、誰にも責められることのない、そんな此処が彼らには貴重なのだろうことが見受けられた。親身に施すこともなく、突き放すわけでもなく、思考と試行を続けられる場所。これが此処に居るスキルアウト達が望む距離に保たれている結果なのだろう。持つ者の失楽園、持たざる者の楽園。そんなところだろうか。

 

「あの人が一番何も考えて無さそうなのに、考えない塵をリサイクルってかなりウケますよね」

 

 通りの端に点在する出店や路地裏から「あれは自虐ネタなんじゃないか」「同族嫌悪だろ」などと言葉が飛び交っている。誰もが楽しそうだった。劣等感の強く、何かに追われるように焦っているスキルアウトたちの姿とは思えないほどに何の気負いもない。未だに彼らは自信がないのかもしれないが、余裕はあるのだ。遠くから様子見する神父に与えられた、自分を模索できる時間と場所が。

 

「そういえば七学区んところに陰気なやつらがいたでしょ。あれも可哀そうで半端なやつらっすよ。もっと過激なスキルアウトに入るほどに嫉妬も育たず、此処まで来る勇気もない。けど、戻る意気地もない。下手なプライドばかりが育ったんでしょう、哀れですが。たぶん連中も腹パンされたり、交換に出されたり、元の場所に戻されたりと、そのうち間引かれますよ。ここに住みつくのも出てくると思いますけど。ゲロ神父の間引きは壮絶ですから、十人も残らないと思いますけど」

 

 丁寧語ヤンキーの先導で、絹旗は墓地群の近くに辿り着いていた。ちょっとした丘の傾斜には、和洋折衷とでも言いたいのか統一感なくたくさんの種類の墓が乱立している。遠目から見ても清潔さを感じられ、死した後でもゆっくり眠れそうなほどに穏やかな風が流れている。らしくない。そう、らしくない。陰鬱な印象があった墓場らしくないし、ここにあの大神がいるのもらしくない。何となく絹旗にはそう思えた。

 

「別に認めてほしかったわけでも見ていて欲しかったわけでもなくて、何となく嫌だったから逃げて、どうにもならないからスキルアウトになったのに。どこにも行けなくなりそうになって。そうしたら神父が腹パンした後に好きにしろって。その後は一日中吐きっぱなしでした。で、最初はぶっ殺してやろうかと思いましたが、なんとなくやめました。あの見えない腹パンも怖かったし、同じ境遇のやつらとも変な連帯感が生まれましたし」

 

 遠目にも、赤い修道服と白い修道服を着た二人の少女が見えた。墓地の整備をしているようだが、教会に所属しているシスターだろうか。その周りに、スキルアウトらしき男たちも同じように掃除している姿が確認できた。きちんと人がいることに、綺麗に管理されていることに、絹旗は眉を顰めた。ただのセーフハウスにしては手が込んでいる。拠点にしては立地が悪い。

 微妙な場所だった。だが、とても綺麗で、堪らなく儚い。

 

「それからここで過ごすようになって、ときどき顔を出す神父にいろいろと手伝わされて、なんとなくやってみようと思った勉強を始めたんです。そしたら神父が腹パンじゃなくて頭を撫でてきたんです、撫で方もがさつで痛かったけど不思議と悪くない気分でした。なんとなくここに居ていいんだって思えて。よくわかんないけど、なんていうんだろう。たぶん、嬉しかった、そんな気がするんすよ。あいつらもみんな同じなのかな……」

 

 呟くように「神父は丘の上の教会です」と告げて去っていた。その背に礼を述べる。此処には絹旗の知らない大神の姿があった。よく話すのに初めて見ることばかりで、大神について全く知らないことに気付いた。当たり前のその事実が、なんとなく不思議で、どうにも寂しかった。

 絹旗が教会へと続く墓地群の丘へと足を踏み出すのと、赤と白の二人の修道女やスキルアウトたちが行っていた墓地整備が終わったのは同時だった。

 

 

 

 

 

 --3

 

 丘の上に建つ教会に向かって、綺麗に舗装された道程を歩く。なんとなく奇妙だった。何が奇妙なのかはわからなかったが、絹旗は何か不思議な物を見た気分だった。

 探るように見て回る。墓石が見事なまでに磨かれており、墓周りの空間も整備が行き届いていた。また、教会へと至る道に塵ひとつ落ちていない。先ほど見たように、シスターやスキルアウトの連中の手によって掃除が行き届いているのだろう、そう絹旗も考えた。が、観察して見ればそれ以外にも不思議な点がある。不気味だとか、そういう話ではないが奇妙だった。不必要な物が存在していない。何処にも無駄な物が一切ない。そこに気づいてしまえば、あとは連鎖的に見つかった。

 少しだけ照り返している墓の数々、周りには均一に整えられた徒花が生えている。絹旗が歩いている道に敷き詰められた灰白色のブロックには一ミリですら起伏がない。そよぐような柔らかな風が一定の間隔で吹き続けているし、青空に浮かぶ太陽の日差しも弱いように感じる。今は九月が始まったばかりで、まだ夏の熱が尾を引いている時期だ。気づかなかったが気温も程よく感じる。空気も澄んでいて、何かが混ざったような無駄な匂いもない。精密に整えられた自然、そんな感じだろうか。

 

 掃除を終えたらしいスキルアウトの連中とすれ違う。互いに会釈するだけだった。心なしか背筋が伸びていた気がした。絹旗に気付いた赤と白、二人のシスターがゆっくりと歩き寄ってきた。修道服の裾は長いが足に絡まるような様子はない、器用な物だ。白いシスターは上下真っ白の修道服に金の刺繍が、赤い方は赤を基調とした修道服に白い刺繍が施されていた。意外と彩色が豊かで、刺繍も細かく上品だ。穏やかな雰囲気を纏っている二人を見ていると、大神がいるのはやはり間違いなのではないかと思ってしまうほどだった。

 二人とも絹旗と同じくらい小柄で、フード状のコイフルから覗ける金と銀の頭髪が日の光で輝いていた。赤い方は太陽のように眩い金色の髪で目が隠れており物静か、白い方は大きな澄んだ緑の目が活発そう、そんなそれぞれの印象を絹旗に与えた。

 

 

 

「第一の質問ですが、何かご用でしょうか」

 

 小首を傾げながら赤いシスターが口を開き、囁くように問う。静かな声音が見た目よりも歳上なのかもしれないと感じさせたが、幼さを含んだ特有の少女然とした高さも含んでいた。その隣で同じように白いシスターも傾げていた。姉妹というわけでもないが、どこか似ているようだった。どちらが年上なのだろうか……。

 

「知人を訪ねにきたんですけど。多分ですが、その……げろ神父って方かと、思います。ちょっと超自信ないんですけど」

 

「ゲロ神父……。第一の解答ですが、ベート・シャステル司教様かと思われます。補足しますが、私たちが所属しているロシア成教第一〇学区教会には、神父と呼ばれる地位にいる方は彼だけです」

 

 ベート・シャステル、絹旗の知らない名前だ。以前、大神は偽名を使っていると言っていた。いくつも用意してあるのだろうか。それに、教会の司教であるともいう。偽装の背景か、やたらと手が込み過ぎているように感じた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。