実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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虹鱒3章

 

 --1

 

 1万5千6話までのあらすじ

 

「みくにゃんのファンやめます」

 

「え、ひどくない?」

 

「ひどくないです。そもそも練習生だったからファンなんていないけど」

 

「ちょ、ちょっとはいるにゃ。野外ライブで歌ってたから百人は……」

 

「いねぇから! 勝てないアイドルを応援して玄人ぶりたいだけだから! そもそも魚が食えないのにかつお節が食えるってどういうことだ! 加工品はよく考えたら原料と別物だから好物でも問題なかったぞこのやろう!」

 

「にぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 ナデポ(握撃)によってみくにゃんは藤○竜也に進化したぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 --2

 

 アルバイトの下積みを経て、恩ある社長の御心によって大手の346プロダクションに就職することに成功した俺。

 今まさにエリート街道を爆走中である。

 大手に勤めたのだから福利厚生がばっちりで給料も多い、そんな夢を抱いたものだ。

 現実は違った。

 まあ、何にだって欠点は在るものなので、脇に置いてみて見ぬふり。

 

 エリートとなった俺の仕事内容はアイドルのプロデュースだ。

 自分の好みの女の子をそこら辺でキャッチして「ぼくがかんがえた萌え萌えコスプレ」を着させる職だ。

 346プロのアイドル部署が設立されたのは俺がアルバイトとしてお世話になった際であり、新入社員の俺と先輩の武内さんで事業開拓をしているというサバイバル感満載。

 失敗して爆死、後に露頭に迷うフラグかと思いきや意外と上手くいっており、成功の軌道に乗っている感じがしているわけで。

 俺もまあまあの仕事振りだと自負しているが、やはり大手のごり押しは違う。

 ふわっとした感じでも成功を納められる346に心強さとを感じながら、お金がもらえるので瀟洒な下僕のように振る舞っちゃう。

 

 そんな下僕の俺にも悩みがあった。

 その悩みとは……

 

「仕事したくないです」

 

 真顔。

 そう、仕事をしたくないということである。

 勘違いして欲しくないのは労働せずに銭が欲しいとか、そういうわけではないのだ。

 

「わかる、わかるよ、なずさん。杏には全部わかってるから」

 

 悲しいかな、妖怪飴くれに勘違いされてる。

 こいつ、絶対わかってない。

 

「いや、絶対わかってないっしょ」

 

「いやいや、わかってるから飴ちょーだい」

 

「いやいやいや、わかってないっしょ」

 

「いやいやいやいや、わかってるから。飴はよ、はよ」

 

 いやいや煩いな、こいつ。

 飴を渡すまで繰り返すつもりだろうか。

 なんて意地汚い妖怪なんだ、飴くれ。

 貰う側が偉そうだなんて資本社会を舐めているとしか思えない。

 

 

 

 

 

「そこまで言うなら飴をやろうじゃないか」

 

「うむ、貰われてあげようじゃないか」

 

 ドヤってしてた。

 妖怪飴くれがドヤってしてた。

 ただ飴を食べるだけでドヤ顔とかないわー。

 

「ただし、俺がなぜ仕事をしたくないかわかるまで、貴様の口に飴を投入し続ける」

 

「ふーん?」

 

「つまり、答えを間違える度に飴を一個ずつ食べていいよってことだ」

 

「ほ、ほんと? 嘘じゃないよね?」

 

 妖怪飴くれ、失礼な奴だ。

 俺は嘘はつかない気がする善人だ。

 飴を食わせたら飯を食わなくなるし、歯もあまり磨かないなどの弊害が生じるから控えているだけなのに。

 そもそもちゃんとご飯を食べたら飴を与えるのだが、そこら辺をそろそろを理解していただきたい。

 

 プロデューサーとか事務で踏ん反り返ってテキトーに方針だけ決めるようなアトモスフィアを漂わせているのに、実際は現場の指示から健康管理までやっているという。

 他にもコンサートとかCDとか衣装とか諸々を手配しているし、改めて考えると仕事おおすぎぃ!

 まあ、普通に捌いて定時で帰れるようになってきたのでだいじょーぶ。

 夜間の仕事が入るとその限りじゃないのがちょっと痛いくらいか。

 

「ホントにホントだ。では、今日のキャンディーチャンスに使用する飴はこちら。100万スコヴィルに涙し、胃の壁という壁に穴よ開け、ジョロキア・クリスタル!」

 

「おい」

 

「本物の辛さを体験するためにスコヴィル値を再現したキャンディだ。催涙スプレーが18万スコヴィルだというのだからこいつの威力は……」

 

「ちょっと待って。ホントにアイドルにそんなものを食べさせるつもり?」

 

「ちっ。冗談だ。ADさんが余ったからってくれた罰ゲーム用だし」

 

 目に入ったら失明するであろう兵器は机の引き出しに封印である。

 ちなみにスコヴィルとは唐辛子などの辛さの単位らしく、辛みが感じられなくなるまで砂糖水で薄めてなんちゃらとか近年では機械を使っているとかどうとかいう話だ。

 妖怪飴くれが調子に乗ったら封印は解けるだろう。

 そしてロシアンルーレットと化す飴袋、だが飴中毒の妖怪飴くれはわかっていても手を出すだろう……。

 

「舌打ちが聞こえたんだけど、杏の気のせい?」

 

「あれだな、星の囁きが聞こえたんだろ。地球もニートを養うほど余裕ないし」

 

「スケール大きすぎだから。そもそも人間の大半が地球から害虫だから杏だけでは……ってもういいから、飴はよ」

 

「しゃあないね。今日はこれ、なんか果物の果汁で美味いっぽいやつ」

 

「っぽいやつって……」

 

 パッケージには「果物に溺れてどうぞ!」と力強く書かれている。

 通販でいっぱいテキトーにちひろさんが予算で買うから当たり外れも当然ある。

 そして、俺は飴を食べないので味は知らないが、さぞや溺れるほどに美味いのだろう。

 あまりに美味すぎて麻薬のように嵌まり、廃人のように『ア...アメクレ..._:(´?`」杏∠):_ 』と求める姿すら見えてきた。

 こえー。

 でも食べさせる。

 

「グダグダ言うのは終わりだ。さあ、やるぞ。飴に沈むがいい!」

 

「いやグダグダ言ってたのはなずさんで……。ああ、いや、もういいよ。答えるから問題はよ」

 

「おけおけ。夏芽 薺ことわたくし、346プロダクションアイドル部署専任プロデューサーが仕事をしたくない理由とはなんでしょうか! 間違ったら飴を一個強制進呈!」

 

 妖怪飴くれ、だらしない顔を披露。

 おそらく間違え続けて飴をたくさん食べるとか、そんな感じの予定だろう。

 なんと汚いアヘ顔ならぬアメ顔なのだろうか。

 だが好きにするがいい!

 飴に溺れて後悔しろよぉ!

 

「あれでしょ、働きたくないからでしょ」

 

「だから、俺が働きたくない理由を答えろと」

 

「仕事したくないから」

 

「いや、俺が仕事したくなくて働きたくない理由を答えろってことだ」

 

「え? 働きたくないから仕事したくないってことでしょ」

 

 え、なにこの答え。

 悪魔の問答とかそんな感じだろうか。

 矛盾を見破れとか言いたいの?

 

 もう意味わかんない。。。

 飴に飲まれょ。。

 

 

 

 

 

「おごご……」

 

「AnzuChang! 飴ニ飲マレナイデマケルワ!」

 

 仰向けになっている双葉杏(アイドル)の口に飴を敷き詰めてピラミッド作成に成功。

 なお世に晒せるようアメ顔ではなかったと追記。

 

 ちなみに働きたくない理由は、一緒に暮らしている妹の千枝ちゃんの授業参観の準備がしたいからである。

 実に普通ですね!

 

 さて、仕事しよ。

 

 

 

 

 

 --3

 

 15時30分、帰社。

 一緒に戻ってきた菜々さんは社内のエステに行くとの話なので、途中でわかれてきた。

 エレベーターで社内を移動できるって素敵。

 仕事がみっちり詰まっていたら移動時間すらも惜しいのでエレベーターなんて使わずに壁を直走りとかするけど、手際のよくなってきた俺にはそんなことは一切必要ない。

 一人のアイドルが50や100の仕事をやっていたら儲かるかもしれんが、俺のキャパを超えるので無理でーす。

 そもそも社長の方針は理想の偶像を作り上げることであって、収益は黒字であればいいって感じだ。

 娯楽か何かかな。

 

「おっはにゃーっ☆ 今日も元気に……って杏チャン!?」

 

 ソファで横になっている妖怪飴くれに飴を放り込む。

 疲れて昼寝しているのなら許せるが、一日中寝てるだけだし。

 今日の飴は”アザトース味”だった。

 飴くれが言葉にできない言葉で、なつきちのように辛くときめくロックを奏でているが、だりーなのようににわかの俺には理解ができない。

 まあ今日は元気だなぁって感想くらいは抱けるけど。

 

「おう、おはよう。まあ、もう昼過ぎてるけど。猫語の挨拶のバリエーションが少ないんだろ、わかるよー」

 

「ちょっとそういうこと言うのやめて」

 

 

 

 

 

 

「わかってるだろうけど今日は合同レッスンな」

 

「今日もレッスンかにゃぁ、でもみんなでやる合同なだけマシ……っじゃなくて、ナズチャン! 杏チャンが沸騰する混沌が渦巻く最奥に存在する時を超越した無名の房室で、あたかも玉座に大の字になって寝そべっているような様子で泡立ち、膨張と収縮を繰り返しているにゃぁ!」

 

「ははは、今日はどうしたんだみくにゃん。なかなかの詩人っぷりじゃないか。とうとう中二病デビューとか? パクられた蘭子にどすこいどすこいされるか魂の杯を酌み交わすことになるぞ」

 

「先に蘭子にゃんしたのは蘭子チャン……じゃないにゃぁ! そうじゃなくてぇ、そうじゃなくてぇ!」

 

「まあ、猫キャラも中二っぽいか、ははは」

 

「猫パンチ!」

 

 「ほら、どすにゃんどすにゃん」とみくにゃんの猫パンチを受け流す。

 横目で伺っていたが、ちひろさんのドリンクで杏は回復したようだ。

 そして回復した杏が人間魚雷としてぐわぁぁぁっぁ^q^

 

 まあ、体重の軽い杏が100人来ようとも問題ないぜ。

 そもそも100人もいたら内99人はサボる気がするから、結局1人分の威力になる。

 

 

 

 

 

「まあ、そういった要望は担当の武内さんに言いなさい。管轄外のことは何もできません」

 

「お役所仕事みたいなこと言わないで欲しいにゃぁ……。わかってるけど、プロデューサーってみくたちのことデビューさせる気が無さそうというか」

 

「私はそのほうが楽でいいけどね。もっと言えばレッスンも減らしてほしい」

 

「杏ちゃんはそれでいいかもしれないけど、みくはトップアイドルになるためにナズチャンに付いてきたんだから……なんでナズチャンは無視して仕事始めちゃってるの!? 流れ的にみくの相談に乗るとこでしょ!?」

 

 杏とみくにゃんが話しているので、もう終わりでいいかなとデスクに戻ったらみくにゃんが高速で迫ってきた。

 猫の敏捷性を甘く見ていたぜ。

 かなり人も増えてきたし、俺も武内さんみたいに完全な個室に移るべきだろうか。

 いや、そもそも俺が使っている部屋にアイドルを詰めさせる判断が間違っているというか。

 というかアイドル用の部屋があるのに何故俺の部屋に来るのか小一時間問い詰めたい。

 

「みくにゃんの疑問である何故仕事をしているかという話だが、俺が社会人であり、これで飯を食っているからだ」

 

「え、いきなり真面目になっちゃう? どこか間違ってた? ねえ、みく間違ってた?」

 

「マチガッテナイヨ」

 

「だよね。いやぁ、よかったにゃ」

 

「そうだね、よかったよかった。じゃあね」

 

「ちょちょちょーい!」

 

 椅子を回転させてPCの方に向けようとすると、謎の奇声を発したみくにガシッと肩を掴まれて阻まれた。

 ちょちょちょーい、とは俺の知らない挨拶だろうか。

 

「……ちょちょちょーい」

 

 これでいいだろ、とドヤ顔で挨拶を返す。

 

「違うにゃ! ちょっと待ってって意味だから!」

 

 ならちゃんとした言葉で伝えなさい。

 変な勘違いしたでしょうが。

 

 

 

 

 

 時間に余裕はあるが、俺もいつまでも遊んでいられるわけでもない。

 しかもみくは俺の担当アイドルではないので、あまり深入りしていいわけも無い。

 武内さんが颯爽と現れ、解決してくれる億が一を期待しながらみくの話を聞き、的確な答えを導いていく。

 

「つまり、アイドルになりたいってことっしょ。わかってるわかってる」

 

「今まで何を聞いていたのかってくらい全然わかってないにゃー! そもそもアイドルになりたいなんてみんな思ってることだから! 話してるのはそれからのことで……」

 

 俺のあまりに的確な答えに論破されたのを怒っているのか、みくが声を張り上げる。

 発情期とかだろうか。

 みくにゃんったらケダモノですね。

 

「異議あり! 俺たちの杏ちゃんはアイドルは手段であって目的は印税です!」

 

 黒革が張られているふかふかのソファに横になって埋もれた飴くれ妖怪が、眠たげな表情をドヤ顔に変えた。

 アイドルになりたいと思っていない女の子をアイドルにしようとする武内さんの深謀遠慮に戦慄を隠せない(テキトー)

 

 

 

「そうじゃなくて、ああもう! だーかーらー! みくが言いたいのは……」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。心配せずに武内さんにどーんと任せなさい」

 

「他人任せ!?」

 

 担当アイドルじゃないからね。

 他人任せになるのは当たり前のことである。

 俺が拾ってきたけど、プロジェクトの調整でぶち込んだ背景があるわけだが。

 拾ったペットの世話を他人に押し付けてる感じがしないでもない。

 

「そもそも動物の躾ってあんまり多人数でやると失敗するし……」

 

「ペット扱い!?」

 

 どにゃーん!と驚くみくにゃん。

 あざとい、でも可愛い。

 まあ、猫だからね。

 しょうがないね。

 そして動物系はいい、真剣にやってくれると俺が癒される。

 

「そんなこと言ったらナナチャンはどーなの!」

 

「ばっか、菜々さんは兎だろ。それに天使だし」

 

 そもそも俺が専任なので、多人数ではない。

 俺が専任しているアイドルは武内さんだけでなく、会社自体がノータッチ。

 丁寧に育んでいるのだから他人による変な癖など付きようがない。

 346のトップに位置するのだから特別なのも当然である。

 

「うにゃー……」

 

 対応がセメント過ぎてみくにゃんのモチベが枯渇寸前である。

 失敗した。

 それとなく優しく流すべきだった。

 どうにも苦手なんだよなぁ。

 

 

 

 

 

「しょうがないな」

 

「にゃっ! それって!」

 

「兎になったらプロデュースする」

 

 俺、バニーちゃんが好きやねん。

 あとメイドとか。

 菜々さんとかマジでど真ん中なんだ、ごめんな。

 まあ、猫も大好きだし犬も大好きだからみくにゃんはセーフだ。

 でも爬虫類はぺろぺろできないのでヒョウくんはお帰り下さい。

 

「……そういえば愛梨チャンがうさチャンになってたような……」

 

「あれはライブだから関係ないよ。凄い可愛かったから何度も見たいけど」

 

 ライブバトルで試しに着てもらったが、実に良かった。

 褒めたらテンションが上がったのか、ライブバトル相手を八つ裂きにするような勢いだったし。

 あんな大差でボコられたら、普通の精神だとアイドルを辞めるかもしれん。

 

 

 

 

 

 

「ほら、宣言しろよ。バニーになるぴょん!って。そうしたら考えないこともない」

 

「ぐぬぬ……み、みくは自分を曲げないよ!」

 

「あ、はい。じゃあおつかれっしたー」

 

 話は終わりと椅子を回転……また止められた。

 なに、肩ドンのつもりなの?

 めくるめくフォーリンラブなの?

 

「待って欲しいにゃ! 今のは完璧にみくのやる気と猫への愛で面倒を見る流れだったにゃ!」

 

「ねーよ」

 

 現実はそんなに甘くない。

 ふざけたことを言って気を紛らわせる作戦は上手くいきそうだ。

 

「にゃふぅ……! ナズチャン、ワガママすぎない!?」

 

「え、俺が我が儘な感じ? 予想しなかった展開なんですけど」

 

 つれーわー。

 マジつれーわー。

 担当ではないとは言え、気に入ったから連れて来たアイドルにこんなに言われるなんて悲しい。

 母親のダイナミック焼き討ちや父親の何時の間にか死去くらいつれーわー。

 

「だから、みくはトップアイドルになりたいんだにゃ!」

 

「おう、頑張れよ」

 

「ちーがーうーのー! みくはそういう言葉が聞きたいんじゃないの!」

 

「あ、はい。じゃあ、何が聞きたいんですかね」

 

「何がって! どうやったらナズチャンがみくをトップアイドルにしてくれるかって事を聞きたいの!」

 

 ふーふーと興奮しながらみくにゃんが叫んだのを聞き流し、思考を巡らせる。

 武内さんが聞いたら泣くだろ、これとか。

 しかし、俺がプロデュースするのはなぁとか。

 ちょっとだけ口出す機会はあるが……。

 

「あー……うーん……。どう考えても無理ぃ……」

 

「え、ひどくない?」

 

 現状でみくにゃんは武内さんによるプロデュースルートでほぼ確定だ。

 上層部から大きな圧力が掛かって、プロジェクト解体のような強制的に環境が変化せざるを得ない状況にならない限りは難しい。

 何故難しいのかという理由だが、シンデレラプロジェクトに組み込まれているせいだ。

 346プロとしての名前や力を使ってアイドルをシンデレラガールを育成するプロジェクトのプロデューサーは武内さんであるため、みくの方針はプロジェクトに委ねられる形になる。

 成功すればそのまま武内さんがプロデューサーとして導くし、ほどほどの結果でも同様だ。

 

 初動に労力をかけ、幸運にも実働前にシンデレラガールを輩出している現状では、ちょっとやそっとの失敗では小揺るぎもしない。

 それに俺も権限は少ないがプロジェクトに参入している状態であり、どちらかのアイドルが上位を取ればシンデレラプロジェクトの成果として加算されるだろう。

 アイドルが活動しており、成果が少しでも確認できれば存続する半永久機関のようなプロジェクトとなってしまっている。

 そういうわけで理想の偶像を生み出すために全力を出した社長の執念と俺の手伝いによって無駄に盤石になってしまっているようだ。

 アイドル本人が望むプロデュースを受けられないという致命的な欠点も抱えているし、成果が芳しくなくても続いてしまう性質の悪さも見え隠れしている。

 

 あ、これダメなやつだ。

 そのうちなんとかしないといけない気がする。

 

「シンデレラプロジェクトが無くなったら選択の機会が出てくるけど」

 

「無くなったらって……。それだとみく、アイドルじゃなくなっちゃうじゃん……」

 

 みくにゃんは気にし過ぎなんだよなぁ。

 プロジェクトが解体されたとしても所属アイドルをいきなり野に放つことはしない。

 まあ、みくにゃんは無所属時代からスカウトで引き上げられた恩というフィルターを通して、俺に憧れを抱いているだけだろう。

 大人が抱いている思い出を、過去の夢で彩っているような物だ。

 時間が経てば忘れるものだ。

 

「無いとは思うけどプロジェクトがこけたとしたら、武内さんと頑張る方向かなって」

 

「変わらないにゃー……」

 

 シンデレラプロジェクトのメンバーをプロデュースするのは、実を言うと俺には酷く難しい。

 身近な不祥事が相次いだため、俺は雇われプロデューサーのような成果主義の面が強い雇用形態になっているので、会社という組織の歯車から飛び出している状態だ。

 環境や施設などは口出しすればかなり優先的に叶えて貰えるくらいアイドルの育成に特化している半面、会社内の動向に対しては権限がかなり低い。

 そしてシンデレラプロジェクトに関しては346プロが実権を握っているので、武内さんがメインを張って運営を行っているのだ。

 俺も助言は出来るが、直接的には手を出すのは難しい。

 選択肢を探ってみたり、方向性を提案したりするのが精々だ。

 あまりに手出ししすぎて悪手を取ったら役員にボコられて首がすぱーんである。

 しかも、有り得ないと思うが成果なしでプロジェクトがポシャったら同じように俺の能力に対して疑問がもたれ、不祥事を餌に叩かれて首がすぱーん。

 マジでブルってきやがったぜ、ふふ怖。

 

 

 

 

 

「トップアイドルになればプロデューサーなんて選び放題、みたいな?」

 

「手段と目的が入れ替わってるにゃ~……」

 

 みくと俺が組む可能性は残念ながらほぼ一択しかなく、それもトップアイドルになってからなのだ。

 それか事務所を飛び出して再結成とか。

 俺は飛び出す気が無いので、やはり一択だろう。

 

「なんにしろ、レッスンを頑張らないと始まらないけどな」

 

「にゃー……。杏チャン、みくは先に行ってダンスをトレーナーさんに見て貰ってるからね……」

 

 とぼとぼと扉へと向かって歩き出すみくにゃん。

 持ち直したモチベがまた急降下である。

 とはいえ、レッスンまで時間があるのに自主練のために向かうやる気は買おうじゃないか。

 しょうがないので魔法の言葉を投下。

 

「ちなみにレッスン漬けのみくにゃんや杏と違って、俺の担当している菜々さんはFUJISAN ROCKの準備だから。上位アイドルは忙しくてつれーわー」

 

 日本で開かれるフェスは数が少なく、上位のアイドルやミュージシャンのみが参加できる。

 346も招待を受けており、スケジュールの都合により菜々さんを選出した。

 というかフェスに向いていて、人気が上位のアイドルから選択できるのが菜々さんしかいなかった。

 野外フェスなのでなつきちを送り込みたかったが、知名度や練度が足りなかった。

 

「ううう……! い、今に見てるにゃ! 絶対にナズチャンにみくのプロデュースしてもらうんだから!」

 

「え、プロジェクト破壊宣言? 可愛い顔して大胆だな……」

 

 まさかみくにゃんは俺の会社での立場を理解し、ここで息の根を止めようとでもいうのか!

 聡いと同時に恐ろしい娘だ。

 俺はなんて娘を拾ったのだろうか……。

 

「違うに決まってるでしょ! すぐにトップアイドルになったみくに! ナズチャンが! プロデュースさせてくださいってお願いするってこと!」

 

 あ、違うのか。

 安心した。

 

 ぐぬぬ顔で必死になるみくにゃんに、ついとばかりに俺も笑みを零した。

 3月くらいに卑屈な笑い浮かべるのを頑張って辞めたので、多分きっと自然な笑みを浮かべられたのだろう。

 普段は生来の癖で染みついた媚びた笑いを浮かべそうになるので、表情を殺さないといけなくなったのが大変だが。

 

「そうなったら頼みに行くから、期待しているよ。今日も頑張ってな」

 

 「ナズチャンのばーかばーか!」と捨て台詞を吐きながら、みくにゃんが走り去っていた。

 みくにゃん一人のお蔭で騒がしかった室内は静寂を取り戻した。

 ふぅ、とため息をつく。

 そして、当たり前だけどそこで寝っ転がってる杏もレッスンあるんだよなぁ、と思い出した。

 

 

 

 

 

 

 --4

 

 16時15分。

 菜々さんの様子を軽く見に行って帰ってきたが、室内には変わらず杏が寝たままだった。

 ちなみに菜々さんは緩んだ顔で寝てたので30連射で写メしておいた。

 そんなことよりも、いや、菜々さんの写メも重要だが、レッスン開始時刻である16時30分が迫っているというのに、杏はソファの眠り姫と化したままである。

 杏と同期のメンバーはおそらくレッスン室にそのまま向かったのだろう。

 きらりが回収に来るかと期待したが、彼女も今日は部屋に直接行ったのかも。

 見捨てた可能性は零だと思うので考慮しない。

 このまま放置しておけば、トレーナーさんから連絡を受けた武内さんが迎えに来るだろうが、彼は押しが弱いので時間もかかる。

 俺が連れて行く必要があるだろう。

 というか折角だし、連れて行こう。

 

「良し」

 

「え、何が良いのか杏に教えて。なずさんのアイドルの運び方はこれで合ってるの? 嘘でしょ? 酔いつぶれた楓さんだって優しく抱えて運んでたじゃん。可笑しくない? 私ってば繊細なんだけど」

 

 アイアンクローで小さな頭部を掴んだ満足感に、つい言葉を洩らしてしまった。

 頭部にかかった圧力か、はたまた漏れ出た言葉のせいか、丁度良く目覚めたらしく、杏が何か囀っていた。

 が、真面目じゃないアイドルは死ぬしかないから無視である。

 だって仕事だもん(無慈悲)

 

「楓さんは仕事してるし、アイドルには優しく接するのが常識なんだよ。で、かさ張るゴミは圧縮して燃やす。つまり完全論破だ、ありすもお目目きらきらになる程の」

 

「論破できてないしそもそもありすちゃんはなずさんには何時だってお目目きらきら……ってそうじゃないから。早く頭から手を放してくれないかな。冗談で済まないくらい痛いんだけど」

 

「おう」

 

「お、おい! 聞いているのか、私はアイドルだぞ!」

 

「おう」

 

「いたたたた、痛みで意識が……! おかしい! おかしいってば! タイム!」

 

 こっちが一生懸命握っているのに意識を手放して寝ようとするなんて。

 寝ぼけ眼のままではレッスンも大変だろう。

 優しい俺が爽やかな目覚めと鋭い痛みをお届けします。

 

「俺、冗談は苦手なんだ……ごめんな」

 

「謝る前に手を放してくださいお願いします!」

 

「え? 今なんでもするって」

 

「絶対に言ってないよ!」

 

 これで無理に言質とってレッスンさせようかとも思ったが、自由意志が伴わないのは流石に駄目だろう。

 残念ながら解放する。

 あ、溜息が出てしまった。

 

「おかしい。幼気な女の子に痛みを与え、剰え解放した直後にため息とか。こんなの絶対におかしいよ」

 

「おかしくないよ。小さくて握りやすかったし」

 

「うーん、アイドルの頭部を握りつぶそうとした人の感想は違うなあ……」

 

「握り潰そうとしたつもりは無かった。ただ、俺は純粋に砕きたかったんだ」

 

「えぇー……」

 

 

 

 

 

「なずさんなずさん」

 

「なに」

 

「じゃ、改めて運んで」

 

 解放されて落ち着いたのだろうか、その言葉とともに杏はソファの上で腕を広げ、だっこ待ちの姿勢となった。

 学習能力が皆無なのかドヤ顔まで披露している。

 俺も自然ではない作り笑いを浮かべる。

 我慢?

 知らんな。

 

「人は死に向かって歩み続けており、その途をどのように進むかが生きることだとシスタークラリスが教えてくれた。振り返った時、後悔無きように人は善を積み、隣人に愛を分け与えることだとも。……お前の途をここで確認しておこう、死という終着点でな。どれだけの後悔で満たされているのか見たくてたまらないぜ」

 

 ちひろさんから貰うスタミナドリンクの空き瓶を握り、力を込める。

 普通なら握り潰せないし、潰せたとしても破片が手に突き刺さることを恐れるだろうが、俺ほどの握力ならば粉にできる。

 スタドリの瓶だった粉末が、室内の空気を循環させる空調によって生み出された風に乗ってさらさらと流れ、幻想的で杏の将来を予感させる儚さを語っているかのようだった。

 

「あ、杏は自分を曲げるよ!」

 

 杏が気怠さをかなぐり捨て、必死さを感じられる動きで立ち上がった。

 出来ない人にやらすのは酷だろうが、杏には何をやらせても酷ではないのだ。

 こいつは並みの限界までやらせても問題ない程度のスペック持ちだし。

 どうしてなかなか武内さんも人を見る目がある。

 俺だったら能力と精神で判断するので、こういうのは選別から落としてしまう。

 

「あーもう、ちょっとした冗談だったのに」

 

「俺だって冗談だった。杏の生を不確かな冗談に変える的な意味で」

 

「なにそれ怖すぎぃ……」

 

 うげぇ、と清純アイドルだったら確実に許されない表情を浮かべている杏の口に飴をいくつか放り込む。

 午前中に一度果物に沈めたが、あれは午前の分であり、きらりに用事があって昼ご飯を食べ無さそうだったので無理やり補給させただけだ。

 仕事が無ければ連行していたのだが。

 

 今はレッスン前に食べさせてやる気を補充させつつ、カロリーを無理にでも足している感じである。

 どれだけ動きが良くても、エネルギーが足りなければどうにもならない。

 ご飯を食べずに飴で活動しているのはあんまり好きじゃないのだが、レッスンなどは日々の積み重ねであるところも大きいのでしょうがない。

 餌付けだけでなく、もうちょっと自力でご飯とか食べてくれると楽なのだが。

 

 ふやけた飴顔に「普通にレッスンできたら後で飴あげるから」と囁いておく。

 こいつは普通にやってればダンスレッスンなどは何の問題もない。

 むしろカロリー的に頑張られると困る。

 きらりとセットで活動できる日しかスタミナ系を鍛えられないが、まあ連日同じレッスンをするわけでもないのでセーフだろう。

 

 武内さんは優しくて思いやりが有りすぎるので素直な子とは相性がいいのだが、杏のような難物は苦戦するようだ。

 が、俺ならいける。

 なんだかんだ杏の扱いは鞭(腕力)と飴(文字通り)で通せるし。

 ちょろいし甘い、つまりちょろ甘だ。

 

「……そういえばなずさんさぁ、さっきの話ってみくだけ?」

 

「さっきの話? え、なに。杏はバニーちゃんになりたいの? 杏ぴょんとかマジかよ。これは4Kカメラ導入しないと」

 

「いや、それじゃないから。頼むから兎から離れてね」

 

 兎以外に何か話しただろうか。

 ……。

 ……。

 ……!

 

「くっ、殺せ……!」

 

「なんでそうなっちゃったの!?」

 

 えっ、違った?

 

 

 

 

 

 --5

 

 16時35分

 しょうもない話をしていたらレッスン開始時間が過ぎていた。

 トレーナーさんに電話をかけなければならないだろう。

 

「なずさんなずさん」

 

「なんだい、あんずーりん」

 

「あんずーりん!? 語呂悪すぎない!?」

 

 そう悪いと思わないけど。

 異世界だったら諸手を挙げて喜ばれそうなほどに。

 

「おう、俺のハイセンスにケチ付けるとか、社長に進言して芸名にしてもいいんだぞ」

 

「変なところで権力使おうとしないでよ。そうじゃなくて」

 

 杏が壁に掛かっているスケジュール表を指差す。

 相変わらず彼女の手は小さい。

 ありすや千枝ちゃんほどの大きささえない可能性もある。

 これで高校生だというのだから憐れだ。

 

「可哀そうだな……」

 

「なんか不快なんだけど。……もう話を戻すけど、今日のレッスンは17時からだから」

 

 マジか。

 ……マジだった。

 シンデレラガールプロジェクトメンバー用に俺が用意し、書いているスケジュール表には「合同レッスン17:00~」と自筆で書かれていた。

 こんな凡ミスするとかボケたのだろうか。

 

「やっぱり疲れてるとか」

 

「い、いや、担当じゃないアイドルのスケジュールなんてガバるのが常識って話だよ」

 

「声震えてるし、そんな常識あったら不味くない?」

 

 不味いです。

 不味くないとしたらそいつの仕事はきっとアイドルに携わることがないのだろう。

 

「仕事しすぎ?」

 

「いや、余裕だから」

 

「アイドルが増えても?」

 

「だいじょーぶ」

 

「杏が増えても?」

 

「だいじょばない」

 

「い、今の流れでそれはおかしいでしょ」

 

「おかしくない」

 

 

 

 

 

「そろそろきらりが来るから杏は行くよ」

 

「ああ、頑張ってな」

 

 気だるげに立ち上がった杏がそう言ったので、俺も慈愛に満ちた表情で見送る。

 

「うわ、なにその無表情。こっわ」

 

 そんなん言われたら泣きます。

 

「あと、みくにゃんに言ってたことだけど。杏も権利あるでしょ、プロデュースされるの」

 

 ごそごそと俺のデスクを杏が漁りながら、そんなことを言い出す。

 勝手にそんなことされても困ります。

 

「いや、トップアイドルなら平等にあるというか」

 

「それでいいよ、今は。はい、杏のだけどあげるよ」

 

 飴を渡されたので受けとる。

 俺の机から出てきた飴を、自分のだと言い張るその性根は流石だ。

 

「俺の机から出した物を渡されても」

 

「私があげないと食べないじゃん」

 

 アイドル用の予算で買ってるので、俺が食べるのは違うのだ。

 だからアイドルから貰ったら食べていいってそれもどうなのだろうって感じだが。

 

「何? 俺のことが好きなの? 好きなら兎になってぴょんぴょんしろよ」

 

「ちーがーいーまーすー。印税のためだから。勘違いしないでよね」

 

 気だるげな杏にツンデレみたいなこと言われた。

 誰得なんだ。

 そもそもトップアイドルになったらそれこそ給料と印税で生きていけそうだ。

 

「それ俺がプロデュ「おっすおっす☆」

 

 どじゃーん☆と扉を開き、きらりが部屋に入ってくきた。

 細い体に特徴的な大きな背、ふわふわの髪と豊満な胸をゆらしている。

 彼女の言葉も方言説あるのだが、どうなのだろう。

 

「ナズーリン、杏ちゃん連れてくねー☆」

 

「きらり、今日は優しくね? 頼むからね? なずさん輸送のほうが良かったとかやめてね?」

 

 きらりがガッチリ☆と杏を抱える。

 脇に抱える姿は、まるでぬいぐるみを運ぶかのようだ。

 

「きらりさーん。俺、ナズーリンはやめてほしいなって」

 

「むぇー」

 

 きらりはζ(`ε´ζと表情を歪め、そのまま部屋を出て行った。

 

「おねがいだからもっと優しく運んでって! とれちゃうから! 杏とれちゃうから!」

 

 

 

 

 

 静かになった部屋、デスクに腰かける。

 スマホを確認すると休暇だった楓さんから「ジェダイが復讐ってなんジェダイ」というタイトルで「明日はライトセーバーを持っていきますね」とメールが入っていた。

 ライトセーバーを持ってくるとかなんジェダイ……いや、これだめだな。

 

 個々人が望むプロデューサーか、とため息を吐く。

 誰でもいいってわけでは勿論、ない。

 アイドルと、その成長を見守る裏方、どちらも重要だ。

 勘がいいのか、気まぐれか。

 杏から貰った赤い飴の包みをあけ、中身を口に入れる。

 

 

「ごはぁっ!」

 

 

 ジョロキア・クリスタルじゃねえええええええかああああああああ!

 

 

 

 

 

 




3章は休息。
思うんですけど、一番強いキャラが裏切るのは定番なんじゃないかなって。

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